30◇第二放送
××××、××××と、
記憶の中のあたしは、ずっと誰かに付いていくだけだった。
トモダチとか、クラスメイトとか、そういう空気から弾かれるのがこわくて、
温かい輪の中に居たいがばかりに冷たいため息をついて、ずっとみんなに同調していた。
完全には覚えていないけれど、たぶん、ずっと仲がいいトモダチの子がいたんだと思う。
嫌われるの、が、こわくて。
そのトモダチが買うものとか、そのトモダチが好きなこととか、共有して、まねっこした。
××××に、××××。
好きでもない青いドレスをまとって、好きでもない濃いメイクをして、
陰に隠れて堂々と悪口を言って、何人もの人を傷つけて。
認めてもらいたいばかりに、笑い合いたいばかりに、裏ではいつもため息をついていた。
作り物の上辺だけで自分を飾り立ててまで付き合うだなんて、
本当はそんなモノ、トモダチでもなんでもないって、仲間でもなんでもないって分かっていたの。
でもじゃあ、そこから逃げれば良かったのかっていうと、あたしにはできなかった。
あたしは人間で、弱いから。
自分がボロボロに壊れていこうが、ひとりでいるのがさみしかったから。
「――――けほっ。けほっ!」
でもセンくんと出会って、一緒に戦って、なにかが変わった。
本音と別の行動をとるセンくんも、あたしと同じだったからだろうか。
最初あれだけ冷たいことを言ったのに、ずっと助けてくれたからだろうか。
なんだかセンくんだけは本当の仲間って感じがして、
拡声器を使って《ため息》をエリア中に広げて鏡花水月を倒したあのとき、あたしは嬉しかったのだ。
人殺しなんてあたしがやりたくないことの筆頭で、
やりたくないことを誰かのためにするのは、辛いことだと思ってたのに。
何が違うのか。
××××、××××。
最初は、記憶の中のあたしに聞いても、答えは返ってこなかった。
「――――うぅ、はああっ、はああ!」
……でも、今なら分かる。
センくんの”最期”を見てしまったあたしの頭が、ようやく正解を導き出してしまったから分かる。
結局、ここに連れてこられる前のあたしは、あたしがかわいいだけだった。
誰かのために自分をギセイにしてる自分に酔っていて、相手の気持ちなんて考えちゃいなかった。
ほんとうはみんなだって、嫌々やってるかもしれないだなんて考えずに。
ただ、バランスボールに乗ったときみたいに、落ちないようにだけ気を付けていたんだ。
だから。
本気で誰かのために、って考えることができたのは。センくんに対してが、初めてだった。
あたしよりもっともっと鉄面皮で、ずっと隠すのが上手くて、きっと心の中で誰よりも葛藤してて。
最後までセンくんは、あたしにさえ全然弱みを見せようとしなかった。
そんなセンくんをあたしは素直にすごいと思った。でも、無理しすぎだとも思った。
せめてそばに誰か一人いて、一緒に仮面をかぶってあげれば、センくんの苦しみも半減するんじゃないか。
あたしは勝手にそう思った。あたしが勝手に。
それがセンくんの負担をさらに増大させてしまったかどうかは、今は考えたくない。
『あー。あー。マイクテスト、マイクテスト。聞こえてたら両手を上げてくださいな♪』
B-2から逃げるあたしをよそに、ぴんぽんぱろんって無駄に軽快な音が鳴って、放送が始まった。
奇々怪々の名を持ったあの白衣の女の人。少し疲れた感じの声。
『はい、はい……どうもありがとうございます、”なに言ってんだこいつ”って顔を確かに頂きました。
その反応が返ってくるということは、この奇々怪々の放送が、
あなた方がいらっしゃる”娯楽施設”に確かに聞こえているという証拠です。良かった、良かった♪
皆さんお気づきかと思われますが、この度さらに五つの四字熟語が命を落としまして。
第二放送と相成りました。生き残った方々はおめでとうございます。死んだ方々は残念でしたねぇ。
はい。では手短に、死者と禁止エリアの発表といたしましょう。経過時間はま、いいでしょう』
どうせ残りは七人です。時間なんか気にしなくてもすぐ終わるでしょうから、なんて。
皮肉のたっぷりこもったその言葉にあたしは素直にムカついたけど、今はそれより、涙の方が強かった。
泣きながら走ってた。どこへとも知れず走っていた。
『それではまず死者からの発表です。死者は五人。
酒々落々
破顔一笑
軽妙洒脱
鏡花水月
先手必勝
の五名です。今回は男ばかりが死んでいますねえ。前回の放送の効果でしょうか?
でも外的要因による干渉は結果に誤差が出て……うーん、前回、余計なことを言ってしまいましたかねぇ』
やっぱりセンくんの名前と、それと鏡花水月の名前が聞こえた瞬間。
何かにつまずいたわけでもないのに、転んだ。
ばたんって倒れて、
首がぐらんって揺れて、一刀両断に斬られた傷口が、こころなしかさらに広がった。
でも不思議と痛みはあんまり感じなくて、ただ悔しさだけがつのる。
だって、こんなところを、喉のあたりを斬られたから、
先手必勝のアッパーで隣のエリア――禁止エリアのB-3まで飛ばされてしまったセンくんに、
あたしはまともに声をかけることができなかったんだから。
先の、最後の一合。
センくんもあたしも、全力で挑んだ。
でも、二人とも虚勢を張るのが上手かった。二人とも分かってた。もう勝てないことは。
尻尾を巻いて逃げるか負けて死ぬ以外の道がないって分かってて、でも馬鹿だから戦ったんだ。
「うぅ……」
『それでは次は禁止エリアの発表です。9エリアあった娯楽施設もこれで5エリアまで減りますよ~』
あたしは拡声器を再度使って、《氷の息吹》を吐いた。
でも一刀両断はあたしの息吹を周りの空気ごと《一刀両断》して、ほとんど凍らずにあたしの下にたどり着いた。
拡声器ごと、あたしは喉を斬られた。あと一歩踏み込まれたら首を斬られてた。
どうにかそうなるまえに一刀両断の足を凍らせることができたのが、あたしにとっての最期の僥倖だった。
でもセンくんは、もう腕を折って、限界だった。
踏み込んでくる切磋琢磨はあたしの《氷のため息》なんてものともせずに、
むしろセンくんが撃った銃弾を、あたしが紆余曲折に着けた《氷のマスク》を使って弾いて、前進した。
一撃入れられてからは、カクトウゲームでいう”ハメわざ”の状態だった。
これでもかというくらいの連撃を喰らって、喰らって、喰らって。
最後のアッパーで宙に浮かんで、さらに追撃も喰らって。車にぶつかってバウンドして、その裏に落ちていった。
その落ちる一瞬前。
あたしが最後にセンくんの顔を見たのは、その瞬間だ。
『今回の禁止エリアは。
B-1
C-3
以上の2エリアです。すでに禁止エリアになっているA-1、B-3と同じく、
一時間の後に禁止エリアになりますので御用がありましたら今のうちに、ですよ。
それでは残り七名の皆様は引き続き、よき
殺し合いを♪ 私はポテチを食べます』
センくんはあたしを見て、その目でこう語っていた。
――あなただけでも逃げてください。
あたしは追いかけて一緒に死んでもよかったのに、そんなことばっかり言って。
もう。
もうどうすればいいのか分からなくて。
立ち上がって走り出した。センくんと逆方向に逃げ出した。
これで良かったのか。あたしの考えは正しかったのか、間違っていたのか。
センくんが死んでしまった今ではもう分からない。
時間が必要だ、そう思う。
喉から流れる血が止まらない現状で――あたしがいつまで生きていられるのかは謎だけど。
絶対にセンくんの分まで生きなきゃ。とにかく生きなきゃ、そう思って、
ぴんぽんぱんぽん、
放送終わりの鐘の音と共に起き上がったあたしは、起き上がってまた走り始めようとして。
「……む?」
顔を上げた先に、動くものがあった。
人だ。
大柄な、
軍帽を被った大男。
いちばん会ってはいけなかった人に、あたしは会ってしまったと、一瞬で分かった。
「おや。何だ」
「……ぁ」
世界がスローモーションになっていく。
目の前のベンチに、そいつはずっと座っていたらしい。
迷彩色の帽子に上着、右手に血まみれの斧を持って、左手に持った何かを眺めていたみたい。
慌てて空間認識を広げると、いつのまにかあたしは走りに走って娯楽施設についていた。
東側、C-2の入口近く。植木で作った簡易的なガーデンのそばに自転車置き場とベンチがあって、
大男はそのベンチに座っていた。
「ぁなタ」
誰、と言おうとしたが、ほとんどの言葉は喉に空いた穴から風に消えて上手く発音されない。
大男はあたしを見てのっそりと立ち上がる。立ち上がるとさらに大きく見えた。
少し悲しげな眼をしているように見えた、けど、気のせいなのかもしれない。
だってその目は明らかにあたしを見ずに――あたしの”首輪”だけを見ていたから。
「何だ」
大男はあたしの首を、
斬られている途中の首を見て、モノでも見るようにしてこう言った。
「首を斬るなら、ちゃんと最期まで斬ればいいものを」
そして、斧を振り上げた。
あたしはそれを呆然と見ていた。
なんというか、あまりに唐突な話で。
恐怖、とか、後悔、とか、考える暇も、涙が止まってたことにも気づかなかった。
「あ……こめンね、センく、n」
でも最後に一言、
そう言うだけの時間が残されていたことには、感謝しようと思う。
――ざんっ、
って音が聞こえて。あたしの視界は宙を舞った。
くるくるとまるでジェットコースターか何かに乗っているみたいだった。
空はやっぱり薄曇りのままで、ぜんぜん綺麗じゃない。
ため息の一つでもつきたいくらいだ。もう、首と体は離れちゃったから、無理だけど。
【青息吐息:死亡――残り六名】
用語解説
【××××】
記憶操作の影響を受けた描写に使われている記号。ばつばつばつばつばつ……。
四字熟語ロワの参加者は外的要因によるスタンスの決定を避けるため、
それにかかわる可能性が高い友人・家族・親族の記憶など様々な記憶を操作されている。
最終更新:2015年03月02日 01:24