Unlimited Cooking Works ◆9kuF45dxA2



びちゃびちゃ、からん。

ここはF-1エリア中央部。瓦礫の山に座り込んでいた男が空になった瓶を投げ捨てる。
男の持っている徳用から揚げ弁当は醤油にソースに塩胡椒、加えてマヨネーズからケチャップ、それにタバスコ、ドレッシングなど、
おそよ家庭に存在するだろうありとあらゆる調味料の一切合財をぶちこまれ原型をほとんど留めていない。
弁当に調味料がかかっているのか、はたまた調味料の中に弁当が浮いているのか、というかそもそもこれは食い物なのか、それすらも判別は不可能だ。
しかしそのおよそ人の食べるものとは思えないような虹色マーブル弁当を男は何の躊躇も無く口元へ運ぶ。
甘味、酸味、塩味、苦味、うま味に加えてとろみやら辛味やらが互いの足を引っ張りまくりながら好き勝手に奏でるシンフォニーが口いっぱいに広がり、文字通り脳天を直撃する味を演出する。
それでも男は手を止めない。
一口、二口、淀みなく動き続ける箸はその食物にあるまじき色をしたナニカを確実に男の口へと運び込み、繰り返される咀嚼は男がこのカオス料理を間違い無く味わっていることを表していた。

とはいえ、男がもし人並みの味覚を持っているのならこのような惨状にはならなかったのだろう。
男はとある事情により味覚のほとんどを失っている。故に味が濃い=ウマい、と解釈している節があるのだ。
もちろん並大抵の濃い味付け程度では男の味覚を納得させることはできない。この超ド級の味オンチを満足させたくば、それこそこの世のものとは思えない味でなければならない。
当然そんなキチガイ料理を作る馬鹿はいないので、男は既に完成された料理に手を加えることで自分に合う料理を作る必要がある。
だがそれは、料理の味を無視してひたすら調味料をぶちこみ続けるという調理人の創意工夫を粉砕し、料理の尊厳を踏みにじるという許し難い暴挙に他ならない。
男が料理に手を加えている様子の破壊力たるや、どこぞの弓兵が見れば泡を吹いてひっくり返るだろう。
事実、男の手によって変わり果てた自身の料理を見て失神した料理人は少なくない。
そしてそうした過程を経て完成したポイズンクッキングは実に男の好む味付けとなっており、ひとたびそれを食せばウマイだの辛いだの何かしら絶叫するのが通例となっているのだが・・・

「・・・・・・・・・」

途中立ち寄ったショッピングセンターで手に入れた大量の調味料、それをふんだんに使用した極彩の料理は(色んな意味で)天にも昇る味だった。
しかし男の機嫌が依然として悪いまま。その理由は男の視線が向けられている名簿。
そこには先ほど見た『カギ爪の男』だけではなく『レイ・ラングレン』『ファサリナ』といった、既にヴァンの中では死亡している人物の名前が書かれていた。
これがカギ爪だけならば、まぁカギ爪を付けた別人だという解釈も可能だろう。しかしレイやファサリナは説明のしようが無い。
故に男は死者が蘇生したという現実を嫌がおうにも受け入れなければならなくなったのだ。

「チッ」

“死んだ者は生き返らない”、そんなことはバカでもわかる。いや、バカだからこそどうにもならないという事を本能で理解しているのだ。
仮にお前の恋人を生き返らせてやろう、などと男に言ったとしても、例え本当にそれが可能だとしても、決して男は首を縦には振らない。
なぜなら、それが男の人生だから。恋人の死という過去があって今の男があるのだ。それを奪うことはたとえ神であっても許されない。
だというのに、実際問題として名簿には死者の名前が記載されている。この事が男を混乱させた。
カギ爪の男は死んだ。彼が殺した。だというのにカギ爪の男は生き返ってしまった。では彼はどうするべきか?
死者は生き返らないという当然と、死者が生き返っているという現実の間で揺さ振られ、男は今何をするべきなのかを完全に見失っていた。

「一体どうなってやがる・・・・・・」

男が今現在行っている行為。それは食事ではなく現実からの逃避。要するにヤケ食いだ。
何をすればいいのか、何をするべきなのか。思考が同じ部分をぐるぐる回り、何もかもがごちゃごちゃだ。
その様子は男が今手にしている弁当にそっくりで、どうしようもないほどに手の付けようが無かった。



「・・・・・・不味い」

わからない。それが男の出した結論だ。
それでも男がゲームの参加者であることに変わりはない。殺し、殺されなければならない。それはこの会場のどこかで生きているらしいカギ爪も同じ。
仮にカギ爪が男以外の誰かに殺されてしまったら、男はどうするのが正しいのだろうか。
復讐の対象を横取りされたことに憤るべきだろうか。それとも自分の復讐は既に終わっているのだと笑うべきだろうか。
それもわからない。わからないのだ。目的無く目的無く、男はひたすらに美食を貪り続ける。
男は新たな調味料を加えようと調味料の詰まったデイバックに手を突っ込み――――
ふと、おかしな感触がしたことに気が付いた。

(革製品・・・・・・靴?)

男がショッピングセンターでかっぱらってきたものは大量の調味料と弁当、牛乳のみ。それ以外はデイバックに入れていない。
ということはこれは何だ? 男は真相を確かめるため一旦デイバックの口から手を抜く。
そしておもむろに立ち上がると、デイバックを逆さまにひっくり返して中身の検分を試みる。
ざらざらと調味料が落ちてくるが、その中に革製品らしきものは無い。ということは男の勘違いだろうか、と思ったその瞬間。
デイバックに入っていたにしてはあり得ない大きさと質量を持ったナニカがその口からずるりと滑り落ち、

「あ」

男がデイバックを取り落とす。
ごしゃりという危険な音と共に地面に落下したもの。それは調味料でも靴でもなく、紛れもない人間だった。






   ☆






デイバックの中から現れた人間は20代後半ほどの女性。ぱりっとした白のワイシャツに黒いタイトなズボン、縁の薄い眼鏡をかけている様子はさながら社長秘書と言ったところだろうか。
オレンジ色のコートを着ているということは外出中だったのかもしれない。
どういう経緯でデイバックに詰められていたのかは不明だが、一応の非は男にあるため素直に謝罪する。

「すいません。まさか中に人が入ってるとは思わなくて」

返答は無いが、それは当然のこと。
男の目の前にあるのは人形なのだから動くはずはない。

「その・・・大丈夫ですか?」

ちなみに人形は制作者である蒼崎橙子と寸分違わぬ外見をしている。
そのまま歩き出しても不自然な点はないほどに精巧な出来だが、所詮人形は人形。
起き上がることはおろか返事すら出来る道理はない。
もちろん男はそんなことは知らないため、見てくれだけのデクノボウ相手に律儀に謝り続けるハメになるのだった。








   ☆






「・・・・・・」

あれからどれほど時間が経っただろうか。
既に人形は放置されていた。人形だと男が気付いたからではなく、男が沈黙を肯定と勝手に解釈したためだ。
男はデイバックの内から更なる調味料を取り出し、じゃばじゃばと弁当に振りかける。
だが男は知らなかった。その調味料―――――みりんが、どういうものなのかを。
これがみりんではなく、みりん風調味料であるのなら何も問題は無かった。
みりん風調味料とは、みりんの味を化学物質や水飴で人工的に再現したものである。
手間がかからず大量生産できるため値段も安く、現在一般的に使われているものはこのみりん風調味料といっていい。
一見しただけでは本物との区別が付かないが、煮物などを作れば違いは歴然。
また、みりんは普通に飲んでも割とイケるが、みりん風調味料はとても飲めたものではない。
その差とはすなわち、アルコールが入っているか否か。
みりんとは本来スーパーなどではなく、酒屋で買うものなのだ。
つまり、みりんは酒なのだ。

「・・・・・・っ!?」

アルコール度数約14%、一昔前までは飲用酒として普通に親しまれていたみりん。
それを盛大にぶっかけたものを男は何の警戒も無しに口に放り込んでしまった。
ワインを一口飲んだだけでぶっ倒れるような者がそんなことをしてしまった日には、




「―――――――あ、」




どうなるかなど、わかりきっていた。



【F-1/エリア中央部/1日目/黎明】


【ヴァン@ガン×ソード】
[状態]:満腹、泥酔、睡眠中
[服装]:黒のタキシード、テンガロンハット
[装備]:ヴァンの蛮刀@ガン×ソード 、徳用弁当(残り1/5、調味料まみれ)
[道具]:基本支給品一式、 蒼崎橙子の人形@空の境界、調味料×大量、徳用弁当×7、1L入り紙パック牛乳×6
[思考]
基本:何をしたらいいのか分からないが、自分の感情の赴くまま行動する
1:zzz・・・
2:今は誰とも関わりたくない
3:向かってくる相手は倒す
4:主催とやらは気にくわない
[備考]
※26話「タキシードは明日に舞う」にてカギ爪の男を殺害し、皆と別れた後より参戦。
※ヴァンは現時点では出会った女性の名前を誰一人として覚えていません。
※死者が蘇生している可能性があることを確認しました。
※蒼崎橙子の人形@空の境界を生きている人間だと思っています。



【蒼崎橙子の人形@空の境界】
最高位の人形師といわれる蒼崎橙子の作品。
製作者の蒼崎橙子と外観はそっくりだが・・・?


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070:怒りと悲しみと ヴァン 107:さよならのありか


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最終更新:2009年12月24日 01:08