恐怖の調理法あれこれ ◆0hZtgB0vFY
線路の上をひた走る影がある。
人の身とは思えぬ速度は、その者の特異な存在故であろう。
両の足で線路を蹴る、その動作自体は何処でも見られるありふれたものだ。
しかし早い。単純に脚力を誇るというわけでもない。
強固な線路を蹴り出す度に力強い足が人ならぬ加速を生み出す、わけではないのだ。
俯瞰的な視点で見るとよりはっきりする。
速度に緩急が無いのだ。
まるで車輪を用いてるかのように一定の速度で、しかし確実に前へと進む。
二本の足にてこれを行う不自然さが、見る者に奇怪な印象を与える。
地にねばりつくように、這いずるように、あるいは滑るように。
落ち着かぬ心を振り払うように走り続けた
ライダーは、線路の半ばで足を止める。
振り返れば駅は遠く、ここまで来れば安全であろうと思える場所まで辿り着いていた。
戦闘の疲労もあり、一度ここで一休みするのも悪くないと、人目につきずらい場所を選び腰を降ろす。
『たかが人間相手に何てこずってるのよ!』
不意に声が聞こえた気がする。
思わずびくっと背筋を伸ばし、周囲をきょろきょろと見渡す。
当然、居るはずもない相手である。
『まったく、だから貴女はグズなのよ』
またも聞こえた声に驚き振り返る。
やはり、誰も居なかった。
頭を振って意識をはっきりさせた後、怪我をした右腕を見下ろす。
人間の勇者と、狩りではなく戦いを行ったのは、随分と久しぶりである。
そのせいかと苦笑しつつ背もたれ代わりの壁によりかかる。
ライダーは遙かな昔、何人もの人間の勇者達を屠ってきた。
その後は、決まって二人の姉に何やかやと言われたものである。
そもそも二人の姉目当てに来た連中を、ライダーが代わりに撃退していたわけであるから文句を言われる筋合いなど無いと思うのだが、素直に罵られるがまま頭を垂れていた。
ロクでもない思い出だが、それでも、笑みが零れるのは何故であろう。
ライダーは聖杯戦争に思いを馳せる。
セイバー、
アーチャー、
バーサーカー、
キャスターがこの地に来ているらしい。
残るはランサーとアサシン。たった二人であるが、二人のみであるのなら他のマスターを殺しつくすのも難しくはあるまい。
ただ、そこで真のマスターの存在に気付けるかどうかは別だ。
シンジはあの性格だ。ライダーが居ないにも関わらず、無駄に目立つ行動をしてさっさと殺されている事だろう。
となれば後は……と考えると少し愉快な気分になれる。
令呪の有無に関わらず、あの子は、何というか味方をしてやりたくなる。
上手くここで生き残れれば残るサーバントは二人。
しかもライダーのマスターを殺したと油断しきっている相手だ、奇襲の得意なライダーにとってこの上無い良い状況である。
今の所魔力の充填はかなり良い回り方をしている。
そろそろ結界を敷いて、大規模な魔力吸収を試みてもいいかもしれない。
もしさっき見逃した少女が結界に巻き込まれるような事になれば間違いなく死ぬだろう。
それもまた運命、結界から逃がれる運があれば生き残る事もあるだろうし、正直、どちらでも良かった。
ッザー
どうも調子がおかしい。
短期間に血を吸いすぎて酔いでもしたか? いや、それほど急なペースでもない。
あの
C.C.という少女の血に妙なものでも混ざっていたのかもしれない。
少し控えるべきか。いや、さほど実害もないし、何より全てを殺し尽くさねば真のマスターの元へは戻れないのだ、ならば仕方無いだろう。
ああ、やはりC.C.も、あの少女も殺しておくべきだった。
今から戻って殺そうか。全員殺す事が条件であるのだから仕方が無い。
笑いがこみ上げる。
後々がどうのと考える必要もなく、出会う者全てを殺し、血を吸わなければならないのだ。
人差し指で、とんとんとこめかみを軽く叩く。
やはり調子がよろしくないらしい。
偶々真逆の発想があったとしても、先に下した自身の判断を覆す必要はないはず。
どちらが生きようと死のうと、どうでもいいはずなのだから。
恐れるような事態なぞ、どちらであろうと起こるはずはないのだから。
ライダー自身も気付かぬ無意識下に恐れている事が、あるかどうかなど当然ライダーに判断出来るはずもなく。
ならば恐れ故回避した行動があるかどうかも判断出来ぬ道理であった。
◇
福路美穂子が目を覚ましたのは、意識を失ってどれ程の時が経ってからであろうか。
緊張に満ちた時間であると認識してた故、ほんの僅かなきっかけですら目を覚ましてしまったのだろうか。
幸か不幸か、そのまま致命的な事態に陥る事も無く、悪意を持つ何者かに発見される事もなく、美穂子は目覚めた意識と共にその身を起こす。
彼女は責任感のある女性だ。
記憶にある出来事を、無かった事として無視するような真似はしない。
ふらつく体を支えられるよう両膝に力を込め、同時に上体が崩折れぬよう手を膝につきながら、ゆっくり、ゆっくりと歩き出す。
視線が低いせいか視界は常より狭い。
それでも数歩歩くだけで、それを見つけられた。
ホームの灯火に照らされて、土気色の肌を晒し倒れる男。
腹部は、そこだけ墨汁をぶちまけたような黒に染まっている。
「片倉さん!」
慌てて駆け寄ろうとして足がもつれ、小十郎の遺体の側に倒れ掛かる。
額にぬるっとした感触、ライダーも流石に床に落ちた血液までは嘗めとっていかなかったらしい。
顔を上げると、すぐ側に、見た事も無い程生気を失った人のカタチがあった。
「っ!」
思わず息を呑むのも無理はなかろう。
震え怯え後ずさりし、悲鳴を上げて逃げ去るか、腰を抜かして動けなくなるのが美穂子の世界でのこの年の子の反応だ。
しかし、美穂子はきっと小十郎を見据え、既に流れ出るものもない腹部の傷にバッグから取り出した包帯を巻く。
小十郎の大柄な体から上衣を脱がし、それこそ父のものしか見た事が無い男性の裸体を、苦労しながら包帯で綺麗にくるむ。
それが終わると今度は胸に手を当て、何度も呼びかける。
人が来るかも、またあの怖い女性に襲われるかも、そんな危惧は歯牙にもかけず、何度も何度も小十郎の名を呼ぶ。
そして、左腕の手首を取り、心臓に耳を当て、口元から出る吐息が無い事を確認した時、彼が、死んだ事を理解した。
片方開いた目は興奮の為か充血し、これだけの作業をこなした程度で荒い息を漏らす。
温和で穏やかな表情は失われ、歯を食いしばり、頬の引きつった状態のまま顔が固定されてしまっている。
同じ学校の者が彼女を見ても、一目ではそれと気付けぬだろう形相をしているが、美穂子はそんな自身にも気付いていなかった。
次に美穂子は小十郎を置いたままホーム内を駆け回る。
書かれている壁の表示に目を配り、焦りからかやたら狭くなっている視界にも関わらず目的の物を見つける。
AEDと書かれた緊急時用の装備を手に取ると、蓋を開いて慎重に、音声ガイダンスに従って処置を行う。
機械音声が心室細動ではない為、AEDは使用しないよう忠告すると、がっくりとその場に膝を落とした。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
美穂子の吐く息の音だけがホームに木霊する。
「はぁっ……い、移動、しないと……他の、駅を使う人が……困りますし」
小十郎の上から両脇に手をかけ、ずりずりと小十郎を駅長室まで引っ張っていく。
ベッドのようなものを期待したのだが生憎そんな気の利いたものはなく、仕方なく室内の机を移動し、スペースを作り床に寝かせる。
小十郎の体躯を引きずるのは美穂子には随分な労苦であり、筋肉の痺れた腕を撫でて痛みを紛らわせる。
殊更に大きな動作で振り返り、駅長室の片隅にある掃除用具入れであるロッカーを開く。
モップとバケツを持ち、途中見かけた水道で水を足し、美穂子は飛び散った血潮の掃除を始めた。
ホームの天井から降り注ぐ青白い輝きに照らし出された彼女は、小十郎の遺体をいじっていたせいか、制服の所々に濃い染みを作ってしまっている。
櫛が何の抵抗も無く吸い込まれそうなふんわりとした髪も、赤黒くメッシュに染め上げられている。
美穂子は何度も何度も言い聞かせる。
自分がやらなきゃ、と。
元々誰かに仕事を任せるのは苦手なのだ。
名門風越のキャプテンをやっていたが、こういった性質はリーダーに相応しいとは言い難いだろう。
かつて遭遇したことの無い事件の連続に、美穂子が動揺していないわけでは無論ない。
現にこうしてモップを操る腕も足も小刻みに震えたままだ。
小十郎の遺体を治療していた時はもっとひどかった。
一工程ごとに、小十郎の体に触れる度に、ありったけの勇気を振り絞るための時間が必要であった。
気の遠くなるようなそんな作業を、しかし美穂子は最後までやりとげ、汚れを全て拭き取った後で駅長室に戻る。
途中、打ち捨てられた六本の刀を見つけ、これは小十郎にとって大切な物であったと全てを拾い集めた。
美穂子は両手で抱えるようにして刀を持ちながら、じっと小十郎を見下ろす。
この刀をご遺族に、小十郎が心から大切に思っていた主君という方に届け、亡くなった事を伝えなければ。
次のやるべき事ははっきりしているのに、そこで、決して止まる事の無かった美穂子の動きが静止した。
刀を胸に抱き締めながら、泣き虫であったはずの彼女は、ようやく涙を溢す。
小十郎の真摯で立派な態度、初対面でも、美穂子のような子供相手でも礼儀を尽くす、そんなしっかりした人間であったと美穂子は小十郎を捉えていた。
壮健な肉体と全身からあふれ出す覇気は、これからもっともっとたくさんの事を成し遂げられる、そんな気概を感じられた。
そんな彼が失われた事が悲しくてならなかった。
彼の家族も小十郎を誇りに思っていただろう、文句無くそう思えるような素晴らしい人間。
そんな彼が道半ばにして倒れる無念を考えると悲しくて仕方が無かった。
大切に思っていた主君を何としても守らねばと悲壮な表情を浮かべていた。
そんな彼が主君と出会う事すら出来ず命を落とした事が悲しくてたまらなかった。
この時福路美穂子は全てを忘れ、ただひたすらに、小十郎の死を悼んでいた。
何かを生み出す悲しみではない。
ただ悲しむためだけの悲しみ。恨む事よりも、恐れる事よりも、自責に囚われる事よりも、何よりも先に美穂子は悲しんでいた。
自分を後回しにし、他人の考える事を、自身が払う労力と天秤にかける事すらせず気にかける、それが福路美穂子のあり方であった。
だからこそ今はまだ、この戦場の狂気を目の当たりにしたにも関わらず、恐怖に怯え竦むような事も無かったのだろう。
【F-3/駅付近線路沿い/一日目/早朝】
【ライダー@Fate/stay night】
[状態]:魔力充実++ 右腕に深い刺し傷(応急処置済み)
[服装]:自分の服、眼帯
[装備]:猿飛佐助の十字手裏剣@戦国BASARAx2 閃光弾@現実×2
[道具]:基本支給品一式x3、不明支給品x0~6(小十郎から奪ったものは未確認)、風魔小太郎の忍者刀@戦国BASARA
ウェンディのリボルバー(残弾1)@ガン×ソード
[思考]
基本:優勝して元の世界に帰還する。
1:魔力を集めながら、何処かに結界を敷く。
2:出来るだけ人の集まりそうな街中に向かう。
3:戦闘の出来ない人間は血を採って放置する。
4:不思議な郷愁感
5:雑音?
[備考]
※参戦時期は、第12話 「空を裂く」より前。
※C.C.の過去を断片的に視た為、ある種の共感を抱いています。
※忍者刀の紐は外しました。
【F-3/駅ホーム/一日目/早朝】
【福路美穂子@咲-Saki-】
[状態]:
[服装]:学校の制服
[装備]:
[道具]:支給品一式、不明支給品(0~1)(確認済み)、六爪@戦国BASARA
[思考]
基本:
池田華菜を探して保護。人は殺さない
1:池田華菜を探して保護
2:
伊達政宗を探し出して六爪を渡し、小十郎の死を伝える
3:上埜さん(
竹井久)を探す。みんなが無事に帰れる方法は無いか考える
4:
阿良々木暦ともし会ったらどうしようかしら?
[備考]
登場時期は最終回の合宿の後。
※ライダーの名前は知りません。
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最終更新:2010年01月20日 10:01