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レンタルルイズ4 - (2007/08/18 (土) 22:32:24) のソース
その一言は酒場に居合わせた全員を凍らせた。 彼の声はよく通ったからだ。 軍隊の隊長ともなればそれが当たり前である。 ワルドやルイズ達を除いた全員が状況を理解できていないだろう。 今目の前で何が起こった? どう見ても貴族の男性がだ、どう見ても子供に決闘を申し込んだのだ。 しかも平民のだ。 その見たことのない服装は少なくとも貴族のものではなかった。 と、ようやくその冷ややかな視線に気づいたのか、ワルドがあわてて釈明をする。 「いや、違うぞ?何も君を苛めたいわけじゃない。これから僕たちはとても危険な任務に向うからね。君がついてくるとなるととても危ない。だから君におとなしく帰ってもらおうと説得のために決闘を申し込んだのさ」 まるで演説でもしているかのような白々しい言葉に観衆は納得しない。 わざわざ決闘をする必要はないだろうに、と。 「き、君は、そこのギーシュ君と決闘して偶然にも勝利を収めたそうじゃないか!!そこの使い魔の力を借りて!!だから君の中に芽生えているであろう妙な自信を打ち砕く必要があるのさ」 ようやく視線の先がワルド以外に動いた。 「ええ、その通りです。ワルド子爵。確かに僕は負けました。しかしそれは偶然でもそこのケルベロスの力でもありません。僕が未熟だったからです」 こちらも、武門の生まれらしいよく通る声で答える。 自分が負けたことを認めたばかりがそれが自分の未熟さゆえだったとこれだけの人数の前で公言することが一体どれだけの屈辱だろうか? もしギーシュがこれを屈辱だととらえているのであればその心意気には敬意を示さねばならない。 もし彼がこれを屈辱だと思わないほどに達観しているのであれば、これ以上彼をだますことには気が引ける。 そこまで考えたみかんの目には涙がたまっていた。 あの決闘以来、ギーシュは自分を妹のように可愛がってくれたではないか。 もう、これ以上だますわけにはいかない。 例えこれで嫌われても良い。 真実を話さなければならない。 涙をぬぐったみかんが発した一言を誰が予想できただろうか? ワルドさえも、みかんは決闘を受けることなく帰ると思っていたのだ。 流石にこんな小さな子供を戦いに巻き込みたくはなかった。 「そのけっとう、うけます!!」 涙ながらにそう叫んだ少女は人の目にどう映っただろう。 ギーシュは人生の中でこれ以上出したことがないだろうという大声で叫んだ。 「その決闘!!僕が肩代わりさせてもらう!!」 その一言が響き渡り、皆が茫然とし、客の一人がジョッキを落として割ってしまった頃に、その言葉がようやくみかんの頭にしみ込んだ。 それが嬉しすぎて悲しすぎて、大泣きしてしまう。 なだめるように頭を撫ででくれるその手にさらに大泣きしてしまう。 話そうと思っていた真実をしゃべれない。 みかんが泣きじゃくりどれだけギーシュの袖を掴んでも、それは優しくほどかれてしまった。 それはもう凄い人だかりであった。 酒場の男たちはそうじて噂好きであった。 『変な自信をつけた平民に貴族が決闘を申し込み、それを他の貴族が肩代わりした』噂は瞬く間に広まった。 しかも片方はあのグリフォン隊の隊長、もう片方も有名な部門の子息であるというではないか。 人が集まらないわけがない。 ギーシュが決闘の準備を済ませる間にギャラリーの数は百を超えていた。 若干頬をひきつらせたワルドがギーシュを迎え、諭すように語る。 「ギーシュ君、僕は何も本気で彼女を叩き潰すつもりではなかった。危険な任務に連れて行きたくなかったからこそ決闘を申し込み諦めさせようとしたのだ」 「分かっています。ワルド子爵もまさかみかんちゃんが決闘を受けるとは思っていなかったのでしょう」 「ああ、そのと」 「ですが!!彼女は決闘を受けた!!この決闘をなかったことにすることはできない!!そして!!彼女を戦わせるわけにはいかない!!」 説明口調の二人のおかげでワルドが悪者として噂になることはなくなっただろう。 しかし、引っ込みがつかなくなったかわいそうな貴族としては語り継がれるに違いない。 ワルドは考えていた、これはもうギーシュをこて先で払いのけみかんを優しく諭す以外に道はないと。 彼は貴族だ。 世間体が悪くなって快く思うわけがない。 ワルドがどんな勝ち方がもっともかっこいいかを考えているとみかんがルイズの静止を振り切ってギーシュに駆け寄った。 「ギーシュお兄ちゃん!!」 「みかんちゃん。大丈夫。不様な負け方はしないさ」 「ちがうの!!」 せっぱつまった叫び声にギーシュは多少驚いたが、混乱しているのだろうとみかんの頭をなでた。 「大丈夫だよ、だいじょ」 「だからちがうの!!」 「…何が違うんだい?」 「あのけっとうでわたしが勝ったのはずるなの!!あのときギーシュお兄ちゃんは魔法をつかえなかったの!!」 それが平時であれば、ギーシュを励ます言葉だととらえたことだろう。 もしかしたら侮辱だととられるかもしれない。 しかし、彼女の眼に宿る決意は無視できるものではなく、それはワルドも同じであった。 「私、一個だけだけど魔法が使えるの!!」 その突然の告白に一番驚いたのはルイズだった。 「え?!あんたメイジだったの?」 その質問にみかんは首を横に振った。 「ん~ん。みこだよ。わたしはけっかいを使えるみこなの。そのけっかいの中ではどんな魔法もマジックアイテムも使えないの」 そういったみかんは玉串を手にしてそれを左右に動かし始めた。 右手のルーンが眩しく輝くのが見える。 ギーシュはその話を一片も疑おうとはしなかった。 ただ、みかんを見つめていた。 ルイズやキュルケ、そしてワルドも驚きを隠せなかった。 タバサですらだ。 「あんたその杖?!やっぱりメイジなんじゃない!!」 「ちがうよ?みこだもん」 「メイジと何が違うって言うのよ?」 「メイジとちがって、わたしのこれは生まれつきじゃないとつかえないの」 「…そんな、馬鹿な話が」 「じゃぁ、ワルドおじさんは魔法使えるの?」 その一言をきっかけに、あたりにいたメイジは一斉に魔法を唱え始める。 もちろん発動することすらなかった。 ただ一人、魔法を試そうとすらしなかったギーシュがみかんに手を伸ばした。 みかんはぎゅっと目をつぶる、叩かれると思ったのだ。 「話してくれてありがとう、みかんちゃん」 「へ?」 自分をたたくと思っていたその手は自分を優しく撫ででいた。 「たとえどんな経緯であっても、僕が今の世界にいるのは君のおかげだ」 そういってギーシュはみかんを抱きしめる。 みかんは、ただ嬉しくて泣いていた。 みかんが泣きやみ、群衆がいまいち状況を理解できないながらもその美談にもらい泣きしたりしたころ。 ワルドが口を開こうとしていた。 今なら決闘をうやむやにできると踏んだのだ。 それより早くギーシュがしゃべりさえしなければ確かにそうだっただろう。 「それでは、決闘を」 突っ込みを入れたのはルイズだ。 「ちょっと、あんた!!この子が戦力だと分かった以上もう決闘をする必要なんて!!」 「それは違うよ、ミス・ヴァリエール。決闘は、簡単になかったことにできるようなものじゃない」 その決意の込められた口調にワルド以外は心を打たれた。 「……ああ、決闘といこう」 「ちょっと、ワルド様まで!!」 「僕は大きな失態を犯してしまった。ひとつ、彼女が彼に勝ったことをまぐれだと疑わなかったこと。そして、少女に家に帰ってもらいためとはいえ決闘を口にしたことだ」 (もう、こうなったら格好よく勝つしかない!!) 「ギーシュお兄ちゃん…」 今やワルドは誰の目にも悪である。 ギーシュがワルキューレを五体作り出したことを合図に、決闘は始まった。 結果を言えばワルドの圧勝であった。 風で巻き上げた砂の煙幕、素早い剣のような杖での一突き。 鳩尾にそれをくらってしまったらひとたまりもない。 「まったく、君は大した騎士だよ」 その言葉をぼんやりと聞きながらギーシュは気を失った。 観衆のギーシュに対する評価は「かっこいい」 ワルドは「少し大人げない」だった。 すがすがしそうなギーシュとは真逆にワルドはその日一日落ち込みっぱなしで会った。 宿に戻ればみかんへの質問攻めである。 もう下手に隠す気のなかったみかんは異世界やみこ、アストラル、神道、その全てを話した。 しかしオルトロスが自分の使い魔であることやこの世界の魔法を少しなら使えることは黙っておいた。 ルイズ以外は感づいているような気がしたがそれで問題ないだろう。 特にタバサの質問はすごかった。 あらゆる魔法を無効化できるのであれば、母も救えると思ったからだ。 しかし、ただの薬で心が壊れたのならそれについては保証しかねるといわれ、落ち込んでいた。 もっとも、仮に治せるとしてもその母をここまで連れ作ること自体が困難ではあるのだが。 連れてこれたとしても今すぐに病気を治してしまうのは得策ではない。 みかんの能力についてあらかた説明を聞き終えた一同は明日のために英気を養おうと酒場で飲んだくれていた。 みかんはお酒が飲まないのでジュースだ。 タバサのはしばみ草を間違えて食べてしまいあわててジュースを何杯も飲んだ結果、腹がふくれてしまい、何をするでもなくぼんやりと外を眺めていると、矢じりがその頬をかすめる。 戦うべきか? 戦わざるべきか? ワルドの提案でみかんたちとギーシュ達は別れることになる。 まだ疲れが抜けきっていないだろうにギーシュのみかんを送り出す笑顔にはワルドにも勝るなにかがあった。 みかんはそれを支えになれない戦場をオルトロスに乗ってかける。 途中奇襲がないか気にかけてはいたが、意外にも何もないままに港につき、ワルドの交渉の甲斐あって船は出港。 後はただ待てばいいだけかと安心したのもつかの間、海賊に襲われ今に至る。 こちらに大砲を向けてくる船を見たみかんは口を開いた。 「ねえ、ワルドおじさん」 「なんだい?」 「あの船のひこうせき、だっけ?それがつんであるのってどこ?」 「え?」 「これだけ近かったらおとせるよ、たぶん。あの船の上についてゆっくり後をついて行けばついらくして終わりだとおもう。ふねのおしりがたくさんのやでとげとげになっちゃうかもしれないけど」 ワルドは顔を歪めた。 レコン・キスタの彼にとってあの船はいわば同胞、戦いたくなどない。 「それはだめだ、善良な人質がいるかもしれない。いったんおとなしく捕まってから逃げだそうじゃないか」 人質がいるとは思えなかったが、そう言うしかない。 幸いにもみかんはそれを疑えるほどには経験がなく、王子と出会うのも時間の問題となった。