完全試合

25◇完全試合




「――やあやあ皆の衆。用意はいいか?」
「絢爛なる舞台はいよいよ今日、このA-2地区にて開演する」
「役者は《私》、鏡花水月」
「そして禁止エリアから辛くも逃げおおせた、二名の哀れなる男女」
「男は銀髪の青二才、銀縁の眼鏡を鼻にかけ、右手に握るは製作元不明の拳銃」
「女は金髪に青い衣を纏い、腫れた唇を気にしつつ腰引け気味に、しかし強く角材を握る」
「対し《私》はルール能力によって創った幻想でこれを迎え撃つ」
「演目は、戦乱」
「幻想と真実、銃声と金属音」
「血と涙が画面に散るような内容だ」
「ただし観客の皆様、これがただの殺陣でないことはご存知かと思う」
「つまるところこれは実写、実演」
「CGや合成など使いようもない、本物の殺し合いなのだ」
「ただし」
「《私》が本物かどうかは分からない」
「この殺し合いには」
「幻想が、入り混じっている」

 木拍子のカンという音が鳴る。
 薄曇りの空の下、まるで雲の中に包まれたように薄く霧がかかった駐車場の一角で、
 演目の開始を告げるその音を鳴らしたのは、浅葱色の着物を着た男、鏡花水月。
 その右隣には、チェーンソーを持った男。
 その左隣には、拳銃を持った男。
 さらに、右の男の隣には西洋風の長剣を持った男。
 さらに、左の男の隣にはアイアンメイスを持った男が立っている。
 並ぶ車を背にして、
 全く同じ動作で顔を上げながら五人の男が口を揃える。

「「「「「――さあ、戦乱の。はじまり、はじまりだ――」」」」」

 男たちはみな一様に浅葱色の着物を着ており、全員が同じ顔をしていた。
 つまり彼ら五人は……おそらく全員が、鏡花水月のルール能力によって創られた実体のある幻想なのだ。

「いやはや、驚きですね。《幻想》を作るルール能力ですか。
 せっかく撃った一発が無駄になってしまいましたよ……面倒な相手と当たったもんだ」
「驚くことではないだろう。人が一体何人をその内に宿していると思う?
 今回のこれは、それとは関係は無いがな」
「ほう。って関係ないんですか。そういう比喩はしないで頂きたい、ですねっ!」
「きゃぁっ!?」

 会話を打ち切って放たれたのは先手必勝の裏拳だ。
 虚空に向かって放たれたかと思われたそれは、金属質のなにかに、次いで何者かに当たって頬をえぐった。
 そこにいたのは鎌を振り下ろす六人目の《鏡花水月》。
 彼は前方から現れた五名に気を取らせておいて、対峙する二人の背後から六人目を登場させていたのだ。
 《鏡花水月》は攻撃を受け、どろんと煙を残して消える。
 青息吐息が突然のことに後ろを振り向くが、そこにすでに敵の姿はなかった。

「目線。気をつけたほうがいいですよ。奇襲をするのであればね。」

 先手必勝はメガネをくいっと上げながら呟く。
 銀色に澄んだ瞳は、鏡花水月の僅かな挙動すら逃さない。

「やるな小僧。次からは、そちらにも気を付けて《幻想》を張らねばな」
「ええ、そのほうがいいでしょうね。そうする前に死ぬかもしれません、が!」
「あ、ま、待って!」

 続いて攻めたのは先手必勝。青息吐息も置いて行かれるのを恐れ、走り出した彼に続く。
 とん、たん、と大股でステップを踏んで、勢いづいたまま拳を木拍子の鏡花水月に叩き込む。
 慌ててガードするも、《幻想の鏡花水月》はそもそも衝撃に弱い。
 ガードごと木拍子を破壊。どろん。煙と化す。

「さて、本体は誰でしょうかね?」
「むっ」「おおっ」

 さらにもう片方の手に持った拳銃が垂直に火を噴いた。
 一、二。
 弾数を気にする必要はない。
 いかなる技術か、《百発百中》と銘の入ったこの拳銃は、
 どんな体勢から売っても命中精度が高くなるうえ、弾が百発まで減らないようになっているらしかった。
 銃撃を受け、中央の先手必勝を囲むように襲いかかってきていた、
 チェーンソーと拳銃の二名が弾を喰らい煙になって消える。
 残る反対側の長剣、アイアンメイスのほうは――青息吐息が振り回す角材と打ち合っていた。

「えいっ、えいっ! えいいっ! このこのっ」

 またもや目を><にしている上、足をがに股に開いて角材をぶん回す青息吐息の姿は、
 お世辞にも見ていて気持ちのいい姿ではない。
 攻撃を加えようとしている長剣&アイアンメイスの鏡花水月すらしかめっ面である。
 どうやら彼としては”いただけない”展開のようだ。

「貴様。この娘をどうにかせよ」
「あなたが言いますかそれ・……青息吐息さん、せめて目は開けましょう。どこのギャグマンガですか」
「せっセンくんっ! 目を開けるってどうやればいいんだっけ!」
「だから、パニクりすぎてますって。顔の筋肉を緩めて。深呼吸して」
「えっ、あっ、すー、はー」
「……大根役者では上手くいかぬものだな」
「まあまあ、そうがっかりなさらずに。お相手は、ボクがしましょう」
「来い」

 持て余し気味の鏡花水月に先手必勝が殴りかかる。
 まずフェイントを入れて長剣を回避、がら空きの側面にワン・ツーでこれを葬ると、
 振り下ろされるアイアンメイスを半ば倒れるように避け、地面でくるり、回転して足を叩く。

「《幻想》だろうと、重い武器はその細腕にはきついのでは?」
「ふむ。貴様は良い」

 鏡花水月は敵を褒めながら、アイアンメイスの重みも相まって地面へと倒される。
 回転の勢いで即座に立ち上がった先手必勝が、その顔に拳銃を向けている。
 起き上がる隙は与えない。
 銃声。
 消えていくアイアンメイスと《鏡花水月》。
 これで全員撃破。

「ま、とりあえずはこんなもんですね。でも――」
「「そうだ」」
「「《私》は」」
「「まだいるぞ……」」
「「こんなにも」」
「せ、センくん! また出てきた、またぁ! もうやだ何なの!」

 近くの車からにゅるりと這い出るようにして、新たな《鏡花水月》の群れが現れた。
 今度は八人。獲物は弓矢からヌンチャクに打撃棒、果ては着火済みの爆弾を持っている者までいる。
 おそらく先ほどと同じでこれもすべて《幻想》。
 だが、角材と打ち合える。つまり実体があり、見た目だけでは幻想なのかどうか判断が付かないのだ。
 先手必勝のルール能力は一回でも攻撃を喰らってしまえば終わり。
 《幻想の武器》だろうとおそらくカウントに入る。
 つまり、自分は一回も攻撃を喰らうわけにはいかず……その上で、相手の本体を突き止めなければいけない。
 青息吐息ほどではないが、ため息の一つでも付きたい状況だ。

「まったく、貧乏くじですね」

 短く息を整えて。
 先手必勝は、こんなこともあろうかと習っておいた簡単な格闘術の構えを取る。
 テコンドーの流れを汲んだ足技主体のスタイル。
 ピアノと同じくらい使う機会が無いと思っていたものだが、乱戦となった今、非常に重宝している。

「さて。まだ《ため息》は使えないんですよね、青息吐息さん」
「え、ええ。ってか、あんたが! あたしをたらこ唇にしたせいだけどね!」

 横でぜぇぜぇ言っている青息吐息は、激辛よもぎ団子の反動でいまだルール能力が使えず、戦闘も不得手。
 残念ながら戦力には数えられないと言わざるを得なかった。
 それでも、現状では先手必勝ひとりでどうにか戦えている、
 だがそれはあくまで鏡花水月が本気を出していないからに過ぎない。
 何故かはわからない。
 これが自分の”役割”である。なんてことを言っていたような気もする。
 どうも、鏡花水月の中にはなにか常軌を逸した考えがあるようだ。そう先手必勝は感じていた。
 そして今のままでは彼を倒すことは不可能だということも。
 だが今は――襲い掛かってくる二人の鏡花水月に対し、先手必勝は垂直に前足を伸ばして牽制する。

「ぐぬぅ」「呆けていたかと思えば……!」
「ふっ!」

 止まった《幻影》に向かって伸ばしていた足をスタンプするように押し付ける。
 ちょっとの刺激で消えるなら何も技を使う必要もない。
 ぼわん、ぼわん。
 消えるハルバードと薙刀。
 続いて前転、から逆立ち体勢を作り、両足を大きく回して二人の首を刈る。
 ぼわん、ぼわん。
 消える弓矢と打撃棒。
 逆さまになった視界の隅に、角材をヌンチャクに絡められている青息吐息が見える。
 正直、構っている暇はないが。

「やれやれ」

 ここは拳銃で。
 ヌンチャクの鏡花水月の後ろ数メートルに居た、着火済み爆弾の鏡花水月を狙う。
 もちろん、爆弾をだ。

「ちょ、センくん! あたしいる――」

 どおおおん!
 爆音は思った通り、そこまで大きくはなかった。
 しいて言うなら青息吐息が爆煙を浴びて顔を少し黒くしたが、ダメージはない。
 精密な狙いにより雷管を打たれて爆発した爆弾は見事に周りを巻き込んで、
 ヌンチャクを含む八人の《鏡花水月》も全滅。霧がかったA-2の駐車場に再び静寂が訪れた。

「げほっ、げほっ……センくんのばか。あたしが今ので死んだらどうするつもりだったのよっ」
「墓参りには行きましょう」
「ひどい!?」
「墓に彫ってある名前が分からない以上、無理ですけどね。
 それと、ボクの見立てでは、さっきのは間違いなく青息吐息さんは助かるようになってましたよ」
「……どういうこと?」
「相手はどうやら、真面目に戦うつもりが無い。どころか、殺し合いを演出するだけで、
 実際には殺し合いをする気がさらさらないということです。今だって相手は襲ってきてないでしょう?」
「そういえば」

 青息吐息は辺りを見回す。
 不気味な静寂。霧はかかっているものの、鏡花水月の姿は鳴りを潜めている。

「でも、あの《幻想》が、あんまり短時間にはいっぱい出せないのかも」
「それはないでしょうね」
「なんで?」
「注意深く周りを見ればわかることですよ。車の数、こんなに多かったですかね?」
「あっ! ほんとだ……」

 よく見ると、青息吐息と先手必勝を囲むようにして、いつのまにか駐車場の車が並んでいる。
 本来は一列に並んでいたはずだ。
 それがこうなっているということは、車のいくつかは《幻影》だということ。
 《幻影》が完全に使えなくなっているわけではない、ということだ。

「戦うフリを見せて、じわじわとこちらの体力を奪う作戦に出ているのかもしれませんね。
 自分は疲れることなく、完全試合を狙う。根本の発想はボクと同じだ」
「う……やっぱりあの人、あたし達を、殺す気なのかしら」
「それは分かりません。ですがこのままでは、ボクたちは彼にいいように弄ばれているだけです。
 少なくとも同じステージに……舞台の上で踊る駒でなく、対局相手の人間として認められなければ、
 あの男の真意も分かりようがない。何かいい手は……おや」
「うわ、また来た!」

 おしゃべりはそのくらいにしろと言わんばかりに、再び霧がうごめいた。
 次の瞬間にはすでに、青息吐息と先手必勝は十人の《鏡花水月》に囲まれていた。

「「「「「「「「「「無駄だぞ」」」」」」」」」」

 十人は口を揃えてそう言った。やはり色とりどりの武器を手に取って、一様にこちらを狙っている。

「貴様らでは」「《私》たちには叶わぬ」
「そのまま無傷で《私》たちの攻撃をかわし」
「かわしてかわして躱し続け」
「力尽きて地に倒れるがいい」
「くくく」「無血降伏、というわけだ」
「完全試合をするのはこちらだ」
「悔しかったら」「《私》たちを一度に倒すすべを編み出してみよ!」

 芝居がかった口調に、芝居がかった動き。
 先手必勝はこれを聞いて、やはり何を考えているのか分からない男だ、と、思う。
 先の一合にしても、こちらに銃がありながら爆弾を選択する時点で結果は見えていたようなものだ。
 むしろ爆弾の鏡花水月を用意しておくことで、こちらに突破口を与えていたようにすら感じる。
 青息吐息には「こちらの体力を削っているのでは」と説明したが、
 そもそも鏡花水月の側から見れば、最初から全力でこちらを仕留めた方が労力は少なく済む。
 いくらでも幻想を出せるなら、百人単位でピストルの幻影を出して一斉攻撃をさせればいいだけだ。
 なぜ遊んでいるのか。
 理解はできないが……まあ、生き残れるならそれでいい。
 疑問を後回しにして、先手必勝は青息吐息の方を向く。策が浮かんだ。向こうが教えてくれたようなものだが。

「センくん?」
「”アレ”貸してください」
「”アレ”?」

 返事を待たずに先手必勝が青息吐息のデイパックから取り出したのは、オーソドックスな拡声器だ。
 戦闘には全く役に立たないと思われるこのアイテム、一体どう使おうというのか。

「どうする気なの?」
「拡声器ですからね。当然、声を増幅するのが目的ですよ。
 青息吐息さん、叫べますね? これを手にしてあなたは叫んでください」
「……ええっ? いや、叫ぶならできるけど」
「いちにのさんでお願いします」

 用意を始めた二人に対し、鏡花水月の眉根がぴくりと動いたのを、先手必勝の眼は捉えていた。
 青息吐息がおずおずと拡声器を受け取る。同時に先手必勝は、横で拳銃を構える。
 そして、十人の《鏡花水月》に向かって言った。

「――そもそも音とは、空気の震え。”波”です。
 音の発生源が二つあれば”波”は重なり、共鳴現象が起こります。
 拡声器の音の大きさは約90デシベル。銃声は140デシベル。ではこの二つを共鳴させれば?」
「よく分からないけど……いちにのさん、のさんで叫ぶのよね?」
「ええ。行きますよ」

「「「「「――来るがいい」「こちらも向かうぞ!」」」」」

 二人の用意が出来るのを待っていたかのように、十人の《鏡花水月》たちが走り出した。
 ドス、双剣、ダガー、ボウガン、斧。
 火炎瓶、ナイフ、竹槍、ライフル、トンファー。
 沢山の武器。
 地を駆ける音。
 役者じみたよく通る叫び声。
 それらはとても、絵になる光景。
 呼応するようにして、二人はそれを迎え撃つ。
 青息吐息が息を吸う。
 先手必勝がカウントダウンを始める。

「いち、にの」

 ……そして。

「    『――さんっっ!!!』     」

 青息吐息の叫びと共に、先手必勝の銃が火を噴く。
 音は鼓膜を、
 そして空気を震わせ、
 さらに”波”を共鳴させて、A-2全体を揺らした。
 波紋上に広がった音は、
 腹の底まで響く衝撃を生み出して。 
 その衝撃は、鏡花水月の《幻影》にダメージを与えるに足りるものだった。

「「「「「「「「「「ぐぬぅ!」」」」」」」」」」

 ぼんぼんぼんぼんぼん!
 消えていく鏡花水月の群れ。
 これこそが、この脆弱さこそが《幻影》の唯一の弱点。
 先手必勝はまず、それを突くことに成功した。
 拡声器と銃声による波紋状音撃によって――鏡花水月の《幻影》と共に、
 二人を囲んでいた車の《幻影》、
 そして霧の《幻影》も晴れる。
 すると彼らの目の前に、幻影でない鏡花水月の姿が現れた。
 白日の下に、晒された。

「正解だ、演者たちよ。だが、ここまでだな」

 腕組みをして仁王立ちする鏡花水月には、歴戦の勇士のような風格があった。
 あるいはこれも演技なのかもしれない、と先手必勝は思う。
 全てが演技。自分の意思はそこにない。
 しかし、だとしても。演技を極め、これほどの風格を出せるこの男が、戦士でないと誰が言えようか?

「まだ余裕ですか。幻影はもう使えないというのに。貴方はもう、終わりですよ」
「いいや、逆だ。むしろお仕舞いなのは貴様らのほうだ」
「……どういうことです?」

 先手必勝は言葉を返す。
 現在の状況を客観的に見れば、終わっているのは鏡花水月のほうだ。
 銃撃と拡声器のコンビネーションで《幻影》は潰せる。つまり現状、鏡花水月にはルール能力が無いも同然。
 対し先手必勝は一撃入れれば勝ち。
 今この瞬間にも《百発百中》の拳銃で彼の命を終わらせることが出来る。
 そのはずなのに。鏡花水月には、焦りの色が微塵もない。
 これはどういうことなのか。考え始めた先手必勝の目に、青色吐息の持つ拡声器が映る。
 拡声器。
 音が拡がる。
 つまり、それは?

「まさか――拡声器を使わせることこそが、狙いだった?」
「そうだ」

 先手必勝が気づくと同時に、再び鏡花水月は霧に紛れていく。
 慌てて先手必勝は銃を撃つが、そのときにはすでに、彼の姿は消えていた。
 虚空から嘲笑うような声だけがする……。

「もはや貴様らに残された道は一つしかない。いますぐ無様にここから逃げよ。
 さもなくば、何が起こるか。貴様の頭脳なら理解できよう?」
「センくん、ど、どういうこと?」
「簡単な話ですよ。あの男は……最初から。
 こちらに拡声器があると知った瞬間から、ボクらに拡声器を使わせるつもりだったんです。
 見かけの芝居に気を取られて、すっかり忘れていた……!」

 拡声器を使うということは、人を呼び寄せてしまうということ。
 古今東西、殺し合いにおける絶対不変の鉄則は、この”実験”でさえ当てはまる。
 ただでさえ銃声という大きな音を鳴らしておきながら、さらに拡声器とそれを相乗させた先の一撃。
 おそらくその音は、娯楽施設全体に響いてしまっている。
 鏡花水月、先手必勝、青息吐息。
 この場の三人を除く残りの参加者は、最大九人、最少でも五人。
 そのうちの何人かが拡声器の真意を確かめにA-2に来ることは十分にありうる。

「あとはあの男が、やってくる参加者に対して助けを求めればいい。
 傷だらけの自分でも《幻想》で出しておけば、悪者はこちら。戦況は逆転、しかも自分の手は汚れない」
「そんな……あたしたち、嵌められたってこと……!?」
「ええ。何が”戦乱”だあの男。最初から、闘わずして勝つつもりだったんだ。
 くそ、このボクが。ボクが頭脳戦で後れをとるだと。そんなことがあって、良いというのか」

 先手必勝は歯噛みする。
 状況を打ち破るために編み出したはずの戦略すら、相手の思惑の内。
 何事にも先手必勝を貫いてきた彼にとって、この事実は深く心をえぐるものだった。
 思わず普段の冷静さを忘れ、汚い言葉を使いそうになってしまう。
 銀縁メガネを外す。
 それをポケットに一旦しまい、先手必勝は自分の頬を思い切り叩いた。
 自分に自分で攻撃する分には、先手でも後手でもない。
 が、隣に立つ青息吐息はその痛ましい行為に驚いたようで、恐る恐るといった様子で話しかける。

「センくん……」
「……落ち着きましょう。まだ、誰かが来ると決まったわけじゃありません。
 策はまだあります。青息吐息さんの《ため息》さえ回復すれば。時間があれば」
「センくん、落ち着けてないって。いったん逃げ――」
「時間などないぞ」

 だがそれを遮るように、また鏡花水月の声がする。
 青息吐息、先手必勝の二人は、その声の方向へと振り向いた。
 そこには、車が。
 駐車場に元からあった、あのハリボテの車が、
 いくつも空中に浮かんで――二人の方へと落ちてきていた。
 地面を見れば、《幻想》で出来た沢山の無骨な機械腕がタケノコのように生えている。
 どうやらあれで投げたらしい、
 というところまでしかこの事態を判断する余裕は彼らにはなかった。

「う……うおおおおおぉぉお!?」
「きゃああぁあ!?」

 奇しくもそれはあの傍若無人と同じ攻撃方法。
 そして、音の衝撃では消せない、実物による攻撃!

「”戦乱”はまだ続く。ため息をつく暇など与えぬ」 

 A-2エリアのどこかにて。
 鏡花水月がそう呟いたのを聞くものは誰もいなかった。
 続いて、ハリボテの車がコンクリートにぶつかる音が、たいそう大きくその場に響いた。 


【A-2/駐車場A地区】


【鏡花水月/舞台役者】
【状態】健康
【装備】不明
【持ち物】不明
【ルール能力】自分のいるエリア内に質量を持った幻影を発生させる
【スタンス】A-2に迷い込んだ参加者をただ惑わす

【青息吐息/ギャルっぽい女】
【状態】たらこ唇、きゃああああ!?
【装備】拡声器
【持ち物】なし
【ルール能力】ため息がすごい冷たい(使用不能)
【スタンス】保守派

【先手必勝/銀縁メガネ】
【状態】なんだって!?
【装備】拳銃
【持ち物】缶ビール数本など役に立ちそうなもの
【ルール能力】先手を取れば勝利する
【スタンス】漁夫の利狙い


仲間意識 前のお話
次のお話 鬼気迫る

前のお話 四字熟語 次のお話
戦乱の演 先手必勝 永久凍土
戦乱の演 青息吐息 永久凍土
戦乱の演 鏡花水月 永久凍土

用語解説

【拡声器】
平たく言えば声を大きくする装置。メガホンとも。
バトルロワイアル、もといパロロワにおけるこれは最高の死亡フラグの一つで、
主に対主催が人を集めたり殺し合いをやめるように呼びかけることが多い。
四字熟語ロワでは鏡花水月のルール能力を打破するキーとなった。

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最終更新:2012年03月31日 15:03
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