08‐伏線を慌てて回収しつつ、縁を断ち切る天使(中編)

家に戻ろうとしている所を少女は二人の女に呼び止められた。
女たちは彼女を取り囲むようにすると彼女の手を掴み、そのまま引き摺るようにして、力付くで無理矢理人気の無い路地裏へと連れて来た。
女たちは自分と同年代か少し上くらいだろう。
薄い生地の扇情的な衣服に身を包み、濃い化粧。
どこか気だるげな表情。
おそらくは娼婦と思われた。
路地裏に入ると娼婦たちに突き飛ばされ、少女は地面に倒れ込んだ。
彼女を睨み付け、娼婦の一人が言った。
「アンタさぁ…なにやったかわかってる?」
「困るんだよね。挨拶も無しにウチらのシマ荒らされると」
もう一人が後を続ける。
少女は今自分の身に何が起きているのか理解できなかった。
「シマ…?」
シマとは縄張りのことである。
つまりは彼女は知らず知らずのうちにこの娼婦たちのテリトリーで無断で商売をしてしまい、その制裁を受けているのだが、つい今しがたまで水商売のみの字も知らなかった彼女に業界用語が分かる筈もなかった。
その態度が娼婦たちの神経を逆撫でした。
「なんだい、その態度は!」
言うや娼婦の一人が少女の腹をを蹴り飛ばした。
そして、もう一人が彼女の髪を掴み、頭を持ち上げる。
「言っとくけど、アンタ、殺されても文句言えないことしてんだよ?」
「私が…何を…」
「金貰っただろ、体売って!」
「それは…」
答えようとする前に少女の頬が鳴った。
娼婦が彼女を平手打ちしたのだ。
「口答えすんじゃないよ!」
その迫力に押され、少女は黙りこんだ。
娼婦たちは彼女の懐に無遠慮に手を入れると彼女の財布を取り出した。
そして、中を開け、感嘆の声を上げる。
「ちょっと金貨だよ!」
先ほどマッシグから手渡された報酬である。
色めき立つ娼婦に少女は縋り、懇願した。
「返して下さい!お願いします、それは母の薬代にと…」
「五月蝿いね。そんなコト知ったこっちゃないんだよ!」
縋る彼女を乱暴に振り払うと娼婦は冷笑を浮かべる。
「アンタの母親が死のうが生きようが関係ないね」
「そんな…」
「文句があるのかい?」
娼婦たちに凄みをきかせ睨まれ、少女は黙り込んでしまう。
その時。
「大ありだな。悪いこたぁ言わないから、バカなことはやめとけ」
彼女たちに声をかけるものがいた。
「誰だい!」
少女、そして娼婦たちの視線が声の方に向く。
そこには一人の男が立っていた。
しかも、なんか息を切らし、前のめりでしんどそうにぜえぜえ言っとる。
「何だい、アンタは?」
不審げに訪ねる娼婦に男は言った。
「俺?俺はミヒャエルてもんだ」
顔を上げると娼婦の問いに彼は答えた。
そして、額の汗を拭い、言葉を続ける。
「まあ、別に俺のことなんか、どーでもいいじゃん。むしろ、大変なのは俺よか、アンタらなんだぜ。言っとくけど、アンタらこのままだと恐喝&強盗だかんね。さすがにマズいんじゃない?」
「はあ?」
ミヒャエルの言葉に娼婦たちが怪訝な顔をする。
勿論、当の少女もきょとんとしている。
だが、彼は気にした様子も無く続ける。
「もしやと思って慌てて追ってくりゃ、これだもんなぁ。参った参った」
そう言い、ツカツカと歩き、ミヒャエルは娼婦に近づくと鮮やかにさっと金を奪い返す。
そして、ポンと少女に投げてやった。
自分の手から金がかすめ取られたことに気づいて娼婦は声を荒げた。
「ちょっと何すんだい!」
「何って何だよ。俺は当然のことをしただけだけど?」
「ふざけんじゃないよ!」
怒号を上げ、掴みかかってくる娼婦。
ミヒャエルはそれをヒョイと交わす。
「ふざけてんのはどっちかな?」
「あんだって!」
「なめやがって、この白豚が!」
娼婦たちが口々に罵りの言葉を吐く。
ミヒャエルはニコニコと人を食った笑みを浮かべていたが。
突如。
彼の形相が変わった。
「誰が白豚じゃ、ボケ!」
そう叫ぶと自分を白豚呼ばわりした娼婦にジャンピングキックをした。
「ぎゃふ!」
突然の豹変に反応しきれず娼婦は彼の蹴りをモロに喰らう。
地面に倒れこむ娼婦。
彼女を見ると天使は言った。
「いいか?俺は豚じゃないし、白くも無い。他人よりチョット色素が薄くてふくよかなだけだ」
「は、はい…」
迫力に気おされ娼婦たちは大人しく頷く。
彼女たちの顔には「なんかめんどくさい奴とかかわっちまった」とはっきり出ていた。
「OK!じゃぁ、話を戻すぞ」
天使はそんな彼女たちを見ると満足そうな顔をする。
「お前たちはさっき俺が金が入った袋を取って、彼女に渡したのを怒った。何でだ?」
「そりゃぁ、その金はアタイたちが…」
「そこの女から力ずくで取ったものだーなー」
「で、でも、それは当然だよ。そいつはアタイらのシマで勝手に客を取ったんだ!」
「そうだ。娼婦にだって仁義はある。断りもなしにシマを荒らされて黙ってなんていられないよ」
口々に叫ぶ娼婦。
少女は身を小さくして震えてるだけだ。
天使は口元に小さな笑みを浮かべると言った。
「んー、それはどうでしょう?」
「なんだよ、そのすかした態度むかつくねー」
「文句があるならはっきり言ったらどうなんだい!」
その言葉を待ってました!
そう言わんばかりにミヒャエルは彼女たちの顔を見ると笑顔でこう言った。
「彼女は娼婦じゃないんだけど」
「「はぁあ!?」」
彼の言葉に娼婦たちが声を上げる。
「ゴマかそうたってそうはいかないよ!この女は体を売って金を貰ったんだ」
「そうさ、ついそこの宿屋でね」
「体を売った?」
彼女たちの言葉を聞き、天使は目を丸くする。
そして、驚きの声を上げると訊ねた。
「ホントに? 彼女が?」
「そうだよ」
「そんで、貰ったのがその金?」
「そうだって言ってんだろ!しつこいね!」
もってまわった言い方の天使に彼女たちは苛立たしげに怒鳴る。
だが、ミヒャエルは不思議そうに首をかしげると彼女たちを見た。
「悪いけどそれはないわー」
そして、彼女たちに天使は軽い口調でこう続けた。
「だって、俺、その場にいて見てたもん」
「え?」
彼の言葉に彼女たちが固まる。
「この金を渡したのは俺の雇い主なんだけどさ」
「え? え?」
「その金は体を売った見返りじゃないぞ。これからウチで働いてもらう支度金として払ったもんだ」
「えええええええ!?」
ミヒャエルの言葉に娼婦たちは驚きの声を上げた。
もし、それが事実ならばとんでもないことである。
そうなると彼女たちの行った行為は彼が先だって言ったとおりただの恐喝と暴行だ。
「そんな、馬鹿な!だって、あたいたちは聞いたんだ!この女を『娼婦』と呼んでいるのを!」
「あーそれね。部屋から男の声で『娼婦』『娼婦』連呼してたって言う」
娼婦の抗議の声にうんうんと頷く天使。
そして、そのままの調子で続ける。
「悪いね。ソレ、誤解だわ」
「誤解!?」
再び声を上げる娼婦たち。
ミヒャエルは軽く眉をひそめると言った。
「いやぁ、話せば長くなる上にあまり愉快なもんでもないんだけど、聞く?」
「ふん聞かせてもらおうじゃないか」
挑むようにして、娼婦たちはミヒャエルを睨み付けた。
彼は「ハイハイ」と軽い調子で相槌を打つと話し出した。
「俺の依頼人はさる施設を退職し、悠々自適のご隠居だ。そのご隠居が何かしないとボケちまうってんで、新しく商売を始めようとした…」
彼の話を要約するとこうだ。
ご隠居は新しく商売を始めるべく、供を連れ、下見にこの街に来た。
出始めに店と人員の確保をしなくてはならない。
そこでご隠居は部下の男に兼ねてから旧知の仲であるミヒャエルに協力を請いに行くよう命じた。
男は街中を探し回り、苦労の末、ミヒャエルを見つけることができた。
そして、ご隠居の待つ宿に戻ってくると、ご隠居が彼女とお楽しみの最中だった。
あまりの所業に男は怒り狂い、部屋に入ると暴れ回った。
少女は男の様子に怯え、逃げ出した。
「それじゃあ、やっぱりあのコ体売ってたんじゃないか!」
それ見たことかと食ってかかる娼婦。
だが、天使は動じない。
へらへらと笑いながら、それをかわす。
「まあまあ、そう焦るなよ。最後まで話を聞けって」
「……」
少女が部屋を飛び出した後、男はご隠居に食ってかかった。
自分に仕事をさせ、その間に女といちゃつくとはどういうつもりなのか、あの女はなんなのかと。
しばらくはすっとぼけていたご隠居だったが、やがて観念したのか素直に話し出した。
彼女とご隠居が知り合ったのは数年前。
以降、密かに会っては逢瀬を重ねていた。
この街で商売を始めようとしたのも彼女の近くにいたいという気持ちがあったようだ。
そして、ご隠居は彼女を雇うつもりだと告げた。
彼女はかつて商家に勤めていたらしく、経理能力にも長けているらしい。
勿論、男は反対した。
そのような間柄の女性を雇うなど、論外だと。
二人は喧々囂々といった風で言いあった。
そんな時、ミヒャエルが二人に言った。
「当人抜きで話しても意味ないんじゃねえの?」
かくして、少女はミヒャエルに付き添われ、再び部屋へと戻ってくることとなる。
しかし、彼女が部屋に入ってくるなり、男は大声で彼女を罵った。
体を使い、ご隠居に取り入るとは、どういうつもりだ、この娼婦め!
「と、まあ、声高らかに何度も叫びまくりやがったワケよ。その馬鹿は…」
「その時の言葉をアタイたちが聞いたってワケか」
苦々しく言う娼婦。
「まー、多分アレだね。あの馬鹿、ご隠居が彼女に惚れ込んでるんで嫉妬したんだろうな。ココだけの話、前々からソイツ、そういう趣味じゃないかって話はあったんだ。しかし、まさかご隠居とはねー」
呆れ顔でミヒャエルは小さく笑った。
しかし、もう言いたい放題である。
あまりな話の内容に娼婦たちも微妙な顔をした。
「だから、あまり愉快な話じゃねーって言っただろ?」
軽く言うミヒャエル。
だが、娼婦たちは諦めない。
「だけど、その話がホントかどうか分からないじゃないか。アンタがその場しのぎの嘘をついてるかも知れない。アンタの話にはなんの証拠もないしね」
なかなか鋭いじゃんか。
娼婦の的を得た指摘にミヒャエルは内心汗をかいた。
確かにこの話はミヒャエルが事実をねじ曲げて作り上げた嘘八百の作り話である。
だが、動揺は一切感じさせず彼はカラカラと笑うと言った。
「いうねー。けど、それはアンタらだってそうじゃんか」
からかうように言う彼に娼婦たちが言葉に詰まる。
状況証拠だけで話ているのは彼女たちとて同じなのだ。
「ま。でも、俺の話が信じらんねーてのも、もっともっちゃもっともだ」
ミヒャエルは軽く肩を竦めてみせた。
そして、チラリと背後を見やると言葉を続けた。
「丁度いいや、疑うなら本人から話聞けよ」
彼の言葉に応えるように複数の足音が近づいてきた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年07月06日 08:38
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。