旋律の刃で伐り開く(前編)◆hqt46RawAo



「はて?なんでしょうかね?この感情は……」

トレーズを拷問の果てに殺害し、澪を再び外郭部へとむかわせた直後のこと。
明智光秀は首をかしげていた。

「私の興が……削げている?……まさか、こんなに楽しい宴だというのに……」

彼は自分の心に少し不満があるを感じている。
先程までは文句のつけようが無く楽しかった宴に、ほんの少しだけケチがついた感が否めない。
さて、その原因は何なのか。

「ふむ……。やはり、この男のせいでしょうかね」

そう言って、光秀は足元に広がる血溜りを見下ろした。
何本もの鉄の棒を突き刺され、片腕と頭部を失った死体。
トレーズ・クシュリナーダの無残な骸がそこにある。

「あなたは本当に、やせ我慢がお得意だったようですね。少しばかりとはいえ、この私に不快感を与える程に……」

トレーズはそれなりの強者でも泣いて許しを請うか、気が狂ってしまうであろう拷問に耐え切った。
最後まで顔色一つ変えず、余裕の笑みで死んでいった。
光秀の大好物である苦悶の声、憎悪の叫び、それら一切を漏らす事無く、光秀の期待に応える事無く逝ったのだ。

「私としたことが、急ぎすぎましたかねぇ……。あの素早いお嬢さんの血が見れなかったから、少々昂ぶっていたのでしょうか?」

彼は少し反省する。
あまりに早く殺しすぎた、と。
もっといたぶって、苦痛にうめく声を引きずり出してから殺せばよかった、と。
そう反省して、そして……。

「ま、過ぎた事はいいでしょう」

さっさと気分を切り替える。
いつまでも反省していた所でしょうがない、過去が変わる訳でもなし、
これからの事を考える方がよっぽど有意義だ。と、結論付けた。

「さて、『首輪換金装置』とやらは何処にあるのでしょうか」

そうして、次に考えが向いたのは先程の放送にあった『追加ルール』のことである。
もう釣りにも飽いてきたところだ。光秀は次なる趣向を求めて歩き出す。
折れた日本刀と惨死体を放置して、彼は何の未練も無く拷問部屋から退室する。
光秀の脳裏からは、既にトレーズの事など綺麗さっぱり消えていた。

「ここにありましたか。少し盲点でしたかね」

闘技場内部にある幾つかの部屋を見て周り、目当ての物を発見したのは、福路美穂子と戦った場所。
控え室の中であった。
光秀が闘技場を離れている間に設置されたのか。それとも、どこからともなく出現したのか。
控え室の隅に、大きな装置が二つ設置されている。
その内の片方である『首輪換金装置』に、光秀は先程入手した『トレーズ・クシュリナーダの首輪 』、『千石撫子の首輪』
更にたった今、横たわる死体の首を切断して回収した『琴吹紬の首輪』、『船井譲次の首輪』を放り込んだ。

装置はしばらく大きな駆動音を鳴らし続ける。
そして、ちーん、という音と共に大量のペリカを吐き出した。
投入された首輪はいずれも異能力者の物ではなく、個々の価格はそこまで高価では無かった。
しかし、さすがに四つとなればかなりの額をはじき出す。

「さて、次は……」

札束を回収し終えた後、光秀は隣の機械に注目した。

「この紙を入れて欲しい物を選択する……ですか」

無人販売機。
その使い方を大まかに理解した光秀は、選択できる商品をじっくりと品定めする。

―――――――――――――――――――――――


ピザ(ピザハット) :1000ペリカ
拳銃 (南部14年式) :1000万ペリカ
日本刀(太刀) :1000万ペリカ
長剣(グレートソード):1000万ペリカ
短剣 (ダガー ):500万ペリカ
銃剣(ベヨネッタ):2000万ペリカ
ソードブレイカー:1億ペリカ
地雷:100万ペリカ

エレキギター(ランダム) :50万ペリカ
エレキベース(ランダム) :50万ペリカ
ドラムセット(ランダム):50万ペリカ
キーボード(ランダム):50万ペリカ
※時間経過で商品は増えていきます。
※各地の販売機によって、商品は多少変更されます。

※当施設には特別サービスがございます。
 詳しくは、下のボタンを押してください。

―――――――――――――――――――――――


闘技場の販売機なだけあって、その品々は刀剣武器に偏っている。
しかし、なぜか楽器類も多く混じっている事に、光秀は疑問を感じていた。
だがその疑問は、無人販売機の下部に取り付けられているボタンを押す事によって払拭される。

「なるほど。これが放送にあった『施設ごとの面白いペリカの使い方』というやつですか……」

販売機に取り付けられているスピーカーから音声が流れ出す。
無機質な少女の声が、円形闘技場に備わった機能の説明を開始した。

『当施設の特別サービスは―――――となっております。ご利用になられるのでしたら、
 ペリカを――――だけお支払いくださいませ。また、―――そのリモコンで……』

数分で説明が終わる。
知らない単語も多々あった。
しかし、光秀の様な現代知識の乏しい者の為の配慮として、言葉の意味もしっかりと解説されていた。

「ククッ……ああ、なるほど……そういう事ですか。それは…それは……実に…楽しそうですねえ……」

光秀の頭の中に、新たな趣向が形作られる。
面白そうな演出だと、彼は嗤う。
先程は失敗したが、今度こそは彼にとって楽しい宴になるだろう。

「それでは、下準備を急ぐとしましょうか……」

武器類は十分に整っている。
ならば、後はプランに必要な物を購入するのみであった。


「助けてー! 誰かー! 」

へたくそ極まりない演技の悲鳴が、円形闘技場外郭部で発せられている。
柱に自らを縛りつけ、必死の形相で助けを呼ぶ哀れな少女――秋山澪。
声はわざとらしく滑稽であり。『これは罠です』と周囲に告知しているようなものだった。
けれども、必死さだけは鮮烈に伝わるであろう声色で、それがいっそう彼女の哀れさ加減を強めている。

「助けてっ!助けてくださいっ!誰かっ!誰かっ!……だれか……だれ…か……」

しかし、演技の悲鳴は徐々に小さく掠れたものとなり、やがて消えた。

「はっ……ははは……はははは……」

代わりに、少女の口から発せられたのは掠れた笑い声。
別に彼女は狂気に駆られたわけではない、それは既に光秀によって封じられている。

「……私……何やってるんだろ……」

先の笑いは自嘲から来たもの。
彼女はもう、心身ともに疲れきっていた。
突然殺し合いに巻き込まれ、6時間足らずで後輩の死を突きつけられ、親友二人の絶命をまざまざと見せつけられた。
自身も散々傷つけられ、恐怖を味わい、壊れる事も出来ない。
させてもらえないのだ。光秀によって。

「なんで……こんな事になってるんだろ……」

彼女は叫ぶ事を止め、空を見上げながら涙をこぼす。
言われた通りにやらなければ殺されると分かっていながらも、既に気力が尽きていた。
かといって逃げる気も起こらない、彼女の中には『光秀からは逃げられない』と言う一種の固定観念が出来上がってしまっている。

「どうして……こんなめにあわなくちゃいけないんだ……」

どうしても理解できない。
何故、こんな仕打ちを受けなければならないのか。

「私達が……何をしたって言うんだ……」

何の咎があって、こんなことになってしまったのか。
ただ普通に生きて、普通に暮らしていただけなのに。
平穏な日々を生きていただけなのに。

「うあ……うああ……うああああああああああっ!」

そうして、彼女の心は決壊した。

「なんで!?なんでだよ!?どうして!?どうして、こんな事になったんだ!?」

喚きちらし、訴える。
先程までの演技ではない。
真実、心からの叫びがここにあった。

「どうして……!どうして……!」

ここに居ない誰かに向けて、主催者か、いやそれとも神と呼ばれる存在にだろうか。
彼女は問い詰める。
けれども、喚いたところで返事が返って来ないの当たり前のことで。
新たな犠牲者が現れるまで続くかと思われたその嘆きの声は、

「あー、もういいですよ。澪殿」

闘技場内から現れた明智光秀によって遮られた。

「ひぃっ!」

光秀の声が聞こえた瞬間、澪は恐怖に凍りつく。
彼女は今やこの男に、反射レベルで恐れを抱くようになっていた。

「そう硬くならないで下さい、釣りを始めたときに言ったでしょう?成功したら次の仕事を与えると。
 今からその下準備を整えるのですよ……」

そう笑顔で告げ、光秀は澪の手を引いていく。
だがここにきて始めて、澪は抵抗らしい抵抗を示した。

「い……いや…だ…」

『次の仕事』がろくな物でないことなど分かっている。
おそらくそれが、より澪を窮地に立たせるであろうことも分かっている。
そして、光秀はもう、いちいち恐怖に震える澪が面倒くさくなってきていた。

「おや……。いちいち怯えられるのも面倒ですねえ……。
 憎んでくださるならまだしも、怯えられるだけと言うのには正直飽いてきたのですよ。
 そうですね、気付け薬をあげましょう。」

そう言って光秀が取り出したのはこの闘技場で拾った【ブラッドチップ(低スペック)x2】である。
そして、内一つを澪の口へとねじ込んだ。

「ん…ぐぐぐ…んぐぅ」

澪は若干の抵抗を見せつつも結局、光秀の腕力には逆らえず、薬を服用させられる。

「げほっ、げほっ、何を……飲ませたんですか!?」

「麻薬のような物らしいですよ。これで少しは元気も出るでしょう、さあ行きますよ」

そうして、手を引かれるまま、澪は円形闘技場の内部へと消えていった。


駆ける、駆ける、駆ける。


地面を蹴り、木々を蹴り、伊達政宗は一直線に山を駆け下りていた。

伊達軍の馬は置いてきた。
ヴァンが福路美穂子と平沢唯に付き添う以上、彼らには馬が二頭いなければ歩調が合わない。
あの駄馬を躾け直したいと言う思いもあったが、福路美穂子の暴走を率先して止めたあたり、伊達軍の誇りを完全には忘れていなかったように見える。
少しくらいは信用してやってもいいだろう。
とりあえず、馬の目付け役はヴァンに任せる事にして、彼は自前の足で駆けることを選択したのだ。
一エリア間の短距離疾走ならば、己の強靭なる脚力のみで問題ない。

風景はあっという間に流れすぎ行き、目標の施設が見えてくる。
目指すは視線の先に立つ、円形闘技場。
彼の目的は秋山澪の救出及び、明智光秀の打倒。
目標が既に闘技場から立ち去っていたとしても、痕跡を見つけて必ず追い詰める。
ひたすらに走り続けながら、政宗は先程出会った二人の少女達との会話を思い出していた。

『澪ちゃんをよろしくお願いします』

別れ際に彼女達はそう言った。
伊達政宗は別段、正義の味方を名乗っている訳ではない。
しかし、スジは通す男であった。

「小十郎の最後を看取った女の頼みだ。それに、こいつを届けてくれたしな」

政宗は腰に挿してある六爪を見る。
刀は武士の魂だ。ならば福路美穂子は政宗の魂を届けてくれたということ。
この恩義を無下にすることは出来ない。

「それに、頼まれなくとも俺はテメエを見逃すつもりなんざねえぜ、光秀。
 すぐにそこまで行ってやるから……逃げんなよォ!」

宣言と共に政宗はさらにその速度をあげた。
さて、闘技場はもうすぐそこである。
戦国を生きる二人の武士の戦いは、もう間近に迫っていた。



このゲームが始まって以来、『円形闘技場』には多くの参加者が訪れた。
ただ立ち寄っただけの者も居れば、誰かと戦った者もいる。
しかし、その戦いはいずれも『外郭部』や『控え室』などで行われたものばかりだ。
この施設のメインである『観客席に囲まれた大闘技場』では未だに一切、戦闘が発生していない。
当然といえば当然の道理。
大闘技場――その面積は膨大で、地面はすべて上質な土で覆われている。
障害物は何も無い、ただ目の前の敵と戦う為だけの空間。
このバトルロワイアルの勝利条件は『戦う事』ではない。
『生き残る事』である。
そのために、戦いなれた者達は策をめぐらせて行動し、一般人には更にその行動が求められるのだ。
真っ向勝負が強いられる場所で堂々と戦おうなどと考える者は少ない。
居るとすれば、余程酔狂な者だけか。
しかし今、この大闘技場には、正に余程酔狂な男が立っている。

「こんなもので、いいでしょうかね……」

大闘技場の中央、観客席に囲まれたその場所で、明智光秀は下準備を終わらせていた。
照りつける太陽を見上げながら、闘争の気配に身を震わせている。

「ああ……もうすぐですねえ……。予感がしますよ……」

自分が今から実行する行動がいかなる状況を生み出すのか。
はたして吉と出るのか、凶と出るのか。
湧き上がる期待に胸を震わせながら、彼は隣に立つ少女を見やる。
秋山澪は肩からギターを提げ、荒い息を吐きながら、闘技場中央に立ててあるスタンドマイクに縋りついていた。

「準備はいいですか?澪殿」
「う…ああ……はい……大丈夫……です……」

澪は今、光秀に対する恐怖をそれほど意識してはいなかった。
いや、正確にはそれどころでは無いと言った様子だ。
彼女は目の前の光秀よりも更に身近な脅威に気をとられている。
つまりは、自らの人体の異変である。

「おや……?お加減が優れないご様子ですねえ……。先程処方した薬の効き目が悪いのでしょうか?」
「い……いいえ!もう……もう十分です!」

澪の顔は紅潮し、呂律もろくに回らない様相である。
ブラッドチップの効果は顕実に現れ、現在の澪は激しい興奮状態と全身を包む不快感の只中にある。
光秀の狙い通り、彼女は自分の事に精一杯の様子で、煩わしさがかなり減少されていた。

「まあ、そう言わずに……もう一つどうぞ」
「ぐむぅ!?」

ダメ押しとして最後のブラッドチップを澪の口内にねじ込みながら、
光秀は小さめのリモコンを取り出した。

「……では、そろそろ始めましょうか。澪殿」

咳き込みながらも澪はその言葉に頷きつつ、ギターを構えてマイクに向き合った。

そして、光秀が手に持ったリモコンのボタンを押し込む寸前の事である。
闘技場入場口の方向から、その声が響いたのは。

「よぉ光秀。女を嬲って悦に浸るたあ、相変わらずの腐れ外道だな。テメエは」

その豪快な声音。
次いで、近づいてくる力強い足音。
光秀はそれに聞き覚えが有った。

「おやおや。おやおやおやおや!?」

光秀の声色に、
少しの驚きと、膨大な歓喜が混じり始めた。

「まさか……。まさかまさかまさかまさか貴方は!?」

喜悦に震える光秀へと声は返される。


「奥州筆頭――」

入場口を抜け、

「――伊達政宗、推して参る!」

現れた男は、高らかにその名乗りを上げた。

威風堂々の佇まい。
太陽の光を浴びて青く輝く、隻眼の鎧武者。
『戦場の蒼い稲妻』、ここに推参である。

「ククッ……ひはッ……ハハハハハハ!アハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

そして、響き渡る狂笑。
激しく激しく、蛇の如くにくねる光秀の肉体。
彼の心は今、突然の来客により、喜びに満ち満ちていた。

「ハハハハハハハ…何故ぇ!?…………ここに来れられたのですか?」

光秀の質問に、政宗は澪を見据えながら答える。

「秋山澪の友人から、聞いて来たのさ」

その答は光秀を更に喜ばせるものであった。
つまり政宗は、光秀が意図した形でなくとも、澪が要因となりここにいるわけだ。

「イイッ……イイですよ本当に……!いかなる大魚が釣れるかと期待していれば……。
 クククッ!まさか……まさか、竜が釣れるとは……!!」

光秀はその喜悦を、全身を使って表現する。
体をくねらせ痙攣し、天を仰いで爆笑する。

「あははははは!楽しいですねえ!やはり、この宴は愉快極まりない!あなたはどうですか!?」

左手で顔を覆いながら右手で正宗を指差して、光秀は問うた。
それに政宗はそっけなく答える。

「俺かい?ha!気にくわねえな。俺は俺の信念に従って動くのみだ。
 こんなふざけた殺し合いなんざに付き合ってられるかよ」
「そうですか。勿体無いですねえ……私はこんなにも楽しんでいるというのに……」
「てめえの感性といっしょにすんじゃねえよ。――けどな」
「なんです?」
「俺は今、ちぃとばかし暴れてえ気分なんだ。御託はいいからさっさとやろうぜ?」
「おやおや、何か不満なことでもあったので?」

この場において、愉悦を感じているのは光秀だけではない。
政宗もまた、この状況に喜びを感じている。
彼はずっと鬱憤を溜め込んでいたのだ。
それを晴らす機会が、今こそ巡ってきたのだから。

「どいつもこいつも勝手に逝きやがる。気にいらねえ」

背中を預けていた部下、決着を付けたかった好敵手、戦国最強の武人。
それら皆、彼のあずかり知らぬ所で死んでしまった。

「小十郎も真田幸村も本多忠勝も、あいつ等はみんな武士だった。死ぬ覚悟は出来てただろうさ。
 けどよ、あいつらの死に場所はこんな所じゃねえ。俺達が駆けたあの戦場で、死ななきゃならねえはずだった。
 それがこんな訳わかんねえ所で命落としやがって……。俺はそいつが気にいらねんだよ。
 テメエみてえなのに言っても分かんねえだろうがな」

それに加えてゲーム開始以降、今まで彼はただの一度も剣を抜く事無く、
戦うことなく事態は政宗を置いて勝手に進行していった。
彼はそれに内心、堪らなくイラついていたのだ。

「なあ光秀、俺はテメエが生きてて嬉しいなんざこれっぽちも思わねえがよ。
 俺の手でテメエに引導を渡せるってのは、なかなか良い憂さ晴らしになるだろうぜ」

「お変わりないようでいいですねえ。
 でも少しばかり待ってください、せっかく趣向を凝らしたのですから……」

対する光秀も今すぐに戦いたいという衝動を抑えながら、ジャンケンカードを政宗へと示す。

光秀がカードを近場の地面に投げつけた瞬間。。
カードが突き刺さった場所が、爆炎を上げて吹き飛んだ。

「まあこのように、この闘技場内には無数の爆弾が埋まっておりまして、
 踏めば当然無事ではすまないのであしからず」
「……悪趣味なこった。それだけの爆弾をどこで仕入れたんだ?」

今やこの闘技場一帯は、広大な地雷原と化していた。
地雷の埋まっている場所は光秀しか分からず。
政宗にとっては非常に不利な戦場となる。

「無人販売機というやつです。それに仕込みはこれだけではありませんよ」

「みてえだな。ありゃいったいなんなんだ?」

観客席を見上げながら政宗が呟く。
円形闘技場の姿は、以前に政宗が訪れた時とは大きく違っていた。
まず一つ目の変化は闘技場の周囲の観客席に、いくつもの巨大なスピーカーが取り付けられていること。
更に観客席の北側には巨大なスクリーンが取り付けられ、光秀と澪を映している。

「この施設の特別サービス。『ライブ会場サービス』だそうですよ。
 それなりに値は張りましたが、客寄せには最適かと思いましてね」

円形闘技場は地雷原であると同時にライブ会場となったらしい。
なるほど、確かにこれほど巨大なスピーカーでライブなんぞ開催しようものなら、その爆音はかなりの広範囲に広がるだろう。
多くの参加者の耳に届く事は想像に難くない。
光秀はこれを使って、参加者を大量に集めるつもりであった。
そして、仕掛けた地雷原で来客を迎え入れる算段である。

「それに、澪殿は歌がお上手だそうなので……」

そして、ボーカルを務めるのは当然、光秀の隣に立つ秋山澪である。
ライブ時に流れる音楽は自由に設定する事が出来る。
ライブ会場というより、演奏も出来る大カラオケ会場と言った方が正確かもしれない。
光秀の設定では、ギターとボーカル以外は自動で音が流れるようになっている。
ドラムもベースもキーボードもその他の音も、勝手にスピーカーから流れてくるが、
エレキギターの音と澪の歌声だけは生音声といった形だ。
ちなみに、歌う曲や音量は光秀の持つリモコンで指定する仕組みである。

「まあ、あなたが来たところで計画にさしたる変更はありません。予定が少し早まっただけです。
 彼女の歌を肴として、存分にあなたを味わうことにしますよ。」

そう言って、光秀はリモコンのボタンを押し込んだ。
一曲目が選択され、スピーカーから前奏の手拍子が流れ始める。
だが今は手拍子までだ。
秋山澪がギターを弾く瞬間が、曲の真の始まりであり。
この決闘の幕開けとなる。

「なるほど、BGMって訳か。まあ、てめえにしては珍しく面白い演出じゃねえか。
 ああそうだ、秋山澪」

思い出したように、政宗は澪を見据えた。
名を呼ばれ、澪も政宗を見返す。

「平沢唯からの頼みだ。俺はお前を救い出す、これは確定事項だぜ。you see?」

宣言する政宗に澪は答えない。
彼女の表情には助けが来た事への安堵の色は無く、むしろ迷惑そうな顔色である。
これ以上誰も関わってくれるなと、私に近づいてくれるなと、その瞳が訴えていた。

「あ?なんだ?逃げちまってるのか?
 男らしく生きろとは言わねえが、戦場じゃ男も女も戦わなければ生き残れないぜ。
 生きたけりゃ、戦いな。望みを叶えたけりゃ、お前はお前の剣をとれ」

言うだけ言って、政宗は澪から光秀へと視線を戻す。

「お膳立てはもう十分だろ?
 Let's Party! 楽しもうぜ。開戦の号砲を響かせな!」

「ええ。私ももう我慢の限界だ。澪殿、よろしくお願いします」

光秀は気軽に澪の肩を叩き、信長の大剣を取り出し、構える。
政宗もまた六爪に指を掛け、戦闘態勢に移行する。

もう彼らに言葉は必要なかった。
此処から先は剣によって語り、剣によって意を通す。
両者、未だ動かない。
ただひたすらに、開戦の合図を待つ。

そして、その役目を押し付けられた少女の指先が今、その華奢な肩からさげたギターの弦を弾き。

『Inside Out ぶった斬れ 煩悩絶つ Trigger
 しょうもないPrideなんて ゴミの日に捨てて』

鳴り響く旋律と少女の歌声。
同時、二人の武士は走り出す。

今ここに、決戦の火蓋は切って落とされた。



円形闘技場に爆音が轟く。
その爆音とは、観客席に取り付けられた巨大スピーカーから発せれる、J-POP曲のサウンドと、
今それを歌っている秋山澪のヴォイスのことでもあり、文字通り爆弾が起爆する音と言う意味でもあった。

『一切合切 猟る 侍 It Crazy
 内燃の機関が 唸りをあげるんだ』

澪は歌う。
闘技場の中央というステージの上で。
思考を停止しながら、ギターを掻き鳴らし、一心不乱に歌い続ける。
彼女はただ、目の前で繰り広げられる、理解を超えた戦いから目を背けたくて、堪らなかった。


駆け出したのは正に同時。
だが、光秀と政宗では足さばきの事情が大きく違うのだ。
かたや何の迷いの無い、力強い足運び。かたや地雷を気にした慎重な足運び。
踏み込みが影響するのは速度だけではない。
その強さは剣撃の強さに大きく関わってくる。
実は、この闘技場に埋まっている地雷の数はそれほど多くは無い。
光秀が仕掛け場所を把握できる限界量だけである。
しかし、政宗にとっては何所にどれだけ仕掛けてあるか分からない故に、一歩一歩慎重にならざるをえないのだ。
地面の起伏に注目しながらの走りでは圧倒的に光秀に対して劣る。
よって、このまま激突すれば勝敗は明らかで、故に政宗は早急に対策を講じる必要があった。

「Ⅹ!!」

政宗の叫びと共に抜刀される六爪。
虚空を斬る刀身より蒼い闘気が発せられ、真空の刃を作り出し、前方の地面へと射出される。
切り裂かれ、次々と起爆する進行方向上の地雷。
これにより、政宗の走りに迷いは無くなり、その足並みに力強さが戻る。

「やはりそうきましたか……ですが」

期待通りの対応に喜び、光秀は笑っていた。

「それでは動きがまる分かりですよ?」

政宗の進行方向上の地雷が起爆する。
それはつまり、政宗自ら次の移動場所を曝け出している事に他ならない。
更には政宗の前方は爆炎によって視界が悪くなる。
光秀にとっては先回りが容易となり、
爆炎の向こうからの斬撃はそのまま軽く不意打ちとなるのだ。
光秀は正宗の正面へと飛び上がり、空中からの回転斬りを叩きつける。

「これでオシマイですか?」

爆炎を切り裂き、光秀の大剣が政宗めがけて襲い掛かる。

「Huhn?そりゃ短慮ってもんだ」

完全なる死角から放たれた渾身の一撃は、しかし空振りに終わる。
政宗はその身を急停止しつつ大きく仰け反り、光秀の刃をかわしていた。
まるで、このタイミングで光秀が仕掛けてくる事が分かっていたかのように、
彼は爆炎の向こうから飛んでくる刃を見切っていた。

「俺からテメエが見えねえって事はな、そりゃつまりテメエからも俺が見えねえって事だろうが。you see?」

政宗は、光秀が視界の悪さを攻めて来ることを読んでいた。
彼は光秀が正面に来た瞬間に走りを止め、軽く回避動作を行うだけでよかったのだ。

「お返しだぜ!あっさり逝ってくれるなよ?」

鞘走る六爪の内、三爪。
左手に持つ三爪は地雷を破壊する為に振るわれていたが、
この瞬間の為に納刀しておいた残りの三爪が、今こそ抜き放たれる。

神速の抜刀をもって、光秀へと迫る三つの刃。
空振りによって、極大な隙をさらしていた光秀に回避する方法は皆無である。
ならば当然、彼には防御するしか手は無く。
光秀は先の一撃にかけておいた保険を迷い無く使用した。
大剣を持つ手と逆の手。
それが腰に差しておいた一振りの刀へと伸び、抜き放つ。

ぶつかり合う、攻めの抜刀術と守りの抜刀術。
衝突する三爪と九字兼定。
どちらも優劣の付けられない名刀であり、ここでどちらが押し切るかは振るう者の腕力次第となる。
しかし、それ以前に立ち位置の問題があった。
政宗がしっかりと地面を踏みしめているのに比べて、光秀は空中に在る。
弾き飛ばされるのは当然、地に足が着かず踏ん張りの利かない方であった。

「Ya-haー!」

叫び声と共に振り切られる三爪。
政宗の豪腕によって押し切られ、吹っ飛ばされる光秀。
その身は勢い良く観客席に直撃し、瓦礫に消えた。

「ほら早く立ちな!Give upなんて言うんじゃねえぜ?」

砂塵巻き上げる観客席に向けて六爪を突きつけながら、政宗は呼びかける。
それに対する返答は、数秒も置かずに返された。

「ええ!もちろんですとも!!ああ楽しい!なんて楽しい!やはりこうでなくては!!」

瓦礫を吹き飛ばし、砂塵の向こうから響く声はやはり喜悦。
これ以上無く、生を謳歌する男の声。

「小手調べはここまでです。
 あなたこそ簡単に死なないでくださいよぉ?!もっと!もっと!私を楽しませてくださいッ!」

炸裂する光秀の闘気。
暗く毒々しい緑のオーラが彼の全身より爆発し、観客席に巨大な亀裂を作り出した。
それは挑発。
恐れぬならば、我が領域に入ってこいと誘っていた。

「おもしれえ!乗ってやるぜ光秀!!」

政宗もまたそれに応え、観客席まで跳躍する。
再び接近した両者は己が得物を打ち交わし、
常人では一撃も見切れまい斬撃を幾百とぶつけ合いながら観客席を駆け巡る。
地雷の無い観客席での攻防は、使い慣れた武器を持たない光秀にとって、ただ不利な場所となるはずである。
ならば何故、彼はこの場に政宗を誘い込んだのか。

激突を繰り返し、円形の観客席を半周した頃。
正宗の猛攻に耐えきれず、守りに徹していた光秀の手から九字兼定が弾けとぶ。
そして、無防備となった光秀の半身へと六爪が振り上げられた。
だが、光秀はその瞬間こそを待っていたのだ。
刃が振り下ろされる直前。
無手となった光秀の片手がデイパックへと突っ込まれ、収納していたリモコンのボタンを押す。
押したボタンは『ボリュームアップ』。
政宗の真横にあった巨大スピーカーから突如として超爆音が発せられ、政宗の鼓膜を壮絶な勢いで揺さぶった。
ほんの少し、ほんの一瞬光秀から逸れた意識。鈍った剣線。
隙はそれだけで十分で、政宗が気づいた時には光秀の回し蹴りが正宗の手首にクリーンヒットしていた。
闘技場も観客席も光秀が選んだ舞台である。策が無いはずもなかったのだ。

三本の刀を指で挟んで振り回すスタイルは、攻撃力の代わりに崩れやすいものである。
防御が鈍るという弱点を突かれ、蹴り一発で六刀流は崩壊する。
今度は政宗の片手から三本の刀が弾け飛び、ここに状況は一変した。
三本の内二本は正宗の背後に突き刺さり、一本は闘技場内に落ちていく。

「ひっかかりましたねえ!?」
「Shit!」

続けて頭部へと放たれた蹴りを、
同じく蹴りで返しながら距離を取らんと政宗は後退する。

「逃がしませんよ!」

しかし、それを光秀は許さない。
政宗がひるんだ隙を逃さず距離を詰め、大剣を未だ正宗が持つ三爪にぶつける。
そして、無手の方の手で政宗の襟首を掴み上げ、満身の力を足に込めて跳躍した。
策を成功させた光秀はもう観客席に用は無く、再び政宗ごと地雷原へと舞い戻る。
六爪を半分失った政宗に対して、光秀も九字兼定を失った。
しかし、落下場所に在る光秀のディパックの中にはまだ武器がある。
そこに地雷原の有利が加われば形勢は逆転し、光秀の優勢となるはずであった。

「OK、つきあってやるぜ」
「!?」

だが、政宗とてそれを黙って容認するはずも無い。
光秀はすぐにその異常に気がついた。
跳躍が高すぎる。
予想以上に高度が高すぎるのだ。
理由は単純なものである。
光秀が地を蹴ったその瞬間。
政宗もまたそれに合わせて、自ら跳躍していたのだ。
結果、跳躍高度は光秀が想定していたものより二倍近く高くなり、ここに意図せぬ空中戦が発生する。

空中であれば、観客席と同じく足場の有利不利はまったく関係無い。
上を取ったのは政宗。
地上に落ちるまでの数秒間。
この間に決着をつけん、と。政宗の壮絶な剣舞が空中で展開する。
その猛攻を大剣一本で防ぎきることなど到底出来ず、遂に光秀の手から大剣が弾け飛び、完全なる無手をさらした。
苦し紛れに政宗を蹴り、回転しながら急落下で逃げる光秀の肉体を、三つの爪が切り裂く。
しかし、光秀の悪運がここで尽きる事は無く、背中を抉る刃は筋肉を裂いたものの、心臓までは薄皮一枚届かない。
血を撒き散らしながら落ちる光秀が、反撃と牽制を込めて、隠し持っていたジャンケンカードを連続して投げ放つ。

飛来する枚数は計九枚。
それらに政宗は以下のように対応した。

正面からの五枚。
一爪を納刀。二爪を連結し、左手で旋回させて迎撃。

側面から回り込むように左右からの二枚。
空いている右手で、二本所持していたドラムスティックをそれぞれ、左右に投げつけてカードの軌道をそらす。

頭と足を挟み撃つ二枚。
無視。肩と左膝に突き刺さるが黙殺。

政宗はジャンケンカードの弾幕を抜け、先に着地していた光秀へと斬りかかる。
しかし、その時には既に、光秀は新たな武器を両手に握っていた。
それは地面に置いてあった光秀のディパックから取り出したもの。
政宗の全力を込めた斬り下ろしを受け止める二本の剣。
ぐねぐねと波打つような形状をした、納刀不可能な刀身。
エチオピアの両刃の剣。
ショーテルと呼ばれるそれは、ガンダムサンドロックの持つ双剣を小型化した物であった。

「これが私の切り札と言うやつですよ。桜舞には及びませんが、これはなかなか手に馴染みますねえ」

そして、状況は先程と真逆。
光秀は地上にて剣を受け、政宗は空中である。
弾かれるのは当然、踏ん張りの利かない側であった。
正宗は遥か後方へと吹き飛ばされ、闘技場の壁に叩け付けられる。

「おしまいですか?」

「ha!いいねえ、なかなか熱くなってきたじゃねえか!!」

しかし、すぐさま起き上がり、地雷を排除しながら行動を開始する。
唯一つ闘技場内に突き刺さっていた一爪を回収し、納刀していた一爪と連結。
その場で四刀流の構えをとった。
戦いの舞台はもう一度、闘技場にて。
二本の爪を失ったもののやはり武装面で勝る政宗と、足場の有利を取り戻し多少は使いやすい武器を取った光秀。
状況は再び互角へと戻った。
武器の性能差と地の利は相殺され、こうなっては最早、戦う者の実力差だけが勝敗を決める。
最初の位置へと立ち戻った二人は、最初と同じように同時に駆け出す。

その中央にて、黒髪の少女は慟哭をのせて歌い続けていた。



時系列順で読む


投下順で読む



176:苦痛 明智光秀 190:旋律の刃で伐り開く(後編)
176:苦痛 秋山澪 190:旋律の刃で伐り開く(後編)
181:贈る言葉 伊達政宗 190:旋律の刃で伐り開く(後編)


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年08月04日 11:46