芳佳が前を隠すのに使った丸い板は『遠隔視の鏡』というらしい。
何でもこの鏡には遠くのものを映し出す力があるんだとか。
そいつは凄い、と二人は試しに近場をこれで映してみたが、何も映らない。鏡は真っ暗なままである。
カズマはマジックアイテムの存在を幾つか見聞きした事があったのだが、何だよデタラメかよと速攻で見切り、芳佳の方はというとこういった類のマジックアイテムは未知のもので、鏡に遠くが映ると言われてもぴんと来ず、使えないというのであれば仕方が無いかとあっさり諦める。
二人共、今が夜で、それ故鏡の映像が真っ暗であるという事に思い至らなかった模様。鏡は芳佳のバッグの中にしまわれてしまった。
芳佳と遭遇してから、ひたすらふざけた真似しかしてこなかったカズマだが、カズマ自身はといえばそれなりに真面目に現状を考えていたりもする。
ただ、つっこまずにはおれぬ事があまりに多すぎ、一々真面目につっこんだり誘い受けに敢えて乗ったりしていたらこんな事になっていただけで。
と当人は内心主張しているのだが、そんな想いが芳佳に通じる事はきっとおそらく永劫に無いであろう。
芳佳は少し頬を膨らませながら言う。
「カズマさん、今は危ない時なんですから、少し緊張感を持った方がいいと思います」
『夜中に水着でうろついてる奴に言われたかねーよ』
内心の声はさておきカズマは殊勝に、はいと頷きつつ訊ねる。
「なあ、あの眼鏡のひょろいにーちゃんが言ってた、殺し合えってマジだと思うか?」
「……わかりません。そんな事言われたからって、殺し合いなんて出来る訳ありませんし……」
「だよなぁ。それでも、ひゃっはー待ってました殺しの時間だぜべいべー、てな奴も居ないとも言い切れないしなぁ。あからさまに見た目からしてそういうぶっ殺すぜオーラ出しててくれりゃ、見かけるなり速攻逃げるだけなんだが、流石にそんな簡単な話じゃねえだろうし」
「も、もしそういう危ない人が出たら、カズマさんは私の後ろに来て下さいね。私がシールドで守りますから」
「シールド? そーいやウィッチ云々言ってたっけか。ウィッチ……魔女? もしかして魔法使える?」
「はい。私、シールドには自信ありますから。任せてくださいっ」
「ふむふむ、防御系が得意、と。治療とかは出来るの?」
「はいっ、それも得意技ですよっ。怪我したら言ってください……って、ああ、そうだ。もしかしてさっきので痣とか残っちゃってません? 良ければ私、診ますけど」
「あ、お願いしていい? ちょっと痛いっちゃ痛いかも」
カズマはぬれそぼったシャツを脱ぎ、上半身裸になる。医療行為と受け取っているせいか、芳佳はそんなカズマの裸体にもまるで動じる様子は無い。
数箇所変色してしまっている場所があり、ここに、芳佳は得意の治療魔法を施す。
「おおー、何か気持ち良いなこれ」
ただ、カズマの仲間であるアクアの魔法よりも時間はかかるようで。
治療が済むと、にっこり笑ってその旨を告げる芳佳。カズマも思わずつられてにへらと笑う。
『うーわ、何このさわやか笑顔。魔法使う度クソみたいに恩着せがましい、どっかの駄女神に見せてやりてぇ』
芳佳は立ち上がり、すぐに動こうとカズマを促す。
「他にも困ってる人が居るかもしれませんし、急ぎましょう。危ない人に出会う前に、保護してあげなきゃならない人も居るかもですから」
『何だこの聖母様は。こんな所に放り出されてるってのに見も知らぬ誰かの心配しようって、どんだけ神々しいんだよ。おいどっかのクソ女神、人間すら失格してそーな馬鹿女神、お前マジでこの娘の爪の垢煎じたもん毎朝欠かさず飲み続けろ』
人間失格は駄女神も元クソニートのカズマもお互い様のような気もするが、どちらも自分は違うと当たり前に思っている辺り、案外似た者同士なのかもしれない。
芳佳の主張を聞き、カズマは即座に思いついた事を述べる。
「だとしたら、こんな何も無い真っ暗な山に居てもしょうがないよな」
「はい。川向こうには灯りが見えますからあちらに行けば……」
「いやぁ、でもこの川渡るのはちょっと無理でしょ。橋は……どっかにあるとは思うけど、見えないな」
月明かりのみを頼りに、バッグの中から地図を取り出し見てみる二人。
地図は良く見ると細かな文字が描かれており、簡易の住所のようなものが記されている。
これと街中の看板や電柱に書かれた住所を照らし合わせたおかげで、地図を見た者は
現在位置を確認する事が出来ていた。
また、カズマと芳佳が配された場所が何処なのか、それぞれの地図上に印がつけてあり、各々が最初に居た場所だけはわかるようになっていた。
ふとカズマが芳佳を見ると、彼女は何やら空を見上げていた。
「ん? どした?」
「いえ、天測出来るかなって思って。うーん、流石に六分儀無いと無理かなぁ。……星は見た事ある並びなんだけど」
驚きに目を見張るカズマ。
「おいおい、それって空の星見て現在位置がわかるって奴? 船乗りとかがやってる」
「うん。でも私、こういうのあんまり得意じゃないんだけど……」
「いやそれでもすげぇよ。学校で教わったのか?」
「ううん、私、ほら、ウィッチだから。空飛ぶ以上、コレばっかりは覚えておかないと。あはは、何時もは六分儀なんて持ち歩かないし、大雑把に確認するだけなんだけどねっ」
少し考えてカズマは問う。
「……飛行機で?」
「だからウィッチなんだってば。ストライカーユニット使ってだよ」
「すまん、それ何?」
ストライカーユニットを知らない事に驚きながらも、芳佳は丁寧に説明してやる。当然、カズマには意味がわからなすぎた。
しかもこの娘、ほうきとかがあれば別にストライカーユニットでなくても空を飛べるらしい。
『これでめぐみんみたいな格好してりゃ、まんま魔女っ子だよなぁ。つか、この子って、向こうの世界の子なのか? でも魔法とか言ってるし、治療魔法使えるよなぁ。そもそも六分儀とかこっちの世界に来てたっけか? ああ~、何か色々とわけわかんねえ』
地図を眺めながら、芳佳が言った。
「ここからだと、南西の橋の方が近いかな。とりあえずそっちに行ってみようかと思うんだけど、カズマさんは何か考えとかある?」
「どの道、夜が明けてからじゃないか? 暗がりの中で人探しって不毛極まりねーだろ。もし本当に空飛べるってんなら、日が昇った後で上から探した方が絶対に見つけるの早いだろうしさ」
「うーん、そっかー」
「でもま、こんな大自然溢れる山の中で夜を明かすなんて冗談じゃねえし、さっさと町に行こうってのには賛成するぜ」
じゃあ、となって二人は川沿いに南へと進んでいく。
地図上はまっすぐ南西を目指すのが最短だが、山中に突っ込んでいく形はどう考えても時間がかかるし、下手をすれば道に迷ってしまうだろうから。
月明かりのみで川原を歩くのは足元が覚束ない部分もあるが、そこは軍人と冒険者だ、特に問題にする風もなくてくてくと歩いていく。芳佳が先を歩く形で。
後ろから続くカズマは、嫌でも芳佳の背中、というかお尻というかが見える位置。
『ゴクリ』
芳佳が岩を避けて大きく動くと、上着の裾がひらりとめくれ、その下のお尻にぴっちりフィットしたスク水が見えてしまう。
『何故だっ。仲間はみーんな女ばっかで俺もいい加減、女慣れしたんじゃね? とかリア充の仲間入り? とか女の子見てきょどる俺よさらば? とか結構マジで思ってたんだけど、この子に限ってはソイツがまるで通用しない。何だ? 何が原因なんだ!?』
とか考えておきながら即座に答えは出る。
『……ああ、うん、そりゃまあ、水着だもんなぁ。気になるに決まってるわ』
しかもあの格好は彼女にとって落ち着くものらしい。
『本気、か? あれか? どっかのアホな王様が女の子は下着の上に何も穿いちゃ駄目だって法律でも作ったか? ちくしょう天才めが、良くやった。こうまで素晴らしい異文化コミュニケーションにはついぞお目にかかった事がねぇや』
カズマは、他にたくさんある問うべき事を全てスルーで、芳佳にコレを聞いた。
「なあ、宮藤の居る所ってみんな女の子はそういう格好してるのか?」
「ん? そういうって?」
「下は今宮藤が着てるようなのしか着ないのかって」
「ううん。違うよ」
その一言に、カズマはこれでもかという程の衝撃を受けた。
思わずその場に崩れ落ちてしまう程だ。
驚いた芳佳が慌てて駆け寄ってくる。
「ど、どうしたの!?」
「……いや、すまん。余りに、こう、ショックが大きすぎてな。は、ははっ、何で俺こんなアホな事期待してたんだろ。しかも、実は俺の勘違いと知ってこうまですげぇショックを受けるとは思わなかった……ああ、そうだ。きっとそれは、男の夢と書いてロマンと呼ぶような麗しき桃源郷の話だったんだろうな……他の女の子は普通にズボンとか穿いてるのか?」
「そうだよ。私の居た国だとこういうワンピースが主流なんだけど、欧州の方だとみんな下はズボンが多いかな」
ぱあっとカズマの表情が明るくなる。
「そ、そっか! じゃあ宮藤の国なら、みんなそういう格好なんだな!?」
「うん、そうだけど……カズマさんって扶桑の人じゃないの?」
「うん? ああ、俺は違うぞ。まあ、色々と面倒なんだ、説明すんのが」
「そっか。扶桑語使ってるからてっきり……」
カズマは扶桑という言葉が、漢字の『扶桑』だとは思わず、フソーとかいう国だと思っていて、アクセルの町で言葉が通じているように、彼女とも言葉が通じていると思っている。この時点ではつまり、カズマは芳佳が異世界の人間であると認識してるわけだ。
だが。次に芳佳が振ってきた話題で、カズマには異常がはっきりと認識出来た。
「あ、そうだ。じゃあカズマさん星とかはわかる? ほら、ここの星空って扶桑の空なの。私欧州の方の空もずっと見てたから、差が良くわかるんだ」
ほら、あそこが北極星で、と指差され空を見上げると、一際輝く星の側に、所謂素人にも一番わかりやすい北斗七星が見えた。
「おお、あれならわかる…………わかるっ!?」
そう、わかる星が、見えるはずがないのだ。ここが異世界ならば。
「おいおいおいおい! ちょっと待てよ! 何で日本の星座があるんだよ! ここ一体何処なんだ!?」
芳佳はわからないといった顔で首を傾げる。
「だから扶桑なんじゃない?」
「ふそー!? ふそーって何処だよ! つーか待て! 待て待て待て! もしかしてオーシューって欧州の事か!? んで、もしかしてもしかして……ソレ、マジもんの日本語? な、なあ宮藤! お前、何処の出身だ!? 国じゃなくてもっと詳しく!」
「え? え? えっと、私は扶桑の横須賀……」
「横須賀かよ! モロ日本じゃねえか!? クッソ騙された! 宮藤! お前横須賀の出なのに何だって魔法なんて使えるんだよ! お前も異世界に呼ばれた口か!?」
またいきなりテンション上げだしたカズマに、芳佳は警戒したのか数歩後ずさりながら答える。
「えっと、だから、私ウィッチの家系で、お母さんもおばあちゃんもウィッチだったから……」
その後、カズマが嵐のように質問を重ねると、芳佳の居た『扶桑』という国がカズマの居た日本にそっくりでありながらまるで違う国である事と、芳佳の国というか世界には魔法が当たり前に存在する事を知った。
芳佳の側にも、カズマが魔法が当たり前に存在しない日本なる扶桑に良く似た国に住んでいたという事が伝わっており、二人はどんな顔をしていいやらといった様子で。
片手で頭を抱えながらカズマ。
「……なんか、とんでもない話になってないかコレ? 確かに、異世界が二つあるんなら三つも四つも百も千もあっても不思議じゃねえって、そう言われりゃそんな気もするが……」
難しい顔の芳佳。
「魔法が無い代わりにネウロイが居ない世界かぁ。ウィッチじゃなくなっちゃうのは残念だけど、ネウロイが居ないんならそっちの方がいいのかも……」
名簿を取り出し、改めてこれを眺めてみるカズマ。
「コイツが日本語で書かれてる時点で、気付くべきだったんだ。くっそ、コレもしかしてもっとたくさんの異世界から人が来てる可能性があるって事かよ。洒落になんねえなこりゃ……」
「そうなの?」
「……俺と宮藤は、どうやらそれなりに価値観が似てる同士みたいだけど。異世界って事はさ、例えば人殺しても誰にも文句言われない世界から人が来るって事もあるかもだろ?」
カズマの例えとその意図はきちんと芳佳に伝わってくれたようで、芳佳の表情が強張ったものへと。
「そうやって見ると、この名簿も不気味だよな。ほら、例えばこのらぶぽんとかって、これ日本語にする時適当な言葉がなかったからそのまんま発音書いたとかだろうぜ」
「うわぁ……じゃ、じゃあこっちに書いてあるめぐみんとかも……」
「あ、悪いそれ俺の仲間」
「そ、そうなんだ、ご、ごめんね……」
「いや気を遣わないでくれ。てーかマジで変な名前だと俺も思う。後当人は名前に輪をかけて変な奴だから」
「……えーっとー……」
「だが、そうなってくるとこれってかなりヤバイ案件って事だよな。おい、ちょっと予定変更しよう。もっと用心深くいかないと……」
そこで、二人は奇妙な物音を聞いた。
遠くから響いてくる、重量感のある金属がこすれあうような音と、重苦しい破砕音。
二人は顔を見合わせる。
「……何の、音だ?」
「わ、わかんないけど……近づいて、くる?」
しんとした川原で、音は更に大きくなっていき、既にやかましいといえる程の音量に。
「な、なんかやばくね?」
「そ、そうかも。に、逃げようか?」
もう、遅い。音の接近して来る速度は二人の想像を大きく越えたものであった。
勢い良く川原に姿を現したその巨体は、月明かりの中途半端な光のおかげでか、二人には見上げんばかりの大怪獣のようにも見えるものだった。
そのてっぺんがバコンと開く。
「おー、やっぱり人が居るじゃあねえか。よー、あんた等、ちょっと話しねーかー?」
巨体から上半身を乗り出し声をかけて来たのは、特徴的な髪型の男であった。
「東方君。君が怒るのも理由があっての事だと思うし、今回の事があったからって東方君が理不尽な人だなんて思ったりはしないよ。でもね、幾らなんでも東方君のスタンドで、ってのはやりすぎだよ。佐藤君も悪気があった訳じゃ……」
みほの丁寧なお説教を、仗助は少し不貞腐れた顔でそっぽを向きながらだが、一応聞くだけは聞いている。
そして残るカズマの方には芳佳が。
「あれは確かに東方君やりすぎだったと思うけど、でも、最初にふっかけたのってカズマさんの方だよね? そういうの良くないよ」
「はい。いやもうホント、アイツ洒落になんねえって良くわかった。マジで気をつける、俺の命の為にも」
こちらはもう、かんっぜんに懲りたようだ。アクアとの違いは間違いなくこの学習能力であろうて。
ただ、それでもやはり余計な一言が口をついてしまう部分もある。
「なんつーかさー、俺ばっか不幸な目に遭ってる気がするんだが。普通こういうのって主人公補正とかで、俺ほっといても色々味方とか仲間とか出来た挙句そいつ等に尊敬されたりするもんなんじゃねえの?」
「まぁた意味のわかんねえ事言い出しやがって」(←ジョジョ四部主人公『クレイジー・ダイヤモンド』東方仗助)
「そ、それは東方君が脅かしすぎたせいじゃないかな」(←ガルパン主人公『大洗の軍神』西住みほ)
「うーん、カズマさん、結構素でそうっぽいけどなぁ」(←ストパン主人公『ガリア開放の英雄』宮藤芳佳)
「…………何だろうか、このものすんげぇ敗北感は」(←このすば主人公『アクセルの鬼畜男』クズマさん)
このメンツの中で、佐藤和真君が主人公面するのは流石に無理があるというものであろうて。