31◇生員集合
グローブに包まれた手を、ぐっと握り、開く。
閉じる。
そしてまた、開く。
ぴーんぽーんぱーんぽーん、と間の抜けた音楽が”第二放送”の終わりを告げる中。
無機質な駐車場の真ん中に立ちつくす赤毛の男……切磋琢磨は、
その動作を繰り返しながら、自らの手に一生消せない汚れがついてしまったことを改めて感じ取った。
「……」
「大丈夫か、タクマ」
「ああ」
「……大丈夫じゃねーだろ。腹、撃たれてただろ」
「ああ」
傍ら、立ち並ぶ黒髪ジャージの女。
手に持つ日本刀についた血をぬぐいながら声をかけて来た一刀両断に、彼は曖昧な返事を投げ返す。
この拳で、人を殺した。厳密には戦いの結果、そうなったというのが自然だが……。
その事実を消化するのに、切磋琢磨は少しの時間を必要としていた。
ちりちりと脇腹に喰らった銃創が痛み始める。なんてことはない。一発喰らっただけだ。
ただの人間ならまだしも、五段階《強くなった》四字熟語の切磋琢磨にとって、
この傷程度ではもう行動の妨げにもならない。
だから、治療より先に。彼はもう少しだけ、足りない頭を回すことにした。
「リョーコさん。青息吐息さんは逃げましたか」
「ああ。すまねぇ、逃がしちまった。だが、深手は負わせた。きっと長くない」
「そうですか……なら、いいでしょう。聞きたいことはありましたが」
「隣のエリアか? あの、氷まみれの」
「ええ。放送で呼ばれた五人のうち誰かがそこで死んでいるかもしれません。彼らは連戦と言っていたので」
「支給品が残ってたら頂きたいとこだな。そこに落ちてる銃もまだ使えるか?
しかし、残り七人……青息吐息を抜いて、六人か。さみしくなっちまったもんだ」
「ですね」
「そんなもんかね、バトルロワイアルってのは」
「……でしょうね」
「おいタクマ、ぼけっとしてんなって。話したいことがある」
「ああ」
地面にうずくまったままの紆余曲折、それと一刀両断の会話も耳に遠い。
現実離れした感覚が切磋琢磨を襲っていた。それは、ここが
殺し合いの場だという実感。
その中で、自分だけが――別のルールで生きていることの、実感だ。
最初の最初、切磋琢磨は老師に言った。
殺し合いは嫌だが、戦いの結果の死ならば仕方ないと思っている、と。
あれは嘘偽りではない。実際に彼は心の大部分で、今もそう思っていた。
殺し合いは自分にとってシチュエーション以上の意味を持たない。
より重要なのは、戦うこと。戦いの中で、自らを強くすること。
ゆえに、その結果人を死に追いやったという事実は彼の中で驚くほどに軽かった。
これはどうなのか。
四字熟語としてはいいかもしれない、だが、人としてはどうなのか。
彼は考えていたのだ……せめて、何かしなければ。そうだ。
「そうか」
切磋琢磨はそこで、忘れていた”あること”に気付いた。
どこかもやが掛かっていた視界が晴れる。
一刀両断に向かって、顔を包帯で覆った紆余曲折が、思い出したような声をあげている。
「ああ、そうですよ! 一体どこで何をやってたんですか、リョーコさんは。
せっかくタクマさんが特製スタミナバーガーを作ってくれたのにいつまで経っても帰って来ないし!」
「いや、だからそれだって」
「ポニテも無くなっちゃってますし。ここにきてイメチェンですか」
「だから! それを今から話すんだよ。っても話せば長くなるんだけどさ……」
一刀両断、紆余曲折。切磋琢磨の大事な仲間だ。
だから彼らには、自分がこれから行うことを見ていてほしい、そう思った。
「なあ、二人とも」
「?」
「ん?」
「少し待っててくれ。俺、忘れてることがあった」
駐車場を進み出て、手を合わせ。目を瞑って静かに口を閉じる。
先手必勝が死んだB-3、駐車場D地区の方角に向かって、切磋琢磨は黙祷をささげた。
突然の行動に、残る仲間二人はあっけにとられる。
だが、すぐに意味を理解し、やれやれといったポーズをとりながらも真似して手を合わせた。
切磋琢磨にとって、ここで行われるのは殺し合いではない。
あくまで自らを切磋琢磨するための試合だ……試合だからこそ、勝負の後に礼をするのだ。
少しおかしな考えであることは承知の上だ。
だがそれが自分のルールである以上、ここで言うのは謝罪ではない。
「有難うございました」
感謝の言葉を。
ふわりとその場に置くように言って、切磋琢磨は後ろを振り返る。
背後から、二つの足音。
紆余曲折と一刀両断もそれに気付き、ゆっくりとそちらを向く。
そこには、たった今この場に到着し、呆けた顔で三人を見つめる男と少女の姿があった。
男……黒髪の若い青年は、
娯楽施設で調達したらしき「KAIKAI」とプリントされたTシャツにジーンズを履き、
ワックスで跳ねさせた髪を左右に揺らしていた。
その隣に立つ少女は、茶色の髪を大きな髪留めを使って後ろで縛っている。
身に着けた服は白い丸襟のシャツに紺のスカートで、学校で着るような制服に似ていた。
おそらく横の男とともに娯楽施設で調達したのだろう。
「何してんだ、あんたら?」
「あなたがたは……?」
「なにって、黙祷だ」
「ああ、黙祷だな」
「黙祷ですね……そちらは?」
切磋琢磨、紆余曲折、一刀両断。
そして、優柔不断、勇気凛々。
娯楽施設の中心であるB-2地区に、いま、生き残りの六人中五人が集った。
出会った2チームはお互いの状況を見比べる。
紆余曲折の顔に巻かれた痛々しい包帯。
一刀両断のいたるところについた傷、切磋琢磨の腹部から今も流れる血。
優柔不断は憔悴した顔をしており、勇気凛々もまた、体中にひどいケガの跡が見える。
服を着替えても、包帯を巻いても。
隠しきれない戦いの跡、鉄に似た血の匂い。
形は違えど、この殺し合いを生き抜いてきた証をそれぞれが抱えていた。
そしてだからこそ、
この場には緊張した空気が漂う。
目の前の彼らは――味方なのか、敵なのか。
「オレらは、B-1が禁止エリアになるってんで逃げてきたとこ……ってかこの惨状はいったい」
「優柔不断さん、あそこ。血の跡があります。あの、一体、何があったんです?」
「何って。決まってんだろ、殺し合いさ」
張り詰めた空気を最初に切り裂くのは一刀両断だ。
曇天の隙間から微かに漏れる光を、地面に平行に差し出された彼女の日本刀が鈍く反射する。
切っ先を向け、臨戦体勢をとる。
「そして――殺し合いはまだ終わってない。
お前らもそうだろ。ヒトの死を見てきた顔をしてるぜ。とくにそこのお嬢ちゃんは、な」
「一刀両断さん、挑発しすぎですよ」
「そうだ。向こうには戦う意思がない……ように見える」
「タクマも紆余も、人を簡単に信じすぎだ。向こうには青息吐息が逃げてったはずだ。
あたしが喉を切り裂いてやった女が。こいつらがそいつに会ってないってことは無いはずだが?」
「……あなたの問いに答えます。わたしたちはその人には会ってません」
「右に同じだ。すれ違ったんだと思うぜ、たぶん。てかアレ、その日本刀?」
刃を向けられた二人は一刀両断の問いに対し、一人は若干ビビリつつ、一人は毅然として答える。
答えはノー。会っていない、という返答だ。
「本当か」
間髪入れず、一刀両断が言葉の刃を返す。
確かに青息吐息とすれ違う可能性はなくはない。だが、あれだけの傷を負った人間は嫌でも目立つ。
放送が終わってまだ数分ない。
死んだにしても生きているにしても、目にさえ止まらないとなると……。
「ええ、本当です。わたしの……勇気凛々の名にかけて、誓えます。
わたしと優柔不断さんが、これまで会った人の中でまだ生きてるのは――あの人だけです」
一刀両断がぼんやりと頭に浮かべた可能性を肯定するかのように、勇気凛々が場の話題を切り替える。
勇気凛々、それに優柔不断の二名にここでの戦闘意思はない。
お互いに出会ったことのある、とある男にまつわる不思議な事実に気付いた彼ら二人にはいま、
客観的な視点が必要だった――端的に言えば、彼らは仲間を欲していた。
そしてそのためには、ここで戦うことの不毛さを説くことが重要だ。
例えばそう。五人がかりでも倒せるかどうか分からないような強大な存在を知らせることで、それを説く。
「あの人?」
「今はここにはいませんが……優柔不断さんがいなければ、わたしはあの人に殺されていたでしょう。
いえ、あれは、人じゃ無いのかもしれません。人間の首を、斬るなんて」
「首を……?」
「おい待て。今生き残ってるので、青息吐息以外で、ここに居ないってことは」
勇気凛々の語りに対し、
いまだその男に遭ったことのない紆余曲折と、その男と因縁深い切磋琢磨の2人が反応する。
強大な存在。五人がかりでも倒せるかどうかわからない男。
ここに居ない、生き残りの一人。そしてこの局面に至ってまだ、謎が多すぎる”首切りの斧”。
「……”傍若無人”か」
含みのあるトーンで一刀両断がそう言った、その瞬間。
噂をすればなんとやら、というくらい絶妙のタイミングで会場に響いたのは、低い男の声だった。
『――――そうか。青息吐息の行方が知りたいか、モノども――――』
”放送”と何ら変わりない、ノイズに塗れたブツリという音のあと、
スピーカーを通したようなエフェクトのかかった、傍若無人の、声がした。
「!?」
「なっ」
「今の……!?」
「……傍若無人!?」
「まさか」
五人は一斉に声が聞こえてきた方角を見る。
駐車場の数か所に取り付けられた「B地区」の看板、そのすぐ下に設置された拡声器に似た装置。
店内放送を駐車場に伝えるためのものだ。先の声は明らかに、そこから発されていた。
まるっきり、先ほど奇々怪々が行ったばかりの”放送”と同じ。
何故? どうやって? 動揺する五人をあざ笑うかのように、傍若無人の声はさらに続けた。
『――――青息吐息の居場所は己が知っている。見ろ。飾って置いた――――』
「飾っただと……?」
「人間を、飾る? どこへ?」
『――――二階。二階レストランテラス席。最初に一望千里がいた場所だ――。
――”切磋琢磨”、《強化された》その視力なら見えるだろう。見てみるがいい――』
「テラス席? それって……」
「……あ……!?」
――その場所に、指を最初に向けたのは勇気凛々だった。
目に映るものが信じられないと言った顔で、弱弱しくその方向を指差した。
続いて一刀両断が、優柔不断が、そして切磋琢磨がそれを見る。
「……おいおい」
「嘘だろ」
「……な、何ですか?」
紆余曲折は包帯をしていたため、これを見ることはなかった。
切磋琢磨以外の三人には、ぼんやりとしか見えなかっただろう。
だが、それでも。並んだテラスの柵の丸い突起に突き刺すようにして飾られた”それら”が何なのか、
その場にいた全員が直感的に察することが出来た。
――さらに。
切磋琢磨の《強化された》視力は、”それら”の中に見覚えのあるヘルメットが並んでいるのを見る。
ヘルメットを被った”顔”が、並べられているのを、見る。
「……老師?」
ものいわぬ東奔西走の生首が、テラスの柵に突き刺さっているのを、見た。
「ろ、ろうし、え?」
悲しげに下を向いて並べられているのは、東奔西走の顔だけではない。
柵に並べられているのは全て、彼ら五人のうち誰かが見覚えのある顔だ。
金髪の女、青息吐息。
野性味あふれる少女、猪突猛進。
B-1の惨劇で死んだ、一望千里、軽妙洒脱。
先ほどの放送で笑顔の効力を失ったばかりの――破顔一笑。
彼ら彼女ら六名の生首が、串に団子を刺すように一つずつ飾られ、柵を彩っている。
死体が禁止エリアにある心機一転、頭部の損傷が激しい酒々楽々など、
傍若無人たる大男がその首を斬ることが出来なかった参加者もいるが……、
しかしそこにあったのは、この実験の現在までの死者十人のうち、実に半数以上の”首”だった。
そう、”人”ではなく。
あくまで”モノ”として、それらは飾られていた。
『――――見えたか。見えたのならば、悟るがいい、モノども――――。
――青息吐息は己が殺し切って置いた。ゆえに下らん論議は、いますぐ止めろ。
――どうせ同じだ。己が殺す。そしてその首塚に並べてやる。だが――――』
「老師ぃぃいいいいいい!! うぉおおお!! てめぇ!」
「お、落ち着いてください、タクマさん!」
「そそそうだ、落ち着けって! 相手の思う壺かもしれねぇ、」
「よくも、よくも! 何のつもりだ! 何でこんなことを! うぁあああああっ!」
「おちつ……け、っ痛ぇ!」
傍若無人の言葉の続きを遮るようにして。
取り乱し、感情を暴走させる切磋琢磨を、慌てて優柔不断が抑えようとする。
しかし切磋琢磨の力は強く、そして《強い》。
優柔不断の細腕で捕まえておけるような存在ではない。
振り払われしりもちをつくまで二秒。ただ、そのわずかな抵抗のおかげで、
一刀両断、勇気凛々がそれぞれ刀剣を構え、暴走する彼の進行方向に立ちふさがることが出来た。
「止まってください、赤毛のお兄さん」
「あたしじゃあるまいし、勝手な行動を取るような奴じゃないだろ。信じてるぜ、なあ」
「……くぅ……う、ぐ」
「そうです、タクマさん。まだ敵の話も終わってないみたいです。不用意に動いたら、無駄死にですよ」
「紆余……」
足を止めたじろいだ隙を突くように、紆余曲折は切磋琢磨の肩を右手で掴み、制止させた。
そう、争っている場合じゃない。
まだ傍若無人は話を終えてない。この”臨時放送”の理由を、説明していないのだ。
左手に握ったモノを静かに口元へ持っていきながら、紆余曲折はその場の全員に向けて語りかける。
「相手は、僕たちが青息吐息さんについて話しているのを知っていた。
放送室にいることも含めて、ある程度こちらの状況を分かったうえで放送を始めたはずです。
なのにこの放送は、こちらの五人の一触即発を回避させるようなタイミングで始まってる。
殺し合いの進行という観点でみるならこれは悪手です。僕らに潰し合わせたほうが、傍若無人としても楽なはず」
「……確かに、紆余の言う通りか」
「ですね。わたし達は望んでませんでしたが……」
「あのまま行ってたら殺し合いになっちゃっていた可能性も、まあ、あるよな。そこのねーちゃんは怖いし」
「何か言ったかそこの優男」
「い、いえいえ何も言っておりませーん」
「……まあいいや。でも、じゃあ、なんだ? 紆余。
あいつはあたしたちに、殺し合いをしてほしくなかったってのか?」
「それは――分かりません。だから、今から聞くんです。……これで」
全員の視線を受けながら、紆余曲折はそれを構えた。近くの地面に落ちていた拡声器。
青息吐息が使っていたものだ。
先の戦いで日本刀に一部分を斬られたが故に、声の増幅力は落ちているが……。
相手がこちらの状況を把握しているのならば。主張のポーズの手助けには、なるだろう。
『あなたは、何だ。あなたは、何が目的なんだ』
静かに紡がれた紆余曲折の問いかけに、その場に居た五人は息を呑んだ。
傍若無人は、何なのか。そして何が目的で、こんなことをしているのか。
答えられるのかどうか分からないくらいの、直球の質問だったが――返答はすぐ、返ってきた。
『――そうだな。ではまず、そこから話すとしようか』
ノイズ交じりのその声は、やはり変わらない平坦な調子で、語り始めた。
数年前からずっと変わらない……誰の目も見ず、誰のことも考えず、自分勝手に行動を起こす、
傍若無人の四字熟語を与えられた男は、決定的な言葉を放つ。
『――己は、傍若無人。前回の四字熟語バトルロワイアルの優勝者にして――――、
――――今回の実験の進行を助けるため手配された、主催側の尖兵だ――――――。
――――――目的は、一つ。”取引”だ。己はそれに足るだけの――情報を――持っている』
それは……バトルロワイアルを終わらせる、
最期通牒の始まりだった。
用語解説
【駐車場看板】
駐車場の地区を表す看板。大型ショッピングセンターの駐車場は同じ風景が続くため、
車を止めたのがどの辺りなのかが分かるようにエリアごとに看板が設置してあることが多い。
そういえばなぜかは分からないが、今まで見てきた限りではアルファベット以外でエリア分けがされているところを見たことがない。
確かにわかりやすいけれど、もっとバリエーションに富んでいてもいいと思う。代案は思いつかないけれど。
最終更新:2012年11月11日 01:22