裸だったら何が悪い!~ヒイロ―! ヒイロ―!~(前編) ◆qh.kxdFkfM
第二回定時放送。
ヒイロ・ユイと
ファサリナにおいてそれはあまり意味のないものであったはずだった。
両者が最優先で護衛するはずだった対象はすでに――放送を信じるのであれば――亡き者となっているからだ。
だから名簿と地図に目を通す時もそこまで心が動くことはなかった。こう言っては非情に聞こえるだろうが、
もう二人は誰の名前が呼ばれようと動揺することはないだろう。
ヒイロ・ユイは同じガンダムパイロットの少年たちが死んだとしても、平素の自分でいられるはずだ。
戦場で何度も死にかけている状況を鑑みれば、いつそうなってもおかしくはない。
無鉄砲に戦いを止めようとするリリーナも本来その部類なのだが、不思議とヒイロは彼女の死を予想できなかった。
だからこそ、彼女の亡骸が『憩いの館』の前に転がっていた時は、その激情を抑えることができなかったのだ。
ファサリナの場合はさらに明確で、現在自身が知っている中で生存している者はすべて敵である。
むしろ死んでほしい類の連中だ。この殺し合いに参加する以前は同志である
カギ爪の男の思想上、
無闇な殺生は禁じられていたため、その命を奪おうとしなかっただけの話で、本当は死んでくれた方が都合がいいのだ。
もっとも、今となってはどうでもよいことだが。
――――『首輪換金制度』
首輪の持ち主によって額の違いはあれど、ペリカを入手できる手段。
そしてそれを武器に転用できる制度。優勝志望にせよ打倒主催にせよ、これを見逃す手はない。
見逃す手はないのだが……。
「どう思います? ヒイロ」
放送終了後、すぐに疑問をファサリナは投げ掛けた。館の中を見回すと、確かにそれらしい設備がある。
いつの間に用意したのだろう。それとも自分たちが気付かなかっただけだろうか。
「説明する機会なら前回の放送、さらに遡れば開会式でも可能だった。それを今回の放送に持ってきたのは――恐らく各所に散在する首輪の回収だ」
「ですがそれなら首輪を起爆すれば事足ります」
ファサリナの疑問はもっともだった。仮に首輪を回収したいのであれば、あの時のように爆破すればいい。
こんな取って付けたような制度では、参加者の不信感を煽るのではないか。また、首輪を得る可能性があるのはゲームに乗った『強者』がほとんどだろう。
彼らがこの制度を利用すればパワーコントロールは困難となり、主催者が言う『殺し合い』は成立しなくなる。本末転倒なのだ。
「ファサリナ、開会式の状況を覚えているか」
「ええ。……痛ましい事件でした……」
沈痛な面持ちのファサリナの返答に、ヒイロは無言で頷く。健気に家族の心配をし、わが身を顧みずゲームの中止を訴えた少女。
名は複雑でよく覚えていないが、その勇敢な姿は今でもはっきり思い出せる。
「あの時俺達は壇上で少女の首輪が爆発するのを目にしている。言いかえれば、“壇上”で“少女の首輪”が爆発したことしか俺たちは知らない」
「ヒイロ……?」
「前々から疑問に思っていた。なぜ俺達参加者を個別に隔離し、あの映像を見せたのか」
彼が何を言おうとしているのかよくわからなかった。たしかにあの時は突然あんな場所に連れてこられたことによる混乱と動揺で気付かなかったが、
今思い返せば、不可解ではある。しかしそれが『首輪』とどう関係があるのだろうか。
「おそらく帝愛は――」
風が吹き、草が舞う。少年の髪もわずかに揺れるが、彼の瞳は微動だにしない。そしてその唇が開き、言葉を紡ぐ。
「首輪を操作できない」
ヒイロの推測はこうだ。なぜ主催はあんなデモンストレーション行ったのか。それは『首輪の爆発』という危険性を参加者に示唆させるため。
これはファサリナも当然だと頷く。問題はここから。あの状況を整理すれば、『少女は主催の目の前』、『参加者は隔離され、介入できない』。
ここから導き出される仮説のひとつが、『遠隔操作の限界』である。つまり、爆破させようと個別に信号を送ったとしても、首輪がそれを受信できない可能性である。
「もしあれが衆人環視のパフォーマンスであったなら、俺を含めて他にも主催を排除しようとした者がいたはずだ」
「だから彼らは私達を隔離したと?」
「いや、反逆や阻止を怖れてというなら、目の前で爆破した方がはるかに説得力がある。だが帝愛は映像による警告で済ませた。
参加者の首輪を爆破する条件が『範囲を限定した無差別な起爆信号』か、『設定されたプログラムによる自律起爆』である可能性がある」
禁止エリアのことを言っているのだろう。しかし本当にそうなのだろうか。
こんな人数――それも戦闘のプロフェッショナル――を当人に気付かれずに拉致できるほどの組織がそんな不具合を残すだろうか。
ファサリナが抱く疑念に対し、ヒイロは、
「すでに開会式から半日が経過しているが、何の援軍もない。地球にしろ、コロニーにしろ、エンドレス・イリュージョンにしろ、通常なら何らかのアプローチはあるはずだ」
「ええ」
これには彼女も同意。自身とただならぬ関係であるミハエル・ギャレットは現在計画のために宇宙へ出ているが、
それでも自分や同志が攫われたことに対して組織が何のアクションも起こさないのはおかしい。
たとえ組織が把握していなくとも、ここがエンドレス・イリュージョンならば、各地に存在する同志の賛同者が感づいてもいいはずだ。
「リリーナやトレーズを地球の連中が捨て置くとは考えにくい。おそらく何らかの隠蔽工作がなされている」
「それが首輪の遠隔操作を阻害している……?」
「確証はない。しかしそれならこの制度の導入も説明できる」
隠蔽工作のひとつとして、『妨害電波(ジャミング)』がある。これはレーダーなどを撹乱する役割があり、対象の感知を阻害させる。
しかし欠点があり、自身も特定の電子機器や特定の周波数また周波数帯の電波が使用不能となる。つまり、会話を邪魔するために騒音を起こすようなものだ。
帝愛がその技術ないしそれに関する技術を用いた可能性があるとヒイロは予測した。
「あなたの考えはわかりました。しかしどちらにしろ首輪はきちんと調べるべきだと思います」
そう言うと、ヒイロはわずかに眉をひそめる。ファサリナの言外の意味を察せないほどこの少年は腑抜けてはいない。しかし、人間は機械ではないのだ。
そう簡単にリリーナという少女の死を割り切れるはずはないだろう。それは彼女とて承知している。だから、
「できないのであれば私がします。ですから」
「俺がやる。俺が……やらなければならない」
それが覚悟なのか虚勢なのか、ファサリナは判断できない。だが、いつかは自身も乗り越えなければいけない壁だとは感じていた。
直面した現実に対して、心の整理はできると自負している。けれどそれが実際に実行できるとは限らない。それほど願望と現実には差異がある。
あの埋葬で離別は、決着はついたとヒイロが自分で思っていても、実際にはどこか未練があるのではないか。それが彼女にとって気掛かりであった。
「すみません。ですがこのまま安置していても」
「ああ、わかっている」
「席を外しますね」
背を向けたファサリナにかかる声はない。いや、それでいいのだ。彼にはあの少女と向き合ってほしいし、彼女もそれを望んでいるはず。
具体的にどういう関係かは知らないし、それをヒイロが教えることもないだろう。それでも、二人の間に強い絆があるように見える。
今はあの不器用で純粋な少年を一人にしてあげよう。気丈に振る舞ってはいるが、
心は泣いているだろうから……。
リリーナ・ドーリアン。本名リリーナ・ピースクラフト。地球圏統一連合のドーリアン外務次官の一人娘として育つ。
しかしかつて完全平和主義を唱え連合軍に滅ぼされたサンクキングダムの王女であり、OZの英雄
ゼクス・マーキス(本名ミリアルド・ピースクラフト)の実妹である。
ヒイロ・ユイとの出会いはありていに言えば奇跡であった。もしあの少年がガンダムパイロットにならなければ、ウィングガンダムを受領しなければ、
ゼクスと交戦しなければ、あの砂浜での邂逅はありえなかった。機密保持のためにヒイロはその後、度々彼女を殺害しようとするが、叶わず、
二人は数奇な運命をたどることとなる。地球の平和主義者とコロニーのテロリスト。交わるはずがない両者の関係を表現する言葉は未だ存在しない。
「終わった。直ちに『城』へ向かう」
「もういいんですか?」
「ああ。
時間をかけすぎた。遅れを取り戻す」
おそらくもう彼女と対面することはないだろう。少なくとも主催を打倒するまではそんな余裕はない。それが分からないヒイロではないだろう。
しかし彼がそう言うのだ。それにどうこう言う資格は自分にはない。ファサリナから見て、目的地へと急ぐその姿に迷いは感じられなかった。
ならば、と彼女は自身を納得させてそれを追うのみ。
『城』。そこはもう城ではなかった。それを構成していたはずの建材は横たわり、無残な姿を晒している。
まるで大地震の後のようだが、そんな震動はここにきてなかったはず。
「爆破でもされたのでしょうか」
「いや、それにしては焼けた跡がまるでない」
形ばかりの城門をくぐり、検分していく。ヒイロの言う通り、炭化した木材は何一つない。では、もっと物理的な、建築的な要因からだろうか。
ファサリナの不審は深まるばかりである。
「ここに来るまでにも目にした足跡が、ここまで続いている」
地面にはたしかにそれと思しきへこみがある。しかし、それが本当ならここにきた巨人(おそらく2メートルを軽く超えている)がこの城を瓦解させたというのだろうか。
だとするなら、自分たちはそんな人間と戦わなければならないことになる。こんな破壊活動をする人間が、とても好意的とは思えない。むしろ好戦的であると目算せざるを得ない。
ファサリナは眩暈を覚えた。
「しかしこれで探す手間が省けたな」
ヒイロの声にそちらを見遣れば、残骸の一角、妙に開けた場所に、『収穫』があった。武器、道具、装飾……様々な種類のものがそこに集結している。
すぐさま駆け寄ろうとするファサリナを細いながらも逞しい腕が制した。
「待て。罠の可能性がある」
「あ……ごめんなさい」
「調査が済み次第呼ぶ。それまで待っていろ」
「お願いします」
ブービートラップというものがある。これは戦争における戦術の一種で、自陣に侵攻する勢力に対し、撤退する部隊やゲリラ組織が残したり、警戒線に張っておく罠(trap)のことである。
一見無害に見えるものに仕掛けられ、油断した兵士(まぬけ:booby)が触れると爆発し殺傷する。
また爆発物ではなく、スパイク状のもので殺傷する猟師の用いる罠に類似したものもこれに含まれる。
地雷や木々の間隙に張ったワイヤーと手榴弾などを用いた仕掛け爆弾などをはじめ、落とし穴など原始的な罠から、瓦礫や死体が散乱した戦場跡で、兵器や食料などの必要物資に仕掛け、
それらを鹵獲または私物化しようと手を出すと、内蔵された爆薬やワイヤーで繋がれた手榴弾などの爆発物が爆発するなど、連動していた殺傷性の仕掛けが起動する意表をついた物など多岐に渡る。
しかしヒイロの危惧とは裏腹に、罠の類は一切なかった。ただそこに置いてあるだけであった。まるで「好きに使ってください」とでも言うように。
それもそのはず『城』を破壊した巨人、
バーサーカーの求めた物は“自身の体格にあった武器”である。常人に合わせて作られた武器ではサイズが違いすぎるのだ。
その直後に現れた『独眼竜』
伊達政宗も似たようなもので、彼にとっての武器とは刀剣以外ありえない。よって、持ち出されたのは彼が扱える分だけの刀に収まった。
ニーズと時代の違い。その僥倖ともいえる背景が、回り回って、巡り巡って、この二人に味方をした。もっとも、それをヒイロとファサリナが知る由もないが。
「……問題ない」
「でも、どうしてこんな……」
武器や道具を回収しながら尋ねるが、さしものヒイロもこれには不可解だとした。ともかくこれを見逃す手はない。
優勝を狙うにせよ、主催を倒すにせよ、兵器は必要不可欠だ。理由はどうであれ、結果として装備がかなり充実したのだ。
疑問より喜びが勝るのも事実。
「理由はわからない。しかし、これで『ゼロ』が起動できる。……本当に俺が使っていいのか?」
「ええ。ヨロイと違って私には勝手がわかりませんから……」
それを確認した時は思考が停止するほどの驚きであったが、調べてみればみるほどそれは萎縮し、やがて失望にかわった。
ただ大きいだけの、木偶の坊。駆動どころか反応ひとつしないそのガラクタは、オリジナル7用のヨロイとは材質から設計思想まで違っているのだ。
ヒイロ曰く、ただのエネルギー切れらしいのだが、そういった方面に疎い彼女には何が何だかよくわからなかった。
『ダリア』にそんなものはないし、損傷しても自動で修復する。整備などまったくしたことがないのだ、わかるわけがない。
ファサリナが取り出したそれは乗りやすく、見つかりにくいように仰向けの状態で出現。ヒイロはそれに飛び乗り、慣れた手つきでコックピットを開放し、
乗り込んだ。彼女もそれに続き、ハッチから中を覗き込む。
「どうですか?」
「リアクターが抜かれているが、コンデンサーは無事だ。電力を供給すれば問題ない」
今しがた手に入れたばかりの機具をそれに接続し、パネルを操作する。すると、黒一色で沈黙していたモニターや計器類に灯りが灯っていく。
「サブジェネレーター――――イグニッション、メインフレーム――――セットアップ」
耳にわずかに届く鼓動。ウドの大木でしかなかったそれが、ガンダムパイロットの手によって胎動していく。
「出力安定。電力供給、蓄電状況、ともに問題なし。レスポンスタイム――コンマ012――誤差修正」
コンソールを操作するヒイロの手に淀みはなく、まるでひとつの流れであるかのように、指がパネルを叩いていく。
「CPU――――オペレーティングシステム――――異常なし。プロセッサ正常に機能、制御ユニットと同期」
地鳴りのような咆哮がファサリナの鼓膜を叩く。獣とも、人とも違う何かが、産声を上げているようだ。
「排熱・冷却機関作動。排気口までのライン確保、ジュール熱による融解なし」
各部から吐き出される白煙が、周囲の木々を視界から隠していく。おそらく、目覚めはもうまもなくだ。
「動力系統――各部正常、演算機能――正常稼働、機内温度――常温維持」
あの暗闇だった空間は気付けば計器や液晶のもたらす電光によってヒイロを照らしていた。
その光の中で、彼はすべての工程を終えたことを告げる。
「システムオールグリーン
ゼロガンダム
――――起動」
唸りが頂点に達したその瞬間、機械仕掛けの巨人の双眸に生まれる光芒。
ファサリナは改めてこの少年の能力に高さに驚愕と感銘を覚えた。
「ヒイロ、これは移動に使えますか?」
「不可能ではない。しかし材質の関係上すぐに金属疲労を起こして使い物にならなくなる。装甲も強化プラスチックでとても戦闘には耐えられない」
『ガンダムVSガンダムVSヨロイVSナイトメアフレーム~
戦場の絆~』解説冊子を開きながら各所を点検するヒイロの手が巨大な腕を叩いた。響く音が金属のそれではない。
「ゼロガンダム。武装やパーツのほとんどがオミット・変更されている。やはりMSをそのまま支給するわけがないということか」
「これは『O(オ―)』では……?」
隣でファサリナがそう指摘するが、ヒイロに返答はない。印刷というか表記が曖昧なのだ。どのような読み方をするかはこれに携わった人間にしかわからない。
「ゼロがいい」
「はい?」
「ゼロだ」
「はぁ」
彼がそういうなら、そういうことにしておこう。別に何か不利益や不都合があるわけでもないし。ファサリナは自身に言い聞かせ、味気ない保存食を口に押し込んだ。
「兵器というより、これは巨大な演算装置だ。何かの役に立つだろう。ファサリナ、周囲の状況はどうだ」
「瓦礫しかありませんでした。収穫はあれだけです」
ヒイロが機体のメンテナンスをしている間に『城』を探索していたファサリナが答える。
正確には小さな墓標があったが、彼に話すべきではないだろう。嫌なことを思い出させてしまうこと――――彼の精神に負担を強いること――は避けたい。
中にいたのは件の少女と歳もそう変わらないであろう女の子で、その細い首はすでに切断されたあとだった。
教えてもデメリットしかないのであれば、話すべきではないと、その少女を再度丁寧に埋葬しながらファサリナは考えた。
他に地下の空洞へ通ずる扉があったが、それがどこかに繋がっているというわけでもなく、ただの穴蔵のようであった。これも教える必要はないだろう。
「そうか。なら『間欠泉』へ向かう」
ガンダムを収納し、冊子に目を通しながら歩き始める少年に、ファサリナは声をかける。
「ヒイロ、休憩をかねて食事でもしませんか? ヒイロはまだ」
「時間が惜しい。先を急ぐ」
さっさと立ち去ろうとするその背に、彼女は疑念を抱いた。どこかおかしい。ここにくるまでもそうだったのだが、妙に焦っている。
いや、焦る気持ちは分かる。しかし、何か変なのだ。まるで何かから逃げているような。
ここでの調査だって自分に一任し、ヒイロ自身がやろうとはしなかった。信頼されていると思えばそれで済むが、どうにも釈然としない。
(リリーナさんの死から逃げている……?)
彼女の墓から距離をとることで、逼迫した事態を演出することで、そこに目を向けようとしていないのではないか。
不安のような疑問を持ちつつも、それを聞くことは彼女にはできなかった。彼は彼なりに大切であったであろう少女の喪失を乗り越えようとしている。
それが逃避であったとしても、むりに正対して心を壊すよりはましだ。
(信じましょう、彼を)
そこで一度頷いて、小走りでヒイロに追いつく。何かわかったかと問えば、彼は淡白に、
「俺達とは違う惑星……世界でもガンダムが運用されていたようだ」
GNドライブをはじめとする未知のパーツ、技術――運用目的、設計思想を少なくともヒイロは一度も見聞きしたことがないという。
「別々の惑星なのに同じ兵器の名称……妙ですね」
「ああ。ゼロガンダムに搭載されている機器に大きな差異はないが、それでもやはり違和感があった」
私設武装組織ソレスタルビーイングによって開発された0ガンダム(オーガンダム)は最初に開発されたガンダムということもあり、後に開発される全ての太陽炉搭載型MSの元となった機体である。
この場合のガンダムとは、ソレスタルビーイングが「武力による戦争根絶」という目的を達成するための手段として開発したMSの総称である。
主機関として「GNドライヴ(太陽炉)」を搭載していることが大きな特徴となっている。
GNドライヴは稼動時に「GN粒子」と呼ばれる特殊粒子を発生させ、搭載したMSにほぼ無尽蔵にエネルギーを供給し、圧倒的な運動性能や、強力なビーム兵器の使用を可能とする。
また、空間に放出されたGN粒子は既存のレーダーシステムや通信機器の使用を不可能にする。これにより、ガンダムは既存の兵器に対して圧倒的な優位に立つことが可能となっている。
「ヒイロ、露天風呂がありますよ」
『火口』付近、小屋と隣接する形で設えられたそこを指差すが、当然ヒイロは頓着しない。
それを予想できないファサリナではないが、どこかで一息つけなければ、いずれがたがくるだろう。
休める時に休む。それは戦士にとっての義務といってもいいくらい当たり前のことだ。
それをこの少年もわかってくれる。
「ファサリナ、お前は休め」
わかってくれなかった。
「ですがヒイロ、あなたも私と同じ人間です。機械のようにはいきません」
「それではだめだ」
「ヒイロ……?」
後ろ姿からでは表情はわからない。しかし、ファサリナにはその背がやけに小さく見えた。いや、それが年相応の、等身大のヒイロ・ユイなのかもしれない。
彼女が言葉を投げ掛けるより速く、少年は口を開いていた。
「このエリアを調査する。お前は休んでいろ」
「いえ、なら私も」
「……一人にさせてくれ」
卑怯だ。ファサリナは瞼を下ろす。そんな風に言われては、追いかけることも引きとめることもできない。
結局、彼女は彼の無事と帰還を祈るだけで、その背中に近づこうとはしなかった。
信じると決めた以上、それが最善だと思えた。
(同志、どうか彼を護ってあげて下さい……)
信頼が幸福と平和に繋がるというなら、いくらでもそうしよう。
だから、希望の灯を消させないで……。
■
(任務達成。そのためにはあらゆる人間性を排除しなくてはならない。情けや甘さは命取りになる)
だから機械に徹した。悲鳴を上げる心を無視して、機械であろうとした。物を壊しても、人を殺しても、動じることがないように。
だが、人間はどんなに冷酷であろうと、非情であろうと、機械にはなれない。ファサリナの言ったことは何も間違ってはいない。
では背負えというのか。あの少女と子犬のように、リリーナの死も受け入れるしかないというのか。切り捨てもせず、消し去りもせず。
(リリーナ……俺は何をすればいい。何もしてやれない、何も……)
ポケットに入れていた彼女の首輪を取り出す。ファサリナが使っていた槍を借りて彼女の首を斬った。
悲しいとか、辛いという感情はなかった。いや、そう思いたいだけなのかもしれない。
少なくとも迷いはなかったし、力が緩むこともなかった。もとから死んでいるのだ。何も気にすることはない。
それをさらにどうしようと、どうにもならない。
そう、どうにもならない。
(ここが『火口』か……)
『【B-2】と記された小さな紙切れ』。おそらくこのエリアの施設と関連があるはずだ。
しかし、地図に記載されているものは『間欠泉』と『火口』のみ。施設というよりは、名所といった方が相応しい。
どちらも一見調べる必要がないように思えるが……。
(いや、それが狙いなのかもしれない)
『敵のアジト』というあからさまなものより、こちらの方が信憑性がある。
そして火口を覗き込んだヒイロは、あることに気がついた。
(妙だ。溶岩を目視できる距離だがそれほど熱気を感じない)
試しにとそばで転がっていた石を火口の中心、赤色を帯びた岩石の中へ放り込む。石はそのまま内部へ吸い込まれていった。
反射もなければ、反動もない。吸収や吸着とも違う。ヒイロは意を決して、そこへ飛び込んだ。
デイバックからロフストランド杖を取り出す。これだけではただの自殺志願者にしか見えないが、彼にその気はない。
上に向けた杖の先端から発生したビームローターが回転し、降下速度を制御する。
ずいぶん前に同じガンダムパイロットである
デュオ・マックスウェルが使っていたのを見ていたため、使い方はすぐにわかった。
そして火口の中心、高熱を宿しているであろうその場所に衝突する刹那、
ヒイロは消えた。
(やはりホログラムか)
そこは周囲とは別世界だった。コンクリートで固められた足場、鉄のプレートが張られた壁面……。
その空間の中心、つまりさきほど石を放ったあたりに大きな穴が開いていたが、ヒイロの目を引いたのはそのそばに置いてあったトランクだ。
すぐに中を検閲しようとするが、ロックがかかっている。解除するにはパスワードを入力するしかないようだが……。
(あの紙が反応している)
発光を始めた紙切れをつまみ上げる。すると紙面に新たな文字が書かれていた。
『 【B-2】
PASSWORD
《MEME》 』
(ミーム? いや、メメか……?)
今気にすることはそこではない。すぐにそのキーワードを入力する。驚くほど簡単にロックは解除された。
それと同時に紙片は空気に溶け込むように姿を消す。不思議に思いつつも中を開けると、そこに入っていたのは通信機だった。
ログが残っていたので、最新のものを閲覧する。
(ジャミングはかかっていない? いや、ここがその範囲外なのかもしれない。あるいはトランスポンダーか)
『
忍野メメ殿、第二回定時放送時点での修復対象結界の状況を通知致します。
【城】バーサーカーによる倒壊に伴い、消失
【神様に祈る場所】両儀式により、消失
【廃ビル】ヒイロ・ユイによる爆破に伴い、消失
【円形闘技場】
平沢唯のジャンケンカード投擲により、消失
《政庁》
荒耶宗蓮による補強を観測。しかし隠蔽されたかは不明。確認されたし
〈太陽光発電所〉施設そのものが崩壊したため、代替地を現地で決定されたし
上記の結界すべてが修復された場合にのみ契約金1億円をお渡しします。
それ以外は契約不履行となり、適宜違約金を支払っていただきます。ご了承ください。
帝愛グループ』
(結界? 何の話だ)
科学が先行した世界の住人であるヒイロにとって、この方面の話はまったく埒外だった。
思考を深めようとしたとき、どこかから物音が聞こえた。通信機をトランクにしまい、ガバメントを片手に、プレートで舗装された横穴を進んでいく。
懐中電灯は使わなかった。こちらの居場所を教えるようなものだ。やがて異臭がむっと鼻をつき、ヒイロはわずかに顔をしかめる。安そうな電球の光が視界に入ってきた。
(何だこれは)
そこにいたのは裸の男たち。その男たちが地面に伏しているのが鉄格子越しに見える。さらにその奥には、同じような鉄格子で遮られた通路があった。
「誰かいるのか……?」
ヒイロの足元の近くに転がっていた男が弱々しい声で尋ねる。銃を突きつけることを忘れずに少年は口を開く。
「お前たちはここで何をしている」
「その声誰だ……? ひょっとして参加者か……?」
「見えていないのか? まさか、目が」
しゃがみ込んで、男の眼球を注視する。ヒイロはわずかに眉を動かした。
「ああ、ずいぶん前にな。もう手足の感覚もない」
男の乾いた笑い声。そしてとうとうと語りだす。『ギャンブル船』でディーラーをしていたこと、そこで多額の損失を出してしまい、『別室行き』としてここに送られてきたこと。
「ここにいる奴らは結界の餌なんだとよ。エリートコースを歩んでいたつもりが、たった一度のミスでこのざまだ」
「結界とは何だ」
「さあ。よく知らないな。他の奴――もう喋らなくなっちまったが――もよくは知らなかったみたいだ。なあ、俺も死ぬのかな」
「ああ、生存は絶望的だ」
生気がまるでない。どれだけ疲弊すればここまで衰弱するのか、ヒイロには見当もつかなかった。
「そうか。頼む、俺ごとここを破壊してくれ……。どうせ死ぬ命なら、少しでもあいつらに一矢報いてやりたい……」
紫色の唇が震えている。ここで手を下さずとも、まもなくこの男は死ぬだろう。それでも、なぜかその望みを叶えてやりたい気になる。
「帝愛を……遠藤を止めてくれ……あんなのは、誰も幸せにならない。周りを……不幸に……するだけだ」
光を失った瞳から、涙がこぼれ落ちる。かすれた声はさらにひどくなり、もうヒューヒューと空気を吐くだけの音にしか聞こえない。
「――――任務、了解」
ヒイロは立ち上がり、はっきりとした足取りで鉄格子から数メートル離れ、デイバックを開く。
現れたるは、自身の愛機が扱う一騎当千の火砲。ほのかにたなびく赤き粒子を帯びたそれを躊躇なく檻へと向ける。
「今、楽にしてやる」
男は薄く、儚く、虚ろに笑う。そしてぎこちなく唇をうごかした。
あ、り、が、と、う
■
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最終更新:2010年02月06日 22:52