苦痛 ◆0hZtgB0vFY



 円形闘技場にて明智光秀が何をしていたかといえば、これはごく単純に食事をしていたのである。
 新鮮な生魚を白飯の上に乗せた、寿司と呼ばれる食べ物を一つ一つ確認するように口にすると、毒の類はやはり無く、贅沢で上品な味わいが口中に広がっていく。
 これは良いものですねぇ、と満足気にもりもり食べる。カロリー消費がそもそも激烈に高いせいか、五人前をあっという間も無く平らげる。
 窓の外から聞こえてくる放送は、まあ、それなりに聞いてはいた。
 まさか真田幸村と本多忠勝が討ち取られるとは思ってもみなかった。片倉小十郎が死んだ事といい、この会場には魔物でも潜んでいるというのか。
 更に船で一緒だった八九寺真宵利根川幸雄も死んだらしい。
「まさかとは思いますが……信長公、ですか?」
 彼ならばありうる。というより他にそれが為せる人物が思い当たらない。
 先頃出会った攻撃の一切効かない、黒子が一方通行と言っていた、男も確かに強敵ではあったがアレには殺意と殺気が足りていない。
「敵を選びそうですよね、彼」
 一方通行とやらも、両儀式も、信長に出会ってしまえばそれまでだろう。ああ、もしかしたら、セイバーという獅子のごとき少女が死んだというのも信長に出会ったせいかもしれない。
 放送にて呼ばれた死者の数、そしてその顔ぶれを考えると、どうしても焦る気持ちが出てきてしまう。
 しかしそこで、では出会った者は確実に殺して回ろう、とは思わないのが明智光秀である。
 殺すかどうかはその時の気分次第。ただより自身が楽しめるだろう選択を選び続けるだけである。大抵の場合で殺すを選ぶ事になるが。
 そこまで考え、七人前分の寿司に手をつけた光秀は、ふと外で待っている澪の事を思い出す。
 人が近づけば気配で察せよう、とロクに外に注意を払ってはいなかったのだが、おや、と外の気配の変化に気づく。
「おやおや、案外と元気があり余ってるようですねぇ」
 予想外で好ましくない事態が起こったはずなのに、光秀は、とても、大層、心底、隠し切れぬ程、嬉しそうに笑ったのだ。



 秋山澪は柱に縛られたまま、放送が聞こえる間もずっと泣き続けていた。
 涙で腫れぼったく膨らんだ目を、縛られた身では擦る事すら出来ない。
 知り合いの名が呼ばれると一際泣き声が大きくなるが、だからといって世界は何も変わらない。
 澪が泣こうが泣くまいが世界は何一つ変化せず、澪は相変わらず何の役にも立たぬ、友をすら殺す救えぬ下衆のままであろう。
 仕方が無い。あの人は澪には、いいや、他の誰にもどうする事も出来ない程、圧倒的な存在なのだ。
 そう、歴史の教科書に出てくる程の偉人。学校の先生より、会社の社長さんより、日本の総理大臣より、ずっとずっと凄い、歴史に残るような英雄なのだ。
 今なら心から信じられる。そうでもなくば、あれほどの存在感などありえない。
 だから諦めるのは当然で、敵わないのも当然で、言うなりなのも当然で、逃げられないのも当然なのだ。
「……あ」
 体を縛る縄はそのままだが、柱にくくられている縄が解けかかっている。
 縛られた時は痛い程にきつかった縄にも、良く見れば隙間が出来ているではないか。
 軽く身をよじると隙間は更に広がる。
 何が理由だろうと縄を見回して、一箇所だけ綺麗に斬れてしまっている箇所を見つけた。
 放送は続いている。
 遠藤という男の人の声がそこらに木霊する中、澪は息が苦しくなる程心臓が跳ねるのを感じた。
 大きな声、建物の中の明智さん、放送は大事、きっと聞き入ってる、ほつれた縄、足は動く…………
 それは考えた行動ではない。考えていたら逆に動けなかっただろう。
 状況に背を押されるように、澪は駆け出していた。
 まるでそうしなければ、死んでしまうと宣言されたかのように。



 全身至る所に怪我を負った青年、トレーズ・クシュリナーダは激しい疲労にも関わらず、しっかりとした歩調で足を進める。
 その内心がどれだけ千々に乱れていようと、常にそうあれとしてきた体から優雅な仕草は抜けてはくれないのだ。
 荷物を手にしたまま北上を続ける。彼らしくもなく、理由も無いままに。
 トレーズの祖父はロームフェラ財団の代表であった。その事からもわかるように、彼は幼い頃より極自然に王であったのだ。
 それを当人は否定する所だろう。彼の美意識はそういった物に価値観を見出さないのだから。
 OZの総帥、そして後に世界国家元首となるトレーズ・クシュリナーダの能力は、もちろん彼の努力や独特の才能による所も大きいだろうが、こうした生まれも少なからず影響しているだろう。
 彼の周囲に起こる最も大きな問題は、いつだって他の誰かではなくトレーズが解決してきた。
 そんな事を繰り返していたら、何時の間にか世界の抱える問題をすら解決しなければならない立場になっていた。
 それをありのままに受け入れ、進むべき道を淡々と指し示す。そう出来る者が、王と呼ばれるのだ。
 人口数万人などというレベルの国ではない。数十億を超える人間達を導くに足る、王の中の王だ。
 ならば答えの出ぬ問いをぶつけられたのもこれが始めてではないだろう。
 現にトレーズは刹那よりの願いを抱えながら、同時に流れる放送による状況の変化にも考えが及んでいる。
 今すぐに為すべき事、少し時を置いて考えるべき事、彼が優先順位のつけ方を誤ることはない。
 様々な情報を並列で処理しながら、トレーズは刹那の望む世界に想いを馳せる。
 現状からその地に至る道筋を淀みなく作り上げ、そして、出来上がった絵図の中で、トレーズは自らが敗者として立ち回っている事に気づいて苦笑する。
 どうやらコレは筋金入りらしい。それでもと未来を託されたのではなく、刹那はトレーズをすら勝者たれと望んでいた。
 命を賭けてトレーズの行く道を開いた者は、別に刹那が始めてではない。
 人数にして10万人弱、トレーズの考えた物語の渦中で命を落とした者達全てが、トレーズにとって忘れえぬ勇者達である。
 それでも、トレーズを理解せぬままに、ここまで強く、激しく、狂おしい程の情念でトレーズに迫る者は居なかった。
 ゆっくりと、思考の海から顔を上げたトレーズは、ようやく目的を定める。
「良いだろう刹那・F・セイエイ、私は勝者となろう。いや、既にして私は勝者だ。そうあれと君が望み、私が君を認めた瞬間から私は勝者であった……だが、同時に私は敗北している。君の望む変革を自らに施した瞬間、トレーズ・クシュリナーダという個人は敗北を喫していたのだ」
 しかし、とトレーズは晴れやかな表情で続ける。
「ふっ、いずれ言葉遊びの類では何も証明はされまい。私に何処までやれるかわからないが、行ける所までは行くとしようか」
 怪我には簡単な治療のみ、疲労は今にも倒れそうな程であったがトレーズは足を止めない。
 刹那の望む完全勝利に至るには、あまりに時間が足りなすぎるのだから。



 澪は走る。闇雲に、どちらともつかぬ彼方に向かい、一心不乱に走り続ける。
 走り出してものの数十秒も経たぬ内に後悔した。
 もしこれで見つかったりしたらとんでもない事になってしまうだろう。それがどんな事なのか想像もつかないが、きっと恐ろしさに目も眩まんばかりであろうと。
 背中からじわっと汗が滲む。
 後ろが見えないのがもどかしい。いや、かといって振り返る勇気もない。

 そうだ、放送はまだ終わってない。もっと更に遠くまで逃げられる。後は隠れて静かにしてればきっと見つからないで済むはず。
 そうだ、白井さんとか衛宮さんに話さないといけない。利根川さんやグラハムさんに教えないと。明智さんは恐ろしい人だって。
 そうだ、グラハムさんは軍人さんだ。ならきっと明智さんからも守ってくれるはず。きっと凄い強くて頼もしい大人の人なはず。
 そうだ、利根川さんならどうすればいいか知ってるかも。学生にはわからなくても、仕事をしている大人ならきっと知っている。

 と、いいなぁ。
 そんな夢みたいな妄想を真剣に考える澪は、放送で利根川が呼ばれた事に気づいていながらも、彼をすら頼りにして道路を駆ける。
 既に恐怖は薄れ、疲労から思考は真っ白く染まり、何故こうして足を止めぬのかも思い出せず、闇雲に走り続ける。
 前しか見えない。まっすぐ前以外はぼんやりと目の焦点が合わず、そこに何があるのか良くわからない。
 足が震えているのがわかる。痛い、腿が、脛が、響くように痛む。
 どうか、誰か止まっていいと言って欲しい。これ以上は走りたくない。もう、イヤダ。
 どんっ、とぶつかる音。
 正面を見ていなかったわけではない。いきなり現れたせいで止まれなかったのだ。
 背の高い、男の人。
 優しげな風貌に……銀の長髪をなびかせて、彼は言った。
「いけませんねぇ。逃げたりしては、いけませんよ澪殿」
 恐ろしさもあるが、とりあえず今は、走りに走ったせいで整わない呼吸を何とかしたいなぁ、と澪は考えていた。



 闘技場に連れ戻された澪は、腕を縄で縛った不自由な体勢で部屋の奥に転がされている。
 すぐ側には椅子に座る光秀が。
 ちょうど、今やっているように足をすいっと伸ばせば澪に届く距離に光秀は居た。
「い、痛っ」
 こつんと爪先で澪をつつくと、そんな小さな悲鳴が聞こえてくる。
 光秀はさして気にもせぬまま寿司を手に取り一口で頬張る。
「痛いっ、痛いよっ、痛いですっ……」
 こつんこつんこつんと、爪先で軽くつついているだけだ。光秀の感覚では。
 しかし澪にとってはそうはいかない。脇腹を胸を下腹部を、特に何処と言わず胴全体を足の先で突き続けられているのだ。
 それも一足で数メートルを飛び上がる脚力の持ち主にだ。
 たったこれだけの挙動でも、澪を痛めつけるに充分な力を持とう。これ以上力を込めるとそのまま壊れてしまうという光秀なりの理由もあるが、今回こうして突くようにいびっているのには訳がある。
「やっ、やめっ、ごめっ、ごめんなさっ、いっ、痛いっ、痛いですっ……」
 細かな悲鳴が続く内は、まだ余裕がある証拠だろう。
「っ! ……やっ! ……んっ! ふ、んっ!」
 そろそろ声も出なくなってきた模様。まあここは念入りにすべきと光秀は寿司をもう一人前開いて口にする。
 大した反応も返ってこなくなるが、光秀はそ知らぬ顔で寿司を食べ続ける。出汁巻き卵は絶品かもしれないと、ほっこり表情を崩す。
 声は無い。しかし体は反応し続けている。
 何処に来るかわからぬ足先を堪える為、全身に力を入れて踏ん張る。しかしそんな澪の反応をあざ笑うかのごとく、光秀の爪先は予測せぬあらぬ場所に突き刺さる。
 都度驚きと痛みと恐怖に全身が跳ね、それだけが、最早唯一澪がなしうる反応となっている。
 蹲っているせいで顔が見えないので、ちょっと蹴り方を工夫してみる。
 仰向けにひっくり返った澪の目はただひたすら下を向き、完全に閉じるのも恐ろしいが開いて直視するのも恐ろしいと、半目のままだんご虫のように丸まって急所を庇っている。
 それは急所だから守るのではなく、恐らく当たったら痛かった場所だからだろう。
 痛みを堪えるために力を入れ続けていたせいか、全身からは滝のように汗が滴り、寝転がる床一面に広がっている。
 乱れ絡まった髪、床を何度もこすったせいで着崩れる衣服は、所々摩擦のせいでか奇妙な光沢を放っている。
 呼吸は極めて小さい。激しく吸ったり吐いたりすると、タイミング良く爪先が刺さった時、体の硬化が間に合わずとても痛い思いをするとわかったからだ。
 人間、極限まで辛く苦しい目に遭った時、考える事はたった一つ。
 その苦しみから逃れたい、ただその一心である。
 にも関わらず苦痛を続けられるのは、強力な目的意識だったり、長年のたゆまぬ訓練であったり、苦痛への耐性であったりと、何がしかの理由がある。
 いずれ強靭な意志あっての事であるし、秋山澪に、いやただの高校生にこれを望むのは無理があろう。
 酸素をすらまともに取れぬ程、断続的に繰り返される暴行。
 終わりも見えず、自分がどれだけ耐えられるかもわからず、またこの痛みはどれだけ続くのかもわからない。
 耐えられるはずがなかろう。そもそも光秀は澪が耐えられなくなるまで続けるつもりであるのだから。
 払う労力も、子供が退屈しのぎに足先をぶらつかせるような、その程度である。
 たったそれだけで、澪は今、生まれてこの方経験した事も無い程の苦しみを味わっているのだ。

 助かる道はただ一つ。気まぐれな暴君の、あるかどうかもわからぬ慈悲にすがるのみ。
 光秀ももう何百回突いたか良く覚えていないが、とりあえず満腹するまで寿司も食べた事だしと、指についた米粒を舐め取りながら、ようやく澪に向かって口を開いた。
「服、脱いで下さい」
 聞き取れなかった澪は、えっ、と顔を上げる。
 しかし光秀は蹴りを止めたわけではない。ごずっ、ごずっ、と何度も爪先で突きながら繰り返す。
「ですから、今すぐ服を脱いで下さい」
「はっ、はいっ! すぐしますっ! 脱ぎますからっ! 助けてっ! おねがいっ!」
 両腕が拘束された状態で、澪はスカートの金具を床に何度もこすりつける。
「はっ、外れて、はやくっ! お願いっ!」
 血走った目で、常軌を逸した表情で、何度もそうしているとようやく金具が布から千切れて飛んでくれた。
 後は床と体で挟んで引きずるだけだ。
 ずずーっと音を立ててスカートは脱げ落ちた。
「待って下さい」
 ぴたっと澪の動きが止まる。
 光秀は寿司と一緒になっていた爪楊枝を手に取ると、澪に向けて一振り。それだけで腕を拘束していた縄がはらりと床に落ちた。
 よしっ、やったとばかりに澪は嬉々として立ち上がり、ナース服の上着のボタンに手をかける。
 そこから下着まで全部脱ぎ捨てるのに要した時間、おおよそ一分程。
 光秀はそのまま立っているように命じ、澪の体を観察し始める。
 もうさんざっぱら突いたせいか、胴体は何処もかしこも青か赤で肌色なぞしていない。
 光秀の見立てではすぐに治る程度の腫れがほとんどで、ごく一部のみ痛みと共に跡が残りそうであった。
「ふむ、こういった調節というのは思ったより難しいものですねぇ。あ、もういいですよ、服着て下さい」
 言われるままに凄い勢いで服を身につけるが、スカートの金具を壊してしまったせいか、下だけは手で抑えないとずりおちてしまう。
 澪がもぞもぞと動くのが鬱陶しかったので、光秀はデイバックに服があるから着るように命じると、澪はこれまたすっとんで指示に従う。
 着替えも終わり、一段落した所で光秀は扉を指差す。
「では、お仕事頑張って来て下さい」
「は、はいっ!」
 何を言うまでもなく、縄を手に外へと駆け出す澪。
 あの様子ならば当分は逃げ出す事もなかろうと、光秀は食後のお茶を楽しむ事にした。



 トレーズが彼女を見つけたのは、やはり地図上にある施設には誰かしら居るだろうと思ったせいだろう。
 地図には闘技場と書かれた場所で、下手くそに結びつけた縄に縛られた少女は、これはもう見るからに哀れを誘う、無様な声を上げていた。
「た、助けて下さい! う、うぇーん! 怖いです! 助けて下さい!」
 真剣なのは見ていてわかる。真剣というより最早あれは必死の域だ。
 だが、それが故に、滑稽すぎて、悲しかった。
 自分で考え仕掛けたという策ではあるまい。
 あんな顔をする程に恐れ怯えるような相手が、すぐ近くに居るのだろう。
 そこまでが瞬時にわかってしまう。少女の泣き声であった。
 勝者たれ。そう、言われたのだ、トレーズ・クシュリナーダは。
 それでもトレーズの全身全霊が動く。応える。不利をこそ、敗北をこそ愛せよと叫ぶ全細胞の指すがままに。
 彼女が不安がらぬよう、見えやすい位置をゆっくりと進む。
「あ……ああっ! き、来たっ!」
 恐れ戸惑う彼女が少しでも安心出来るように、武器を抜かぬまま微笑みかける。
「やあ、お嬢さん。お困りかい?」
「は、はははははいっ! こ、困ってます! 助けて欲しいんです!」
 一生懸命笑顔たろうとして、失敗し醜悪に皺の寄った顔。
 失敗すれば死。それを心底から理解し、がむしゃらに生にしがみ付かんとする、他者を蹴落としてでも生き残ろうとする、美意識の欠片も無い突き詰めれば殺戮に至る、そんな戦いをするしかない弱者の顔である。

 勝敗は、一瞬にして決まる。

 背後より、街灯に照らし出され一息に伸び来る影のように光秀が迫る。
 刀身を鞘走らせて速度を上げ、振り向きざまに下から斬り上げ迎え撃つトレーズ。
 トレーズが振るった片倉小十郎の愛刀は、光秀の持つ信長の大剣と比して極端に劣る物でもなかった。
 どちらの怪我がより辛いのか、どちらの疲労がより大きいのか、後ろから襲われた分不利であったのか、そういった様々な要因もあろうが、やはり、結局の所は、トレーズは光秀に及ばなかったというのが結論であろう。
 刀ごと右の足を斬り飛ばされ、大きく転倒するトレーズ。
 身を起こす事も出来ぬまま、光秀がトレーズの首元に剣を突きつけ、決着であった。



 澪には光秀が何故こんな真似をするのか理解出来なかった。
 それでも疑問を口にする事も、異論を述べる事もなく、ただ命じられるがままにその様を眺めている。
 闘技場の一室に引きずられて来た男を椅子に座らせて、光秀はその前に立ち詰問を開始する。
「貴方の名は?」
「トレーズ・クシュリナーダ」
「目的は?」
「さて、少なくとも君とは相容れぬものであろうね」
「貴方の知り合いはこの地に呼ばれていますか?」
「申し訳無いが、それは秘密にさせていただこう」
「死にたくは無いでしょう?」
「そうでもない。一ついいかね?」
「質問をするのは私ですが」
「君に言ったのではないよ。そこの君、私のバッグにティーセットが入っている。それでお茶を入れてはくれないか?」
 そう命じられていたので目を背ける事だけはしていなかった澪は、かたかたと震えながらトレーズを見ている。
 当然だ。光秀は言葉を一つ発する度に、トレーズの体に長さ十センチ近くの細い鉄の棒を突き刺しているのだから。
 現時点で既に五本を右脇腹、左胸、肩甲骨下、左手の甲、右腕肘に突き刺している。
 更に光秀に腿から斬り落とされた右足は、治療もせぬまま今も血を滴らせている。
 出血からか少し青白い顔のトレーズは、しかしそれによって表情が変わる様子もなかった。
 左肩の上から、ゆっくりと六本目を突き刺しながら光秀。
「ああ、本当に、素晴らしい方ですねぇ貴方は。ええ、ええ、いいですとも。澪殿、お茶を入れておあげなさい」
 もしかしたら何かトリックがあって痛く無いのかもしれない。
 そうも思ったが、次の光秀の行動により、そうではないとわかってしまう。
 光秀は肉と骨を剥き出しにした右足、というか右腿の先を乱暴に鷲掴む。
 ようやく、トレーズから僅かながら人間らしい反応が返ってくる。
 しかしそれもほんの一瞬。小さく息を吐き、それだけで乱れた呼吸も心拍も元に戻ってしまう。
「痩せ我慢、得意なのですか?」
「私の人生は、常にそれの連続だったな」
 どちらも何処まで本気なのか見当がつかない。
「それは良かった。まだ、試していない事たくさんあるんです。是非、頑張って下さい。澪殿、ほら急いでお茶を入れないと、この方死んでしまいますよ」
 あくまで穏やかなままに相貌を崩す光秀と、飛び上がってという形容がぴったりくる有様でお茶の用意を始める澪。
 恐ろしさのあまり震えが止まらず、ソーサーの上に乗せたティーカップがかたかたと揺れ続ける。
 ここで邪魔をするようなヘマをしたら、また必ず怒られてしまうからと必死に手元を制御せんとする。
 沸かしたお湯を用意し、何処かで見た事あるようなティーカップにゆっくりと注ぐ。
 まずお湯でカップを温め、しかる後お茶を注ぐ。丁寧に、ゆっくりと、確実に、これらを行いトレーズが座る椅子の隣にしつらえてある机まで運ぶ。
 やはりティーカップの揺れは止まらない。

 出来るだけトレーズを見ないように、机の上に置く事だけに集中して、ようやく、かちゃりと置き終えた時は思わずほっと吐息が漏れた。
「ありがとう。澪、でいいかな」
「はっ、はははははいっ」
 呼ばれたのでそちらを見てしまい、後悔した。
 光秀はこれまた何処から持ってきたものか、果物ナイフのようなものを器用に振るって、生きたままトレーズの腹を開いていたのだ。
 剥ぎ取られた衣服、剥き出しの胴前面には、最早肌が無い。しゅっ、しゅっとカンナで削るように、短いナイフで切り剥がしてある。
 真っ赤な体に時折白っぽい筋が通っており、どくどくと脈打つこれらがひどく不気味で、端正に整ったトレーズの容姿とのギャップに驚く。
 そして、中身が零れぬよう注意しながら腹部に切り込みを入れ、今にも溢れ出しそうなピンク色を、光秀は指でつついたり引っ張ったりして遊んでいた。
「臓物は生きたままですと、色がとても鮮やかに輝くのですよ」
「ふむ、知識としては持っていたが、こうして直接見るのは初めてだな。なかなかに感慨深い物がある」
「フフフ、でしょうね。ではこちらはそろそろこのぐらいでいいでしょう。落ちぬように縛っておきます」
 ズダ袋でも扱うように、適当にそこらのもので胴を縛り上げ、臓物が零れぬよう蓋とする。
 澪は、最早言葉も無い。
 ついさっき、さんざ痛い目に遭った澪だからこそ、あんな事されたらどれほど痛いかが、かつての自分よりリアルに想像出来てしまう。
 にも関わらず、ただ見ているだけで眩暈する程の気分の悪さが伴うというのに、この青年は、微動だにせず自身を保ち続けているのだ。
 光秀はトレーズの腕を右手で掴む。
「さて、見事潰せたら拍手喝采、よろしく願いますよ」
「片手で握り潰すと? はははっ、無理を言うな。潰れた腕で拍手は流石の私にも無理だろう」
「おっと、これは失礼」
 ぎりぎりと絞り上げられる左腕上腕部。
 常のそれとは明らかに違う程変形し、遂にぶちぶちと音が鳴り始める。
 トレーズは残った右手でティーカップに手を伸ばす。
 肘に鉄の棒を突き刺したままのその手は、よどみなくカップを手にし、ゆっくりと気品を保ったまま口元に吸い寄せられる。
 ぶちぶち音が更に高くなるも、トレーズの動きに乱れは無い。

 びきんっ!

 一際大きな音を立てると、トレーズ以上に見ている澪が竦み上がってしまう。
 それでもトレーズはティーカップから手を離さず、再度口元に寄せ綺麗に飲み干す。
 かちゃりと、常のトレーズを知る者ならほんの少しだけその音が高いかなと思う程度には、トレーズも苦しんでいるらしい。
 トレーズは澪に向けて柔和で彼らしい、物静かな笑みを向ける。
 同時に、光秀は左腕をトレーズの肩にあてがい、残る右腕で思い切り引っ張る。
「澪、辛い事も苦しい事も、君の前には山脈のごとく連なっている事だろう」
 骨という連結部が失われた腕は、ゴム製品のように容易く弾性率の限界まで引き伸ばされる。
「だが、その上で尚、事は全てエレガントに運びなさい」
 大量の布を一まとめにし、万力で固定し引きちぎったような破裂音。
 澪は真摯な瞳で見つめてくるトレーズから目を離せずに居た。
「う……あうっ……ああっ……」
 左腕からはパッキンの壊れた蛇口のように、血流が噴出す。
「……エレガントに、澪……」



 トレーズ・クシュリナーダは自身の行動原理を時に公の場にて堂々と語るが、これを全て理解出来た者は存在しない。
 わかりやすく語って聞かせるといった真似を、トレーズは決してしなかったせいだ。
 彼に最も近しい存在であったと思われる副官レディ・アンですら、彼により近づこうと努力した結果、精神が分裂するようなハメになってしまうのだから、彼を理解するのはそもそも常人には不可能ではないかと思われる。
 彼と対等に話が出来たとされるゼクス・マーキスからも、これ以上は付き合えんと道半ばにて見放されている。
 それでも一人だけ、五飛をトレーズは最大の理解者と評しているが、これもまた彼なりの諧謔であろう。
 五飛はこれは後の話になるが、トレーズを討ち取った時、真剣に戦っていたにも関わらず、彼が手を抜いていたと誤解した程なのだから。
 考えてる事が全くわからない、そんな薄気味悪い人物に何故皆が従うのか。
 それはトレーズの決断、行動に、人を惹き付けてやまぬ何かがあるせいだろう。
 何故そう考えるのかはわからずとも、彼が指し示す結果、未来は、多くの人間に戦う勇気と生きる希望を与えてきたのだろう。
 こんな事狙って出来るはずがない。
 トレーズは、トレーズ・クシュリナーダであるというだけで、これらを自然に行えるような存在に自らを作り上げていたのではないだろうか。
 彼は特殊な超能力も持っていなければ、失われた神秘に通じている訳でもなく、稀有な肉体能力を誇る事もなく、高次の存在と語らうような機会もなかった。
 それでも、人を億の単位で率いる器を自ら作り上げたトレーズは、この場に招かれた猛者と比べても遜色ない超人であると言えよう。
 しかし、彼もまた道半ばで倒れ、今わの際に謝罪の言葉を友へと贈る。
『済まない刹那。やはり私が勝者であろうと行動するのには無理があったようだ……最後に敗者たらんとする覚悟あっての……トレーズ・クシュリナーダ、なのだろうな……』
 最後までトレーズは、ただの一人も理解者を得ぬままに散って行く。
 それを寂しいと思うような人生は送ってこなかったし、それまでの生き方を振り返れる程遠くまで来れたとも思っていない。
 だからトレーズは、眼前に示された問題を解決する事だけを考え、最後に、彼女を見つめる。
 怯え震え恐れ、それらは全て自分の事だけを考えての感情。決してトレーズを哀れんでのものではない。
 そんな彼女を変えるのが、トレーズに出来る最後の事だった。
 怪我も痛みも、死ですら、恐れる程のものではないと、彼女に見せてやれただろうか。
 結果の生死は問わない。だから、どうか戦士に育って欲しい。どんな敵であろうと美しく戦える、勇敢な戦士に……



 光秀に言われ、外に転がっているトレーズが用いて半分に欠けてしまった刀を取りに行った澪は、部屋に戻り指示通り作業を始める。
 首筋に刃を当てると、じとっと血が滲み出してくる。
 それでも心臓が止まっているためか血が噴出すような事もなく、太い首の骨を切断する時だけてこずったが、概ね問題無く作業は進む。
 白っぽいものは何だろうか。脂肪? 骨にしては柔らかいこれを避け、押し当てた刀を前後にこすり続ける。
 肉なのか管なのか良くわからない赤っぽい物を、刃と骨に挟むようにしてぶちっと切り、最後に引っかかるように残った皮の部分を刀を強く振り下ろして切り取る。
 からんと音を立てて首輪が落ちた。
 粗雑に扱ってしまった事に慌て、刀をほうり捨てて首輪を拾うと、油まみれの手のままで澪はおずおずと首輪を光秀に差し出した。
 光秀は渋い顔である。
「せめて拭いて下さい」
 気づかなかった自分の愚かさをののしりつつ、何度も光秀に頭を下げる。
 すぐ側に拭くものがなかったので、スカートの裾で擦り、はたと気づいて水道まで走り水洗いした後、再度布で水気をふき取り明智に渡す。
 首輪を受け取った明智は、外を指差す。
 澪は意を察したのか、すぐに外に駆け出していき、また柱に自分を巻き付けて待機する。
「た、助けてー! 怖いよー! 誰かー! 誰かいないのー! う、うわーん!」
 へったくそな演技で、人を招く澪。
 彼女は何時の間にか、両頬の切り傷も腹部の青あざ赤たんも、さして痛くなくなっている事にまだ気づけないでいた。
 血を想像するだけで気分を悪くしていた気弱さも、とっくに失われている事にも。



【トレーズ・クシュリナーダ@新機動戦記ガンダムW 死亡】



【D-4/円形闘技場付近/一日目/昼】

【明智光秀@戦国BASARA】
[状態]:ダメージ(中)、傷は応急処置済み
[服装]:上下黒のスーツに白ワイシャツ
[装備]:信長の大剣@戦国BASARA、九字兼定@空の境界
[道具]:基本支給品一式×10、ランダム支給品0~2個(未確認) 、バトルロワイアル観光ガイド 、下着とシャツと濡れた制服、
   ブラッドチップ・2ヶ@空の境界、桜が丘高校軽音楽部のアルバム@けいおん!、モンキーレンチ@現実、
   ニードルガン@コードギアス 反逆のルルーシュ 、桃太郎の絵本@とある魔術の禁書目録、2ぶんの1かいしんだねこ@咲-Saki-、
   法の書@とある魔術の禁書目録、忍びの緊急脱出装置@戦国BASARA×2、軽音楽部のティーセット、
   シアン化カリウム入りスティックシュガー×5、特上寿司×10人前@現実、 さわ子のコスプレセット@けいおん!、
   ジャンケンカード×十数枚(グーチョキパー混合)、ナイフ、薔薇の入浴剤@現実、一億ペリカの引換券@オリジナル×2、
   純白のパンツ@現実、千石撫子の支給品0~2(確認済み)、千石撫子の首輪、ゼロの仮面、トレーズ・クシュリナーダの首輪

[思考]:前菜を片っ端から頂く。
1:殺しを行いながら澪を更に絶望へ追い込む。
2:信長公の下に参じ、頂点を極めた怒りと屈辱、苦悶を味わい尽くす
3:信長公の怒りが頂点でない場合、様子を見て最も激怒させられるタイミングを見計らう
[備考]
※エスポワール会議に参加しました



【D-4/円形闘技場外郭部/一日目/日中】

【秋山澪@けいおん!】
[状態]: 精神的ショック(中)、両頬に刀傷、柱に拘束中(自分でやっているので任意で取り外し可能)
[服装]: さわ子のコスプレセットよりウェイトレスの服@けいおん!
[装備]: 縄@現地調達
[道具]:
[思考]
基本:もう一度律に会いたい。
1:一生懸命、囮をしないと
2:光秀に逆らってはいけない。機嫌を損ねてはいけない。
3:一方通行、ライダーバーサーカーを警戒
4:ごめん…………ごめんなさい
[備考]
※本編9話『新入部員!』以降の参加です
※Eカード、鉄骨渡りのルールを知りました
※エスポワール会議に参加しました
※光秀が一度は死んだ身であることを信じています。
※トレーズへの拷問と死に様を見ました


時系列順で読む


投下順で読む



169:あけちフィッシュ 明智光秀 190:旋律の刃で伐り開く(前編)
169:あけちフィッシュ 秋山澪 190:旋律の刃で伐り開く(前編)
149:Beyond The Grave トレーズ・クシュリナーダ GAME OVER


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最終更新:2010年01月25日 22:11