セルクル
今日も今日とて、自称愛の奴隷であるところの金髪の吸血鬼は、塔から思い切り放り出されて、一端ばらばらになった。
軽くトラウマを刻んでしまいそうな光景であるが、幸いなことに人のいないあたりに落ちたために目撃者は出ずに済んだ。
中央広場にクレーターと赤黒い染みを広げた男は、けれど暫くするとやっぱりなんでもないように起き上がる。
「……やあ。今日もまた派手に吹き飛ばしてくれたねえ、彼女は」
小さく苦笑の息を乗せて立ち上がり、マントの埃を払った身体にはもう傷は跡形もない。
「やあ、ここは中央広場か……よかった。思ったより近かっ、……っ!?」
鷹揚に眼鏡──なぜか無傷だ─のズレなど治していた男だったが、位置を把握すると珍しく慌てたような顔になった。
慌てて辺りを見回し、自分の落下地点に状態復元の魔術をかけ─何も巻き込んでいなかったことに心から安堵する。
「……よかった。街妖精が育てているという植物を、巻き込んだりしていなくて」
少し離れた所に小さな芽の姿を見つけ、セルクルは穏やかに微笑んだ。愛しい少女が絡まなければ──基本的にまっとうで善良な男である。
「そうだ、もしもがあってはいけないからね! あらかじめ、周りに結界を張っておこう! ──『万難排せよ風と空 万象反らせ水と土 何者も幼子の夢妨げる事能わず』」
ぽんと手を叩いた後、良いことを思いついた、という顔で吸血鬼が新芽の周りに張り巡らせた術式は、火以外の五大属性を織り交ぜた──無駄に手の込んだ魔術結界であった。
敵意、悪意に反応し、またそうでなくとも芽が潰されるかもしれない危機に反応して弾く反射型の結界だ。
「これでよし、と。さて、塔に戻らなくては──待っていてくれ! いとしのソルティレエエエエエジュ! ──『此方より記録されし彼方へと 光の疾さで我が身を運べ 虚空の回廊』!」
満足そうに頷いた後──意気込んで叫ぶセルクルは、やっぱりどこまでも残念な吸血鬼である。
その姿は"指定転移(ワープポータル)"の魔術で直ぐにその場から掻き消えた。
アエマ
水やったよー。終わりー。
……え? 駄目?
なんだよー。たくさん書こうが、あっさりと書こうが一緒じゃんかよーう。
ところでこれ、水分ならなんでもいいの?
ポーションとかかけちゃ駄目? ……えー、やっぱ駄目?
普通に育てたって、つまんねーよー。毎日水だけって、こいつだって飽きるよ、きっと。あたいなら飽きるし。
食わず嫌い駄目だって。いろんなものに挑戦しないと。でっかくなれねーぜ?
よーし。おまけだ、こいつも飲みねぇ。
まるで水のように見える無色透明無味無臭の何かー。
――“じゃばじゃばー”。
――“だっぱだぱー“
よーし。
これでお前もでっかくなるだろー。
いやー、いいことしたら気持ちいいなー。
――“きーんこーんかーんこーん”
ぬうぉー!? やっぶぅえー!!
授業に遅れるー!?
っちゅーか絶賛、遅れてるナウー!!
走れあたし! 風になーれーぇぇぇっ!!
デュール
「この植物は食用になりますね」
何処からか飛来した無数の攻撃に、周囲の住人達が驚愕の視線を向けるも、煙を上げる煤けた指先が、若芽に軽く触れる。
「これは失礼致しました。意志をお持ちでしたか。小生、感知機能に未だ破損が有ります故」
骸骨もどきが座り込んで植物と会話している様は、書き間違った童話でも無いだろう光景で、広場に奇妙な人避けの結界が生じていた。
「…土中の成分に生命力異常が見受けられます。鉱物元素調整。活性珪素注入」
外套の如き体から生じた針が土中に打ち込まれると、何かがそこから染み渡っていく。
魔力を有する者の中には、微かなざわめきに首を傾げる者も居た。
「完了」
振り返った怪物は、恐る恐る近寄ってきていた兄妹が引っ繰り返りそうになるのを、両腕を2mほど伸ばして支え止めた。
「これは失礼。植物の世話に参られた市民の方でありますね。小生も微力ながら、お手伝いさせて頂きました。良い花が咲く事を願う次第であります」
目を白黒させる子供を地面に降ろすと、デュールはいつもの最敬礼をして、その場を後にした。
ミヒャエル
「色んな奴らと色んな所で縁が絡まってるなお前」
水をやりながらミヒャエルはアチコチに伸びている縁の糸を見て、呟いた。
「まあ本来はそうなんだよな。縁を結ぶのに他人の手なんざ借りる必要なんか無いんだよ。お前はエライ!」
びしっと指をさし、ミヒャエルは続けた。
「しかも、随分と良縁が多いな。恋だのなんだの…めんどくせーことに頭悩ませないでいいってのは幸せなことなのかもな」
そこまで言い、言葉を切る。
慌ててミヒャエルは辺りを見回した。
「管理局で今の聞いてないだろうな…。やべー。上が耳にしたら始末書&減俸だぜ。今のは俺たちだけの秘密だぜ。頼むな!」
ミヒャエルは片目を瞑り、微笑んだ。
最終更新:2011年06月29日 18:11