第4夜
やります
やります
翌朝。
着替えを済ませ、顔を洗い、二人は食堂に向かう。クリオは部屋に待機する。まだタマゴなので食事の必要はないのだ。
道中同じ方向へ歩く生徒からひそひとと話が漏れ聞こえてくる。
「ほら、昨日の……」とか「ぱねえっす」とか「太もも」とか「尻神様」とか聞こえてくる。
後の二つは置いといて、自分の使い魔が良い意味で噂になっているので、ルイズは鼻高々である。
「ゼロのルイズ、とうとう使い魔にも負けちゃったぜ……」
そんな声が聞こえてきたので、容赦なく当人を爆発させた。もちろん命までは取らない。
使おうとしたのは『ファイヤーボール』だが、結果はいつもの通りの爆発だった。
ルイズは一抹の黒い感情をくすぶかせながら、食堂に向かった。
着替えを済ませ、顔を洗い、二人は食堂に向かう。クリオは部屋に待機する。まだタマゴなので食事の必要はないのだ。
道中同じ方向へ歩く生徒からひそひとと話が漏れ聞こえてくる。
「ほら、昨日の……」とか「ぱねえっす」とか「太もも」とか「尻神様」とか聞こえてくる。
後の二つは置いといて、自分の使い魔が良い意味で噂になっているので、ルイズは鼻高々である。
「ゼロのルイズ、とうとう使い魔にも負けちゃったぜ……」
そんな声が聞こえてきたので、容赦なく当人を爆発させた。もちろん命までは取らない。
使おうとしたのは『ファイヤーボール』だが、結果はいつもの通りの爆発だった。
ルイズは一抹の黒い感情をくすぶかせながら、食堂に向かった。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」
祈りの声が終わり、朝餐が始まる。黒いマントが並ぶ二年生のテーブルに、一つ浅葱色のマントが混じっている。
いわずもがなマルモだ。
マルモは美少女な見た目ではあるが、見た目以上に大食いである。数々の修行や冒険で小食でも実力を発揮できるようになってはいるが、逆にそれらがマルモを大食いにさせていた。
マルモは次々にパンや肉を口に運んでいく。周りの生徒たちは呆気に取られていた。
そして、やや離れた所からそれを観察するのはタバサとキュルケ。タバサはマルモ以上に食事を進めている。
「あの娘、あなたほどじゃないけど結構食べるわね」
「負けられない」
今朝の食事はいつもより残飯が少なかったそうな。
祈りの声が終わり、朝餐が始まる。黒いマントが並ぶ二年生のテーブルに、一つ浅葱色のマントが混じっている。
いわずもがなマルモだ。
マルモは美少女な見た目ではあるが、見た目以上に大食いである。数々の修行や冒険で小食でも実力を発揮できるようになってはいるが、逆にそれらがマルモを大食いにさせていた。
マルモは次々にパンや肉を口に運んでいく。周りの生徒たちは呆気に取られていた。
そして、やや離れた所からそれを観察するのはタバサとキュルケ。タバサはマルモ以上に食事を進めている。
「あの娘、あなたほどじゃないけど結構食べるわね」
「負けられない」
今朝の食事はいつもより残飯が少なかったそうな。
朝食が済むと、生徒と使い魔は授業のため教室に移動する。その中にはマルモの姿もあった。
石造りの階段状の教室にルイズとマルモが現れると、先に教室にいた生徒たちが一斉に目を向けた。皆興味深そうな視線である。
一方のマルモは、生徒たちの使い魔に注目した。フクロウや猫などの魔に通じていない動物もいれば、ダークアイのように浮遊する目玉の生物もいれば、ライオンヘッドのような獣もいる。人間の使い魔はマルモだけだった。
ルイズが席の一つに腰かけ、マルモはその隣に坐る。本来はメイジの席であり、使い魔は坐らないのだが、食堂では坐るのに教室では坐らない理屈はないと判断して坐った。事実ルイズも注意はしなかった。
しばらくすると扉が開き、ふくよかで優しそうな中年の女性が入ってきた。帽子を被り、紫のローブに身を包んでいる。
彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んだ。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
すると、シュヴルーズの目がマルモに止まった。
「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」
とぼけたような声である。感情や魂の機微に敏感なマルモはその声に害意のないことはわかっているが、周辺の生徒たちにとっては格好の切り口となり、教室中がどっと笑いに包まれた。
「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、メイジを雇って連れてくるなよ!」
太った少年が囃し立てる。ルイズが立ち上がろうとすると、マルモがそれを制して立ち上がった。
「五月蠅い」
その言葉は教室の隅々まで通り、教室中の笑い声が一瞬にして収まった。マルモの魔法の力が宿る言霊が教室を支配した。
「注意してくれてありがとうございます。では、授業を始めますよ」
シュヴルーズは、こほんと重々しく咳をすると、杖を振った。机の上に、石ころがいくつか現れた。
「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ミスタ・マリコルヌ」
さきほどルイズを馬鹿にした少年が当てられた。
「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです」
シュヴルーズは頷いた。
「今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知っての通りです。その五つの系統の中で『土』は最も重要なポジションを占めると私は考えます。それは、私が『土』系統だから、というわけではありませんよ。私の単なる身内びいきではありません」
シュヴルーズの話はなおも続く。
だがマルモは、シュヴルーズの話よりも、隣のルイズの方に気を配っていた。
さっきの嘲笑のせいで、ルイズが負の感情に支配されつつあるのをマルモは感じていた。
そのルイズの現在の心境は、劣等感が台頭しつつあった。今朝食堂にいく途中の生徒の言葉。そしてさっきの教室での出来事。
賛辞の言葉も、畏敬の念も、全てマルモへのもの。ギーシュとの決闘で、わたしはあんな鮮やかに勝てただろうか? さっきの教室の騒ぎを、わたしの言葉で抑えられただろうか?
否。わたしはマルモに到底及ばない、敵わない。魔法の才能、実力、そして人としての強さ。どれもこれも劣っている。
優秀な姉と比較されたときとはまた別の劣等感が、嫉妬が、どうしようもない怒りが、次々と湧き出てくる。
そしてその矛先がマルモに向かおうとしたとき――ルイズは激しい自己嫌悪に襲われた。
自分はなんてことを、マルモは何も悪くない。悪いのは私の無能無力、ゼロの才能。使い魔にも劣るゼロのルイズ。
「ミス・ヴァリエール! 聞いていますか?」
「は、はい!?」
自分の世界に浸っていたルイズは、授業を聞いていなかった。
「ちゃんと授業に参加してもらわないと困りますわよ。では、あなたにやってもらいましょう。
ここにある石ころを『錬金』で望む金属に変えてごらんなさい」
「わ、わたしがですか?」
「そうですよ。他に誰がいるというのです」
ルイズがとまどっていると、キュルケが困った声を上げた。
「先生」
「なんです?」
「やめといた方がいいと思いますけど……」
「どうしてですか?」
「危険です」
教室のほとんど全員が頷いた。
「危険? どうしてですか?」
「ルイズを教えるのは初めてですよね?」
「ええ。でも彼女が努力家ということは聞いています。さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」
「ルイズ。やめて」
キュルケが蒼白な顔で言った。
しかし、ルイズは立ち上がった。
「やります」
そして、緊張した顔で、つかつかと教室の前へと歩いていった。マルモはそんなルイズを心配して見詰める。
他の生徒たちは椅子の下に隠れたりしていた。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」
ルイズは魔法に意識を集中させる。ここで成功しなくては、貴族として、マルモのご主人様として。マルモに合わせる顔がない。
ルイズは目をつむり、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。
その瞬間、机ごと石ころは爆発した。
その爆風はルイズとシュヴルーズを黒板に叩きつけ、椅子の下に隠れた生徒にも被害が及び、血が流れる。大小様々な使い魔が暴れだし、さらに被害が拡がっていく。
マルモは飛び出してルイズに駆け寄った。
ルイズとシュヴルーズは気絶しており、二人とも机の破片が当たったのか所々流血している。近くの生徒も頭から血を流して朦朧とし、教室の後ろにいた使い魔も暴れて傷ついている。
マルモはとっさに呪文を唱える。光が教室中のあらゆる生物を包み込み、傷を癒していく。全体回復呪文ベホマラーの効果だ。
ルイズの傷がふさがったのを確認して、マルモはほっとした。覚醒呪文ザメハを唱えてルイズとシュヴルーズを眠りから覚ます。
「あ……れ、マルモ…………?」
ルイズは目の前のマルモに少々驚いたが、すぐに事態を察した。
「そっか、わたし失敗しちゃったんだ」
呆けたようにルイズは呟く。
目覚めたシュヴルーズは自習を言い渡して教室から出ていってしまった。ルイズは罰として魔法を使わずに教室を修理することを命じられ、他の生徒と使い魔も教室を後にする。残ったのはルイズとマルモだけになった。
二人は黙々と作業に取りかかる。ルイズは爆発による煤を拭き取り、マルモは新しいガラスや机などを運んでいる。並の戦士よりは力のあるマルモにとってこんなことは重労働ではないが、ルイズには罪悪感が積もっていく。
やがて大まかに終わったところで、ルイズが口を開いた。
「ごめんなさい」
「……ルイズ」
「わたし、やっぱり駄目だった、ゼロのままだった。こんなわたしじゃ、マルモのご主人様だなんて、おかしいよね」
「ルイズ」
「ごめんなさい、マルモ。わたしなんかの……」
「ルイズ!」
マルモの大声にルイズはびくっと身がすくむ。今のマルモには食堂でギーシュに決闘を挑んだときのような意志の強さがあった。
「私は、ルイズに謝られる筋はない。私は自分の意思でルイズの使い魔になった。ルイズが謝る必要ない」
「でも! わたしはマルモに釣り合うようなメイジじゃない! わたしは、わたしは……」
糸涙が頬を伝い、零となって床に落ちる。そしてルイズは脱兎のごとく教室から駆け出した。
「ルイズ!」
すぐさまマルモも後を追うが、地の利はルイズにあった。上手い具合にマルモの追跡をかわし、マルモを撒く。
やがてルイズを見失ったマルモは足を止めて、別の方法で探すことにした。いかにマルモが賢者とはいえ、万事魔法で解決できるわけでもなく、人を探す魔法などマルモは使えないし知らない。
だが、マルモ独特の第六感ともいうべき能力がある。他の魂の存在を感じ取ることができるのだ。会ったこともない者の魂は漠然としかわからないが、近しい者だったらおおよそ見分けることができる。
目をつむり、意識を広げる。すると、すぐにルイズは『見つかった』。その場所は――。
石造りの階段状の教室にルイズとマルモが現れると、先に教室にいた生徒たちが一斉に目を向けた。皆興味深そうな視線である。
一方のマルモは、生徒たちの使い魔に注目した。フクロウや猫などの魔に通じていない動物もいれば、ダークアイのように浮遊する目玉の生物もいれば、ライオンヘッドのような獣もいる。人間の使い魔はマルモだけだった。
ルイズが席の一つに腰かけ、マルモはその隣に坐る。本来はメイジの席であり、使い魔は坐らないのだが、食堂では坐るのに教室では坐らない理屈はないと判断して坐った。事実ルイズも注意はしなかった。
しばらくすると扉が開き、ふくよかで優しそうな中年の女性が入ってきた。帽子を被り、紫のローブに身を包んでいる。
彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んだ。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
すると、シュヴルーズの目がマルモに止まった。
「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」
とぼけたような声である。感情や魂の機微に敏感なマルモはその声に害意のないことはわかっているが、周辺の生徒たちにとっては格好の切り口となり、教室中がどっと笑いに包まれた。
「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、メイジを雇って連れてくるなよ!」
太った少年が囃し立てる。ルイズが立ち上がろうとすると、マルモがそれを制して立ち上がった。
「五月蠅い」
その言葉は教室の隅々まで通り、教室中の笑い声が一瞬にして収まった。マルモの魔法の力が宿る言霊が教室を支配した。
「注意してくれてありがとうございます。では、授業を始めますよ」
シュヴルーズは、こほんと重々しく咳をすると、杖を振った。机の上に、石ころがいくつか現れた。
「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ミスタ・マリコルヌ」
さきほどルイズを馬鹿にした少年が当てられた。
「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです」
シュヴルーズは頷いた。
「今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知っての通りです。その五つの系統の中で『土』は最も重要なポジションを占めると私は考えます。それは、私が『土』系統だから、というわけではありませんよ。私の単なる身内びいきではありません」
シュヴルーズの話はなおも続く。
だがマルモは、シュヴルーズの話よりも、隣のルイズの方に気を配っていた。
さっきの嘲笑のせいで、ルイズが負の感情に支配されつつあるのをマルモは感じていた。
そのルイズの現在の心境は、劣等感が台頭しつつあった。今朝食堂にいく途中の生徒の言葉。そしてさっきの教室での出来事。
賛辞の言葉も、畏敬の念も、全てマルモへのもの。ギーシュとの決闘で、わたしはあんな鮮やかに勝てただろうか? さっきの教室の騒ぎを、わたしの言葉で抑えられただろうか?
否。わたしはマルモに到底及ばない、敵わない。魔法の才能、実力、そして人としての強さ。どれもこれも劣っている。
優秀な姉と比較されたときとはまた別の劣等感が、嫉妬が、どうしようもない怒りが、次々と湧き出てくる。
そしてその矛先がマルモに向かおうとしたとき――ルイズは激しい自己嫌悪に襲われた。
自分はなんてことを、マルモは何も悪くない。悪いのは私の無能無力、ゼロの才能。使い魔にも劣るゼロのルイズ。
「ミス・ヴァリエール! 聞いていますか?」
「は、はい!?」
自分の世界に浸っていたルイズは、授業を聞いていなかった。
「ちゃんと授業に参加してもらわないと困りますわよ。では、あなたにやってもらいましょう。
ここにある石ころを『錬金』で望む金属に変えてごらんなさい」
「わ、わたしがですか?」
「そうですよ。他に誰がいるというのです」
ルイズがとまどっていると、キュルケが困った声を上げた。
「先生」
「なんです?」
「やめといた方がいいと思いますけど……」
「どうしてですか?」
「危険です」
教室のほとんど全員が頷いた。
「危険? どうしてですか?」
「ルイズを教えるのは初めてですよね?」
「ええ。でも彼女が努力家ということは聞いています。さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」
「ルイズ。やめて」
キュルケが蒼白な顔で言った。
しかし、ルイズは立ち上がった。
「やります」
そして、緊張した顔で、つかつかと教室の前へと歩いていった。マルモはそんなルイズを心配して見詰める。
他の生徒たちは椅子の下に隠れたりしていた。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」
ルイズは魔法に意識を集中させる。ここで成功しなくては、貴族として、マルモのご主人様として。マルモに合わせる顔がない。
ルイズは目をつむり、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。
その瞬間、机ごと石ころは爆発した。
その爆風はルイズとシュヴルーズを黒板に叩きつけ、椅子の下に隠れた生徒にも被害が及び、血が流れる。大小様々な使い魔が暴れだし、さらに被害が拡がっていく。
マルモは飛び出してルイズに駆け寄った。
ルイズとシュヴルーズは気絶しており、二人とも机の破片が当たったのか所々流血している。近くの生徒も頭から血を流して朦朧とし、教室の後ろにいた使い魔も暴れて傷ついている。
マルモはとっさに呪文を唱える。光が教室中のあらゆる生物を包み込み、傷を癒していく。全体回復呪文ベホマラーの効果だ。
ルイズの傷がふさがったのを確認して、マルモはほっとした。覚醒呪文ザメハを唱えてルイズとシュヴルーズを眠りから覚ます。
「あ……れ、マルモ…………?」
ルイズは目の前のマルモに少々驚いたが、すぐに事態を察した。
「そっか、わたし失敗しちゃったんだ」
呆けたようにルイズは呟く。
目覚めたシュヴルーズは自習を言い渡して教室から出ていってしまった。ルイズは罰として魔法を使わずに教室を修理することを命じられ、他の生徒と使い魔も教室を後にする。残ったのはルイズとマルモだけになった。
二人は黙々と作業に取りかかる。ルイズは爆発による煤を拭き取り、マルモは新しいガラスや机などを運んでいる。並の戦士よりは力のあるマルモにとってこんなことは重労働ではないが、ルイズには罪悪感が積もっていく。
やがて大まかに終わったところで、ルイズが口を開いた。
「ごめんなさい」
「……ルイズ」
「わたし、やっぱり駄目だった、ゼロのままだった。こんなわたしじゃ、マルモのご主人様だなんて、おかしいよね」
「ルイズ」
「ごめんなさい、マルモ。わたしなんかの……」
「ルイズ!」
マルモの大声にルイズはびくっと身がすくむ。今のマルモには食堂でギーシュに決闘を挑んだときのような意志の強さがあった。
「私は、ルイズに謝られる筋はない。私は自分の意思でルイズの使い魔になった。ルイズが謝る必要ない」
「でも! わたしはマルモに釣り合うようなメイジじゃない! わたしは、わたしは……」
糸涙が頬を伝い、零となって床に落ちる。そしてルイズは脱兎のごとく教室から駆け出した。
「ルイズ!」
すぐさまマルモも後を追うが、地の利はルイズにあった。上手い具合にマルモの追跡をかわし、マルモを撒く。
やがてルイズを見失ったマルモは足を止めて、別の方法で探すことにした。いかにマルモが賢者とはいえ、万事魔法で解決できるわけでもなく、人を探す魔法などマルモは使えないし知らない。
だが、マルモ独特の第六感ともいうべき能力がある。他の魂の存在を感じ取ることができるのだ。会ったこともない者の魂は漠然としかわからないが、近しい者だったらおおよそ見分けることができる。
目をつむり、意識を広げる。すると、すぐにルイズは『見つかった』。その場所は――。
ルイズが走りに走り、辿り着いた先は火の塔の階段の踊り場であった。この時間帯は、ほとんどこの場所に寄る人間はいない。
二つある樽の一つにルイズは入って隠れた。
そして、嫌が応でもさっきの教室での出来事が思い浮かんでくる。
わかっている、マルモの言葉が正しくて、本当の気持ちだってことは。
でも、わたしの気持ちも本当の気持ちだ。マルモがわたしに忠実だから、マルモがわたしに好意があるから、余計に心に刺が増えていく。マルモが素晴らしいほどに、わたしの嫌な所が見えてくる。
ああ、自分はなんて嫌な人間なんだろう。
「ルイズ」
びくっとルイズは身を振るわせた。樽の外から声が聞こえてくる。
マルモだ。
「ルイズ、話を聞いてほしい」
黙ったまま、ルイズはやり過ごそうとしている。マルモの声がルイズの胸を締め付ける。
「ルイズ」
とうとうルイズは耐え切れなくなって、樽の蓋を弾き飛ばして反射的に立ち上がった。
「ルイズルイズ五月蠅いわね! 何よ!」
ルイズはマルモの目を睨もうとしたが、代わりに床に目を向ける。今はマルモの目を見れそうにない。
「わかってるわよ!! マルモが正しくて、良い使い魔だってことは!! でもね、わたしの気持ちもどうしようもないくらい、真実なのよ! わたしはね、ずぅっと魔法ができなくて、努力して努力して、それでもまだ使えないの! マルモみたいな人には、わたしの気持ちは絶対わからないわよ!!」
一気にまくし立てたルイズは肩を上下させ、唾を飲み込む。
マルモはそんな様子のルイズに責任を感じていた。また再び自分のせいで大切な人を悲しませてしまった。
そのときの自分は、その人のもとから去ることで、解決したつもりになった。
しかし、果たして今回もそれで解決するのだろうか? 自分がルイズの目の前から消えれば、それでルイズは助かるのだろうか?
「ルイズ」
「……あによ」
「とりあえず樽から出よう」
言われてから、ルイズは自分が樽の中に立ったままであることに気付いて赤面した。
マルモとルイズは寮に戻り、部屋に鍵をかける。部屋にはマルモとルイズとクリオだけだ。
二人はベッドに腰かけ、横に並んだ状態になる。
「ルイズ、今から私は話をするけど、無視しても構わない。ここは元々ルイズの部屋だから、私を出ていかせてもいい」
「……わかったわよ」
そんなこと、できるわけないじゃない。
「私はルイズの悲しむ顔が見たくない。でも、私がいるせいでルイズが悲しむのなら、ルイズのもとを去ろうとも考えた」
「そんな! マルモがそんなことする必要ないわよ!」
悪いのは全部わたしだ。
「でも、それでルイズが悲しまなくなるかといえば、そうじゃない」
確かにわたしが魔法を使えないという事実は変わらない。
「だから、私は決めた。ルイズに修行をつける」
は?
「私の師匠も賢者だった。私も修行して賢者になった。だから、私もルイズに修行させて立派な魔法使いにする」
「……マルモ、わたしの話聞いてなかったの? それこそわたしも幼い頃から訓練してきたのよ? それにマルモは系統魔法を使えないじゃない」
「確かにその通り。だけど私は色んな所を旅して、色んな経験をしてきた。それを生かす」
「具体的にどうやって?」
「ルイズと一緒に冒険する」
「へ?」
「ルイズに足りないのは経験値と修行の質。修行の量だけはおそらく私と同じくらいだけど、手法に問題があるのかもしれない」
「…………」
事実ルイズはひたすら魔法を唱えることを繰り返してきた。もちろん読書で魔法について調べてもみたが、失敗による爆発の記述がなかったので結果としてそうなってしまったのだ。
でも、『賢者』を自称するマルモなら、異世界からやってきたマルモなら、違った方法を示してくれるかもしれない。
「……わかったわ、マルモ。わたし、マルモの下で修行する」
「ありがとう、ルイズ」
「それじゃあ、具体的にはどうすればいいの?」
「まず、私がルイズの実力をよく知ることが大切。だから……」
マルモはルイズに杖先を向けた。
「えっ、えっ?! ちょっとマルモ?!」
ルイズは飛び退ろうとしたが、マルモの呪文の方が早かった。
「モシャス」
「いやーーーーーーっ!! てあれ?」
ルイズの身には何ともない。むしろマルモの方がぼわんと煙に包まれた。
そして煙が晴れると――ルイズの目の前に、ルイズがいた。
「わ、わたし?!」
「そう。今の私はルイズ」
「きゃっ」
ルイズの目の前のルイズが、ルイズと同じ声で返事をした。
「マルモ?」
コクリと目の前のルイズが頷く。
「これは変身呪文モシャス。姿形だけじゃなくて、能力もそのままになる。当然、魔法も」
「へえーー……マルモってそんな凄い呪文も使えたのね」
系統魔法にも『フェイス・チェンジ』という呪文があるが、顔を変えるだけで体形や声までは変えられず、能力など況やである。
目の前のルイズは、少し腕を振ったりしたり首を捻ったりしていた。
「……確かにルイズは呪文を使えないみたい」
「あう」
目の前の自分に言われると少しショックだ。
「でも、魔法力はとても多い」
「精神力のこと? それは多分、今まで魔法が使えなかったせいね。使わない精神力は溜まる一方だから」
「精神力? 使わないと誰でもこうなるの?」
「うーん……それはちょっと……。なにせ十六年も魔法を使わないメイジなんて今までいなかっただろうし」
「私はこの世界の魔法について詳しいことはわからない」
「それじゃあ、どうせ今日図書館にいくんだから、勉強してみる?」
「でも、私のルーンを調べる方が……」
「魔法についてわからないとルーンについてもわからないわよ。ほら、ちょうど昼食の時間だし、さっさと食べてさっさと勉強よ」
「わかった」
「わかればよろしい。……マルモ、ありがとうね」
「だって、私は……」
「ルイズの使い魔、だからでしょ?」
笑顔で答えるルイズに、頷きで答えるマルモ。
雨降って地固まった二人は食堂に向かった。
二つある樽の一つにルイズは入って隠れた。
そして、嫌が応でもさっきの教室での出来事が思い浮かんでくる。
わかっている、マルモの言葉が正しくて、本当の気持ちだってことは。
でも、わたしの気持ちも本当の気持ちだ。マルモがわたしに忠実だから、マルモがわたしに好意があるから、余計に心に刺が増えていく。マルモが素晴らしいほどに、わたしの嫌な所が見えてくる。
ああ、自分はなんて嫌な人間なんだろう。
「ルイズ」
びくっとルイズは身を振るわせた。樽の外から声が聞こえてくる。
マルモだ。
「ルイズ、話を聞いてほしい」
黙ったまま、ルイズはやり過ごそうとしている。マルモの声がルイズの胸を締め付ける。
「ルイズ」
とうとうルイズは耐え切れなくなって、樽の蓋を弾き飛ばして反射的に立ち上がった。
「ルイズルイズ五月蠅いわね! 何よ!」
ルイズはマルモの目を睨もうとしたが、代わりに床に目を向ける。今はマルモの目を見れそうにない。
「わかってるわよ!! マルモが正しくて、良い使い魔だってことは!! でもね、わたしの気持ちもどうしようもないくらい、真実なのよ! わたしはね、ずぅっと魔法ができなくて、努力して努力して、それでもまだ使えないの! マルモみたいな人には、わたしの気持ちは絶対わからないわよ!!」
一気にまくし立てたルイズは肩を上下させ、唾を飲み込む。
マルモはそんな様子のルイズに責任を感じていた。また再び自分のせいで大切な人を悲しませてしまった。
そのときの自分は、その人のもとから去ることで、解決したつもりになった。
しかし、果たして今回もそれで解決するのだろうか? 自分がルイズの目の前から消えれば、それでルイズは助かるのだろうか?
「ルイズ」
「……あによ」
「とりあえず樽から出よう」
言われてから、ルイズは自分が樽の中に立ったままであることに気付いて赤面した。
マルモとルイズは寮に戻り、部屋に鍵をかける。部屋にはマルモとルイズとクリオだけだ。
二人はベッドに腰かけ、横に並んだ状態になる。
「ルイズ、今から私は話をするけど、無視しても構わない。ここは元々ルイズの部屋だから、私を出ていかせてもいい」
「……わかったわよ」
そんなこと、できるわけないじゃない。
「私はルイズの悲しむ顔が見たくない。でも、私がいるせいでルイズが悲しむのなら、ルイズのもとを去ろうとも考えた」
「そんな! マルモがそんなことする必要ないわよ!」
悪いのは全部わたしだ。
「でも、それでルイズが悲しまなくなるかといえば、そうじゃない」
確かにわたしが魔法を使えないという事実は変わらない。
「だから、私は決めた。ルイズに修行をつける」
は?
「私の師匠も賢者だった。私も修行して賢者になった。だから、私もルイズに修行させて立派な魔法使いにする」
「……マルモ、わたしの話聞いてなかったの? それこそわたしも幼い頃から訓練してきたのよ? それにマルモは系統魔法を使えないじゃない」
「確かにその通り。だけど私は色んな所を旅して、色んな経験をしてきた。それを生かす」
「具体的にどうやって?」
「ルイズと一緒に冒険する」
「へ?」
「ルイズに足りないのは経験値と修行の質。修行の量だけはおそらく私と同じくらいだけど、手法に問題があるのかもしれない」
「…………」
事実ルイズはひたすら魔法を唱えることを繰り返してきた。もちろん読書で魔法について調べてもみたが、失敗による爆発の記述がなかったので結果としてそうなってしまったのだ。
でも、『賢者』を自称するマルモなら、異世界からやってきたマルモなら、違った方法を示してくれるかもしれない。
「……わかったわ、マルモ。わたし、マルモの下で修行する」
「ありがとう、ルイズ」
「それじゃあ、具体的にはどうすればいいの?」
「まず、私がルイズの実力をよく知ることが大切。だから……」
マルモはルイズに杖先を向けた。
「えっ、えっ?! ちょっとマルモ?!」
ルイズは飛び退ろうとしたが、マルモの呪文の方が早かった。
「モシャス」
「いやーーーーーーっ!! てあれ?」
ルイズの身には何ともない。むしろマルモの方がぼわんと煙に包まれた。
そして煙が晴れると――ルイズの目の前に、ルイズがいた。
「わ、わたし?!」
「そう。今の私はルイズ」
「きゃっ」
ルイズの目の前のルイズが、ルイズと同じ声で返事をした。
「マルモ?」
コクリと目の前のルイズが頷く。
「これは変身呪文モシャス。姿形だけじゃなくて、能力もそのままになる。当然、魔法も」
「へえーー……マルモってそんな凄い呪文も使えたのね」
系統魔法にも『フェイス・チェンジ』という呪文があるが、顔を変えるだけで体形や声までは変えられず、能力など況やである。
目の前のルイズは、少し腕を振ったりしたり首を捻ったりしていた。
「……確かにルイズは呪文を使えないみたい」
「あう」
目の前の自分に言われると少しショックだ。
「でも、魔法力はとても多い」
「精神力のこと? それは多分、今まで魔法が使えなかったせいね。使わない精神力は溜まる一方だから」
「精神力? 使わないと誰でもこうなるの?」
「うーん……それはちょっと……。なにせ十六年も魔法を使わないメイジなんて今までいなかっただろうし」
「私はこの世界の魔法について詳しいことはわからない」
「それじゃあ、どうせ今日図書館にいくんだから、勉強してみる?」
「でも、私のルーンを調べる方が……」
「魔法についてわからないとルーンについてもわからないわよ。ほら、ちょうど昼食の時間だし、さっさと食べてさっさと勉強よ」
「わかった」
「わかればよろしい。……マルモ、ありがとうね」
「だって、私は……」
「ルイズの使い魔、だからでしょ?」
笑顔で答えるルイズに、頷きで答えるマルモ。
雨降って地固まった二人は食堂に向かった。
※モシャスについて
ゲームのドラクエではMPまでは反映されません。この作品でのオリジナル設定です。
ゲームのドラクエではMPまでは反映されません。この作品でのオリジナル設定です。