例えばいきなり小学生が殺し合いに巻き込まれたらどうするだろう。
普通なら恐怖から泣き喚いたりしてパニックに陥るだろう。
もしくは現状を理解できずに狼狽えるだろう。

だが見た目は小学生でも灰原哀は違う。

そもそも実年齢が小学生でない事に加えて、これまで様々な死の危機に直面してきた。
だから幸か不幸か人の死には慣れてしまっていたが、今回はそうはいかなかった。
今まで灰原が見てきたのはどれも人の範疇に収まるものばかりだった。
殺しの動機も、手段も、犯人も、全て人が解き明かせるものだった。
しかし先程灰原の目の前で繰り広げられた一連の出来事は人の理解の及ばないものだった。
しかも化け物に殺されかけるという場面を目の当たりにしたのだ。
さすがの灰原も冷静に状況を整理するまで若干時間を要した。
とはいえ、冷静に状況を整理するまで持ち直した事は上出来だろう。
まず灰原が行ったのは情報の整理。
デイパックの中身を確認して、次いで参加者名簿に目を通した。
そこには最初の場所で既に存在を確認していた『江戸川コナン』と『毛利蘭』の名前の他にも見知った名前があった。
その中でも灰原が最も警戒した名前は『ジン』――黒の組織の幹部クラスであり、灰原とも因縁浅からぬ間柄だ。
ただ『ジン』というのはコードネーム且つシンプルなものなので、最悪この『ジン』が灰原の知る者とは別人という可能性もある。
だがその真偽が判明するまで最大限警戒していて損はない。
一方で灰原の見知らぬ名前で最も警戒した名前が『ハク』だった。
黒の組織の構成員は全員『ジン』のように酒の名前をコードネームに使用している。
そして酒の中には『白酒』というものがあり、そこから『ハク』というコードネームを持つ者がいるかもしれない。
さすがに考えすぎかもしれないが、残念ながら灰原も黒の組織全員のコードネームを知ってはいない。
先の『ジン』と同様に真偽が判明するまで警戒するに越した事はないだろう。
そもそもこの参加者名簿に記載されている名前には偽名があちこちに散見している。
『江戸川コナン』や『灰原哀』はもとより『ジン』や『ハク』といった黒の組織絡みと思しきもの。
『とら』や『ヤモリ』といった動物の名前、挙句には『めぐみん』や『らぶぽん』といったふざけているとしか思えないものまで。
これではどこまで真剣に考えたらいいか分からなくなる。

と、一見すると冷静に物事を考えているように思える灰原だったが、実は失念している事があった。

先程黒炎に殺されかけた時に灰原の命を助けてくれた全身黒尽くめの符術師。
強引に朏の陣を破ったせいか全身に負った夥しい傷跡から血を流しつつも目の前で幼き子が殺されるのを許せなかった。
ただその理由から信念に殉じて命を散らした男。
残念ながら灰原はその男の名を知らなかったが、その姿ははっきりと脳裏に刻まれていた。
ただし自分の隣を横切った際に若干の血を浴びた事には気付けていなかった。
血の臭いというものは案外無視できないもの。

特に人間よりも嗅覚に優れた動物にとってはなおさら。

「ワンッ」
「きゃ!?」

     ◆    ◆     ◆

(前足で襖を開けるなんて、ずいぶんと器用な犬だな)

目の前で少女とじゃれている犬に感心しつつ、キリオはここまでの事を思い出していた。
そもそも引狭霧雄と太郎丸の関係は儀式の参加者と支給品という関係だ。
デイパックに入っていた物を確認している最中に見つけたキリオに与えられた支給品の一つ。
それがこの犬、太郎丸。
ご丁寧に「太郎丸 学園生活部所属 かわいがってください」という説明書付きで。
この場に九印がいない寂しさが少しでも紛れるのかと考えたが、悠長に感傷に浸っている暇はない。
白面の者との最終決戦までもう時間がない。
時逆・時順の協力の元で白面の者の誕生を調べ終わって現代に帰還したと思ったら気づいたら蟲毒なる儀式に巻き込まれていた。
しかも壇上で説明をしていたのはキリオと同じく光覇明宗の法力僧。
その中でも大僧正・和羅に次ぐ地位にある者達……のはずだ。
実はキリオはその確信が持てずにいた。
やや距離があって定かではないが果たしてあの4人はあのような人相だっただろうか。
もっともキリオは4人とそこまで面識があるわけでもないので、思い過ごしかもしれない。
そもそも光覇明宗がこのような悪辣非道な行いをするとは思えないという認識からくる思い込みかもしれない。

「ワンッ」
「ん、あっ、待ってよ」

そんな堂々巡りに陥りかけていたキリオの思考を中断させたのはいつのまにかキリオの周囲を徘徊していた太郎丸。
そしてそんな太郎丸が足を向けた先が現代に似つかわしくない街並みの一角に聳える旅籠屋白楼閣。
その一室に隠れるように潜んでいた少女を見つけて今に至る。

「君、灰原哀ちゃんだね。さっき誰かに名前呼ばれていたから覚えているよ」
「……ええ、そうよ」
「その、あの男の人は……」
「あなた、あの人のこと、知っているの?」
「……いや、残念だけど知らないよ」

太郎丸を引き剥がしつつ、キリオはなるべく警戒されないように落ち着いて声を掛けた。
灰原哀とはほぼ初対面だが、先程の出来事のせいもあって印象に残っていた。
危うく黒炎に殺されかけたところを寸でのところで符術師に命を助けられた少女。
ここで疑問なのは助けて死んでいた男。
あの発言から察するに男は光覇明宗と関わりのある人物らしいが、キリオには心当たりがない。
4人の高僧の地位まで把握しているとなるとそれなりに関係のある人物のはずだが……。

「僕はキリオ、引狭霧雄。こいつは支給品の太郎丸」
「へえ、支給品って武器だけじゃなくて動物もいるのね。私のは――」

ちなみに残りの支給品はベレッタM92(サイレンサー付き)という拳銃だった。
武法具と西洋魔道の融合を目指した引狭の名を持つ者キリオにとっては皮肉の利いた支給品かもしれない。
だが灰原が取り出した支給品はそれ以上に皮肉の利いたものだった。

「――この槍よ」
「それは、獣の槍!?」

獣の槍。
それは白面の者を倒すべく作られた妖器物。
キリオはその槍の伝承者候補の一人であり、槍を破壊しようとした過去を持っていた。
そこで否応なく思い出すのはキリオを育て上げ母と慕ってきた斗和子。
実際は斗和子の正体は白面の者の分身であり、キリオを育て上げたのも全ては獣の槍を破壊するため。
最期もキリオの心を踏みにじってキリオの手で消滅させられたが、完全に割り切ったわけではなかった。
こんな感傷に浸ってしまうのはおそらく名簿に斗和子の名前が載っていただけでない。

「なに、私の顔をじっと見つめて」
「あ、うん。ちょっと母さんに似ていて……」

灰原の声がどことなく斗和子と似ているせいもあった。
だが当の灰原はキリオの発言を聞いた瞬間、さっとキリオから距離を取っていた。
その際「マザコン?」と微かな囁きが聞こえた気がするが、気のせいだろう。

「えっと、その槍、渡してほしいけど、ダメかな?」
「…………」
「その代わりこの銃を護身用に持っていたらいいよ」

本当は小学生に護身用とはいえ拳銃を持たせるのは間違っている。
だがここは殺し合いの場。
しかも獣の槍の危険性を考えれば槍よりも拳銃を持っていた方が安全だろう。

「……分かったわ、槍と拳銃の交換ね」
「ん、ありがとう」
「あと、お願いがあるんだけど……」

     ◆    ◆     ◆

キリオは何か隠している。
先程のやり取りで灰原が下した結論がそれだった。
おそらく十中八九キリオは光覇明宗の関係者だろう。
その理由は主に二つ。
一つは灰原を助けた男を聞いた際に言い淀んだ事。
あの黒尽くめはジンのように組織の者を連想させるものだが、少なくとも命を助けてくれた事は感謝している。
出来れば名前ぐらい知っておきたいが、都合よく知り合いに会うのは難しいだろう。
だがあの男は壇上の僧侶たちに対して「光覇明宗の中でも指導する立場に位置する貴様ら」と言っていた。
このふざけた殺し合いを仕組んだ者の正体を知っていた男。
その素性に心当たりがあるという事は光覇明宗についても何か情報を持っていてもおかしくない。
もう一つは獣の槍を知っていた事。
実は灰原が獣の槍の名を耳にするのはキリオで二回目だ。
一度目は先程黒炎に殺されかけた時に光覇明宗の僧侶の一人が言った言葉。

――どれだけ足掻こうとも無駄だ! 獣の槍の伝承者よ。

この短い期間で聞いた同じ単語が無関係とは思えない。
どういう理由で隠しているかは知らないが、警戒するに越した事はないだろう。
だが幸いな事にキリオはすぐに灰原に危害を加える気はないようだ。
もしその気があったなら最初に持っていた拳銃で殺していたはずだ。
だからこそ槍と拳銃の交換に応じたのだ。
先に相手が欲しがっている物をあげてしまえば奪うという選択肢は消える。
しかも槍よりも拳銃の方がいざという時に身を守るのに使える。
もっともその拳銃はジンがよく使用していた物で気が進まないが、この際贅沢は言っていられない。
それにまだ手元にはキリオに教えていない支給品もある。

(さて、下手に心変わりされる前に用事済ませないと)

見張りを頼んでおきながら警戒を怠ることなく、灰原は血の臭いを落とすために風呂場に向かうのだった。

【B-2 白楼閣/深夜】
【灰原哀@名探偵コナン】
[状態]:健康、強い警戒心、若干の血の汚れ
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、サイレンサー付きベレッタM92(17+1)@名探偵コナン、不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:
1:風呂場で血の汚れを落とす。
2:あの時助けてくれた黒尽くめの男の名前が知りたい。
※現時点で判明している警戒対象:『ジン』(知っているな名前の中で一番)、『ハク』(見知らぬ名前の中で一番)、『引狭霧雄』

【引狭霧雄@うしおととら】
[状態]:健康
[装備]:獣の槍@うしおととら、太郎丸@がっこうぐらし!
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本方針:蟲毒の儀の打破。
1:風呂場を覗く者がいないように見張りをする。
2:なんで声が似ていると思ったんだろう。
※過去から現代に戻ってきたところより参戦。


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000:オープニング 灰原哀 039:The end of ソロモン・グランディ
GAMESTART 引狭霧雄 039:The end of ソロモン・グランディ

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最終更新:2016年08月12日 10:55