わたしとあなたは友達じゃないけど ◆1aw4LHSuEI
干将莫耶……。
古代中国に生み出された双剣からなる宝具。
黒の陽剣干将。白の陰剣莫耶。
この一対の剣を合わせてひとつの宝具とする。
この宝具の作成の過程には諸説ある。
だがその何れも製作者である夫婦が引き裂かれることとなる悲劇的な物語であることは概ね変わることはない。
刀鍛冶である夫である干将、妻である莫耶。
その二人の絆と願いがこの双剣に込められていることは想像に難くないだろう。
宝具としての能力としては、ランクはC-と決して高いものではない。
しかし後述する多々の性能から使い勝手の良い武装であるといえよう。
まず、夫婦剣であるこの宝具は短剣であり、さほど重量のある武器ではない。そのため、女子どもでも比較的取り回しやすいといえるだろう。
また、所有者の対魔術・対物理防御を上昇させる効果、離れていれば互いに引き合う効果をそれぞれ持っている。
非力な人間が護身用として持つには最適であると言っても過言ではない。
そのため、この夫婦剣を戦いの前にそれぞれ分かち合うならば、それは互いにこれ以上無い信頼をおいているという証となり。
また、別れ際に分かつならば必ず生きてもう一度出会おうという強い意志の表明であることは、聡明な読者諸君には言うまでもないだろう。
民明書房刊
『君にもわかる死亡フラグ』より
☆ ☆ ☆
「はい、どうぞ」
目の前に突き出されたそれを私はまじまじと見つめた。
全体的になんていうか白い印象を受ける剣。
刀身にひびみたいな模様が入ってる剣。
……どこかで見た気がする。
「えっと、これは?」
「澪さんって、今使い勝手の良い接近武器持ってなかったっすよね」
まあ、澪さんが接近戦でどれだけ戦えるか分からないけれど、ないよりいいでしょ。
そんなことを言って、モモは私にその剣を押し付けた。
ここは、ありがたくもらっておこう。
「……なんか私が貰ってばっかりだな」
「ルルさんとこから結構頂いてきましたから。遠慮することないっすよ」
自販機でモモの分のナイトメアを購入(ガレス:2億ペリカ也)した後。
これからの事を話し合った結果、私たちは一旦別行動を取ることになった。
そのため、お互いに荷物を再配分することにする。
武器が多すぎても素人の私たちには十分に使うことはできないし。
バランスよく持っていたほうがきっと良い結果を生むだろうと思ったからだ。
「……だいたい、こんな感じかな」
「…………」
「……モモ? 何見てるんだ?」
適当な装備配分を終えて、道具をそれぞれのデイパックにしまっているとき。
モモはとあるひとつの道具を手に抱えた状態で止まっていた。
じっ、と。それを眺めている。
さながら大掃除の最中に漫画を読み始めて止まらなくなってしまったときのような――。
――そんな、雰囲気を覚えた。
「モモ?」
「……あ、ああ。澪さん」
「お前、何して……おくりびと?」
おくりびと。
放送後に発表された死者と、その死の際に最も近くにいたものの顔写真を移す端末。
状況次第では有効な道具だっただろう。けれど、殺し合いがここまで進行した今となっては、それほど意味があるとは思えない。
……思えない、けど。
「――何か、あったのか?」
「ああ――いえ」
否定しようとするモモに割り込んで液晶の画面を眺める。
と。そこには、見覚えこそはないけれど、聞かされた特徴に近い顔が表示されていた。
ルルーシュの、元の世界での知り合い。
特徴程度なら聞いていた。特定できるほどにそこまで詳しい人相を知ってるわけじゃないけれど……。
今まで聞いてきた情報から消去法で割り出すだけでもわかる。
こいつが枢木で間違いないだろう。
「こいつが、どうかしたのか?」
勿論、私たちはルルーシュとは浅からぬ縁がある。
その知り合いである枢木とも敵対する可能性を考えれば警戒するに越したことはないけど……。
「……いえ、別に、なんでもないっすよ」
……嘘だあ。
にこりと笑ってこっちを見たモモだけど。
目が、ちっとも笑っていない。
ぎらぎらと、瞳が光っているように見えた。
獲物を狙っているような。
固執しているような。
そんな感じ。
……怖いので、それ以上突っ込むのはやめておいた。
「そ、そっか。じゃあさ――」
「ええ。そろそろ行動を開始しますか」
デイパックにおくりびとを仕舞い込み、モモは立ち上がる。
そう、適当な装備分配が終わったら、それぞれ個別行動することになっていたのだ。
よいしょ、と立ち上がったモモを見て少し不安になる。
未だ怪我人のモモを一人で行かせて大丈夫なのかな。
「人の心配するぐらいなら、自分の心配した方がいいっすよ」
澪さん、危なっかしいんすから。
見ていた私の目線に気づいたのか、そんなことを言われてしまった。
……確かに否定はできないかもだけど。
私はさ、お前だって結構危ういと思うよ?
「わかったよ。でも、モモも気をつけてな」
「言われるまでもないっすよ」
肩をすくめたモモと別れて私は出発する。
目指すはショッピングセンター2F。
食料品売場。
☆ ☆ ☆
一人の男がそこにいた。
風に吹かれてそこにいた。
乗騎を失い、機を奪われ。
それでも変わらぬその眼光。
されども彼とてうつけに非ず。
逃げ去る鉄騎の光を追うが。
空飛ぶ人機は捉え得ず。
疲労も浅くはないゆえに。
無理攻めしたとて戦果は望めぬ。
やむなく目的変更し。
休息求めて足運ぶ。
たどり着いたは大型商店。
またの名前をショッピングセンター。
たどり着いてはそれ見上げ。
仮の居城を見て笑う。
さてはて、かの者欲すは食事。
目指すは2階、食料品売場。
☆ ☆ ☆
命は『羽毛布団』のように軽い。
それが、この地獄で私が学んだことの一つだ。
……そうだ。私は分かっていなかった。想像もしていなかった。
人は殺されれば死ぬということの意味が。人はいつか必ず死ぬということの意味が。
ここにくるまでは、昨日と同じ今日が来て、今日と同じ明日が来て。
そうやって私達は生きていくのだと、疑うこともしなかった。
だけど、違った。
昨日と同じ今日にはならず、今日と同じ明日が来るはずも無いように。
変わらない様に見えた日々の中でそれでも少しづつ変わっていった私達のように。
人は呼吸をするように自然に死ぬ。
可愛い後輩も、大好きな親友も、大切な友達も、対等な仲間も、
憎い仇も、命の恩人も、おぞましき化け物も、馬鹿みたいなお人好しも。
みんな、みんな、みんな。死ぬ。
だから、私だって、一歩間違えれば簡単に死んでいただろうし、簡単に死んでしまうのだろう。
……ああ、なんだかぐだぐだ言ってしまったけれど。
結局何が言いたかったのかってそれは。
覚悟も因縁も伏線も、何もかもを捻じ伏せて。
あっさりと、当たり前のように。
『死』は玄関扉を叩く、ってそれだけのこと――――。
「――――え?」
真正面にいた。
気が付けばいた。
まだ、五歩ほどの間はあるだろうけど。
すぐ、近くにいた。
――――織田信長がそこにいた。
直接対峙するのは初めてだけど、わざわざ説明される必要はない。
こんな奴が二人もいてたまるか。
甲冑、外套、機関砲。
……どこか見覚えのある黄金の礼剣。
目の前にいるだけで死んでしまいそうになるほどの威圧感。
日本史の教科書に載っている姿の面影があるようなないような。
もっとも、
明智光秀の崩壊っぷりを思えばまだ分からないでもない。
……髭。そうだ、髭の形は似ている気がする。
睨まれた。ひぃ。
一歩後ずさろうとしたそのとき。
鋭い眼光が私を見据えた。
『死』
……それは。
明確なイメージとして。
私を捉え た――。
――――あ。駄目だ。
――――私、死んだ。
呼吸が止まる。
打算も無く感慨も無く恐怖も無く。
さっき結んだばかりの約束も、決意した覚悟もこの瞬間は忘れ。
頭の中が真っ白になる。
体は固まって動かない。
そんな私に向かって織田信長はまるで遠慮無く進んできた。
一歩前に出るたびに、死が、私に近づいてくる。
逃げれば、いいのかもしれない。
命乞いでもすればいいのかもしれない。
だけど、そんなことに意味があると思えなかった。
この男から、逃れられるとは到底思えない。
――――死、……ぬ……?
………………………………。
………………………………。
まっしろ。
……いやだ、なあ。
でも。
仕方ない、のかな。
目をつぶった。
死ぬときは、きっと瞳を閉じていたほうがいいから。
なんとなく。とても穏やかな気持ちになった。
視界が閉じた分だけ音を敏感に感じる。
――――かつかつかつ。
――――かつかつかつかつかつかつ。
足音が、響く。近づいてくる。
――――かつ。
目の前で、止まった。
「――――」
「…………」
動かない。
「――――」
「…………」
――――かつ。
え?
――――かつかつかつかつ……。
足音が、遠ざかっていく。
目を開いた。
だれもいない。
反射的に足音の鳴る真後ろを振り向くと、去っていく信長の後ろ姿が見えた。
……私を、殺さなかった?
どうして。なぜ。
そんな疑問が浮かび上がるけれど。
緊張と共に吐き出した息と一緒に流れていって、次第に安堵の気持ちが湧いてくる。
心臓が高鳴る音が聞こえた。
……よかった。
……生き延びることができた。
……助かった。
……怖かった。
……危ないところだった。
……運が良かった。
……あんなバケモノから、逃れられた。
……さあ、早く逃げよう。
……。
――――また、逃げるのかよ、私は。
「――おい、待てよ」
――――かつ。
そしてまた、足音が、止まった。
☆ ☆ ☆
「――それでは、施術を始める」
冷たい部屋に声が響く。
やけどを負ってこのままじゃ使いものにならなくなってしまった腕を何とかしなくちゃ、と思っていた矢先。
皮膚の移植サービスとかいうどんぴしゃなものを見つけたので、早速決行したところ。
どこからとも無く神父さんが現れて、治療を施してくれることになったんすよ。
なんか、どことなく聞き覚えのある声をしてるっすよね。
さっき聞いたばっかりな気もするし、半日ぐらい前にすごく苛立たしい台詞を吐いたような気もする。
……まあ、それは別にどうでもいいっすね。治してくれるって言うのなら、それ以外に望むことなんてないわけですし。
3000万ペリカとそれなりなお値段ぶんだけの働きさえしてくれるなら、文句なんてないっすよ。
「…………」
「…………」
椅子に座り伸ばした私の左腕に、神父さんの手のひらが翳される。
光りあれ。やわらかな明かりがそこから放たれた。……魔法? よくわからない。
お互い、無言。
彼はきっと集中しているのだろうし、私も得手でない世間話をしてそれを乱しても痛い思いをするのは自分なので黙っている。
…………。
しかし、神父さんが回復魔法って、まるでゲームっすよね。
「…………」
「…………」
無言。
ぺかー、と光が当たって少しずつ腕に皮膚が馴染んでいっている……様な気がします。
じわじわじわと左腕暖かくなってくる。電子レンジの中の猫みたいな気分になるっすね。
あー……いたがゆきもちわるい。
「…………」
「…………」
無言。
それにしても。
今思い出したけど、この人……確か放送してた人っすよね。
なんで急に放送役が変わったのか。気にならないわけじゃないっすけど。
……まあ、ルルさんでもあるまいし。
主催者の弱みを知ったところでそれを活かせる気もしませんしね。やっぱりどうでもいいことっす。
むしろ、誰にもその弱さを突かれず、つつがない進行を心がけてほしいものっすね。
そうこう考えてるうちに結構時間が経っていたようで。
さらりと手を離して神父さんは私を見た。
しゃべった。
左腕をぐーぱー。
うーん……。やっぱりまだ結構痛いっすね。
しびれも残ってて、繊細な作業はできそうにないし。
……まあ、でも、元の状態を考えたら。
戦いの足を引っ張らない程度に動かせれば、御の字っすかね。
「…………」
「…………」
無言。
……あれ?
まだ、なんかいる。
用事は、もう終わったはずっすよね。
「少し構わないか。東横桃子」
「……なんすか?」
……なんだろう。
「
加治木ゆみを生き返らせたいそうだな」
「……ええ、まあ」
なぜ私の望みを知っているのか。
なんて。そこに疑問を挟む余地はない。
望みを隠した覚えはないことですし。
それにこんな殺し合いをさせているんすから。
監視ぐらいはして当然っすよね。
だから、気になるのは。
なんで、そんなことをわざわざ口にしたのか。
「なぜだ」
「は?」
「なぜ、加治木ゆみを蘇らせたい」
「なぜって……」
好きだから。
愛しているから。
監視してたらそれぐらいはわかるはずっすよね。
それだって隠したつもりはないんすから。
「違うな。――間違っているぞ」
そんな私の気持ちを読んだのか。
神父さんは軽く哂ってイラつく口調で否定した。
間違っている……?
「……なにが、っすか」
ひょっとして。
この人も私の起源を引き合いにだすつもりっすかね。
“孤独”な私が人のぬくもりを求めるわけがないと。
否定するんすかね。私の想いを。
だとしても、これだけは、譲らない。
私は、先輩が、好きだ。
「あんたも私を馬鹿にするんすか……? でも、なんと言われようとも私は……」
「そういきり立つな。私はお前の愛を否定するつもりなどない。……だが、気になることがあってな」
抜け抜けとしたままで神父さんは笑みを浮かべる。
なんすか……この人。
人が苛立ってる……いや苦しんでいるのを見て喜んでる……?
「お前は、加治木ゆみに何を求める?」
「――――え?」
そんなことを考えていた私に告げられたのは予想の外の言葉でした。
「生き返らせる。それは結構なことだ。愛するものは死んだのだから、取り返したいと思うことは正常だ」
「だが、本当に肝心なのはそれからだ。生き返らせた加治木ゆみにお前はどうして欲しいか」
「彼女のために手を汚した自分をどう扱って欲しいか」
「――――さて、お前が助けた彼女にお前は何を求める……?」
投げかけられた言葉は今まで考えてもいなかったこと。
……先輩を生き返らせて、それから……。
それから……何を求めるか。
……。
でも、それは。
そんなことを考えてもいなかったのは。
私には当たり前のこと過ぎて、考えるまでもなかったことだからだ。
最初から。私の答えは、決まっている。
「……先輩に、決めてもらいます。私をどう思うのか。全部」
「ほう?」
いやらしい笑みを浮かべる神父さんに私は屹然としてみせた。
「少なくとも、ここで死ぬことが先輩の望みであるはずがない。もっと生きていたいって、きっと思ってた。
だったら、生き返ってもらう。その上でどう生きたいかは先輩自身が決めることっすよ」
……当たり前のことっすよね。
先輩は、ものじゃない。
たとえ私が先輩の命の恩人になったとしても。
私のことをどう思うかなんて。
……先輩の自由に決まってる。
「それは、蘇った加治木ゆみに拒絶されようが構わない、ということか」
「…………」
「どうなのだ?」
「……そうっすね」
一瞬だけそれを想像して。
私は眼を閉じて首を振る。
「良いわけ、ないじゃないっすか」
「――――なに?」
目を開けば映るのは、神父さんの少し驚いたような顔。
……なんとなく、愉快だ。
「――でも、だからってなんだっていうんすか? 嫌われたら、辛い。拒絶されれば、苦しい。
だけどそれは、先輩の気持ちを蔑ろにしていい理由にはならないっすよね?」
だって、苦しんだから、辛いから。
それがなんだっていうんすか。
人を愛したのだから。
苦しいのは、当たり前じゃないか。
どんなことでも苦痛なく受け入れることを愛というのだろうか?
……きっと、違うっすよね。
苦しくても辛くても。
それを受け入れられるから。
だから、愛なんすよね。
……多分。
「私は先輩が好きだ。――それだけは絶対に譲らない。
だから私は、それがたとえ自分の気持ちだったって、先輩を傷つけるなら許さない」
「――――ク」
素晴らしい、と神父さんは哂った。
「お前の献身の覚悟。まさに愛と呼ぶに相応しいものだ。私が認めよう」
「……なんすか、いきなり。馬鹿にしてるんすか?」
さっきまでの空気とは一転。
いきなり私を褒め称える神父さんに違和感が隠せない。
「何を言う。純粋な賛辞だ。その愛の行方を私も見てみたいという気持ちに、偽りなどはない」
「……どうだか」
「ふむ、ならばこれをやろう」
お前の目的と手段にこれほど合致したものもないだろう。
そう言って神父さんは数枚の赤い切手状の紙を私に見せてきた。
「……これは?」
「――“ブラッドチップ”」
神父さんの手のひらに数枚載せられたそれを見るために視線を動かした私の
にやり、と。
神父さんの口元が歪んだのが見えた。
「一言で言うならば、起源の覚醒段階を上げる麻薬だよ」
……麻薬?
いや、起源……って。
「お前の起源は“孤独”。今までずいぶんと利用してきたのだから、それは理解しているな?
……その精度を上げることが出来るこの薬を使用すれば、お前はさらに有利に立ちまわることができるだろう」
「…………でも、」
起源“孤独”
あの黒衣の魔術師は言った。
孤独なお前が人を求めることはおかしなことだと。
私は反発した。先輩が好きだから。
だけど、反感を覚えるということは、それは。
心の何処かで納得してしまったからだ。
この“孤独”を突き詰めれば、そこには、先輩すら残らないのだろう、と。
……それは、嫌だった。
「……どうした。何を犠牲にしてでも加治木ゆみを取り戻すのではなかったのか?」
「…………っ」
「それを願うのならば……受け入れろ。これが、お前の強さだ」
「……わかった、っすよ」
奪い取るように、神父さんの手からひったくる。
自分を犠牲にしてでも先輩を助ける。
それはもちろんだけど……。
注意しなくちゃいけない。
先輩を生き返らせるまでは私が私でなくては。
先輩を生き返らせようという想いすらも飲み込んでしまうということを。
「……もらったからって、使うとは限らないっすよ?」
「無論それはお前の勝手だ。お前に渡したものなのだから」
はあ、とあからさまにため息を付いて見せる。
そんなことを一向に気にせず――いや、むしろ嬉々とした様子で――そこにいる神父さんに私は背を向けて歩き出す。
用事は終わった。澪さんと合流だ。
「待て。どこへ向かうつもりだ?」
「……澪さんとこっすよ。組んでることぐらいあんたらなら知ってんじゃないんすか?」
「
秋山澪か。……ならば、忠告しておこう。やめておいたほうがいい」
「……なんでっすか」
じとり、と目を細める私をさらりと受け流して神父さんはどこか愉快そうに言う。
「秋山澪の元へは織田信長が向かっているからだ」
「…………は?」
「第六天魔王・織田信長だ。到底お前たちが勝てる相手ではない。……早々に立ち去ったほうがいいと思うが?」
「……マジっすか」
「マジだ」
淡々と応えるその様子がむしろ真実味を持たせていて。
私はようやくことをきちんと理解した。
それと同時に足元からじわじわと登ってくる焦燥感。
……冗談じゃない。
そんな奴、相手にしてられるわけないじゃないっすか……!
織田信長といえばあれだ。
戦国武将であり、そのなかでも親玉クラスと思われる実力者にして。
泣く子にも容赦しなさそうな非道っぷり。
そんな、推定
バーサーカーと同レベルのバケモノだ。
……うん、無理。
普通に、無理。
この場で最も出会いたくない参加者のうちの一人だと言える。
…………。
正直、こんな人の忠告を聞くのは癪なんすけど。
それもやむを得ずというか。
それ以外に選択肢があるものか、疑問なぐらいな状態っすよね、これ。
澪さんには悪いけど。
もう、死んだようなもんですし……。
ここはさくっと諦めて、次の機会を伺うのがいいっすよね……。
…………。
…………。
…………。
……本当に?
唐突に数秒前までの自分を否定している自分がいた。
何を考えているのだろう。
確かに澪さんを失うことは大きな痛手っすけど。
そのために自分の命が危険にさらされたんじゃちっとも釣り合っていない。
リターンに対して負うリスクが大きすぎる。
死んだら、そこでゲームオーバー。
リセットは効かない。
それに、私の死は私だけの死じゃない。
先輩の命だって、背負ってるんすから。
澪さんのために、賭けられるわけがないじゃないっすか。
……確かに、そうっすね。
ですよね?
命あっての物種……だなんて、さすがに今更言うつもりはないっすけど。
それでも、私にはまだ生きてやらなきゃいけないことがある。
命を賭ける場面は、今じゃない。
……じゃあ、いつなんすか。
え?
……命を賭けるのが、いつだったらいいんすか!
……よく、考え直すんすよ。
……もし、今逃げてしまえば。
……澪さんを失えば。
……これから先も、戦力は少ないまま。
……私一人では、どうにもならない場面も増えるはず。
……そんなときになってから、命を賭けることにしたって、遅いんすよ?
……逃れてるだけじゃ、勝てない。
……いつかは命を賭けて戦わなきゃいけない時が来る。
……だったら、後々を出来る限り有利に運ぶために。
……今! 命を賭けるべきなんじゃないっすか?
そ、それは……。
天使の私が言い負かされる。
悪魔の私は爽やかに微笑んだ。
……大丈夫。私にはステルスがあるっすよ。
……そう簡単に、死んだりはしない。
……こっそりと様子を見に行くぐらいで、いきなり死んだりはしないっすよ。
うん……。
最終的にはその次善策っぷりが決め手だった。
「……忠告、どうもっす」
ちゃんと振り返って。私は神父さんを見る。
「それでは、私の忠告を聞いてお前は逃げるのか?」
「いいえ。それじゃ、だめっすよ。危険から逃げてるだけじゃ、一歩も前に進めないままじゃないっすか」
強がって、不敵な言葉を並べながら。
私は哂う。
内心であった打算的な考えは隠してカッコイイ言い回しをしながら。
「私は、澪さんを選んだ。――まだ、こんなところで脱落してもらっちゃ困るんすよ」
「……なるほど、な」
少々つまらなさそうな顔をする神父さん。
……この人、やっぱ私が澪さんを見捨てるのを期待してたっぽいっすね。
性格悪っ。
……あ。
いいこと思いついた。
「ところで神父さん」
「なんだ」
「追加で依頼があるんすけど」
「……訊こうか」
渋面を強めた神父さんに、私は哂いかけた。
「澪さんも怪我してたんで……治療のサービスお願いするっすよ♪」
「……これからか」
「これからっす」
「…………」
あはは。
黙ってしまった。
とても愉快だ。
「契約は、守るもんっすよね、神父さん?」
☆ ☆ ☆
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最終更新:2011年09月27日 02:11