舞台装置

16◇舞台装置




「なあ《私》よ」
「どうした《私》よ」
「《私たち》はここで、この娯楽施設において、一体何を成すべきなのだろうか?」
「ははは、何を言う《私》」
「決まっているだろう《私》。どこであろうと同じだ」
「どこまでも《私たち》は”役者”――」「ならば自らに課せられた”役目”を全うするのみであろう」
「そうだ、その通りだ」
「分かっているじゃあないか《私》」
「だが」
「だが?」
「では《私》の”役目”とは何か? 殺し合うことか?」
「いいや、違う」
「違うぞ《私》」
「《私》に与えられた役名は”鏡花水月”」
「鏡に映る花、あるいは」
「あるいは水面に映る月のように、とらえどころのない美しさ」
「そう、鏡花水月に」
「そうだ、鏡花水月に」
「《私たち》は鏡花水月に成らなければならない」

 幻影のような薄い霞みに包まれた駐車場の一角。
 白銀の髪を厳かに装い、灰と浅葱の着物を着ている”役者”鏡花水月の声が、
 その空間の四方八方からまるでエコーのように響いていた。

 第一放送が流れても、鏡花水月は変わることなくA-2に鎮座している。
 いいや、より正確にいうなら《鏡花水月たち》だろう。
 鏡花水月はそのルール能力によって、エリア一つを貸し切って実体のある幻影を作り出す。
 ほら、今霧の中から数人の男が出てきた。
 それらはみな揃って鏡花水月の容姿をしている。
 ――この中で”本物”の鏡花水月は一人。他は全て幻想だ。
 だが、蜃気楼や陽炎と違うのは、それがエリア内であれば実体も持っているということだ。

「精査の結果。幻影の《私》が持つ幻影の武器は、この駐車場の車に確かに傷を与えた」
「ただし、与えた傷もまた幻想だ」
「幻想の傷を与えた車をエリア外に運んだ場合、車は元の状態に戻った」
「そう」
「傷を与える行為もまた、幻影」
「しかしエリアから出るまでは、幻影は実体に限りなく近い」
「つまり、ここで起こる出来事は、真実以外でも真実として扱われるということだ……」

 ずっとA-2に座し、来る者は惑わして四字熟語としての”役割”を果たそうとする鏡花水月だが、
 だからといって何もせずに時間を過ごしていたわけではない。
 自らのルール能力、《自分のいるエリア内に質量をもった幻影を発生させる》というそれについて、
 彼はこの数時間を使って調べ上げていたのだ。

「もう一つ分かったのは、作れる幻影には制限が課せられているということ」
「嘆かわしいことだが、どんな幻影でも作れるわけではないようだ」
「大きさの制限、作れるのは親指サイズから車サイズまで」
「被写体の制限、此方以外の参加者の幻影は作れない」
「そして……かなり小さな刺激であっても、”受けた”場合には幻影は立ち消えてしまう」

 水面に映る月が、少し水面に波紋を立てるだけで消えてしまうように。
 鏡花水月の作り出す幻想もまた、少しの刺激でさえ致命傷となってしまう。
 これらを踏まえると――無敵のように見えるこのルール能力にも、弱点は存在していることが分かる。
 だが、それらは見破られなければ問題が無いものだ。
 そして鏡花水月は見破らせない。だから、この空間のすべては、幻影に包まれる。

「鏡の前に置かれたその花が本当に実体なのかどうか、知る術などありはしない」
「だがしかし、鏡の向こうに見える花は間違いなく幻想だ」
「不確かな実体と、確実な幻想」「人はこの両者を並べられると、幻想を選んでしまう生き物だ」
「自らの愚かさに気付くことはない」
「鏡の中へ抜けてしまった少女から見れば、此方こそ幻影であるかもしれないとは考えない」
「故に人は間違える――此方のような者にさえ、間違えさせられてしまう」
「……少女と言えば《私》。
 先の男が言っていた少女は、まだ生きているようだな」
「そうだな《私》。
 だが、《私》が騙したあの男は死んでしまったらしい」
「悲しいか?」
「いいや、悲しくはない。それがあの男の”役目”であったのだろうと、不思議と得心している」
「恐いか?」
「いいや、恐くはない。此方も人だ、いつかは死ぬる。
 次がもし此方の番であったとしても、悔いのない人生を”演じて”きたつもりだ」
「そうか――なあ、《私》。”演じた”人生は楽しかったか」
「《私》なのだから分かっているのだろう。なぜ聞く」
「いいや、これもまた一つの、《私》の”役目”であるからだ」
「そうか……ああ、そうだな」
「幻想ではない実態を確認しておかねばならないのは、此方もだ」
「《私》がその問いに答えを出せないことも含めて……《私》はいつも、決まった演目を演奏するだけの機械だった」

 振り返ると鏡花水月は、自ら役者として役に徹するあまり、
 それ以外の記憶がほとんど疎かになっていたらしい。
 主催者側からの記憶操作はほとんどされておらず、代わりに嫌がらせのように、
 自分の姿と目線以外に×が乱れ飛んで霞みがかっている。

 さらに、多くのシーンは、三人称視点から自分を見つめた姿で脳内再生される。
 否応なしに、ここに来る前の自分を見せつけられるのだ。
 確かに綺麗だった。
 鏡花水月と成った男が舞っていた舞台は、とても綺麗で完全だった。
 だが――それだけだ。

「元からある”役”を完全に演じたところで。それはただ、言われたとおりに役を再現するのと同じなのだ」
「此方はただ、立派な葦として生えているだけで」
「造花でその身を飾らない代わりに、自分の意志で葉を広げようと考えることを、放棄している」
「ここですら。殺し合えと言われてなお、《私たち》は破綻してしまっている」
「自らの命よりも”役割”を優先している」
「鏡花水月になることで、舞台装置と化すことで」
「もし過ちを犯しても、此方ではなく”役”のせいであると言えるように……弱き心に予防線を張っているだけ」
「弱いのだ、《私》は」
「《私たち》は。結局誰もが、その結論に達する。人間は――弱いのだ」

 ああ。
 だから此方は、ただこのA-2に鎮座する舞台装置であろう。
 誰も聞くものが居ない場所。
 虚実の存在が入り混じる霞みの中で、鏡花水月は真実の言葉だけを連ねて、
 自らの”役割”を改めて認識した。

 ここにあるのは舞台装置。
 迷い込んで来たものを惑わすだけ惑わして、ただそれだけの、鏡花水月。

「誰も来ずとも構わない。誰かが来ても、構わない」
「夢を見る者、願う者、信じる者――《私たち》はその幻想を壊さない」
「壊さないことで、救われるか?」
「それとも先の男のように、破滅に向かうか?」
「願わくば、その顛末に最後まで、此方が関与せぬことを」

 ふ、と消える。
 駐車場のあちこちに薄くかげっていた霞が、鏡花水月の”独り言”の終わりとともに晴れ、
 表向きA-2は何もない世界へと回帰する。
 ――誰かが。このA-2へと這入ってこようとしているのを、鏡花水月は察知したのだ。

「……うむ。問題はない。心配はいらない」
「此方は今回も、いつもと変わらない演目を成し遂げる」

 さあ来いとばかりに発した凛とした視線は、侵入者の”二人”に届いているだろうか?
 分からない。
 分からないが、どうせ鏡花水月のやることは変わらないのだから関係ない。
 惑わして、惑わすだけだ。
 他のことをするつもりは、鏡花水月には無かった。

 ふと、先ほどの男――心機一転との会話を思い出す。

 心機一転をやり過ごすために、あのときは適当なことを言った。
 彼を追っていたらしい少女……勇気凛々が現れたら説教でも食らわせてやるなどと。
 笑止千万だ。
 説教とは人格者が行うものだ。
 どこまでも役者でしかない鏡花水月に、説教などできようはずもない。

「まだ生きているのだったな、件の少女は。
 もしこのA-2に現れたら人格者の”役”でも演じてやろうか」
「むろん、真実味のない説教など、聞いても疎ましいだけであろうが……」

「ときに真実は、幻想を凌駕するほどに幻想だ。一秒先に何が起こるかなんて、お天道様でも分かるまい」

 いつまでたっても曇ったままの空を見上げ、鏡花水月はひとりごちた。
 けして日の目を浴びることのない殺し合いは続く。
 決められている演目のように、悲劇的に。


【A-2/駐車場A地区】

【鏡花水月/舞台役者】
【状態】健康
【装備】不明
【持ち物】不明
【ルール能力】自分のいるエリア内に質量を持った幻影を発生させる
【スタンス】A-2に迷い込んだ参加者をただ惑わす



真打登場 前のお話
次のお話 一発殴る

前のお話 四字熟語 次のお話
幻影水鏡 鏡花水月 戦乱の演

用語解説

【鏡花水月】
鏡に映った美しい花と水に映った美しい月。見えていても手に取ることはできない、
はかない幻のたとえ。某死神漫画のボスが使う刀の名前としても有名である。
四字熟語ロワでは、それと似たような能力を持つ小さな劇座の舞台役者。
与えられた役に徹することを決めた彼は、果たして役目を全うできるのか。

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最終更新:2012年02月27日 16:28
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