ナザリック大墳墓の幹部である階層守護者達の統括を務めるアルベドは、その立場に相応しい知勇兼備の優れた人物である。
 役職にある通りナザリックの運営管理は彼女に任されており、全十層からなり多数のモンスターを有する広大なナザリックの管理をつつがなくこなしている才女だ。
 彼女は、例えばナザリックの外に出て謀略に励んでいるアインズに次ぐ知者デミウルゴスなどと比べて、派手な成果に欠ける部分はあれど、その知恵と知識は彼に勝るとも劣らずと言われている。
 知勇兼備とは言うが、ナザリックの中に居る事の多い彼女に勇の部分を振るう機会はほとんどない。
 となれば彼女の活躍は知性による所が大きく、彼女の功績はその大半が高い知能によってもたらされたと言っていいだろう。
 そうやって証明された彼女の有用な知性は、この殺し合いの場所に拉致され右も左もわからぬといった立ち上がりの時には、最も有効な武器となりえるものであるはずだった。
 はずだった。

「アインズ様ああああああああああああ!」
 そんな絶叫と共に、アルベドはビルの中を駆け回る。
 一室一室扉を開けて確認し、時にゴミ箱の中まで丹念に調べ、ちょっとどきどきしながら男子トイレの中とかも覗き込みつつ、何処にも居ないと絶望する。
 アルベドは一時皆が集められた部屋からこのビルの中に飛ばされ、アインズも共にこのふざけた催しに巻き込まれてると知るや、爬虫類顔でこのビルの中を走り回り始めたのだ。
 殺し合いやら首輪やらという危険要素を考えれば、誰が居るかもわからないという状況を考えれば、極力目立つ行為は避けるべきだ。それは全参加者の共通認識と言っていいだろう。
 そんなもの、ほんの数秒冷静になる事が出来ればアルベドにだって即座にわかる事だ。だが、今のアルベドにそのほんの数秒を求めるのは無理があるようで。
 百年の恋も一発で醒めるよーな顔、この手の顔を既に何度もアインズには晒しているので今更ではあるが、で手近な所をアインズ求めて走り回っているわけだ。
 同僚のデミウルゴスは、どうやらアルベドがある程度の失態を晒す事は予想の内であるようだったが、さしものデミウルゴスもここまでの有様になるとは想像だにするまい。これにはアインズ様も苦笑いであろう。
 ビルの一階から順に、遂に最上階までの検索を終えるたアルベドは最後の階段を駆け上り、屋上へと飛び出す。
 そして、ようやく、何とかかんとか、ビルの探索なんてしても全く意味なんて無い事に気付いた。
 ビルの屋上から見下ろす景色は大きく広く、アルベドはこの中から何としてでも主、アインズ・ウール・ゴウンを探し出さなければならないのだ。
 きょろきょろと左右を見回した後、誰も居ないのを確認しつつ、こほんと咳払い。
「こ、殺し合いとは一体どういう事かしら。それに私はナザリックに居たはず……」
 凛々しい、美々しい顔つきに戻って思考を開始する。今更取り繕った所で、晒した無様は消えはしないが。
「……ふん。それに、さらわれたというのなら当たり前だけど……」
 装備品の全てを奪われたのは、許せぬし痛い。というか、冷や汗がちょっと止まってくれそうにない。
 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンが所有するワールドアイテムを預かっておきながらこれを紛失した、なんてどんな顔してアインズに言えばいいのか。
 またアルベドの極めて大きな優位点、超位魔法ですら三度までなら無傷で防ぐだろう、スキルと装備のコンボも鎧を失った事で使えなくなっている。
 多分、というか間違いなく、アインズに怒られる。超怒られる。もしかしたら怒鳴りつけられるかもしれない。失望したぞなんて言われた日には立ち直れる気がしない。
「ああああああああああああああ~~~~~~~」
 その場にへたり込むアルベド。
 どうしよう思考が一回りした後で、アルベドは震えながらであるが立ち上がる。

「そうよ、例えアインズ様の叱責を受けるのが確実でも、今私がすべき事は、一刻も早くアインズ様の下に馳せ参じ、この危急の事態を解決する事。ならこんな所で落ち込んでる場合じゃないわ」
 こうしてようやく、アルベドはまっとうな活動を開始した。デミウルゴスと比べると丸々二時間の差があるがこれは能力の差ではなく、アインズが絡むとポンコツ化し易い当人の性質によるものであろう。

 ビル一階に放置しておいたバッグを回収し、参加者名簿、地図、そして殺し合いのルールが記された書類を読み終えたアルベドは、バッグの中に入れてあるという支給品とやらを探す。
 どうせ大したものでもない、とも思う。自身の能力の高さを考えるに殺し合いをそれなりに殺し合いとして成立させる為に支給品を配しているのだとしたら、自分にはロクなものが支給されていないだろうという予想もあった。
 しかし、出てきたのはとてもバッグに入るとは思えぬ大きな金属の箱、というか筒というか。
 魔法に慣れ親しんでいるアルベドにとって、質量保存の法則のガンスルー自体はそれほど抵抗は無い。ただ、この精緻に作られていると思われる金属筒は初めて見るもので、同封されていたそこそこの厚みの説明書には、僅かながら興味を引かれた。
 説明書を読み進めていくと、驚くべき事に、どうやらこの支給品はアルベドにとってもなかなか有用なものであるらしい。
 『ストライカーユニット』という名のコレは両足にそれぞれ一つづつ装着し、魔力の増幅と飛行能力を得られる装備だ。
 記述を見る限りでは少ない魔力の者を何とか戦闘に耐えるレベルに持って行く、そんな意図で作られたものであるようだが、飛行能力に加え魔力の増幅効果があるというのなら悪くは無い。現在全く装備を持っていない事でもあるし。
 この装備を用いて何処の誰がどう戦ってきたか、この装備にどんな歴史があるのか等の簡単な略歴を見たアルベドは誰に言うともなく呟く。
「ウチで言うのなら、ナザリック・ウィッチーズとでも言ったところかしら。数が揃うのならプレアデスに支給するのも悪くないわね」
 アルベドはこのユニットよりも、オプション装備である所の細長い銃器とやらの方にこそより強い興味を引かれたが、生憎と両足につける部分しか支給はされていない模様。
 ただ、問題が無いわけでもない。
「……下、履いちゃいけないみたいね、コレ」
 丈の長いスカートやズボンは、ユニットの機能を阻害する可能性がある。仕方が無いのでスカート部を脱ぎ下着のみでまず試してみる。
 床に座りながら、横に寝かしたユニットにズボンをはくように両足を入れていく。
「何か、これ、色々とマズイんじゃないかしら? この状態で戦闘出るって……設計がそもそも間違ってない?」
 多分これの正しい制服は丈の物凄い短い半ズボンのようなものなのだろう、と予測するアルベド。それでも相当際どい事になりそうだが、まさか今の自分の姿が正式採用されてるなど想像の埒外である。
 両足を入れると、ユニットはすぐに反応してくれた。説明書にあった通り、両ユニットの先端部にある回転翼が勢い良く回り出す。
 このままであれば翼が床をきりつけ、アスファルトが台無しになるのだろうが、アルベドはユニットに浮遊感を感じるや否や、腹筋のみで倒していた上体を起こしながら、足を地面に対し垂直になるよう強く引きつける。
 レベル100NPCは伊達ではない。この程度のバランス感覚当たり前のように持っているし、そもそも説明書を読んだ時点である程度ユニットの機動の仕方も把握していたのだ。
 ユニットの下端が地面から三十センチ程離れた所で、アルベドはホバリングするヘリコプターのように正しい姿勢で綺麗に停止していた。
 地面に描かれる魔法陣。これは滑空に用いられる魔力フィールドで、ここまで、アルベドはストライカーユニットを完璧に使いこなしていた。
 だが。
「何、これ」
 魔力の増幅がどれほどのものか、自分でそれと感じ取る事の出来るアルベドは、このユニットのせいで逆に自分の魔力が抑えられている事にすぐに気付けた。

 当たり前であるがユニットの耐久度を越える、或いは耐久度を著しく損なうレベルでの魔力発動は、ユニットが制限する所となる。というか普通この機能がついてない機械なんて無い。おしゃかになるまで回せるエンジンなんて、まっとうなエンジニアが作るはずはないのである。
 また魔力の性質に問題があるのか、アルベドのそれではユニットが想定している程の出力を得られていない。過剰出力であるはずなのに、必要な動力を得られていないという意味のわからない状況である。或いは使い魔の有無が問題なのかもしれないが、現時点で原因追及の手段は無い。
 にこりと微笑み、アルベドはその場で後ろに仰け反る。そして蹴り出すように空中でユニットから両足を抜き取り、そのまま後方宙返り。
 くるりと回った後、怒りと共にストライカーユニットを蹴り飛ばした。
「使ええええええええん!」



 ストライカーユニットと説明書をその辺に放り捨てたアルベドは、忘れる事なくパンツの上に覆うものを身に付け、探索を開始する。
 アルベドは、何処かで見た事があるような、それでいて目新しいとも感じられる不思議な町並みを歩く。
 耳を澄ませば、深夜の静寂故か水が流れる音がする。
 後は、こつこつと小さく響く自分の足音。
「……何か用かしら?」
 足音も無く迫り寄って来たソレに声をかけるアルベド。
 闇の中から、ぼうと薄ら白い顔が浮かび上がる。
「お初にお目にかかります。わたくし、斗和子と申します」
 闇に見えたものは真っ黒な衣服で、顔と手だけが白く不気味に浮き出ている。そんなホラー仕立ての登場にも、ナザリック大墳墓階層守護者統括アルベドが怯えてやるいわれはない。
「で? 身の程知らずにも殺し合いとやらに加わって私に挑む気かしら?」
 斗和子はゆっくりと首を横に振る。
「めっそうもない。まずはご挨拶をと……私も見た事がない、力あるバケモノとお見受けしましたので」
「そう、身の程を知っているのは何よりよ。質問に答えなさい」
「何なりと」
「偉大にして崇高なる気配を漂わせ知性と野生の両立を最も高いレベルで成立させた気品溢れる容貌を持つ御方を見かけなかったかしら?」
 思わずつっこまずにはいられないだろうアルベドの言葉にも、斗和子は全く動じた様子は無い。
「いえ、申し訳ありませんが」
「そう……では、上下赤のスーツを身につけた耳の尖った男か、銀髪真紅の瞳を持つ小柄な少女は?」
「いえ」
 これ以外にもアルベドは他の名簿に書かれていない階層守護者の外見的特長を述べ聞いてみたが、返事は一緒であった。
「あ、そう。じゃあもう用は無いわ」
 取り付く島もないアルベドに、斗和子は穏やかに声をかける。
「そうおっしゃらず。もし探し人があるというのでしたら、微力ながらわたくしもお手伝いさせていただきましょう」
 アルベドは無遠慮な視線を斗和子に向ける。
「何が出来るの、貴女?」
「化物並みに戦を少々と、人をたぶらかすのを得手としております」
 その少々がどれぐらいか知りたいんだけど、と言いかけてやめる。共通の比較対象物が無い状態で何を言い合った所で不毛なだけだ。
「……で、見返りは何を望むの?」
「我が仇、この地に招かれている蒼月潮の抹殺でございます」
「ソイツは何者? 少しは骨があるのかしら?」
「ニンゲンの男で、年は十四……」
 思わず噴出してしまうアルベド。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。貴女、見た所それなりには動けそうに見えるけど、それで人間に勝てないの?」
 斗和子はゆっくりともったいぶって口を開く。
「蒼月潮は、獣の槍の持ち主なのです」
 が、文字通り住む世界の違うアルベドには獣の槍とか言われても良くわからない。

「それが貴女が勝てない原因? ま、どうせ大した武器でもないんでしょうけど。……いいわ、欠片でもその槍に見るべき価値があるのなら、我が主にこれを捧げるとしましょう」
 小さく頭を下げる斗和子。そのままの姿勢で斗和子は訊ねる。
「恐れながら、貴女様の主殿は今、こちらに来てらっしゃるので?」
 アルベドの表情が険悪に歪む。
「そのようね。この名簿とやらを信用するのならば、だけど」
 斗和子はやはり頭を下げたまま問う。
「よろしければ、貴女様の主殿のお話をお聞かせ願えませんか? お見かけした時、万が一にも見間違えたりしないように」
 アルベドは考える。この女はお互いの戦力差をどうやらきちんと測れる程度には力を持つらしいし、その上で下手に出ているというのであれば下手な真似はするまい、とアインズの外見を言って聞かせてやろうとする。
「我が主、至高の御方……」
「ぶっ」
 そこで、斗和子が突然噴き出した。何事、と頭を下げたままの斗和子に目を向けるアルベド。彼女の肩は小刻みに揺れていた。
 斗和子は小声で、ぼそぼそと呟く。
「……もし仮に、この名簿に我が主の名が記されていたとしたら、私はその記述を信じる事は無いでしょう。絶対にありえないと断言出来ますから。私をかどわかす力の持ち主であろうと、それは絶対にありえません」
 アルベドは怪訝そうな顔で斗和子を見下ろす。
「なのに、くすくすくすっ……そんな、今こうして首輪をつけられ何処の馬の骨かわからないようなのに良いようにさらわれて来た者を指して、くすくすくすくすくすくすっ……よりにもよって至高なぞと……」
 顔を上げた斗和子。その表情を見たアルベドは、それを宣戦布告と受け取った。
「何と滑稽極まりない事でしょう。獣の槍も知らぬ田舎妖怪が大言壮語を抜かすものです。ほほっ、ほほほほほっ、ほほほほほほほほほほほほほほほほ!!」
 耳の側まで口が裂け、ずらりと並んだ牙が音を鳴らす。
 斗和子はまず舌戦にての反撃があると思っていたのだが、アルベドはというと速攻で手を出して来た。
 横っ面を平手で殴打され、ブロック塀に頭から突っ込む斗和子。崩れるブロックの下敷きになった斗和子であるが、アルベドはそれで終わらせるつもりはないらしく、すたすたと倒れる斗和子の元へ歩み寄って行く。
 大して効いていないとでも言いたげに、ゆっくりと起き上がろうとする斗和子の顔面を、アルベドは爪先で蹴り上げる。
 上体が跳ね上がり、仰け反るように後ろに倒れる斗和子。アルベドはその髪を片手で掴み、鼻から血を流す斗和子の顔面に膝蹴りを何度も何度も何度も何度も、叩き込む。
 執拗に繰り返すアルベドの膝を、十数回目の攻撃に合わせ斗和子は大きく開いた口で受け止める。いや、受け止めるというより喰らい付いたという方が正しい。
 そのまま斗和子は食いちぎりにかかるが、アルベドの硬い表皮の表面を削る程度しか出来なかった。
 口元に滴る血をなめとった斗和子は、アルベドのすぐ側に立ちながら、喉に染み込む味の感想を述べてやる。
「あ~~、田舎臭い味ですわねぇええええええええ」
 鼻を付き合わせる程近くで睨み合いながら、アルベドもまた笑顔で返す。
「手加減するの、そろそろ面倒になってきたわ。このままじゃあっさり殺しちゃうじゃない、もっと頑張りなさいよ。この後、貴女の主とやらも丁重に嬲り殺してやらなきゃならないんだし、時間無いのよ、私」
 今度は、アルベドが横っ面を殴り飛ばされる番であった。
 手は動いていない。足も。一体何かと思えば、斗和子の背後より生えた巨大な尻尾の一撃であった。
 殴り飛ばされたアルベドはブロック塀を付き抜けた上で、更にその奥の民家の中へと叩き込まれる。ここに、斗和子の尻尾が更なる追撃を加える。
 鋭く分厚い尻尾の一撃を、アルベドはゆっくりと身を起こしながら、片手を上げて防ぐ。いや、防ぐのみならず。飛来した尻尾の表面を押し出すようになでると、斗和子の尻尾が突如正反対の方向へと進路を変える。その先には斗和子が居る。
 土煙が上がる程の衝撃。自らの尻尾の直撃を受けた斗和子であったが、煙が晴れるとまるで痛痒を感じていない顔で、斗和子が真の姿、長い髪を無造作にたらした尻尾の生えた巨大な全裸の女の姿を取っていた。
 斗和子はじっとアルベドを見つめた後、手近にあった瓦礫を手で拾い、試すようにアルベドへと投げる。瓦礫は、アルベドに辿り着く事なく跳ね返って斗和子の方へと跳んで来た。
 瓦礫を手で払って落とした斗和子は、その技に少し驚いたようだ。
「あら、まあ。珍しい術を」
 心底から馬鹿にしたようにアルベド。
「児戯に等しいわよ、この程度」
 言うが早いか一瞬で距離を詰めるアルベド。その振り上げた拳が、斗和子に直撃。する寸前で止まった。

「!?」
 アルベドが殴りかかる以上の圧力が、殴りかかった拳の表面にのしかかる。いや、更に衝撃は膨れ上がり、アルベドの全身に襲い掛かるとこれを弾き返した。
「ほーーーーーっほっほっほっほっほ! そうね! こんな児戯にひっかかるお馬鹿さんも居るわねえええええええ!」
 斗和子もまた、アルベドの用いた反射に似た技を持っていたのだ。
 斗和子は、次はアルベドの反射限界を試してやると言わんばかりに伸ばし巨大に膨らんだ尻尾を縦横よりアルベドへと叩き付ける。一度や二度の攻撃ではなく、何度も連続で振り回す事で反射可能頻度も確認するつもりだ。
 全弾反射も覚悟していた斗和子であったが、アルベドはこの尻尾の攻撃を弾かず全て受け止めにかかる。
 一応、申し訳程度に腕で受けるような真似もしているが、斗和子の尻尾乱打が早すぎてその全てを腕では受けきれず、半分以上を胴なり足なり頭部なりにもらってしまっている。
 だが、打ち込んでいる斗和子にはわかる。叩き付けた瞬間でも、アルベドは尻尾の衝撃に対し微動だにしていないと。
 数十回の打ち込みを終え、斗和子は尻尾を戻し、アルベドの様子を観察する。
 アルベドは、もう終わりかと言わんばかりに、つまらなそうにその場に突っ立っていた。
 さしもの斗和子も驚きを隠せず。斗和子の尻尾は、見た目の質量以上の脅威であるのだ。それを、かなりの数もらいながらまるで痛痒を感じぬとは、斗和子程の大妖を持ってしてもその頑強さは比肩すべき妖怪を思いつけぬ程だ。
 ただ、アルベドもアルベドで若干手詰まりの感がある。斗和子の反射を破れぬとは思わないが、それで斗和子をしとめ切れるかといえばあまり自信が持てないのだ。
 防御能力に極めて優れたアルベドであるが、それは攻防のバランスを防に大きく割り振ったという事で、その劣った攻撃能力を補佐する装備が無いのだ。
 双方決め手に欠ける。そんな膠着状態を破ったのは、斗和子の方であった。
「なるほど。貴女は守りに長けているようですね。でぇはぁ、こういった、趣向は如何でしょうかぁ?」
 再び斗和子は長大な尻尾を振り上げ、アルベドへと振り下ろす。
 アルベド、その尻尾の性質が変化した事に気付き、頭部を両腕で覆う。降り注いできた尻尾は、アルベドの頭上で炎の塊と化した。
 さしものアルベドもその表情が変わる。白面の者の分身たる斗和子の最も得意とする術が炎の術なのだ。そしてこの炎はどうやら、各種防御スキルを備えたアルベドの壁を、突破するに足る程のものであったようだ。
 切り札を切ってしまった斗和子だが、これが効くとわかれば遠慮する理由なぞ何処にも無い。
 炎の尻尾でアルベドを打ち据えんと、再度これをふりかざす。アルベドは、笑っていた。
「……これは、もう言っていいのかしら? 良いわよね? ……馬鹿め」
 炎と化した尾を突き抜けて、アルベドは斗和子本体へと走る。
 咄嗟に斗和子は口から炎を吐き出す。これもまた、強烈無比な一撃である。だが、耐えてみせると覚悟を決めたアルベドを消し飛ばすには火力が足りない。
 吐き出す炎を突き抜けて、アルベドは確信をもっていた一つの事柄を確認する。
「ああ、やっぱり。素の腕力は、私の方が上みたいね」
 尻尾の威力からアルベドは斗和子の身体能力を計っており、今、こうしてがっちりと斗和子の胴体を掴んだこの手を、彼女は容易に外せなかろう。
 アルベドは斗和子を掴んだまま走る。勢いを殺さず、完全にバランスを崩した斗和子を抱えるようにして。
「き、キサマッ! 何のつもり!?」
「さあ、当ててごらんなさい」
 斗和子の尻尾が空中で奇妙に翻り、走るアルベドの背を叩く。当然、アルベドの走る速度は変化無し。斗和子は炎を吐き出そうにも、がっちりと首元まで固められている為別方向を向く事が出来ない。
 アルベドはその姿勢のまま、あると当りをつけていた川に、勢い良く飛び込んでいった。

 アルベドはそれまでの斗和子の技を見て、攻略法を考えてはいたのだが、変な奥の手でも持っていて覆されては面倒である。
 なので優れた防御を誇示し、こちらに通じそうな大技を出させてから仕掛けようと考えたのだ。

 尻尾を炎にして襲い掛かってきた時、炎の術こそが斗和子の切り札であり、また得意とするものであると判断した。そして得意とするものである以上、恐らく斗和子に炎は効かない。
 奥の手の一つは、自らを巻き込んだ広範囲炎術あたりであろう、と予想する。とはいえ、いずれ炎の術ならば、水の中に入ってしまえば使えまい。
 後は、斗和子の反射を破る術だ。
 首をがっちり固めていた腕を緩めると、斗和子の驚愕に歪んだ顔がアルベドにもはっきりと見える。緩めたとはいえ、斗和子が足掻こうともだえようと、アルベドが掴んだ手からは逃げられない。何故なら水中に沈んだ事でフリーになった両足で、斗和子をがっちりと捕まえているのだから。
 そのまま水底に落着。じんわりと川底の泥が周囲に舞い上がる。
 アルベドは、頃合や良しと片腕を外し、斗和子の顔面に片手を拳槌の形にして叩き込んだ。
 反射の衝撃がアルベドの腕にのしかかるが、あるとわかっていればそれほど困るものでもない。腕力任せに振りぬいて、斗和子の顔を痛打する。
 暴れる斗和子。しかし、水底でもがいた所で、多少浮き上がる事はあっても斗和子は逃げられない。力は、アルベドが上なのだ。
 力の入らぬマウント紛いからの一撃なぞ恐るるに足らず、なんて常識的な判断はアルベドには通用しないのだ。そしてアルベドの膨大なまでの体力で延々と拳打を続ける。斗和子が、滅びるまで。
 斗和子の反射は一打一打に反応し、アルベドに襲い掛かっているのだがそんな衝撃如き、アルベドは一顧だにしない。避けるのすら面倒だと言わんばかりだ。
 斗和子が暴れるせいで周囲には泥や水泡が溢れ視界は極端に悪くなる。それでも、水中では一定の間隔で、強くくぐもった衝撃音が響き続ける。
 既に斗和子の顔は半ばまでが潰れひしゃげているが、アルベドは絶対に腕を止めない。抑えつける両足から斗和子の抵抗する力が伝わり続けているのだから。
 アルベドは殴り続ける。暴れる動きさえ封じ水中に沈めておけば、厄介な、強力な、アルベドを傷つけるに足る炎の術は使えまいと。

「なあああああああんてねぇえええええええ」

 全ての準備が終わった斗和子は、半ばまで潰れた顔で、醜悪に相貌を歪めた。
 急激に、斗和子とアルベドを包む水の温度が上がっていく。
 何が起こったのか、一瞬の間の後、アルベドは理解した。斗和子の炎は、水中であろうと燃え続け周囲を熱しうる不条理の炎であったと。
 ただ、斗和子側にも準備の必要があり、ここまでアルベドに好きにさせるしかなかったのだ。この間の猶予時間で、斗和子を殺し尽くせなかったアルベドは満を持した斗和子の反撃を食らう事となる。
 声にならぬ悲鳴を上げるアルベド。
 周囲の水は溶岩もかくやといった温度に達している。今度はアルベドが逃げる番だ。必死に身をよじって斗和子から逃れる。まだ腕力はアルベドが有利なので、何とかその拘束を解き水上へと浮かびあがらんとするアルベド。
「だああああめよおおおおおおお」
 水中でどうやってしゃべっているのか皆目見当が付かない斗和子の駄目出しは、時間をかけて周囲一体を炎の尻尾で結界に封じていた為である。
 抑え込まれた斗和子が暴れて動き回っていたのは、周囲を移動する炎となった尻尾が水泡の山を作り出すのを誤魔化す為であった。
 そして既に、全ては封じ終えてあり、アルベドは炎の尻尾に引っかかり更なる高温に身も世も無い悲鳴を上げる。その声は、水中にかき消え外に伝わる事は無かったが。



 アインズ様! 申し訳、申し訳ありません! アルベド、不覚を取りました!
 かくなる上はせめても奴より腕の一本でも奪い、アインズ様に僅かでも…………

 僅かでも、アインズ様の、お力に…………



 い、嫌よ。もう、終わりなんて嫌。もう二度と、アインズ様にお会い出来ないなんて、嫌っ。

 わかってる、ナザリックの守護者統括として、私がなすべき事はよくわかってる。
 それでも! 私はアインズ様ともっと居たいの! アインズ様を見ていたいの! もっと、愛して欲しいの!
 お願い、それさえ適うのなら、私は何だってするから! もっと、アインズ様と一緒に居させて! ううん! 一緒に居たいのはアインズ様じゃないっ!

 モモンガ様! アインズ・ウール・ゴウンではない、最早その名を背負う必要も無くなって、たった一人のモモンガ様となった貴方と! 私は共に歩んでいきたいのです!
 私が! 私だけが! 貴方と共にありたいのです! ですから! 助けて……、助けて…………モモンガ、さ……………ま…………






 川辺から身を引き上げた斗和子は、土手の階段状になっている場所まで昇ると、階段によりかかるようにして倒れる。
「か、勝った……勝ちました。偉大なる御方よ……」
 顔から煙が上がっている。だが、その修復速度は亀の歩みの様に遅い。
 著しく体力を消耗したせいで、身動きがまるで取れない。
 このまま、全身が脱力するに任せて目を閉じてしまいたい。そんな欲求に全力で抗い、斗和子は黒い服を着た人間の姿へと変化する。
 こんな有様ではしばらくの間、直接戦闘は控えなければなるまい。
 斗和子は自らが犯した致命的な選択を悔いていた。
 これほどのバケモノだとは、正直思わなかったのだ。
 横柄で居丈高な態度は妖怪ならば皆多かれ少なかれ持っているものだ。それをいなすぐらい斗和子にとっては造作も無い。
 だが、獣の槍も知らぬ無知な愚か者が、誰かの下に、それも大した事無さそうな者についているらしいと聞いて、これでは役に立たぬだろうと切り捨てたのだが、実際手合わせしてみればとんでもない怪物であった。
 この調子では、コレの主と呼ばれる者がどれほどのものか想像もつかない。だが逆に、それほどの者を味方につけられれば打倒獣の槍も大いに進むのではなかろうか。
 それがどんな相手なのかはわからない。主どころか斗和子は殺した女の名前すら知らないのだ。
 反省点は多い。今後は、他者との接触はより用心して行わなければならないだろう。斗和子は全身の悲鳴を無視して身を起こす。
 見た目的には、もう普通の人間と変わりない。これなら交渉だけならば可能だろう。
 しばらくは、体力回復も兼ねて情報収集と情報操作に徹しようと、心に決めた斗和子であった。



【アルベド@オーバーロード】死亡
残り68名



【D-4/黎明】
【斗和子@うしおととら】
[状態]:甚大な消耗
[装備]:
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本方針:
1:蒼月潮を殺してくれる人間を探す
2:光覇明宗の狙いを探る


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最終更新:2016年08月08日 00:43