ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1102 お話しゆっくり 前編
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ankoss
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※独自設定がいっぱいだよ!
※人間さんは出てこないよ!
※虐待?それおいしいの?
※『ちーと』なゆっくりが出てくるよ!苦手な人はごめんね!
※とっても長いよ!しかも前編だよ!
※お待たせ!『お尋ねゆっくり』の続きだよ!……遅れてごめんね!
書いた奴:一言あき
夏の日差しが森をまだらに染め上げる中を、一匹のまりさが跳ねもせずにゆっくりと這いずって行く。
「じね゛ぇ゛……じね゛ぇ゛……」
ずーりずーりと亀でさえ追い抜けるであろう速さで少しずつ歩を進めるまりさ。
その背後には引き摺って出来た痕と、何やら黒い染みが残されている。
「じね゛ぇ゛……じね゛ぇ゛……」
まりさの顔にはあのふてぶてしい笑みは無い。
名に反して全くゆっくり出来ない物凄い形相が張り付いており……、
「じね゛ぇ゛……じね゛ぇ゛……」
その片目は抉り取られ、虚ろな眼窩からは絶えず餡子が涙のように流れ落ちていた。
「ばでぃざは……げすじゃない………!あのおばなは……ばでぃざがみづげだんだぜ………!!」
まりさは先程、『れいむが見つけたお花を横取りした』罪で片目を抉られて群れから追放される『おめめえぐりのけい』を受けたばかりだった。
尤もそれが罪になったのは最近の事で、まりさを始めとする群れのゆっくり達はそれの何が悪いのかすら解らなかったのだが。
「でいぶがみつけるまえから……あのおばなはばでぃざのものだったんだぜ……きっとそうなんだぜ……」
まりさは横取りしたつもりは全く無い。
先に見つけたのは確かにれいむだったが、あのお花がまりさに見つけてもらいたそうにしていたので仕方なく摘み取ってあげたのだ。
一体、自分の何処が悪いのか!
それなのにあの下種は、よりにもよってまりさの美しいお目目を抉り、折角仲間になってあげた群れから追い出すという暴挙に出た。
『おかのおいしゃさん』が作った群れだからゆっくり出来ると思ったのに、訳の解らない掟でまりさ達をゆっくりさせなかった上にこの仕打ち。
如何に寛大なまりさでも、もう我慢の限界だ。
「ぱちゅでぃは……ゆっぐり………じねぇ………!!」
許さない。許せない。
いつかきっと、あのぱちゅりーを制裁してやる!
怨念と呪詛と餡子を駄々漏れにしながら、まりさは森の奥へ消えて行った。
『お話しゆっくり 前編』
山の裾野に広がる森の中心、ぽっかり開いた場所にある小高い丘。
枯れ草の一片に至るまで喰い尽くされ、すっかり禿げ山へと変貌してしまった丘の天辺で、れみりゃのお帽子を被ったまりさは憤慨していた。
「あのどれいたち、ひどいのぜ!たべものをかくすなんて、やることがきたないのぜ!!」
まりさが間抜けで弱っちいドス達を奴隷にしてこの丘を奪い取ったのが三ヶ月程前の事。
残念ながらドス達は逃げ出してしまったのだが、奴らは逃げ出す前にこの丘の食べ物をどこかに隠してしまったらしい。
でなければ、二千人程度のゆっくり達が思う存分むーしゃむーしゃした程度で食べ物が尽きる筈が無い!
まりさは群れの皆に命じて隠された食糧を探させていたが、未だ見つかったと言う報告は無かった。
「まったくむのうなやつらのぜ!さっさとみつけてこいのぜ!」
丘の天辺でふんぞり返り、食糧を探して右往左往する群れを眺めながらまりさが毒づく。
実はまりさ達は狩りが苦手だ。主に他の群れを襲って食べ物を調達していた為、狩りをしなくても済んだからだ。
しかし、今現在この森の中に居るゆっくりは自分達だけしかいない。
きっとあのドス達が他の群れを連れ出したのだろう、まりさはそう考えていた。
これで奴隷の調達が出来なくなってしまった。あのドス達はなんて卑怯者なのか!
まりさは煮えくり返る怒りを飲み込み、心を落ち着ける為に食事を摂る事にする。
「むーしゃむーしゃ……げろまずー!!」
普段はとても口にしないような苦い草を、顔を顰めながら頬張る。
この丘にある最後の食糧だ。これを食べてしまえばもう何も残っていない。
それが解っていても、まりさは我慢が出来なかった。
今まで好きなだけむーしゃむーしゃして来たのだ。今更どうして我慢が出来ようか。
「ゆうぅ……、もうこのもりにはどれいがいないのぜ……おうさまもらくじゃないのぜ……」
まりさは選ばれたゆっくりだ。
天敵たるれみりゃを打ち倒し、森のゆっくり達を統率してドスすら奴隷に出来る力を得た。
全てのゆっくりを従える王様に選ばれた、特別なゆっくりである自分をゆっくりさせないものは皆ゲスだ。制裁しなければならない。
だが、この状況を作り出したドス達は行方を晦ませたままだ。
配下のゆっくり達に探させてはいるが、未だに影も形も見つからない。
いや、狩りすらまともに出来ないような無能だから見つけられない、と考えるべきか。
とにかくこのままでは飢死にが待っているだけだ。まずは食糧を集める算段をつけようとまりさが重い腰を上げた時、
「おうさまー!もりのそとにしらないれいむたちがいたって、まりさがいってたよー!」
「ゆっ!?」
最近奴隷にしたちぇんが持って来た報告に再び腰を下ろした。
「そいつらはなんびきいたのぜ?」
「たくさんいるっていってたよ!」
標準的なゆっくりの知能では三以上は『たくさん』になる。
十を超えれば『いっぱい』になり、二十から先は『ものすごくいっぱい』だ。
まりさは奴隷ちぇんの言葉からそう多くはないと当たりをつけた。
「そのれいむは、おちびをつれていたのぜ?」
「いたってっいってるよー!」
ちぇんの返事を聞き、まりさはしばし黙考する。
数瞬の後、まりさはちぇんに新しい命令を下した。
「……まりさたちに、いきたままつかまえるよういうのぜ!そしておうさまのところまでつれてくるのぜ!」
「わかったよー!」
まりさの命令を伝えるべく、その俊足でぽいんぽいんと跳ねて行く奴隷ちぇん。
「よくはたらくやつのぜ。ほかのどれいもみならうのぜ」
みるみる遠くなるちぇんの後ろ姿を見送りながらまりさが一人ごちる。
この群れはまりさ、れいむ、ありすで占められており、ちぇんやみょんは奴隷にしたゆっくりの中に数える程しかいない。
その中にあって一番聞き分けの良いのがこのちぇんだった。案外、自分を奴隷と思っていないのかも知れない。
「それにくらべて、あのどすたちはとんだげすなのぜ!みつけたらゆっくりしないでせいっさいっ!するのぜ!」
まりさの怒りに再び火が付く。心を落ち着けようにも、もう食べ物は無い。
結果、まりさはいーらいーらを募らせた状態で群れの帰還を待つ他無かった。
まりさの目前に突き出されたのは成体のれいむ一匹と生後三ヶ月程度の子れいむ二匹、そして生後間もないであろう赤れいむ三匹だった。
何でも捕らえた時には赤まりさと子まりさが四匹程いたらしいが、見せしめにありすがレイプしたら黒ずんで死んだという。
「ありすのとかいはなあいをうけとめないなんて、とんだいなかものだわ!」
「……わかったから、さっさとうせるのぜ」
憤慨するありすを追いやり、まりさは一歩踏み出す。
「こないでね!かわいいれいむをたべないでね!!」
「「「おきゃあしゃぁあああん!!きょわいようぅううううう!!!」」」
まりさの迫力に恐れを成すれいむ達。子れいむの片割れに至っては無言のまま気絶する体たらく。
そんなれいむ達の狂態を一切無視して、まりさは尋問を開始した。
「……れいむたちは、どこからきたのぜ?」
「ゆっ!?しゃべれるの!?」
まりさが話し掛けた途端に目を丸くして驚愕する親れいむ。
「……しつもんにこたえるのぜ、どこからきたのぜ?」
人の話を聞かないとは、随分と礼儀知らずなれいむだ。相当な田舎から出て来たのだろう。
図らずも先程のありすの言葉通りだった事に失笑しつつも、まりさは質問を重ねる。
子連れのゆっくりが遠出をする事は無い。おそらくこの森のどこかに手付かずの群れが生き残っている筈だ。
だったらその群れの場所を聞き出して、全員奴隷にして食糧を奪ってしまおう。
最初に報告を受けた時、まりさはそう閃いたのである。
だが、れいむから帰って来た答えは予想を遥かに超えていた。
「れいむたちは、あのおやまのむこうからきたんだよ!」
「「「「「「「「「「な、なんだってーっ!?!?!?」」」」」」」」」」
お山の向こうは完全に秘境だ。そこに何が居るのか、何があるのか、どんな所かさえ誰も知らない。
そんな所からやって来たというれいむの言葉に驚愕するまりさ達を尻目に、れいむは聞かれもしないのに勝手に喋り出した。
「れいむたちのもりはごはんがすくなくなっちゃって、このままじゃふゆをこせなさそうだったんだよ。
でも、さいきんとてもゆっくりしているむれのうわさをきいたんだよ。
おやまのこっちがわに、にんげんさんといっしょにゆっくりしているどすのむれがいるって。
れいむたちもそのむれにいれてもらおうとおもって、わざわざおやまのふもとをおおまわりしてこっちにきたんだよ。でも……」
そこまで話した所で、れいむは沈痛な表情になって口籠った。
「……れいむがにんっしんっしたら、みんながおこってれいむをおいだしたんだよ。
おひっこしのさいちゅうにすっきりしたのはまりさなのに、わるいのはれいむだって……
れいむは、まりさがゆっくりしたいっていったから、ゆっくりできるあかちゃんをにんっしんっしただけなのに!」
そこまで言うと、れいむはわっと号泣する。
尤も、話を聞いたまりさの心中は冷ややかなものであった。
(……ぜんぶれいむのじごうじとくのぜ。どうじょうにあたいしないのぜ)
『ゆっくりしたいから赤ちゃんをつくる』という思考は理解できるが、引っ越しの最中にというのはゆっくりの基準からしても理に合わない。
ましてお山の反対側からという大遠征の最中ににんっしんっするとは、群れに制裁されても仕方が無い程の背信行為だ。
父役のまりさもそんなつもりで「ゆっくりしたい」と言った訳ではあるまい。大方、一休みしたいとかそんな所だろう。
乗り気でないゆっくりを発情させてすっきりーっ!させるのはそんなに難しい事ではない。発情するまでひたすらすーりすーりを繰り返すだけだ。
しかし引っ越しの最中に発情させるとは、どれだけしつこくすーりすーりしたのか。
まりさは我が身に置き換えて想像し、余りの気色悪さに怖気を震わせる。
しかし、れいむの話に無視できない内容が含まれていたのをまりさは聞き逃さなかった。
「……れいむ、そのうわさはだれからきいたのぜ?」
「れいむはきめぇまるからきいたんだよ。ごはんとこうかんでおしえてもらったから、まちがいないよ!」
きめぇ丸はゆっくりをゆっくりさせない習性を持つ希少種だが、同時に見たもの聞いたものを誰かに伝えようとする習性も有している。
時々、食べ物や一夜の宿と引き換えに教えてくれるこれらの情報は、生活圏の狭いゆっくりにとって重要な情報源だ。
非常にうさんくさいが、きめぇ丸は勘違いや早とちりはするものの嘘は吐かない。れいむの言う通り嘘ではないだろう。
そしてこの森付近にいるドスなぞ一匹しか居ない。間違いない、まりさの元から逃げ出したあのドスだ!
しかもあろう事か食べ物を隠してまりさの群れをゆっくり出来なくしておいて、自分達はお山の向こう側まで噂になる程ゆっくりしているらしい。
許せない、まりさは心からそう思う。
(まりささまをゆっくりさせないどげすは、ゆっくりさせないでせいっさいっするのぜ!!)
心中で、あのドス達に死刑判決を下す。
そうとなったら善は急げだ。とりあえず、有益な情報をもたらしたれいむ親子にそれなりの礼をしよう、とまりさはれいむ達に告げた。
「いいことをおしえてくれたのぜ。おれいに、このむれのどれいにしてあげるのぜ」
「「「「「「ゆっ!?」」」」」」
れいむ親子が固まる。それをまりさ達に仕える喜びにうち震えた為と解釈して、まりさは更に言葉を重ねる。
「そんなによろこばなくてもいいのぜ。とりあえず、むれのみんなのごはんをさがしてくるのぜ。おひさまがしずむまではまっていてあげるのぜ」
まりさがその言葉を言い終わると同時に、固まっていたれいむが再起動する。
暫くプルプル震えていたかと思うと、突然大声を張り上げて抗議を繰り出して来た。
「なにいってるの!れいむはしんぐるまざーなんだよ!かわいそうなんだよ!
わかったらさっさとれいむたちにごはんをもってきてね!あまあまをたくさんでいいよ!」
母の猛烈な勢いに乗ったのか、子れいむ達も口々に「そーだ!そーだ!」と合わせてくる。
こんな光景は珍しい事ではない。れいむ種の悪癖である『しんぐるまざー』はまりさ達にとっても見慣れたものだ。
だから、その対策もまりさ達は熟知していた。
「……もういいのぜ。どうせこうなるのはわかっていたのぜ」
まりさはそう言うと、大声で一言「みんな!あつまるのぜ!」と叫ぶ。
すると丘のあちこちから大量のゆっくりが湧き出すように出現した。
れいむ、まりさ、ありす。
たちまち丘を埋め尽くした無数のゆっくり達に怯えるれいむ親子に、化け物まりさは残酷な判決を下した。
「このれいむは、どれいのくせにさからうげすなのぜ!げすはせいっさいっするのぜ!
……ついでにみんなのごはんになるのぜ。ひさしぶりのあまあまなのぜ」
「「「「「「ゆ゛っ゛!?!?!?」」」」」」
突然の死刑宣告と、『みんなのごはん』発言に驚愕したれいむ親子が硬直する。だがそんな事には一切構わず、ゆっくり達は目を異様に輝かせて一斉に襲いかかった。
「ひゃっはぁあああああああ!!せいっさいっだぁあああああああ!!!」
「あまあまだぜぇえええええ!!ぜんぶまりさがもらうんだぜぇえええええ!!!」
「んほぉおおおおおお!!ちいさいれいむのばーじんさんはもらったわぁあああああ!!!」
「しんぐるまざーはでいぶだけでいいんだよ!にせもののしんぐるまざーはしねぇええええ!!!」
「あまあまよこちぇぇええ!!」「れいみゅにゆっくりたべられちぇね!」「んほぉおお!ありちゅのあいをうけとめちぇね!!」
「ゆ゛ん゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!ごな゛い゛でぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」
「や゛べでぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!でい゛ぶを゛だべな゛い゛でぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」
「でい゛ぶの゛ばー゛じん゛がぁ゛!!でい゛ぶの゛じゅ゛ん゛げづがぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「お゛ぎゃ゛あ゛じゃ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!だぢゅ゛げでぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」
「おきゃあしゃんたちはころちていいから、きゃわいいれいみゅだきぇはたちゅけてね!…………ゆ゛ぎゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
あっという間にゆっくりの津波に飲み込まれるれいむ親子の姿。
途切れ途切れに聞こえてくる悲鳴を聞きながら、まりさはれいむ達の話を吟味し始めた。
(……どすたちは、にんげんといっしょにいるのぜ?にんげんをどれいにしてるのぜ?)
まりさ達は人間の事をよく知らない。
どうも森の外の平原に群れているようで、時々森を訪れる以外は滅多に見掛けないからだ。
まりさ達と同じ言葉を話せる程度の知能は持っている様だが、食べ物の少ない平原を住処にしている辺り相当な阿呆揃いらしい。
あの無能なドス達には相応しい奴隷であろう。しかし、ドス如きが奴隷を持つなど過ぎた行為である。
(ちょうどいいのぜ。あたらしいどれいがてにはいるのぜ)
新しい労働力の調達に加え、それだけゆっくりしているなら食糧不足も補える筈だ。
人間と一緒に暮らしていると言うのなら、きっとあの平原に居るに違いない。
早速、明日にでもドス達の所へ向かおう。まりさはそう結論付けると、手元に残しておいたあまあまに齧り付く。
「ゆ゛ぎぃ゛っ゛!!!!」
家族の末路を見せつけられ、恐怖に立ち竦んでいたあまあまが上げる心地よい断末魔と口内に広がる深い甘みを、まりさはじっくり堪能していった。
太陽もすっかり昇り切り、目前に迫った冬を追い払うかのように照りつける日差しが眩しい正午。
山の裾野に広がる森と、人里を分ける広い平原に、いつかの焼き直しの如く現れた大軍勢。
二年前のそれと違うのは、軍勢に子供や赤ちゃんまで含まれている事と、総勢二千人を超えようかというその数であった。
いざという時の盾にする為に最前衛に配置された奴隷以外はてんでバラバラで、陣形も何もあったものではない。
そしてその中央に、れみりゃのお帽子を被った化け物みたいな顔のまりさが陣取っていた。
壊れて動かないスィーに乗り、奴隷達に引かせる姿は古代の王侯貴族もかくやと言わんばかり。
しかし、その心中は見た目の優雅さとは程遠かった。
「……まだ、みつからないのぜ?」
「ゆっくりのすがたかたちもないっていってるよー!」
伝令役を務める奴隷ちぇんに事態の進捗を問うても、返って来るのは『見つからない』だけ。
広大な平原を行けども行けども、ドスはおろか人間の一匹も見当たらないのだ。
(このはらっぱがこんなにひろいだなんておもわなかったのぜ……)
実際の所、生まれて間もない赤ゆや子ゆ、スィーを引かせる化け物まりさに合わせている為、進軍速度が非常にゆっくりしているだけなのだが。
のろのろと歩む化け物まりさの軍勢。真上にあった太陽が夕日に変わる位の時間を掛けて、彼女達は遂に目的地に辿り着く。
そこは、想像を遥かに超える場所だった。
「こ……これは………なんなのぜ………?」
化け物まりさが呆然と呟く。だがそれは、全てのゆっくりの台詞を代弁していた。
広大な平野に、野菜が列をなして生えているという、信じられない光景。
その奥に見えている、木のうろや洞窟などとは全く違う立派なお家の群れ。
遠くには化け物まりさの壊れたスィーなぞ比較にならない程大きなスィーが行き交う姿が霞んで見える。
眼前の光景に、言葉を無くして立ちつくすゆっくり達。彼女達を正気に戻したのはギリギリという音だった。
化け物まりさが飴細工の歯を砕かんばかりに激しく軋らせていたのである。
「……ゆるさないのぜ……ぜったいに、ゆるさないのぜ……」
地獄から響くような怨嗟の声にしーしーを漏らす程怯える軍勢。
しかし続けて吐き出されたまりさの雄叫びが、全員の脳裏を真っ白に染め上げた。
「こんな……こんなにゆっくりしたゆっくりぷれいすをひとりじめするなんて!
どすとにんげんは、ぜっっっっっっったいに!ゆるさないのぜぇええええええええええ!!!」
「「「「「「「「「「ゆ゛っ゛!?」」」」」」」」」」
化け物まりさは激怒していた。温厚な自分がこれほどキレるだなんて、初めてではないだろうか?そう思えるくらいに。
人間が森に住まない理由がよく解った。これほどのゆっくりプレイスを独り占めしているのなら、わざわざ食べ物の少ない森に住もうなどとは思うまい。
しかもあろう事か、ここにはあのドスまでもが住み着いている。まりさ達を飢えさせておいて、自分達はのうのうと楽園で面白おかしく過ごしていたに違いない。
許せない。許せる筈が無い。決して許せるものか!!
化け物まりさの怒りは、たちまち群れ全体に広がっていく。
同属殺しの快感に目覚め、制裁と称してあちこちの群れで殺ゆ事件を起こして来たれいむは考える。
(ゆっくりできないあのどすなら、おもうぞんぶんせいっさいっできるよ!ひゃっはぁああ!!)
際限なく喰らった為に冬籠りに失敗し、弱った自分の家族を貪って以来ゆっくりの味に取り付かれたまりさが思う。
(げすなゆっくりほど、いためつけてころすとじょうとうなあまあまになるんだぜ!たのしみだぜ!!)
手始めに初恋のまりさを犯し殺して以来、千人斬りの達成を悲願に掲げるレイパーありすが理解する。
(つまり、ここはさいこうのすっきりーっ!ぷれいすなのねぇええええ!!んほぉおおおおおおおぉううううう!!!)
満足に狩りも出来なかったくせに、かわいい自分と離婚しようとするまりさを亡き者にして悲劇のしんぐるまざーとなったれいむが誓う。
(あんなにひろくてすてきなおうちは、れいむとおちびちゃんにこそふさわしいんだよ!!にんげんさんはさっさとれいむにおうちをよこしてね!!そしたらしんでね!!)
群れのあちこちから、化け物まりさの怒りに共感する声があがる。
最初はバラバラだったそれは、お互いに呼応し合って纏まって行き、最後には一つのうねりとなって群れ全体を揺るがした。
『げすなにんげんとどすはゆっくりしないでしね!!!』
壮絶なシュプレヒコールが平原に響き渡る。
熱狂が最高潮に達した頃、突如化け物まりさが大声を張り上げて皆を制した。
「しずかにするのぜ!!にんげんやどすにきづかれるのぜ!!」
たちまち静まり返る二千人のゆっくり達。
……念の為に言っておくが、最初に叫び出したのは化け物まりさだ。
だがそのような些細な事、まりさはおろかこの場にいる全員の脳裏から奇麗さっぱり抜け落ちていた。
あらゆるゆっくりが、群れの皆がまりさの号令を待つ。そして……
「あのゆっくりぷれいすをまりささまのものにするのぜ!!ぜんいん、とつげきするのぜ!!」
「「「「「「「「「「ゆぉおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」」」
化け物まりさの宣言に、一斉に鬨の声を挙げて答える群れ。
高まり切った士気に突き動かされ、最前線に並ぶ奴隷達を踏み潰さんばかりの勢いで突進する。
「ゆわぁああ゛あ゛あ゛!!どま゛っ゛でぇ゛え゛え゛え゛え゛!!!」
「いやぁああ゛あ゛あ゛!!ごっ゛ぢぐる゛な゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「ぢぃ゛い゛い゛い゛い゛い゛ん゛ぼぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」
堪らないのは奴隷達の方だった。背後から迫り来るゆっくりの津波から逃れようと全速力で前進する。
それこそ『罠の可能性を全く考えない』で、だ。
「ゆびゃっ!?!?!?」
その内の一匹、奴隷れいむが突然現れた穴に落ちる。
だが、並走していたまりさは足を止めずに駆け抜けて行く。他の奴隷ゆっくり達も決して立ち止まろうとはしなかった。
「まってぇええええ!!れいむをたすけてぇええええ!!」
「……ごめんね、れいむ!まりさ、ふまれてしにたくないよ!!」
「れいむ………ごめんなさい、ごめんなさい………!!」
「たすけてあげられなくてごめんねー!!ゆるしてねー!!」
「………とのがたの……!」
謝罪の言葉を残して走り去る奴隷ゆっくりに続き、群れのゆっくり達が怒号を挙げて押し寄せる。
「あんなところにおっこちたどれいがいるんだぜ!おお、まぬけまぬけ!!」
「むのうなれいむはそこでえいえんにゆっくりしててね!!」
「やっぱりれいむはいなかものね!!れいぽぅするきもおきないわ!!」
穴の底で助けを求めるれいむを嘲笑いながらも、足だけは決して止めない。
奴隷をわざわざ助ける道理はない。故に立ち止まる意味もない。
口々に勝手な事を吐きながら、ひたすらゆっくりプレイスを目指して進軍する群れ。
その姿は正しく全てを貪り喰らう蝗の群生そのものだった。
必死に跳ねる奴隷ゆっくり達。成り行きで畑を目指してはいるが、野菜が目的ではなかった。
彼女達はただ、背後に迫るゆっくりの群れから逃げたかっただけ。
尤も、その逃避行が実を結ぶ事は決してなかったのだが。
「もうすぐおやさいのあるところだよ!!あのなかににげこめばたすか「おやさいはまりさのものだぜぇ!!」り゛ゅ゛ぶっ゛!?!?!?」
「ば、ばり「れいむのおやさいぃいいい!!」じゃ゛ぁ゛あ゛っ゛!?!?」
「いやぁあああ!!れいむぅうう「おやさいはとってもとかいはよぉおおお!!」う゛べっ!?」
畑の野菜が作る、身を隠すのに最適な茂みを目指していた奴隷達が次々と踏み潰される。
背後の集団が突然速度を上げたのだ。
「らんしゃ「むほぉおおおおお!!」ま゛ぎゃ゛っ゛!?」
「ぺにぃいいい「じゃまだよっ!!」ずっ゛!?!?」
末期の声すら挙げる間もなく死んで行く奴隷達だが、誰も気に留めない。踏み潰した事さえ気付いていない。
既に彼女達の目に映っているのはたわわに実ったお野菜達だけ。
余りに旨そうなそれが間近になるにつれ、彼女達の目的が変化したのだ。
『ゆっくりプレイスを奪い取る』から、『おいしいお野菜を腹一杯貪る』へ。
ここの所の食糧不足で満足に食事も摂れず、常に飢えていた群れの前に現れた美味しそうな野菜。
それはゆっくりの餡子脳から目的を忘れさせるには充分過ぎるものだった。
「まつのぜ!!それはまりささまのおやさいなのぜ!!かってにたべるんじゃないのぜ!!」
背後で化け物まりさが喚き散らすが、完全に畑に集中してしまったゆっくりたちの耳には入らない。
そして最前列を走っていた数十人のゆっくり達が、遂に畑へたどり着く。
「ゆぷぷっ!!のろまなおうさまなんかほっとくんだぜ!!このおやさいはぜんぶまりさのものなんだぜ!!」
「ちがうよ!!おやさいはれいむのものなんだよ!!れいむのおやさいをたべるまりさはゆっくりしないでしんでね!!」
「むほぉおおお!!しまりのよさそうなおやさいねぇえええ!!ありすがとかいはにあいしてあげるわぁあああ!!」
口々に野菜の所有権を主張するゆっくり達、最後のは何か違うような気がするが。
そして痺れを切らした先頭集団のまりさが言い争うゆっくり達を出し抜き、大口を開けて野菜に齧り付いた。
「これはまりさのおやさいなんだぜ!!だからまりさがぜんぶたべるんだぜ!!いただきま………」
「………全然違うよ!ドススパーク!!!」
否、齧り付こうと大口を開けた瞬間、彼方から奔る光線がまりさを含む先頭集団を飲み込む。
光が過ぎ去った後に残ったのはまりさの歯、れいむのあんよ、ありすのぺにぺに。
野菜に突き立つ筈だったまりさの歯が、全く野菜に触れる事無く畑に転がった。
「……ゆ!?」
先頭集団のゆっくり達、十数人が体の一部を残して消え去る異常事態。
化け物まりさは、否、群れの全ゆっくり達が思考停止に陥る。
「……新入りさん達の言った通りだったね。あの森の食べ物を全部食べ尽くしたら、あのゲスな群れがここに来るかも知れないって」
茫然自失の化け物まりさに、聞き覚えのある声が掛けられた。
油を注し忘れたブリキ人形のようなぎこちない動きで、ゆっくり声の聞こえた方向に振り向いた化け物まりさの目に、見覚えのある影が映る。
ふさふさの金髪を黒いお帽子に収め、化け物まりさを睨みつける大きな、とても大きなゆっくり。
最後に見たときより更に一回り大きくなっていたが、間違いない。あの時逃げ出したドスまりさだ!
「どすぅうううっ!!よくもけらいをころしたのぜぇええええ!!!どれいのくせになまいきなのぜぇえええ!!!!」
「……まりさはまりさの奴隷になった覚えは無いよ。まりさは只、畑をゲスから守っただけだよ」
「げすはどすのほうなのぜぇえええ!!なまいきなげすはせいっさいっしてやるんだぜぇえええええ!!!」
「……お話しにならないね。むしろ制裁されるのはまりさ達の方だよ」
激昂する化け物まりさと対照的に、冷静沈着な受け答えを崩さないドス。
その余裕綽々な態度に、元々短い化け物まりさの堪忍袋の緒はあっさりと千切れた。
「もうゆるさないのぜ!!みんなでどすをせいっさいっするのぜぇえええ!!」
「……最初から許す気はなかったよね?それより何を許す気だったの?まりさには心当たり無いよ?」
「ゆぎぎ……!!くちばっかたっしゃなのぜ!!………どうしたのぜ!?みんなでいっせいにかかるのぜ!!」
化け物まりさの号令に、配下のゆっくり達が怯えたように竦み上がる。
皆見ていたのだ、先程の光が先頭集団を消し去る瞬間を。
あの光を放ったのがドスならば、自分達に勝ち目などあるものか。一斉に掛かっても、また吹き飛ばされるだけだろう。
誰であろうと命は惜しい。如何に王様の命令であろうとも、犬死になど絶対に嫌だった。
「なんでおうさまのめいれいをきかないのぜ!?………もしかして、どすすぱーくのせいなのかぜ?」
一向に言うことを聞かない群れに苛立ち、癇癪を起こしていた化け物まりさが不意に真実に辿り着く。
その言葉に何匹かが頷くのを確かめた化け物まりさが、一転して不敵な笑みを浮かべながら落ち着いた様子で語り出した。
「ゆっふっふっ………、だいじょうぶなのぜ、おうさまはどすすぱーくのじゃくてんをよーくしってるのぜ……」
どよめくゲスゆっくり二千人。その反応に気を良くしたのか、化け物まりさはふんぞり返って居丈高に叫ぶ。
「どすすぱーくはきのこさんをむーしゃむーしゃしないとうてないのぜ!!!
みんなでゆっくりしないでふるぼっこにしてやれば、きのこさんをたべるひまがないからうてないのぜぇ!!!」
「「「「「「「「「「ゆぅ~っ!?!?」」」」」」」」」」
「……うん、そうだね。確かに茸さんをむーしゃむーしゃしないと、ドススパークは撃てないよ」
一斉に驚愕する一同とは裏腹に、冷静さを失わないままドスまりさが自身の弱点を肯定する。
化け物まりさはそれを降伏宣言だと受け取った。
「いまさらあやまってもおそいのぜ!!みんなでかわりばんこにせいっさいっするのぜぇえええええ!!!」
「「「「「「「「「「ゆっくりしないでじねぇぇえええ!!!!!」」」」」」」」」」
化け物まりさの咆哮と共にドスに向かって駆け出す群れ。
地響きを鳴らして近付いてくる大群を前にしても尚冷静なまま、ドスまりさは言葉を続けた。
「……だから、撃てないときの備え位はしてあるよ」
その言葉を言い終わると同時に、群れのゆっくり達がそこに辿り着く。
畑の土や砂とは全く違う何かが敷き詰められた場所に。
「ゆぎっつつ゛つ゛っ゛!?!?な゛に゛ごれ゛ぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!」
「いじゃぁいぃいい゛い゛!!でいぶの、でいぶのゆっくりしたあんよがぁああ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
「ゆぎゃぁあああ゛あ゛あ゛あ゛!!あ゛り゛ずの゛どぎゃ゛い゛ばな゛びぎゃ゛ぐがぁ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
ドスの手前に敷き詰められた、大量の瓦礫。角張ったそれを思い切り踏み付け、あんよを傷つけたゆっくり達が絶叫を上げてのたうち回る。
突然立ち止まって身悶える前衛を、後続のゆっくりが踏み潰す姿を尻目に、ドスまりさは猛然と逃げ出した。
「あっ……!!まつのぜ!!にがさないのぜ!!みんなでおいかけるのぜ!!!」
「「「「「「「「「「ゆ……ゆぅ~っ!!」」」」」」」」」」
事態に全く着いて行けず、退却するドスの後ろ姿を呆然と見送っていた化け物まりさが慌てて出した命令に、半ば反射的に従う軍勢。
前衛の尊い犠牲の結果、瓦礫の隙間が餡子で覆われた安全な進路を踏みしめ、やや離れた所を跳ねるドスの背中を追いかける。
否、追いかけようとした彼女達の眼前を塞ぐように一匹のまりさが立ちはだかった。
「……いますぐ、もりにかえるならみのがしてやるんだぜ。さもないと、ゆっくりできなくさせるんだぜ」
二千人もの群れを前に大言壮語を吐く身の程知らずの蛮勇に、化け物まりさは思わず失笑した。
たった一匹で何が出来るというのだ?ドスでさえ成す術無く、姑息な手段を用いて逃げ出したというのに。
「みんな、そのまままりさをふみつぶすのぜ!!おばかなまりさはゆっくりしないでしね!!」
化け物まりさの宣言を背に受け、二千人のゆっくりが怒濤の勢いで襲い掛かる。
しかし、立ち塞がったまりさは目前に迫るそれを全く怖れる様子もなく、溜め息を吐きつつ目を伏せた。
「……けいこくはしたんだぜ」
そう言うとまりさは背後の穴に飛び込む。
『奴隷れいむが落ちた落とし穴』の中に。
「「「「「「「「「「ゆっ?」」」」」」」」」」
突然の浮遊感に『おそらをとんでるみたい!』などと思う間もなく、先頭に立った三百人程のゆっくりが落ちて行く。
そして、
「ゆ゛っ゛!?」「ゆ゛べっ゛!?」「ゆ゛がっ゛!?」「ゆ゛ぐっ゛!?」「ゆ゛ぶっ゛!?」
断末魔の一言さえ残さず、次々と息絶えた。
それはかつて、畑を襲ったとある群れを一網打尽にした恐るべき罠。
最初の落とし穴は囮で、そこに落ちたゆっくりを救い出そうと他のゆっくりが飛び込んだ時、本命が発動する仕掛けだ。
だが化け物まりさの群れにそんな殊勝なゆっくりなぞいない。だから、まりさが自ら飛び込んで発動させたのだ。
広範囲に渡る大掛かりな落とし穴。その昔、二百匹の群れを残らず飲み込んだ深淵は、過日とは違う姿で獲物を出迎える。
かつて、穴の底に敷き詰められていた古釘の代わりに突き立っていたのは、竹槍。
鋭く尖ったそれが落ちてくるゆっくりの中枢餡を貫き、絶命させたのだった。
「ゆびぃいいい゛い゛!?!?なにこれぇえええ゛え゛え゛!?!?」
先程の落とし穴が櫓となり、竹槍の林の中心にそびえ立つ。柵付きの櫓の頂点で、奴隷れいむは突然現れた地獄に怯えた。
「……だいじょうぶなのかだぜ?けがとかしてないんだぜ?」
「ゆんやぁあああ!!こないでぇええええええ!!」
逃げ場の無い櫓の中で、見知らぬまりさから逃げ出したくても逃げられないれいむが涙としーしーを垂れ流しながら懇願する。
一体何故、こんな事に?何処で自分は間違えたのか?れいむの脳裏はそんな疑問で埋め尽くされていた。
このれいむは、れいむ種主体である事意外は特徴の無い群れの生まれだ。
突出した能力の無いれいむ種であるが故に、狩りやお家の造成も不得意な群れではあったが、それを皆で補い合える群れだった。
『あのおかのドスたちみたいに、いっしょうけんめいゆっくりしようね!』
それが口癖だった長。丘の群れと言う理想を、自分の群れで再現したかったんだろう。
幾度となく丘へ出向き、『効果的な狩りの方法』や『冬でも寒くないお家の作り方』を教えてもらっていた長は厳しくもあったが、
群れがゆっくりできるよう常に頑張っていたし、そんな長を嫌うゆっくりはあの群れには居なかった。
有能な長、仲の良い群れ、お腹一杯むーしゃむーしゃ出来なくとも、れいむはこの群れを『ゆっくりプレイス』と胸を張って言えたのに、
『ゆっへっへっ、さあ!おうさまにせんぶみつぐのぜ!!』
突然現れた化け物まりさに、全部壊されてしまった。
強かった父も、優しかった母も、大好きな幼馴染みも、大切な友達も、大事なご近所も、一切合切を理不尽に奪われた。
『あのおかのどすがいれば、こんなことには………!!』
最後まで抵抗していた長が殺された時、生き残っていたのはれいむを含めて僅か三人。
そして待ち構えていたのは、奴隷として生きる屈辱的な日々。
些細な事で嬲られ、戯れに潰され、中には食糧になって殺される仲間達の姿が自分の未来を示すようで、れいむは常に死の恐怖に怯えていた。
『だいじょうぶだよ、いまがまんしていれば、きっとゆっくりできるよ!』
同じ境遇でありながら、そう言って励ましてくれたまりさはあっさりれいむを見殺しにした。他の奴隷仲間達もれいむを助けてはくれなかった。
れいむは思う。一体、自分の何が悪かったのかと。
狩りも下手なりに頑張った。お家を造るお手伝いも、近所の子供達のお世話も一生懸命やっていたし、我侭を言って両親や群れを困らせた事も無い。
(なのに、なんでこうなったの?れいむのなにがわるかったの?だれか、おしえて……!!)
幾ら考えても答えの出ない疑問に、れいむの餡子がフリーズする。
彼女を我に返したのは、眼下の地獄を作り出した見知らぬまりさの一言だった。
「とりあえずここならあんぜんなんだぜ。けがはあとでなおしてあげるから、もうすこしがまんするんだぜ。
……まりさたちが、あいつらをぜんぶやっつけるまで。」
「……ゆっ?」
何を言われたのか解らない。そんな表情でまりさを見返すれいむ。
だが、それ以上は何も言わず、まりさは櫓から落とし穴の縁で喚き散らす化け物まりさの軍勢を睨み付けた。
「ひきょうものぉおおおおお!!ゆっくりしないでさっさとこっちにこぉおおおいぃいいい!!」
「なんでそんなところにいるんだぜ!!まりさがそんなにこわいのか、なんだぜ!!」
「むっほぉおおおおお!!とかいはにあいしてあげるわぁああ!!ありすをうけいれてねぇえええ!!」
「よくもみんなをぉおおおお!!ぜったいにゆるさないよぉおおおお!!」
「まりさのはにーをよくもころしたなぁあああ!!げすはゆっくりしねぇええええ!!」
先程から間断なく喚き続ける軍勢のゆっくり達。聞くに堪えない罵詈雑言を叩き付けられて居るにも拘らず、櫓のまりさは動じない。
「……げすはそっちなんだぜ。それより、いつまでもそこにいるとあぶないんだぜ?」
不意に呟いたまりさの言葉が終わると同時に、最前列で喚き散らしていたれいむの右目に穴が開いた。
「ゆ?………ゆっぎゃぁあああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」
突然見えなくなった右目に、自身に起こった異常を把握するよりも先に、れいむを激痛が襲う。
体の中が電撃に撃たれたかのように痺れ、全身の餡子が掻き回されるような感覚に犯され、れいむの全身から脂汗が滝のように湧き出てくる。
「ゆ゛べがぎゃ゛げごごぐびゃ゛ぼぅ゛!?!?……ゆ゛ばぁ゛っ゛!!!!!」
そして激痛にのたうち回るれいむが不意に動かなくなったかと思うと、口はおろかあにゃるやしーしー穴、まむまむや両の眼窩から大量の餡子を吹き出して息絶えた。
余りの事に騒ぐのを止めるゆっくり達。その中の一人であるまりさの頬に穴が穿たれた。
「ゆぐっ!?………ゆぎゃばばばばばばばべぎょおぉおお゛お゛お゛!?!?!?!?………ぶびゃ゛っ゛!!!!!」
そして今度はまりさがのたうち回り、全身の穴という穴から餡子を吹き出して絶命する。
それを合図にしたかのように、次々と穴を開けては狂ったように暴れて死ぬゆっくり達。
「んぼっ!?……んぼぉおお゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!?!?………ゆ゛ぼっ゛!!!」
「いやぁあああ!!れいむじにだぐな……あ゛ぎゃ゛べら゛ぴぼぉ゛お゛お゛っ゛!!!…………ぶじゃ゛っ゛!!!!」
「なんなんだぜ!?なにごとなんだぜ!?…………いやじゃ゛ぁ゛あ゛ぎゃ゛ぎゅ゛べぼぶら゛びぃ゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛っ゛!?!?…………ゆ゛でぶっ゛!!!」
唐突に生まれた地獄絵図に、化け物まりさが一瞬怯む。が、すぐに原因の見当が付いたのか、慌ててスィーから飛び降りて奴隷達の陰に隠れた。
「みんな、ものかげにかくれるのぜ!!これはきっと、からだのなかにからいからいさんをうちこまれてるのぜ!!」
化け物まりさの忠告を聞き、あるものは奴隷の死体を、あるものは傍に居た仲間の体を盾にして身を隠す。
だが、盾にしたそれらからはみ出た僅かな部分を狙って穴は穿たれ続け、のたうち回るゆっくりが続出した。
それを櫓から見ていたまりさが、視線を己の後方へ向けて一人ごちる。
「……あいかわらず、いいうでをしてるんだぜ。やっぱり、ぱちゅりーたちにまかせてせいかいなんだぜ」
まりさの、絶大な信頼の篭った独り言を聞いたれいむは『何の事だろう?』と首を捻った。
化け物まりさと落とし穴を挟んで反対方向にある茂みの中で蠢く影。
そこに潜んでいたのは、全身に迷彩を施されたぱちゅりーと、同じ迷彩を施されたまりさであった。
「……もうすこしみぎへ。……いきすぎよ、ちょっとだけひだりにもどって。……いまよ、うて!」
オペラグラスを覗き込んだぱちゅりーの誘導に従い、照準を合わせていたまりさが一瞬だけ膨らみ、銜えた筒へ息を吹き込む。
その勢いに押され、筒の中を猛烈に走り抜けた弾丸が狙い違わずれいむの死体に隠れていたありすの尻に突き刺さる。
「……おみごと。ありすはしんだわ。たまをこめたらたいきしててね。……つぎ、いくわよ」
オペラグラスを通して、ありすが苦しみ抜いてカスタードを吐き出したのを確認したぱちゅりーの指示に従い、後退するまりさと入れ替わるように別のまりさが現れる。
その口に銜えているのは一メートル程度のプラスチック製の筒。その先端を化け物まりさの軍勢に向け、まりさはその場に伏せてぱちゅりーの指示を待つ。
「……つぎはおとしあなのみぎはじにいるまりさをねらいましょう。うっかりまわりこまれたら、『さくせん』がだめになるわ」
ぱちゅりーの目の高さに固定されたオペラグラスに映る獲物に狙いを定め、まりさが筒を動かす。
筒の先に付けられた照準器が、落とし穴の右端で縮こまっていたまりさに向けられた。
「……かぜさんがふいてきたわ。ねらいをひだりにはんぶんうごかして……そうね、せなかをねらいましょう」
ぱちゅりーの指示に無言で従うまりさ。その視線はゆっくりにあるまじき鋭さをたたえている。
ふらふら動いていた筒先が固定されたその瞬間、ぱちゅりーは短く命じた。
「うて!」
筒の中に大量の空気が送り込まれる。その中に詰められていたのは唐辛子の粉末を詰め込んだ特製の弾丸。
一メートル程の筒の中を滑走し、充分な勢いを付けられた弾丸は十メートル程先に居た標的の背中に突き刺さり、体内で弾け跳ぶ。
世界一辛いと言われ、殺ゆ剤にも使用されるジョロキアの粉末が砕け散ってまりさの餡子と混ざり合う。次の瞬間、まりさは自分の餡子が沸騰したかのような衝撃に襲われた。
「ゆっぎゃぁあああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!」
痛い、痛い!凄まじい痛みに悶え苦しむまりさだが、激しく動き回る度に餡子と唐辛子が撹拌され、却って激痛が満遍なく全身に行き渡ってしまう。
やがて唐辛子と山葵が中枢餡に達し、まりさの命が劇物に蹂躙された。
「ぴぃっ!?……ゆ゛べじっ゛!!!!」
一瞬の硬直、そして劇物への拒絶反応が過剰に働き、まりさの中身を全て打ち撒けた。
どんどん減って行く餡子に、まりさが霞む意識で懸命に懇願する。
(やべで!!ばでぃざのあんござんででいがないで!!ばでぃざじにたぐない!!じにだぐ……しに………く…………)
だが如何に懇願しようとも、まりさには餡子の流出を止められない。
故郷の群れの長を殺してその地位を簒奪したあの日の事や、全滅した群れを捨てて化け物まりさの元で好き放題に暴れた日々の事。
まりさの輝かしい栄光の記憶が、命と共に流れ出して行く。
消えゆく意識の中で、まりさは只『死にたくない』を繰り返すことしか出来なかった。
「……おみごと。いいうでだわ」
標的のまりさが汚い餡子を撒き散らして絶命するのを見届け、ぱちゅりーが狙撃手まりさを褒める。
だが一仕事終えたまりさは何でも無いかのように返した。
「……まりさのうでまえじゃないよ。これのおかげだよ」
そう言って口に銜えた競技用の吹き矢の筒を示すまりさに、ぱちゅりーが苦笑しながら応える。
「……それでも、それをつかっているのはまりさなのよ。もうすこし、じしんをもっていいわ。
……たまをこめたらたいきして。つぎ、いくわよ。じゅんびしてね」
ぱちゅりーの言葉に黙って頷くと、まりさはもう一人のまりさと交代で積み上げられた包みへ向かう。
ゆっくりでも簡単に開けられるよう細工された包みを解いてその中身、特製の唐辛子弾を触らないように注意しながら吹き矢の筒へ押し込む。
背後で鋭い呼気が聞こえた。続くぱちゅりーの「……おみごと」と言う労いの言葉で、ゲスがまた一匹死んだのだと理解する。
ゲスが死ぬのはすっきりーっ!することだ。自然に気分も高揚してくるのは仕方が無い。
(でも、まりさたちのおしごとは、あいつらをころすことじゃない。あいつらを、にがさないことだよ)
まりさは深呼吸して気を落ち着けた。
ぱちゅりーの誘導があるとはいえ、実際に狙撃しているのはまりさ達なのだ。気が高ぶった状態では碌に狙いは定まらない。
『いちいちよろこんだり、おこったり、ないていたり、たのしんでいたりしたら、いしはぜんぜんあたらないんだぜ。
……いしをあてるときは、あてることだけにしゅうちゅうする。それが、いしをあてるこつなんだぜ』
かつて石の吹き方を伝授してくれた、森の奥で行方不明になったまりさの言葉を思い出す。
当たったからと言っていちいち喜んでいてはいられない。それに自分達が目的を失えば『作戦』は破綻してしまう。
ドスは群れで一、二を争う石吹きの名人である自分達を信頼してこのポジションに付けたのだ。
『彼ら』だってまりさ達にわざわざこんな貴重なものを用意してくれた。その信頼は絶対に裏切れない。
凪いだ湖面のような冷静さを取り戻し、今度は畑に逃げ込もうとするれいむに狙いを付ける。
茂みに引っ掛かって、薄汚い尻をこちらに向けてプルプル振るう滑稽な姿に、まりさは容赦なく唐辛子の弾を撃ち込んだ。
一方、狙撃の雨を喰らい続ける化け物まりさの軍勢は未だに狙撃手の陰すら掴めていなかった。
落とし穴を挟んでいるとはいえたった十メートル先の、あからさまな薮に注目するゆっくりは居ない。
皆、自分だけ助かろうとして大混乱に陥っていたからだ。
「かわいいれいむのためにしんでね!!」
「いやなんだぜ!!むのうなれいむこそしんでね!!」
お互いを盾にするべく背後を取ろうとして、その場でぐるぐる回り続ける番も居れば、
「んほぉおおおおお!!どうせしぬならいますぐすっきりーっ!するわぁああああ!!」
「やべちぇえええええ!!みゃみゃぁああ゛あ゛あ゛あ゛!!……ちゅっきりぃいい゛い゛い゛い゛い゛っ゛!?」
自暴自棄になってレイパーと化し、手近に居た自分の娘ですっきりーっ!を始める親子も居る。
阿鼻叫喚、悲喜交々な群れの中にあって只一人、四方を奴隷で固めた化け物まりさだけは冷静に状況を見極めていた。
「……やっぱり、ここまでからいからいさんはとどかないみたいなのぜ」
余りにゆっくりしていない凄惨な死に方に騙されていたが、撃たれたゆっくりはそう多くない。
恐らく狙撃手の数が少ないのか、あるいは射程が短いのだろうと化け物まりさは見抜き、直ちに号令を出す。
「みんな!そのおおあなのそばによるんじゃないのぜ!!こっちならあんぜんなのぜ!!」
その声に、一斉に穴から遠ざかるゆっくり達。押し合い減し合い、時には邪魔な同属を踏み潰して化け物まりさの元へ向かう。
七孔噴血ならぬ五孔噴血して死ぬのはご免だとばかりに全速力で逃げ出し、ここなら安全だと一息ついたのもつかの間のこと。
「……思った通り、そこに来たね?……ドススパーク!!」
再び飛来した光の束に、十数人のゆっくりが纏めて薙ぎ払われた。
先程の焼き直しのように体の一部を残して消え去るゆっくり達。
「……まさか!?」
弾かれたように身を翻して向けた視線の先に、必死に逃げ出すドスを見つけた化け物まりさの怒りが再び火が着く。
鈍重な巨体で跳ね跳ぶ度、畑の畦道を揺らしながら遠ざかる後ろ姿を激怒を込めて睨み付け、化け物まりさは追撃を命じる。
「……いいかげんにするのぜぇ!!やさしいおうさまでも、もうがまんのげんかいなのぜ!!
なにをもたもたしてるのぜ!!みんなでどすをおいかけるのぜ!!」
「「「「「「「「「「ゆ……ゆぅ~っ!!」」」」」」」」」」
化け物まりさの勢いに押され、渋々畦道に繰り出す一同。
始めは恐る恐るであった歩みが進むにつれ、足取りから怯えが消えて次第に軽くなって行く。
ここには痛い石も、落とし穴も、突然穴を開けて死ぬゆっくりもいない。それを確信した途端、群れは暴走を開始した。
「まてぇえええええ!!このどげすぅううううう!!よくもれいむをおどかしたなぁああああ!!」
「まりさをゆっくりさせなかったつみはおもいんだぜ!!だからせいっさいっしてやるんだぜ!!」
「いなかもののどすに、ありすのとかいはなあいをたくさんあげるわぁ!!むほぉおおおおお!!」
口々に勝手な事を喚き散らしながら、畑と畑の合間にある細い畦道をひた走る。
畑の作物が生い茂り、丁度ゆっくりが隠れるには絶好の薮と化した茂みが両脇に並ぶ畦道を、何の警戒も無く爆走する一団。
その後を必死に着いて行くまりさが異常を感じた時には、既に手遅れだった。
「ゆゆっ!?なんだかゆっくりできないけはいがするよぼっ!?!?!?」
「どうしたのまりしゃばっ!?!?!?」
先頭集団の最後尾で、まりさが何となく感じた違和感を漏らす途中でいきなり口を噤む。並走していたれいむが一瞬遅れてその理由を知った。
突然何かに躓くように転んだ二人を、銀色に光る何かが畑に引きずり込む。先を行く集団の誰一人とて、それに気付かなかった。
遠くで跳ねるドスの姿がどんどん近付いてくる。当然だ。
ドスの移動速度はそれ程速くない。その巨体に見合う歩幅を持つものの、巨体故の鈍重さが枷となるからだ。
「のろまのくせに、まりさたちとおいかけっこだなんて、ばかなの?しぬの?」
「で、でいぶの、ばでぃざば、がげっご、どぐい、なんだよ、………ぜひゅー、ぜひゅー」
先頭集団に追い付いたばかりのまりさがせせら笑う。そのすぐ後に続くれいむが、呼吸困難を起こしながらもまりさの言葉に追随した。
「……れいむ、むりしないほうがいいよ?」
「だ、だいじょうぶ、だよ、でいぶ、ばでぃざの、およべざん、なんだよ。
だがら、ばでぃざど、いっじょに、いるん、だよ、………ぜひゃー、ぜひゃー」
数ヶ月前、無性にすっきりーっ!したくなったまりさが行き摺りのれいむを襲って以来、彼女は『まりさのおよめさん』を自称して付き纏ってきた。
いつでも何処でも、気が付けば物陰からじっとこちらを見ている姿に、しーしーを漏らす程怯えた日々が一変したのは化け物まりさの群れに加わってから。
この群れでは、自分専用の奴隷を持つ事がステータスの高いものの証だ。
奴隷ゆっくりは群れの共有財産とされているので、名目上は番という事になる。それを聞いたれいむは奴隷となる事を即座に了承した。
いざ奴隷にしてみれば、れいむは中々に使えた。すっきりーっ!したい時にはいつでも相手してくれるし、赤ちゃんはいらないと言えば自分で茎をへし折ってちゅうっぜつっする。
少々嫉妬深く、まりさの浮気相手を殺してしまう事もあったものの、従順で健気なれいむをまりさも次第に好ましく思うようになり、本気で番に迎えようと考え始めていた。
この遠征が終わったら宝物の奇麗な石を贈ってれいむに『ぷろぽーず』しよう。
そしてあの大きなお家で、れいむと赤ちゃんに囲まれてずっと一緒にゆっくりするんだ。
とてもゆっくりした未来を思い描き、にやにや笑いを浮かべて走るまりさ。
彼女の餡子が幽かな違和感を感じ取ったのはそんな時だった。
(あれ?なんだか、へっているきがするよ……?)
入れ替わり激しい先頭集団、しかも全速力でドスを追いかけている最中だ。
大方、走り疲れて脱落したのだろう……。
(ちょっとまって、おかしいよ?まりさ、だれもおいこさなかったよ?)
先頭集団がそっくり入れ替わる程の脱落者が出たのなら、既に相当数追い抜いている筈だ。だが、まりさにはそんな記憶は無い。
気が付かなかった?いいや、それは無い。いくら何でも、まりさはそんなに大量の脱落者に気付かないようなうっかり者ではない。
(じゃあ、どうしてみんないなくなってるの?みんなどこにいったの?)
小さな違和感は、今や確信に変わりつつあった。
何かゆっくり出来ない事が起こっている。それも誰も気付かないうちに、じわじわと蝕むように。
このままでは自分達も巻き込まれてしまう、その前に逃げないと!
離脱を決意したまりさが、背後を走るれいむにその事を伝えようと振り向き……、銀色に光る何かが視界の端を翳めるのを見た。
「……ふぅっ!?」
なんだかゆっくり出来ない匂いが当たりに立ちこめる。お顔がやけに涼しい。
何故かあんよに力が入らない。折角追い付いた先頭集団がまた遠ざかって行く。
「ふぇっ!?はひは、ろうらってるろぉ!?」
まりさ、どうなってるの?そう言ったつもりだった。だが、口を吐いて出て来たのは不明瞭な発音と、やけに大きな呼吸音。
振り向いた視線の先に、見慣れないものが転がっている。けれど、まりさはそれを良く知っている気がする。
まりさの心中に広がる不安。あそこに転がっているものは何だ、知っているけど知らない、見た事無いけれども見た事がある。
その答えは、まりさのお顔を見るなり盛大に餡の気を引かせたれいむが教えてくれた。
「ゆぎゃぁああああああっ!?!?まりさのゆっくりしたおかおがぁあああ!?まりさのきれいなしもぶくれさんがぁあああああ!?!?」
「……へひふ?はひはふぉおはお、ふぉおひひゃっはふぉおおぅっ!?」
れいむ?まりさのおかお、どうしちゃったの!?
れいむの尋常ではない取り乱し様に、ただ事ではないと察して詰め寄るまりさ。その発音の覚束ない口には、あるべきものが無かった。
まりさの唇が、消えていた。飴細工の歯と餡子の歯茎が、むき出しになって外気に晒されている。
左頬には口腔が覗く程深い穴が開き、息をする度にそこからひゅーっ、ひゅーっと空気が漏れていた。
まりさの右頬の半ばから左頬全面にかけて、お顔の皮が剥ぎ取られていた。先程見たもの、それはまりさ自身のお顔の一部だったのである。
「ゆわぁあああああ!!くるなぁああ!!ばけものぉおおおおお!!!」
「へ……へひふ……?」
狂乱するれいむに駆け寄ろうとするまりさに、ゆっくり出来ない罵声が浴びせかけられる。
あんなに従順で健気だったれいむから叩き付けられた拒絶の言葉に、まりさの思考が停止した。
「ゆっくりできないまりさはゆっくりしないでしね!」
その言葉を最後に、まりさに背を向けて走り去るれいむ。
さっきまで、れいむは一生懸命自分について来てくれていた。『まりさのおよめさん』である事を誇りに思ってくれていた。
だから、まりさはしあわせーっ!な将来を夢見ていられたのに!
(なんで?どうして?まりさ、なにもわるいことしてないのに!……ぎゃばっ!?)
豹変したれいむの態度に混乱する餡子脳を貫く衝撃。それを最後に、まりさの意識は暗転した。
一方、れいむはここ数ヶ月分の愚痴を垂れ流しながら、畦道を逆走していた。
「まったく、せっかくびけいなまりさをてにいれたとおもったのに!!おかおをなくすなんて、とんだくずだったよ!!」
まりさの名誉の為に言えば、どのようなゲスであろうとも『顔を無くす』芸当をして見せるゆっくりなど、この世に存在しない。
顔を無くす、と言う超常現象自体には興味を示さず、ひたすらまりさを罵倒するれいむ。
「これじゃ、もうおとなりのれいむやありすにじまんできないよ!まりさのせいだね!ぷんぷん!!」
れいむ種において『すてきなだんなさん』を持つ事はかなりのステータスになる。
狩りが上手、かけっこが得意、お帽子でのぷーかぷーかが出来る等、『すてきなだんなさん』の条件は幾つかあるが、最も重要なのは『美形である』ことだ。
数ヶ月前、親をゆっくりさせない赤ゆを捨てて森をうろついていた時に襲って来たれいぱーまりさは、野生では滅多に居ない程の美ゆっくりだった。
丁度『しんぐるまざー』から只のれいむに戻ったばかりだった彼女は様々な策を弄し、まりさを『だんなさん』に据えて化け物まりさの群れに迎えたのだ。
「まいにち、まりさのたんしょうなぺにぺにのあいてまでしてやったのに!れいむのまむまむは、まりさなんかにはもったいなかったよ!」
何故かれいむを見る度にしーしーを漏らす程怯えていたまりさを『だんなさん』にするには相当苦労したものだ。
ご近所を巻き込み、まりさにある事無い事吹き込んで『奴隷にするには番になること』と言う大嘘を信じ込ませ、自慢の色香で誑し込む。
そこまでしてれいむの元に引き止めたのはまりさが美形だったから、それだけだ。
だから、お顔を失った今のまりさは、れいむにとって何の価値もない。惜しいとも思わない。
むしろ、ここまでやった苦労を水の泡にしたまりさへの恨みばかりが募っていくのみ。
「あんなゆっくりできないまりさのあかちゃんなんて、ちゅうっぜつっしといてせいかいだったよ!こんどはもっとびけいなまりさを………、ゆっ!?」
単に『赤ちゃんを育てたくなかった』から実ゆを潰した事を、都合良く正当化していたれいむの足が止まる。
先頭集団から大きく引き離された後続集団が見えてきたからだ。
「ちょうどよかったよ!まりさがしんだっておうさまにほうこくして、あたらしいまりさをもらうよ!!」
「……それはこまるみょん。そのことをしってるゆっくりはいてはいけないみょん」
れいむが自分だけに都合のいい未来を妄想しながら垂れ流した独り言に、聞き覚えの無い声で返事が返された。
突然聞こえてきた言葉に警戒するよりも早く、れいむは鬱蒼とした畑に引きずり込まれる。
後続集団は一連の出来事に気付く事無く、現場を通り過ぎて行った。
「い……いじゃい!いじゃいいいいいいい!!でいぶのぷりちーなおかおがぁあああ!!!」
畑に引きずり込まれたれいむは酷い有様だった。
右頬から後頭部に掛けて一列に並んだ小さな引っ掻き傷が鋭い痛みを、引きずり込まれる際に薮になった作物に打たれたお顔が腫れて鈍い痛みを、それぞれ伝えてくる。
「……べつにそのていどならしんだりしないみょん。さっきのまりさのほうがよっぽどひどかったみょん」
「ゆっ!?だれ!?」
もがき苦しむれいむの背後から、先程と同じ声が掛けられる。
途端に痛みを忘れて振り向くれいむ、そこには一匹のみょんが居た。
「……さっきのまりさはけっこうがんじょうだったみょん。『ろーかんけん』のいちげきでたおしきれなかったのはあのまりさがはじめてだったみょん。
……できれば、せいせいどうどうたたかいたかったみょん。でも、これがみょんたちの『さくせん』だから、しかたなかったみょん」
「…………!おばえがぁあああああ!!ぎゃわいいでいぶをごんなめにあわぜだのばぁああああああ!!!!」
最愛のまりさを殺し、悲劇のヒロインたる自分に重傷を負わせたのが目の前のみょんだと知り、れいむは激怒した。
許せない、目の前のこいつだけは絶対に許せない!怒りにお目目を充餡させ、般若の形相でみょんに飛び掛かる。
「でいぶをゆっぐりざぜないみょんはゆっぐりじないでじね!!!!」
「……じぶんのことしかあたまにないみょん?まりさもうかばれないみょん」
怒りに任せたれいむの突撃を、みょんは余裕で躱す。
着地に失敗して無様に地面を転がるれいむに侮蔑を込めた視線を送りつつ、みょんは『ろーかんけん』を取り出して構えた。
「よけるなぁああああ!!さっさとれいむにころ……さ…………れ…………?」
起き上がったれいむがみょんの構える『ろーかんけん』を目にした途端、罵声が尻つぼみに小さくなる。
みょんが銜えているもの、それはみょんの胴回りよりも長い片刃の鋸。
一般にレザーソーと呼ばれるそれが、れいむを傷付けた凶器の正体であった。
「……あんまりさわがれて、あいつらにきづかれたらたいへんみょん。だから……」
硬直しているれいむ目掛けて鋸を振りかぶり、
「いちげきで、おわらせるみょん!!」
そのまま横薙ぎに振り払われた剣閃が、れいむを一刀両断にする。
悲鳴を上げる間もなく、真っ二つに引き裂かれたれいむの上半分がずり落ち、中身を曝け出した。
「……にんげんさんがきたえた『ろーかんけん』で、きれないものはあんまりないみょん」
油断無く残心を払いながら、みょんはそう呟く。
この『ろーかんけん』は、いつもの木の枝で戦いに赴こうとしたみょんを気遣った『彼ら』が持たせてくれた武器だ。
木の枝とは比べ物にならない威力の『ろーかんけん』で、みょんは既に二十を超える戦果を得ていた。
(……つぎのばしょにいそぐみょん。ゆっくりしてると、あいつらがきちゃうみょん)
畑の畦道は一本道ではない。畑の合間を碁盤の目の如く網羅しており、ドスはそこを縫うように逃げ惑う。
ドスを追いかける化け物まりさの軍勢は、馬鹿正直に道なりに進んでいる。わざわざ畑の薮に踏み入ろうとはしない。
そしてみょん達は畑に潜み、畑をショートカットする事で常に先回りしてゲリラ戦を仕掛けていたのだ。
先頭集団の最後尾に居るゆっくりに狙いを定め、他のゆっくり達に気付かれないうちに仕留める。
それがみょん達の役目だった。
(みょんのやくめは、あいつらをかのうなかぎりへらすこと。あいつらにきづかれないようにこうどうすること。
……ひきょうではあっても、にんずうのすくないみょんたちではこのほうほうしかないみょん。)
敵は減らさなくてはいけない。敵に気付かれてはならない。
両方とも実に困難ではあるが、それを為さなければならないのがこの役目の辛い処だ。
(それでも、みょんは『さくせん』をぜったいにせいこうさせるみょん!)
既にみょんの覚悟は出来ている。後はどれだけあの軍勢を減らせるか、それだけだ。
次の待ち伏せ地点に向かうみょんの足が止まる。
驚愕に目を見開いたまま、中枢餡を断たれて絶命しているれいむの屍が目に入ったのだ。
「……『なかにだれもいないみょん』のほうがよかったかも、だみょん」
曝け出された切断面を見て、みょんは新しい決め台詞を推敲していた。
※過去作とかは後編にて
※人間さんは出てこないよ!
※虐待?それおいしいの?
※『ちーと』なゆっくりが出てくるよ!苦手な人はごめんね!
※とっても長いよ!しかも前編だよ!
※お待たせ!『お尋ねゆっくり』の続きだよ!……遅れてごめんね!
書いた奴:一言あき
夏の日差しが森をまだらに染め上げる中を、一匹のまりさが跳ねもせずにゆっくりと這いずって行く。
「じね゛ぇ゛……じね゛ぇ゛……」
ずーりずーりと亀でさえ追い抜けるであろう速さで少しずつ歩を進めるまりさ。
その背後には引き摺って出来た痕と、何やら黒い染みが残されている。
「じね゛ぇ゛……じね゛ぇ゛……」
まりさの顔にはあのふてぶてしい笑みは無い。
名に反して全くゆっくり出来ない物凄い形相が張り付いており……、
「じね゛ぇ゛……じね゛ぇ゛……」
その片目は抉り取られ、虚ろな眼窩からは絶えず餡子が涙のように流れ落ちていた。
「ばでぃざは……げすじゃない………!あのおばなは……ばでぃざがみづげだんだぜ………!!」
まりさは先程、『れいむが見つけたお花を横取りした』罪で片目を抉られて群れから追放される『おめめえぐりのけい』を受けたばかりだった。
尤もそれが罪になったのは最近の事で、まりさを始めとする群れのゆっくり達はそれの何が悪いのかすら解らなかったのだが。
「でいぶがみつけるまえから……あのおばなはばでぃざのものだったんだぜ……きっとそうなんだぜ……」
まりさは横取りしたつもりは全く無い。
先に見つけたのは確かにれいむだったが、あのお花がまりさに見つけてもらいたそうにしていたので仕方なく摘み取ってあげたのだ。
一体、自分の何処が悪いのか!
それなのにあの下種は、よりにもよってまりさの美しいお目目を抉り、折角仲間になってあげた群れから追い出すという暴挙に出た。
『おかのおいしゃさん』が作った群れだからゆっくり出来ると思ったのに、訳の解らない掟でまりさ達をゆっくりさせなかった上にこの仕打ち。
如何に寛大なまりさでも、もう我慢の限界だ。
「ぱちゅでぃは……ゆっぐり………じねぇ………!!」
許さない。許せない。
いつかきっと、あのぱちゅりーを制裁してやる!
怨念と呪詛と餡子を駄々漏れにしながら、まりさは森の奥へ消えて行った。
『お話しゆっくり 前編』
山の裾野に広がる森の中心、ぽっかり開いた場所にある小高い丘。
枯れ草の一片に至るまで喰い尽くされ、すっかり禿げ山へと変貌してしまった丘の天辺で、れみりゃのお帽子を被ったまりさは憤慨していた。
「あのどれいたち、ひどいのぜ!たべものをかくすなんて、やることがきたないのぜ!!」
まりさが間抜けで弱っちいドス達を奴隷にしてこの丘を奪い取ったのが三ヶ月程前の事。
残念ながらドス達は逃げ出してしまったのだが、奴らは逃げ出す前にこの丘の食べ物をどこかに隠してしまったらしい。
でなければ、二千人程度のゆっくり達が思う存分むーしゃむーしゃした程度で食べ物が尽きる筈が無い!
まりさは群れの皆に命じて隠された食糧を探させていたが、未だ見つかったと言う報告は無かった。
「まったくむのうなやつらのぜ!さっさとみつけてこいのぜ!」
丘の天辺でふんぞり返り、食糧を探して右往左往する群れを眺めながらまりさが毒づく。
実はまりさ達は狩りが苦手だ。主に他の群れを襲って食べ物を調達していた為、狩りをしなくても済んだからだ。
しかし、今現在この森の中に居るゆっくりは自分達だけしかいない。
きっとあのドス達が他の群れを連れ出したのだろう、まりさはそう考えていた。
これで奴隷の調達が出来なくなってしまった。あのドス達はなんて卑怯者なのか!
まりさは煮えくり返る怒りを飲み込み、心を落ち着ける為に食事を摂る事にする。
「むーしゃむーしゃ……げろまずー!!」
普段はとても口にしないような苦い草を、顔を顰めながら頬張る。
この丘にある最後の食糧だ。これを食べてしまえばもう何も残っていない。
それが解っていても、まりさは我慢が出来なかった。
今まで好きなだけむーしゃむーしゃして来たのだ。今更どうして我慢が出来ようか。
「ゆうぅ……、もうこのもりにはどれいがいないのぜ……おうさまもらくじゃないのぜ……」
まりさは選ばれたゆっくりだ。
天敵たるれみりゃを打ち倒し、森のゆっくり達を統率してドスすら奴隷に出来る力を得た。
全てのゆっくりを従える王様に選ばれた、特別なゆっくりである自分をゆっくりさせないものは皆ゲスだ。制裁しなければならない。
だが、この状況を作り出したドス達は行方を晦ませたままだ。
配下のゆっくり達に探させてはいるが、未だに影も形も見つからない。
いや、狩りすらまともに出来ないような無能だから見つけられない、と考えるべきか。
とにかくこのままでは飢死にが待っているだけだ。まずは食糧を集める算段をつけようとまりさが重い腰を上げた時、
「おうさまー!もりのそとにしらないれいむたちがいたって、まりさがいってたよー!」
「ゆっ!?」
最近奴隷にしたちぇんが持って来た報告に再び腰を下ろした。
「そいつらはなんびきいたのぜ?」
「たくさんいるっていってたよ!」
標準的なゆっくりの知能では三以上は『たくさん』になる。
十を超えれば『いっぱい』になり、二十から先は『ものすごくいっぱい』だ。
まりさは奴隷ちぇんの言葉からそう多くはないと当たりをつけた。
「そのれいむは、おちびをつれていたのぜ?」
「いたってっいってるよー!」
ちぇんの返事を聞き、まりさはしばし黙考する。
数瞬の後、まりさはちぇんに新しい命令を下した。
「……まりさたちに、いきたままつかまえるよういうのぜ!そしておうさまのところまでつれてくるのぜ!」
「わかったよー!」
まりさの命令を伝えるべく、その俊足でぽいんぽいんと跳ねて行く奴隷ちぇん。
「よくはたらくやつのぜ。ほかのどれいもみならうのぜ」
みるみる遠くなるちぇんの後ろ姿を見送りながらまりさが一人ごちる。
この群れはまりさ、れいむ、ありすで占められており、ちぇんやみょんは奴隷にしたゆっくりの中に数える程しかいない。
その中にあって一番聞き分けの良いのがこのちぇんだった。案外、自分を奴隷と思っていないのかも知れない。
「それにくらべて、あのどすたちはとんだげすなのぜ!みつけたらゆっくりしないでせいっさいっ!するのぜ!」
まりさの怒りに再び火が付く。心を落ち着けようにも、もう食べ物は無い。
結果、まりさはいーらいーらを募らせた状態で群れの帰還を待つ他無かった。
まりさの目前に突き出されたのは成体のれいむ一匹と生後三ヶ月程度の子れいむ二匹、そして生後間もないであろう赤れいむ三匹だった。
何でも捕らえた時には赤まりさと子まりさが四匹程いたらしいが、見せしめにありすがレイプしたら黒ずんで死んだという。
「ありすのとかいはなあいをうけとめないなんて、とんだいなかものだわ!」
「……わかったから、さっさとうせるのぜ」
憤慨するありすを追いやり、まりさは一歩踏み出す。
「こないでね!かわいいれいむをたべないでね!!」
「「「おきゃあしゃぁあああん!!きょわいようぅううううう!!!」」」
まりさの迫力に恐れを成すれいむ達。子れいむの片割れに至っては無言のまま気絶する体たらく。
そんなれいむ達の狂態を一切無視して、まりさは尋問を開始した。
「……れいむたちは、どこからきたのぜ?」
「ゆっ!?しゃべれるの!?」
まりさが話し掛けた途端に目を丸くして驚愕する親れいむ。
「……しつもんにこたえるのぜ、どこからきたのぜ?」
人の話を聞かないとは、随分と礼儀知らずなれいむだ。相当な田舎から出て来たのだろう。
図らずも先程のありすの言葉通りだった事に失笑しつつも、まりさは質問を重ねる。
子連れのゆっくりが遠出をする事は無い。おそらくこの森のどこかに手付かずの群れが生き残っている筈だ。
だったらその群れの場所を聞き出して、全員奴隷にして食糧を奪ってしまおう。
最初に報告を受けた時、まりさはそう閃いたのである。
だが、れいむから帰って来た答えは予想を遥かに超えていた。
「れいむたちは、あのおやまのむこうからきたんだよ!」
「「「「「「「「「「な、なんだってーっ!?!?!?」」」」」」」」」」
お山の向こうは完全に秘境だ。そこに何が居るのか、何があるのか、どんな所かさえ誰も知らない。
そんな所からやって来たというれいむの言葉に驚愕するまりさ達を尻目に、れいむは聞かれもしないのに勝手に喋り出した。
「れいむたちのもりはごはんがすくなくなっちゃって、このままじゃふゆをこせなさそうだったんだよ。
でも、さいきんとてもゆっくりしているむれのうわさをきいたんだよ。
おやまのこっちがわに、にんげんさんといっしょにゆっくりしているどすのむれがいるって。
れいむたちもそのむれにいれてもらおうとおもって、わざわざおやまのふもとをおおまわりしてこっちにきたんだよ。でも……」
そこまで話した所で、れいむは沈痛な表情になって口籠った。
「……れいむがにんっしんっしたら、みんながおこってれいむをおいだしたんだよ。
おひっこしのさいちゅうにすっきりしたのはまりさなのに、わるいのはれいむだって……
れいむは、まりさがゆっくりしたいっていったから、ゆっくりできるあかちゃんをにんっしんっしただけなのに!」
そこまで言うと、れいむはわっと号泣する。
尤も、話を聞いたまりさの心中は冷ややかなものであった。
(……ぜんぶれいむのじごうじとくのぜ。どうじょうにあたいしないのぜ)
『ゆっくりしたいから赤ちゃんをつくる』という思考は理解できるが、引っ越しの最中にというのはゆっくりの基準からしても理に合わない。
ましてお山の反対側からという大遠征の最中ににんっしんっするとは、群れに制裁されても仕方が無い程の背信行為だ。
父役のまりさもそんなつもりで「ゆっくりしたい」と言った訳ではあるまい。大方、一休みしたいとかそんな所だろう。
乗り気でないゆっくりを発情させてすっきりーっ!させるのはそんなに難しい事ではない。発情するまでひたすらすーりすーりを繰り返すだけだ。
しかし引っ越しの最中に発情させるとは、どれだけしつこくすーりすーりしたのか。
まりさは我が身に置き換えて想像し、余りの気色悪さに怖気を震わせる。
しかし、れいむの話に無視できない内容が含まれていたのをまりさは聞き逃さなかった。
「……れいむ、そのうわさはだれからきいたのぜ?」
「れいむはきめぇまるからきいたんだよ。ごはんとこうかんでおしえてもらったから、まちがいないよ!」
きめぇ丸はゆっくりをゆっくりさせない習性を持つ希少種だが、同時に見たもの聞いたものを誰かに伝えようとする習性も有している。
時々、食べ物や一夜の宿と引き換えに教えてくれるこれらの情報は、生活圏の狭いゆっくりにとって重要な情報源だ。
非常にうさんくさいが、きめぇ丸は勘違いや早とちりはするものの嘘は吐かない。れいむの言う通り嘘ではないだろう。
そしてこの森付近にいるドスなぞ一匹しか居ない。間違いない、まりさの元から逃げ出したあのドスだ!
しかもあろう事か食べ物を隠してまりさの群れをゆっくり出来なくしておいて、自分達はお山の向こう側まで噂になる程ゆっくりしているらしい。
許せない、まりさは心からそう思う。
(まりささまをゆっくりさせないどげすは、ゆっくりさせないでせいっさいっするのぜ!!)
心中で、あのドス達に死刑判決を下す。
そうとなったら善は急げだ。とりあえず、有益な情報をもたらしたれいむ親子にそれなりの礼をしよう、とまりさはれいむ達に告げた。
「いいことをおしえてくれたのぜ。おれいに、このむれのどれいにしてあげるのぜ」
「「「「「「ゆっ!?」」」」」」
れいむ親子が固まる。それをまりさ達に仕える喜びにうち震えた為と解釈して、まりさは更に言葉を重ねる。
「そんなによろこばなくてもいいのぜ。とりあえず、むれのみんなのごはんをさがしてくるのぜ。おひさまがしずむまではまっていてあげるのぜ」
まりさがその言葉を言い終わると同時に、固まっていたれいむが再起動する。
暫くプルプル震えていたかと思うと、突然大声を張り上げて抗議を繰り出して来た。
「なにいってるの!れいむはしんぐるまざーなんだよ!かわいそうなんだよ!
わかったらさっさとれいむたちにごはんをもってきてね!あまあまをたくさんでいいよ!」
母の猛烈な勢いに乗ったのか、子れいむ達も口々に「そーだ!そーだ!」と合わせてくる。
こんな光景は珍しい事ではない。れいむ種の悪癖である『しんぐるまざー』はまりさ達にとっても見慣れたものだ。
だから、その対策もまりさ達は熟知していた。
「……もういいのぜ。どうせこうなるのはわかっていたのぜ」
まりさはそう言うと、大声で一言「みんな!あつまるのぜ!」と叫ぶ。
すると丘のあちこちから大量のゆっくりが湧き出すように出現した。
れいむ、まりさ、ありす。
たちまち丘を埋め尽くした無数のゆっくり達に怯えるれいむ親子に、化け物まりさは残酷な判決を下した。
「このれいむは、どれいのくせにさからうげすなのぜ!げすはせいっさいっするのぜ!
……ついでにみんなのごはんになるのぜ。ひさしぶりのあまあまなのぜ」
「「「「「「ゆ゛っ゛!?!?!?」」」」」」
突然の死刑宣告と、『みんなのごはん』発言に驚愕したれいむ親子が硬直する。だがそんな事には一切構わず、ゆっくり達は目を異様に輝かせて一斉に襲いかかった。
「ひゃっはぁあああああああ!!せいっさいっだぁあああああああ!!!」
「あまあまだぜぇえええええ!!ぜんぶまりさがもらうんだぜぇえええええ!!!」
「んほぉおおおおおお!!ちいさいれいむのばーじんさんはもらったわぁあああああ!!!」
「しんぐるまざーはでいぶだけでいいんだよ!にせもののしんぐるまざーはしねぇええええ!!!」
「あまあまよこちぇぇええ!!」「れいみゅにゆっくりたべられちぇね!」「んほぉおお!ありちゅのあいをうけとめちぇね!!」
「ゆ゛ん゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!ごな゛い゛でぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」
「や゛べでぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!でい゛ぶを゛だべな゛い゛でぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」
「でい゛ぶの゛ばー゛じん゛がぁ゛!!でい゛ぶの゛じゅ゛ん゛げづがぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「お゛ぎゃ゛あ゛じゃ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!だぢゅ゛げでぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」
「おきゃあしゃんたちはころちていいから、きゃわいいれいみゅだきぇはたちゅけてね!…………ゆ゛ぎゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
あっという間にゆっくりの津波に飲み込まれるれいむ親子の姿。
途切れ途切れに聞こえてくる悲鳴を聞きながら、まりさはれいむ達の話を吟味し始めた。
(……どすたちは、にんげんといっしょにいるのぜ?にんげんをどれいにしてるのぜ?)
まりさ達は人間の事をよく知らない。
どうも森の外の平原に群れているようで、時々森を訪れる以外は滅多に見掛けないからだ。
まりさ達と同じ言葉を話せる程度の知能は持っている様だが、食べ物の少ない平原を住処にしている辺り相当な阿呆揃いらしい。
あの無能なドス達には相応しい奴隷であろう。しかし、ドス如きが奴隷を持つなど過ぎた行為である。
(ちょうどいいのぜ。あたらしいどれいがてにはいるのぜ)
新しい労働力の調達に加え、それだけゆっくりしているなら食糧不足も補える筈だ。
人間と一緒に暮らしていると言うのなら、きっとあの平原に居るに違いない。
早速、明日にでもドス達の所へ向かおう。まりさはそう結論付けると、手元に残しておいたあまあまに齧り付く。
「ゆ゛ぎぃ゛っ゛!!!!」
家族の末路を見せつけられ、恐怖に立ち竦んでいたあまあまが上げる心地よい断末魔と口内に広がる深い甘みを、まりさはじっくり堪能していった。
太陽もすっかり昇り切り、目前に迫った冬を追い払うかのように照りつける日差しが眩しい正午。
山の裾野に広がる森と、人里を分ける広い平原に、いつかの焼き直しの如く現れた大軍勢。
二年前のそれと違うのは、軍勢に子供や赤ちゃんまで含まれている事と、総勢二千人を超えようかというその数であった。
いざという時の盾にする為に最前衛に配置された奴隷以外はてんでバラバラで、陣形も何もあったものではない。
そしてその中央に、れみりゃのお帽子を被った化け物みたいな顔のまりさが陣取っていた。
壊れて動かないスィーに乗り、奴隷達に引かせる姿は古代の王侯貴族もかくやと言わんばかり。
しかし、その心中は見た目の優雅さとは程遠かった。
「……まだ、みつからないのぜ?」
「ゆっくりのすがたかたちもないっていってるよー!」
伝令役を務める奴隷ちぇんに事態の進捗を問うても、返って来るのは『見つからない』だけ。
広大な平原を行けども行けども、ドスはおろか人間の一匹も見当たらないのだ。
(このはらっぱがこんなにひろいだなんておもわなかったのぜ……)
実際の所、生まれて間もない赤ゆや子ゆ、スィーを引かせる化け物まりさに合わせている為、進軍速度が非常にゆっくりしているだけなのだが。
のろのろと歩む化け物まりさの軍勢。真上にあった太陽が夕日に変わる位の時間を掛けて、彼女達は遂に目的地に辿り着く。
そこは、想像を遥かに超える場所だった。
「こ……これは………なんなのぜ………?」
化け物まりさが呆然と呟く。だがそれは、全てのゆっくりの台詞を代弁していた。
広大な平野に、野菜が列をなして生えているという、信じられない光景。
その奥に見えている、木のうろや洞窟などとは全く違う立派なお家の群れ。
遠くには化け物まりさの壊れたスィーなぞ比較にならない程大きなスィーが行き交う姿が霞んで見える。
眼前の光景に、言葉を無くして立ちつくすゆっくり達。彼女達を正気に戻したのはギリギリという音だった。
化け物まりさが飴細工の歯を砕かんばかりに激しく軋らせていたのである。
「……ゆるさないのぜ……ぜったいに、ゆるさないのぜ……」
地獄から響くような怨嗟の声にしーしーを漏らす程怯える軍勢。
しかし続けて吐き出されたまりさの雄叫びが、全員の脳裏を真っ白に染め上げた。
「こんな……こんなにゆっくりしたゆっくりぷれいすをひとりじめするなんて!
どすとにんげんは、ぜっっっっっっったいに!ゆるさないのぜぇええええええええええ!!!」
「「「「「「「「「「ゆ゛っ゛!?」」」」」」」」」」
化け物まりさは激怒していた。温厚な自分がこれほどキレるだなんて、初めてではないだろうか?そう思えるくらいに。
人間が森に住まない理由がよく解った。これほどのゆっくりプレイスを独り占めしているのなら、わざわざ食べ物の少ない森に住もうなどとは思うまい。
しかもあろう事か、ここにはあのドスまでもが住み着いている。まりさ達を飢えさせておいて、自分達はのうのうと楽園で面白おかしく過ごしていたに違いない。
許せない。許せる筈が無い。決して許せるものか!!
化け物まりさの怒りは、たちまち群れ全体に広がっていく。
同属殺しの快感に目覚め、制裁と称してあちこちの群れで殺ゆ事件を起こして来たれいむは考える。
(ゆっくりできないあのどすなら、おもうぞんぶんせいっさいっできるよ!ひゃっはぁああ!!)
際限なく喰らった為に冬籠りに失敗し、弱った自分の家族を貪って以来ゆっくりの味に取り付かれたまりさが思う。
(げすなゆっくりほど、いためつけてころすとじょうとうなあまあまになるんだぜ!たのしみだぜ!!)
手始めに初恋のまりさを犯し殺して以来、千人斬りの達成を悲願に掲げるレイパーありすが理解する。
(つまり、ここはさいこうのすっきりーっ!ぷれいすなのねぇええええ!!んほぉおおおおおおおぉううううう!!!)
満足に狩りも出来なかったくせに、かわいい自分と離婚しようとするまりさを亡き者にして悲劇のしんぐるまざーとなったれいむが誓う。
(あんなにひろくてすてきなおうちは、れいむとおちびちゃんにこそふさわしいんだよ!!にんげんさんはさっさとれいむにおうちをよこしてね!!そしたらしんでね!!)
群れのあちこちから、化け物まりさの怒りに共感する声があがる。
最初はバラバラだったそれは、お互いに呼応し合って纏まって行き、最後には一つのうねりとなって群れ全体を揺るがした。
『げすなにんげんとどすはゆっくりしないでしね!!!』
壮絶なシュプレヒコールが平原に響き渡る。
熱狂が最高潮に達した頃、突如化け物まりさが大声を張り上げて皆を制した。
「しずかにするのぜ!!にんげんやどすにきづかれるのぜ!!」
たちまち静まり返る二千人のゆっくり達。
……念の為に言っておくが、最初に叫び出したのは化け物まりさだ。
だがそのような些細な事、まりさはおろかこの場にいる全員の脳裏から奇麗さっぱり抜け落ちていた。
あらゆるゆっくりが、群れの皆がまりさの号令を待つ。そして……
「あのゆっくりぷれいすをまりささまのものにするのぜ!!ぜんいん、とつげきするのぜ!!」
「「「「「「「「「「ゆぉおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」」」
化け物まりさの宣言に、一斉に鬨の声を挙げて答える群れ。
高まり切った士気に突き動かされ、最前線に並ぶ奴隷達を踏み潰さんばかりの勢いで突進する。
「ゆわぁああ゛あ゛あ゛!!どま゛っ゛でぇ゛え゛え゛え゛え゛!!!」
「いやぁああ゛あ゛あ゛!!ごっ゛ぢぐる゛な゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「ぢぃ゛い゛い゛い゛い゛い゛ん゛ぼぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」
堪らないのは奴隷達の方だった。背後から迫り来るゆっくりの津波から逃れようと全速力で前進する。
それこそ『罠の可能性を全く考えない』で、だ。
「ゆびゃっ!?!?!?」
その内の一匹、奴隷れいむが突然現れた穴に落ちる。
だが、並走していたまりさは足を止めずに駆け抜けて行く。他の奴隷ゆっくり達も決して立ち止まろうとはしなかった。
「まってぇええええ!!れいむをたすけてぇええええ!!」
「……ごめんね、れいむ!まりさ、ふまれてしにたくないよ!!」
「れいむ………ごめんなさい、ごめんなさい………!!」
「たすけてあげられなくてごめんねー!!ゆるしてねー!!」
「………とのがたの……!」
謝罪の言葉を残して走り去る奴隷ゆっくりに続き、群れのゆっくり達が怒号を挙げて押し寄せる。
「あんなところにおっこちたどれいがいるんだぜ!おお、まぬけまぬけ!!」
「むのうなれいむはそこでえいえんにゆっくりしててね!!」
「やっぱりれいむはいなかものね!!れいぽぅするきもおきないわ!!」
穴の底で助けを求めるれいむを嘲笑いながらも、足だけは決して止めない。
奴隷をわざわざ助ける道理はない。故に立ち止まる意味もない。
口々に勝手な事を吐きながら、ひたすらゆっくりプレイスを目指して進軍する群れ。
その姿は正しく全てを貪り喰らう蝗の群生そのものだった。
必死に跳ねる奴隷ゆっくり達。成り行きで畑を目指してはいるが、野菜が目的ではなかった。
彼女達はただ、背後に迫るゆっくりの群れから逃げたかっただけ。
尤も、その逃避行が実を結ぶ事は決してなかったのだが。
「もうすぐおやさいのあるところだよ!!あのなかににげこめばたすか「おやさいはまりさのものだぜぇ!!」り゛ゅ゛ぶっ゛!?!?!?」
「ば、ばり「れいむのおやさいぃいいい!!」じゃ゛ぁ゛あ゛っ゛!?!?」
「いやぁあああ!!れいむぅうう「おやさいはとってもとかいはよぉおおお!!」う゛べっ!?」
畑の野菜が作る、身を隠すのに最適な茂みを目指していた奴隷達が次々と踏み潰される。
背後の集団が突然速度を上げたのだ。
「らんしゃ「むほぉおおおおお!!」ま゛ぎゃ゛っ゛!?」
「ぺにぃいいい「じゃまだよっ!!」ずっ゛!?!?」
末期の声すら挙げる間もなく死んで行く奴隷達だが、誰も気に留めない。踏み潰した事さえ気付いていない。
既に彼女達の目に映っているのはたわわに実ったお野菜達だけ。
余りに旨そうなそれが間近になるにつれ、彼女達の目的が変化したのだ。
『ゆっくりプレイスを奪い取る』から、『おいしいお野菜を腹一杯貪る』へ。
ここの所の食糧不足で満足に食事も摂れず、常に飢えていた群れの前に現れた美味しそうな野菜。
それはゆっくりの餡子脳から目的を忘れさせるには充分過ぎるものだった。
「まつのぜ!!それはまりささまのおやさいなのぜ!!かってにたべるんじゃないのぜ!!」
背後で化け物まりさが喚き散らすが、完全に畑に集中してしまったゆっくりたちの耳には入らない。
そして最前列を走っていた数十人のゆっくり達が、遂に畑へたどり着く。
「ゆぷぷっ!!のろまなおうさまなんかほっとくんだぜ!!このおやさいはぜんぶまりさのものなんだぜ!!」
「ちがうよ!!おやさいはれいむのものなんだよ!!れいむのおやさいをたべるまりさはゆっくりしないでしんでね!!」
「むほぉおおお!!しまりのよさそうなおやさいねぇえええ!!ありすがとかいはにあいしてあげるわぁあああ!!」
口々に野菜の所有権を主張するゆっくり達、最後のは何か違うような気がするが。
そして痺れを切らした先頭集団のまりさが言い争うゆっくり達を出し抜き、大口を開けて野菜に齧り付いた。
「これはまりさのおやさいなんだぜ!!だからまりさがぜんぶたべるんだぜ!!いただきま………」
「………全然違うよ!ドススパーク!!!」
否、齧り付こうと大口を開けた瞬間、彼方から奔る光線がまりさを含む先頭集団を飲み込む。
光が過ぎ去った後に残ったのはまりさの歯、れいむのあんよ、ありすのぺにぺに。
野菜に突き立つ筈だったまりさの歯が、全く野菜に触れる事無く畑に転がった。
「……ゆ!?」
先頭集団のゆっくり達、十数人が体の一部を残して消え去る異常事態。
化け物まりさは、否、群れの全ゆっくり達が思考停止に陥る。
「……新入りさん達の言った通りだったね。あの森の食べ物を全部食べ尽くしたら、あのゲスな群れがここに来るかも知れないって」
茫然自失の化け物まりさに、聞き覚えのある声が掛けられた。
油を注し忘れたブリキ人形のようなぎこちない動きで、ゆっくり声の聞こえた方向に振り向いた化け物まりさの目に、見覚えのある影が映る。
ふさふさの金髪を黒いお帽子に収め、化け物まりさを睨みつける大きな、とても大きなゆっくり。
最後に見たときより更に一回り大きくなっていたが、間違いない。あの時逃げ出したドスまりさだ!
「どすぅうううっ!!よくもけらいをころしたのぜぇええええ!!!どれいのくせになまいきなのぜぇえええ!!!!」
「……まりさはまりさの奴隷になった覚えは無いよ。まりさは只、畑をゲスから守っただけだよ」
「げすはどすのほうなのぜぇえええ!!なまいきなげすはせいっさいっしてやるんだぜぇえええええ!!!」
「……お話しにならないね。むしろ制裁されるのはまりさ達の方だよ」
激昂する化け物まりさと対照的に、冷静沈着な受け答えを崩さないドス。
その余裕綽々な態度に、元々短い化け物まりさの堪忍袋の緒はあっさりと千切れた。
「もうゆるさないのぜ!!みんなでどすをせいっさいっするのぜぇえええ!!」
「……最初から許す気はなかったよね?それより何を許す気だったの?まりさには心当たり無いよ?」
「ゆぎぎ……!!くちばっかたっしゃなのぜ!!………どうしたのぜ!?みんなでいっせいにかかるのぜ!!」
化け物まりさの号令に、配下のゆっくり達が怯えたように竦み上がる。
皆見ていたのだ、先程の光が先頭集団を消し去る瞬間を。
あの光を放ったのがドスならば、自分達に勝ち目などあるものか。一斉に掛かっても、また吹き飛ばされるだけだろう。
誰であろうと命は惜しい。如何に王様の命令であろうとも、犬死になど絶対に嫌だった。
「なんでおうさまのめいれいをきかないのぜ!?………もしかして、どすすぱーくのせいなのかぜ?」
一向に言うことを聞かない群れに苛立ち、癇癪を起こしていた化け物まりさが不意に真実に辿り着く。
その言葉に何匹かが頷くのを確かめた化け物まりさが、一転して不敵な笑みを浮かべながら落ち着いた様子で語り出した。
「ゆっふっふっ………、だいじょうぶなのぜ、おうさまはどすすぱーくのじゃくてんをよーくしってるのぜ……」
どよめくゲスゆっくり二千人。その反応に気を良くしたのか、化け物まりさはふんぞり返って居丈高に叫ぶ。
「どすすぱーくはきのこさんをむーしゃむーしゃしないとうてないのぜ!!!
みんなでゆっくりしないでふるぼっこにしてやれば、きのこさんをたべるひまがないからうてないのぜぇ!!!」
「「「「「「「「「「ゆぅ~っ!?!?」」」」」」」」」」
「……うん、そうだね。確かに茸さんをむーしゃむーしゃしないと、ドススパークは撃てないよ」
一斉に驚愕する一同とは裏腹に、冷静さを失わないままドスまりさが自身の弱点を肯定する。
化け物まりさはそれを降伏宣言だと受け取った。
「いまさらあやまってもおそいのぜ!!みんなでかわりばんこにせいっさいっするのぜぇえええええ!!!」
「「「「「「「「「「ゆっくりしないでじねぇぇえええ!!!!!」」」」」」」」」」
化け物まりさの咆哮と共にドスに向かって駆け出す群れ。
地響きを鳴らして近付いてくる大群を前にしても尚冷静なまま、ドスまりさは言葉を続けた。
「……だから、撃てないときの備え位はしてあるよ」
その言葉を言い終わると同時に、群れのゆっくり達がそこに辿り着く。
畑の土や砂とは全く違う何かが敷き詰められた場所に。
「ゆぎっつつ゛つ゛っ゛!?!?な゛に゛ごれ゛ぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!」
「いじゃぁいぃいい゛い゛!!でいぶの、でいぶのゆっくりしたあんよがぁああ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
「ゆぎゃぁあああ゛あ゛あ゛あ゛!!あ゛り゛ずの゛どぎゃ゛い゛ばな゛びぎゃ゛ぐがぁ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
ドスの手前に敷き詰められた、大量の瓦礫。角張ったそれを思い切り踏み付け、あんよを傷つけたゆっくり達が絶叫を上げてのたうち回る。
突然立ち止まって身悶える前衛を、後続のゆっくりが踏み潰す姿を尻目に、ドスまりさは猛然と逃げ出した。
「あっ……!!まつのぜ!!にがさないのぜ!!みんなでおいかけるのぜ!!!」
「「「「「「「「「「ゆ……ゆぅ~っ!!」」」」」」」」」」
事態に全く着いて行けず、退却するドスの後ろ姿を呆然と見送っていた化け物まりさが慌てて出した命令に、半ば反射的に従う軍勢。
前衛の尊い犠牲の結果、瓦礫の隙間が餡子で覆われた安全な進路を踏みしめ、やや離れた所を跳ねるドスの背中を追いかける。
否、追いかけようとした彼女達の眼前を塞ぐように一匹のまりさが立ちはだかった。
「……いますぐ、もりにかえるならみのがしてやるんだぜ。さもないと、ゆっくりできなくさせるんだぜ」
二千人もの群れを前に大言壮語を吐く身の程知らずの蛮勇に、化け物まりさは思わず失笑した。
たった一匹で何が出来るというのだ?ドスでさえ成す術無く、姑息な手段を用いて逃げ出したというのに。
「みんな、そのまままりさをふみつぶすのぜ!!おばかなまりさはゆっくりしないでしね!!」
化け物まりさの宣言を背に受け、二千人のゆっくりが怒濤の勢いで襲い掛かる。
しかし、立ち塞がったまりさは目前に迫るそれを全く怖れる様子もなく、溜め息を吐きつつ目を伏せた。
「……けいこくはしたんだぜ」
そう言うとまりさは背後の穴に飛び込む。
『奴隷れいむが落ちた落とし穴』の中に。
「「「「「「「「「「ゆっ?」」」」」」」」」」
突然の浮遊感に『おそらをとんでるみたい!』などと思う間もなく、先頭に立った三百人程のゆっくりが落ちて行く。
そして、
「ゆ゛っ゛!?」「ゆ゛べっ゛!?」「ゆ゛がっ゛!?」「ゆ゛ぐっ゛!?」「ゆ゛ぶっ゛!?」
断末魔の一言さえ残さず、次々と息絶えた。
それはかつて、畑を襲ったとある群れを一網打尽にした恐るべき罠。
最初の落とし穴は囮で、そこに落ちたゆっくりを救い出そうと他のゆっくりが飛び込んだ時、本命が発動する仕掛けだ。
だが化け物まりさの群れにそんな殊勝なゆっくりなぞいない。だから、まりさが自ら飛び込んで発動させたのだ。
広範囲に渡る大掛かりな落とし穴。その昔、二百匹の群れを残らず飲み込んだ深淵は、過日とは違う姿で獲物を出迎える。
かつて、穴の底に敷き詰められていた古釘の代わりに突き立っていたのは、竹槍。
鋭く尖ったそれが落ちてくるゆっくりの中枢餡を貫き、絶命させたのだった。
「ゆびぃいいい゛い゛!?!?なにこれぇえええ゛え゛え゛!?!?」
先程の落とし穴が櫓となり、竹槍の林の中心にそびえ立つ。柵付きの櫓の頂点で、奴隷れいむは突然現れた地獄に怯えた。
「……だいじょうぶなのかだぜ?けがとかしてないんだぜ?」
「ゆんやぁあああ!!こないでぇええええええ!!」
逃げ場の無い櫓の中で、見知らぬまりさから逃げ出したくても逃げられないれいむが涙としーしーを垂れ流しながら懇願する。
一体何故、こんな事に?何処で自分は間違えたのか?れいむの脳裏はそんな疑問で埋め尽くされていた。
このれいむは、れいむ種主体である事意外は特徴の無い群れの生まれだ。
突出した能力の無いれいむ種であるが故に、狩りやお家の造成も不得意な群れではあったが、それを皆で補い合える群れだった。
『あのおかのドスたちみたいに、いっしょうけんめいゆっくりしようね!』
それが口癖だった長。丘の群れと言う理想を、自分の群れで再現したかったんだろう。
幾度となく丘へ出向き、『効果的な狩りの方法』や『冬でも寒くないお家の作り方』を教えてもらっていた長は厳しくもあったが、
群れがゆっくりできるよう常に頑張っていたし、そんな長を嫌うゆっくりはあの群れには居なかった。
有能な長、仲の良い群れ、お腹一杯むーしゃむーしゃ出来なくとも、れいむはこの群れを『ゆっくりプレイス』と胸を張って言えたのに、
『ゆっへっへっ、さあ!おうさまにせんぶみつぐのぜ!!』
突然現れた化け物まりさに、全部壊されてしまった。
強かった父も、優しかった母も、大好きな幼馴染みも、大切な友達も、大事なご近所も、一切合切を理不尽に奪われた。
『あのおかのどすがいれば、こんなことには………!!』
最後まで抵抗していた長が殺された時、生き残っていたのはれいむを含めて僅か三人。
そして待ち構えていたのは、奴隷として生きる屈辱的な日々。
些細な事で嬲られ、戯れに潰され、中には食糧になって殺される仲間達の姿が自分の未来を示すようで、れいむは常に死の恐怖に怯えていた。
『だいじょうぶだよ、いまがまんしていれば、きっとゆっくりできるよ!』
同じ境遇でありながら、そう言って励ましてくれたまりさはあっさりれいむを見殺しにした。他の奴隷仲間達もれいむを助けてはくれなかった。
れいむは思う。一体、自分の何が悪かったのかと。
狩りも下手なりに頑張った。お家を造るお手伝いも、近所の子供達のお世話も一生懸命やっていたし、我侭を言って両親や群れを困らせた事も無い。
(なのに、なんでこうなったの?れいむのなにがわるかったの?だれか、おしえて……!!)
幾ら考えても答えの出ない疑問に、れいむの餡子がフリーズする。
彼女を我に返したのは、眼下の地獄を作り出した見知らぬまりさの一言だった。
「とりあえずここならあんぜんなんだぜ。けがはあとでなおしてあげるから、もうすこしがまんするんだぜ。
……まりさたちが、あいつらをぜんぶやっつけるまで。」
「……ゆっ?」
何を言われたのか解らない。そんな表情でまりさを見返すれいむ。
だが、それ以上は何も言わず、まりさは櫓から落とし穴の縁で喚き散らす化け物まりさの軍勢を睨み付けた。
「ひきょうものぉおおおおお!!ゆっくりしないでさっさとこっちにこぉおおおいぃいいい!!」
「なんでそんなところにいるんだぜ!!まりさがそんなにこわいのか、なんだぜ!!」
「むっほぉおおおおお!!とかいはにあいしてあげるわぁああ!!ありすをうけいれてねぇえええ!!」
「よくもみんなをぉおおおお!!ぜったいにゆるさないよぉおおおお!!」
「まりさのはにーをよくもころしたなぁあああ!!げすはゆっくりしねぇええええ!!」
先程から間断なく喚き続ける軍勢のゆっくり達。聞くに堪えない罵詈雑言を叩き付けられて居るにも拘らず、櫓のまりさは動じない。
「……げすはそっちなんだぜ。それより、いつまでもそこにいるとあぶないんだぜ?」
不意に呟いたまりさの言葉が終わると同時に、最前列で喚き散らしていたれいむの右目に穴が開いた。
「ゆ?………ゆっぎゃぁあああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」
突然見えなくなった右目に、自身に起こった異常を把握するよりも先に、れいむを激痛が襲う。
体の中が電撃に撃たれたかのように痺れ、全身の餡子が掻き回されるような感覚に犯され、れいむの全身から脂汗が滝のように湧き出てくる。
「ゆ゛べがぎゃ゛げごごぐびゃ゛ぼぅ゛!?!?……ゆ゛ばぁ゛っ゛!!!!!」
そして激痛にのたうち回るれいむが不意に動かなくなったかと思うと、口はおろかあにゃるやしーしー穴、まむまむや両の眼窩から大量の餡子を吹き出して息絶えた。
余りの事に騒ぐのを止めるゆっくり達。その中の一人であるまりさの頬に穴が穿たれた。
「ゆぐっ!?………ゆぎゃばばばばばばばべぎょおぉおお゛お゛お゛!?!?!?!?………ぶびゃ゛っ゛!!!!!」
そして今度はまりさがのたうち回り、全身の穴という穴から餡子を吹き出して絶命する。
それを合図にしたかのように、次々と穴を開けては狂ったように暴れて死ぬゆっくり達。
「んぼっ!?……んぼぉおお゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!?!?………ゆ゛ぼっ゛!!!」
「いやぁあああ!!れいむじにだぐな……あ゛ぎゃ゛べら゛ぴぼぉ゛お゛お゛っ゛!!!…………ぶじゃ゛っ゛!!!!」
「なんなんだぜ!?なにごとなんだぜ!?…………いやじゃ゛ぁ゛あ゛ぎゃ゛ぎゅ゛べぼぶら゛びぃ゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛っ゛!?!?…………ゆ゛でぶっ゛!!!」
唐突に生まれた地獄絵図に、化け物まりさが一瞬怯む。が、すぐに原因の見当が付いたのか、慌ててスィーから飛び降りて奴隷達の陰に隠れた。
「みんな、ものかげにかくれるのぜ!!これはきっと、からだのなかにからいからいさんをうちこまれてるのぜ!!」
化け物まりさの忠告を聞き、あるものは奴隷の死体を、あるものは傍に居た仲間の体を盾にして身を隠す。
だが、盾にしたそれらからはみ出た僅かな部分を狙って穴は穿たれ続け、のたうち回るゆっくりが続出した。
それを櫓から見ていたまりさが、視線を己の後方へ向けて一人ごちる。
「……あいかわらず、いいうでをしてるんだぜ。やっぱり、ぱちゅりーたちにまかせてせいかいなんだぜ」
まりさの、絶大な信頼の篭った独り言を聞いたれいむは『何の事だろう?』と首を捻った。
化け物まりさと落とし穴を挟んで反対方向にある茂みの中で蠢く影。
そこに潜んでいたのは、全身に迷彩を施されたぱちゅりーと、同じ迷彩を施されたまりさであった。
「……もうすこしみぎへ。……いきすぎよ、ちょっとだけひだりにもどって。……いまよ、うて!」
オペラグラスを覗き込んだぱちゅりーの誘導に従い、照準を合わせていたまりさが一瞬だけ膨らみ、銜えた筒へ息を吹き込む。
その勢いに押され、筒の中を猛烈に走り抜けた弾丸が狙い違わずれいむの死体に隠れていたありすの尻に突き刺さる。
「……おみごと。ありすはしんだわ。たまをこめたらたいきしててね。……つぎ、いくわよ」
オペラグラスを通して、ありすが苦しみ抜いてカスタードを吐き出したのを確認したぱちゅりーの指示に従い、後退するまりさと入れ替わるように別のまりさが現れる。
その口に銜えているのは一メートル程度のプラスチック製の筒。その先端を化け物まりさの軍勢に向け、まりさはその場に伏せてぱちゅりーの指示を待つ。
「……つぎはおとしあなのみぎはじにいるまりさをねらいましょう。うっかりまわりこまれたら、『さくせん』がだめになるわ」
ぱちゅりーの目の高さに固定されたオペラグラスに映る獲物に狙いを定め、まりさが筒を動かす。
筒の先に付けられた照準器が、落とし穴の右端で縮こまっていたまりさに向けられた。
「……かぜさんがふいてきたわ。ねらいをひだりにはんぶんうごかして……そうね、せなかをねらいましょう」
ぱちゅりーの指示に無言で従うまりさ。その視線はゆっくりにあるまじき鋭さをたたえている。
ふらふら動いていた筒先が固定されたその瞬間、ぱちゅりーは短く命じた。
「うて!」
筒の中に大量の空気が送り込まれる。その中に詰められていたのは唐辛子の粉末を詰め込んだ特製の弾丸。
一メートル程の筒の中を滑走し、充分な勢いを付けられた弾丸は十メートル程先に居た標的の背中に突き刺さり、体内で弾け跳ぶ。
世界一辛いと言われ、殺ゆ剤にも使用されるジョロキアの粉末が砕け散ってまりさの餡子と混ざり合う。次の瞬間、まりさは自分の餡子が沸騰したかのような衝撃に襲われた。
「ゆっぎゃぁあああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!」
痛い、痛い!凄まじい痛みに悶え苦しむまりさだが、激しく動き回る度に餡子と唐辛子が撹拌され、却って激痛が満遍なく全身に行き渡ってしまう。
やがて唐辛子と山葵が中枢餡に達し、まりさの命が劇物に蹂躙された。
「ぴぃっ!?……ゆ゛べじっ゛!!!!」
一瞬の硬直、そして劇物への拒絶反応が過剰に働き、まりさの中身を全て打ち撒けた。
どんどん減って行く餡子に、まりさが霞む意識で懸命に懇願する。
(やべで!!ばでぃざのあんござんででいがないで!!ばでぃざじにたぐない!!じにだぐ……しに………く…………)
だが如何に懇願しようとも、まりさには餡子の流出を止められない。
故郷の群れの長を殺してその地位を簒奪したあの日の事や、全滅した群れを捨てて化け物まりさの元で好き放題に暴れた日々の事。
まりさの輝かしい栄光の記憶が、命と共に流れ出して行く。
消えゆく意識の中で、まりさは只『死にたくない』を繰り返すことしか出来なかった。
「……おみごと。いいうでだわ」
標的のまりさが汚い餡子を撒き散らして絶命するのを見届け、ぱちゅりーが狙撃手まりさを褒める。
だが一仕事終えたまりさは何でも無いかのように返した。
「……まりさのうでまえじゃないよ。これのおかげだよ」
そう言って口に銜えた競技用の吹き矢の筒を示すまりさに、ぱちゅりーが苦笑しながら応える。
「……それでも、それをつかっているのはまりさなのよ。もうすこし、じしんをもっていいわ。
……たまをこめたらたいきして。つぎ、いくわよ。じゅんびしてね」
ぱちゅりーの言葉に黙って頷くと、まりさはもう一人のまりさと交代で積み上げられた包みへ向かう。
ゆっくりでも簡単に開けられるよう細工された包みを解いてその中身、特製の唐辛子弾を触らないように注意しながら吹き矢の筒へ押し込む。
背後で鋭い呼気が聞こえた。続くぱちゅりーの「……おみごと」と言う労いの言葉で、ゲスがまた一匹死んだのだと理解する。
ゲスが死ぬのはすっきりーっ!することだ。自然に気分も高揚してくるのは仕方が無い。
(でも、まりさたちのおしごとは、あいつらをころすことじゃない。あいつらを、にがさないことだよ)
まりさは深呼吸して気を落ち着けた。
ぱちゅりーの誘導があるとはいえ、実際に狙撃しているのはまりさ達なのだ。気が高ぶった状態では碌に狙いは定まらない。
『いちいちよろこんだり、おこったり、ないていたり、たのしんでいたりしたら、いしはぜんぜんあたらないんだぜ。
……いしをあてるときは、あてることだけにしゅうちゅうする。それが、いしをあてるこつなんだぜ』
かつて石の吹き方を伝授してくれた、森の奥で行方不明になったまりさの言葉を思い出す。
当たったからと言っていちいち喜んでいてはいられない。それに自分達が目的を失えば『作戦』は破綻してしまう。
ドスは群れで一、二を争う石吹きの名人である自分達を信頼してこのポジションに付けたのだ。
『彼ら』だってまりさ達にわざわざこんな貴重なものを用意してくれた。その信頼は絶対に裏切れない。
凪いだ湖面のような冷静さを取り戻し、今度は畑に逃げ込もうとするれいむに狙いを付ける。
茂みに引っ掛かって、薄汚い尻をこちらに向けてプルプル振るう滑稽な姿に、まりさは容赦なく唐辛子の弾を撃ち込んだ。
一方、狙撃の雨を喰らい続ける化け物まりさの軍勢は未だに狙撃手の陰すら掴めていなかった。
落とし穴を挟んでいるとはいえたった十メートル先の、あからさまな薮に注目するゆっくりは居ない。
皆、自分だけ助かろうとして大混乱に陥っていたからだ。
「かわいいれいむのためにしんでね!!」
「いやなんだぜ!!むのうなれいむこそしんでね!!」
お互いを盾にするべく背後を取ろうとして、その場でぐるぐる回り続ける番も居れば、
「んほぉおおおおお!!どうせしぬならいますぐすっきりーっ!するわぁああああ!!」
「やべちぇえええええ!!みゃみゃぁああ゛あ゛あ゛あ゛!!……ちゅっきりぃいい゛い゛い゛い゛い゛っ゛!?」
自暴自棄になってレイパーと化し、手近に居た自分の娘ですっきりーっ!を始める親子も居る。
阿鼻叫喚、悲喜交々な群れの中にあって只一人、四方を奴隷で固めた化け物まりさだけは冷静に状況を見極めていた。
「……やっぱり、ここまでからいからいさんはとどかないみたいなのぜ」
余りにゆっくりしていない凄惨な死に方に騙されていたが、撃たれたゆっくりはそう多くない。
恐らく狙撃手の数が少ないのか、あるいは射程が短いのだろうと化け物まりさは見抜き、直ちに号令を出す。
「みんな!そのおおあなのそばによるんじゃないのぜ!!こっちならあんぜんなのぜ!!」
その声に、一斉に穴から遠ざかるゆっくり達。押し合い減し合い、時には邪魔な同属を踏み潰して化け物まりさの元へ向かう。
七孔噴血ならぬ五孔噴血して死ぬのはご免だとばかりに全速力で逃げ出し、ここなら安全だと一息ついたのもつかの間のこと。
「……思った通り、そこに来たね?……ドススパーク!!」
再び飛来した光の束に、十数人のゆっくりが纏めて薙ぎ払われた。
先程の焼き直しのように体の一部を残して消え去るゆっくり達。
「……まさか!?」
弾かれたように身を翻して向けた視線の先に、必死に逃げ出すドスを見つけた化け物まりさの怒りが再び火が着く。
鈍重な巨体で跳ね跳ぶ度、畑の畦道を揺らしながら遠ざかる後ろ姿を激怒を込めて睨み付け、化け物まりさは追撃を命じる。
「……いいかげんにするのぜぇ!!やさしいおうさまでも、もうがまんのげんかいなのぜ!!
なにをもたもたしてるのぜ!!みんなでどすをおいかけるのぜ!!」
「「「「「「「「「「ゆ……ゆぅ~っ!!」」」」」」」」」」
化け物まりさの勢いに押され、渋々畦道に繰り出す一同。
始めは恐る恐るであった歩みが進むにつれ、足取りから怯えが消えて次第に軽くなって行く。
ここには痛い石も、落とし穴も、突然穴を開けて死ぬゆっくりもいない。それを確信した途端、群れは暴走を開始した。
「まてぇえええええ!!このどげすぅううううう!!よくもれいむをおどかしたなぁああああ!!」
「まりさをゆっくりさせなかったつみはおもいんだぜ!!だからせいっさいっしてやるんだぜ!!」
「いなかもののどすに、ありすのとかいはなあいをたくさんあげるわぁ!!むほぉおおおおお!!」
口々に勝手な事を喚き散らしながら、畑と畑の合間にある細い畦道をひた走る。
畑の作物が生い茂り、丁度ゆっくりが隠れるには絶好の薮と化した茂みが両脇に並ぶ畦道を、何の警戒も無く爆走する一団。
その後を必死に着いて行くまりさが異常を感じた時には、既に手遅れだった。
「ゆゆっ!?なんだかゆっくりできないけはいがするよぼっ!?!?!?」
「どうしたのまりしゃばっ!?!?!?」
先頭集団の最後尾で、まりさが何となく感じた違和感を漏らす途中でいきなり口を噤む。並走していたれいむが一瞬遅れてその理由を知った。
突然何かに躓くように転んだ二人を、銀色に光る何かが畑に引きずり込む。先を行く集団の誰一人とて、それに気付かなかった。
遠くで跳ねるドスの姿がどんどん近付いてくる。当然だ。
ドスの移動速度はそれ程速くない。その巨体に見合う歩幅を持つものの、巨体故の鈍重さが枷となるからだ。
「のろまのくせに、まりさたちとおいかけっこだなんて、ばかなの?しぬの?」
「で、でいぶの、ばでぃざば、がげっご、どぐい、なんだよ、………ぜひゅー、ぜひゅー」
先頭集団に追い付いたばかりのまりさがせせら笑う。そのすぐ後に続くれいむが、呼吸困難を起こしながらもまりさの言葉に追随した。
「……れいむ、むりしないほうがいいよ?」
「だ、だいじょうぶ、だよ、でいぶ、ばでぃざの、およべざん、なんだよ。
だがら、ばでぃざど、いっじょに、いるん、だよ、………ぜひゃー、ぜひゃー」
数ヶ月前、無性にすっきりーっ!したくなったまりさが行き摺りのれいむを襲って以来、彼女は『まりさのおよめさん』を自称して付き纏ってきた。
いつでも何処でも、気が付けば物陰からじっとこちらを見ている姿に、しーしーを漏らす程怯えた日々が一変したのは化け物まりさの群れに加わってから。
この群れでは、自分専用の奴隷を持つ事がステータスの高いものの証だ。
奴隷ゆっくりは群れの共有財産とされているので、名目上は番という事になる。それを聞いたれいむは奴隷となる事を即座に了承した。
いざ奴隷にしてみれば、れいむは中々に使えた。すっきりーっ!したい時にはいつでも相手してくれるし、赤ちゃんはいらないと言えば自分で茎をへし折ってちゅうっぜつっする。
少々嫉妬深く、まりさの浮気相手を殺してしまう事もあったものの、従順で健気なれいむをまりさも次第に好ましく思うようになり、本気で番に迎えようと考え始めていた。
この遠征が終わったら宝物の奇麗な石を贈ってれいむに『ぷろぽーず』しよう。
そしてあの大きなお家で、れいむと赤ちゃんに囲まれてずっと一緒にゆっくりするんだ。
とてもゆっくりした未来を思い描き、にやにや笑いを浮かべて走るまりさ。
彼女の餡子が幽かな違和感を感じ取ったのはそんな時だった。
(あれ?なんだか、へっているきがするよ……?)
入れ替わり激しい先頭集団、しかも全速力でドスを追いかけている最中だ。
大方、走り疲れて脱落したのだろう……。
(ちょっとまって、おかしいよ?まりさ、だれもおいこさなかったよ?)
先頭集団がそっくり入れ替わる程の脱落者が出たのなら、既に相当数追い抜いている筈だ。だが、まりさにはそんな記憶は無い。
気が付かなかった?いいや、それは無い。いくら何でも、まりさはそんなに大量の脱落者に気付かないようなうっかり者ではない。
(じゃあ、どうしてみんないなくなってるの?みんなどこにいったの?)
小さな違和感は、今や確信に変わりつつあった。
何かゆっくり出来ない事が起こっている。それも誰も気付かないうちに、じわじわと蝕むように。
このままでは自分達も巻き込まれてしまう、その前に逃げないと!
離脱を決意したまりさが、背後を走るれいむにその事を伝えようと振り向き……、銀色に光る何かが視界の端を翳めるのを見た。
「……ふぅっ!?」
なんだかゆっくり出来ない匂いが当たりに立ちこめる。お顔がやけに涼しい。
何故かあんよに力が入らない。折角追い付いた先頭集団がまた遠ざかって行く。
「ふぇっ!?はひは、ろうらってるろぉ!?」
まりさ、どうなってるの?そう言ったつもりだった。だが、口を吐いて出て来たのは不明瞭な発音と、やけに大きな呼吸音。
振り向いた視線の先に、見慣れないものが転がっている。けれど、まりさはそれを良く知っている気がする。
まりさの心中に広がる不安。あそこに転がっているものは何だ、知っているけど知らない、見た事無いけれども見た事がある。
その答えは、まりさのお顔を見るなり盛大に餡の気を引かせたれいむが教えてくれた。
「ゆぎゃぁああああああっ!?!?まりさのゆっくりしたおかおがぁあああ!?まりさのきれいなしもぶくれさんがぁあああああ!?!?」
「……へひふ?はひはふぉおはお、ふぉおひひゃっはふぉおおぅっ!?」
れいむ?まりさのおかお、どうしちゃったの!?
れいむの尋常ではない取り乱し様に、ただ事ではないと察して詰め寄るまりさ。その発音の覚束ない口には、あるべきものが無かった。
まりさの唇が、消えていた。飴細工の歯と餡子の歯茎が、むき出しになって外気に晒されている。
左頬には口腔が覗く程深い穴が開き、息をする度にそこからひゅーっ、ひゅーっと空気が漏れていた。
まりさの右頬の半ばから左頬全面にかけて、お顔の皮が剥ぎ取られていた。先程見たもの、それはまりさ自身のお顔の一部だったのである。
「ゆわぁあああああ!!くるなぁああ!!ばけものぉおおおおお!!!」
「へ……へひふ……?」
狂乱するれいむに駆け寄ろうとするまりさに、ゆっくり出来ない罵声が浴びせかけられる。
あんなに従順で健気だったれいむから叩き付けられた拒絶の言葉に、まりさの思考が停止した。
「ゆっくりできないまりさはゆっくりしないでしね!」
その言葉を最後に、まりさに背を向けて走り去るれいむ。
さっきまで、れいむは一生懸命自分について来てくれていた。『まりさのおよめさん』である事を誇りに思ってくれていた。
だから、まりさはしあわせーっ!な将来を夢見ていられたのに!
(なんで?どうして?まりさ、なにもわるいことしてないのに!……ぎゃばっ!?)
豹変したれいむの態度に混乱する餡子脳を貫く衝撃。それを最後に、まりさの意識は暗転した。
一方、れいむはここ数ヶ月分の愚痴を垂れ流しながら、畦道を逆走していた。
「まったく、せっかくびけいなまりさをてにいれたとおもったのに!!おかおをなくすなんて、とんだくずだったよ!!」
まりさの名誉の為に言えば、どのようなゲスであろうとも『顔を無くす』芸当をして見せるゆっくりなど、この世に存在しない。
顔を無くす、と言う超常現象自体には興味を示さず、ひたすらまりさを罵倒するれいむ。
「これじゃ、もうおとなりのれいむやありすにじまんできないよ!まりさのせいだね!ぷんぷん!!」
れいむ種において『すてきなだんなさん』を持つ事はかなりのステータスになる。
狩りが上手、かけっこが得意、お帽子でのぷーかぷーかが出来る等、『すてきなだんなさん』の条件は幾つかあるが、最も重要なのは『美形である』ことだ。
数ヶ月前、親をゆっくりさせない赤ゆを捨てて森をうろついていた時に襲って来たれいぱーまりさは、野生では滅多に居ない程の美ゆっくりだった。
丁度『しんぐるまざー』から只のれいむに戻ったばかりだった彼女は様々な策を弄し、まりさを『だんなさん』に据えて化け物まりさの群れに迎えたのだ。
「まいにち、まりさのたんしょうなぺにぺにのあいてまでしてやったのに!れいむのまむまむは、まりさなんかにはもったいなかったよ!」
何故かれいむを見る度にしーしーを漏らす程怯えていたまりさを『だんなさん』にするには相当苦労したものだ。
ご近所を巻き込み、まりさにある事無い事吹き込んで『奴隷にするには番になること』と言う大嘘を信じ込ませ、自慢の色香で誑し込む。
そこまでしてれいむの元に引き止めたのはまりさが美形だったから、それだけだ。
だから、お顔を失った今のまりさは、れいむにとって何の価値もない。惜しいとも思わない。
むしろ、ここまでやった苦労を水の泡にしたまりさへの恨みばかりが募っていくのみ。
「あんなゆっくりできないまりさのあかちゃんなんて、ちゅうっぜつっしといてせいかいだったよ!こんどはもっとびけいなまりさを………、ゆっ!?」
単に『赤ちゃんを育てたくなかった』から実ゆを潰した事を、都合良く正当化していたれいむの足が止まる。
先頭集団から大きく引き離された後続集団が見えてきたからだ。
「ちょうどよかったよ!まりさがしんだっておうさまにほうこくして、あたらしいまりさをもらうよ!!」
「……それはこまるみょん。そのことをしってるゆっくりはいてはいけないみょん」
れいむが自分だけに都合のいい未来を妄想しながら垂れ流した独り言に、聞き覚えの無い声で返事が返された。
突然聞こえてきた言葉に警戒するよりも早く、れいむは鬱蒼とした畑に引きずり込まれる。
後続集団は一連の出来事に気付く事無く、現場を通り過ぎて行った。
「い……いじゃい!いじゃいいいいいいい!!でいぶのぷりちーなおかおがぁあああ!!!」
畑に引きずり込まれたれいむは酷い有様だった。
右頬から後頭部に掛けて一列に並んだ小さな引っ掻き傷が鋭い痛みを、引きずり込まれる際に薮になった作物に打たれたお顔が腫れて鈍い痛みを、それぞれ伝えてくる。
「……べつにそのていどならしんだりしないみょん。さっきのまりさのほうがよっぽどひどかったみょん」
「ゆっ!?だれ!?」
もがき苦しむれいむの背後から、先程と同じ声が掛けられる。
途端に痛みを忘れて振り向くれいむ、そこには一匹のみょんが居た。
「……さっきのまりさはけっこうがんじょうだったみょん。『ろーかんけん』のいちげきでたおしきれなかったのはあのまりさがはじめてだったみょん。
……できれば、せいせいどうどうたたかいたかったみょん。でも、これがみょんたちの『さくせん』だから、しかたなかったみょん」
「…………!おばえがぁあああああ!!ぎゃわいいでいぶをごんなめにあわぜだのばぁああああああ!!!!」
最愛のまりさを殺し、悲劇のヒロインたる自分に重傷を負わせたのが目の前のみょんだと知り、れいむは激怒した。
許せない、目の前のこいつだけは絶対に許せない!怒りにお目目を充餡させ、般若の形相でみょんに飛び掛かる。
「でいぶをゆっぐりざぜないみょんはゆっぐりじないでじね!!!!」
「……じぶんのことしかあたまにないみょん?まりさもうかばれないみょん」
怒りに任せたれいむの突撃を、みょんは余裕で躱す。
着地に失敗して無様に地面を転がるれいむに侮蔑を込めた視線を送りつつ、みょんは『ろーかんけん』を取り出して構えた。
「よけるなぁああああ!!さっさとれいむにころ……さ…………れ…………?」
起き上がったれいむがみょんの構える『ろーかんけん』を目にした途端、罵声が尻つぼみに小さくなる。
みょんが銜えているもの、それはみょんの胴回りよりも長い片刃の鋸。
一般にレザーソーと呼ばれるそれが、れいむを傷付けた凶器の正体であった。
「……あんまりさわがれて、あいつらにきづかれたらたいへんみょん。だから……」
硬直しているれいむ目掛けて鋸を振りかぶり、
「いちげきで、おわらせるみょん!!」
そのまま横薙ぎに振り払われた剣閃が、れいむを一刀両断にする。
悲鳴を上げる間もなく、真っ二つに引き裂かれたれいむの上半分がずり落ち、中身を曝け出した。
「……にんげんさんがきたえた『ろーかんけん』で、きれないものはあんまりないみょん」
油断無く残心を払いながら、みょんはそう呟く。
この『ろーかんけん』は、いつもの木の枝で戦いに赴こうとしたみょんを気遣った『彼ら』が持たせてくれた武器だ。
木の枝とは比べ物にならない威力の『ろーかんけん』で、みょんは既に二十を超える戦果を得ていた。
(……つぎのばしょにいそぐみょん。ゆっくりしてると、あいつらがきちゃうみょん)
畑の畦道は一本道ではない。畑の合間を碁盤の目の如く網羅しており、ドスはそこを縫うように逃げ惑う。
ドスを追いかける化け物まりさの軍勢は、馬鹿正直に道なりに進んでいる。わざわざ畑の薮に踏み入ろうとはしない。
そしてみょん達は畑に潜み、畑をショートカットする事で常に先回りしてゲリラ戦を仕掛けていたのだ。
先頭集団の最後尾に居るゆっくりに狙いを定め、他のゆっくり達に気付かれないうちに仕留める。
それがみょん達の役目だった。
(みょんのやくめは、あいつらをかのうなかぎりへらすこと。あいつらにきづかれないようにこうどうすること。
……ひきょうではあっても、にんずうのすくないみょんたちではこのほうほうしかないみょん。)
敵は減らさなくてはいけない。敵に気付かれてはならない。
両方とも実に困難ではあるが、それを為さなければならないのがこの役目の辛い処だ。
(それでも、みょんは『さくせん』をぜったいにせいこうさせるみょん!)
既にみょんの覚悟は出来ている。後はどれだけあの軍勢を減らせるか、それだけだ。
次の待ち伏せ地点に向かうみょんの足が止まる。
驚愕に目を見開いたまま、中枢餡を断たれて絶命しているれいむの屍が目に入ったのだ。
「……『なかにだれもいないみょん』のほうがよかったかも、だみょん」
曝け出された切断面を見て、みょんは新しい決め台詞を推敲していた。
※過去作とかは後編にて