顔面隠し

02◆顔面隠し


(見える、見える……すごい、見える。……あ。あの二人、戦い始めた)

 ところ変わって娯楽施設の中心部。その二階にあるおしゃれなレストランのテラス席。
 会場のほとんどすべてを見渡せるこの場所で、ベランダの柵に寄りかかりながら、
 切磋琢磨と東奔西走の戦いを観戦している一人の少女が居た。

 黒髪を長く伸ばし、前髪で両目を覆っている少女は、とくに望遠鏡を持っているわけではない。
 ないけれど、なぜか彼女が見ているのは、娯楽施設から遠く離れた場所での戦い。
 それはもはやとても目がいいのレベルを超えていた。
 まるで千里眼を持っているかのように……彼女にはこの世界が、すべて見えているのだ。

(わたしのルール能力、すごい……あんなに遠くにいる人たちが、見えちゃう、なんて。
 一望千里って名前、わたしに似合わないって、思うんだけど。でも、これならわたしでも、戦えるかも)

 って、あの二人のバトル、もう終わり、だ。
 地面をのたうちまわり始めた切磋琢磨を見て、これ案外なんとかなっちゃうのかも、と一望千里は思った。
 慢心、油断――殺し合いにおいて、最もやってはいけないことの一つだ。
 しかし一望千里は、元の世界においてはただの女子高生。
 一般人にすぎなかった。
 そんな彼女に、周りを常に警戒とか、不慮の事態を予測とか考えられる余裕があるはずもなく、
 この実験も本当にただの実験で、死にはしないと楽観的にとらえていた。

(あの女の人、実験は仮想ショッピングセンターで行われるって……確か、言ってた。
 仮想って……バーチャルゲームってこと、だよね。その実験、つまり、テストプレイ、なんだよね?
 ……きっと、そうだよね。じゃなきゃこんな、悪夢みたいなこと……起こるわけ、ないもん。
 だから、しっかり、しなくちゃ。……とりあえず、まず、他の参加者のひとがどこにいるのか、調べてから。
 いちばん優しそうな人に、会いにいこう)

 曖昧な結論で自分を納得させて、一望千里はいったん目を下へ。
 武器として支給された、参加者の現在位置が分かるレーダーを見る。
 範囲は同じマスの中。首輪に反応して黄色い点が表示される仕組みになっているらしい。
 レーダーによれば……一応、同じマス内には人はいないみたいだった。

(よ、良かった……)

 とりあえずの身の安全を確保すると、黒髪の下の目を静かに見開いて――辺りを。
 この娯楽施設全体を、舐めるように見回し始める。
 見える、見える……すごい、見える。
 少し、見えすぎてしまうくらいに。遮蔽物もなにもかもすりぬけて、彼女の目は世界を見渡していく。

 参加者たちは、すぐに見つかった。

(い、いた)

 まずは近くの参加者から。一望千里はデイパックから名簿を取り出して、すぐに顔と名前を照らし合わせる。
 参加者がそこまで居ないからか、名簿には名前だけでなく顔写真が載っている。
 一望千里にとっては、けっこうありがたい仕様だ。

 名簿が間違っていなければ……「猪突猛進」と「一刀両断」が、施設の屋上駐車場にいる二人の女の人だ。
 それと、そこに向かってる学生服の男の子がひとりいて、名前は……「紆余曲折」。
 全員、まだ他の人の存在には気づいていないみたいだった。

 他に施設の中には、「先手必勝」と「軽妙洒脱」、「優柔不断」って名前の男の人たちがいるらしい、でも、
 これらもまだ誰にも出会っていない。始まったばかりだから、当たり前と言えば当たり前だ。

(いまのところ、施設の中にいるのは、この人たちだけ、みたい。
 あと……薬局は、C-2の南口近くに、ある。覚えて、おかないと……。怪我しちゃったとき、困るよね) 

 外は――「青息吐息」が、A-1のあたりにいた。
 ギャルみたいな容姿で、しきりにため息をついている。あまり絡みたくない感じの人だ、と一望千里は思う。

 A-2、駐車場A地区には、
 着物姿のおじさん「鏡花水月」と、サラリーマンのおじさん「酒々落々」さん。
 でも、出会いそうにはなかった。駐車場には車がいっぱいあって、普通のひとの視界を大きく遮っている。
 進む方向も、反対だ。 

 B-2、駐車場B地区には、
 デイパックに入る大きさには見えない剣を持った「勇気凛々」ちゃんがいた。
 モノクロの変な服を着た「心機一転」も近くにいる。
 この二人は逆に、もうすぐ出会ってしまいそうだ。嫌なことが起こると怖いので、視線を他の場所に移す。

 A-3、駐車場C地区に居たのは、
 いかつい体つきの大男「傍若無人」だ。一望千里と同じように名簿を広げて、じっと考え込んでいる。
 危なそうな人だけど、一望千里のA-1からは一番遠い位置にいる。
 まだ大丈夫だ、と、心の中で唱えた。 

 そして、さっき見た通り「切磋琢磨」「東奔西走」はB-3。駐車場D地区にまだいた。
 なぜか熱血っぽい顔をして、うさぎ飛びトレーニングを始めている。効果ないんじゃないっけ、それ。
 ついツッコミを入れてしまうくらいコミカルな光景に、一望千里は少しこころが暖かくなる。

(やっぱりまだ、始まったばかりで……みんな、戸惑ってる、って感じ……だ。
 そうだよね、殺し合えって言われて、そんなにすぐ殺し合うひとなんて、いなくて当たり前だよね。
 も、もしかしたら……みんな殺し合いなんてする気が無かったら、
 あの女の人もこれじゃダメだわ、解散しましょうって……そう言ってお家に帰してくれるかも、しれない、かも)

 ふふ、と笑う。
 楽しいことを考えると、自然と笑みが漏れてくる。
 もともとあまり笑うのが得意ではなく、どちらかといえば引っ込み思案な一望千里だったが、
 ルール能力によりどこまでも見渡せる目を得た安心感によって、精神を最低限安定させることは出来ていた。
 だからありえない空想もできるし、それに酔うこともできる。

(お家に、帰ったら……大好きなCDを聞いて、大好きな本を読んで。
 大好きな……人がいたかどうかは、忘れさせられてる、みたいだけど。
 誰かと一緒に、街の展望台に行って、じーっと景色を見て、過ごすんだ。
 今みたいに、広い世界を見ながら空想するのって……楽しいんだって、分かった、から)

 うきうきとした気分を忘れないように。一望千里は、最後に残ったC-3エリアへと目を向ける。
 ここまで確認できた参加者は自分含め十五人。
 つまりC-3、屋上へのスロープ道があるこのエリアには、「破顔一笑」がいるはずだった。

(……、よし、いた)

 一望千里から見て、背中をこちらに向けて。
 スロープ道の陰に隠れるようにして、破顔一笑は立っていた。

 喪服のような黒いスーツを着た、やせ型の男だった。
 名簿の顔写真ではずいぶんな仏頂面をしていて、野球選手みたいに頭を丸めていた。
 一望千里の目に映るのも、五分刈りに丸められた頭だ。
 彼が破顔一笑で間違いないだろうが、顔が見えないのは少し気になる。

(あの人は今、どんな顔をしてるんだろう……)

 さっきまで確認してきた参加者と同じように、あたふたしているんだろうか。
 今の一望千里のように、うきうきしているんだろうか。
 一望千里はそれが気になって――破顔一笑がこちらを向くまで、じっと見つめ続けてしまった。

 慢心、油断――殺し合いにおいて、最もやってはいけないことの一つを、やってしまった。

 そして。
 見られているのを肌で感じたのか、くるりと振り向いた破顔一笑の、
 (^U^)が。
 これ以上ないくらいの満面の笑顔が、一望千里の目に入った瞬間だった。

「え……?」

 ぐにゃりと歪む視界。ありえない方向に引き攣るほっぺた。ばき、ぼきと折れる歯、めくれる、唇、
 びりり、びりり、びりりと、「たった一笑で破れていく、顔」。
 破顔一笑。

「や、嫌。うにゃ、ひゃやあ、あっ、……目、が、わたし、っの、あっ! アっ! わガっ!」

 一望千里の左目が、自分自身の右目を捉えた。破れて、びりびりになってぐちゃぐちゃになって、
 彼女の右目は飛び出て落ち、左目も遅れて、球体の形を留めなくなっていく。
 張り裂けた皮膚がぐじゅぐじゅと  飛んで 割れて  鼻が混ざって まつ毛が歯茎に刺さって
 痛い。痛い。痛い。痛い。

「がががっがががあががっが。あっがあがががああっがががあっががあっがっが!」

 声にならない叫び声をあげながら、わけも分からずに走り出す。
 持っていたレーダーと名簿を投げ捨てて、娯楽施設の中へ、レストランのテーブルにぶつかりながら、
 やみくもに走るが、ここは二階だということを、彼女は忘れてしまっていた。

 それでもまだ階段だっただけ、マシなのかもしれない。

(あ、ああ、い、……嫌あ!!)

 空を切った足、落下する感覚が顔の亡くなった少女を襲った。階段を、転げ落ちる。
 無限の視界は一気にゼロになり、後にはただひどい火傷のような痛みと、まっくらな暗闇を残すだけだった。
 一望千里が意識を手放すのに、そう時間はかからなかった。 

 (^U^)

 破顔一笑に与えられたルール能力は、《にやけ顔を見せると相手の顔がびりびりと破れる》というものだった。
 本人はいまだそれに気づいていないが――、
 そのルール能力によって、早くも一人の参加者が絶望の淵に叩き落されてしまった。
 スロープ道の陰で笑顔を造る破顔一笑は、自分の笑顔にすら気づかないまま、まずは娯楽施設の中へと歩を進める。
 少し悩んでいたが、方針を決定したのだ。
 彼は殺し合いに乗ることにした。さる要人のボディーガードを務めていた彼にとって、真に守るべき一人以外の命など、
 ハエの命にも等しい無価値なものだったからだ。


【C-1/娯楽施設一階・中央階段】

【一望千里/女子高生】
【状態】顔面崩壊、気絶
【装備】なし
【持ち物】なし
【ルール能力】会場全体を透視できる(使用不可)
【スタンス】様子見→錯乱

【C-3/娯楽施設前】

【破顔一笑/ボディーガード】
【状態】健康、笑顔
【装備】不明武器1
【持ち物】なし
【ルール能力】にやけ顔を見せると相手の顔がびりびりと破れる
【スタンス】マーダー


邂逅一番 前のお話
次のお話 反転少女

前のお話 四字熟語 次のお話
     一望千里 重い荷物
     破顔一笑 曇天霹靂

用語解説

【一望千里】
見渡す限り遠くまでも、じつに広々としているという意味。
四字熟語ロワではちょっと無口系な女子高生、会場全体透視持ち。
彼女が見たことによって、本編内で参加する四字熟語がようやく全員明らかになった。
名簿はこちらから。

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最終更新:2015年03月02日 01:12
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