29話「DEMENT」
青年、曽良が再び意識を取り戻した時、既にそこには彼以外誰もいなくなっていた。
まだ感覚が麻痺している身体を無理矢理起こし、壁に手を掛けて何とか立ち上がる。
自分は一体どうしてしまったのだろう。確か、遭遇した男を殺すべく、男に馬乗りになっていたはずだったが。
ふと背中に小さな痛みを感じ、手を背中に回して痛みの原因を探った。
「っ……!」
小さな痛みを我慢して「それ」を背中から引き抜き、手の平に乗せて確認する。
「これは……吹き矢、か?」
それは麻酔銃の弾頭なのだが、曽良の生きる世界に存在する銃と言えば火縄銃ぐらいしか無いので、
曽良が吹き矢と勘違いするのも無理は無い。
「眠り薬か何かが仕込まれていたんだろうな……くそっ!」
端正な顔を怒りに歪ませ、麻酔銃の弾頭を床に思い切り叩き付ける曽良。
その床には自分が装備していたネイルハンマーとデイパックがそのまま置かれていた。
デイパックの中身を確認したが漁られた形跡は無い。
名簿や地図、デバイス、食糧、自分のもう一つの支給品であるスペツナズナイフも無事だった。
しかし曽良の表情は曇っている。彼はこの
殺し合いに呼ばれている大切な人物の事を考えていた。
「芭蕉さんのために、頭数を減らさなければいけないのに……」
松尾芭蕉――俳人で、曽良の師匠たる人物。
ただ、二人の関係は師匠と弟子という関係からは考えられない程、弟子である曽良が師匠であるはずの芭蕉に対し、
暴言を吐いたり、暴力を振るったり、一時は見捨てようとさえもした。
だが、それでも、彼――曽良にとっては、松尾芭蕉なる人物はたった一人の自分の師匠であり、
きっと将来、何百年後までその名を残すであろう立派な俳人になり得ると確信していた。
だからこそ、このような訳の分からない理不尽な殺戮ゲームとやらで死なせる訳にはいかない。
だが、松尾芭蕉という人間は非常に臆病な部分がある。何せ何気無い言葉を無理矢理とも言えるような聞き間違いで心霊現象と結び付けてしまう程だ。
いつ誰に襲われるか分からない、確実に死と隣り合わせというこの状況で果たして彼が自力で生き残っていけるのか。
その可能性は限り無く、限り無く「ゼロ」に近い。
だからこそ、松尾芭蕉の弟子である自分が助けなければ。
可能な限り人数を減らしていき、松尾芭蕉が生存出来る可能性を少しでも高くするのだ。
「芭蕉さん、死んだりしたら、許しませんよ」
ネイルハンマーとデイパックを拾い上げ、曽良は雑居ビルの正面玄関へと向かう。
途中でデイパックからスペツナズナイフを一本取り出し、懐にしまっておいた。
雑居ビルを出た曽良を待っていたものは、他参加者との遭遇。
軽装鎧を身に纏い、茶髪に白い鉢巻を巻いた青年、
リック・ゼラルスである。
「ちょっといいか、アンタ」
リックは手にした日本刀、焔薙の切っ先を目の前の和服姿の青年、曽良に向ける。
曽良はネイルハンマーを手にしたまま微動だにしない。
「俺はリック・ゼラルス。アンタの名前聞かせてくれ」
「……曽良だ」
「ソラ? 分かった。ソラ、アンタは殺し合いに乗っているのか?」
「……」
数秒間を置いて、曽良は問いに対し答えを出す。
「乗っている」
「……それは自分のためか? それとも、誰か別の人のためか?」
次の問いに、曽良はまともには答えなかった。
「お前に言っても仕方無い」
ガキィン!!
「なっ!?」
次の瞬間、リックにとって信じられない事が起こった。
切っ先を目の前の青年に向け構えていたはずの焔薙が、甲高い金属音と共に横に弾き飛ばされたのだ。
その衝撃で焔薙はリックの右手からすっぽ抜け、固いアスファルトの上にカランカランと転がる。
突然の事にリックは狼狽するが、そんな暇も無く、曽良がネイルハンマーを振り上げ殴り掛かる。
「くそっ!」
間一髪で後ろに跳び、渾身の力で振り下ろされたハンマーを回避するリック。
すぐにでも焔薙を取りに行きたかったが、曽良はリックにそんな余裕を与えまいと攻勢を掛ける。
対するリックは現在丸腰のため避けに徹していた。
だがこのままではいつかやられる。そう思ったリックは一か八かの行動に出た。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
怒涛のような曽良のネイルハンマー攻撃を潜り抜け、リックは曽良の顔面に全力の一撃を入れる。
「ごおっ!!」
顔面、両目の間辺りに強烈な殴打を食らった曽良は、衝撃でそのまま後方に仰向けに吹き飛んだ。
その拍子に手にしていたネイルハンマーを手離してしまった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
曽良がアスファルト上に倒れた事を確認すると、リックは自分が落とした焔薙を拾おうと、
路上に投げ出された焔薙に向かって歩き出す。
「おい」
と、その時、リックを呼び止める声が聞こえた。
リックは無意識に声のした方向に振り向いてしまった。
ドスッ
「げうっ」
何かが突き刺さったような嫌な音ど同時に、リックの右目の視界が真っ黒に塗り潰され、頭部が後方に大きく仰け反った。
残った左目の視界でよく見てみると、何かナイフの刀身のようなものが自分の右目の辺りから生えているのが確認出来た。
痛みは無い。ただ、右目に感じるのは焼けるような熱さ。
何か、熱い液体が右目から流れ出ている。右手で触って見てみると、それは暗がりではドス黒い液体にしか見えなかったが、
血液だという事は間違い無かった。
――おい、嘘だろ。
状況が理解出来なかった。
そして右手の事に気を取られている間に、残った左目の視界は「それ」を映し出す。
街灯の光に照らされた、青年の顔。固い決意を宿した両目で真っ直ぐにこちらを見据えていた。
青年の手にはネイルハンマー。そしてそれをこちらに近付きながらゆっくり振り上げる。
――ああ、やべえ。
リックには全てがスローモーションのように見えていた。
――全く、やってられねえよこんなの。やめだやめ。俺はもう降り
ネイルハンマーの重く、致命的な一撃が、リックの頭部をいとも容易く砕いた。
◆◆◆
リックが落とした日本刀を拾い、そしてリックが腰に差していたその日本刀の鞘も拾い上げ、
曽良は日本刀を鞘に収め自分の腰帯にその日本刀――焔薙を差し込んだ。
そしてリックのデイパックの中身を漁ったが、他に支給品が無い事を確認すると、それを路上に放り投げる。
曽良が路上に視線を落とす。そこには右目をナイフの刀身に貫かれ、頭から大量の血を流して息絶える、
茶髪の白い鉢巻を巻いた青年、リック・ゼラルスの屍が転がっていた。
曽良がリックに殴り飛ばされた時、曽良は懐にしまっておいたスペツナズナイフの事を思い出した。
即座にそれを取り出し、刃をリックの方に向け、声を掛けた。
そしてリックが自分の方を向いた瞬間、スペツナズナイフのレバーを押し込んだ。
拳銃弾並の速度で発射されたナイフの刀身は、リックの右目に見事に突き刺さった。
そして状況が飲み込めず呆然としている所に、ネイルハンマーで止めを刺したのだ。
「俺は……俺は……」
ついに殺したのだ。人を殺した。
師匠のためとは言え、本来は許されざる行為。
自分はもう後には引けない事を曽良は悟った。
「駄目だ、迷うな。芭蕉さんのためだ、芭蕉さんの……」
呪詛のように繰り返し呟く曽良。しかし、彼の心は確実に揺らいでいた。
この気持ちは何なのだろう、自分は、人を殺した事に対して動揺しているというのだろうか?
最初出会った男を殺したとしても、このような気持ちになったのだろうか。
(そんな事は無い。俺は覚悟を決めたはずだ。この殺し合いで芭蕉さんを生き残らせるために、
人殺しをも厭わないと。覚悟したはずだ……ッ!)
曽良は心の中で必死に自問自答する。
(大丈夫だ。俺はやれる。芭蕉さん、俺は、いや、僕は――必ずあなたを――)
青年、曽良は覚悟を決め直し、再び修羅の道へ身を投じていく。
例えそれが師匠が望まない事だったとしても、例えそれが間違っている事だったとしても。
曽良は、もう止まらないと決心した。
【リック・ゼラルス@オリキャラ 死亡】
【残り 40人】
【一日目/黎明/E-3市街地表通り】
【曽良@増田こうすけ劇場ギャグマンガ日和】
[状態]:顔面打撲、鼻血、背中に針の痕、精神不安定(軽度)、決意
[装備]:ネイルハンマー@SIREN(血痕付着)
[所持品]:基本支給品一式、スペツナズナイフ(2)、焔薙@SIREN
[思考・行動]:
0:芭蕉さんを生き残らせる。そのために他参加者を殺す。絶対に。
1:芭蕉さんとは会いたくない。でも生きていてほしい。
[備考]:
※単行本第八巻第145幕「怪談奥の細道」より後からの参戦です。
※E-3市街地表通りにリック・ゼラルスの死体とデイパックが放置されています。
デイパックの中身=基本支給品一式
≪支給品紹介≫
【スペツナズナイフ】
旧ソ連の特殊部隊・スペツナズが使用していたと言われる、刀身を射出可能な特殊ナイフ。
グリップ内に30㎝程の強力なスプリングを備えており、鍔の位置に配置されたレバーを押す事で、
刀身を前方に射出する事が出来る。有効射程は10M程度。勿論ナイフとしての使用も可能。
本ロワで支給された物は小型サイズと思われる。
最終更新:2010年01月21日 00:53