23◇仲間意識
「傍若無人?」
「ああ。そう名乗っていた。老師を殺した男はあいつで間違いないと思う。
俺はあいつを倒す。倒さなきゃいけないんだ。老師の仇を討つんだ」
「しっかし、信じられねぇ話だぜ。車を片手で持ち上げて? 投げて?
聞く限りじゃルール能力無しでも、全員倒せちまいそうな格闘の達人を……殺したってのかよ?」
「僕も信じられませんが……ルール能力が強大なのかもしれません。
リョーコさんみたいに一撃当てればいいだけなら、不意を突くことが出来ますし。
傍若無人。その四字熟語からは、まったく想像できませんが……」
「ルール能力か、それは考えてなかったな。
でも、さっきの破顔一笑もすごい能力を持っていたし、それかもしれない。
――ときに、一刀両断、それに紆余曲折」
「なんだ?」
「なんでしょう、タクマさん」
「言いづらいんだが……お腹が空いちまって。ここらでそろそろ、食事にしないか?」
ぐぎゅるるるるるる! 大きな音が娯楽施設の一角に轟いた。
音の発生源は、赤く染めた髪にタレ目な筋肉質の男、切磋琢磨だ。
実験開始からすでに六時間以上が経過している。
殺伐とした
殺し合いの中で体力を保つために食事は欠かせない。
破顔一笑との戦いの後、ひとしきりの治療を終えて休息も取り、
診療相談室で情報交換の席についていた紆余曲折と一刀両断も、思わず自分のお腹を押さえた。
「……そうだな。緊急事態になって腹が空腹を知らせねえとは言え、そろそろ食わないと元気がでないぜ。
ってもどこで食うんだ? 飲食店は数あるけど料理人はいないし。あたしが作ってもいいけど」
「リョーコさんは料理のできる”25歳”ですもんね」
「おい。紆余、25歳をなぜ強調した」
「すいません」
「すいませんで済んだら世界は楽だろーな! というかお前って冗談いうキャラだったか?」
「いや、言わなきゃいけない空気な気がしたんで……あー、タクマさん、どうします?」
「そうだな……ジャンクフードにしよう。下にバーガー屋があった。あそこなら、すぐ作ってすぐ食べれると思う」
「お、それは妙案だな。ついでにあたしも日本刀を取りに行けるぜ」
話は存外かんたんにまとまり、三人は診療相談室を出ることになった。
出がけに、デイパックに入っている持ち物を確認する。と言っても紆余曲折は最初の戦いで鉄の盾を失っており、
一刀両断は日本刀を紛失中、切磋琢磨は支給されたボクシンググローブを手に嵌めていて、
切磋琢磨のピアスと釣り糸以外に持ち物らしい持ち物はない。
「せっかくの(?)娯楽施設もといショッピングセンターだってのに、
何もカバンの中に入ってない、ってのもなんかおかしな話だよな。貧乏人かよあたしら」
「薬局に居ることだし、治療道具を数点持っていってもいいかもしれません。あまり重くなるのもあれだけど」
「そういえば……」
「?」
切磋琢磨が棚の一角を指差す。
不自然なくらい物が無くなっているスペースがそこにあった。
「あの辺の医療セットが根こそぎ消えてるな。二人が使ったのか?」
「いいや、あたしと紆余はちょっとしか使ってないぜ。
紆余の顔と背中のぶんを引いても、最初っからけっこうなかった。他の奴が取ってったんだろ」
「そうか。……役に立ってるといいな」
「きっと無駄になってるだろーよ。現にもう四人死んでる。ほら、紆余」
「え?」
「あたしの手、握れ。見えないんだろ」
切磋琢磨との会話を打ち切り、自然な動きで一刀両断は紆余曲折の手を取る。
「あ、ありがとうございます。でも一人で歩けなくは」
「これくらいさせてくれ。さっきはお前を守れなかった。あたしは今、少しでも自分を責めたい気分でな」
「……分かりました。じゃあ、お願いします」
彼女の言葉から何かの意を感じ取ったらしく、
紆余曲折はおずおずと確かめながら手を握り返す。
彼は破顔一笑のルール能力《自分の笑みを見た者の顔を破壊する》により顔面を崩壊させられており、
その顔には今はミイラのように包帯が巻かれていた。とても痛ましい姿だ。
もうこんなことをさせないためにも、あの傍若無人のような”乗っている”ものを倒さなければ。
言葉には出さずに、人知れず切磋琢磨は決意を新たにする。
(破顔一笑も結局、倒せてはいない。野放しにしてしまっている。――でも、俺はまた《強く》なれた。
このまま闘いを重ねていけば、きっともっと強くなれる。そのときは、老師の仇を……はっ!)
しかし、いつのまにかその思考が危ない方向に向かっていることに気付いた。
気づかせてくれたのは脳裏によぎった老師からの言葉だ。
曰く、切磋琢磨のルール能力《誰かと戦うたびに強くなる》は成長を短縮してしまう。
ゆえに慢心すれば自分の強さに取り込まれ、 強くなる目的を見失ってしまうだろう、と。
今の自分は――まさにそれではなかっただろうか?
(そうだ。あくまで強くなる目的は、主催を倒して”俺が強くなりたかった理由”を取り戻すことだ。
老師は仇討ちなど望んでいない……雑念を捨てなければ、勝てるわけがない)
思えば破顔一笑との戦いの最中も老師のことばかり考えていた気がする。
老師は無事なのか。老師なら、何をして勝つのだろうか。老師、老師と、師の影ばかり気にして戦えば、
負けることなど必然だ。四点流の構えは、自分で作り出すものなのだから。
「しかし、だとすれば俺は……どうすればいいんだ……?」
「ん? なんか言ったかタクマ」
「あー……、いや、なんでもない」
思索にふけっていると一刀両断に声をかけられた。
三人は階段を降り一階へ、そして娯楽施設の外と進んでいた。
まずは一刀両断が落とした刀を拾いに行き、それからメシだ。
「何考えてるかしらねえけど。お前、あんま考えないほうがいいと思うぜ。頭そんなに良かないだろ。
頭脳労働は紆余みたいなもやしっ子に任せとけばいいんだよ。
――なー、紆余。おねーさんこれから何すりゃいいよー?」
「ちょ、リョーコさん、何でべたべたしてくるんですか! さっきの仕返しですか」
「うんそうだけど?」
「開き直られた!? もうちょっと悪びれてくださいよ!」
「紆余、一刀、お前ら……仲が良いんだな」
切磋琢磨は、仲間のようにじゃれあう一刀両断と紆余曲折を見て呆然とする。
彼にとっての懸念はもう一つあった。先の情報交換で――この二人は殺し合った仲だと伝えられたのだ。
しかし今、目の前に見える二人はまるで往年の友人のようだ。
普通なら因縁が出来てもおかしくないはず・……喧嘩するほど仲がいい、で表していいものだろうか?
「おう。仲間だからな。な、紆余」
「リョーコさんは僕の護衛ですよ。”25歳”の」
「よしキレた。ころーす」「ひゃ! ギブギブ! 昇天しちゃ、これ! ごめんなさい!」
一歩引いた視線で、あくまで客観的に、疑えば。この仲の良さはどうにも演技臭いほどだった。
しかし。破顔一笑との闘いでは一刀両断に助けてもらったし、紆余曲折はとても悪い人間には見えない。
それに……こんな場所だからこそ、切磋琢磨は他人を疑いたくはなかった。
「俺も、二人の仲間。……で、いいんだよな?」
切磋琢磨は問いかけた。
すると、ギャグ漫画風に砂煙を発生させながらポカスカやっていた二人が静まって、こちらを向いて言った。
「当たり前だろ」
「ええ。仲間ですよ」
さも当然であるかのように答えられた切磋琢磨は、今さらながら気付いた。
そういえば、彼らに対しては自分は敬語を使っていない。
いつからだ? 確か、破顔一笑と戦ってる最中からだ。そうだ。一緒に戦った。
そう、だ。
一緒に戦ったやつを仲間だと思わないだなんて、そんなの出来るはずがないじゃないか。
「だよな」
――だから、切磋琢磨は当然であるかのように返して、自動ドアの前に立った。
三人はC-2から娯楽施設の外、西側へ出る。
何もイレギュラーが無ければ、ここには一刀両断が猪突猛進から譲ってもらった日本刀があるはずだった。
「あれ? あたしの日本刀は……」
「無いですね」
「どういうことだ? 話じゃ、こっちの方に落ちるのを見たんだったよな?」
「え、ええ。こっちでしたよね? リョーコさん」
「間違いねーよ。でも無いってことは……ん?」
が、日本刀らしきものは見かけない。
代わりに外壁に沿ったタイルの地面の一角に、一刀両断が何かを見つけた。
男二人は後ろから覗き込むようにそれを見る。
タイルばりの一か所、直線状についた傷のような深い跡。刀で差したような傷だ。
「これだ」
しゃがみこみ、一刀両断がその傷に指を当ててなぞる。
くるりと裏返して指の腹を見ると、
「乾いてるが、血の跡だ。
やっぱり、日本刀はここに刺さったらしい。そして誰かが抜いて持ってったんだ」
「そんな。いや、考えてみれば普通に日本刀ってけっこうな凶器ですしね。
持って行っても不思議じゃないか。でもそうなると、探すのは困難か。どうします?」
「うんー、どうすっかな……」
「えっと。一刀両断、お前のルール能力は日本刀じゃないとダメなのか?」
「ダメじゃない。刀なら何でもいいはずだ。多分だけど。
でも包丁とかじゃ、ちょっとリーチ的にきついな。――仕方ねえ、何かよさげな獲物がないか探してくる。
紆余とタクマは先にあそこのバーガー屋でバーガー食ってな。そうだな、十分経ったら戻ってくる」
「え、なら僕らも一緒に」
「丸腰で動くのか? 危険だぞ」
突然の発案に、紆余曲折も切磋琢磨も疑問を投げた。
しかし一刀両断は立ち上がると、手でそれを制止して、施設に向かって歩きながら続ける。
「今のあたしじゃ紆余を守れない。そして三人で動けば、
お前は紆余とあたしの二人を守らなきゃいけないんだぜ、タクマ。
効率を考えるなら別行動だ。……大丈夫だ、無茶はしない。誰かに出会ったらすぐ逃げるさ」
「リョーコさん」
「一刀がそういうなら、俺は止めないが。いいのか?」
「ああ。じゃあ、待ってろよ。それとタクマ。――紆余を頼む」
自動ドアが開き、一刀両断は一人で娯楽施設の中に吸い込まれていく。
残された二人は顔を見合わせた。といっても、紆余曲折の顔は包帯に包まれているのだが。
数秒沈黙。破ったのは紆余曲折だった。
「えーっと……行きますか、バーガー屋」
「……だな」
◆◆◆◆
「ってなんじゃこりゃあぁぁあ!?」
「ええっ! 何があったんですかタクマさん!?」
かくしてC-2のバーガー屋に入った紆余曲折と切磋琢磨は、
さらなる驚きに見舞われることとなった。
それは、厨房に”大量に”並んでいたダブル照り焼きバーガー。
さらに、
厨房のテーブルを埋め尽くすかという勢いで並べられたそのバーガーの前に置かれた、
「作りすぎてしまいました。ごじゆうに食べてください」の文字が書かれた紙だった。
……実のところそれは彼らも戦った破顔一笑が作ったバーガーであり、
彼が自作バーガーを作るのに執心しすぎたあまり本気で作りすぎてしまったものなのだが、
それにしたって三十個近く並べられたバーガーは衝撃的であった。
「いや、そのだな。照り焼きバーガーらしきものが大量においてあるんだ。ご自由にお食べ下さいと」
「罠じゃなければなんのギャグなんですかそれ。全部捨ててください」
いやでも、毒を仕込むにしてもこんなに大量に作るか?
一瞬脳裏にそんな考えが浮かんだが、リスクを冒すわけにもいかず、
二人はせっせとバーガーをゴミ箱に捨てた。
そして、とりあえず冷凍庫から適当な食品を選び、水洗いしてから料理した。
といってもそこはバーガー屋、パンにはさむだけである。
これも毒の混入の可能性を危惧したが、
そんなこと言ってたら何も食べられないだろうと暗黙の了解を交わした。
――切磋琢磨の《強くなった》耳が一発の銃声を聞いたのは、
彼らが食事を終えてから十五分後のことで。
それだけ時間が経ったというのに。
一刀両断は、バーガー屋には戻ってきていなかった。
【C-2/娯楽施設一階・ジャンクフード店】
【紆余曲折/男子高校生】
【状態】顔面崩壊、背中に傷(共に処置済み)
【装備】なし
【持ち物】なし
【ルール能力】攻撃を4秒間迂回させることができる
【スタンス】生き残る
【切磋琢磨/見習いボクサー】
【状態】上半身裸、打撲などいろいろ
【装備】ボクシンググローブ
【持ち物】ピアス、釣り糸、上のシャツ
【ルール能力】誰かと戦うごとに強くなる
【スタンス】戦いたい(傍若無人を倒す)
【C-2付近/娯楽施設内】
【一刀両断/ポニテの女】
【状態】軽傷
【装備】なし
【持ち物】なし
【ルール能力】持った刀はすべてを真っ二つにする
【スタンス】紆余曲折の盾
用語解説
【切磋琢磨】
四字熟語としては主に仲間同士で競いあって向上することに使われる。
このロワでは赤い髪にタレ目のボクサーとして登場。自らが強くなりたかった理由を見つけるため、
強くなるため、ロワ内でも戦いを求める。敵とさえ切磋琢磨してしまう心の広さを持つ好青年。
【ダブル照り焼きバーガー】
05話にて破顔一笑が食べていたバーガー。作りすぎていたらしい。
最終更新:2012年03月26日 15:34