試練/どうあがけば希望?(前編) ◆fQ6k/Rwmu.



利根川幸雄 ギャンブル船/2階スイートルーム -1:28:37】



「はっきり言わせてもらおう、利根川氏。
 貴方を信用すること、それは『悪魔の証明』でしかないと」

 ちっ……このグラハムとかいう若造。
 軍人と名乗っているだけはある。そう簡単にわしを信用はせんか。
 元々こちらが圧倒的に不利というのもあるだろうが、こいつさえいなければあっちの小娘だけなら篭絡できたかもしれんのに。


「帝愛の幹部であった過去があり、情報を持っている。
 成程。確かにそれは接触の価値も同行する価値もあるだろう。

 ただし、それは貴方が本当に幹部であったことがあり有力な情報を持っている場合だ。
 私とて生憎そんな虚言にわざわざ乗るほど酔狂な者ではない。なにしろ同行者がいるのでな。迂闊にこちらの情報は開示できない。

 故に利根川氏。貴方が幹部であったということが確実でない限り、私は貴方と共に行動し情報を開示することはできない。
 しかし貴方が幹部であったと言う証明はあまりに難しい。
 貴方の言う知り合いはこの名簿にたった1人。出会うにはあまりに確率が低いと言わざるを得ない。

 その知り合いに遭うのを延々と待っている時間はこちらにない。私達は捜さなければならないものがあるのでね。

 知り合いに会えない以上貴方が帝愛の幹部であったと言う証明はまず不可能だ。
 さっき話したギャンブルルームの黒服。彼に聞いたとしても同じだろう。
 彼らはこの殺し合いにおいては中立の立場を貫いているように思えた。ギャンブルにおいてのみ手を出すのだろう。
 それは逆を返せば」
「ギャンブルに関する以外の質問には微塵たりとも答えない、ということ?」

 今まで黙っていた小娘が口を突っ込んできた。
 小さな体躯に大きなリボン……ふん。最近の小娘どものセンスはわからん。
 それでいて口調はたまに古臭い言葉を使う。最近の若者はまったくわからん。


 しかし、まさかギャンブルルームなどというものがありしかもそこに黒服の男が配置されているとはな。
 4時間以上ここにいてそれに気づかなかったことがばれた時はこいつらに危うく蔑まれそうになった。
 『こんな所につれてこられて突然平静でいられる方が不自然だ』と言い負かしてやったがな。
 そもそもわしのスタート場所は元々この船内、しかもギャンブルルームよりも上階だ。更に言えばその階から動いていない。
 階下のギャンブルルームに気づけず何が悪い。手順矢印も1階駐車場へのタラップを上がってきた奴らを誘導する為のもの。
 ギャンブルルームより上の階には張られていないのだ。

 にしてもさすが帝愛、会長の考えそうなことだ。殺し合いの中にギャンブルを織り交ぜるとは。しかも血液搾取のシステム。
 これはつまり、身体的弱者でも強力な武器を入手できる、そして身体的弱者が身体的強者を殺すことも可能ということだ。そう、この老人のような弱者でも!
 まあそれにはまず相手をギャンブルにのせねばならんがな。ペリカという餌がある以上できんことはないとは思うが。

 黒服の男はギャンブル以外の質問には答えない。これは正解だろうな。私も『向こう側』ならそうさせる。
 過剰な干渉は退屈を招く。なぜなら、それは参加者を甘えさせることになる。
 それでは見ている方は面白くない。与える情報は最低限………そんな限られた状況で足掻く様………それは観覧者にとって極上のショー………っ!
 さながら蟻の巣に水を流し込み慌てる蟻どもをみる無邪気で残酷な子供に似た心境っ!

「そういうことだ。例え私たちの後にあそこに誰かが来たとしても、彼は私達のことを教えはしないだろう。
 奴らに言わせれば『フェア精神』と言ったところか。
 わかってもらえたか。利根川氏。貴方が幹部であったという証拠が無い以上、こちらからの情報開示はできない。
 それに信憑性が無いと言うのでは貴方の人間性に疑いを持たざるを得ない。となれば貴方をそう易々と保護は出来ない」
「くっ……!」

 私は顔を曇らせた。
 言いたいこと言いよってこの若造が。軍人と言いながら民間人を保護する気はなしか。


「………ねえ、グラハム」


 辛そうな私の顔に耐えかねたのか、小娘が男に話しかけた。
 その声には同情の色が見て取れる。少し前まではわしに恐れている様子が見て取れたが、流石にわしの落ち込み様にその恐怖を引っ込めたらしい。


「何かね衣」
「確かに不確実な事を名乗った老人にも非はある。でもここで見捨てるのはこの老人が可哀相だ。
 お願い。衣に免じて1つ、チャンスを上げてくれないかな?」
「チャンス?」

 小娘は見かけによらず優しい心根らしい。
 男に切り捨てられ後が無さそうな私を見かねて『チャンス』を提案してきた。
 私が帝愛幹部であったと言う証明になりそうな『チャンス』。
 私にとっては喜ばしい限りだ。
 小娘がわしにチャンスをくれた。




 そう。





 わしの思惑通りにな。





 =======


衛宮士郎  ギャンブル船/2階ギャンブルルーム  -1:10:49】


「改めて歓迎しよう、白井黒子、衛宮士郎、秋山澪……! ようこそ、希望の船『エスポワール』のギャンブルルームへ………!」


 船にやってきて手順の矢印の通りに進んできた先にあったギャンブルルーム。
 そこに足を踏み入れた俺達を待っていたのは、いくつものギャンブル用の遊戯台、そして黒服の男の拍手だった。

 秋山が驚きのあまり気絶しそうなのを白井が気付ける間に男は勝手に喋りだした。
 ここにいる人間の中で、唯一首輪を嵌めていない男が。

 内容はこのギャンブルルームについて。
 ここでは色んなギャンブルができること。ここでは戦闘行為を禁じている事。ただしギャンブル目的以外での長期滞在は禁止。篭城はできないってことか。

 協力スタッフ、ハロの存在。わらわらと球が転がってきて喋ってきた時は俺もびっくりした。
 秋山に至っては危うく倒れる所だった。今は遊戯台の1つに背を預けて気を落ち着かせている。
 ただ白井だけはそれほど驚いたように見えなかったな。単に表情に出にくいだけなのか?
 得たぺリカによって景品を獲得できること。トカレフとかベレッタとか俺でも聞いた事のある銃器の名前が俺の手元にあるファイルにざらっと並んでいた。

「質問してよろしいですの?」

 大体の説明を終えたらしい黒服に一歩歩み寄ったのは、白井だった。
 彼女に漂うどこか凛とした雰囲気。なんか少しだけセイバーに似てるな。
 思えば秋山に比べて白井はかなり落ち着いている。もしかしたら俺よりも。この中じゃ1番年下のはずなのに。

「まず1つ。『参加者の位置情報』。景品にこれはありませんの?」

 そうだ。ココに来た目的はそもそもそれ。銃器やピザとかは正直どうでもいい。いや武器は欲しいがまずは探し人の所在だ。

「成程。お前たちの目的はそれか」
「わたくし達の名前を即答したことを考えれば、その探し相手も予想ついていそうですわね」
「その点に関してはご想像にお任せする……。
 でだ。参加者の位置情報……最後のページから3ページ目、めくってみろ」

 そう言われて白井は俺に目を向ける。今ファイルを持っているのは俺だ。俺はその視線を受けてファイルをめくった。
 最後から3ページ目……あった。


『参加者1人の位置情報(1時間) 【3000万ペリカ】』


「なっ……!」
「どうしたんですの、衛宮さん」
「おい!なんだよこれ! RPG-7より高いじゃないか!」

 俺は黒服にファイルを見せ付けた。
 RPG-7。いわゆるロケットランチャーだ。獲得できればかなり強力に違いない。
 それですら2500万ペリカ! こいつはそれより更に高額!
 しかも、3000万ペリカは俺達に支給されたあのICカードの初期残高ピッタリ。つまり、当初の予定通りギャンブルなしで得られても1人の情報しか分からない。
 そして得てしまえば俺達は1文無し……!1文無けりゃ、ギャンブルにはもう挑めない!つまりその1人以外の情報は得られないってわけだ。

「くくっ……!何を驚く……!
 『参加者の位置情報』。これがこの殺し合いでどれだけの価値を持つか……!
 探し人ならばすぐに行けば会えるかもしれない。危険人物ならば近づいてくるのを避けてしまえばいい。
 探し人に会えること、危険人物を避けられること。それはかなりの有益!ここでは……!
 そう……使い方次第では……ロケットランチャーよりも有益……!
 これは妥当な価格だ。先に言っておこう。変えろという要求は却下する」
「っ……!」

 そう言われて俺は黙るしかない。
 無駄だ。こいつらは価格を変える気なんて毛頭ない。言っても無駄か……!


「……この情報はどうやって受け渡ししますの?」
「要求者のデバイスに本部から情報を送信させる。1時間の間、当該人物の位置情報がリアルタイムで逐一表示される。相手が移動すれば地図上の光点が移動する。
 どうだ。便利だろう」

 何が便利だ。
 もし相手がここから離れた、南西とかにいたらどうするんだ!1時間じゃ電車を使ってもギリギリ。その間に相手が移動したら元も子もない。
 1時間じゃあまりに短い!
 かといって、3時間、5時間となると更に高額だ。こんなのよほどギャンブルが強い奴じゃないと……いや、ギャンブルが強い奴なんているのか?
 結局は運じゃないのか? そうだ、そんなのイカサマでもやらないと……。

「わかりました。では次ですわ。この部屋の安全性に関して。あなたのさっき言った『戦闘行為の禁止』。戦闘行為とはどこまでの範囲を言いますの?」
「どこまでの範囲、とは?」
「銃や刃物はまあわかりますわ。では、誰かが素手で相手を殴った場合、誰かを関節技などで拘束した場合はどうなんですの?」
「殴った場合は、1回時点で忠告。それを聞かず2回目を行った時点で首輪を爆破。
 拘束した場合は戦闘行為とは見なさない。ただし、拘束して危害を加えようとした場合は爆破だ」
「では、毒物で誰かを殺害した場合は?」
「!」

 白井の言葉に黒服の言葉が止まった。
 もしかして、これについては対策がないのか?
 『戦闘行為』。考えてみればこれはかなり曖昧だ。
 銃や刃物、殴るなんてのは正攻法でわかりやすい。
 だが拘束や毒物での殺害。これは相手を妨害し死に至らしめる行為だけど、『戦闘行為』とは言いにくい。
 そうだ。『戦闘行為の禁止』。一見安全そうなこのルール。穴がある…!
 白井の奴、すぐにこれに気づいたのか!?

「どうなんですの?」
「…………毒物の死に関しては『戦闘行為』とは認められない。よって黙認する」
「あらあら。とんだ『楽園』ですこと」

 やっぱり……!
 こいつらが明確に禁じているのは『明確な戦闘行為』!
 毒物とか拘束とか、『分かりにくい戦闘行為』は黙認する……!
 そして、『戦闘行為』は禁じても『殺害行為』は禁じていない!

「では次。例えばある人物がここに爆弾を仕掛けて出て行った。そしてその後爆発。
 この場合は?」
「ハロが四六時中この部屋を監視している。設置は不可能だ」
「それでも、仮にできてしまった場合。もしくは設置がばれた場合は?」
「……」

 また黒服が黙った。
 『爆弾の設置』。これは戦闘行為か?

「……判明した場合は、黙認する」
「まあ爆発してしまったら貴方もおしまいですものね。
 やれやれ大分穴がありますわね、ここは」

 白井がいつしかなんだか優勢になってる。
 別に俺達はまだゲームをしているわけじゃない。
 だが、奴らの『戦闘行為の禁止』。一見楽園に見えるこのルールの穴をつく。
 別に穴をついたからって俺達にあまり益はない。だが、『戦闘行為は禁止だから』とここで油断する事は無くなる。爆弾や毒物に警戒が出来る。

「では次。貴方はこの『ギャンブルルーム』及び『特設会場』での戦闘行為は禁止と仰いましたわね?
 ならば、この『外』からの攻撃。この部屋の上から下を射抜くとか、特設会場が外なら、船の外から狙撃するとか。
 その場合は――」


「そこまでだ」
「ひっ……!」

 っ!
 あの黒服……目つきが変わった!
 って、秋山がまた震えだした!? 本当に繊細だなアイツ!

「警告する。それ以上の質問は『ギャンブル以外の使用目的』と判断し首輪を爆破する」
「あら。これは『ギャンブルをする為にここの安全性を確かめたい』理由で質問しているんですのよ?」
「ギャンブルが始まればそんなものは関係なくなる。要は常に警戒をしていればいいことだ。
 既にお前たちが入ってかなりの時間が経った。ギャンブルを行わないならば」


 まずい……こいつ、本気で俺達の首輪を爆破する気か!?


「わかりましたわ」
「白井!?」

 まさかギャンブルする気か!?
 いくら元手があるっつっても、1ペリカでも失えば情報が手に入らないんだぞ!?


「ならば純粋にギャンブルについて質問をいたしましょう」


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天江衣  ギャンブル船/3階スイートルーム  -1:00:00】
【白井黒子 ギャンブル船/2階ギャンブルルーム -1:00:00】


「衣は気付いていた。あのギャンブルルームのゲームの中」


                          「麻雀にブラックジャック、聞きなれたものが多い中、聞き覚えがなかったゲームがありましたわ」

「その数は3つ。グラハムも聞き覚えがなかったらしいし、つまりその遊戯は」

                          「貴方達帝愛のオリジナルゲーム」

「利根川翁。もしあなたが本当に幹部なら、当然帝愛の作ったゲームは知ってるはずだ」

                          「わたくしたちにはそのゲームの全貌がまったくわかりません。ですので」




             『その3つのゲーム。3つとも全て説明してみせてくれ』
                                    くださいますか?』


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【利根川幸雄 ギャンブル船/3階スイートルーム -0:58:35】


「成程。彼が本当に帝愛の幹部ならば帝愛オリジナルゲームを知り尽くしているはず、か」
「そうだ。ただ……」
「利根川氏。貴方が本当にギャンブルルームに行った事が無い。これが前提だ。
 既に貴方がギャンブルルームを見つけ、黒服にゲームを聞いていた場合」

 ちっ。疑い深い若造め。

「ふん。恥を忍んで言わせて貰うが、わしは本当に2階にすら降りた事は無い。この槍も3階にある施設の材料で作ったものだ。
 貴様らが疑うならそれまでだがな、それこそさっきの話と同じにな」
「………わかった。ギャンブルルームについて話した時の貴方の反応。
 かなり真に迫っていたからな。それを信用して貴方に説明を求めよう」


 ふん。最初からそう言っていればいいのだ若造が。

 そう、これはあの小娘からもたらされたチャンスなどではない。
 わしが既に想定したチャンスだ。
 奴らとてわしの持つ情報というのが魅力的であるのは事実だ。ただ不信感がそれを妨げる。
 それを払拭するにはわしが幹部だったと言う証拠が必要。証言者はカイジしかいないが、あいつに会える可能性などそうない。そんな運否天賦を頼るのは愚者のやること。
 それ以前に、わしを叩き落す事になった原因に頼るなどわしのプライドが許さん。利用してやることは呑んでもこれは譲れん。

 ならば奴らが提示できるのは、ゲームの内容説明だと踏んでいた。ギャンブルルームについて聞いた時点でな。
 勿論ギャンブルルームについて聞いた時の反応は本物だ。そこに行った事が無いのも真実。
 そしてだ。

 あの若造は『悪魔の証明』だなどと抜かしたが、ふざけるな。
 悪魔は存在しない。だからその存在の証拠は提示できない。これが悪魔の証明だ。
 だがわしは違う。わしが幹部だった時間は存在する。だから証明が出来る……!悪魔の証明などではない!

 そう。わしは帝愛のゲームに関わってきた。故にオリジナルゲームも熟知している!
 勝算はある。いや、勝算しかない!


「では始めよう。貴方にはゲームの名称とそのゲームのルールをできれば仔細に説明してもらう。
 その後、私と衣がギャンブルルームに戻り、そのゲームのルールを聞いてくる。つまり答えあわせだ。
 もし合っていれば私達は貴方を信用し、同行しよう。情報もこちらから話す。それが疑った分の謝罪としよう。
 ゲームは3つ。よろしいか?」
「帝愛のオリジナルゲームはいくつもある。そこから当てずっぽうで言わせる気か?」
「グラハム。最初の1文字と最後の1文字だけ教えるのはどうだ? それならば知らなければ当てられることはまずないと思う」
「そうだな。それでいいか利根川氏」
「構わん」


 そうしてわしとグラハムは向かい合う。部屋の中央にイスを対面になるよう移動させ、それぞれ座り向かい合う。
 小娘はメモ帳と筆記用具を手に、扉の近くでこちらを見ている。
 奴はわしの説明したルールを記録する役目と、誰かが近づいてきた時それに気づく役目を担っている。だから扉の近くに位置させているらしい。

「では始めよう」

 もっとも、これに関しては少し博打の部分はある。
 わしとて帝愛の全てのオリジナルゲームを知っているわけじゃあない。ただその知っている割合が高いというだけのことだ。

 だが、割合は高い。ここにおいてわしに目は向いている……!
 わしはこの殺し合いで這い上がるつもりだ。
 その座にいたるまでの道は、この2人を抱き込むくらいできずに、再び駆け上がれる簡単な階段ではない!
 わしがかつて上った大理石の階段はな!


「まず1つ目。最初の文字は」


 来い………来い………!
 再び………駆け上る力を………!
 得るんだ……あの、安全≪セーフティ≫を!



「『い』だ」




 な………?



 『い』………だと?




 『い』………『い』………




「最後の文字は『ど』。どうだ利根川………氏?」
「ど、どうした利根川!」


 若造と小娘が戸惑いながらこちらを見てくる。
 ああ、そうさ。当然だ。



 わしが今、突然顔を歪ませ笑いだしたんだからなぁ!


「く、くくく……あはははは……!
 よりにもよって………!よりにもよってそのゲームが来るか!
 今のわしに………そのゲームが!」


 頭が『い』で最後が『ど』。
 ああ、わかる。思い浮かぶ。忘れていない。


 いいや、忘れられるわけがあるまい! あのゲームを!!


 わしが落ちることになった、あのゲームを!

 奴に敗北したあのゲームを!


 やはりツキはわしに来ている……!
 わしが這い上がる為の第1歩が、わしが落ちることになったつまずきの石なのだから!


「――――だ」
「っ!」


 グラハムとやらが目を見開く。
 くくっ、軍人といえどまだまだ若造。表情が隠しきれておらんぞ……!
 気持ちがいい。もう一度言ってやろう。


「『Eカード』だ。……次はルール説明だったな。ああ説明してやろう。
 『奴』に話してやったように、な。ふふふ……!」



 ======


【秋山澪 ギャンブル船/2階ギャンブルルーム -0:49:32】


「Eカードは1対1で対戦するゲームだ。
 使うのは3種類のカード。この『皇帝』、『市民』、『奴隷』。
 それぞれ配られるカードは5枚。そしてその内訳は決まっている。
 『皇帝側』が『皇帝』1枚、市民4枚。『奴隷側』が『奴隷』1枚、『市民』4枚。この『皇帝側』、『奴隷側』の説明は後にする。

 次に対戦方法。
 これは至って簡単。遊戯台を挟んで向かい合い手札から1枚カードを選び遊戯台に置く。自由に出来る部分はここくらいだ。どうだ、簡単だろう?
 お互いカードを置きおえたら、先に置いた方からめくる。2枚ともめくり終えたらそこで勝敗判定だ。

 なに、勝敗判定はよくある三すくみだ。
 『市民』は『奴隷』に勝ち、『皇帝』は『市民』に勝ち、そして……『奴隷』は『皇帝』に勝つ。
 この関係に疑問そうだな。まあこれはあくまでこのゲーム上だ。現実において、とかは考えるな。それにあながち……いや、いいな。これは関係のないことだ。

 勝敗判定で勝てば、そこでまずその1回は勝利となる。『市民』と『市民』のあいこの場合は当然勝つまで続行。最大5回まで。
 あいこに出したカードはその1回の間には手元には戻らない。
 次の『1回』ではある3回を除き、手札は最初の通り元に戻る。内訳は変わらない。

 これを全部で12回行う。
 ただし、3回を4セット。そして1セットごとに、初期手札を変える。
 ここでさっきの『皇帝側』、『奴隷側』だ。プレイヤーは1セットごとにこれを入れ替える。
 つまり1人のプレイヤーにして見れば、4セットの手札は『皇帝』『奴隷』『皇帝』『奴隷』もしくは『奴隷』『皇帝』『奴隷』『皇帝』の順となる。
 そしてカードを出す手順、これは手札を出す『1回』で交代だ。最初は皇帝側が先に出すカードを決定、次の回では奴隷側からだ。

 ルールの説明は以上だ」


 私がやっと落ち着いてきた時、黒服の人は長々とした説明を終えた。白井さんが要求したゲームの説明。
 流石にそれは私にも理解できた。

「なんかややこしいな……」
「そうでもないですわ。奴隷、皇帝とわかりにくい単語で考えるからややこしいんですの」

 頭を掻く衛宮くんに白井さんが振り向いた。

「三すくみなのですから、ジャンケンと考えればわかりやすいですわ。
 皇帝をグー、市民をチョキ、奴隷をパーとして。
 普通のジャンケンと違うのは」
「使える回数が限られているのと、使える手も限られているってところ、ですか?」

 私は何とか息を落ち着けて言った。
 大丈夫。落ち着いてきた。私にもEカード、大体はわかった気がする。
 白井さんは感心したような顔で私を見た。

「その通り。
 例えばわたくしが『皇帝側』つまり『グー側』の場合、使えるのはグーが1回とチョキ4回。
 衛宮さんを対戦相手としたなら、貴方は『奴隷側』つまり『パー側』、使えるのはパーが1回とチョキ4回。

 では衛宮さん。ここで問題です。
 貴方が勝てるのはお互いどんな手を出した場合ですの?」
「え? えーっと……。
 まず俺がパーを出して、白井がグーを出した場合か?」
「そう。『奴隷側』は『奴隷』を出し、『皇帝側』が『皇帝』を出せば『奴隷側』の勝ちですの。
 そして、それ以外に『奴隷側』が勝てるケースはなし」
「! そ、そうか。あとは俺がチョキを出した場合だけ。でも白井はパーを持ってないから、俺はチョキを選んだら絶対勝てない!」

「一方わたくし『皇帝側』は、こちらがグーならば相手がチョキ、こちらがチョキならば相手がパーを出せば勝ちですの」
「そ、それじゃ……『皇帝側』の方が圧倒的に有利ってことか!?」

 そう。一見すればそうなんだ。
 グーに勝つパーは相手には1枚、チョキに勝つグーは相手になし。
 つまり『皇帝側』が負けるケースは『奴隷側』がパーを出した場合だけ…!

「くくっ……説明するまでもなく辿り着いてしまうとは……さすがだな白井黒子。学の違いが出たな」
「あら。やはりわたくし達のこと、知り尽くしているみたいですわね」

 口を挟んできた黒服の人に向かって白井さんが厳しい目つきを向けた。

「安心しろ……どっちにしても『奴隷』と『皇帝』は交代して互いに2回担当する。そこで十分にフェアになるだろう。
 それに、不利は不利なりのリターンをちゃんと用意している」
「リターン?」
「そうだ。『奴隷側』で買った場合に得られるペリカは、『皇帝側』で買ったときに獲得できるペリカよりも高額になる。
 『賭けるもの』が同一でもな」
「なるほど。憎らしいくらいよくできたルールですこと」


「だが白井。そうなると」
「ええ。仮に互いの1枚しかない札を『切り札』としましょう。『皇帝側』ならば『皇帝』、『奴隷側』ならば『奴隷』。
 そしてそれぞれ後に札を出す場合。

 『皇帝側』の勝利条件は、奴隷が切り札を出さないと判断した時に自らの切り札を打ち込む。『皇帝が市民を討つ』場合。
 もしくは、奴隷が切り札を出してきたと判断した時にこちらは切り札を出さない。『市民が奴隷を討つ』場合。

 『奴隷側』の勝利条件は、皇帝が切り札を出してきたと判断した時に自らの切り札を打ち込む。『奴隷が皇帝を討つ』場合のみ。
 よろしくて?」
「つまり、『奴隷側』は如何に皇帝側が切り札を出すタイミングを見極めるかがカギ、ってことか?」
「そういうことですわね」
「いや、待てよ。『奴隷側』はずっと市民でアイコにしてれば最後には自分に奴隷、相手には皇帝が残るから…」
「ううん。それは危険……だって衛宮くん。もしその間に相手に皇帝を出されちゃったらどうする?」
「あ。そっか……負けちまう。ていうか、やっぱりこれ運なんじゃないのか?
 相手が切り札を出すかどうかなんて」
「まあそのあたりの論議は後にしましょう」

 白井さんが話を切り上げて再び黒服の方をむいた。

 凄いな……年下のはずなのに、凄く落ち着いて頼りになる。あんな怖い人になんで正面から向き合えるんだろう。

 物怖じしない。堂々として怖い者知らずみたいなところ…………似てるなぁ。



「さあ。次のゲームについて教えてくださいませ。
 『勇者の道』とやらを」


 律…………どこにいるんだ?



 =======



【利根川幸雄 ギャンブル船/3階スイートルーム -0:40:11】


「……どうだ? 鉄骨渡りに関して聞いた感想は」
「ああ。かなり趣味が悪いゲームだという事は理解した」
「なんだそれは……そんなものはゲームではない、ただの殺人ではないか!!」

 『勇者の道』について話してやった後の奴らの反応はそんなものだった。
 若造は冷静になりながらもその目の怒りを隠せず、小娘に至っては隠しもしないで激昂する。
 まったくそろいも揃って程度の低い。


 『勇者の道』は早い話が『鉄骨渡り』。
 離れたスタート地点とゴール地点の間に掛かる細い鉄骨。それを渡る。それだけのシンプルなゲーム。
 距離は25m。ただしスタートとゴールの間にあるのは距離だけではない。
 高さ。そう高さもある。
 この高さは実は2つほどある。それはゲームが『座興』か『本番』かで異なる。
 『座興』ならば、高さは9m前後。落ちたとしても足を下にしていれば骨折はするだろうが命はまず助かる高さだ。
 『座興』の場合は勝利条件に『誰よりも』が着く。1番ならば高い賞金、2着にも順当、3着以下ならば無し。

 だがこの状況で『座興』はないだろうな。レース形式となると参加者数が多く必要になる。
 目の前の相手を押し、後ろの奴に押されるかもしれない。そういった蹴落としあいが魅力なのだから。
 補充するにしても、話じゃあ機械がやるらしい。そんな技術が帝愛にあったはずはないがこれは後だ。
 機械なんかじゃ『座興』の面白みはない。奴らがこっちをやる可能性は低いだろう。

 となればありえるのは『本番』だ。
 『本番』と『座興』の違い。まずは競争ではない事。参加者は向こうに辿り着けばいい。時間制限がある可能性は高い。
 本来なら参加するには『座興』で得られるチケットが必要だが……ここは変更せざるを得んだろうな。
 次に、鉄骨の幅も長さも同じだが、鉄骨には電流が流される。死なない程度、ただし流れれば転落は必至の電流がな。
 これは鉄骨に手を突き座ってただ進んでいくような興ざめな事態を防ぐためだ。

 そして最も大きな違い………それは高さだ。
 『座興』が9m前後だったのに対し、『本番』は………74m!
 実に………約8倍!! 転落すれば……死は免れん!
 『座興』を乗り越えた奴らは皆言う。『さっきと同じだ』『長さは同じだ』『もう1度同じようにやればいい』と。カイジもそうだった。
 だが違う……! 8倍の高さ………落ちる場所すらわからない、暗闇………!
 死の恐怖が足を止め、体を震わせ、幻覚を見る奴すらいる。そして………落ちる………星になる………っ!

 まあ現実問題、こんな船の中で74mの再現は無理だろうがな。『魔法』とやらもそんなことができるかどうか。
 せいぜい落ちる場所に『必ず死ぬ細工』をしておけばいくらか再現は出来るだろうがな。

 で、この説明を終えたら小娘が怒り出した。
 74mの高さを命綱もなしに足元に電流が流れた状態で渡る。これが許せんらしい。
 まったくこれだから平和な場所で安寧している連中は。
 学生という安全圏………そこで『平和だ』と微温湯に使っているガキ………。
 このゲームが社会の縮図とも知らないで………いつか自分が放り出される場所だとも知らないで。
 社会で生き抜けるのは、学生である時点でそれを見抜き勉強する奴らだというのにな。


「何を言う。金を求めて参加するのは奴らの方だ。2000万という大金を目当てにな。
 小娘。まだ中学になったかならないかのお前程度ではわからんかもしれんが、世の中とは」
「衣は高2だ」


「…………」
「…………」



「でだ。世の中とは」
「沈黙の後黙殺とはどういうことー!?」
「あからさまな嘘に付き合ってられるか。キーキー喚くな。
 2000万という大金はそう簡単に手に入れ」
「利根川氏。その話は後にしてもらえるか。最後の証明に移りたい」

 若造があからさまにせかしてくる。
 まあいい。長い説明も次で終わりだ。奴らの反応からして今までのものが正解なのは見え見え。
 そしてわしにはもう最後のゲームの予想は付いている。

 そうだ。名簿を見た時点でヒントはあった。
 わしとあのカイジの名前くらいしか知り合いがいない時点で!
 間違いない。
 ギャンブルルームのオリジナルゲーム、それは全てカイジが経験したゲームだ!
 Eカードも、『勇者の道』も! 帝愛のオリジナル、わしが何回も見てきたということ以外の共通点はそれだけ!

 おおかたあの会長の気まぐれだろう。彼はカイジをやけに買っていたからな。無論悪意たっぷりに。
 だから奴に苦い経験を思い出させるためにあんなゲームを………。

 いや待て。本当にカイジだけなのか? まさか、わしも?
 わしもあの二つのゲームにはいい思い出が無い。あってもカイジが現れて全て吹っ飛んでしまった。
 2つのゲームはわしへの嫌がらせでもあるのか……?

 まあいい。この証明状況では逆に好都合だ。
 そしてカイジが参加したゲームは……あと1つしかない。
 他ならぬこの船で行われたゲーム……!



 『限定ジャンケン』!
 間違いない、最後のオリジナルゲームは限定ジャンケンだ!
 つまり


「いいだろう。ほれ早くしろ」
「了解した。最後のゲーム、」



 最初の文字は………『げ』………!
 これで決まりだ………!


「最初の」


 さあ早く言え。
 今お前の仕事はそれだけだ。
 さっさと『げ』と言えばいいんだ………っ!

 さあ言え………言え………!



「文字は」



 早くしろ……早くしろ……!


 『げ』………『げ』………『げ』………!


「………」


 『げ』だ!『げ』だ!『げ』だ!『げ』だ!
 お前がそういえばすぐに言ってやる!
 『限定ジャンケン』とな! 後はお前たちに懇切丁寧に説明すれば終了!
 これでわしは盾を手に入れ、お前たちに情報をちらつかせることで優位に立つ!
 そこからわしの道は始まる!あの座に戻る階段が!
 お前たち屑はわしの盾となり道具となり





「『じ』だ」




 使い捨てて…………………。






「最後の文字は『す』だ」



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最終更新:2009年11月19日 21:10