See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』 -平沢憂-
いつからだろう、追いかけていた。
それは星に焦がれるもの。
夜空を流れる一筋の光を見上げるもの。
届かない輝きに魅せられて、憧れて、追い続けるもの。
私はそういうものだった。
私は、
平沢憂は、ずっと、そういうものでありたかった。
そうずっと、いつまでも――
◆ ◆ ◆
See visionS / Fragments 4 :『君の知らない物語』 -平沢憂-
◆ ◆ ◆
僕は歩いていた。
おぼつかない足取りで、僕は歩いている。
瓦礫に埋まった町並みを、なんとか必死こいて進んでる。
前へ、前へと、向ってる。
やまない雨の中を、進んでる。
ここに連れてこられてから、雨なんて降ってきたのは初めてで。
けっこう大きな環境の変化だったりするのだけど、なんだか自然に受け入れられた。
状況的にも景観的にも、この雨はあまりにもしっくりとくる。
この無様な状況に、合っていたような気がしたからだろうか。
「だから、なんだって言うんだろう」
……いやはやなんとも、情けない格好だとは自覚している。
袖を通した制服はもはや布切れ同然、ズボンも穴まみれ、身体も当然傷だらけ。
全身泥だらけで、濡れネズミで、
顔面には青アザつくって、あちこち腫れ上がってる、もう何をやったって、カッコつかない無様っぷりだった。
「いや、だから、何だって言うんだろうな」
……正直、体中が痛い。痛くない箇所がない。
顔が痛い、首が痛い、肩が痛い腕が痛い胴が痛い足が痛い爪先が痛い。
半吸血鬼最大の強みの再生力もあんまし働いていない。
むしろ中途半端な再生のせいで、痛みばっかりが長々と僕を苛んでいる。
休みたい、って、本当は思うんだ。
諦めて、投げ出して、今すぐ突っ伏して、眠ってしまいたい。
ああ、それでも、僕はまだ生きているんだから。
まだやらなくちゃいけない事があるはずだから。
だから僕は、痛くても、阿良々木は、だから――
「……だから、何だって言うんだよ」
…………。
…………。
……なにも、なかった。
ああ、そうだよ、もう、なんにもねえよ。
やらなくちゃいけないことがあるから? はあ?
なんだそりゃ、阿呆か。調子にのんな。
いつまで寝惚けたことほざいてんだよ、僕は。
「なんにもねえよ、もう」
……限界だった。
インデックスと別れて。
一人になったらこれ以上、カッコつけることなんて、できなかった。
「なんにも……残って……ないんだよ……」
足が、止まる。
戦いは終わった。
考えうる最悪な形で、幕を閉じ、物語は終わった。
分っているんだ僕達は、負けた、完敗だったんだ。
そんなことは、ああ分ってるんだよ、僕だって。そこまで往生際が悪くない。
「天江……っ」
胸を掻き毟りたくなる。
絶対に守ると、誓ったものがあったはず。
今まで散々失ってきて、それでもなおそれを守れれば、何かを失わずに済むと信じたものが在ったはずだった。
でも……ははっ、もうない。いまはもう、ない。また目の前で失った。
それはこれが初めてのことじゃなくて、ここで何度も何度も経験したこと。
今に至るも止められなかった、喪失の連鎖の一つに過ぎない。
僕の大切なものみんな、みんな、みんな死んだ。
後に残ったものは目的を喪失した男が一人、
意味わかんない怒りに突き動かされて自分にキレる無様な奴が残されて、そしてそれが、僕だったんだ、それだけだ。
「………っ……く……ッ……ぁ……!!」
でも一度あふれ出したものはなかなか引かないみたいだ。
僕は自分の胸元を掴みながら、歯を食いしばる。
あー畜生、やっぱりいてえよこれ。
何度経験してもダメみたいだ。
何人失っても麻痺なんてしない、磨耗なんてしない、無感になんてなれない。
顔よりも首よりも肩よりも腕よりも胴よりも足よりも爪先よりも、やっぱりここが一番いてえよ。
「く、そ……くそくそくそ……ぉッ………ふざけるな……」
……もう、歩けなかった。
どこまで歩いてきたんだろうか。いずれにせよ、これ以上は進めない。
砕けた町の真ん中で、瓦礫でできた丘の下、元が何の一部だったのかも分らないコンクリートの残骸に両手をついて、僕は蹲る。
自分自身に吐き気がする。
なんで今更、もう行きたくない、休みたいなんて、思ってしまうんだろうか。
でもそれは仕方のない事だ。そのはずだ。
「なんで、お前……が、お前らが死ななきゃいけないんだよ……」
インデックスにはカッコつけてああ言ったけど、これは目的のない歩み、だったんだろう。
一応、枢木を呼びにいくっていう名目で、動いてはいたけれど。
無理だ、その先がない。僕は多分もう無理だ。
僕の体を動かす理由が……今度こそ、完全に、尽き果てている。
だからこれで、お終いなんだろうと確信すら感じていて。
「畜生なんで……っ」
そんな、精根尽きた僕の、
「なんで……なん……で……」
目の前に、
「なん……で……」
彼女が、いた。
「…………お、まえ……」
ふと、さした影に見上げれば、僅か、数メートルほどむこう。
砕けた町の真ん中で、積み上がった瓦礫の上に佇むようにして、少女が一人、立っている。
「平沢……なのか?」
位置関係上、逆光で、その表情は見えない。
着ている服も、あの制服じゃなく赤い拘束具のようなものを身に纏っている。
そして髪を下ろした姿は、結構印象を変えていたけど、間違いない。
「……平沢、憂」
僕は、引き寄せられるように、彼女と出会っていた。
まるで動きを止める前の、最後の使命がそれであったと言うように。
見上げる瓦礫の丘の上、目の前には平沢憂がいる。
僕と同じように一人で、雨の中、傘もささずに。
止まりかけてた、心が動く。
「……あ、はっ……」
物語は、終わってない。
そうだ、まだ、あった。
僕は彼女に会ったら、やらなくちゃいけない事が……あったはずだ……。
途端、驚くべきことに、力が戻っていた。
もう立てないと思っていた足に、もうつかめないと思っていた腕に、萎え切っていた全身に、僅かな気力が充填されていた。
なぜか、決まってる。
やるべき事があるからだ。
「――は」
ああ、そうだ、はは、あったじゃないか!
こんなところに、目の前に、僕の役目がある!
僕にしか出来ないことがまだあるんだ!
そうだ、そうだ、まだ残ってる!
僕は、僕は、こいつを救わなきゃいけな――
「ひらさ――」
そうして何か、僕が愚かなことを言う前に、僕の伸ばした腕が切り裂かれた。
◇ ◇ ◇
私は知っていた。
人は平等じゃないってこと。
特別な存在というものは確かにある。
普通の人には無い物を持っていて、唯一無二で、羨望を集め、惹きつける。
そういう、他者とは一線を画した特別な存在。
本当の意味でのオンリーワン。
彼ら彼女らは常に選ばれていて、確立していて、そして輝いていた。
『スター』とは、言いえて妙だと私は思う。
確かにその特別の輝きは、星々のそれに似ていたから。
例えば昼の世界を照らす恒星のような。
夜の暗い空を彩る一番星みたいな。
私の空を流れ続ける、彼女はきっと、彗星だった。
彼女は、
平沢唯という存在は紛れもない、私にとって『星(とくべつ)』の存在だった。
星の光に、地上の人は手が届かない。
私は人から『出来た子だ』なんて評価を受けることがある。
たしかに私は、家事に慣れているし、運動も苦手じゃない。勉強だってそれなりにできたし、礼儀作法だってある程度わかる。
人間的におおよそ欠点の少ない。それが私だとするならば、平沢憂は確かに『出来て』いるのだろう、人として。
そう、人として、私は、よく出来た――『ただの人』、だった。
私は決して、特別な存在じゃなかったから。
単に人間としての教本通りに自分を構成させた、よく出来た普通の人間でしかありえない。
私は特別の輝きを持たない。ただの人間以上には決してなれない。
物語の登場人物になぞらえるならば、
所謂、クセや色を持った主人公じゃない。
せいぜいが扱いやすい脇役。サブキャラクター。
それを、物心ついた時から理解していた。
なぜなら本物の輝きを、空に輝ける星の光を、私は生まれた時からずっと見てきたから。
本物、本当に特別な存在、何が違うのかという説明は出来ないし、したところで陳腐にするだけだと思う。
だけど彼女は間違いなく私にはない光を持っていて、その光はあまりにも私に近いところにあったから。
彼女は私の、お姉ちゃんだったから。
――ああ、じゃあ私は違うんだな、と。
普通、人がとても長い時間をかけてようやく納得することを、
存在として定められた違いというものを、私はすぐに理解してしまった。
あっという間に、呆気なく、理解して、諦観して、そして、そして――焦がれていた。
私は彼女より早く起きる。
私は彼女より料理が出来る。
私は彼女より楽器が上手い。
だけど、私は平沢憂であり、彼女が平沢唯だという、
ただそれだけで、彼女は私よりも優れていた。
嫉妬なんて、一周もすれば感じなくなる。
羨望なんて、遠すぎて空を切る。
ひたすらに、憧憬のみを、胸に抱く。
天高い夜空に地上(ふつう)の人は、手が届かない。
とても近くて、でも私には絶対に届かない場所で彼女は輝くのだ、と。
それを誰よりも知っていたからこそ、誰よりもあの光に魅せられた。
ひたすらに憧れて、堪えきれず、空を見つめ続けた。
見惚れ続け、構成されたのが、今の私だった。
絶対に、追いつくことはない。
彼女はいつも、私より先を行ってしまう。
並んで走ることも、隣で瞬くことも、私には出来ないと最初から知っていた。
彼女の隣で輝けるのは、同等の高度を流れる星々のみで、だから私には資格がない。
それでも、見続けた。決して、追いつけなくても、彼女の後を行きたかった。
追いつこうだなんて思っていなかった。
星の輝きに魅せられて、誰よりも憧れて、追いかけて、そしてそれだけできっと、私は満たされていた。
何故なら彼女は私にとって、星であると同時に、また違った意味でも、特別だったから。
あくまで平沢憂という個人のなかでの、唯一無二。
平沢唯は私の家族だったから、私のお姉ちゃんだったから。
決して届かない、超えられない存在だとしても、私と彼女は血の絆で繋がっている。
だから彼女の輝きこそが、私の誇りでもあった。
これからもっと先に行くだろうあの彗星を、
これからもっと多くの人を惹きつけるだろうあの輝きを、
私はずっと、後ろから見ているだけで、幸せだった。
それは星に焦がれるもの。
夜空を流れる一筋の光を見上げるもの。
届かない輝きに魅せられて、憧れて、追い続けるもの。
私はそういうものだった。
平沢憂は、ずっと、そういうものでありたかった。
そう、ずっと、いつまでも私は――お姉ちゃん/憧憬を、追いかけていたかった。
◇ ◇ ◇
ぼとり。
落ちた音が聞こえた。
瓦礫の丘の中腹で僕は、瓦礫の上に立つ平沢へと手を伸ばした中途半端な体制で固まっていた。
いや、正確に言うと手を伸ばせてはいない。
伸ばしているのはあくまで腕だ。
手首から先がついていない以上、腕を突きつけているに過ぎないだろう。
「…………あ?」
ごろごろごろ、と足元を通って、僕の手首が瓦礫の下方へと転がっていく。
その行き先を見送る前に、
「ぎっ!!」
腕の先っぽを激痛が襲い、僕の注意を強制的に引き戻した。
途切れた腕の先から赤色が噴きだして、平沢の服や髪にまで降りかかる。
それでも平沢は顔を上げようとはしなかった。
だから未だに、表情が読めない。
平沢は俯いたまま。
その片手に、僕の手首を切り飛ばした凶器、仕込みヨーヨーをぶら下げて。
「ッ……お前……なぁ!! いきなりかッ!!」
傷口から継続的に、鮮血が迸る。
刺されたり貫かれたり今まで色々あったけど、僕の中にもまだこんなに血が残ってなんだなぁ。
などと、暢気なことを思い浮かべた次の瞬間には、平沢の第二撃が僕の胴を薙いでいた。
「げふっ」
内臓と一緒に、間抜けなセリフが自然と口から飛び出して赤面ものだった。
とか思った二秒後には三発目が僕の額をザックリ削って、マジで赤面と化していた。
「って、ちょ……タイムタイ…………が……ぁああああああああ!!」
だが断る。
と言わんばかりに、肩が切り裂かれる。
と思ったら膝が割られる。
と思ったら胸元を抉られた。
その次は首元その次は二の腕その次は爪先脛肘脹脛指先頬唇鼻先腕腕腕腕腕腕腕腕。
猶予なし。待ったなし。怒涛の連撃。ズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバズバ。
「あ――あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ががあががががが!!!!!!!!!!」
おい、ちょ、マジで、ヤバイこれ。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬほど痛い。
壮絶な勢いで秒刻みで体中を切り刻まれてて何とか両腕で頭を庇ってはいるけど痛み痛みが痛みが痛みが痛みがが積もり積もり積もり積もり積もり積もって頭が麻痺麻痺麻痺麻痺しかけているいる痛いいたたたたたたたたたたt。
「&$%’!”!O’(∵’(&%!”#!&!」
喉の奥から悲鳴が上がる。何を叫んでいるのかも分からない。
視界が真っ赤に染まり、身体から絶えず肉片が弾け飛び散っていく。
どうにか両腕で頭と首を庇って致命傷を避けてはいるけれど。
今の僕は完全な吸血鬼じゃないんだから。
一瞬でもガードが解かれるか抜けられるかされればそれで……頭か首を断たれれば、それだけで――致命ってことは明らかだった。
「(聞くに堪えない悲鳴の連発なので割愛)」
……どうやら平沢憂は凄まじい素養を持った少女らしかった。
前回、手の平で止めることもできたヨーヨー捌きから、格段の進化を遂げている。
というかこれは既に達人級と言うか、なんだ、殺人ヨーヨー道みたいなものがあれば免許皆伝な腕前に違いない。
驚異的成長速度、天才的修練速度。
目にも止まらぬ高速の手腕で僕の全身をミキサーにかけるみたいにグシャグシャにしていく。
とはいえ、だからこそと言うべきか、僕には打つ手も何も無い。
さっきから無理やり前に進もうとしているけど、それを許してくれるような彼女ではなく。
なのに……何故だか、後ろに下がろうと言う気にもなれない。
全身をズタズタにされる激痛にひたすら悲鳴を上げ続けて、喉も枯れ果てて、なのに何故だろう、後退はする気になれなかった。
「(ただいま阿鼻叫喚タイム)」
あー、それと。
なんだろうな、これは、なんだろう。
もしかして、望んでいるのだろうか、僕は、削られるのを。
削られて、ガリガリガリガリ体中を削ぎ落とされて、それを僕は良しとしている。
もちろん余裕なんか欠片もない。
完全な吸血鬼だった頃の、あの春休みの日ならいざ知らず、今の僕ではこのままじゃ普通に死ぬわけで。
なのに、これでいい、と。そう、思えたんだ。
「(雑音)」
まあ、痛みで頭がろくに回んないし、理由なんてどうでもいい。
余計なこと考えてる余裕はない。
いや、なんか、なんかさ、見えそうなんだよ。
こうしていると、あの春休みみたいに、あるいはいつもの僕みたいに、ボッコボコにされてバッキバキにされてると。
楽、か? ああそうだ、この方が楽なんだよ、僕は。
「……ぼ……くは……」
まだ、楽だと思ったんだ。
自分が傷つかずに、痛まずに、知らないところで僕の大切な誰かが死んで、
僕はそれを知ることしか、悔やむことしかできなくて、さぁ……!!
その痛みに比べたら……!!
その絶望に比べたらこんなもの……っ!!
「痛く……ないんだよ……これっぽっちも痛くねえんだよ、こんなものッ!!」
ああそうだ。
「これが、僕なんだッ!!」
ボッコボコにされても、ギッタギタにやれても、痛くても、苦しくても、カッコつかなくても、むしろ滅茶苦茶かっこ悪くても。
僕は何度だって、こうすることを選ぶだろう。
みっともなく痛がりながら何度でも、何度でも、イタイ選択肢を選ぶだろう。
助けを求めている人がいたら、あなたは誰にだってそうするの? って? ああ、そうしてやるのさ。
そうするんだよ。
そうするんだよ、そうするに決まってんだろッ!!
「……だって、何もしなくて……失くしちまうより、マシだろうが」
ボッコボコにされても、ギッタギタにやれても、痛くても、苦しくても、カッコつかなくても、むしろ滅茶苦茶かっこ悪くても。
一生涯、ヒーローになんてなれなくても。
こうすること以外選べないんだよ、僕は。
何もせずに、何もできずに、何も知らない間に失くしてしまうくらいなら。
そうして消えてしまったものを、取り返しの付かないものを、一生背負っていくくらいなら。
悔やむことしか出来なくなるくらいなら、殴られた方がマシだ。血を吐いたほうがマシだ。
タコ殴りにされたって、全身の骨を折られたって、それで繋ぎ止められるなら、それで僅かでも、何かを失くすことを止められるなら。
「その方が断然、マシに決まってんだろうがッッ!!」
僅かにあけた目で、前を見る。
平沢は未だ、顔を上げていない。
俯いたままで、僕の姿すら視界に入れないままで、凶器を振るい続けている。
「……なあ平沢」
髪に隠れた表情は分らないけれど、だけど、その姿はどこか、蜘蛛の巣に掛かった蝶を思わせた。
決して解けない束縛を受け、いつ繰るかも分らない脅威に怯え、非力に羽をばたつかせる。
羽(うで)を必死に振りまわし、近づくものを牽制する。
「お前のことは、分らないけど。分かったよ」
少しだけ理解したような、気がするんだ。
削られ続け、真っ赤を通り過ぎてそろそろ真っ白になった視界の中で、理解したような、気がしていた。
いつものようにボッコボコにされて、いつものようにギッタギタにやられて、なんだか逆にスッキリしたんだ。
いままでの余計な思考とか、杞憂とか、思い上がりが、全部削り飛ばされたみたいに。
ああ、そういえば、そういうことだったんだ。
「結局、僕には、お前を、救えないってさ」
それを言い渡した瞬間、力の抜けたガードを突き破って、
仕込みヨーヨーが僕の顔面を直撃していた。
「――がぁ!!」
頭蓋をカチ割るような衝撃に、僕は後方に跳ね飛ばされた。
コンクリートに叩きつけられ、瓦礫の山をずり落ちていく。
その間際、やっと見えた彼女の表情は、ああやっぱり、思っていた通りの―――
◇ ◇ ◇
私は足を止める。
暗闇のなか、途方にくれて立ち尽くす。
まっ黒い世界の中で私は一人、空を見上げる。
ない。どこにも、ない。
彗星はもう見えない。消えてしまった。
呆然と立ち尽くす。
空を見上げて、あの光を探した。
私を惹きつけ満たした輝きを、そして私の、好きだった『あの人』の姿を。
だけど、どこにもない。消えてしまった。
だからこの空はいつまでも、真っ暗のまま。
私一人を、ここに残して。
もう私はどこにも行けない。
私を照らして、道を示して、導いてくれたあの光が消えてしまったら、いなくなってしまったら。
手を伸ばす方向が分らない。何を目指せばいいのか分らない。
見守り続けるために、後を追って走り続けるためだけに身につけた私の『よく出来た』ことの全てが。
既にあの人が居なくなった今、何の役にも立たなかった。
私はこの暗闇の中で、いつまでも一人で。
何もないまま、何者にもなれないまま、ずっと佇んでいる。
それが寂しくて、悲しくて、膝を抱えて座り込む。
こんな所に居続けるのは辛くて、切なくて、耐えられない。
たすけてほしい。
私を照らす光に、手を伸ばす輝きに、また導いて欲しい。
それが望めないなら、いや本当の気持ちを言えば私は、誰かにこの手をとってほしかった。
だけど、わき目も振らずあの人しか追ってこなかった私の周囲りには誰もいない。
もう遅いと知っていた。
もう戻らないと分っていた。
それでも、それでも私は、会いたくて。
――消えないで。
――死なないで。
――独りぼっちにしないで。
――私はこんなところに、居たくないよ。
誰もいないこの場所で、縋るように叫んだ。
もういない。
私の好きな、あの人に。
なのに裏切ってしまった、あの人に。
――ごめんなさいって、言いたいよ。
◇ ◇ ◇
僕は目を開く。
意識が飛んでいたのは、僅かな間だったらしい。
しかし顔面は仕込みヨーヨーによって無残に抉れて……も、いなかった。
大きなアザがまた増えただけで、それだけだ。
あの直撃の間際、どういうわけかヨーヨーから出ていた刃が引っ込んでいたらしい。
「でも痛てえ」
視界には、灰色の空が広がっている。
安穏で不穏な空の色だった。
ポタリポタリと、頬に水滴が落ちてくる。
それは雨の雫なのか、それとも……。
「…………」
視界に、空と雲以外のものが映りこむ。
それは少女の顔だった。
倒れた僕を傍らで見下ろす、平沢憂の表情。
そこに悪意は無く、だけど涙もない。
先ほどみたものは錯覚だったのか。
「……ぐっ」
身体を起こそうとして、無理っぽいようだった。
といってもまだ、かろうじで再生力は働いているようで、徐々に傷自体は癒えていく。
少し待てば、立ち上がるくらいはできるだろう。
できるだろうけどその前に。
「…………っ」
ぐっと、裂かれた腹に圧力が掛かった。
それは容赦のないのしかかり。
僕の上半身に馬乗りになった平沢憂は無表情のまま、腰元から一本のナイフを抜き放つ。
前回の経験を活かしたのか、なるほど確かに、この距離ならばそれが正解か。
いくら僕が半吸血鬼でも、頚動脈を裂かれたら、首を絶たれたりしたら、いくらなんでも死に至るだろう。
所詮は怪奇もどき、半分は人間である以上、実際わりと簡単に死ねる。
ここまでしぶとく生き残ってこれたのは、奇跡的確率によるものが多いだろう。
「…………」
最後まで一言も無く、平沢憂はナイフを振り上げる。
狙いは一つ。
切っ先は僕の首に、ヒュン、と。
真っ直ぐに、振り下ろされる。
簡単に、突き刺さる。
僕の身体から血が噴出す。
僕と平沢、一緒に、赤色にぬれた。
一層、意識が薄弱になっていく。
……僕の思いはコイツと再会する直前から、変わらなかった。
戦いはもう終わったのだと諦観している。
守りたいと思ったものは全て失った。
投げ出したい。なんて、思っていたんだけど、な。
「……ぁ……あ………………」
平沢の、震えた声が聞こえる。
「なんで……なんで……っ」
急所を外して肩口に突き刺さったナイフを、平沢が勢いよく抜き取る。
そしてもう一度、首を正確に狙って刃を落とそうとし。
「……っ……ッ!!」
残り数センチの所で切っ先は停止する。
誰も何もしていない。
腕は平沢自身の力によって、止められていた。
「…………ぁ」
平沢はしばし、唖然としていた。
咄嗟に、握るナイフに力を込めようとして。
まったく同時にそれ以上の強固な力が押し留めるように。
二つの感情が鬩ぎあっているように、平沢は硬直していた。
「動いて……」
いくら力を込めても、腕は動かない。
「動いてよ……!」
声に含まれる感情は、恐怖しかないように。
「消えてよ……あなたさえいなければ、私は……!」
「苦しくなくなるのか? 楽になるのか?」
「――っ!」
「それが理由なんだろ?」
まあ、僕だって、どうしてこいつが僕を殺したがっていたのか、真面目に考えなかったわけじゃない。
なんだかんだ言って、この島ではそこそこ縁がある奴だ、流石にある程度分ってもくる。
コイツは多分、純粋な奴だ。
胸を触られたから?
ギターを返さなかったから?
そんな馬鹿みたいな理由で人を殺そうとするほど、不真面目な奴じゃない。
多分、最も大きな理由は僕の行いじゃなくて、彼女自身にあった。
「お前がああなる前に出会って、お前が『前の動機』を言った者の中で、
いま生き残ってるのは、僕一人だけだもんな」
あの時、最初に出会ったとき彼女が語った『殺す理由』。
即ち、『自分の幸せの為にお姉ちゃんを守る、そのために殺す』ということ。
誰が聞いても、姉の為に殺すと告げたあの言葉をこそ、彼女は殺したかったに違いない。
それこそが罪だったと、今の彼女の目が、語っていたから。
「………………」
沈黙は肯定ってことだろう。
ならば後に最愛の姉への思いを捨ててまで楽になろうとした彼女にとって、僕はさながら亡霊にでも見えたんだろうか。
思いの放棄、彼女がそれを自覚できない領域で苦痛だと思っていたならば。
あるいはそれほどまでに姉を思うことを恐れていたとすれば。
まだ思いを捨て去る前の、過去に彼女自身が吐いた思いすら、彼女を脅かす。
『私は私の為に』、と。やがてそう訂正した彼女の、どこか怯えたような言葉を思い出す。
姉への思いはかつて彼女が最も大切にしていたものだったけど、思いを捨ててからの彼女にとっては、忌避すべき脅威と化したからこそ。
平沢は僕を殺すことで、追ってくるような苦しみから、逃れようとしていたんだろう。
そこにどんな葛藤や鬩ぎあいがあったのかまで、想像は出来ないけれど。
「私は神さまにお願いして……楽になった、はずなんです……」
溢れるような言葉と僕に掛かる重量はだけど、今までの平沢憂からはありえない物だった。
体にも、心にも、『重い』が、既に戻っている。
つまり彼女も全部、気づいていたんだろう。
そしてだからこそ、今も苦しんでいる。
「楽になったはずなのに……なのにどうしても、どこか辛くて」
それは罪の意識か、もっと別の物なのか。
時間がたつほどに積もり蓄積され、やがて無視できない激痛に変わったのか。
「目を逸らしても、思いを捨てても、痛み(こうかい)が消えてくれなくて」
そういうもの、らしいな。
僕の最愛の人も、かつてそうだったらしいから、知ってるよ。
思いを零す、少女の表情は酷く疲れきって見えた。
ただ痛みと、苦しみに耐えるような苦悶の顔だった。
「だけど、失くしたものを思うことは辛いんです。
向き合えないんですよ。
だって、それを見たら、正しく受け止めたら、私はきっと耐えられない……」
袋小路だ。
思いたくないから捨てたのに、
思えないことにも耐えられないという。
「だからこのままでいい。
あなたを殺せば、あなたさえ居なくなれば、この痛みも忘れられる。
私は今度こそ楽になれるんだって……なのに……なのに……っ!」
今も迷い続ける思考の迷路。
コイツはまだ、一人で自分を騙し続けている。
「ころせない……」
いま自分が、泣いていることにすら気づかずに。
「いまさら、ころせないよ、どうして……」
単純な理由にすら思い至らず。
自分自身を惑わし続けて、苛め続けて。
「邪魔しないでよ……おねえちゃん……」
そんなにも、お前は、その人の事が好きだったのかよ。
僕じゃない、どこか違う場所に映るものを恐れるように見つめながら、平沢は口にした。
百年溜め込んだかのような『思いの込められた』言葉を。
「消えてよ。私はあなたのためじゃない。
私のために、私のためにやるんだから……!
あなたのためじゃない! あなたのためじゃない! あなたの……せいなんかに、したくないのに……ッ!」
そうかやっぱり、思いが戻ってしまったんだな、お前。
「私の中に、いないでよ!
居なくなっちゃったくせに!
もう、傍にいてくれないくせに……!」
戦場ヶ原のように、向き合う覚悟を決めたわけでもないのに。
「っ……ぅ……ぁ……あ……ッ」
押えきれない嗚咽の声。
ぽとりと力の抜けた手から、ナイフが落ち、地面に転がった。
それをきっかけにしてか、ぽたぽたと潤んだ瞳から、やっと、涙が落ちる。
思いが還ってしまったならば、もはや僕を殺すことにすら、意味はない。
もう、どこにも逃げ場はないのだから。
「殺せない理由なんて、それしかないだろ」
これから彼女に告げること。
説教くさい全ては普段の僕らしからぬ行為だと思う。
たぶん僕以外に、もっと主人公っぽい適任者がいた筈だ。
「還る思い以外にありえないだろ。
姉(それ)が、お前を止める理由でなくて何だって言うんだ」
それでも今は、僕以外にそれを言える奴は残っていないみたいだし。
業腹だが、ガラじゃなくても言うしかない。
「だってお前、好きだったんだろ。
今のお前を見てれば誰にだって分るよ。
好きだったんなら、殺せるわけないもんな。大切な人を、泣かせられるわけないもんな。
それこそ、自分を騙しでもしない限り」
それはきっと、本当の『献身』。
『生きたいだけ』なんて自分自身に嘘をついた、彼女の本物の願い。
誰かを殺してでも、一人で生きたかったわけじゃない。
誰かの為に、自分が死んでいいわけがない。
――ただ、好きな人と、一緒に生きていきたい。
結局、平沢憂は、どこまでも一途で、純粋な思いを抱えた奴だった。
彼女の不幸は、彼女が自分を騙せてしまったこと。
自分を騙してでも、矛盾を抱えてでも純粋に、どこまでも純粋に、守りたい願いがあったってことだ。
それも両立しない二つの物を。
そして、その純粋さ故に、騙し続けることも出来なかった。
「大切な人を思えばこそ、人殺しなんて出来ない。
その証拠に、お前はあんなにも、殺す理由に姉を据えることを避けてた」
姉のことを思えばこそ、こいつに人殺しなんてできる筈がなかった。
なのに、それでも生きたいと願ったとき、彼女は反射的にあの理由を選んでしまったんだろう。
『お姉ちゃんのために』
最愛の人を理由にした後悔が、今も彼女を苛み続けている。
そして間違いに気づき、思いが戻った今では、もう今度こそ、人ひとり殺せない。
罪悪感から逃れるすべはない。姉への思いが戻るとは、即ちそういうことだから。
「それじゃあ……それじゃあ私は……」
涙を振り払って、また零れてきて、振り払ってを繰り返し。
ついには頬をつたうものそのままに、平沢憂はようやく顔を上げて僕の言葉に答えた。
「私は、どうすればよかったんですか……!?」
力のない、枯れたような叫びだった。
「私は死になくなかった!」
罪の告白のように聞こえた。
「私は失いたくなかった! 私の命も、私の大切な人も!」
両方揃って、初めて、幸せなのだからと。
「だけど守れるほうを守ったら……もう片方が守れない……!
当たり前の事に気がついて……あの時、私があの時、生きたいって願わなければ……!
あの人を……裏切ることもなかったのに!」
『わたし』と『あなた』、二人いなければならない。
だけど両方を取る事は許されなかった。
わたしの命か、あなたへの想いか。
絶対に選べない筈の二択を唐突に迫られて、とっさに、近くにあった一択を守った時。
彼女はもう片方の選択を、永遠に失ってしまった。
「いまさらやり直すことも出来なくて、だけど直視することも耐えられなくて。
何も感じなくなろうとしたのに、今度は見ないことが痛くなって……。
無視して、無視して、無視し続けて、なのにいまさら……! いまになって……!」
自らの命を守ったとき、代わりに、大切なモノを失った。
彼女は、命と同等の価値を持つ大切な夢を、切ってしまった。
それが後悔として、ずっと残り続けた。
「いまさら、こんな思い……重過ぎるよ……」
持てないからと預けた思いは、何倍もの重量となって回帰した。
まるで因果の応報みたいに帰結する。
「重くて、持てないよ。いまさら顔向けなんてできないよ。
私にそんな資格なんて、ないんだから……」
かつて大切だった思いが、
一度手放して、また戻ったことで、どれだけ大切だったかを噛み締める。
どれだけ蔑ろにしてしまったのかを思い知る。
身が砕け散るほどに、実感する。
「痛い、よ……」
誰にともなく、胸の中心を握りしめながら、彼女はそう言った。
「苦しいよ……」
泣き濡れた顔で、どこにも届かない声で。
彼女が、失ってきた誰かに――
「たすけて……」
やまない雨と、涙のなかで。
このとき初めて、彼女は、本当の思いを口にした。
「たすけてよぉ……」
そして僕は、
阿良々木暦は、そんな彼女に告げる。
どこかの誰かの、言葉を借りて。
「僕も、誰も、君を助けてなんかやれない。
――君が勝手に助かるしかないんだ」
ああやっと、僕も理解したんだよ。
ここまで色々失って、身体もボロボロになるまで削られて、初めて分った。実感した。
やっぱり僕には、人を『救う』ことなんて、出来ない。
僕は
正義の味方なんかじゃない。そして、そんなことは、誰にもできない。
出来ることは、『助かろうとする人』を支えてやる事だけなんだ。
度し難い勘違いだった。
僕が救ってやろうだなんて、僕が助けてやろうだなんて、思い上がりもいいところで。
いつも飄々としたあの男はいつだって、そう言っていたんだ。
「その思いがどれだけ重くても、それは平沢、お前だけの物だから」
他の誰も、代わりに持ってはやれないんだよ。
お前を救うと偽ったあの男も、お前の目の前に居る僕も、たとえ神さまにだって、無理なんだ。
お前の思いはお前にしか背負えない。
それがどれほど重くても、辛い記憶でも、罪の証だったとしても。
「お前を救えるのは、お前だけなんだ」
助かろうとする意志のない奴は助けられない。
救われようとする奴は救えない。
自分の荷物くらい自分で持てよと、甘えるなと、あいつは言うだろう。
僕も今はそう思う。
何故なら僕ら、加害者だろう。
かわいそうな奴じゃ、ないんだ。
「それでも、生きていくしか、ないんだろ」
「……ぇ」
罪は消せない。
『傷』は決して、癒せない。
それでも死ねないなら。
傷を誇るでなく、嘆くでなく、ただ、抱えて生きていけ。
全部背負って、死ぬまで傷ついたままで。
生きていくしかないだろう。生きている限り。
決して助けられない傷を抱えていたって、助けを呼ぶことそのものを、僕にはやっぱり否定出来ないから。
「……っ……」
僕は、泣きはらした目を見開く平沢に、手を突きつけた。
体制的に逆だけど、それはこの際どうでもいい。
ようはこいつに、まだ生きる気があるかどうかだから。
「僕は、お前を助けないし、助けられない」
生きるための一歩は、他人から与えられるものじゃない。
己の足で、踏み出すものなんだ。
彼女達は自分で、自分の思いと向き合った。
自分の傷を背負って、それでも前に進もうとしてた。
そして僕もここで、もう一つ背負ってやる。
前に進むって、決めたから。
「だから――」
だからさ、平沢、お前も。
「勝手に、助かれ」
他のだれでもない、自分の足で立てよ。
「そうすれば――」
そこから歩き出すために、君の手を引っ張ることくらいは、してやるから。
◆ ◆ ◆
ここに一つの解がある。
それは結果としてそうなっただけなのか。
あるいは平沢憂が無意識の内に為した行いなのか。
分らないけれど。
あるいは彼女は、彼女なりの方法で、彼女の献身を果たそうとしてたのかもしれない。
姉への思いがある限り、それを自覚する限り、平沢憂には人を殺せない。
転じて言えば姉を守れない。
故にこそ、平沢憂は平沢唯への思いを捨てたのではないだろうか。
姉を守り続けるために。
人殺しを続けるために。
姉への思いを断ち切り、平沢憂が平沢憂本人の為に人を殺すという理由を本心から手に入れること。
そうやって、守る対象への感情を捨ててまで、彼女は献身を為そうとしていた。
そう考えることもできる。
守る為に、守る感情を切り離す。
破綻しているようで、矛盾しているようで、理屈は通っているのだ。
真実はしらない。
僕もハッキリさせようとは思わない。
なにも血なまぐさい話を美談にしたいってわけじゃない。
結局、その結果姉を失ったとするならば、
平沢憂が姉を裏切った事実と、更には自分をも裏切ったという二重の罪を負うことになるだけなのだから。
そもそも平沢が生きたいと思ったことは真実だろうし、そうでなければこの現実はない。
ただもしも、そうであったとすれば、だ。
姉を切り、己も切り、何一つ掴めなかった今の平沢にとっては、
自分ひとりが生き残ってしまったことそのものが、ここに顕現した罰なのかもしれない。
この重さは、思いの比じゃない。
これから一生に渡って、ずっと彼女を苛み続けることだろう。
耐えていけるだろうか。
などと、思ってしまうけれど。
それはやっぱり僕が考えることじゃなくて、彼女自身の問題だ。
――だからいま言えることは一つ。
「……………」
平沢憂はいま、僕の手を掴んでいる。
無意識かもしれない、意味を理解していないかもしれない。
でもそれは、少なくとも生きる気があるってことだから。
今は良いって、僕は思うんだ。
そして支えてやりたいって思うんだ。
生きたいと願う奴を見てると、僕自身が救われる気がするから。
足掻いてみたくなっちまうから。
現金な気もするけど、僕も、もうちょっと頑張ってみようと思う。
どうか後悔のないように強く。
頑張って生き通してさ、そして死んだらまた会おう、戦場ヶ原。
それまではあがき続けるよ、浅上。
死にたくない、なんて。
いまだに思っちまう愚か者が、ここにもう一人いるんだ。
同じように僕も、生き続けたいって、今も思えるから。
だからそれで、いいんだよな――天江。
せめて、強く生き抜いた彼女たちに、恥じないように。
最後まで、生き抜いてみせるよ。
それがきっと、もう君たちと会うことの出来ない。
役を無くした僕の、僕だけの、物語だから。
【 Fragments 4 :『君の知らない物語』 -End- 】
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最終更新:2013年09月10日 04:56