幕間~ミケル・レノーとその友人錬金術師の会話~

 学院演習場に程近い倉庫の一つ。そこは現在、錬金術界期待の新星と言われている生徒──ミケルにとっては仲の良い友達の一人──が貸し切り、ゴーレム整備室として利用していた。
 そろそろ次の挑戦者が来るかもしれない。ミケルは友人とゴーレムを呼びに整備室へと足を踏み入れる。
 倉庫は外から見ると物置程度の大きさしかないが、室内はゴーレム数体が並んだり暴れたりしても問題ない広さが確保されていた。空間歪曲の術が固定されている建物に置いては、外からでは広さを測りきれないのだ。
 ミケルには理解できない、幾つもの複雑で希少な錬金機関やアーティファクトが壁沿いに所狭しと置かれ、それらと繋がる配線が蛇のように床にのたくる倉庫内は、元々あった備品が全て運び出されていることもあって、いっぱしの研究施設のようだった。

 中央には既に組み上げられた石造りのボディのひとつが横たわり、ミケルの友人はゴーレムの胸部に登って作業をしている。

「リーファン、大丈夫? 次の人が来るまでに準備できそう?」

 新たなスペアボディに、回収されたゴーレムコアの移植を行っている友人の作業を邪魔しないように、ゴーレムの傍まで歩み寄りながらミケルは控えめに声をかけた。
 石巨人の胸の中央部、大きく開いたすぐ傍にぺたりと座り込み、中を覗き込んでいた小柄な生徒は──リーファンと、自分の名前を呼ぶミケルの声に顔を上げる。

 東方大陸は蓬莱人系の血筋を感じさせるやや平坦な目鼻立ち。肌の色も顔立ちと同じく東の係累であろうことを連想させる、黄色がかった色をしていた。傍目の感想として白い、と感じさせるのはあまり太陽の下に出るような生活をしていないからだろう。
 肩までかかる程度黒髪をひっ詰めるようにして一つに括り、黒目がちの瞳には才気の欠片が覗く。華やかさはないがその分物静かな印象を与える、そんな子供。
 そう、"虹星の叡知(アルマゲスト)"学院の制服こそ纏っていたが、そこに居るミケルの友人は今年15歳になったばかりの彼本人より4、5歳は年下の、若いというより幼いという形容が似合う人物だった。

「平気ね。もう接続、済んでる。後は馴染むの待つだけよ」

 素っ気無い返答であったが、ミケルがわざわざ来てくれたことは理解しているのだろう、リーファンが向ける視線は険しいものではなかった。
 友人の人当たりが良くないことを重々理解しているミケルは、さして気にした様子もなく普通に話を続ける。

「そっか。じゃ、準備できたら演習場に移動ね。しっかし、予想していこととはいえ。……いやあ、圧倒的だねえ。この街の『腕に覚えがあるひと』たちは」

 此処までに既に四回、敗北するストーンゴーレム(しかも内二人は明らかに正攻法というか正面突破で破っていった)を見ていたミケルはその模擬戦内容を思い出ししみじみとした口調で言った。
 そんなミケルの様子におかしそうに、子供は小さく笑う。

「ミケル、外から来たものね。アルコ・イリスの普通、概ね外の『異常』ね」

「うん、解かってたつもりなんだけど、改めてみるとまた違うって言うかさ! ティムさんとか正直文系ですって感じなのに、幻術でうまいこと翻弄して勝っちゃうんだもん。かっこよかったなあ」

 ミケルの声音は弾んでいた。何しろ今回の手伝いを申し出たのも、間近でゴーレムとの戦闘を見せてもらえると聞いたからだ。ミケル本人には戦闘力はないが、腐っても男子。それにこういう力比べに心躍る年頃でもある。

「確か記者の人、ミケルのバイト先の人だったね。あの人の戦闘記録、面白いよ。ゴーレム搭載の擬似知覚、あそこまで上手に騙す人中々いないね。派手違うけど、的確。あれはプロフェッショナルね」

「記事の為なら戦場まで出かけてくってひとだからね! ソルティレージュさんも強いのは知ってたけど、ぽーんってゴーレムが玩具みたいだったなあ」

「零落辿る言われてても吸血鬼は吸血鬼よ。そこらのゴーレムじゃ相手ならないね。……しかし、魔術師の戦い違ってたけどね。ありゃいっぱしの戦士ね」

「あは、ソルティレージュさん本人には言っちゃだめだよ、それ? 戦士と言えばさっきのエルフのひとも強かった。サークさん、だったかな」

「この街に来るエルフは気性の荒いの結構多いけど、まさか素手でゴーレム撃破するエルフ、この目にするとは思わなかったよ。世の中広いね」

「ほんとにねえ……あ、広いと言えば、地域安全課のひと……。僕、ああいう種族のひと始めてみた」

「……。ありゃまともな生物違うね。ゴーレム似てるけどもっと強くて複雑でおぞましい何かよ」

「こーら、リーファン。人様捕まえておぞましいとかいっちゃだーめ! 無償でお手伝いしてくれたし、いいひとじゃない? あの見た目には僕もかなりビビったけどさあ」

 嗜めるようにミケルはいうが、リーファンは逆にミケルのその態度こそ解せぬとばかりに肩を竦めて見せた。

「吾は時々ミケルの順応力の高すぎるところが空恐ろしいね。……"霊網干渉(アストラルハック)"なんて、とても易々できること違うよ? とんだ化け物ね。まあ良い経験にはなったよ。出来る限りの霊的防御は施すね。次からは攻性防壁の強度を上げて霊子トラップを仕掛けるよ。魔核を如何こうされたらゴーレムは無力。幾ら頑丈にしても過ぎることない……」

 ぶつぶつとミケルには理解の範疇外である専門用語でつらつら語るリーファンに、ミケルは目を丸くしながらストップをかけた。

「まってまって! リーファンはさ、デュールさんの言ってたこと解かるの?」

「話半分程度だけどね。全部解かってると違うし、解かる部分を取り上げても、実家の古い本に出てくるような話だったよ……師父方や別分野の生徒ならまた違う見解だせるだろうけど、ありゃほんとに何者ね?」

 デュールのいっていたことをある程度理解できた様子のリーファンに、ミケルはそうなのかと感心の目を向けてから、一緒に考え込んだが──結局思いつかなかったので考えるのを辞めた。代わりに別の気になることを尋ねる。

「考えても解からないんじゃないかなあ……あ、じゃあさ、あれも本当なの? ゴーレムにも心がある、って」

「理論上は。学会においても発表されてるけど……酔狂、異端の説とする意見が大多数ね。でも、お祖父様はその説を支持してたね」

「リーファンのじいちゃんって、確か"遊糸"の魔術号持ちの大錬金術師だよね。そんな凄い人が賛成してた説なら、ほんとなのかもねえ」

「東大陸では割と普通の考え方よ。物も時間を経ると力を得、心を得、精霊か妖しの者になるね。人型のものならなおのこと、思いは宿り易いよ」

「そっか……じゃあさ、データ採取終わったら、いっぱいがんばったね、って労わってあげないとね。デュールさんも『ろうと』?……ゴーレムに熱意と愛情をもって接すればだいじょうぶだっていってたし」

「当たり前ね。この子は吾の子供みたいなものよ。いっぱい痛い目みせちゃうけど、その分かわいがって、強くしてあげるね。データ収集が一通り終わったら、リーファンが、誰にも負けない位強い身体、作ってあげるね!」

 立ち上がってリーファンが胸を張ったところで、ミケルは少しだけあれ、と目を瞬いた。視界の端、まだ動かないはずのゴーレムの目がほんの少しだけ優しく光ったような気がしたのだ。
 ごしごしと目をこすった後には、その輝きは消えてしまったから、ミケルの勘違いか見間違いであったかもしれないけれど。

「ミケル? どうしたね?」

「なんでもない! それじゃ、次もがんばらなくっちゃね。多分そろそろ次の挑戦者が来るんじゃないかな」

「任せるよ! 次こそは負けないね!」

 気合を入れなおして叫んだリーファンに、勝てるといいよね、と頷いたミケルだったが。……得てしてこういう時ほど強い人に当たっちゃうのが世の常じゃない?と思ったことは絶対にいえない秘密だった。

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最終更新:2011年06月28日 17:16
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