10◆手を繋ぐ
は、と気が付いたときには、僕はひざまくらを受けていた。
――と一行で説明するしかないのがすごく心苦しいのだけど、確かに間違いなくひざまくらだった。
長い黒の髪をポニーテールにまとめた一刀両断さんの顔が僕を覗き込んでいて、
僕の頭には程よいやわらかさのなにかが当たっているとなれば、これがひざまくらでないはずがない。
問題は、どうして僕がひざまくらなんかを受けているかということであって、
……えーっと、何でだっけ?
あれ? 何で僕こんなことになってるんだ?
「よう紆余、気づいたか。おねーさんの膝まくらはどうだ? 暖かいだろう」
どうやらここは薬局のようで。
僕は一刀両断さんに、いろんな薬品が並ぶ棚と棚の間のスペースでひざまくらされているようだった。
気絶する前にあった背中の痛みはもうなくて、
代わりに胴体全体をぎゅって締め付けられてるような包帯の感触がする。
生きている実感がある。
でも、なんで?
「すいません、待ってください。どういう状況か全く把握できてないんですが、なぜあなたがここに?」
「え、何だお前忘れたのか? あたしがこの薬局まで運んでやって治療までしてやったというのに。
命の恩人のことをおざなりにするやつはコンビニで1円に泣いたりしちゃうぞ?」
一刀両断さんはなんとなくむっとした顔で言う。
命の恩人というか、僕はあなたに命を狙われてたんじゃなかったっけ?
……あ、でも何となく思い出してきたような気もする。
確かあれがああなって、ええと。
僕が狼狽していると一刀両断さんは急にあははと笑って、まーしょーがねーかお前意識朦朧だったもんなと一言、
「じゃあ説明してやろう。端的に言うとだな……お前はあたしたちに勝ったんだ」
屋上駐車場で僕が――紆余曲折が、
一刀両断さんと猪突猛進さんに勝った後のことを、身振り手振りを交えて説明してくれた。
そう、僕は。
屋上駐車場でこの人……、一刀両断さんと、田舎娘っぽい猪突猛進さんのコンビに襲われた。
《日本刀で何でも一刀両断》のルール能力を持った一刀両断さんと、
《イノシシに変化できる》というおどろきのルール能力を使う猪突猛進さんを前に、
僕の《攻撃を迂回させることが出来る》ルール能力はたいした意味を持たなかった。
ただ、逃げることはできた。
攻撃を迂回させる数秒間の間に攻撃の射程範囲から逃れられれば、攻撃は当たらないことに気付いた。
だから僕は逃げた。逃げて逃げて、意地でも逃げて。でも追いつめられて。
崖っぷちに立たされた僕は、賭けを行うことにした。
イノシシになった猪突猛進さんと、それに乗って日本刀を振りかざす一刀両断さんを誘導し。
あえてイノシシの前に飛び込むことによってイノシシの軌道を迂回させ、
迂回させることで崖から落とす、という賭けを。
失敗確率50パーセントのその賭けに、神様は微笑んでくれた。
そして、
エレベーターセンターの建造物の上から落ち、
屋上駐車場のコンクリートに叩き付けられた猪突猛進さんは――死んだ。
そう。
そこまではすぐに思い出せた。
ただ、その先は……すぐには思い出せなかった。
「で、そのあとお前は。自分に圧し掛かってきたいろんな感情を《迂回》させて、最善策を編み出した。
自分を殺そうとしてきたあたしに向かって、僕を守れって言ったんだよ。
ホントに覚えてねえのか? あーだったら損したなあ。どうすりゃいいんだあたしは」
「……いえ、ゆっくりとだけど、だんだん思い出してきてます。でも、ちょっと意外です……つまり一刀両断さんは、
最初は殺そうとしてた僕の言葉に従ったんですよね?」
ひざまくらから起き上がりながら僕が言うと、一刀両断さんはきょとんとした顔をした。
「まあそうなるな。こうして薬局まで運んできて、自分が与えた傷を自分で治療してやって」
「なんでそんなことをしてくれたんですか? 普通に気絶したぼくを殺すことだって、できたはずなのに」
「いや、だって、そりゃあ。あたしはもう、あそこで死んだからだよ」
「……?」
「お前が気絶したのは結果論だ。勝負って点じゃ、あたしはお前に完敗したわけ。
負けた奴は死ぬ。それが
殺し合いってもんだろ? 少なくともあたしはそう思ってる。だからあたしは、もう死んでる」
「死んでる、って……生きてるじゃないですか」
「あのなぁ」
ずいっ、と。一刀両断さんが僕のほうへ顔を寄せてくる。
「生きてるっていうのはどういうことを言うと思う? 身体が動く間? 心臓が動いてる間? 脳が機能している間?
違う、違うぜ紆余。生きているっていうのはな――誇りを持っている間のことを言うんだ。
生きるために必要なのは誇りだ。誇りを持つってのは、生きたいと願う理由を持つことだ。
あたしが携えていた誇りは、お前の誇りに負けて、死んだ。今ここにいるあたしは、生きたいなんて思っちゃいない。
なあ、紆余。生きたいって思ってない奴は――死んでいるのと同じだと思わないか?」
「……じゃあ」
「ああ。何度も言うが、あたしが今ここにいるのは、お前があたしに僕を守れと言ったからだ。
だからお前が、もうあたしは必要ないと言うならば。あたしは今すぐここで死ぬ。
そしてあたしが、お前を守る必要が無くなったら。残り二人になったら、あたしはすぐさま死んでやるよ。
ま、こんなこと言っても信用されねーだろうが……あたしはこういう生き方を選んでるんだ。
悪く思うな。良く思え。そんであたしを、利用しろ」
一刀両断さんはそう言うと、人差し指をびしっと僕の鼻先に押し付けてきた。
信用しなくてもいいから、利用しろ。
そう言って笑う一刀両断さんの口元と目は、猪突猛進さんと一緒に僕を襲ってきた時と同じように輝いている。
でも……死んでいる、のだという。
生きているのに、死んでいるんだと、この人は言っている。
「それでいいんですか?」
「何がだ?」
僕は少し、その考えに。納得いかないところがあった。
「だって一刀両断さん、あなたは――夢があるんだって、言ってたじゃないですか。
あるんでしょう、ここから生きて帰れたら、叶えようと思ってた夢が。
それを諦めるんですか?
僕に偶然負けた、たった一回負けただけで諦められるほど……その夢は軽いものだったんですか?」
先の戦いの最中、一刀両断さんは言っていた。
自分には夢があるんだと。だから死ぬわけにはいかないんだ、と。
一刀両断さんを、殺し合いを覚悟させるまでに駆り立た、その夢は。
どう考えたって、ほんの一瞬で捨てられるほどに軽いものじゃないはずだ。
「何も生きる意味を持たない僕なんかと違って……あなたの夢は、崇高だった、はずなのに。
なんでそんなに簡単に諦めるんですか? なんで、」
「ああ。軽くなんか、無かったぜ」
ふ……と。
僕の言葉を遮るように差し込まれた一刀両断さんの呟きは、冷たかった。
「あたしの夢は重かった。重くて重くて、それでも体にずっと縛り付けられてて取れなくて、
一生あたしはあれと一緒に生きていくんだって決めてたよ。
だけどさ、お前はあたしを倒して、……あたしにこの夢を捨てるように言ったんだ。
それであたしは、お前のためなら夢を捨ててもいいって、思ったんだよ、紆余」
「でも、僕は」
「夢が無い、だろ。でもそれは、夢が無いってことは。生きちゃいけない理由じゃないぜ。
お前は、生きたいがために生きようとしたんだろ。死にたくないからあたしから逃げて、猪突猛進を殺したんだろ。
死にたくない――立派な理由、願望、そして夢じゃねえか。
そうやって生き残って、お前はお前の夢を見つけりゃそれでいいんだよ……ただ、一つお願いがあるなら」
途中からは沈痛な顔で、目を伏せてそこまで言うと、一刀両断さんは立ち上がって。
「あたしを忘れないでくれ。お前が夢を手に入れるために、利用して殺した、この一刀両断を忘れないで欲しい。
それさえ約束してくれたら、あたしとお前で交渉成立だ。
さあ、ここを出て日本刀を取りに行こうぜ。日本刀の無いあたしなんて、マイクの無い歌手みたいなもんだからよ」
ポニーテールを揺らしながら、僕に手を差し伸べる。手を取れば交渉成立、そう瞳が訴えていた。
手を取るかどうか僕は迷った。
だって普通なら、生きている人を道具みたいに使ってまで生き残ろうとするなんて、考えられないことだからだ。
僕はただの男子高校生にすぎなくて。
人ひとりの人生を、生きてる人のこれからを、僕の裁量で決めて狂わせるなんて……、
そんな王様みたいな真似をしてしまえるほどに、僕は正しくも強くもないはずなのに。
どうすれば……良いんだろう?
――そうやって回り道な思考を。
紆余曲折を経て結局同じ場所にたどり着くのに、あえて迷うふりをしてしまった僕は。
一瞬、一刀両断さんから目を放してしまった。
一瞬。別の場所を、一刀両断さんの背後、薬局の入り口の方を。
(^U^)
見てしまった。
「あ」
(^U^)p
「……あぁあああああああぁあああぁ!!」
◆◆◆◆
そのとき一刀両断が見たのは、不可思議極まりない光景だった。
驚きに叫び声を上げたと思った紆余曲折の、顔が、
びりびりと。
ぐじゃぐじゃと。
るぐるぐと。
親愛なる友人からの手紙を破り捨てるときのように、
出来そこないの原稿を丸めてゴミ箱に捨てるときみたいに、
あるいは、ごろごろとした食材たちを、まとめてすりつぶす機械に入れてスイッチを入れたときみたいに、
捻じれて歪んで引きつって、崩れて壊れて破れて――ほんの数秒で、顔が顔じゃなくなってしまったのだ。
「んなっ……!?」
「いっどうりょうだんさ、う゛しろ、みぢゃ、っだめです!」
慌てて背後を確認しようとしたが、紆余曲折に強く止められる。
想像もつかない痛みと苦しみを《迂回》させながら発されたその声で、ようやく一刀両断も何が起きたかを理解した。
次いで背中に、猛烈な悪寒。
(^^)
「……ルール能力……っくそ!!」
背後から、誰かが迫ってきている。
そして恐らくそいつのルール能力は、「そいつの姿を見た瞬間」発動してしまうもので。
故に一刀両断は振り向けない……!
4秒。
紆余曲折が自分にかかる重圧を《迂回》させることができるのは、たったそれだけの時間だ。
「ご、めんな、ざ、もう無rあ、ああ、あああっあ、あ゛ああ゛あが……くっあああああ!!!」
だから紆余曲折からはこれ以上の情報は得ることができない。
4秒間の《迂回》のよって痛みへの覚悟ができてしまっているがゆえに、
悲しいことに意識を失うことなく痛みを叫び始める。
一刀両断はそんな紆余曲折の姿を見てぎりぎりと歯を噛んだ。
なにが盾だ? なにが守るだ? 悔しさと怒りが入り混じった感情が憤怒となって思考を邪魔する。
いや邪魔すんな。
……邪魔してんじゃねえ!
(^^)ザッザッザッ
娯楽施設の床はカーペット状。靴の音は聞こえない。
だが、娯楽施設内には「参加者」以外の立てる音は無い。だからよく聞き耳を立てれば、後ろから聞こえてくるかすかな音、
衣擦れの音がそいつとの距離を教えてくれた。
――衣擦れが、聞こえるほどに、近いのだ。
(^U^)ニヤ……。
ぴくりとも動くことは許されなかった。
一刀両断はそうしなければ、作戦を立てることもできないほどに追いつめられていた。
相手は武器を持っている? 持っているだろう。ただ飛び道具や銃じゃない。だったらすでに殺されている。
そもそも、ルール能力による殺し合いが目的となるこの実験において、
能力の強さをくつがえす威力を持つ「銃」と言う武器はそう多く支給されてないはず。
つまり……まだ、手はある。
「逃げるぞ紆余!」
「あがっ! ぐ、ばがぅあ、はいっ……!」
顔を両手で押さえながら苦しんでいる紆余曲折の手を握る。
ムリヤリにでも引っ張って、階段を下りて一階に行く。そうして日本刀を意地でも探しだして反撃する。
一刀両断にできる行動はもはやそれしかなかった。振り向いてはいけない、見てはいけない相手なんて、
目を瞑りながら《一刀両断》してしまう以外にどう殺せばいいのか見当もつかない。
だから手を取って――走り出そうと、した。
しかしその手を、掴まれた。
(^U^)つ
ふふ、ふふふふふふ……笑いながら一刀両断の手を掴んだのは、黒いスーツを纏ったごつごつとした手。
破顔一笑の名を付けられたその男は、ここに来る前××財団の要人のボディーガードをしていた。
要人を守るために鍛え上げられたその格闘・射撃の能力は、常人とはまるでレベルが違う。
いくら一刀両断や紆余曲折が、戦闘中に機転を利かせようとも。
圧倒的な地力の差の前では、それは小さな抵抗にすぎないのだ。
そう……例えば。
常人ならざる武術の達人からレクチャーを受けた、成長し続ける格闘家でもないかぎり。
破顔一笑を止めることなど、到底できないだろう。
一刀両断は逃げられないことを悟り観念する。
紆余曲折は見えない視界の中で全く引かない苦しみに打ちひしがれる。
破顔一笑は獲物を捕らえられた喜びに、造りものの笑顔を真実に変えた。
「待てぇ! あんた――――何をしようとしてるんだぁ!」
そこに現れたのは。
赤いロン毛を真ん中で分けた、上半身裸のボクサー。
紆余曲折の叫びを聞いて駆け付けた、その男の名前は切磋琢磨。
(^U^)……。
場の空気は一変する。
破顔一笑は長年の経験で悟ったのだ。
この中で一番最初に殺さなければいけないのは、今やってきた青年であると、空気が教えてくれていた。
《戦うたびに強くなる》ルール能力を持つその青年と、
《笑顔を見せた相手の顔をびりびりに破く》プロのボディーガード。
この、C-2二階薬局前において――そんな二名の戦いが、始まろうとしていた。
【C-2/娯楽施設二階・薬局前】
【紆余曲折/男子高校生】
【状態】顔面崩壊、背中に傷(処置済み)
【装備】なし
【持ち物】なし
【ルール能力】攻撃を4秒間迂回させることができる
【スタンス】生き残る
【一刀両断/ポニテの女】
【状態】軽傷、驚き
【装備】なし
【持ち物】なし
【ルール能力】持った刀はすべてを真っ二つにする
【スタンス】紆余曲折の盾
【切磋琢磨/見習いボクサー】
【状態】上半身裸
【装備】ボクシンググローブ
【持ち物】ピアス、釣り糸、上のシャツ
【ルール能力】誰かと戦うごとに強くなる
【スタンス】戦いたい
【破顔一笑/ボディーガード】
【状態】健康、笑顔、満腹
【装備】不明武器1
【持ち物】なし
【ルール能力】にやけ顔を見せると相手の顔がびりびりと破れる
【スタンス】マーダー
用語解説
【破顔一笑】
本来の意味はただ、顔をほころばせてにこりと笑うことである四字熟語。
転じすぎて四字熟語ロワでは、一笑にて顔を破く恐ろしい能力を持つ、とある財団のボディーガードの男。
スキンヘッドに加え常にニコニコと笑っている(本人には自覚なし、だったが今回の話で気付いたかも)が、
本来ならば守るべき要人の前でしか笑顔を見せないほどの朴念仁である。
ハンバーガーは照り焼きが好き。
最終更新:2012年01月15日 00:52