世話をする人たち

フィロ

(早朝。まだ人気の少ない中央広場。
 黒の礼装とマントに身を包んだ黒髪の少年が、たどたどしくも透き通る声でうたを聞かせていた)

「──……♪ ── …… ──……」

(地下の大樹の葉擦れ、枝のさざめきに似た、緑のにおいがするやわらかな旋律。
 種の"母"に請われて、子守唄を伝えに来た様子。
 歌詞はさらさらと流れて行き、ひとには聞き取りづらいもの。
 一方でメロディ自体は拾いやすく、ハミングで誰でも簡単にうたえそうだった)




アルコ・イリス クロニクル】広告

依頼人:アルゥ

ええと、はじめましてのひとははじめまして。そうでないひとはこんにちは。
きょうは、アルコ・イリスにくらすみなさんにおねがいがあって、こうしてはりがみをだしました。

アルコ・イリスの中央広場に、ある木の種をうえました。
種のおかあさんからあずかった、だいじなだいじな種です。
わたしもいっしょうけんめいおせわをするつもりですが、皆さんのちからもかしてもらえませんか?
おみずをあげたり、うたをきかせてあげたり、たくさんのひとのおせわがあれば種もげんきにそだつとおもうんです。

ほうしゅう、はありません。
だからあくまでおねがいです。
きがむいたら、でかまわないのでよろしくおねがいします。

(この広告を掲載後、たくさんではなかったが、老若男女問わず、世話をする人が現れ始めた)

※当方、取材のため多忙につき、今回の広告は独断で掲載しました。なお、広告料は今回に限り、戴きませんのでご安心ください。



サーク

「おにいちゃんずるいー!わたしもじょうろでお水やりたいよう!」
「うるさいうるさい!おれがやるんだよー!」

(幼い兄妹が、中央広場で騒いでいる。どうやらじょうろを取り合っているようだ)

おいおい、喧嘩すんなって。種が喧嘩好きになっちまったらどうすんだ?

(ぴたっと静かになった)

ふたり一緒にやりゃあいいだろう、ほれ兄ちゃんここ、嬢ちゃんそっち持つ!

(兄妹がじょうろで水をやる様を見守ってから、上機嫌で広場を立ち去った)



ユエ&ソルティレージュ

 道行く黒猫は、ふと何かに気付いたように足を止めた。
 しばらく辺りを見まして後、傍らにいた娘に話しかける。

「……五月蠅いな」
「どうかなさいまして?」

 黒猫は、公園の一角を指した。

「……腹が減っているらしい」
「ここは……確か新聞び広告欄に乗っていた、街妖精――たしかアルゥと言いましたか。種を植えた場所……ああ。確かユエは、精神感応を得意としてましたわね」
「俺の思念に訴えかけてきた。煩わしくて叶わん。適当に、水をやってやれ」
「そうですね。どんな芽を出すか、私も興味がありますわ」

 少女は、清水を汲むと、それを黒猫が指し示した場所へと与えた。



ティム・2

アルコ・イリスの中央広場を歩く金髪の青年、その目は眠たげで徹夜明けだろうか。
小さく欠伸をして、体をのばす…そして、その場にしゃがみ込んだ。
「ふぅ、忙しくて偶にしかココにも来れませんが、偶にはね。」と言いながら如雨露で水を与えた。
「これで、良い芽が出て、大きく育んで、末永くアルコ・イリスを見守ってくれるといいですねぇ。」と誰に問いかけるでもなく柔和な笑顔を残して去っていった。



ミステル

早朝のアルコイリス中央広場。
人気のない時間帯にひっそりと訪れた薔薇色髪の魔女。
少し離れた位置には、保護者と思しき人型の『特区』住民の姿が見える。

「す、すぐ戻るから、ちょっとだけ待ってて欲しいのよ……!」

そう口にして、慌しく薬瓶を抱えて種が植わっているという土へと。
不思議な飴色の液体を、"ほとほと"土の上に滴らせていく。

「おおきく、おおきくなりますように。ミステル特性の栄養剤なのよ。いっぱいだと腐っちゃうから、ほんのちょっとだけ、なのよ?」

それから目を閉じて小さくうたうように呪文をかけていく。
魔術よりももっと原始的な、根源に希う豊穣祈願のおまじない。

「……若さまも、芽が出るのたのしみにしてたのよ。おかーさんに負けないくらいおっきくそだつのよ!」

最後に種へと声かけをして、人が増える時間になる前にと、保護者と共に慌しく『特区』に帰っていく姿があったとか。



ユエ・2

「ふん。またお前か」

 広場に植えられた種の前に、一匹の黒猫が座っていた。

「あれから、随分と大勢の者に面倒を見て貰ったようだな」

 月明かりの晩。
 黒猫は、その尻尾に、器用に水差しを引っ掛けていた。

「もう少し……か。まぁ、頑張るといい。お前が芽を出すのを、楽しみにしている者もいる」

 そう言うと、黒猫は、水差しより水を注いだ。
 そして、“はぁ”と溜息をつく。

「やれやれ。意外と疲れるな。……全く。もう、呼ぶんじゃないぞ。これでも忙しい身だ。お前ばかりにかかずらってばかりもいられないのだからな」

 そうして、黒猫は広場から去った。



ミヒャエル

人も寝静まった頃合いの夜遅く。
ズタ袋を背負った古びた外套姿の男がやってきた。
「昼間だとめだっちまうからなあ」
独白のように男は言うと木で作った水筒を取り出した。
そして側に腰を下ろすと芽に中身をかけてやる。
「安心しない。ただの水だ」
続いて自分はズタ袋の中からどこかから失敬してきたであろう酒の瓶を取り出す。
「お前にコイツはやんねーよ」
小さく笑い、男は瓶の中に指を入れると美味そうに舐めた。



ミケル

アルコ・イリス中央広場。休日の昼下がり。
七芒星のあしらわれた制服を身につけた、麦藁色の短髪の少年が種の植えられた場所に如雨露を手にしてやってくる。
地面の具合を見て、水が足りすぎていないかを確かめる。

「あー、誰かがお水あげたばっかり、かな? じゃあ、君にはこっちのがうれしい?」

植物の言葉なんて勿論わかりはしないけれど。
格別うまいとはいえない、さりとて下手すぎもしない、ごくごく平凡な歌声が響く。
それでも故郷の、種まきの時期にうたわれる音楽を一生懸命に歌って聞かせた。
暫くそうやってすごした後、一仕事終えた顔で返っていく学生の姿があった様子。

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最終更新:2011年07月09日 05:44
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