怒りと悲しみと ◆70O/VwYdqM



 白。

 白い。

 純白だ。



 綺麗。

 ああ、綺麗だ。

 綺麗だ。



 道。

 教会。

 教会までの道。



 手をとって。

 一緒に。

 一緒に。

 一緒に……。



 幸せで、

 幸せで、

 幸せの絶頂で……



 いつまでも、

 いつまでも、

 いつまでもお前を……。




 守る。

 守るって、

 守るって……、決めたんだ……。





――なのに、俺はあいつを守れなかった……。





 男が、カギ爪が、カギ爪の男が、アイツが……。

 赤、赤い、肩を、カギ爪が、血、血が、

 そんな……、やめろ、止めろぉぉぉ!!

 エレナ、エレナ、エレナ、エレナエレナエレナエレナエレナエレナエレナエレナ!!!!!

 カギ爪ェ!エレナ!エレナを!!

 エレナ、エレナエレナエレナエレナエレナエレナエレナエレナ!!!!!





 エレナァァァァァ!!!!!!





 ◆ ◆ ◆





 怒り。

 噴出したるは純然たる怒り。

 黒のタキシード姿の男、ヴァンを突如として襲った怒り。

 たった一行。

 たった一つの名前。

 たった一人の男の名前。

 それを見ただけで、ヴァンの記憶は全てを呼び起こし、一瞬にして感情を爆発させる。

 肩を震わし、眉間にしわを寄せ、歯を食いしばり、鬼のような形相へと変化する。

 抑えられない。

 いや、抑えない。

 抑える必要がない。

 今湧き上がった感情そのままに隠そうともせずに怒りを全身から放出する。

 それがヴァンだ。

 ヴァンという男だ。

 大切な人を失った者にしか解らない、怒りそのものを背負い復讐の為だけに生きた者の姿だった。





 ……が、それは所詮、一時のもの……。





 “復讐の為だけに生きた者”

 そう、ヴァンの復讐は終わっている。

 大切な婚約者、エレナを殺したカギ爪の男は、つい先日、ヴァンの持つ蛮刀により胴体を真っ二つにして殺した。

 ヴァンの手にもその感触は未だに残っている。

 奴のカギ爪を切り落とし、肉を裂き、骨を両断し、命を奪った。

 確かな実感として残っているのだ。

 三年を費やした復讐の旅は、ようやく終わりを迎えた。

 それをヴァンは自分自身に刻み込んでいる。




「どうして、カギ爪の野郎の名前があるんだっ!!!!!」



 ゆえに、納得できない。
 死んだ者、自分が殺した男、その名が刻まれた紙切れを震える眼で見つめ、声を荒げる。
 咆哮が虚空へと広がり、海風と潮騒を一瞬だけかき消した。
 その咆哮は、傍にいる一人の高貴な少女を震えさせるには十分だった……。



 ヴァンはカギ爪の男の名を見た瞬間、記憶を呼び覚まし怒りを爆発させた。
 最愛の婚約者を殺された怒り、そして、守ることが出来なかった自分に対する怒り。
 自身の記憶と対面するたび、ヴァンは取り戻せない現実を再認識し、慟哭交じりに怒りを露わにする。
 だからこそ、ヴァンは選んだ。
 エレナの為、エレナに貰った命を使い、エレナを奪ったカギ爪の男を殺す。
 そうする事で、エレナと共のあろうとしたんだ……。



 そして、それは達成された。



「殺した!アイツは俺が殺した!生きているはずない!」


 医者?魔法?
 そんなもの関係なく、どうやっても死者は生き返らない。
 それはヴァンの持つ絶対の理。
 カギ爪にもヴァン自身がその口で言い放ったばかりだ。
 頭の悪いヴァンでもこの一点だけは覆らない。
 いや、頭が悪いからこそ、この絶対的なルールだけは覆してはならないのだ。
 死者は生き返らない。何度でも言う。死者は絶対に生き返らないのだ。
 エレナ同様、カギ爪の男の“死”も、決してヴァンからは『奪えない』。
 カギ爪の男は死んだ。
 ヴァンの中に、もしもなんて存在しない……。


「アイツは死んだ!死んだ奴は絶対に生き返らない!こいつは誰だ!」


 ヴァンの中に浮かび上がったのは、当然のように「なぜ?」と言う疑問のみ。
 死者は生き返らない。
 それを信じているからこそ、名簿に記載されたカギ爪の男という表記に対し、怒りと共に疑問をぶつけるのだ。
 混乱した頭の中、感情に流されるままに……。



「落ち着いてください!!」



 一人の少女の声が、ヴァンに負けず劣らずに張りあがる。
 ヴァンの咆哮を止めたのは、誰でもない、目の前に立つユーフェミアにしか出来ないことだった……。



 ◆ ◆ ◆



「……ひッ……」

 最初、ユーフェミアは突然豹変した目の前の男の声と表情に震え上がり、息を呑んだ。
 声が出ない。
 声を掛けることができない。
 息を吸うことさえ、恐怖に震えて忘れそうになる。
 それだけの威圧感を、目の前の男は放っているのだ。

 ユーフェミアは怯えた表情で見つめていた。
 見つめるしか出来なかった。
 男が自分の名簿を見た事でどういう心境に至ったのかまるで解らない。
 ただ呆然と、見つめるしか出来なかった。

 だが、このままではいけない。

 そう思い、意を決して恐怖を喉の奥底に押し込んだ。
 それは、民衆が混乱している中、その上に立つ皇族がしっかりしないといけないという、ごく当然の奮起。
 幼少時より当たり前のように見てきた、強い父や兄、最愛の姉の姿を自身にも宿したいと願い手に入れたブリタニア皇族としてのユーフェミアの姿と言えるだろう。

「落ち着いてください、ヴァンさん」

 突然強い口調で響き渡ったユーフェミアの声がヴァンを貫く。
 一瞬はっとして、現状を再確認するヴァン。
 目の前に立つ少女の姿を見つけ、その力強い眼差しを受け止めた。
 それだけのこと……。
 それだけの事で、いつ破り捨てられてもおかしくない名簿を握り締めた手が、自然と緩んでいった。

「何があったのですか?誰かお知り合いでもいたのですか?」

 冷静に、あくまで冷静に、ヴァンの落ち着くのを待ってユーフェミアがゆっくりと聞く。
 それを受け、ヴァンは自分が周りを見えなくなるほど動揺していたことを悟った。
 だが、別に反省をしたわけじゃない。
 それを証拠に、未だ表情は怒りの形相のままだ。

「……お前には関係ない」

 この時既に、ヴァンの中では湧き上がった怒りが幾分かは収まりつつあった。
 なぜなら、先ほども言ったように、怒りはあくまでカギ爪の男の名前を見つけたことで呼び起こされた過去の記憶に対するものであり、
 カギ爪の男に対しての今現在のストレートな怒りではないからだ。
 言うなれば、怒りはあっても殺意はない。殺意はカギ爪の男を殺したことで決着した。
 思い出した怒りに翻弄されはしたが、ヴァンはもう二度と、カギ爪の男に対して殺意は抱かないだろう。
 それは先にも言ったように、カギ爪の男の『死』も、ヴァンからは誰も奪えないからだ。
 カギ爪の男は死んでいる。
 それを信じているからこそ、後に残るのは単純な疑問唯一つ。
 それも、落ち着いて考えることで既に答えは出ていた。
 なぜ殺した相手の名が名簿に載っているのか?
 簡単だ、単なる間違いだ。
 間違いじゃないとしても、カギ爪をつけた別の奴と言う可能性も十分にある。
 少なくとも、ヴァンの知っているカギ爪の男ではない、そう心の中で断言したのである

――ムナクソ悪ィ……。

 表情がそのままなのは、感情を隠そうともしない単純な思考の現れ、残滓のようなものだ。
 ゆえに、ヴァンはイラつく思考に促されるままに、ユーフェミアに対してぶっきら棒に答えるのである。

「関係ないって……そんな……」

 先ほどまで見せていた覇気のない表情が一変し、まるで近づくもの全てに敵意を向けるよう表情。
 それを目の当たりにし、さすがのユーフェミアも続く言葉を失ってしまう。

「これ返す。じゃあな」

 苛立ちの表情を崩すこともせず、皺が走っている名簿をユーフェミアに押し付ける。
 そして、ユーフェミアの気持ちなど一切考えず、ヴァンはアッサリと背を向け歩き出した。
 今はとにかく何も考えたくない、余計な面倒はこれ以上背負いたくない……、そう考えたからこそ、ヴァンは迷いなく自分に正直に行動するのだ。

「待ってください!」
「知るか!」
「待ってくださいヴァンさん!」
「付いてくるな!」

 ユーフェミアの再三の制止の声も届かない。
 もう誰も、ヴァンを止められない……。

「そんな……」

 会ったばかりの少女、ユーフェミアではヴァンは止められない。
 物事を深く考えない人間を止める為の言葉を持ち合わせていない。
 小さくなっていく黒衣の後姿を呆然と見送り、ユーフェミアは続いて襲い来る無力感と孤独に苛まれる事となった……。



 ◆ ◆ ◆



 今のヴァンは剥き出しの刀その物。
 度重なる混乱の中、一度落ち着ける場所を見つけて面倒ごとを片付けようとした矢先に殺した相手の名を見せられれば、
 ヴァンでなくても、他者との交流など煩わしいと感じることだろう。

 吊り橋を渡りながら、先ほどデイパックの中に手を突っ込み見つけた食料、60㎝程のフランスパンを空腹に答えるように乱暴に齧る。
 改造の副作用により味覚の大半を失っている為、ほとんど味のしないパンをイラつく表情を隠そうともせず無遠慮に胃の中へと放り込んでいるのだ。

(あー、クソっ……調味料が欲しいな……)

 そんなことを考えながら、強烈な海風がタキシードを揺らそうと、まったく意にも介さず歩を進める。
 今は誰とも関わりたくない……、そう考え、ヴァンはただ、目的もなく前へと進む……。



【E-1/吊り橋/1日目/深夜】

【ヴァン@ガン×ソード】
[状態]:疲労(小)イライラ
[服装]:黒のタキシード、テンガロンハット
[装備]:ヴァンの蛮刀@ガン×ソード
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品×1
[思考]
基本:何をしたらいいのか分からないが、自分の感情の赴くまま行動する
1:今は誰とも関わりたくない
2:大量の調味料が欲しい
3:向かってくる相手は倒す
4:主催とやらは気にくわない
[備考]
※26話「タキシードは明日に舞う」にてカギ爪の男を殺害し、皆と別れた後より参戦。
※ヴァンは現時点では出会った女性の名前を誰一人として覚えていません。
※カギ爪の男の名前を確認しましたが、間違い、または別人であると考えています
※レイ、ファサリナの名前は目に入っていません



――追いかけなくては……。



 そう考えたユーフェミアだったが、なぜか体が一歩も動かなかった。
 理由は単純だ。
 今のユーフェミアには、もう身を削って懸けるものがないからだ……。



 大切な人を失わなくてすむ、せめて戦争のない世界という夢を見て、
 ユフィは自身の皇位継承件と引き換えに「行政特区日本」を設立したばかりだった。
 理想の国家とか大義とか、そういう難しいことではなく、ただみんなの笑顔が見たいがために、ユーフェミアは納得して自身の身を削ったのだ。
 これで全てうまくいく。
 これで、スザクも、ナナリーも、そしてルルーシュとも平和に、幸せに暮らせる時が来ると信じていた……。

 そんな矢先に、ここに召還されてしまった。

 最初は当然のように殺し合いを否定し、同じ想いを持つ者を集め、スザク、ルルーシュといった者と手を取り合ってこの悪夢からの脱出を夢見ていた。
 だが、現実は非情にも、ユフィの理想を足元から削り取っていく。

 最初に出会った赤い槍を持つ女性に殺されそうになり、次に出会ったタキシード姿の男の人には突然拒絶された。
 それは、心細くも懸命に立ち向かおうとしていたユーフェミアにとって、現実を見つめさせるには十分な出来事……。
 彼女は無力なのだ。
 この世界では、ユーフェミアの掲げる理想など有って無きにしも等しい。
 皇女としての地位も無く、力も、去り行く一人の男を止める言葉さえ思い浮かばない彼女は、真に何も出来ないただの少女でしかない。
 「お飾りの副総督」などと言う陰口をたたかれていても、それなりにやるべき事はあったというのに、現状は、自身の話さえも聞いてもらえない。
 父や兄、そして、最愛の姉の姿を真似て勇気を振り絞ることは出来ても、その後に続く実力が無い。
 今のユーフェミアには、文字通りの意味で何も無いのである。



「スザク……、私は間違っていますか……?」



 涙と共に零れ落ちた言葉は、海風に乗って虚空へと空しく消えていった……。



【D-1/吊り橋/1日目/深夜】

ユーフェミア・リ・ブリタニア@コードギアス 反逆のルルーシュR2】
[状態]:健康、悲しみ
[服装]:豪華なドレス
[装備]:H&K MARK23 ソーコムピストル(自動拳銃/弾数3/12発/予備12x2発)@現実
[道具]:基本支給品一式、H&K MP5K(SMG/40/40発/予備40x3発)@現実、アゾット剣@Fate/stay night
[思考]
基本:他の参加者と力を合わせ、この悪夢から脱出する
特殊:日本人らしき人間を発見し、日本人である確証が取れた場合、その相手を殺害する
1:私は無力だ……。
2:スザク……。
3:殺し合いには絶対に乗らない
[備考]
※一期22話「血染めのユフィ」の虐殺開始前から参戦。
※ギアス『日本人を殺せ』継続中。特殊条件を満たした場合、ユフィ自身の価値観・記憶をねじ曲げ発動する。
 会場において外部で掛けられたギアスの厳密な効果・持続期間に影響が出ているかは不明。
※ギアスの作用により、ヒイロのことは忘れています。


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016:かしまし~ボーイズ・ミート・バッドガールズ~ ヴァン 101:Unlimited Cooking Works
016:かしまし~ボーイズ・ミート・バッドガールズ~ ユーフェミア・リ・ブリタニア 085:偽物語


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最終更新:2010年01月22日 23:57