いざや開かん、冥底の門 ◆L5dAG.5wZE
見据える先に島がある。
今立つこの崖からおおよそ100m。橋も船もなく、ただ視線のみがそこに届く。
城――ショッピングモールから出陣した魔王、
織田信長。
その足が向いた先は、南東。
裏切り者マリアンヌが進言した廃ビルとやらに出向くつもりはさらさらなく、時間を置いた今ならあの化け物も移動しただろうという目算があった。
ショッピングモールを攻め落とした際、信長の前に立ち塞がった者はいなかった。
休息を取っている間に有象無象どもは我先に逃げだしたのかもしれない。
そう思った信長は行き先を島の東、施設が多く集まる市街地へと定めた。
十分ほど走っただろうか、何やら徹底的に破壊された鉄の道――線路へと出た信長。
鉄のダルマのようなものがいて、
『線路の破壊に伴い、D-2からF-3間の列車運行はストップします。
F-3からB-4間はダイヤの調整のため一時列車をストップし、第一放送後から運行を再開します』
という掲示を行っていた。
この面妖な鉄の塊は立札の一種か、と見た信長は珍しく刀を抜くこともなくしげしげと見つめ、その内容を吟味する。
荷物から地図を引っ張り出して位置を確認。
「れっしゃ……馬車の類いであるか? が……肝心のれっしゃが見当たらぬな」
東へ向かおうと思えばF-3の駅からその列車に乗るのが一番手っ取り早いだろう。
信長は休憩がてらショッピングモールから大量に持ち出してきたハンバーガーへと齧りつく。
それほど腹は減ってはいないが、ここに来るまでの十分で既に軽い疲労を感じている。
万全を維持するために、食料はいくらあっても無駄にはならない。温存など考えず、瞬く間に数個、胃袋へと収めた。
「……ん?」
そして線路上を歩き始めた信長が見つけたのは見覚えのある蹄の跡。信長が数刻前に駆っていた馬の蹄痕だ。
マリアンヌと、彼女と結託した小娘によって奪われた信長の馬。どうやら奴らが逃走した道らしい。
湧き上がる赫怒。もはや追いつけまいとはわかっていても、信長はゆるりとその後を追うように歩き出した。
やがて崖に立つ。
島を見下ろし信長はどうにか渡る方法がないものかと思案する。
橋も船もないのは先に言った通り。
泳いでいくことは不可能ではないだろうが、鎧と刀を着て水練というのも馬鹿馬鹿しい。
何より無様に濡れ鼠になるのは御免だ、この
征天魔王ともあろうものが。
しばし考えて、信長は崖を下り水面近くの浅瀬へと降りた。
鎧を脱ぎ、デイパックへ入れる。刀や装備も同様に。
このデイパック、いかなる技術によるものかいくら物を入れても底が見えず、中に入れたものの重量を無視することもできるらしい。
ショッピングモールでの戦利品はかなりの量になるのだが、口に手を突っ込み望む物を思い浮かべれば吸い付くように手の中に収まってくる。
ともかく身軽になった信長は軽く屈伸し、身構えた。
そして、
「この征天魔王の前に壁は無し――いざ往かん!」
走り出す。
超人的な脚力は石砂を爆発させたかのごとく吹き飛ばした。
小石が落ちるその前に信長の脚が伸び、神速で引き戻される。
水面を叩いたかと思えば一瞬で離れる。
しかし反動は確かに脚を押し上げ、身体が沈むことはない。
右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足。
霞むような速度で踏み出される一歩は硬質の音を響かせ過ぎる。
音が一つ鳴るたび、信長の身体は着実に前へ。
「おおおおおお――――」
水柱が次々に生まれ、噴き上がる。
傍から見ていれば何が起こったかわからないだろう。いや、わかっていても納得できるかどうか。
上半身を剥き出しにした壮年の男が、狂笑を浮かべ駆けていく。
ただ一つ異質だというなら、それは大地の上ではなく水面であるということ。
当然ながら、人は水に浮くような生き物ではない。
死体になり身体からもろもろのガスが抜ければ別だろうが……基本的には体重に負け、沈んでいくものだ。
しかし、沈むよりなお早く脚を踏み出せるのならば話は違う。
トカゲの一種には水面を走るものがいる。
彼らの脚には小さな毛が無数に生え、水に触れると開き抵抗を増す。
その上で1秒に20回という数のステップを踏み、それでようやく水面を走れるのだという。
「――――おおおおおおおおおお――――」
しかしこれはあくまで水上走行に特化した末の進化。当然人に当てはまる公式ではない。
人が水上を走ろうと思えば毎秒30mを走り抜けるほどのスピードが必要であると、とある雑誌Sで発表された。
人間が本来持つ脚力の、およそ15倍。
100mを10秒で走ることができればアスリートとしては最上位に近いと言っていい。
1秒に10m。要求されるのは更にその三倍。
いくら鍛えたところで到底人間が到達できる領域ではない。
だが、
「――――おおおおおおおおおああああああああああああああああァァッッ!」
ここにいるのはもはや人と同じ物差しで測ることすら馬鹿らしいほどの不条理。
その拳は岩を砕き、その蹴りは大地を割る。
刀を取れば嵐を起こし、雷轟き紅蓮舞う。
そう、戦国の世に生きる武将とは既にタダビトにあらず!
跳躍、着地。ドバッと砂浜に穴が開く。
瞬く間に海面を走破し、信長は孤島へと降り立った。
振り向けば最初の水柱がようやくにして霧散した。続く柱も呼応するように次々にその身を崩し、飛沫となって飛び散った。
再び刀と鎧を身につけ、信長は島の捜索を開始した。
痴れ者がいれば即座に斬り捨てる気であったが、意気と裏腹にどこにも生者の気配はなく。
遺跡の入り口らしき巨大な石扉の前で信長は捜索を切り上げた。
「ふん……無駄足であったか。まあいい、なれば東へ向かうのみよ」
マリアンヌとユーフェミアなる小娘の痕跡は既になく、この石扉も封じられているのか押しても引いても開きはしない。
斬るか、と考えた信長だが堅牢な扉を壊すには相応の力を必要とするだろう。
見たところ最近開けられた形跡もない。この中に誰ぞいる可能性は低いと見ていいだろう。
余計な手間を踏んだ、と信長は手近にあった岩を蹴り飛ばした。
苛立ち紛れに八つ当たりされた岩は哀れにも粉微塵に砕け、破片も瞬時にマントの一撃によって消え去った。
「……ん?」
しかし、短慮が功を奏したか。
岩が砕けた後、そこにはぽっかりと口を開けた奥へと続く穴があった。
どうやら隠し通路らしい。
「ふむ……よかろう、物のついでだ」
言って、魔王は深淵へと分け入った。
◆
「ぬう、ここは寺院か?」
隠し通路を抜けた先は開けた場所だった。
どこまでも果てがないかと思える暗い空間。石畳の床に石柱が立ち並び、おごそかな空気を感じさせる。
奇襲を警戒したものの、やはり人の気配はない。
せめて宝物の一つや二つないものかと信長は目を細めたが、装飾品や儀礼用の道具さえも見当たらず。
完全に、空振りだ。
階段を上り――信長は気付かなかったが、その階段は宙に浮いていた――信長は祭壇の天頂へと立つ。
足元の石を投げてみるが、どこにも当たった音はしない。
「奈落……か。チッ、余計な時間を食ったわ」
踵を返しす信長。
脚が一歩、階段を下りた瞬間――
「……ぬっ!?」
空間が輝きに満たされる。
闇が払われ陽光が満ち、閉ざされていた視界が明瞭になった。
それはまるで――そう、黄昏。
遥か彼方に日が落ちて、二重螺旋の塔が昇る。
浮かび上がったのは神殿。誰の記憶からも忘れ去られる、いつか朽ちゆくモノ。
名を、思考エレベータ。
人の無意識を繋ぎ心の壁を取り去る世界。
信長は知らない。ここが外界より隔絶されたある種の異空間であるが故に。
南の地で炸裂した太陽の破壊を。
変革者と戦国最強が、狂戦士に挑んだ一連の経緯を。
拡散したGN粒子は停止していた思考エレベータに吸収され、一時的に復活させた。
そう、全ての粒子が思考エレベータへと供給され、信長へは届かない。
だから届かない――彼らの想いも、託したいその意志も。
起動した思考エレベータが本来の用途とは別の働きを見せる。
すなわち、空間の接続。
信長の眼前に扉が開いた。
異なる場所と場所を繋ぐワームホール。
視界に映ったのは墓標。死者を弔うある種の儀式だ。信長が何の価値を感じることもない、負け犬の行き着く場所――
「む、おっ……!?」
ぐにゃりと映像が歪む。内側に、歪む。
砂時計の砂が下に流れ落ちるように、空間ごと吸い込まれる信長。抵抗する間はなく、抗えるほどに易しい力でもなかった。
激しい閃光。思わず目を閉じた。
――そして、目を開いた時そこは既に未知の景色。
四方を壁に囲まれた、日本風の間取りに囲炉裏、水瓶といった家具。
信長にも馴染みが深い、ごく一般的な民草の家だ。
「……なんだと言うのだ。ここはどこだ……?」
戸惑いつつも引き戸を開けた。手は刀に置かれいつでも抜き放てる。
そこで信長が見たのは、先ほど目にしたばかりの墓石の群れ、墓地だ。
家を出て、辺りを確認する。
ぽつぽつと見える民家、墓石、そして草原。
明らかにあの孤島ではない。
日は穴に入る前と位置を変えた様子はない。さほど時間は経っていないようだ。
地図を参照するに、この景観に当てはまるのはC-6、『死者の眠る場所』というところだろう。
さきほどの孤島から数えておおよそ4、5エリアの距離を一気にまたいだことになる。
「面妖な……これも帝愛の成せる業か?」
一瞬にして離れた場所へ移動する技術。
これは信長の天下取りに置いて非常に有益な技術に成り得るだろう。心中に湧き上がる興奮。
ここなら市街地に近い。おそらく群れ集まる弱者どもも容易く見つけられるだろう。
「ククッ……よかろう、帝愛よ。今は貴様らの計らいに礼を言ってやろうではないか。
だがその力、必ずこの信長がもらい受ける。首を洗って待っているがいい……!」
歩き出す信長。
やがて視界の端にきらりと光るものがあった。
近寄って見るとそれは鎌だ。生乾きの血がこびり付いた、信長も見覚えのある大鎌が、樹に突き刺さっていた。
「これは……」
風に乗って微かに血の匂いがした。おそらくこの鎌に斬り裂かれた者が近くにいるのだろう。
引き抜き、その方向へと足を向ける信長。
さほどの時間もかけず、信長は哀れな犠牲者を発見した。
裏切り者を思い起こさせる桃色の髪をした少女。全身を斬り刻まれ、既に息絶えている。
「……ふん。やはり貴様か、光秀」
鎌の斬れ味、そして光秀の腕を持ってすればこのような小娘の命など一瞬で刈り取れるはず。
であるにも関わらず、嬲るように全身に散りばめられた斬撃の痕。
殺すことではなく、痛みを与えることを目的とした傷。間違えようもない、これはあの下種の所業だ。
「ククク……ハハハハハハッ! いいぞ光秀、未だ息災であるようだな!?
貴様の首を落とすはこの信長よ――死ぬでないぞ! すぐに余が喰ろうてやるわ!」
ブンと鎌を一振り。奴の鎌で以て奴の命を絶つ――中々に興をそそるではないか。
右に長刀、左に大鎌。
魔王は東の地に降り立ち、獲物と元部下を追い求め動き出す。
亡骸にはもう目もくれず、手近にあった筒を斬り飛ばした。
「いざや開かん……冥底の門!」
弾けた黒い液体が少女の遺体を汚す。そして噴き出した闇が一帯を消し飛ばす。
飛び散る雫を舌で舐め取り、信長は次なる贄を探すべく疾走を開始した。
【C-5/死者の眠る場所/一日目/昼】
【織田信長@戦国BASARA】
[状態]:健康、全身に裂傷、満腹
[服装]:ギルガメッシュの鎧、黒のマント
[装備]:物干し竿@Fate/stay night、桜舞@戦国BASARA、マシンガン(エアガン)@現実
[道具]:基本支給品一式、予備マガジン91本(合計100本×各30発)、予備の遮光カーテンx1 、マント用こいのぼりx1
電動ノコギリ@現実 トンカチ@現実、その他戦いに使えそうな物x?
[思考]
基本:皆殺し。
1:いざ戦場へ ……。
2:目につく人間を殺す。油断も慢心もしない。
3:信長に弓を引いた光秀も殺す。
4:首輪を外す。
5:もっと強い武器を集める。
6:ちゃんとした銃器を探す。
8:高速の移動手段として馬を探す。
9:余程の事が無ければ臣下を作る気は無い。
[備考]
※光秀が本能寺で謀反を起こしたor起こそうとしていることを知っている時期からの参戦。
※ルルーシュやスザク、
C.C.の容姿と能力をマリアンヌから聞きました。どこまで聞いたかは不明です。
※視聴覚室の遮光カーテンをマント代わりにしました。
※トランザムバーストの影響を受けていません。
※思考エレベータの封印が解除されましたが、GN粒子が近場に満ちたためです。粒子が拡散しきれば再び封印されます。
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最終更新:2010年01月17日 12:34