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anko2303 夜桜の下で(前編)
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ankoss
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夜桜の下で(前編) 37KB
番い 群れ 希少種 自然界 独自設定 以下:余白
『夜桜の下で(前編)』
*希少種注意
*俺設定注意
*チート注意
序、
「ゆゆっ! ちょうちょさん、まってね! ゆっくりれいむにたべられてねっ!!」
黒い髪に映える赤いリボン。バスケットボールほどの大きさのれいむがキリッとした表情で舌を伸ばし、ひらひらと宙を舞う
一匹の蝶々を追いかけていた。
「ゆぅ! れいむ! そっちにいったのぜっ!!」
れいむに対して声を上げるのは、金髪に黒いとんがり帽子を被ったゆっくり。これまたバスケットボールほどのサイズである、
れいむの番であるまりさだ。
季節は春。三月半ば。長く厳しい冬を乗り越え、約半年ぶりに巣穴の外に出た。夏の終わり頃から越冬の準備を始めた甲斐も
あり、二匹は飢えて死ぬような危険に晒されることなく今日に至る。しかし、節約生活の毎日で満腹になるまで食事を行うこと
ができず、この微妙な空腹を満たそうと二匹は揃って狩りに出かけたのだ。
「ゆっ! ゆっくり~~~!! ま、まりさっ! まりさっ! れいむ、ちょうちょさんをゆっくりつかまえたよっ!!」
「れいむ、やったのぜっ!! れいむはかりがじょうずなのぜっ!!」
「ゆ、ゆぅん……。 まりさがてつだってくれたからだよぅ……。 れいむひとりじゃ、ちょうちょさんをつかまえるなんてで
きないよ……っ」
「でも、ちょうちょさんをずっといっしょうけんめいおいかけていたのは、れいむなのぜ。 と、いうことは、まりさひとりで
もちょうちょさんをつかまえるのは、むずかしかったかもしれないのぜっ」
「ま、まりさ……」
最愛のパートナーからかけられる優しい言葉にれいむは茹で饅頭状態である。顔を真っ赤にしながら唇の先で咥えた蝶々をむ
ぐむぐしてみせた。それを見たまりさが「ゆふふ」と笑うと、れいむの頬に自分の頬を擦り寄せる。
「むきゅぅ……ほんとうにふたりはなかがいいのね」
「とかいはだけど、すこしやけちゃうわね……」
「ゆ、ゆわわ……っ」
慌ててくっつけていた頬を離す二匹。れいむに、まりさ、それからありすとぱちゅりー。四匹はいわゆる幼馴染みだった。ち
なみに、ありすとぱちゅりーは独身ゆっくりである。
「あら……? れいむったら、ちょうちょさんをつかまえたの? すごいわね」
蝶々を咥えるれいむを見て、ありすが感嘆の表情を浮かべ賞賛した。それから、もう一度、先ほどのやり取りである。
春の柔らかい風が嬉しそうに笑う四匹の髪や頬を撫でた。パステルカラーの季節。眼下に広がる街の色もこれから少しずつ変
化していくだろう。四匹は森の中で構築された群れの一員である。半分田舎で、半分都会の街に森や山に用がある人間は少ない。
この環境は人間とゆっくりの間に絶妙な距離感を生み出し、群れのゆっくりプレイスを大いに繁栄させる要因となっていた。と
は言っても、四匹が所属する群れはそれほど大規模なものではない。むしろ大規模でないからこそ、発展したと言えるのかも知
れないが。
「はるさんがきたよ……っ。 これでまたみんなでゆっくりできるねっ!」
森のあちらこちらで巣穴から顔を出したゆっくりたちの姿が見える。赤ゆたちは喜び森駆け回り、子ゆたちも丸くなってこー
ろこーろするなどしてはしゃいでいた。越冬で余った食料を分け与えるゆっくり。まだ巣穴から出てこないのんびり屋のゆっく
りに春の訪れを告げに跳ね回るゆっくり。まるで、春の暖かな陽射しが森に住むゆっくりたちを祝福しているかのようだった。
「ゆっくりおひさまさんにあたってぽーかぽーかしようねっ」
「ゆっくち! ゆっくち!」
「ゆぴぃ……ゆぴぃ……」
陽の光に暖められた原っぱは天然のベッドである。ころころと転がっていた子ゆたちは、いつのまにか動きを止めてひとかた
まりになって寝息を立てていた。そこへ親ゆっくりがやってきて、ぺーろぺーろと泥を舐め取ってやる。
「ゆぅん……ゆっくちぃ……」
「ゆふふ……おちびちゃんはかわいいね」
「そうだね……ゆっくり、ゆっくり、おおきくなってね……」
我が子の幸せを願う親ゆっくりの顔は満ち足りていた。生い茂る木の枝の桜の蕾もゆっくりたちを見下ろしながら、花開くと
きを待っている。ゆっくりとした時間がゆっくりと流れていくのを……森で暮らすゆっくりのどれもが実感していた。
あの、忌まわしい事件が起きるまでは。
一、
「ゆかりは、ゆかりよ。 ゆっくりしていってね」
ゆっくりたちの越冬が終わり、森がにわかに活気づき始めた頃。一匹の見慣れないゆっくりが森にやってきた。切れ長の瞼に
透き通るような紫色の瞳。少し長めの金髪が地面に触れている。赤く細いリボンが束になった左右の髪に結われていた。自己紹
介のとおり、このゆっくりの名はゆかり。いわゆる希少種にカテゴライズされるゆっくりだ。ゆっくりの平均寿命は三年足らず
だが、ゆかりはその三倍は長く生きる。経験豊富なゆん生で培われた知識は、そんじょそこらのゆっくりとは比較にならない。
頭脳明晰な正真正銘の賢者である。このゆかりもれいむやまりさと言った通常種の平均寿命を超えて生きているようだった。穏
やかな物腰には強者の余裕が。落ち着いた口調からは識者の風格が漂っている。
「ゆ……ゆっくりしていってね……」
森のゆっくりから返される挨拶はどこかぎこちない。その態度にも慣れているのか、ゆかりは少しだけ目を伏せるとわざと周
囲をキョロキョロ見渡しながら言葉を繋げた。
「きれいなもりね。 すごくゆっくりしているわ。 こんないいゆっくりぷれいすをみたのははじめてよ。 れいむたちはここ
でくらしているのかしら?」
得体の知れないゆかりについての話題であるからこそ、森のゆっくりたちの反応が薄いのだ。だからまずは森のゆっくりたち
にとって、勝手知ったる森についての話題を振ったのである。褒め言葉を添えて。自分たちの暮らす森を褒められて気を良くし
たのか、聞かれてもいないのにゆっくりたちは少しずつ森についての話を始めた。ゆかりは森のゆっくりたちの自慢話を一匹ず
つ懇切丁寧に聞き続ける。たまに相槌を打っては口元を緩めてみせた。初対面の相手に警戒心を解いてもらう方法は、まず相手
に話ができる状況を作り聞き役に徹すること。自分たちと話が通じる相手であるということを認識させることから始めるのだ。
「ゆかりはどこからきたの?」
そして、自分たちの話を終えた森のゆっくりたちは会話をしていた相手に興味を向ける。自分の話をするのは、相手に興味を
持たれてからで遅くないのだ。逆に言えば、いかに自分に対して興味を持たせるかに尽きる。ゆかりはその一連の流れを感覚で
理解していた。
「どこから……と、いうよりも……ゆかりはたびをしているの。 このもりにもたまたま、とおりがかっただけよ?」
クスクスとどこか妖艶な笑みを浮かべて答えるゆかりに、森のゆっくりたちはますます興味を抱いた。
「そ、それじゃあ、ゆかりは“たびゆっくり”なの?」
「ええ、そうよ」
旅ゆっくり。その名のとおり、旅をして暮らすゆっくりたちの総称であり、それらは特定のおうちを持たない。旅先で身を隠
せそうな場所を見つけて、そこで一夜を明かす。そして、またフラフラと旅に出るのだ。一見すれば自由気ままな旅暮らしは楽
しいもののように思えるが、ゆっくりの場合はそうはいかないのである。常に死と隣り合わせの生活をしているゆっくりにとっ
て旅がどれほど危険であるかは想像に難くない。少なくとも、れいむやまりさ、ありす、ぱちゅりーと言った種には難しいだろ
う。素早いちぇんや、武闘派のみょんであれば、辛うじてなんとかなるかも知れない。いずれにせよ、旅ができるのは“特別な
ゆっくり”であると考えて間違いないはずだ。森のゆっくりたちは、そんな“特別なゆっくり”であるゆかりに羨望の眼差しを
向け始めたのである。
「むきゅ……。 ゆかり、といったかしら……?」
「ええ、そうよ」
「このもりでも、すこしゆっくりしていくのかしら?」
「そう、おもっていたのだけど……めいわくかしら?」
「むきゅきゅ。 とんでもないわ。 ぱちゅたちがしらない、もりのそとのおはなしとかきかせてもらいたいくらいよ」
ぱちゅりーの提案に森のゆっくりたちが歓声を上げる。ゆかりは嬉しそうに微笑んでみせると、「よろこんで」と告げた。珍
しい旅ゆっくりと少しでも一緒にいたいのか、即席の巣穴作りを手伝おうと申し出るゆっくりたち。ゆかりはそれをやんわりと
断ると、本当に簡素な一時の宿を作り上げた。岩の下に浅い穴を掘っただけのおうちと呼ぶのもおこがましいような巣穴。周り
に草が密集して生えてはいるものの、危険を回避できるような役目を果たしているとは到底思えない。旅ゆっくりのゆかりがど
れほど素晴らしいおうちを作り上げるか期待していたゆっくりたちが呆気に取られている。ゆかりはそれを見てクスクスと笑っ
た。
「おうちは、もっとちゃんとつくったほうがいいとおもうのぜ……?」
「そ、そうよ……。 いくらなんでも、その、とかいはじゃないわ……」
心配そうに声を掛けるまりさとありすに向き直ると、ゆかりが静かに口を開いた。
「たびゆっくりのおうちはね、このぐらいでちょうどいいのよ?」
「どうして……?」
れいむがずりずりとあんよを這わせてゆかりに尋ねる。
「ゆかりはひとりでくらすから、ごはんさんはゆかりがむーしゃむーしゃできるぶんだけあればいいわ。 みんなのようにごは
んさんをたくさんおうちのなかにあつめるひつようがないの」
「で、でも……おうちにはけっかいっ!をはらないとあぶないよっ……?」
「だいじょうぶよ……。 ゆかりは、すきまにかくれるのがとくいだから……」
「……すきま……?」
「また、あした、ここへきてごらんなさい。 ゆかりのおうちがちっともあぶなくなんてないことをおしえてあげるわ」
ゆかりの説明に森のゆっくりたちは顔を傾げるばかりである。隙間に隠れるのが得意。身を隠すのであれば、より深い穴を掘
ってその奥に隠れたほうがいいに決まっている。森のゆっくりたちの常識からはかけ離れた理論を持つゆかりという存在は、や
はり異彩の光を放っていたのだろう。
ゆかりは森のゆっくりたちにこれまでの自分の旅を語って聞かせた。いわゆる群れに居候をさせてもらうことはあまりなかっ
たようである。ゆっくりにとって最も苦手な危険予測。ゆかりはその能力にも長けていた。単純にくぐってきた修羅場が違うと
いうのも勿論あろうが、やはりそれを支えるだけの豊富な知識が物を言ってきたのだろう。そんな森の中で暮らしていては絶対
に体験することのないような話を、ゆかりが抑揚をつけて冒険譚のように語るものだから、いつの間にかその周りには多くのゆ
っくりが集まってきていた。時にゆっくりたちの笑いを誘い、時にゆっくりたちに緊張感を与える。ゆかりの話は何時間聞いて
いても飽きることはなかった。このゆっくりたちを引きつける巧みな話術も、ゆかりが持っているスキルの一つなのであろう。
最初は胡散臭いゆかりを訝しげな表情で見ていたゆっくりも、この一件ですっかり心を開いてしまっている。ゆかりはゆっくり
たちと話をしながら本当に楽しそうに笑っていた。
やがて、太陽が西の山の向こう側へと沈みかけた頃、ゆかりは「おしまい」とだけ言って冒険譚を終える。ゆっくりたちから
賞賛の声が上がった。元々感受性の強いゆっくりである。そんなゆっくりたちにとって、ゆかりの語って聞かせる話はこれ以上
ない娯楽であったのだ。ゆかりの話を聞き終わってそれぞれのおうちに帰る途中のゆっくりたちは、まるで夏祭りの帰り道を歩
く親子のように、ゆかりの話の余韻に浸りはしゃぎ続けていた。
「ゆかりはとかいはなゆっくりだわっ」
「まったくなのぜ。 ずっとまりさたちといっしょのむれでくらせばいいとおもうのぜ」
「むきゅ。 ゆかりは、たびゆっくりなのだから、ひきとめてはだめよ。 ぱちゅたちみたいに、ゆかりのおはなしをききたい
ゆっくりはたくさんいるかもしれないのだから」
「ゆぅ……そうだね」
幼馴染みの四匹のゆっくりはまだゆかりと一緒に談笑していた。ゆかりは苦笑しながら「そんなことないわよ」と言ってみせ
る。それから、遠くの更に向こうを見つめながらぽそりと呟く。
「ほんとうに、ここはいいゆっくりぷれいすね……」
「……?」
ゆかりが一瞬だけ寂しそうな表情に変わったのを見逃さなかった。チラチラと互いの顔を見合わせながら挙動不審になる四匹
のゆっくりたち。
「だいじょうぶよ。 ずっとここでくらすわけにはいかないけれど……すぐにいなくなったりもしないわ。 だから、すこしの
あいだだけど、ゆっくりよろしくね」
その礼儀正しさや穏やかさは既にゆっくりの範疇を越えている。ゆかりの態度にれいむたちは感嘆の溜息を漏らした。それか
られいむとまりさは寄り添って飛び跳ね、ありすとぱちゅりーはのんびりとあんよを這わせてそれぞれの巣穴へと戻っていく。
ゆかりも、先ほど作った即席のおうちにあんよを向けた。途中、雑草を少量口に含む。この苦みも長く生きているうちに食べ慣
れた味になってしまった。
「くささんをむーしゃむーしゃすれば、ごはんさんにはこまらないのよね」
ぽつりと呟く。旅ゆっくりはいつでも豪勢な食事にありつけるわけではない。森の中において芋虫などのご馳走はなかなか見
つからないかも知れないが、雑草の生えていない森は殆どないだろう。ゆかりは、僅かな労力で飢えを満たすために決して美味
しくはない雑草を食べ続けたのだ。故にゆかりは飢えというものを経験したことがない。これがそこらのゆっくりであれば、好
き嫌いのせいで極限状態に陥るまで目の前に腐るほど生えている“食料”に手をつけることはないだろう。
ゆかりが即席のおうちに潜り込み、顔だけを外に向けた。そして、そのまま目を閉じる。さっさと眠りについてしまい、体力
を回復させる時間を長く取るのだ。ゆかりの行動に無駄という言葉は一切ないように思えた。
同じ頃、それぞれに巣穴の中では一家団欒が続いている。今日のゆかりの冒険譚を語り草に、巣穴の中から笑い声が途絶える
ことはない。どちらが幸せかと問われれば答えに窮するであろう。ゆかりもそんな普通の生活に憧れていた時期もあったが、結
局は旅ゆっくりとして放浪の日々を続けている。まどろみの中、近くの巣穴から聞こえる団欒の声に少しだけ寂し気な微笑みを
浮かべてみせるゆかり。
(ほんとうに……いごこちのいい、ゆっくりぷれいすだわ……)
中小規模の群れ。この規模だからこそ、食料争いや諍いが起きることなく互いを思い合い生きている。ゆっくりに秩序を与え
ると必ずどこかで綻びが生じるのだ。この群れに長はいない。それぞれが自由に、自分の意思で助け合って生きているこの群れ
は、真の意味でゆっくりプレイスなのだと感じていた。
(でも……いつかはでていかないとね……。 むれにめいわくをかけてはいけないから……)
小鳥の囀りが巣穴の奥まで聞こえてくる。けっかいっ!の為に覆っていた入り口の木の枝の隙間から朝日が差し込む。ここは
四匹の幼馴染みのうち、新婚生活を満喫しているれいむとまりさのおうちである。
「んゆ……?」
入り口側に陣取っていたまりさの目に朝の光が触れた。重い瞼をゆっくりと開き、欠伸をしながらのーびのーびをする。それ
からキリッとした表情に変わり、巣穴の奥で未だ眠りの中にいるれいむに声をかけた。
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆ?! ゆっくりしていってね!!!」
目覚めの挨拶に反応したれいむが飛び起きて自身もまた挨拶を返す。それからまりさと同じようにのーびのーびをしてからキ
リッとした表情になる。まりさがずりずりとれいむの傍に這い寄り、頬を擦り寄せ始めた。
「ゆぅ~ん……すーりすーりするのぜ……」
「ゆ、ゆゆ~ん……ま、まりさぁ……」
頬の温もりから違いの存在を確かめ合う。一連の動きはゆっくりたちの朝の日課である。れいむとまりさが赤ゆだった頃は、
目覚めのすーりすーりの相手は大好きな親ゆっくりと自分たちの姉妹であった。それを毎日繰り返しているので、すーりすーり
の相手がいないのはゆっくりにとって非常に寂しい。だから、独り立ちしたゆっくりは番を求めて森を奔走するのだ。全ては番
を見つけて子孫を残すための本能による行動なのである。
「ゆっくりあさごはんさんをたべるのぜっ!!」
まりさの声にれいむが「ゆっ!」と答え、巣穴の奥に貯蔵していた食糧を引っ張り出す。葉っぱの上に載せられていくのは、
越冬の際に余っていた木の実類が中心である。木の実などはゆっくりたちにとって代表的な保存食なのだ。中には芋虫などを生
きたまま捕まえてきて巣穴の一画に閉じこめておく知恵の回るゆっくりもいるが、それは少数派であった。
「ゆふふ……」
れいむの葉っぱの上には木の実と一緒に前日仕留めた蝶々が乗せられている。同様にまりさの葉っぱには数匹の芋虫が。
「れいむのちょうちょさん、おいしそうなのぜ」
「まりさ、はんぶんこする?」
「それはれいむががんばってつかまえたちょうちょさんだから、れいむがむーしゃむーしゃするのぜ。 まりさはいもむしさん
をむーしゃむーしゃするよ」
「まりさ……ゆっくりありがとうっ!」
蝶々は芋虫よりも捕まえるのが困難なので、ゆっくりたちにとっては高級食材なのである。まりさは美味しそうに蝶々を食べ
るれいむを見ながら頬を染めて、帽子を目深にかぶり直した。
「そ、それに……れいむはたくさんごはんさんをむーしゃむーしゃして……げんきになってもらわないといけないんだぜ……」
「ゆ?」
「まりさたちは、はじめてのえっとうでふゆさんのあいだはいそがしかったけど……」
「……けど?」
「はるさんがきたから……まりさは、その……そろそろ、まりさとれいむのちびちゃんが……ほしいよ」
「ゆぇ……?」
れいむが頬を真っ赤に染めて食べかけていた蝶々の羽根を口からポロリと落とす。慌ててそれを口に入れ直し、まりさの顔を
チラチラと見ながら無言で咀嚼を続けた。まりさも顔が真っ赤になっている。れいむはまるで掻き込むように蝶々を食べ終わっ
たあと、深呼吸して答えた。
「……れいむも、まりさとの……ちびちゃんがほしいよ……」
見つめ合う二匹。どちらからともなく笑みをこぼした。れいむとまりさは無鉄砲な性格ではない。れいむ種が子育てが好きだ
からという理由で、まりさはれいむにちびちゃんを産んでほしかった。れいむがにんっしんっ!してしまえば狩りはまりさが一
匹で行うことになる。だから、すっきりー!する前に二匹で可能な限り食料を集めようと言うのだ。まりさがその事をれいむに
話すと、れいむは嬉しそうに「ゆっくりりかいしたよ!」と答えた。まりさも楽しそうに笑うと、葉っぱの上に盛られた芋虫を
ぺろりとたいらげる。
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー!!」
巣穴の中。二匹の笑い声はいつまでも絶えることがなかった。それからしばらくして二匹は食後の運動をするために巣穴の外
に出て行く。そのとき、まりさが思い出したように呟いた。
「そういえば……ゆかりはどうしてるのぜ……?」
「ゆかりのおうちには、けっかいっ!がはってなかったもんね……」
二匹は顔を見合わせると並んでぴょんぴょんと跳ね出した。向かう先はゆかりが作った即席の巣穴である。
「ゆ……?」
れいむとまりさが揃ってあんよを止めた。それからキョロキョロと周囲を見回す。
「ゆかりのおうちは……このあたりだったよね……?」
「そうなのぜ……。 でも……おうちがみつからないのぜ……」
草むらを掻き分けてみたり、隆起した岩の裏を覗き込んでみたりするがゆかりのおうちが見つからない。
「まりさ……もしかして、ゆかりは……もうたびにでちゃったのかな……?」
「いくらなんでもはやすぎるのぜ……。 ゆかりもここはいいばしょだ、っていっていたからきっとまだどこかにいるよ」
「ゆぅ……。 ゆかりー、ゆかりー……どこぉ?」
れいむとまりさが周囲に声をかけながらゆかりを探す。その二匹の姿を見たぱちゅりーもずりずりとあんよを這わせて近づい
てくる。
「むきゅ? どうしたの?」
事情を説明すると、ぱちゅりーもゆかり探しに協力してくれた。割と長い間探していたがいっこうにゆかりが見つかる気配は
ない。
「ほんとうに……たびにでちゃったのぜ……?」
「ほら、でてきました」
「「「?!!」」」
突然の声に三匹が飛び上がるように驚く。三匹が声のする方向へ向けると、そこにはニコニコ笑うゆかりの姿があった。
「ゆ? ゆゆ?」
「どういうこと……なのぜ?」
「あら……ゆかりはかくれていただけよ? ゆかりのおうちのなかで」
言いながらゆかりが後ろを振り返ってみせる。そこには昨日つくったゆかりの即席のおうちがあった。三匹がキツネにつまま
れたような顔をして互いの顔を見合わせる。それを見たゆかりはクスクスと笑っていた。
「いったでしょう? ゆかりは、すきまにかくれるのがとくいだって」
「むきゅ……とくいなんてものじゃないわ……。 ぱちゅにはゆかりがどこにいるかぜんぜんわからなかったもの……」
希少種ゆかりの特殊な力。それが“隙間に隠れることが得意である程度の能力”である。例えば、巣穴の前に張られるけっか
いっ!は人間から見ればあまりにも不自然なバリケードであるため、すぐに見破られてしまうがゆっくりはそれに気づかない。
それは通常種・捕食種問わず効果を発揮する。メカニズムは不明だが、ゆっくり同士においてけっかいっ!は非常に有効なのだ。
けっかいっ!も、ゆかりの能力も本質的には同じものである。けっかいっ!はゆっくりの認識をずらす作用があるのではないか
とゆっくり研究者が論文を発表したことがあった。ゆかりは隙間に隠れている間だけ、自らの存在をゆっくりの認識からずらす
事ができる。言うなればゆかりが隠れた場所にけっかいっ!が自動的に張られるようなものだ。少なくとも、ゆっくりにゆかり
を見つけることは絶対にできない。
旅ゆっくりとして過ごしてきた長い長い時間。この能力のおかげでゆかりは一度も捕食種に襲われたことがない。ぱちゅりー
が素朴な疑問をぱちゅりーにぶつけてみる。
「むきゅ……それじゃあ、ゆかりがいまからおうちのなかにはいれば、ぱちゅたちにはゆかりをみつけられなくなってしまうの
かしら?」
「ふふ……さすがにそれはむりよ。 だって、ゆかりがかくれるところをみていれば、ゆかりがどこにいるかはわかるでしょう……?」
ぱちゅりーは興味深そうにゆかりをジロジロと眺めていた。ゆかりがクスリと笑う。
「そんなにみられると、はずかしくてゆっくりできないわ……」
ぱちゅりーが我に返り、自分がゆかりに対し礼を失した態度を取っていたことを謝罪する。
「いいのよ。 きにしていないわ」
れいむも、ゆかりも同じような事が得意であるが、どういうわけかゆかりは木の枝などを使ってけっかいっ!を張ることがで
きなかった。あくまで自分専用のけっかいっ!しか張ることができないのである。もしも、れいむとゆかりが番になるようなこ
とがあれば、少なくとも捕食種から襲われる危険はなくなるだろう。二重のけっかいっ!を突破することなど不可能だ。
そういう事情も含めてれいむと番になったゆっくりは総じて狩りを専門的に行うことが多い。なぜなら、れいむにはけっかい
っ!の管理という重要な役目があるからだ。番のゆっくりが狩りから戻ってきたとき、巣穴の中にれいむがいなければ帰宅する
ことができない。もちろん、中にはけっかいっ!を上手く張れないれいむ種もいる。この場合、そのれいむは無能扱いされて仲
間から排斥される運命をたどるのだ。
「それじゃあ、ゆかりはそうやってたびをしてきたんだね……」
れいむの質問にゆかりが無言で頷く。
「ゆかりは……すごいゆっくりなのぜ……」
「あら、そんなことないわよ……? ゆかりは、まりさみたいにかりがとくいじゃないし、ちからもつよくないわ。 ぱちゅり
ーみたいにたべもののこともくわしくないし……ふつうのゆっくりよ」
自分の事を“ただ隠れるしか脳がない”と涼しげに言ってみせるゆかりの飄々とした態度は不思議と他者を惹きつけた。逆を
言えば、ゆかりは自分の長所短所をハッキリと理解していると言える。出来ることと出来ないことを把握していることこそが、
ゆかりの知識の幅広さの表れであるのかも知れない。ぱちゅりーの知識が狭く深くであるならば、ゆかりの知識は広く浅くであ
ると言えよう。もちろん、そうなれるのは長命のゆかり種であるからに他ならぬことかも知れないが。
「ゆかりは、ここにあとどれくらいいるの……?」
「そうね、……そんなにながくはいないわ……。 あんまりながくここにいると、ここからはなれられなくなってしまいそうだ
から」
昨日の冒険譚で語らなかった近隣の群れの事情をゆかりは三匹に語って聞かせた。巨大な群れ。大きくなりすぎた群れで暮ら
すゆっくりたちは森の食料を奪い合って喧嘩ばかりしている。それでも食料が足りないから、自分の家族を共食いすることで命
を繋ぐ。火山噴火で滅んだ群れ。村の畑に手を出し、人間たちから全滅させられた群れ。とても強いれいむに支配された群れ。
存亡を賭けた戦いの末に捕食種により滅ぼされた群れ。全てを見てきたわけではないが、様々な群れを渡り歩いてきたゆかりは、
方々で古今東西あらゆる群れの噂を聞いていたのだ。
「ゆ~……それじゃあ、ゆかりは“でんせつのゆっくりぷれいす”ってきいたことがある?」
「うわさでなら、きいたことがあるわ。 ゆかりはみたこともないし、どこにあるかもわからない。 でも、きっとすごくいい
ゆっくりぷれいすなんでしょうね」
談笑は絶えることがない。ゆかりの話を聞きたくて仕方がないからと言うのもあったが、やはり、ゆかりの話は飽きないのだ。
「れいむっ! まりさっ! ぱちゅりーっ!!」
四匹の後ろから、ありすの叫び声が上がる。一斉に振り返る。
「ゆかりもいたのね……っ!! たいへんなの……ちぇんのところのちびちゃんが……すごくくるしそうなのっ!! なかみも
たくさんはいて……いまにも、えいえんにゆっくりしてしまいそうで……っ!!! とにかくはやくきてっ!!!」
ありすが矢継ぎ早に言葉を放つ。四匹は今ひとつ状況を飲み込めないでいたが、血相を変えたありすの様子に不穏な空気を感
じ、その場から飛び出した。あんよで地面を蹴りながら、ゆかりがありすに質問する。
「それで……? そのちびちゃんは、どこがくるしいのかしら?」
「……わからないのっ! なきながら、むちゃくちゃにあばれてて……っ」
「むきゅっ! どこかけがをしてしまったのかしら?」
「いいえ。 けがなんてしてないわ……っ! ちぇんがずーっとぺーろぺーろしてあげてるけど、どうにもならないの……っ!!」
ゆかりとぱちゅりーが視線を交差させる。
「……びょうき、ね」
「むきゅ!」
ゆっくりたちが「ゆーゆー」騒ぎながら集まっている。その中央に、親ゆっくりであるちぇんとまりさ。更にその真ん中での
たうち回る赤ちぇん。姉妹の赤まりさ二匹と赤ちぇん一匹はその場でガタガタ震えて動けないでいた。恐る恐る赤まりさの一匹
が苦しみもがく赤ちぇんに向けてずりずりとあんよを這わせる。
「わ゛ぎゃり゛ゃに゛ゃい゛ぃ゛ぃ゛ッ?!! わ゛がり゛にゃい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ッ!!???」
「ゆ、ゆんやぁぁぁぁ!!! まりしゃのいもーちょがぁぁ!!! ゆっくちしちぇにぇっ!!! しゅーりしゅーり……っ!!」
「ち、ちびちゃんっ! ゆっくり……ゆっくりだよ~~~っ!!!」
「まりさぁぁぁ!!! わからないぃぃぃ!!! ちぇん、わからないよぉぉぉぉ!!!!」
もはや、二匹の親ゆっくりは気が動転している。無理もない。この赤ちぇんの苦しみ方は異常だ。瞳の焦点は合わず、凄まじ
い速さでギョロギョロと動いている。口からは涎と一緒に中身のチョコがどろりと垂れており、ピンと張った二本の尻尾はまる
で硬直したかのように動かない。
「むきゅぅ……こんないたがりかたを……ぱちゅははじめてみたわ……」
ぱちゅりーが眉をひそめる。周りのゆっくりたちも怯えながらその様子を見つめていた。ゆかりも息を呑んでいる。
「お゛ぎゃ……じゃ……。 もっちょ……ゆっ、くち……」
「ち……ちびちゃあぁぁあぁああんッ??!!!」
中身の吐きすぎで赤ちぇんはその短いゆん生を終えた。親まりさと親ちぇんの悲痛な叫びと泣き声が森の中にこだまする。群
れ中のゆっくりたちが震えていた。涙目になりながらも、その凄惨な光景から目を離すことができない。その場にいるゆっくり
たちのどれもが理解できなかった。赤ちぇんに一体何があったのか。これからどんな事が起ころうとしているのか。まだ冷たい
風をその身に纏った春先。ゆっくりたちは不穏な空気を確かに感じていた。
「ゆぅ……まりさ、こわいよぅ……」
小声でつぶやくれいむの頬に自分の頬を強く押しつけるまりさ。根拠のない不安を和らげる手段として、互いに身を寄せ合う
ことしかできなかった。悲しみに暮れる親ちぇんがピクリとも動かなくなってしまった、赤ちぇんを咥えて泣きながらあんよを
這わせる。
「ゆ……? ゆっくち……ゆっくち……」
その後ろをたむたむと跳ねてついていく、残された三匹の姉妹。親まりさはその更に後ろをずりずりとついていった。ゆかり
もぱちゅりーもこの一家に聞きたいことはたくさんあった。しかし、質問を許してもらえるような空気でないことは間違いない。
ぱちゅりーがゆかりに問う。
「ゆかりは……みたことがあるかしら……? ちびちゃんの、あんなくるしみかた……」
ゆかりが無言で顔を横に振る。
「どくきのこをたべたりしたわけでは、ないわよね……?」
「くるしんでいたちびちゃんのまわりに、たべかけのごはんさんはないわ……。 それに、どくのはいったごはんさんをむーし
ゃむーしゃしてしまったのなら、ほかのちびちゃんたちがははおやにじょうきょうをせつめいできるはずよ……」
「“これ、どくはいってる”って、いわなかったということよね……むきゅぅ……」
ゆかりとぱちゅりーが「ゆんゆん」と唸る横でまりさは気分不良に陥ってしまったれいむを支えて巣穴へ戻ることを三匹に告
げた。ありすが自分もついて行こうかと申し出たが、まりさは無理して笑ってみせるとそれをやんわりと断る。れいむとまりさ
の後姿を見送りながら、ありすもゆかりとぱちゅりーの輪に加わった。
「ありす……。 ありすがゆかりたちのところにくるまえ、あのちびちゃんはなにかいってなかった……?」
「わからないわ……ありすがあのちびちゃんたちをみたときは、もうくるしそうにあばれていたから……」
「……ははおやといっしょじゃ、なかったのね?」
「? そうよ……?」
ありすとぱちゅりーがゆかりに視線を送る。ゆかりは二匹に自分の考えを語って聞かせた。四匹の赤ゆが赤ゆたちだけで行動
するのはこの平和な群れならではの話であり、この森に関しては日常的な光景であることは間違いない。と、言うことはあの親
子はいつも通りの朝を迎えたと言える。また、あれだけ大量に中身のチョコを吐き出していながら、赤ちぇんの周囲に食べ物の
カスは見つからなかった。という事は朝食もしっかり摂ることができていたのだろう。
「それが、どうしたというの……?」
病気であるという線が消えたこと。あの赤ちぇんは健康そのものであり、普段通りの朝を迎えながらも突然苦しみだして死を
迎えた。そういうことになる。あまりにも不自然なのだ。
「むきゅ……たしかに、それはおかしなはなしだわ……」
「もちろん、いままでこんなことはなかったわよね……? ゆかりもいろんなむれをみてきたけれど……あんなふうに、えいえ
んにゆっくりしてしまうゆっくりをみたのは、……はじめてなのよ」
三匹が静まり返る。まるで狙ったかのように生暖かい風が三匹の間を吹き抜けた。ありすもぱちゅりーも緊張した様子を隠す
ことができない。
「ありす……あのちびちゃんのおかおにさわったりしたかしら……?」
「さわってないわ……。 ありすは、さきにかけつけていたゆっくりに“ゆかりをよんできてほしい”とたのまれて、すぐにあ
のばしょからいなくなってしまったから……」
旅ゆっくりで豊富な知識を持つゆかりならば場を収めることができるかも知れないと踏んだそうである。しかし、ゆかりが駆
けつけた時には既に手遅れだった。
「あのちびちゃんのおかおが、あたたかかったか、つめたかったか……。 やわらかかったか、かたかったか。 ぷるぷるして
いたか、がさがさしていたか。 ……みためだけでなく、せめておかおのじょうたいまでわかれば、もっといろいろかんがえる
ことができたかもしれないけれど……ざんねんながら、むずかしそうね」
ゆかりが考え込む。不謹慎であることは理解していながらも、ありすとぱちゅりーはゆかりに対して感嘆の表情を浮かべてい
た。あの短時間で目の前で起きた不自然な出来事を少しずつではありながらも纏め始めている。群れの半数以上が集まりながら
も、何もできずに怯えてあの親子の様子を眺めることしかできなかった自分たちとは決定的に何かが違う。今、ゆかりはこれま
での旅で培ってきた知識と経験をフル回転させているのだろう。とても、二匹が声をかけられるような状態ではなかった。それ
でも、考えは纏まりきらなかったのかわざとらしく溜め息をついて見せる。
「……だめね。 あのおやこにいろいろきくのがいちばんなのでしょうけど……それをするのは、まだはやいわね……」
意気消沈した家族の後姿が瞼の奥に焼き付いている。三匹の視線が交錯した。元々が平和な群れだ。突然訪れた不幸に最も困
惑しているのはあの家族で間違いないだろう。三匹はずりずりとあんよを動かして、なんとなくあの家族の巣穴の付近までやっ
てきた。すると、その巣穴から先ほどの親まりさが飛び出してきたのである。
「……ぱちゅ」
「むきゅ」
三匹が視線を合わせ、ぴょんぴょんと跳ね出す。親まりさの顔はお世辞にもゆっくりしているとは言い難い。それでも、親ま
りさはぴょんぴょんと森の奥へと跳ねていく。恐らく狩りに出かけたのだろう。塞ぎ込んでいてもやがて訪れるであろう空腹か
らは逃れることができない。あるいは、巣穴の中で悲しみに暮れているよりも、何か活動をしていたほうが気が紛れるのであろ
うか。
親まりさが忙しなく移動しながら花や芋虫、木の実を集めていく。一見すれば必死になって狩りを行っているようにも見えた
が、その視線は明らかに虚ろな状態でありまっすぐ前を見ているかどうかも危うい。
「……まりさ」
「ゆゆっ?!」
意を決したゆかりが茂みの中から顔を出す。まりさは、一瞬だけ驚いたような顔をしたがすぐに虚ろな表情に戻ってしまった。
既に視界の中にゆかり以下二匹のゆっくりが入っているかも定かではない。ゆかりがわざとまりさの顔のすぐ近くまで自分の顔
を近づけた。ここまで近づいて、ようやくまりさがゆかりに目を向けたのである。
「……どうしたの?」
「まりさ……。 およめさんのちぇんは……だいじょうぶかしら? すごく、つらそうなかおをしていたけれど……」
「……だいじょうぶなんかじゃないよ……。 ちぇんはちびちゃんにすーりすーりしながら、ずっとないているよ……」
「まりさは、かぞくにごはんさんをたべさせてあげるために、かりにでかけたのね?」
「ゆ。 ……そうだよ。 みんなでないていても、ごはんさんはたべられないから……」
ゆかりの問いかけに少しずつ自分たちのことを話し出すまりさ。ぷるぷると震えるまりさにゆかりがそっと頬をすり寄せた。
「ゆぐっ……ひっく……」
「ないても……いいのよ?」
「ゆああぁぁぁぁぁんっ!!! まりざの……かわいいかわいいちびちゃんが……えいえんにゆっくりしちゃったよぉぉぉぉ!!
まりさたち、ゆっくりしてただけなのにぃぃぃぃぃ!!!!」
子供のようにゆかりに泣きつくまりさを見て、思わずありすとぱちゅりーが貰い泣きをしてしまう。泣きじゃくるまりさはゆ
かりに対して自身の感情をぶつけ始めた。
悲しくて、怖い。怖くて怖くて堪らないのだと言う。恐ろしい形相のまま固まってしまった赤ちぇんの見開かれた目玉に、睨
みつけられているかのような錯覚を起こすのだと。あれだけ可愛がっていた我が子が恐怖の対象になってしまったことが、悔し
くて情けないのだと。番であるちぇんも何かに憑りつかれた様に無言で我が子の死体にすーりすーりを繰り返している。それが
また怖くて仕方がないと。先ほどの言葉も精一杯の虚言だった。悲しみに暮れる家族のために狩りに出かけた。違うのだ。あの
巣穴の中にいるのが恐ろしくてたまらない。
まりさは滝のように涙を流しながら、まるで懺悔をするかの如く言葉を繋いでいった。涙に濡れてぐしゃぐしゃになってしま
ったまりさの顔が見ていて痛々しい。
「……こわくて、とうぜんよ。 だって、いままではずっとなかよくたのしく……みんなでくらしていたんですもの。 それが
いきなりあんなことになってしまって……こわがらないゆっくりのほうが、おかしいわ」
ゆかりがまりさの涙を舌で舐めながら慰めの言葉をかけ続ける。心の奥底に押し込もうとしていた感情を周囲にぶちまける事
で少しは楽になったのか、ようやく泣きやんだまりさがゆかりに「ありがとう」と声をかける。
「……どういたしまして」
「まりさたちは……おひさまさんがこんにちわーしたから、おうちのなかでみんなおめめがさめて……みんなでいっしょにごは
んさんをむーしゃむーしゃしたよ」
「……そのときは、おちびちゃんもげんきだったのね?」
「ゆ。 そうだよ。 きのうはみんなでかりをしたから、ごちそうがたくさんとれたよ……。 だから、あさはそれをみんなで
むーしゃむーしゃしたんだよ。 ちびちゃんも、すごくうれしそうにむーしゃむーしゃしていたんだよ……」
「そう……。 ほかに、なにかおもいだせることはないかしら? どんなことでもいいの」
「ゆぅ……? そのあとは、おちびちゃんたちがおそとにあそびにでていって……それでそのあとは……ごらんのありさまだっ
たよ……」
淡々と語るまりさの口調は当たり前だが重い。ゆかりもこれ以上詮索をするのは酷だと判断したのか、後はわざと他愛のない
話をしてみせた。ありすとぱちゅりーは無言のままである。恐らくゆかりがいなければ、まりさとこんな話をすることはできな
かっただろう。
まりさは、寂しそうに笑いながら帽子の中に詰め込んだ食糧を持って巣穴へと戻って行った。まりさを見送ってから、ありす
とぱちゅりーがゆかりの元へと這い寄る。
「みんな、いっしょにおめめをさまして……」
「みんな、いっしょにごはんさんをむーしゃむーしゃ……」
「そして、あのちびちゃんだけが、くるしみもがいてえいえんにゆっくりしてしまった……」
ゆかりが言葉を紡ぐ。それから目を伏せて、また開く。
「どこかに……ちがうところがあるはずなのよ」
ありすとぱちゅりーが目を丸くして、ゆかりに尋ねる。
「まりさが……うそをついているというの?」
「ちがうわ……。 まりさが、みおとしていることが……もしくは、きづいていないことが、かならずあるはずよ。 あのかぞ
くのなかでえいえんにゆっくりしてしまったちびちゃんだけがやったことが……ないとおかしいのよ」
「で、でも……きょうのあさだけとはかぎらないわ……。 そのずっとまえに、ゆかりのいう“ちびちゃんだけがやったこと”
があったら……だれもおぼえていないわ……」
ありすの言葉はもっともである。しかし、ゆかりはありすの言葉をあっさりと否定してみせた。
「それは、ありえないわ。 だって、ありすたちもふくめ、このむれでくらしていたゆっくりは……“えっとう”をおえたばか
りでしょう……?」
「あ……」
冬の間中、あの一家は巣穴の中で同じ時間を過ごしたのである。その間にあの赤ちぇんだけが他の家族と違う行動を取ってい
る可能性は低い。となれば、赤ちぇんが他の家族と違う行動を取るとすれば、越冬後以降に限定される。また、越冬を終えてま
だ二日しか経過していない。ならば、この二日間で取った行動に的を絞って良いだろう。いずれにせよ、この時点で結論を出す
のは不可能である。可能であれば親ちぇんの話も聞いてみたい。親まりさが見逃していたかも知れない何かを、親ちぇんが語っ
てくれるかも知れないのだ。
「ゆぎゃああああああああああああああああッ!!!!!!」
森の中に再び悲鳴が上がる。三匹が身をすくめて互いの顔を見合わせた。今の悲鳴は先ほど別れたまりさのものだ。嫌でも冷
や汗をかいてしまう。三匹が一斉に跳ね出す。ゆっくりたちの居住域。その一画。まりさ親子の巣穴の前でまりさが、ガタガタ
震えていた。その傍らに赤まりさと赤ちぇんが一匹ずつ寄り添い、声も出せずに泣き続けている。
まりさの元にゆかりが跳ね寄る。
「いったいどうしたのっ?!」
「ちびちゃんと……ちぇんが……」
「……え?」
「わ゛がら゛な゛い゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛ッ!!!!!! い゛だい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ん゛だね゛ぇ゛ぇ゛ッ!!!!」
巣穴の中からちぇんの絶叫が響き渡る。ゆかりが思わず生唾を飲み込んだ。ありすとぱちゅりーは既にガタガタ震えて互いの
頬を力強く押し付け合っている。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!! ばでぃざぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!! だずげでえ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!!!」
ゆかりがまりさに質問をした。
「もうひとりの……ちびちゃんはどうしたの……?」
「ちびちゃんは……」
「もう、えいえんにゆっくりしているのね……?」
「どうして……」
「まりさ。 ぜったいに、“おうちのなかにはいってはだめ”よ」
「!?」
判らないことだらけのこの状況でゆかりは一つの仮定を生み出した。今、巣穴の外で無事でいる親まりさと赤まりさと赤ちぇ
ん。巣穴の中で苦しみもがいている親ちぇんと、永遠にゆっくりしてしまった二匹の赤ゆたち。少なくとも、この両者の違いだ
けは見抜くことができたのである。不安そうに巣穴の中を見つめるまりさ。ゆかりは真剣な眼差しでまりさを見据えている。
――――ゆ、ゆんやぁぁぁぁ!!! まりしゃのいもーちょがぁぁ!!! ゆっくちしちぇにぇっ!!! しゅーりしゅーり
……っ!!
――――……だいじょうぶなんかじゃないよ……。 ちぇんはちびちゃんにすーりすーりしながら、ずっとないているよ……
「ぱちゅりー……。 やっぱりこれはびょうきだわ……」
「むきゅ? ど、どういうことなの……?」
両者の違い。それはあの永遠にゆっくりしてしまったちびちゃんに“触れたかどうか”の差である。そして、現状から察する
に、最初の犠牲者である赤ちぇんに“触れた”ゆっくりが、あの赤ちぇんと同じ苦しみを味わっているのだ。
原因不明の“病気”。そして、それはゆっくりの皮を通じて感染する危険性がある。ゆかりはそれに気が付いたのだ。その説
明を聞かされたまりさが絶句する。
「……それじゃあ、まりさは……くるしくて、ないているちぇんにすーりすーりしてあげることもできないの……?」
「そうすれば……まりさも……いまのちぇんとおなじようにくるしんで……えいえんにゆっくりしてしまうわ」
「…………ッ!!」
あれだけ叫び声を上げていたちぇんの声がぱったりと聞こえなくなってしまった。ゆかりの言葉は当たっていたのだろう。恐
らく巣穴の中のちぇんはもう生きてはいまい。あの赤ちぇんと同じ末路をたどったのである。群れ中のゆっくりが凍りついた様
に動けなくなってしまった。
(……こまったわね……。 このびょうきにかかってしまう、げんいんがわからなければ……このむれのゆっくりはぜんめつし
てしまうわ……)
その日の夜。ゆかりの元に幼馴染であるまりさとありすとぱちゅりーがやってきた。ありすがキョトンとした目つきでまりさ
に尋ねる。
「あら……? れいむはどうしたの……?」
「れいむはもう、すーやすーやしてるのぜ……。 おひるのことでつかれたみたいなのぜ」
「むきゅ……ゆかり。 ぱちゅたちにきょうりょくをしてくれないかしら……?」
ぱちゅりーの言葉にゆかりは本当にあっさりとその要求を受け入れた。ゆかりにとってもこの群れには一宿の恩義がある。ゆ
かりの性格上、黙って見ていることはできなかった。
「ゆっくりりかいしたわ……。 ゆかりも、かんがえてみる。 このもりでなにがおこっているのか……どうすれば、もとのゆ
っくりぷれいすにもどすことができるのか……」
「「「ゆっくりありがとうっ!!!」」」
更に同時刻。巣穴の中でうずくまるれいむの姿。その呼吸は荒い。顔は真っ青になり、大量の冷や汗をかいている。食いしば
った歯の隙間から、涎が伝う。揉み上げを力なく垂らしたれいむが右に左にごろごろと転がる。
(まり……さ……っ!!! くる、しいよ……っ!!! れいむ……なんだか……へん、だよ……っ!!!)
助けて。
たすけて。
タスケテ。
タスケテ。
つづく
番い 群れ 希少種 自然界 独自設定 以下:余白
『夜桜の下で(前編)』
*希少種注意
*俺設定注意
*チート注意
序、
「ゆゆっ! ちょうちょさん、まってね! ゆっくりれいむにたべられてねっ!!」
黒い髪に映える赤いリボン。バスケットボールほどの大きさのれいむがキリッとした表情で舌を伸ばし、ひらひらと宙を舞う
一匹の蝶々を追いかけていた。
「ゆぅ! れいむ! そっちにいったのぜっ!!」
れいむに対して声を上げるのは、金髪に黒いとんがり帽子を被ったゆっくり。これまたバスケットボールほどのサイズである、
れいむの番であるまりさだ。
季節は春。三月半ば。長く厳しい冬を乗り越え、約半年ぶりに巣穴の外に出た。夏の終わり頃から越冬の準備を始めた甲斐も
あり、二匹は飢えて死ぬような危険に晒されることなく今日に至る。しかし、節約生活の毎日で満腹になるまで食事を行うこと
ができず、この微妙な空腹を満たそうと二匹は揃って狩りに出かけたのだ。
「ゆっ! ゆっくり~~~!! ま、まりさっ! まりさっ! れいむ、ちょうちょさんをゆっくりつかまえたよっ!!」
「れいむ、やったのぜっ!! れいむはかりがじょうずなのぜっ!!」
「ゆ、ゆぅん……。 まりさがてつだってくれたからだよぅ……。 れいむひとりじゃ、ちょうちょさんをつかまえるなんてで
きないよ……っ」
「でも、ちょうちょさんをずっといっしょうけんめいおいかけていたのは、れいむなのぜ。 と、いうことは、まりさひとりで
もちょうちょさんをつかまえるのは、むずかしかったかもしれないのぜっ」
「ま、まりさ……」
最愛のパートナーからかけられる優しい言葉にれいむは茹で饅頭状態である。顔を真っ赤にしながら唇の先で咥えた蝶々をむ
ぐむぐしてみせた。それを見たまりさが「ゆふふ」と笑うと、れいむの頬に自分の頬を擦り寄せる。
「むきゅぅ……ほんとうにふたりはなかがいいのね」
「とかいはだけど、すこしやけちゃうわね……」
「ゆ、ゆわわ……っ」
慌ててくっつけていた頬を離す二匹。れいむに、まりさ、それからありすとぱちゅりー。四匹はいわゆる幼馴染みだった。ち
なみに、ありすとぱちゅりーは独身ゆっくりである。
「あら……? れいむったら、ちょうちょさんをつかまえたの? すごいわね」
蝶々を咥えるれいむを見て、ありすが感嘆の表情を浮かべ賞賛した。それから、もう一度、先ほどのやり取りである。
春の柔らかい風が嬉しそうに笑う四匹の髪や頬を撫でた。パステルカラーの季節。眼下に広がる街の色もこれから少しずつ変
化していくだろう。四匹は森の中で構築された群れの一員である。半分田舎で、半分都会の街に森や山に用がある人間は少ない。
この環境は人間とゆっくりの間に絶妙な距離感を生み出し、群れのゆっくりプレイスを大いに繁栄させる要因となっていた。と
は言っても、四匹が所属する群れはそれほど大規模なものではない。むしろ大規模でないからこそ、発展したと言えるのかも知
れないが。
「はるさんがきたよ……っ。 これでまたみんなでゆっくりできるねっ!」
森のあちらこちらで巣穴から顔を出したゆっくりたちの姿が見える。赤ゆたちは喜び森駆け回り、子ゆたちも丸くなってこー
ろこーろするなどしてはしゃいでいた。越冬で余った食料を分け与えるゆっくり。まだ巣穴から出てこないのんびり屋のゆっく
りに春の訪れを告げに跳ね回るゆっくり。まるで、春の暖かな陽射しが森に住むゆっくりたちを祝福しているかのようだった。
「ゆっくりおひさまさんにあたってぽーかぽーかしようねっ」
「ゆっくち! ゆっくち!」
「ゆぴぃ……ゆぴぃ……」
陽の光に暖められた原っぱは天然のベッドである。ころころと転がっていた子ゆたちは、いつのまにか動きを止めてひとかた
まりになって寝息を立てていた。そこへ親ゆっくりがやってきて、ぺーろぺーろと泥を舐め取ってやる。
「ゆぅん……ゆっくちぃ……」
「ゆふふ……おちびちゃんはかわいいね」
「そうだね……ゆっくり、ゆっくり、おおきくなってね……」
我が子の幸せを願う親ゆっくりの顔は満ち足りていた。生い茂る木の枝の桜の蕾もゆっくりたちを見下ろしながら、花開くと
きを待っている。ゆっくりとした時間がゆっくりと流れていくのを……森で暮らすゆっくりのどれもが実感していた。
あの、忌まわしい事件が起きるまでは。
一、
「ゆかりは、ゆかりよ。 ゆっくりしていってね」
ゆっくりたちの越冬が終わり、森がにわかに活気づき始めた頃。一匹の見慣れないゆっくりが森にやってきた。切れ長の瞼に
透き通るような紫色の瞳。少し長めの金髪が地面に触れている。赤く細いリボンが束になった左右の髪に結われていた。自己紹
介のとおり、このゆっくりの名はゆかり。いわゆる希少種にカテゴライズされるゆっくりだ。ゆっくりの平均寿命は三年足らず
だが、ゆかりはその三倍は長く生きる。経験豊富なゆん生で培われた知識は、そんじょそこらのゆっくりとは比較にならない。
頭脳明晰な正真正銘の賢者である。このゆかりもれいむやまりさと言った通常種の平均寿命を超えて生きているようだった。穏
やかな物腰には強者の余裕が。落ち着いた口調からは識者の風格が漂っている。
「ゆ……ゆっくりしていってね……」
森のゆっくりから返される挨拶はどこかぎこちない。その態度にも慣れているのか、ゆかりは少しだけ目を伏せるとわざと周
囲をキョロキョロ見渡しながら言葉を繋げた。
「きれいなもりね。 すごくゆっくりしているわ。 こんないいゆっくりぷれいすをみたのははじめてよ。 れいむたちはここ
でくらしているのかしら?」
得体の知れないゆかりについての話題であるからこそ、森のゆっくりたちの反応が薄いのだ。だからまずは森のゆっくりたち
にとって、勝手知ったる森についての話題を振ったのである。褒め言葉を添えて。自分たちの暮らす森を褒められて気を良くし
たのか、聞かれてもいないのにゆっくりたちは少しずつ森についての話を始めた。ゆかりは森のゆっくりたちの自慢話を一匹ず
つ懇切丁寧に聞き続ける。たまに相槌を打っては口元を緩めてみせた。初対面の相手に警戒心を解いてもらう方法は、まず相手
に話ができる状況を作り聞き役に徹すること。自分たちと話が通じる相手であるということを認識させることから始めるのだ。
「ゆかりはどこからきたの?」
そして、自分たちの話を終えた森のゆっくりたちは会話をしていた相手に興味を向ける。自分の話をするのは、相手に興味を
持たれてからで遅くないのだ。逆に言えば、いかに自分に対して興味を持たせるかに尽きる。ゆかりはその一連の流れを感覚で
理解していた。
「どこから……と、いうよりも……ゆかりはたびをしているの。 このもりにもたまたま、とおりがかっただけよ?」
クスクスとどこか妖艶な笑みを浮かべて答えるゆかりに、森のゆっくりたちはますます興味を抱いた。
「そ、それじゃあ、ゆかりは“たびゆっくり”なの?」
「ええ、そうよ」
旅ゆっくり。その名のとおり、旅をして暮らすゆっくりたちの総称であり、それらは特定のおうちを持たない。旅先で身を隠
せそうな場所を見つけて、そこで一夜を明かす。そして、またフラフラと旅に出るのだ。一見すれば自由気ままな旅暮らしは楽
しいもののように思えるが、ゆっくりの場合はそうはいかないのである。常に死と隣り合わせの生活をしているゆっくりにとっ
て旅がどれほど危険であるかは想像に難くない。少なくとも、れいむやまりさ、ありす、ぱちゅりーと言った種には難しいだろ
う。素早いちぇんや、武闘派のみょんであれば、辛うじてなんとかなるかも知れない。いずれにせよ、旅ができるのは“特別な
ゆっくり”であると考えて間違いないはずだ。森のゆっくりたちは、そんな“特別なゆっくり”であるゆかりに羨望の眼差しを
向け始めたのである。
「むきゅ……。 ゆかり、といったかしら……?」
「ええ、そうよ」
「このもりでも、すこしゆっくりしていくのかしら?」
「そう、おもっていたのだけど……めいわくかしら?」
「むきゅきゅ。 とんでもないわ。 ぱちゅたちがしらない、もりのそとのおはなしとかきかせてもらいたいくらいよ」
ぱちゅりーの提案に森のゆっくりたちが歓声を上げる。ゆかりは嬉しそうに微笑んでみせると、「よろこんで」と告げた。珍
しい旅ゆっくりと少しでも一緒にいたいのか、即席の巣穴作りを手伝おうと申し出るゆっくりたち。ゆかりはそれをやんわりと
断ると、本当に簡素な一時の宿を作り上げた。岩の下に浅い穴を掘っただけのおうちと呼ぶのもおこがましいような巣穴。周り
に草が密集して生えてはいるものの、危険を回避できるような役目を果たしているとは到底思えない。旅ゆっくりのゆかりがど
れほど素晴らしいおうちを作り上げるか期待していたゆっくりたちが呆気に取られている。ゆかりはそれを見てクスクスと笑っ
た。
「おうちは、もっとちゃんとつくったほうがいいとおもうのぜ……?」
「そ、そうよ……。 いくらなんでも、その、とかいはじゃないわ……」
心配そうに声を掛けるまりさとありすに向き直ると、ゆかりが静かに口を開いた。
「たびゆっくりのおうちはね、このぐらいでちょうどいいのよ?」
「どうして……?」
れいむがずりずりとあんよを這わせてゆかりに尋ねる。
「ゆかりはひとりでくらすから、ごはんさんはゆかりがむーしゃむーしゃできるぶんだけあればいいわ。 みんなのようにごは
んさんをたくさんおうちのなかにあつめるひつようがないの」
「で、でも……おうちにはけっかいっ!をはらないとあぶないよっ……?」
「だいじょうぶよ……。 ゆかりは、すきまにかくれるのがとくいだから……」
「……すきま……?」
「また、あした、ここへきてごらんなさい。 ゆかりのおうちがちっともあぶなくなんてないことをおしえてあげるわ」
ゆかりの説明に森のゆっくりたちは顔を傾げるばかりである。隙間に隠れるのが得意。身を隠すのであれば、より深い穴を掘
ってその奥に隠れたほうがいいに決まっている。森のゆっくりたちの常識からはかけ離れた理論を持つゆかりという存在は、や
はり異彩の光を放っていたのだろう。
ゆかりは森のゆっくりたちにこれまでの自分の旅を語って聞かせた。いわゆる群れに居候をさせてもらうことはあまりなかっ
たようである。ゆっくりにとって最も苦手な危険予測。ゆかりはその能力にも長けていた。単純にくぐってきた修羅場が違うと
いうのも勿論あろうが、やはりそれを支えるだけの豊富な知識が物を言ってきたのだろう。そんな森の中で暮らしていては絶対
に体験することのないような話を、ゆかりが抑揚をつけて冒険譚のように語るものだから、いつの間にかその周りには多くのゆ
っくりが集まってきていた。時にゆっくりたちの笑いを誘い、時にゆっくりたちに緊張感を与える。ゆかりの話は何時間聞いて
いても飽きることはなかった。このゆっくりたちを引きつける巧みな話術も、ゆかりが持っているスキルの一つなのであろう。
最初は胡散臭いゆかりを訝しげな表情で見ていたゆっくりも、この一件ですっかり心を開いてしまっている。ゆかりはゆっくり
たちと話をしながら本当に楽しそうに笑っていた。
やがて、太陽が西の山の向こう側へと沈みかけた頃、ゆかりは「おしまい」とだけ言って冒険譚を終える。ゆっくりたちから
賞賛の声が上がった。元々感受性の強いゆっくりである。そんなゆっくりたちにとって、ゆかりの語って聞かせる話はこれ以上
ない娯楽であったのだ。ゆかりの話を聞き終わってそれぞれのおうちに帰る途中のゆっくりたちは、まるで夏祭りの帰り道を歩
く親子のように、ゆかりの話の余韻に浸りはしゃぎ続けていた。
「ゆかりはとかいはなゆっくりだわっ」
「まったくなのぜ。 ずっとまりさたちといっしょのむれでくらせばいいとおもうのぜ」
「むきゅ。 ゆかりは、たびゆっくりなのだから、ひきとめてはだめよ。 ぱちゅたちみたいに、ゆかりのおはなしをききたい
ゆっくりはたくさんいるかもしれないのだから」
「ゆぅ……そうだね」
幼馴染みの四匹のゆっくりはまだゆかりと一緒に談笑していた。ゆかりは苦笑しながら「そんなことないわよ」と言ってみせ
る。それから、遠くの更に向こうを見つめながらぽそりと呟く。
「ほんとうに、ここはいいゆっくりぷれいすね……」
「……?」
ゆかりが一瞬だけ寂しそうな表情に変わったのを見逃さなかった。チラチラと互いの顔を見合わせながら挙動不審になる四匹
のゆっくりたち。
「だいじょうぶよ。 ずっとここでくらすわけにはいかないけれど……すぐにいなくなったりもしないわ。 だから、すこしの
あいだだけど、ゆっくりよろしくね」
その礼儀正しさや穏やかさは既にゆっくりの範疇を越えている。ゆかりの態度にれいむたちは感嘆の溜息を漏らした。それか
られいむとまりさは寄り添って飛び跳ね、ありすとぱちゅりーはのんびりとあんよを這わせてそれぞれの巣穴へと戻っていく。
ゆかりも、先ほど作った即席のおうちにあんよを向けた。途中、雑草を少量口に含む。この苦みも長く生きているうちに食べ慣
れた味になってしまった。
「くささんをむーしゃむーしゃすれば、ごはんさんにはこまらないのよね」
ぽつりと呟く。旅ゆっくりはいつでも豪勢な食事にありつけるわけではない。森の中において芋虫などのご馳走はなかなか見
つからないかも知れないが、雑草の生えていない森は殆どないだろう。ゆかりは、僅かな労力で飢えを満たすために決して美味
しくはない雑草を食べ続けたのだ。故にゆかりは飢えというものを経験したことがない。これがそこらのゆっくりであれば、好
き嫌いのせいで極限状態に陥るまで目の前に腐るほど生えている“食料”に手をつけることはないだろう。
ゆかりが即席のおうちに潜り込み、顔だけを外に向けた。そして、そのまま目を閉じる。さっさと眠りについてしまい、体力
を回復させる時間を長く取るのだ。ゆかりの行動に無駄という言葉は一切ないように思えた。
同じ頃、それぞれに巣穴の中では一家団欒が続いている。今日のゆかりの冒険譚を語り草に、巣穴の中から笑い声が途絶える
ことはない。どちらが幸せかと問われれば答えに窮するであろう。ゆかりもそんな普通の生活に憧れていた時期もあったが、結
局は旅ゆっくりとして放浪の日々を続けている。まどろみの中、近くの巣穴から聞こえる団欒の声に少しだけ寂し気な微笑みを
浮かべてみせるゆかり。
(ほんとうに……いごこちのいい、ゆっくりぷれいすだわ……)
中小規模の群れ。この規模だからこそ、食料争いや諍いが起きることなく互いを思い合い生きている。ゆっくりに秩序を与え
ると必ずどこかで綻びが生じるのだ。この群れに長はいない。それぞれが自由に、自分の意思で助け合って生きているこの群れ
は、真の意味でゆっくりプレイスなのだと感じていた。
(でも……いつかはでていかないとね……。 むれにめいわくをかけてはいけないから……)
小鳥の囀りが巣穴の奥まで聞こえてくる。けっかいっ!の為に覆っていた入り口の木の枝の隙間から朝日が差し込む。ここは
四匹の幼馴染みのうち、新婚生活を満喫しているれいむとまりさのおうちである。
「んゆ……?」
入り口側に陣取っていたまりさの目に朝の光が触れた。重い瞼をゆっくりと開き、欠伸をしながらのーびのーびをする。それ
からキリッとした表情に変わり、巣穴の奥で未だ眠りの中にいるれいむに声をかけた。
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆ?! ゆっくりしていってね!!!」
目覚めの挨拶に反応したれいむが飛び起きて自身もまた挨拶を返す。それからまりさと同じようにのーびのーびをしてからキ
リッとした表情になる。まりさがずりずりとれいむの傍に這い寄り、頬を擦り寄せ始めた。
「ゆぅ~ん……すーりすーりするのぜ……」
「ゆ、ゆゆ~ん……ま、まりさぁ……」
頬の温もりから違いの存在を確かめ合う。一連の動きはゆっくりたちの朝の日課である。れいむとまりさが赤ゆだった頃は、
目覚めのすーりすーりの相手は大好きな親ゆっくりと自分たちの姉妹であった。それを毎日繰り返しているので、すーりすーり
の相手がいないのはゆっくりにとって非常に寂しい。だから、独り立ちしたゆっくりは番を求めて森を奔走するのだ。全ては番
を見つけて子孫を残すための本能による行動なのである。
「ゆっくりあさごはんさんをたべるのぜっ!!」
まりさの声にれいむが「ゆっ!」と答え、巣穴の奥に貯蔵していた食糧を引っ張り出す。葉っぱの上に載せられていくのは、
越冬の際に余っていた木の実類が中心である。木の実などはゆっくりたちにとって代表的な保存食なのだ。中には芋虫などを生
きたまま捕まえてきて巣穴の一画に閉じこめておく知恵の回るゆっくりもいるが、それは少数派であった。
「ゆふふ……」
れいむの葉っぱの上には木の実と一緒に前日仕留めた蝶々が乗せられている。同様にまりさの葉っぱには数匹の芋虫が。
「れいむのちょうちょさん、おいしそうなのぜ」
「まりさ、はんぶんこする?」
「それはれいむががんばってつかまえたちょうちょさんだから、れいむがむーしゃむーしゃするのぜ。 まりさはいもむしさん
をむーしゃむーしゃするよ」
「まりさ……ゆっくりありがとうっ!」
蝶々は芋虫よりも捕まえるのが困難なので、ゆっくりたちにとっては高級食材なのである。まりさは美味しそうに蝶々を食べ
るれいむを見ながら頬を染めて、帽子を目深にかぶり直した。
「そ、それに……れいむはたくさんごはんさんをむーしゃむーしゃして……げんきになってもらわないといけないんだぜ……」
「ゆ?」
「まりさたちは、はじめてのえっとうでふゆさんのあいだはいそがしかったけど……」
「……けど?」
「はるさんがきたから……まりさは、その……そろそろ、まりさとれいむのちびちゃんが……ほしいよ」
「ゆぇ……?」
れいむが頬を真っ赤に染めて食べかけていた蝶々の羽根を口からポロリと落とす。慌ててそれを口に入れ直し、まりさの顔を
チラチラと見ながら無言で咀嚼を続けた。まりさも顔が真っ赤になっている。れいむはまるで掻き込むように蝶々を食べ終わっ
たあと、深呼吸して答えた。
「……れいむも、まりさとの……ちびちゃんがほしいよ……」
見つめ合う二匹。どちらからともなく笑みをこぼした。れいむとまりさは無鉄砲な性格ではない。れいむ種が子育てが好きだ
からという理由で、まりさはれいむにちびちゃんを産んでほしかった。れいむがにんっしんっ!してしまえば狩りはまりさが一
匹で行うことになる。だから、すっきりー!する前に二匹で可能な限り食料を集めようと言うのだ。まりさがその事をれいむに
話すと、れいむは嬉しそうに「ゆっくりりかいしたよ!」と答えた。まりさも楽しそうに笑うと、葉っぱの上に盛られた芋虫を
ぺろりとたいらげる。
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー!!」
巣穴の中。二匹の笑い声はいつまでも絶えることがなかった。それからしばらくして二匹は食後の運動をするために巣穴の外
に出て行く。そのとき、まりさが思い出したように呟いた。
「そういえば……ゆかりはどうしてるのぜ……?」
「ゆかりのおうちには、けっかいっ!がはってなかったもんね……」
二匹は顔を見合わせると並んでぴょんぴょんと跳ね出した。向かう先はゆかりが作った即席の巣穴である。
「ゆ……?」
れいむとまりさが揃ってあんよを止めた。それからキョロキョロと周囲を見回す。
「ゆかりのおうちは……このあたりだったよね……?」
「そうなのぜ……。 でも……おうちがみつからないのぜ……」
草むらを掻き分けてみたり、隆起した岩の裏を覗き込んでみたりするがゆかりのおうちが見つからない。
「まりさ……もしかして、ゆかりは……もうたびにでちゃったのかな……?」
「いくらなんでもはやすぎるのぜ……。 ゆかりもここはいいばしょだ、っていっていたからきっとまだどこかにいるよ」
「ゆぅ……。 ゆかりー、ゆかりー……どこぉ?」
れいむとまりさが周囲に声をかけながらゆかりを探す。その二匹の姿を見たぱちゅりーもずりずりとあんよを這わせて近づい
てくる。
「むきゅ? どうしたの?」
事情を説明すると、ぱちゅりーもゆかり探しに協力してくれた。割と長い間探していたがいっこうにゆかりが見つかる気配は
ない。
「ほんとうに……たびにでちゃったのぜ……?」
「ほら、でてきました」
「「「?!!」」」
突然の声に三匹が飛び上がるように驚く。三匹が声のする方向へ向けると、そこにはニコニコ笑うゆかりの姿があった。
「ゆ? ゆゆ?」
「どういうこと……なのぜ?」
「あら……ゆかりはかくれていただけよ? ゆかりのおうちのなかで」
言いながらゆかりが後ろを振り返ってみせる。そこには昨日つくったゆかりの即席のおうちがあった。三匹がキツネにつまま
れたような顔をして互いの顔を見合わせる。それを見たゆかりはクスクスと笑っていた。
「いったでしょう? ゆかりは、すきまにかくれるのがとくいだって」
「むきゅ……とくいなんてものじゃないわ……。 ぱちゅにはゆかりがどこにいるかぜんぜんわからなかったもの……」
希少種ゆかりの特殊な力。それが“隙間に隠れることが得意である程度の能力”である。例えば、巣穴の前に張られるけっか
いっ!は人間から見ればあまりにも不自然なバリケードであるため、すぐに見破られてしまうがゆっくりはそれに気づかない。
それは通常種・捕食種問わず効果を発揮する。メカニズムは不明だが、ゆっくり同士においてけっかいっ!は非常に有効なのだ。
けっかいっ!も、ゆかりの能力も本質的には同じものである。けっかいっ!はゆっくりの認識をずらす作用があるのではないか
とゆっくり研究者が論文を発表したことがあった。ゆかりは隙間に隠れている間だけ、自らの存在をゆっくりの認識からずらす
事ができる。言うなればゆかりが隠れた場所にけっかいっ!が自動的に張られるようなものだ。少なくとも、ゆっくりにゆかり
を見つけることは絶対にできない。
旅ゆっくりとして過ごしてきた長い長い時間。この能力のおかげでゆかりは一度も捕食種に襲われたことがない。ぱちゅりー
が素朴な疑問をぱちゅりーにぶつけてみる。
「むきゅ……それじゃあ、ゆかりがいまからおうちのなかにはいれば、ぱちゅたちにはゆかりをみつけられなくなってしまうの
かしら?」
「ふふ……さすがにそれはむりよ。 だって、ゆかりがかくれるところをみていれば、ゆかりがどこにいるかはわかるでしょう……?」
ぱちゅりーは興味深そうにゆかりをジロジロと眺めていた。ゆかりがクスリと笑う。
「そんなにみられると、はずかしくてゆっくりできないわ……」
ぱちゅりーが我に返り、自分がゆかりに対し礼を失した態度を取っていたことを謝罪する。
「いいのよ。 きにしていないわ」
れいむも、ゆかりも同じような事が得意であるが、どういうわけかゆかりは木の枝などを使ってけっかいっ!を張ることがで
きなかった。あくまで自分専用のけっかいっ!しか張ることができないのである。もしも、れいむとゆかりが番になるようなこ
とがあれば、少なくとも捕食種から襲われる危険はなくなるだろう。二重のけっかいっ!を突破することなど不可能だ。
そういう事情も含めてれいむと番になったゆっくりは総じて狩りを専門的に行うことが多い。なぜなら、れいむにはけっかい
っ!の管理という重要な役目があるからだ。番のゆっくりが狩りから戻ってきたとき、巣穴の中にれいむがいなければ帰宅する
ことができない。もちろん、中にはけっかいっ!を上手く張れないれいむ種もいる。この場合、そのれいむは無能扱いされて仲
間から排斥される運命をたどるのだ。
「それじゃあ、ゆかりはそうやってたびをしてきたんだね……」
れいむの質問にゆかりが無言で頷く。
「ゆかりは……すごいゆっくりなのぜ……」
「あら、そんなことないわよ……? ゆかりは、まりさみたいにかりがとくいじゃないし、ちからもつよくないわ。 ぱちゅり
ーみたいにたべもののこともくわしくないし……ふつうのゆっくりよ」
自分の事を“ただ隠れるしか脳がない”と涼しげに言ってみせるゆかりの飄々とした態度は不思議と他者を惹きつけた。逆を
言えば、ゆかりは自分の長所短所をハッキリと理解していると言える。出来ることと出来ないことを把握していることこそが、
ゆかりの知識の幅広さの表れであるのかも知れない。ぱちゅりーの知識が狭く深くであるならば、ゆかりの知識は広く浅くであ
ると言えよう。もちろん、そうなれるのは長命のゆかり種であるからに他ならぬことかも知れないが。
「ゆかりは、ここにあとどれくらいいるの……?」
「そうね、……そんなにながくはいないわ……。 あんまりながくここにいると、ここからはなれられなくなってしまいそうだ
から」
昨日の冒険譚で語らなかった近隣の群れの事情をゆかりは三匹に語って聞かせた。巨大な群れ。大きくなりすぎた群れで暮ら
すゆっくりたちは森の食料を奪い合って喧嘩ばかりしている。それでも食料が足りないから、自分の家族を共食いすることで命
を繋ぐ。火山噴火で滅んだ群れ。村の畑に手を出し、人間たちから全滅させられた群れ。とても強いれいむに支配された群れ。
存亡を賭けた戦いの末に捕食種により滅ぼされた群れ。全てを見てきたわけではないが、様々な群れを渡り歩いてきたゆかりは、
方々で古今東西あらゆる群れの噂を聞いていたのだ。
「ゆ~……それじゃあ、ゆかりは“でんせつのゆっくりぷれいす”ってきいたことがある?」
「うわさでなら、きいたことがあるわ。 ゆかりはみたこともないし、どこにあるかもわからない。 でも、きっとすごくいい
ゆっくりぷれいすなんでしょうね」
談笑は絶えることがない。ゆかりの話を聞きたくて仕方がないからと言うのもあったが、やはり、ゆかりの話は飽きないのだ。
「れいむっ! まりさっ! ぱちゅりーっ!!」
四匹の後ろから、ありすの叫び声が上がる。一斉に振り返る。
「ゆかりもいたのね……っ!! たいへんなの……ちぇんのところのちびちゃんが……すごくくるしそうなのっ!! なかみも
たくさんはいて……いまにも、えいえんにゆっくりしてしまいそうで……っ!!! とにかくはやくきてっ!!!」
ありすが矢継ぎ早に言葉を放つ。四匹は今ひとつ状況を飲み込めないでいたが、血相を変えたありすの様子に不穏な空気を感
じ、その場から飛び出した。あんよで地面を蹴りながら、ゆかりがありすに質問する。
「それで……? そのちびちゃんは、どこがくるしいのかしら?」
「……わからないのっ! なきながら、むちゃくちゃにあばれてて……っ」
「むきゅっ! どこかけがをしてしまったのかしら?」
「いいえ。 けがなんてしてないわ……っ! ちぇんがずーっとぺーろぺーろしてあげてるけど、どうにもならないの……っ!!」
ゆかりとぱちゅりーが視線を交差させる。
「……びょうき、ね」
「むきゅ!」
ゆっくりたちが「ゆーゆー」騒ぎながら集まっている。その中央に、親ゆっくりであるちぇんとまりさ。更にその真ん中での
たうち回る赤ちぇん。姉妹の赤まりさ二匹と赤ちぇん一匹はその場でガタガタ震えて動けないでいた。恐る恐る赤まりさの一匹
が苦しみもがく赤ちぇんに向けてずりずりとあんよを這わせる。
「わ゛ぎゃり゛ゃに゛ゃい゛ぃ゛ぃ゛ッ?!! わ゛がり゛にゃい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ッ!!???」
「ゆ、ゆんやぁぁぁぁ!!! まりしゃのいもーちょがぁぁ!!! ゆっくちしちぇにぇっ!!! しゅーりしゅーり……っ!!」
「ち、ちびちゃんっ! ゆっくり……ゆっくりだよ~~~っ!!!」
「まりさぁぁぁ!!! わからないぃぃぃ!!! ちぇん、わからないよぉぉぉぉ!!!!」
もはや、二匹の親ゆっくりは気が動転している。無理もない。この赤ちぇんの苦しみ方は異常だ。瞳の焦点は合わず、凄まじ
い速さでギョロギョロと動いている。口からは涎と一緒に中身のチョコがどろりと垂れており、ピンと張った二本の尻尾はまる
で硬直したかのように動かない。
「むきゅぅ……こんないたがりかたを……ぱちゅははじめてみたわ……」
ぱちゅりーが眉をひそめる。周りのゆっくりたちも怯えながらその様子を見つめていた。ゆかりも息を呑んでいる。
「お゛ぎゃ……じゃ……。 もっちょ……ゆっ、くち……」
「ち……ちびちゃあぁぁあぁああんッ??!!!」
中身の吐きすぎで赤ちぇんはその短いゆん生を終えた。親まりさと親ちぇんの悲痛な叫びと泣き声が森の中にこだまする。群
れ中のゆっくりたちが震えていた。涙目になりながらも、その凄惨な光景から目を離すことができない。その場にいるゆっくり
たちのどれもが理解できなかった。赤ちぇんに一体何があったのか。これからどんな事が起ころうとしているのか。まだ冷たい
風をその身に纏った春先。ゆっくりたちは不穏な空気を確かに感じていた。
「ゆぅ……まりさ、こわいよぅ……」
小声でつぶやくれいむの頬に自分の頬を強く押しつけるまりさ。根拠のない不安を和らげる手段として、互いに身を寄せ合う
ことしかできなかった。悲しみに暮れる親ちぇんがピクリとも動かなくなってしまった、赤ちぇんを咥えて泣きながらあんよを
這わせる。
「ゆ……? ゆっくち……ゆっくち……」
その後ろをたむたむと跳ねてついていく、残された三匹の姉妹。親まりさはその更に後ろをずりずりとついていった。ゆかり
もぱちゅりーもこの一家に聞きたいことはたくさんあった。しかし、質問を許してもらえるような空気でないことは間違いない。
ぱちゅりーがゆかりに問う。
「ゆかりは……みたことがあるかしら……? ちびちゃんの、あんなくるしみかた……」
ゆかりが無言で顔を横に振る。
「どくきのこをたべたりしたわけでは、ないわよね……?」
「くるしんでいたちびちゃんのまわりに、たべかけのごはんさんはないわ……。 それに、どくのはいったごはんさんをむーし
ゃむーしゃしてしまったのなら、ほかのちびちゃんたちがははおやにじょうきょうをせつめいできるはずよ……」
「“これ、どくはいってる”って、いわなかったということよね……むきゅぅ……」
ゆかりとぱちゅりーが「ゆんゆん」と唸る横でまりさは気分不良に陥ってしまったれいむを支えて巣穴へ戻ることを三匹に告
げた。ありすが自分もついて行こうかと申し出たが、まりさは無理して笑ってみせるとそれをやんわりと断る。れいむとまりさ
の後姿を見送りながら、ありすもゆかりとぱちゅりーの輪に加わった。
「ありす……。 ありすがゆかりたちのところにくるまえ、あのちびちゃんはなにかいってなかった……?」
「わからないわ……ありすがあのちびちゃんたちをみたときは、もうくるしそうにあばれていたから……」
「……ははおやといっしょじゃ、なかったのね?」
「? そうよ……?」
ありすとぱちゅりーがゆかりに視線を送る。ゆかりは二匹に自分の考えを語って聞かせた。四匹の赤ゆが赤ゆたちだけで行動
するのはこの平和な群れならではの話であり、この森に関しては日常的な光景であることは間違いない。と、言うことはあの親
子はいつも通りの朝を迎えたと言える。また、あれだけ大量に中身のチョコを吐き出していながら、赤ちぇんの周囲に食べ物の
カスは見つからなかった。という事は朝食もしっかり摂ることができていたのだろう。
「それが、どうしたというの……?」
病気であるという線が消えたこと。あの赤ちぇんは健康そのものであり、普段通りの朝を迎えながらも突然苦しみだして死を
迎えた。そういうことになる。あまりにも不自然なのだ。
「むきゅ……たしかに、それはおかしなはなしだわ……」
「もちろん、いままでこんなことはなかったわよね……? ゆかりもいろんなむれをみてきたけれど……あんなふうに、えいえ
んにゆっくりしてしまうゆっくりをみたのは、……はじめてなのよ」
三匹が静まり返る。まるで狙ったかのように生暖かい風が三匹の間を吹き抜けた。ありすもぱちゅりーも緊張した様子を隠す
ことができない。
「ありす……あのちびちゃんのおかおにさわったりしたかしら……?」
「さわってないわ……。 ありすは、さきにかけつけていたゆっくりに“ゆかりをよんできてほしい”とたのまれて、すぐにあ
のばしょからいなくなってしまったから……」
旅ゆっくりで豊富な知識を持つゆかりならば場を収めることができるかも知れないと踏んだそうである。しかし、ゆかりが駆
けつけた時には既に手遅れだった。
「あのちびちゃんのおかおが、あたたかかったか、つめたかったか……。 やわらかかったか、かたかったか。 ぷるぷるして
いたか、がさがさしていたか。 ……みためだけでなく、せめておかおのじょうたいまでわかれば、もっといろいろかんがえる
ことができたかもしれないけれど……ざんねんながら、むずかしそうね」
ゆかりが考え込む。不謹慎であることは理解していながらも、ありすとぱちゅりーはゆかりに対して感嘆の表情を浮かべてい
た。あの短時間で目の前で起きた不自然な出来事を少しずつではありながらも纏め始めている。群れの半数以上が集まりながら
も、何もできずに怯えてあの親子の様子を眺めることしかできなかった自分たちとは決定的に何かが違う。今、ゆかりはこれま
での旅で培ってきた知識と経験をフル回転させているのだろう。とても、二匹が声をかけられるような状態ではなかった。それ
でも、考えは纏まりきらなかったのかわざとらしく溜め息をついて見せる。
「……だめね。 あのおやこにいろいろきくのがいちばんなのでしょうけど……それをするのは、まだはやいわね……」
意気消沈した家族の後姿が瞼の奥に焼き付いている。三匹の視線が交錯した。元々が平和な群れだ。突然訪れた不幸に最も困
惑しているのはあの家族で間違いないだろう。三匹はずりずりとあんよを動かして、なんとなくあの家族の巣穴の付近までやっ
てきた。すると、その巣穴から先ほどの親まりさが飛び出してきたのである。
「……ぱちゅ」
「むきゅ」
三匹が視線を合わせ、ぴょんぴょんと跳ね出す。親まりさの顔はお世辞にもゆっくりしているとは言い難い。それでも、親ま
りさはぴょんぴょんと森の奥へと跳ねていく。恐らく狩りに出かけたのだろう。塞ぎ込んでいてもやがて訪れるであろう空腹か
らは逃れることができない。あるいは、巣穴の中で悲しみに暮れているよりも、何か活動をしていたほうが気が紛れるのであろ
うか。
親まりさが忙しなく移動しながら花や芋虫、木の実を集めていく。一見すれば必死になって狩りを行っているようにも見えた
が、その視線は明らかに虚ろな状態でありまっすぐ前を見ているかどうかも危うい。
「……まりさ」
「ゆゆっ?!」
意を決したゆかりが茂みの中から顔を出す。まりさは、一瞬だけ驚いたような顔をしたがすぐに虚ろな表情に戻ってしまった。
既に視界の中にゆかり以下二匹のゆっくりが入っているかも定かではない。ゆかりがわざとまりさの顔のすぐ近くまで自分の顔
を近づけた。ここまで近づいて、ようやくまりさがゆかりに目を向けたのである。
「……どうしたの?」
「まりさ……。 およめさんのちぇんは……だいじょうぶかしら? すごく、つらそうなかおをしていたけれど……」
「……だいじょうぶなんかじゃないよ……。 ちぇんはちびちゃんにすーりすーりしながら、ずっとないているよ……」
「まりさは、かぞくにごはんさんをたべさせてあげるために、かりにでかけたのね?」
「ゆ。 ……そうだよ。 みんなでないていても、ごはんさんはたべられないから……」
ゆかりの問いかけに少しずつ自分たちのことを話し出すまりさ。ぷるぷると震えるまりさにゆかりがそっと頬をすり寄せた。
「ゆぐっ……ひっく……」
「ないても……いいのよ?」
「ゆああぁぁぁぁぁんっ!!! まりざの……かわいいかわいいちびちゃんが……えいえんにゆっくりしちゃったよぉぉぉぉ!!
まりさたち、ゆっくりしてただけなのにぃぃぃぃぃ!!!!」
子供のようにゆかりに泣きつくまりさを見て、思わずありすとぱちゅりーが貰い泣きをしてしまう。泣きじゃくるまりさはゆ
かりに対して自身の感情をぶつけ始めた。
悲しくて、怖い。怖くて怖くて堪らないのだと言う。恐ろしい形相のまま固まってしまった赤ちぇんの見開かれた目玉に、睨
みつけられているかのような錯覚を起こすのだと。あれだけ可愛がっていた我が子が恐怖の対象になってしまったことが、悔し
くて情けないのだと。番であるちぇんも何かに憑りつかれた様に無言で我が子の死体にすーりすーりを繰り返している。それが
また怖くて仕方がないと。先ほどの言葉も精一杯の虚言だった。悲しみに暮れる家族のために狩りに出かけた。違うのだ。あの
巣穴の中にいるのが恐ろしくてたまらない。
まりさは滝のように涙を流しながら、まるで懺悔をするかの如く言葉を繋いでいった。涙に濡れてぐしゃぐしゃになってしま
ったまりさの顔が見ていて痛々しい。
「……こわくて、とうぜんよ。 だって、いままではずっとなかよくたのしく……みんなでくらしていたんですもの。 それが
いきなりあんなことになってしまって……こわがらないゆっくりのほうが、おかしいわ」
ゆかりがまりさの涙を舌で舐めながら慰めの言葉をかけ続ける。心の奥底に押し込もうとしていた感情を周囲にぶちまける事
で少しは楽になったのか、ようやく泣きやんだまりさがゆかりに「ありがとう」と声をかける。
「……どういたしまして」
「まりさたちは……おひさまさんがこんにちわーしたから、おうちのなかでみんなおめめがさめて……みんなでいっしょにごは
んさんをむーしゃむーしゃしたよ」
「……そのときは、おちびちゃんもげんきだったのね?」
「ゆ。 そうだよ。 きのうはみんなでかりをしたから、ごちそうがたくさんとれたよ……。 だから、あさはそれをみんなで
むーしゃむーしゃしたんだよ。 ちびちゃんも、すごくうれしそうにむーしゃむーしゃしていたんだよ……」
「そう……。 ほかに、なにかおもいだせることはないかしら? どんなことでもいいの」
「ゆぅ……? そのあとは、おちびちゃんたちがおそとにあそびにでていって……それでそのあとは……ごらんのありさまだっ
たよ……」
淡々と語るまりさの口調は当たり前だが重い。ゆかりもこれ以上詮索をするのは酷だと判断したのか、後はわざと他愛のない
話をしてみせた。ありすとぱちゅりーは無言のままである。恐らくゆかりがいなければ、まりさとこんな話をすることはできな
かっただろう。
まりさは、寂しそうに笑いながら帽子の中に詰め込んだ食糧を持って巣穴へと戻って行った。まりさを見送ってから、ありす
とぱちゅりーがゆかりの元へと這い寄る。
「みんな、いっしょにおめめをさまして……」
「みんな、いっしょにごはんさんをむーしゃむーしゃ……」
「そして、あのちびちゃんだけが、くるしみもがいてえいえんにゆっくりしてしまった……」
ゆかりが言葉を紡ぐ。それから目を伏せて、また開く。
「どこかに……ちがうところがあるはずなのよ」
ありすとぱちゅりーが目を丸くして、ゆかりに尋ねる。
「まりさが……うそをついているというの?」
「ちがうわ……。 まりさが、みおとしていることが……もしくは、きづいていないことが、かならずあるはずよ。 あのかぞ
くのなかでえいえんにゆっくりしてしまったちびちゃんだけがやったことが……ないとおかしいのよ」
「で、でも……きょうのあさだけとはかぎらないわ……。 そのずっとまえに、ゆかりのいう“ちびちゃんだけがやったこと”
があったら……だれもおぼえていないわ……」
ありすの言葉はもっともである。しかし、ゆかりはありすの言葉をあっさりと否定してみせた。
「それは、ありえないわ。 だって、ありすたちもふくめ、このむれでくらしていたゆっくりは……“えっとう”をおえたばか
りでしょう……?」
「あ……」
冬の間中、あの一家は巣穴の中で同じ時間を過ごしたのである。その間にあの赤ちぇんだけが他の家族と違う行動を取ってい
る可能性は低い。となれば、赤ちぇんが他の家族と違う行動を取るとすれば、越冬後以降に限定される。また、越冬を終えてま
だ二日しか経過していない。ならば、この二日間で取った行動に的を絞って良いだろう。いずれにせよ、この時点で結論を出す
のは不可能である。可能であれば親ちぇんの話も聞いてみたい。親まりさが見逃していたかも知れない何かを、親ちぇんが語っ
てくれるかも知れないのだ。
「ゆぎゃああああああああああああああああッ!!!!!!」
森の中に再び悲鳴が上がる。三匹が身をすくめて互いの顔を見合わせた。今の悲鳴は先ほど別れたまりさのものだ。嫌でも冷
や汗をかいてしまう。三匹が一斉に跳ね出す。ゆっくりたちの居住域。その一画。まりさ親子の巣穴の前でまりさが、ガタガタ
震えていた。その傍らに赤まりさと赤ちぇんが一匹ずつ寄り添い、声も出せずに泣き続けている。
まりさの元にゆかりが跳ね寄る。
「いったいどうしたのっ?!」
「ちびちゃんと……ちぇんが……」
「……え?」
「わ゛がら゛な゛い゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛ッ!!!!!! い゛だい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ん゛だね゛ぇ゛ぇ゛ッ!!!!」
巣穴の中からちぇんの絶叫が響き渡る。ゆかりが思わず生唾を飲み込んだ。ありすとぱちゅりーは既にガタガタ震えて互いの
頬を力強く押し付け合っている。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!! ばでぃざぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!! だずげでえ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!!!」
ゆかりがまりさに質問をした。
「もうひとりの……ちびちゃんはどうしたの……?」
「ちびちゃんは……」
「もう、えいえんにゆっくりしているのね……?」
「どうして……」
「まりさ。 ぜったいに、“おうちのなかにはいってはだめ”よ」
「!?」
判らないことだらけのこの状況でゆかりは一つの仮定を生み出した。今、巣穴の外で無事でいる親まりさと赤まりさと赤ちぇ
ん。巣穴の中で苦しみもがいている親ちぇんと、永遠にゆっくりしてしまった二匹の赤ゆたち。少なくとも、この両者の違いだ
けは見抜くことができたのである。不安そうに巣穴の中を見つめるまりさ。ゆかりは真剣な眼差しでまりさを見据えている。
――――ゆ、ゆんやぁぁぁぁ!!! まりしゃのいもーちょがぁぁ!!! ゆっくちしちぇにぇっ!!! しゅーりしゅーり
……っ!!
――――……だいじょうぶなんかじゃないよ……。 ちぇんはちびちゃんにすーりすーりしながら、ずっとないているよ……
「ぱちゅりー……。 やっぱりこれはびょうきだわ……」
「むきゅ? ど、どういうことなの……?」
両者の違い。それはあの永遠にゆっくりしてしまったちびちゃんに“触れたかどうか”の差である。そして、現状から察する
に、最初の犠牲者である赤ちぇんに“触れた”ゆっくりが、あの赤ちぇんと同じ苦しみを味わっているのだ。
原因不明の“病気”。そして、それはゆっくりの皮を通じて感染する危険性がある。ゆかりはそれに気が付いたのだ。その説
明を聞かされたまりさが絶句する。
「……それじゃあ、まりさは……くるしくて、ないているちぇんにすーりすーりしてあげることもできないの……?」
「そうすれば……まりさも……いまのちぇんとおなじようにくるしんで……えいえんにゆっくりしてしまうわ」
「…………ッ!!」
あれだけ叫び声を上げていたちぇんの声がぱったりと聞こえなくなってしまった。ゆかりの言葉は当たっていたのだろう。恐
らく巣穴の中のちぇんはもう生きてはいまい。あの赤ちぇんと同じ末路をたどったのである。群れ中のゆっくりが凍りついた様
に動けなくなってしまった。
(……こまったわね……。 このびょうきにかかってしまう、げんいんがわからなければ……このむれのゆっくりはぜんめつし
てしまうわ……)
その日の夜。ゆかりの元に幼馴染であるまりさとありすとぱちゅりーがやってきた。ありすがキョトンとした目つきでまりさ
に尋ねる。
「あら……? れいむはどうしたの……?」
「れいむはもう、すーやすーやしてるのぜ……。 おひるのことでつかれたみたいなのぜ」
「むきゅ……ゆかり。 ぱちゅたちにきょうりょくをしてくれないかしら……?」
ぱちゅりーの言葉にゆかりは本当にあっさりとその要求を受け入れた。ゆかりにとってもこの群れには一宿の恩義がある。ゆ
かりの性格上、黙って見ていることはできなかった。
「ゆっくりりかいしたわ……。 ゆかりも、かんがえてみる。 このもりでなにがおこっているのか……どうすれば、もとのゆ
っくりぷれいすにもどすことができるのか……」
「「「ゆっくりありがとうっ!!!」」」
更に同時刻。巣穴の中でうずくまるれいむの姿。その呼吸は荒い。顔は真っ青になり、大量の冷や汗をかいている。食いしば
った歯の隙間から、涎が伝う。揉み上げを力なく垂らしたれいむが右に左にごろごろと転がる。
(まり……さ……っ!!! くる、しいよ……っ!!! れいむ……なんだか……へん、だよ……っ!!!)
助けて。
たすけて。
タスケテ。
タスケテ。
つづく