真打登場

15◇真打登場



 まるで学芸会で子供が鳴らすチープなベルの音に似た、
 ずいぶん気の抜けた音とともにそれは始まった。
 突然の”店内放送”は、会場内にいるほとんどの者にとって衝撃を与える内容だった。

 ある者は戦闘で与えられた痛みに苦痛を感じながらこれを聞いたことだろう。
 またある者は、まさに死を覚悟した瞬間にこれを聞いたことだろう。
 一方的に叩き付けられた真実は、娯楽施設で生き抜いている残り十二人の心を、
 ある者は小さく、またある者は大きく揺さぶったことだろう。

 しかしそんな中でおそらくただ一人。ボクは放送に対して何も感じなかった。
 放送が始まっても意に介さずにすたすたと娯楽施設内を歩き、
 いま、ボクは初めて施設から出ようとしている。
 灰色の髪の毛を横に流し、すらっとした身体をきびきびと動かして歩くボクは、
 ウィィン、と目の前で開いていく自動ドアになんの感慨も抱かず。
 トレードマークの銀縁メガネをくいっとあげて、小さくつぶやくのだった。

「……アデュー、ですか。
 まったく、このボクをこんなふざけたゲームに参加させておいて、よくあんな口が利けたものだ」

 ボクの名前は先手必勝といった。
 ボクはどんな分野でも、誰よりも先手を取る男だった。
 勉強? 当然授業より早く進めた。
 遊機? 誰よりも早くクリアする、当たり前だ。
 恋愛? そんなものは小学生の時にすべてを理解した。
 喧嘩? 好みではないが、すると決めたら自分から仕掛けた。
 そしてすべて成功した。
 理解すること、挑戦すること、応用すること。
 全部において先手は必勝。誰より早く物事を吸収して運用する者が頂点に立つ。
 だからボクは、殺し合いの現状をすぐ受け入れてある作戦を立てた。
 とても悔しいが、導き出した先手はボクの信条と真逆の作戦。
 ”第一放送が起こるまでは事を荒立てず、準備に徹する”ことだった。

「ここがA-1。本当に何もないのですね……っと、死体はあるか。こいつは……心機一転」

 第一放送が流れた今、ボクが裏で雌伏を待つ時間は終わった。
 ここまでは意図的に他の参加者との関わりを避けていたが、ここからは違う。
 ――ここからは、ボクのステージが始まる。
 ボクはまず、禁止エリアに指定されることになったA-1に行ってみた。
 そこは地図では何もないエリアになっていたが、なるほどその通りだった。
 駐車場でも、施設でもない。ただ植木と車の出入り口があるだけのゾーンだ。
 むろん、外には出れないよう厳重に封鎖されてはいるが――っと、ボクが描写すべきはそこではない。
 この死体だ。

「まだ血は暖かい……死因は、この刺し傷で間違いありませんね。長い刃物で胸を一突き。
 服装がところどころ乱れているから、揉みあった末の殺害であったことが分かります。
 やはりここに来て正解でした」

 ボクがA-1に足を向けたのは禁止エリアに指定されたからではない。
 そこに死体があるはずだ、というアタリをつけていたからだ。
 実は見たのだ。
 さっきボクが通って出た出口から、血に濡れた日本刀を持った男が一人、娯楽施設の中に入っていくのを。
 思った通りA-1では殺人劇があった。
 苦悶の表情で仰向けに眠る心機一転と、血に濡れたコンクリートがその証拠だ。
 おや……足のあたりにある潰れた食品、これは何だ?
 草餅? 血で汚れていてよくわからない。
 ボクは一応、見開いたままになっていた心機一転の目を閉じさせてやり、考察を続ける。

「名簿に載っていた名前では確か、優柔不断、でしたか。9割間違いなくあの男の仕業でしょう。
 まったく名前の割に大胆な行動を取るものです。
 さて、ここに死体はあった。
 つまりボクの推測は、一つは当たっていて一つは外れていた――ということですね」

 放送の最後、奇々怪々はボクらにこう言い聞かせた。
 ”死んだ四字熟語は放送の後、この場から消える”というルールがあると。
 つまり心機一転の死体は消えて、血痕だけが残っているのではないか? そうボクは最初思っていた。
 あんな超常現象を見せられたあとだ、
 ボクは”消える”を”物理的に消える”のだと解釈したが、それは違うらしい。
 心機一転は、体ごとここに残っていた。
 では四字熟語が消えるとは、どういう意味なのか?

「ま……死体自体は確認できたことですし、A-1には戻らず、A-2方面へ進みましょうか。
 優柔不断は人を殺して気立っているはず。会わないほうがいいでしょう……さて」

 心機一転の死体から目を離して、ボクは植え込みの方を見つめた。
 よく観察すれば分かることだが、例えば植え込みゾーンの中に無理やり誰かが入った場合、
 植え込みの枝や葉っぱがまず確実に折れたり散ったりしている。
 娯楽施設を囲うようにして、この一メートルほどの高さの植え込みは生えている。
 本来なら人が隠れられる場所ではないが、このA-1ゾーンは何もないがゆえに植え込みの面積が広い。
 人が隠れるにはもってこいだろう。
 ボクはこの僅かな時間で見つけていた。植え込みの木の枝が数本落ちている場所。

 そしてその奥、
 僅かに植え込みの陰から覗いている金髪に染めた頭と青いドレス。

「問題は、この場にいるもう一人の方ですね」

 ボクがそうこぼすと、
 そんなボクの視線を知ってか知らずか、「くちゅん!」という可愛らしいくしゃみの音が小さく聞こえた。
 頭も隠していないし音も隠せていないお姫様があそこにはいらっしゃるようだ。
 さて、ボクはこういった隠れ人に対して、どういう行動を取るべきだろうか?
 ――当然、先手必勝だ。
 ボクはデイパックからボクの”武器”を取り出して、植え込みの中へ入っていった。


◇◇◇◇


 ・……当然先手必勝だ。
 とか啖呵を切ったボクだったが、三十秒後、ボクはこの娯楽施設に呼ばれてから初めて、
 頭がおかしくなるんじゃないかと思うくらい衝撃的な出来事に遭遇した。
 思わず呟いてしまう。

「これは――理解を越えている……」
「あわ、ちょ、待って! 見ないで! ホント見ないで、やめ、は、恥ずかしいっ」

 金髪の頭を90度傾けてボクから彼女は目をそらす。
 それもそうだ、普段なら絶対に見られるはずがない姿を見られて、恥ずかしく思わない人間はいない。
 ――青いドレスのお姫様は、下着を下ろした状態で膝を折り曲げ、地面にしゃがみこんでいた。
 そしてその状態で体全体をぶるぶると震わせながら、いかにも寒そうに両腕で体を抱いていたのだ。
 確かにこの辺りだけ妙に寒い。まるで冷房が効きすぎた部屋にいるようだ。
 さて、どうしたものか?
 ボクは銀縁メガネをくいっと上げて冷静さを保ちながら質問する。

「えーっと、どうしてこんな状態に?」
「見ないでってばぁ」
「……質問に返答を。これは一体?」
「トイレよ! 言わせんな!」
「落ち着いていただきたい。ボクの経験上、人間の尿には冷房効果なんて期待できないはずですが」
「だからそれは……あーもう聞いてよ!」

 がくがくと震わせて、若干紫になってしまっている唇を動かし、彼女は語った。
 彼女の名前は青息吐息。
 気付いたらA-1にいた彼女は、ギャルっぽい容姿に似合わず現実的、悲観的な思考の持ち主らしい。
 この娯楽施設から、殺し合いから逃げられないことを悟った彼女は、ひとつため息をついたと言う。

「そしたら、ついたため息が、《ありえないくらい冷たかった》のよ!
 どうもこれがあたしのルール能力みたいなの。
 《ため息がすごい冷たい》って言うだけだと弱そうに見えるけど実際死活問題よ。
 寒いと何にもやる気なくなっちゃうし、考え方だってもうどんどん悪い方にいっちゃうじゃない?
 でまたため息をついて、ってサイクルだったわけ! しかも、その、……トイレもいきたくなるでしょ?」
「分からなくはありませんね」
「でしょ!
 それで建物の中に行こうとするじゃない、でもトイレに入ったとこもし見られたら、絶対殺されるって気付いたの。
 この茂みの中なら誰かが近づいてきたときすぐ分かるし、安心かなって思って用を足すことにしたの」
「しかし、そこでもまたため息をついてしまい……《手足が凍ったように動かなくなってしまった》?」
「……そうなの。よく分かったわね」
「足の血色を見れば一目で分かることですよ。動けたらパンツくらい履くはずですしね」
「――ッ! だから見ないでってー!」

 目を><の形にして首を振る青息吐息に代わったわけではないが、ボクはため息をついた。
 正直言って想定外だ。
 この期に及んでボク以外に”全く動いていない参加者”がいたことに驚かざるを得ない。
 ボクですら、軽妙洒脱という気の良さそうな男とひと悶着あったというのに。

(どうする、ボク? 計画ならば、第一放送までの間に疲弊した参加者を討ち取っていく算段だったが……)

 ボクは考える。
 明かしてしまうが、ボクのルール能力は《先手を取れば勝利する》という論理能力だ。
 軽妙洒脱と三度行ったエアホッケーは全勝したが、
 どのゲームでも実は、最初の一点を決めていたのはボクだった。
 さらに、最初の攻撃を成功させた瞬間、ボクの頭の中には勝利への方程式が組みあがっていた。
 そうしたらあとは、方程式に従うだけでいい。
 ボクの立てた方程式通りにゲームは展開し――ボクは勝利する、と、そういう力だ。
 このルール能力を使ってボクは、必ず先に攻撃できる相手。
 言い換えれば、手負いの相手や疲弊した相手を狙って殺し合いを進めるつもりでいた。

 では今出会ったこの女性、青息吐息に対し、ボクはどう振る舞うべきか?

(とりあえず――”武器”を使えば殺すことはできる、はず。
 ただ、この《冷たい空気》に触れた時点で”被攻撃判定”がかかっている場合。
 この場合、今から攻撃しようとしても、《先手》にはならない可能性がある。試してみますか)

 顔をそらして、「もうやだ……お嫁いけない……」とため息をつき始めた青息吐息に気付かれないように、
 ボクはそっと背中に隠していた”武器”を彼女に向ける。
 どうやら向けるところまでは問題ないようだ。
 だがしかし、

(…………。駄目ですね)

 ボクはそっと”武器”をデイパックにしまった。やはり、”判定”は有効らしい。
 攻撃を加えようとする手は、凍ったように動かなかった。
 気づかれるわけにはいかないが、どうやらボクが青息吐息を殺すには数手の苦労が必要なようだ。
 そうなると現状は、――なんとか言いくるめて協力関係を結ぶのが妥当だろう。
 空気を変えるためにボクは手をポンと叩いて笑顔を作る。
 笑顔は苦手だが。

「ともかく。青息吐息さんもそのまま動けないのでは危ないでしょう。ボクがなんとかしてみせますよ」
「うわ。あんた笑顔すっごい気持ち悪いよ。やめた方がいいんじゃない」
「じゃあやめました。あなたを助けるのもやめていいですね」
「あ、それっは! 勘弁して! ごめんなさい助けて観音様~」
「……はいはい、助けてしんぜます。あとボクは先手必勝と言います、お見知りおきを」
「じゃあセンくん助けて!」

 突然ニックネームのようなものを付けられてしまったようだが、もう気にするのも面倒だった。
 どうも調子が狂う。冷静に、冷静に。銀縁メガネを再度くいっと上げる。  
 再び><になっている青色吐息さん(どうもテンションの上下が激しいようだ)を無視して、
 ボクはデイパックを開けて何か体を温めるものがないか探す。
 軽妙洒脱と同様、ボクも第一放送までの時間で娯楽施設を回り、色々と使えそうなものを調達した。
 体を温めるということは考えていなかったが、何か使えるものがあるかもしれない。

「お酒は? 体を温めるならこれでどうにかなるかと」
「アルコールはやだ。ノンアルコールならありかもしれないけど」
「ええ、やだとか何を言って……?」
「あたしは21よ。あんたは?」
「20ですが」

 とボクがいうと、あからさまに青息吐息はどやっとした顔をしてふんぞり返った。
 ホントに年上なのか疑わしい態度だ。
 いい加減首筋にムカつきマークを浮かばせながら、あくまで表情は冷静にボクはさらにデイパックを漁る、
 が、めぼしいものはない。やっぱり見捨ててしまうべきか……?

「ん?」

 デイパックを閉め、大した意味もなく辺りを見回すと、ボクは新たな発見をした。

「なに? 何か見つけたの……? そういえば何かこの変に落ちてるはずなのよ。
 さっき誰かがあたしの方に何か投げてきてね、頭に直撃したの! ちょっと痛かった。誰がやったのかしら」
「そういうことは早く言ってください。
 ここに何か落ちて……これは……お饅頭、ですね」

 あえて”お饅頭”としたが、青息吐息から見えないところでじっと見つめると、ある文章が包み紙に書いてある。
 ――激辛唐辛子を練りこんだ職人技のよもぎ団子! これをしれっと参加者に渡して口内にダメージを与えよう!
 誰が書いたかしれないが、悪趣味な文章だなあとボクは思う。
 それにしても。誰が捨てたのかは知らないが、このめぐり合わせは運命か何かだろうか?
 思わず吹き出しそうになり、ボクは慌てて口を押えた。

「ぼふぅっ……げほ、ささ、さあて。青息吐息さん。あなたお腹が空いていませんか?」
「え? そりゃあ空いているわ。イタリア料理とか食べたい。はぁ~、もうホント災難よねって冷たっ! あう」
「では」

 ボクはそそくさとよもぎ団子の包み紙をはがし、大きく開いていた青息吐息さんの口に突っ込んであげた。

「もがっ!?」
「ボクはいいのでこれをお食べ下さい! 美味しいと思いますよ、きっと」
「もがっ? もぐもが……もがが?」

 唐辛子に含まれるカプサイシンには体を温める効果があるという。
 きっと青息吐息さんにとってこれは、美味しさと実益を兼ねた食べ物として機能してくれることだろう。
 うん、きっとそうだ。
 ボクはやりとげたような気持ちになって、もういちど銀縁メガネをくいっと上げた。

「ねえちょっといきなり何を――――ってえええええええ!!」

 数秒後、このプレゼントを青息吐息さんは飛び上がって喜んでくれた。
 毒は入っていないようで、いやあ、本当によかった。


【A-1/植え込みゾーン】

【青息吐息/ギャルっぽい女】
【状態】辛いっ;;
【装備】なし
【持ち物】不明武器1
【ルール能力】ため息がすごい冷たい
【スタンス】保守派


【先手必勝/銀縁メガネ】
【状態】ぷくくく……
【装備】なし
【持ち物】不明武器1、缶ビール数本など役に立ちそうなもの
【ルール能力】先手を取れば勝利する
【スタンス】漁夫の利狙い


第一放送 前のお話
次のお話 舞台装置

前のお話 四字熟語 次のお話
     青息吐息 戦乱の演
     先手必勝 戦乱の演

用語解説

【真打登場】
「真打ち」とは落語界の言葉で、最後に登場する最上位の落語家を指すのだとか。
ほとんどのキャラが二話以上出ている中で最後の登場となった青息吐息・先手必勝の二名だが、
タイトル通り彼らは真打ちレベルの力を出せるのだろうか?
なお、青息吐息は「因果往訪」、先手必勝は「重い荷物」で出ているといえば出ている。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年02月27日 16:28
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。