09◆重い荷物
仮想ショッピングセンター、娯楽施設。
一望千里の一件(
03)以降、しばらく屋上(
04)や駐車場(
06・
07)、
あるいは施設の外壁(
05)などに行っていた視点が再び施設内に戻ってきたこの機会に、
この施設の全容について語っておこうと思う。
娯楽施設は9マスに分けられたこの世界のうち、北東の3つのエリア、
B-1、C-1、C-2にまたがるように、ずでんと大きく建っている。
2階建て、屋上駐車場あり。1階→2階の移動は階段かエスカレーターで、施設の各所にある。
屋上駐車場と2階を結ぶのは全てエスカレーターで、1エリアにつき1つある。
施設内は商店街を建物化して二段にしたような造りで、
買い物客は中央の広い通路を主に通り、両サイドに並ぶ様々なお店を回ることでショッピングを楽しむ。
疲れて休みたくなったら、ところどころに配置されているソファーやベンチで休んだり。
フードコートへ行っておしゃれにデザートタイムとしてもいい。
もちろん娯楽施設の名前通りゲームセンターもあるから、
殺し合いに疲れた参加者はここで遊ぶのもいいかもしれない。
まあぶっちゃけイ○ンである。分かる人にはわかる。
入っているお店は飲食店、デザート屋などの食べ物系と、男性もの女性ものの服屋や、靴屋。
またアクセサリーショップなどもあるが、ほとんどの店にあるものは殺し合いに全く役立たない。
出来ることはといえば、普通のスーパーのような食材コーナーがある一角で食料を調達するか、
破顔一笑のように飲食店に入ってそれを行うかの、食べもの入手の行動が一つ。
C-2にある薬局や、B-1の総合ショッピングエリアには治療薬が一応置いてあるので、
そこで治療に使う道具を調達することもできる。
武器の調達という面で見れば、飲食店を巡れば恐らく包丁などが飽きるほどあるはずだ。
また、楽器店やスポーツ用品店はあるようなので、そこで殴るものくらいなら手に入ると思う。
「だけどま、今はそれより洋服かねぇ。軽妙洒脱の名を負う者として、だぼだぼのパジャマってのはさすがにな」
そんな娯楽施設の、位置にしてC-1エリア一階にある紳士服屋で愚痴を呟く男が一人。
姿見の前に立ちながら蝶ネクタイを絞め、ようやく身支度を整え終わったらしい男の名前は軽妙洒脱といった。
ぴしっとしたクリーム色のスーツを身に着け、どこから調達してきたのかクシを使って髪を整えている。
ただし整えるほどの髪は……げふんげふん。
「しかしなんだ、こうしてみれば僕もまだまだ若いじゃあないか。
人間、何度かある人生の転機を迎えるたびに老けていくというけれども、いざ殺し合うとなると若返らざるを得ないのかもしれん。
目がギラギラして仕方ありゃしない。後でまた薬局に行って、目薬でも貰ってこようかね」
身体は資本、時は金なり。
だよねぇ、と軽妙洒脱は独り言、言葉を宙に空回りさせる。
休日に家で着ていただぼだぼパジャマの姿のままこの娯楽施設に連れてこられてしまった彼が覚えていることは二つ。
一つ、いろいろあって場末の小さなバーで、ウエイター兼ショー芸人をやっていたこと。
二つ、自分はこれまでの人生において……敗北者であった、ということ。
「さて。せっかくの”転機”だ。ここから僕も、”勝てる”ようになるといいけどねぇ」
店にもう用はない。じゃらり、と重くなったデイパックを持ち上げる。
軽妙洒脱は殺し合いの開始から今までの間、静かに娯楽施設の中を回って色々なものを集めた。
ハンバーガーショップや飲食店を回って包丁を二振り、フライパンを一つ。
楽器屋で笛やシンバルなどショーに使えそうなものをなんとなく。
スポーツ用品店からは、学生時代にやっていた野球を思い出してしまったためにか、金属バットを一つ。
また薬局や食品売り場にも赴いて、少なくとも二日分の食糧と怪我のフォローは出来るようにしておいた。
途中、ゲームセンターで先手必勝という青年に出会ってしまったときは心底背筋が震えたが、
見かけ好青年な彼は第一放送終了まで荒事を起こさないことにしているらしく、エアホッケーのゲームに付き合わされるだけで済んだ。
放送の後。残り十二人になったとき彼がどんな行動を起こすのかは知らない。
でも、とても自信満々な顔で銀縁メガネをくいっと上げるあの仕草は、
軽妙洒脱にはとてもできない”勝ち組”のオーラを纏っていた。
「はあ。あの子はきっと、まだ人生で”負け”ってもんを経験してないんだろうねぇ。
ま、だから若人は強いんだけど。嫉妬しちゃうなあ」
そういえばエアホッケーのゲームでも、つい熱中して三セットくらい行ったのだが完膚なきまでに全敗だった。
もやもやとした、漠然とした”負け”が多くなる三十代の自分にとっては、久々のすがすがしい負けだったようにも思う。
次会うことがあったらまた……そう言って彼とは別れ、すっかり忘れていた身だしなみを整えようとこの紳士服店に来たが、
本当はもっと、ああやって遊んでいたかった。
「でもまあ。ここは殺し合いの場だしね」
店を出る。
さて、とりあえずの最善の行動だけをとってきた軽妙洒脱だったが、いよいよ行く当てがなくなってしまった。
いや……もう一度薬局に行って、目薬を取っていくんだったか。
まだ痴呆になるには早い歳だと思っていたのに、さっき言ったことすら忘れるとなるといよいよ注意すべきなのかもしれない。
と。
C-2に向かって一歩を踏み出そうとした軽妙洒脱は――視界の端に、黒い何かを捕らえた。
「ん」
ぱっと首だけ振って確認すると、そこにあったのは機械のようなものだった。
黒いフォルムの円盤のようなもの。出入り口と中央通路の交差点にある広間のような場所に、ちょんと転がっている。
まるで誰かの落し物のように。
ぽーんと投げたらそこに落ちてしまったかのような、ある種の必然性を感じるそれは、軽妙洒脱に妙な予感をさせた。
拾いにいかなければいけない。あれを、自分は拾う義務がある。
漠然としたそんな感情に突き動かされるようにして、一応周りに気を付けながらゆっくりと歩いていき、取る。
するとそれは……最後の力を振り絞るようにして、伏せられていた画面を、”ぴこん”と光らせた。
点が――二つ。レーダーのような画面に映って、消えて。もうその機械は動かなくなった。
「……?」
一瞬疑問に思った軽妙洒脱はしかしすぐに思い至る。漁船が魚の影をレーダーに表すように、
この機械は参加者の位置を映し出すのではないか、と。
つまり、点が二つ映ったということは、
このすぐ近くに誰か参加者が居るということを表しているのではないか?
そう思って軽妙洒脱は辺りを見回す。すると広間から二階に行く階段、中央階段の後ろ側に足があった。
靴と黒のニーソックスを履いた足が、床に。
ぴくりとも動かずに、投げ出されていた。
「おいおい?」
慌てて駆け寄った軽妙洒脱が見たのは、凄惨な光景だった。
黒髪を長く伸ばしたその少女には――”顔”と呼べる場所が無くなっていた。
階段から落ちたあと無意識のうちにその場をのたうちまわったのか、階段の数か所と近くの床の大部分は血で汚れていて、
その血さえもう止まっているものの、誰がどんな魔法を使ったらこうなるのかという風に、少女の顔は……破れてしまっていた。
目も。鼻も。口さえもどこにあるのか分からない。
ただ、赤黒い肉を露出させて。すでに嵌っているパーツを無理やり人間福笑いとして遊んだあとのような、
あるいは、顔に殺人的な泡立てミキサーを当ててひたすらかき回したような、
そんなレベルの混沌が――混沌として恥じないような堂々さで、彼女の元の顔を分からなくしていた。
しかしまだ、生きているようだった。
気絶しているだけで……少女の元・口にあたるだろう切れ込みのような部分はしっかりと息を吸い込んでは吐いていたし、
顔から垂れた血を点々と付けている制服の腹部も上下している。
少女、一望千里は、まだ生きていた。
……それを見て軽妙洒脱は、何かを諦めたような表情でデイパックを開き、中身を漁りだす。
少し迷った後、長い包丁を一つ取り出すと彼は言う。
「さて。殺すものと、殺さないもの。”勝ち組”はいったい、どっちなんだろうね?」
【C-1/娯楽施設一階・中央階段】
【一望千里/女子高生】
【状態】顔面崩壊、気絶
【装備】なし
【持ち物】なし
【ルール能力】会場全体を透視できる(使用不可)
【スタンス】気絶のため不明
【軽妙洒脱/ショー芸人】
【状態】健康
【装備】包丁
【持ち物】基本支給品、壊れたレーダー、包丁、二日分の食糧、
ショーに使えそうな楽器、金属バット、フライパン
【ルール能力】不明
【スタンス】人生、勝てるように。
用語解説
【エアホッケーのゲーム】
空気によってほんの少し浮いている丸い板(パックという)を専用の道具(スマッシャー)で打ち合い、
相手の陣地にあるゲート的な穴(ゴール)に入れて点を競うゲーム。
ゲーセンによくある。ちなみに、娯楽施設内のゲームセンターではゲームはすべて無料で遊ぶことができる。
軽妙洒脱はいまだ本編に登場していない先手必勝という男に、このゲームで全敗したらしいが……?
最終更新:2012年01月03日 19:58