翡翠通りの月の丘 後

 広大な夜の沙漠。かつての繁栄の影をうかがわせるものを求めて、クォールは遠景を追う。
 あの稜線の影に城でもあるのか、渓谷に財宝でも隠したか。
 歩くうちに、段々と砂丘は人の手を加えられた建造物じみた姿を見せ始める。
空間を捻じ曲げ、風の吹かない大地に都を築くほどの繁栄を極めた文明。塔の資料を調べてさえその全貌はうかがえない。滅びた理由も曖昧模糊と歴史の幕の彼方にある。未だ地下迷宮の探索が続く状態では無理もない。だが滅びたことだけは事実だ。この都もまた、放棄された。
 世代を超えて人が住める場所でもあるまいに、地の底や虚空に空間を繋げ街を並べて悦に入る。その虚栄が都を遺跡に変えたのだろう。
 クォールは記憶を頼りに、二人の影を求めて歩く。時の流れた気配すらそこにはなく、走ればかつての二人並ぶ背中に追い付けるような錯覚さえ覚える。
靴にまとわりつく沙が時折星明かりを金色に変えて反射する。かつての都の建材の破片が、踏む者にその壮大と壮麗とを未練げに示す。
 クォールは虚空を仰ぎ、崩れた街のかつての姿を思い描く。“虹星の叡智”程の塔も珍しくはなかったのやも知れぬ。だが結局は手にあまり、維持できずに崩れ去った。
 さぞ惜しかったろう。立ち去りがたかったことだろう。だから都人は、廃都の記憶を保存しようとしたのだ。いつの日にか彼等が帰還した時に役立つようにと、叶わぬと知ればこそ夢を見て。
彼等は“都守り”を置いて都を放棄した。千年でも万年でも待たせようと。おそらく戻れぬと思いつつ、戻るまで都を守れと被造物に命じるほどに傲慢な創造主を“都守り”は持った。
 「それこそ業というものだ」
 呟くかつての少年の前に、金属ウサギが幾体も現れる。昔聞いたその名をクォールは思い出せなかった。


 「妹を探しに来たんだ」
 クロィェクの鋏で切断されていたモノ。それは考えない様にして少年は“都守り”に、その背中に声をかける。二人は崩れかけ、それでも地に逆らってそびえる都の中心部を歩いている。
 「妹を探して来たんだ。ここに迷い込んでないかな。あいつ小さいから、さっきの鉄ウサギに捕まっちゃってるかもしれない。あいつ馬鹿だからこんな日記帳なんか持ち出して」
 “都守り”は聞いているそぶりもなく、安全な所とやらに少年を先導すると言ってここまで来た。何度か呼びかけて、ようやく“都守り”は肩越しに鷹揚に手を振る仕草で遮った。
 「まず僕の部屋に行こう」
 「でも。お父さんに怒られる」
 「僕は君のためにお茶を淹れる。少し休んでいくと良い。一緒に遊ぼう。僕の部屋には遊ぶものはたくさんある。君が見たこともないものがあると思うよ。飽きたら、それから二人で君の妹を探せばいい」決定に近い声で“都守り”はそう告げる。
 「大丈夫。この辺には隠れる場所はたくさんある。ここは秘密を隠す場所なんだ。僕の部屋に行けばきっと役立つものがある」
 たどりついた部屋は、少年には部屋と呼べるような所ではなかった。小さな砂丘に崩れた壁。その壁に寄り添うように、いくつかの豪奢な家具が置いてある。
 「ここに、住んでいるの?」
 「そう。ここが僕の部屋。ここには雨も風もないからね」
 そう言う“都守り”は、丘の上に立つとその向こうの地平を指す。
 「見て。これを見せたかった」
 追い付いた少年は、ぞっとするほど美しい青い大きな“月”が昇りつつあるのを目にして絶句した。今まで見た全ての美しいと思っていた物、それが溶けて行くような光景。
 「僕はいつも青い月光を浴びて過ごしてる。素晴らしい部屋だろう」
 “都守り”は自慢げに言う。だが言葉とは違い、やはり表情はない。強いて言えば憂鬱げに見える。
 「そうだね」
 確かに感動しながら、少年は心のどこかで思う。でも、一人では広すぎる。静かすぎる。
 「さ、こっちへ」
 “都守り”は少年を壁際にある水晶の卓の前に案内する。その卓は上に人が寝られるほど大きく、その天板はおろか中央の太い脚まで透き通る水晶だった。どこにも継ぎ目が見えない。削り出しで作ったとしたら、どれほど巨大な水晶か想像もつかない。同じく水晶で出来た細い輪郭の椅子が二つ、並べてある。
 「座って。今お茶とお菓子を用意する。好きな玩具を選んで」
 進んで壁の向こうに曲がる“都守り”の細い背。ますますこの“都守り”の言う部屋は広すぎると思う。どれだけ贅沢で美しくても、静寂があまりも重い。誰かほかに住んでいないのかと思うが、何故だかそれは聞いてはいけないことに思えた。
 卓の上には色とりどりの玩具が並んでいた。見たこともないものばかりで、“都守り”が玩具と言わなければそれもわからなかったろう。だいたいは複雑なフレームを組み合わせたような形状で、材質は石か金属のよう。だが持ってみると驚くほど軽い。
 「決まった?」
 しばらく見ていると“都守り”がカップと皿を持って帰って来る。薄いハーブの匂いが流れる。さらには白く薄いビスケットが乗っている。
 「うん。これを」
 「へえ。地味なのが好きなんだね」
 唯一遊び方が理解できそうなもの。盤と駒で遊ぶ遊具を示す。
 「いいよ。人間と指すのは久しぶりだ」
 相手がその言葉の不可解さにぞっとしていることも気づかず、“都守り”は駒の用意を始める。


 いちいち破壊する手間が惜しい。クォールは確信はなかったが、透明化を試してみる。人に眼には見えなくなる上級汎用魔術。これもまた塔修了者ならば誰でも使える程度のものだが、存外にあっさりと金属のウサギはクォールを見失ったようだった。
 ウサギたちの鋭利な耳をすり抜けて、クォールは栄華の跡を進む。クォールに気付かぬウサギたちは、都の中で忙しそうに立ち働いている。
 建物に積る沙をかき出し、どこからか持ってきた煉瓦とタイルを積み上げる。崩れそうな塔を補修し、道を敷き直す。そういう健気な努力をウサギはしているようだった。
 何が猛獣か。
 やがてクォールは記憶にあった砂丘を望む。砂色の“都守り”は、水晶の卓に一人で座っていた。さすがに“都守り”は近づくクォールの気配に視線を上げる。
 姿を現したクォールは、軽く手を上げて挨拶をする。一応、これは邂逅なのだから。


 食べたお菓子はほとんど甘味のない、それこそ沙じみた味だった。
 その遊びはやはりシャトラグル、騎士や姫や城壁を操るゲームだった。何度か父とやったことがある。美麗な装飾を施された輝石の駒は、他の駒を取る時に一人でに動いて決闘を演じた。目を見張る少年に“都守り”は簡単な魔術の品だ、と詰まらなそうに言う。
 「何度も、何万回も見たよ」
 何万回の経験の差か、“都守り”には一度も勝てなかった。
 シャトラグルは覚えてすぐに父には勝てたのに。何故負けたかもわからないうちに、面白いほどあっさり負ける。
 「駒を取るゲームじゃないよ。これは流れを取るゲームなんだ」
 これほどに力量に差があれば面白くないのではないか、と幼いながら少年は思う。それでも彼の陣営を打ち負かすたびに、“都守り”は奇妙に熱心に駒を並べ直し、もう一度指すように勧めるのだった。常に彼は先手を譲ってくれていた。
 「もう、止めよう」
 耳が痛いほどの静寂に駒を盤上に落とす硬質な音だけが響く。そういうゲームを何度かして、少年は初めて続行を断った。彼の分も駒を並べ直していた“都守り”が手を止める。
 「そうだね。何か、別のものを―」
 「僕は、帰る」
 沈黙。酸性の沈黙。
 もう耐えられない。二人で遊んでいても、この空間はあまりにも静かで。段々自分の存在が消えて行くような奇妙な感覚を感じて。
 「――まだ他にも面白いものはたくさんあるよ。遊び方がわからないなら、僕が」
 「妹を探さなくちゃ」
 少年は心から思った。煩い妹に会いたい。泣き声で良いから聞きたい。ここは寂しすぎる。
 おそらく、少年は理解していた。彼はそこにただ一人なのだ。
 「それに、そろそろお母さんが心配してると思うから。お昼を食べに帰らないといけないし、それに午後から友達と約束があるんだ。キモに餌をやるのも僕の仕事で、だから」
 “都守り”に、言い訳をするように少年は思いつくまま言葉を並べる。
 「だから、ぼくは帰らなくちゃ」
 入ったそばから澄んだ黒い空気が言葉を貪ってしまうようだった。最後には半ば泣きながら少年はそれを言う。
 「そうか」
 初めて、感情が“都守り”声にかすかに交じった。その感情は、沙に似ていた。
 くん、と奇妙な感覚がして世界が揺れる。星空が見え、髪を垂らす“都守り”が見える。
 「え……ぇ」
 喉を締め付けられる少年が呻く。全く間を感じさせずに、“都守り”は少年を卓上に押しつけていた。なぎ倒されたシャトラグルの駒の一つが少年の背の下に転がり、水晶と背を傷つける。
 「君は、少し無礼だ。君は僕に名前も名乗っていない」
 全くの無表情のまま、“都守り”は言う。この時漸く少年は彫像じみたこの相手が表情と言うものを知らないのだ、と悟った。


 「久しぶりだね」
 穏やかに向き直る“都守り”の姿は何も変わっていない。何年経とうがその程度の時はここでは流れないとでも言うように。存在の希薄な歓迎の声を曖昧に流す。それが出来る程度にはかつての少年は大人になった。
 「覚えていてくれてありがとう。確かにずいぶん久しぶりだ」
 「忘れないよ。君は友達だ」
 「そうか。自己紹介が大変遅れたが、私はセオドア・クォール。今は“土地殺し”などと呼ばれることもある」
 「やっと友達の名前が聞けて嬉しいよ。前にも名乗ったと思うけど、“都守り”。それが与えられた名前なんだ」
 「元気そうで何よりだよ。君は風邪ひとつひかなかったろうね」
 これも以前と同じ部屋を水晶の卓にクォールは向う。視線は高くなったが、感想は変わらない。この“部屋”は広すぎる。
 「せっかく来てくれたんだ。少し遊ぼう。僕たちはずいぶん久しぶりなんだから。ずっと待っていたんだよ」
 そう言ってかつてのように、“都守り”は相手に椅子を礼儀正しく勧める。


 怖くて、泣きそうで、息苦しくて。名を名乗るどころではなかった。
 「僕たちは友達になれるよね」
 怖かった。ずっと怖かった。でもわかっていた、こんなところに住んでいるのは魔物でしかないことを。
 泣きながら頷く。何度も何度も頷く。僕を殺さないで、そう心の中で叫びながら。
 「ありがとう。そう言ってくれると思ってた」
 笑ったことが無い “都守り”はただ礼を言った。
 そして、少年の手を取った。ゆっくり自分のなめらかな手を重ね、口元に持っていく。
 “都守り”は少年を食いちぎった。

 思えば。あの時、曖昧で緩やかに自らを育てる術を失い、少年はセオドア・クォールになったのだと思う。“都守り”が“友人”になったように。

 ごりっ、ごりっ。自分の指を口の中で転がす“友人”。骨を口の中で幾度も噛み肉を歯で掻き落とす。それを目の当たりにする。すい、となめらかな“都守り”の顎に赤い血が流れる。幼いクォールの体を流れていた血だ。
 じゆじゆと血が流れる手を押さえながら、食い入るように自分が“友人”に食べられているところに見入る。クォールはあの時痛みに呻く事も忘れていた。
 “友人”は心から幸せそうに、本当に美味しそうに少年の一部だった肉を食む。こくっと“友人”の細い喉を通って少年が飲みこまれていく。
 やがて少年と共に生きていた肉を全て飲んだ“友人”は、沙の上に骨を吐きだす。血の通っていた名残の紅がかすかに混じった、小さな白い骨。永遠に失われた一部。
少し涙を浮かべて笑いながら“友人”はクォールの肩に手を回す。確かに記憶の中で、彼は笑っていた。泣いていた。不器用で慣れない表情。
 「ありがとう」
 頷くことも、目をそらすことも。記憶から消すこともできない決定的な刻。
 月明かりのように透明な無邪気な“友人”の笑顔。自分の中まで透明にされていくような、何とも言えない気持でクォールはあまりに完成された“友人”と向き合う。自分が透明になっていく。色を失っていく。それが悲しくて、クォールも泣いた。
 月の荒野で向かい合って涙を流す二人。
 「ありがとう。君は温かい。ありがとう」
 青い大きな月が出ていた。


 「3―Dの城壁を騎士で攻略」
 水晶の卓にはシャトラグルの駒が刻んだ傷が残っていた。兄弟とも言うべき傷がクォールの背にも残っている。骨はさすがにもう転がっていないようだが。
 「同、戦車」
 「4-Aに赤の天使」
 風も吹かない沙の上で、十数年の時を経て二人は向かい合う。クォールは四本の指で美麗な駒を繰り“友人”と渡り合う。五分の戦いが盤上に展開される。
 少年は大人になった。力と知識と経験を得て、沙を踏んで戻って来た。
 “友人”は変わっていなかった。外見も、本質も。子供を大人に変えた豊穣な時は、“友人”の上には流れなかった。
 ほんの少しだけ、かつての少年はそれが悲しいと思う。
 「君は、強くなった」
 かつて一勝もできなかった“友人”はそうクォールを称賛する。これは三度目だ。クォールは一度勝ち、一度引き分けた。
 「練習した。随分ね」
 「楽しいよ。盤だけを相手に打っていても退屈だった」
 「そうだろうと、思う。想像もつかないほど退屈だったろう」
 同情することさえ遠い、無に近い時。つかの間手に取った駒を弄びながらクォールはそれを思う。塔の駒だった。
 「君を、滅ぼしに来た」
 手元を照らす青い光。かつての友に静かにその言葉を向ける。4-B、塔。
 「僕に怒っているのかな」2-Bに逃げる赤の天使。
 「違う。ただ、業を滅ぼさなければ私は前に進めない」
 しばらく“都守り”はその言葉を考えているようだった。業、業。何度か口にする。
 「僕は都の人たちが返って来るのを待たなきゃいけない。それが、業だと言うのかな」
 「私にとっては小指が業だ。欠けた指を思い、君を思う。月を見上げるたびにそこにある私の骨を思う」
 さらさら、と“都守り”の髪が鳴る。おそらく違うだろうが、それは笑っている仕草にも見えた。
 「わからない。僕には理解できない。都はそれを理解するようには作ってくれなかった」
 クォールもまた、理解されるとも思っていなかった。“都守り”は理解によって関係性を育むことはない。
 8-E、戦車。地下水脈と呼ばれる陣形が盤上に完成する。
 「どうやら、また負けたみたいだね。君は本当に強くなった。あんなに弱かったのに」


 奇妙なことだが、指を失った後二人でまた少し遊んだ記憶がある。指が痛くて短くて、盤上のコマを動かすのにやや不便だった。
 痛みに泣きながら、“友人”と石の戦争を戦う。少年が痛みに顔をしかめるたび、“友人”は気遣った。手を撫でてくれた。甘い飲み物を出してくれた。月の世界の冗談を教えてくれた……冗談は意味がわからなかったが。
 そうして、ゆっくりと青い月が沈むまで遊び、少年は帰って来た。“都守り”は誰でもそうするように友人を見送った。はっきりとそうわかる、バラバラになった人体を途中で見た。その脇を無言で通り抜け二人は境界にたどりつく。草の生い茂る夏の丘と沙漠の境界に。
残念だ。クロィェクの前に僕が見つけていればよかったんだけどね。本当に残念だ。“都守り”はそう言ってくれて、手を撫でて、お土産にいくつか玩具をくれた。残念だよ。僕はここから先には行けないんだ。
クォールは交換に日記帖を差し出した。
 これにはどれだけ書けるのかな。“都守り”はそう聞いた。十年、とクォールは答えた。
十年。十年。十年が意味を持つ日が来るなんて。それが最後に聞いた月の友人の言葉だった。
 帰って、泣いて、そして倒れた。高熱を出して悪夢とも言えない奇妙な夢を見た。その熱が、さなぎのように一度クォールを溶かして、作り直す。
 意志を超えてる感情、その記憶。あまりに強すぎて自分の存在そのものと癒着してしまったような、痛くて切実な過去。
 つまりは業だ。その後のクォールを形作るもの。


 「いい加減断ち切りたい。何故断ち切りたいのか、それさえ終わってみなければ整理できないだろうけれど。これが私の業だ」
 「僕は君と友達になりたかった」
 「それは最初から不可能だった。ようやく今になって言える。あれは不当な出来事だった」
 勝負の見えた盤上を行き来する駒。それをはさんでの月の思い出話。
 「日記は、書いてもらえたか」
 終盤手を指しながらふとクォールがそれを問う。
 「君が来たことは書いた。その後は何も。書くようなことは何も起きなかった。ねえ、止めないか。僕は都を守らなければいけない。僕は強い魔法を知っている。与えられている」
 かつてなく饒舌に語りかける“都守り”。
「もう少し遊んで、また帰ればいい。僕は友達を無くしたくないんだ」
 平板な声。クォールはその声に確かに真実味を感じとって、それでも首を横に振る。
 「できないんだ。君が“都守り”であることを止められない様に」
 「どうして。またお土産をあげるよ。玩具も、この盤だってあげてもいい。もう一人で遊ぶのはつまらないからね」
 「私は、もう大人だ」
 クォールの指揮する軍が盤上で“都守り”の王を追い詰める。間もなく王は討ちとられる。
 諦めたのか、“都守り”は別の疑問を口にする。
 「外は、どんな感じなのかな」
 「大きな街になっている。たくさんの人が暮らしている。騒々しい街だ」
 答えて、虹の街の導師は決定的な手を打った。剣を持った姿を彫られた天使の駒。それが王を追い詰める。逃げ場はない。
 とん、と“都守り”は自分の王を倒し負けを認める。そして、そのままその手をクォールに差し伸べる。
 「残念だ。『 』」

 あふれる劫始の光と熱を呼ぶ失われた呪文。
 はるかな太古の呪文の詠唱。地上では失われた力ある囁き。瞬時に完成する『核撃』を“都守り”は行使する。行使する以外の選択肢を持たないがゆえに。都を脅かすものを退ける、そのために造られたのだから。

 「残念だよ」
 何事も起こらず。「何故」とも言えない“都守り”の前でクォールは立ち上がる。
 「会った瞬間に打ちこむべきだったんだ。この地は君にとってもはや不毛だ。何の力も提供しない」
 クォールを中心にして、沙の上に奇妙な亀裂が走っていた。目を細めないと見えないほど微細な、銀色の空間を裂く亀裂。薄く輝く蜘蛛の巣じみた亀裂が沙丘全体を覆い今もゆっくりと広がっている。
 「 」
 声も上げずに、与えられた使命の命じるままその場を離れようとする“都守り”。その手をクォールの左手が掴んで押しとどめる。
 「さようなら、“都守り”」
 ついに友人と呼ぶことはなく、眩い一閃の月光が瞬いた。

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最終更新:2011年07月05日 10:59
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