「『同類に会って来い』と課長より命令を頂きました」
応対に出た少年は、そいつを見て卒倒した。
「通常戦闘と異なる、特異な状況データをご所望でありますね」
巨人同士が対峙する様は既に特異だが、言葉に反し間近に位置したそいつの目が明滅しているのに、誰も気付かなかった。
「…特定の命令と『維持』の二種のみ魔核に記録。周囲の魔素を取り込み、外装を維持…了解…ゴーレムとは低位魔導労徒の名称でありましたか」
『ろうっと?』
『僕にはろぼと、って聞こえたよ?』
意味不明な言葉に困惑しつつ、少年達はその場を離れ、開始の合図を出す。
「…小生と酷似した方に、お会いしたいと考えておりましたが」
返答は横薙ぎの鉄拳。漆黒の頭部を直撃し、無機物が衝突する凄まじい音が響く。
『マトモに当たった!?…あれ?』
「―威力の殆どが質量によるものですな。衝撃は課長の掌打の1/15。―では、参ります」
呟くや、地面を滑る―脚を全く動かさず後退。
瞬時に50mの距離を取る速度と頑丈さに驚嘆の声が上がるが、逆襲の手段は―?
「―霊網(アストラルネット)に接続。破損破損成功。直近の魔核への干渉開始」
空気を僅かに振動させたのみで、開けた距離を詰める姿に、誰もが小首を傾げる。
もし今、両者に近付く者―召喚術か死霊術に長けた者が居れば、二体を繋ぐ、眼に見えぬ”流れ”を感じたろう。
今度こそと振り上げた巨腕は―不意に錘を付けられた様に下がり―のみならず、石巨人はゆったりと腰を降ろすと、両手を広げ降参の姿勢を取った。
『命令の上書き?!他人の術式を読み取って干渉する高位術…例え導師級でも、あの距離で動作も呪文も無しに…歩きながら仕掛けられる筈が無い!』
「術式干渉ではなく、霊網干渉(アストラルハック)であります。攻性防壁を三重にして、対異分子守護天使を導入すべきですね」
またも訳の分からぬ言葉だが、仕掛けた事は分かる。
今や二対を繋ぐ流れは輝きを帯びて波立ち、後ずさるゴーレムを捕えている。
『ゴーレムが?怯えてる?!』
「強制転写への魔素の抵抗反応であります。無機物の外装にも精霊界の干渉が有り、魔核に現界の主要素たる魔素を取り込む以上、世界意識が微量存在します。決して”無”心ではありません」
波が一際輝くと、ゴーレムの至る所から”何か”が抜き出され、髑髏面に吸い込まれた。
「転写完了―驚かせてしまいましたね。暫し休みなさい」
異常に長い指先がちょんと触れるや、ゴーレムを形作っていた巨石全てが、へたり込む様に崩れ、派手な砂埃を上げた。
「干渉は一時的な上書きと転写に過ぎません。一刻後、貴方の命令に従い再構築されます。労徒も街の民。殺めは致しません」
『…あの…ゴーレムに心が有るって、初めて聞く説ですけど…だったら、この実験も…?』
不安は当然だ。人形と扱っていた物に心が有ると言われ―現実にそれらしきものを見せられては…
「この様な実験にのみ幾千回も晒せれば、敵意が生ずる可能性は有りますが、熱意と愛情で接すれば大丈夫であります。労徒は子犬に類似しております。小生は人族と労徒が相愛関係となった例も記録しております」
『…はい』
…真偽は怪しいが、少なくとも一人の学生の熱意は消えずに済んだ様だった。
「職務ですので、報酬は結構であります。労徒と小生の類似性に関しては、疑問が残りますが」
似てるだろ…誰もが思ったが、口にすると事態を複雑化させるので、曖昧な笑顔で頷いた。
「魔導労徒の記録を転写させて頂きました。興味深い方々が本件に挑戦されておられます。課長の目的はこれでありますか…」
嫌な音を立て、怪物は頷いた。
最終更新:2011年06月28日 17:15