05「andante 中編1」

※ 超人病でちゅうに病なのは仕様です。ひたすらおれTUEEEEEEしてます。戦闘有。多少の流血描写を含みます。


 ──銀光一閃。

 接敵の瞬間、皇子(みこ)の左手が抜き放った"六道薙(フラートゥス)"の刃は、戦闘に出ていたスノウゴーレムの体躯を斜めに切り裂いた。
 巨人がどうと崩れて唯の雪に還るより早くに、我──"黒帳(ドゥンケルハイト)"の主たる少年は相手を一瞬の足場として更に高く跳躍。目標は先の雪巨人の後詰、その頭頂部だ。中空で抜剣した我の身体を落下の勢いに任せて狙いへと叩きつけ──そこから巨人の股にあたる部分まで真っ二つに断ち割った。
 空中にある無防備を狙われるも、横合いから伸びてきた巨腕を"六道薙"を振るって斬り飛ばす。着地の隙は一瞬あれど、それをゴーレムどもが突くよりも我らの主が次の挙動に移る方が疾い。

 雪を素材としているゴーレムは、腕を切り飛ばされても周囲の氷雪を糧として間もなく再生してしまう。先程腕を飛ばされたゴーレムが何れか、もう判別がつかない。
 こういう手合いが核を壊さぬ限り再生するのは常套。加えて主に速さで及ばぬとはいえ、スノウゴーレムもさるもの。掴み所なく動き回る体躯の、核の位置を的確に捕捉することはそれなりに難儀である。
 だが、皇子の初撃と二撃目を受けた巨兵は、白波のように大量の雪を跳ね上げて崩れ、既に物言わぬ白雪と化していた。積もった雪に埋もれて、寸断された黒い欠片が幾つか転がっている。皇子が切ったゴーレムたちに埋め込まれていた核の残骸だ。
 皇子はその眼で彼奴らの魔核を捉え、確実に其処を破壊していた。狙った部位を確実に切る正確無比な剣技は、育ての親や師たる方々によってこの方に叩き込まれたものであり、皇子本人の鍛錬の賜物である。

 この方は、我らにとって最良の担い手だ。世に数多溢れるつるぎ、武具という存在、概念に親和し、四肢の延長であるように扱う。神秘を抑える領域は、本質が戦士である皇子にとっては不便はあれど致命ではない。

 さながら黒い風の如く。皇子は戦闘が開始した瞬間から、一所に留まる事無く変幻自在に動き回ってゴーレムを翻弄し、隙を逃さず我らを振るい、確実に敵の数を減らしつつあった。
 待ちに拠っての反撃を狙うのは、皇子を相手にゴーレムが行うには無謀なものだ。動作の無駄を極力排して振るわれる高速の刃は、守りから攻めに転じた雪巨人の一撃が届くよりも早く、逆にその手足を叩き切る。そのまま踏み込み、跳んで突き出す刃がまたひとつ新たな魔核を砕いた。

 華奢にすら見えるが、皇子は外見からすれば信じられぬほど怪力の持ち主だ。我が加える重みによって常日頃から鍛えているというのもあるが、体質によるところも大きい。流石に吸血鬼の"真祖(アルハイク)"たるロゼ殿には及ばねど、三周り以上も体格差があるオウガの喧嘩を止めるために割って入り、頭に血が上った鬼の巨体を軽々投げ飛ばしたこともある。

 加えてこの方の刃は疾い。速さはそれに比例する衝撃を纏い、剣の威力を底上げする。
 速さが産む衝撃を生かした闘法は人狼族に倣ったものだ。彼らの中にあって道を究めた者は音より早く、その速さのみで持って万軍を薙ぎ払うという。皇子は未だその境地に至っては居ないが、その分我らが居る。
 我ら剣は皇子の爪牙であり、手足である。時に翼となり、盾となる。此処が禁術領域などという不本意な場でなければ、我が皇子に代わりゴーレムどもを打ち滅ぼすこともできたのだが。
 幾ら力の方向性を操るのが我が身が戦神より与えられし祝福といえど、神秘の流れが抑制される場に合っては権能を十全に振るうのには骨が折れる。端的に言えばやってやれないことはないが非常に効率が悪い。

 こういう時は少しばかり"六道薙"が羨ましくもある。何故ならば──

《皇子!》

 思考を中断。遠方から急速に此方へと近づいてくる"何か"を感じ取って警告の声を向ければ、我が主にはそれだけで十分だったようだ。応えよりも早く行動で理解を示す。
 我が身たる黒剣が半円を描いて一番手近なゴーレムの足を横に薙ぐ。相手の体が崩れた僅かの隙に皇子は"六道薙"を構え、気配のする後方へと身体ごと振り返る。
 瞬間、空から氷塵を含む暴風が皇子目掛けて叩きつけられた。我らの主はそれを予見していたかのように慌てず、騒がず、

「万障を祓え、"六道薙"」

 ──同時、人の目には何があるようにも見えぬ虚空へと透明に近い刀身を思い切り振り抜いた。

 合わせて吹き抜けたのは一陣の突風。皇子に届く前にブリザードを弾き散らす。
 少し遅れて硬質の何かを断つような澄んだ音がひとつ。次いでそれより大きく雪原に響いたのは、硝子が落ちて砕けるに似た破砕音。
 人であれば音がした方角に何が転がっているかは、よく目を凝らさねば理解できぬだろう。翼と嘴を備える、限りなく透明に近い体躯──落下の衝撃でばらばらになってはいるが、生きた氷像めいた巨大な猛禽が倒れていた。
 胸の辺りには、ゴーレムのものと良く似た黒い欠片がやはり砕けて散らばっている。数は減りつつあるが未だ皇子を襲い、取り囲んでいる魔法兵器と同類の人工物であろう。近接型の巨人兵。遠距離型の見えざる鳥。複数種類を配置する辺り余程用心深い性質の術者が、結界を形作ったとみえる。

 しつこく襲い来る雪巨人を避けて側方へと何度か跳び退きつつ、皇子は二度、三度と空の猛禽ども目掛けて"六道薙"を振るう。
 氷の鳥も主目掛けて口から暴雪風を幾度も吐き出して応戦するが、その度、辺りに吹く雪片舞う風とは違う烈風が吹き荒び、切断音と破壊音が続く。まるで魔法のように。
 これが、我が"六道薙"を羨ましいと思った理由だ。

 我ら皇子の傍らに侍る七つ剣のなかにあって唯一、禁術領域での戦闘をも想定して生み出された魔剣が"六道薙"。
 格別何かを操作したりするような特性は持たず、純粋に武器としての機能が徹底的に強化されている。非常に頑丈であり、自己再生能力のある刀身は透明に限りなく近い玻璃鋼と呼ばれる特殊金属で形作られ、太刀筋が読み難い。
 また魔力でも法力でもなく、所持者の気とも生命力とも呼ばれる内なる力を吸って性能が増すのも"六道薙"の特徴だ。本来物理的に切れないものを切ることも、速さを増幅して突風、衝撃波を発生させることも可能である。優れた武芸者の中には気功なる内的エネルギーを駆使して魔法にも等しい力を振るうものが居るが、それと原理は同じだ。生物が体内に持つ気脈に酷似した回路を"六道薙"は持つ。それゆえ、世の多くの神秘が沈黙する禁術の場にあっても力を失わない。
 先刻からの風は"六道薙"を皇子が振るって起こしているもの。見えざる刃は"六道薙"の刀身の延長。1mに届かぬ刃長の"六道薙"であるが、風と衝撃を自在に駆使する妖刀の実射程は見えている部分より遥かに長い。

 皇子が此度"六道薙"を随伴に選んだのは全くの偶然であったが、斯様な領域に閉じ込められてしまった今は、不幸中の幸いであったといえる。残る五剣の内、禁域でまともに権能を振るえそうなのは、我を除けば後は"虚無の空"くらいのものだろう。

《他の者では中々こうはいかぬな》

 空から迫る見えない脅威の大凡を主が退けた所で零した我の呟きを拾い、"六道薙"が少しばかり得意げな声で返してくる。

《ふふん、禁域戦闘は某(それがし)の十八番。偶には華を譲って下せえよ、"黒帳"。さあ坊(ぼん)、次、また来やすぜ!》

 最後に残る氷禽が氷塵を吐きつけてきたのは、"六道薙"の警告とほぼ同時。合わせたように四方から雪巨人の残党が迫り、主を押し潰さんと動く。
 皇子は下手に移動せず、その場で対処に当たった。先ず頭上へと掲げたのは我の方。刀身を寝かすようにして吹き付ける吹雪への盾とする。
 ほっそりとした倭刀の形状を持つ"六道薙"よりも、両手長剣である我の方が叩きつけられる氷塵を凌ぐのに向くから──というばかりでなく、我が身は抗魔と対衝撃、対切断の呪紋がびっしりと焼き付けられている。禁域にあっても恒常型の呪は効果を失わない。その証のように、ブリザードはその威力を減じられ、皇子に対する決定打には至らない。

 頭上からの氷撃をそうして耐えながら、皇子は軸足は動かさずに眼にも留まらぬ一回転。その勢いを乗せて左手の"六道薙"が鋭く円弧を刻む。
 ともすれば剣舞のような流麗さ。だが奔る斬撃はたおやかには程遠い必殺の威力を纏う。
 轟音。衝撃。前後左右から襲い掛かった四体のゴーレムの胴を迸った衝撃が寸断。勢いで巨躯が半ば吹き飛ばされ、少し離れた位置で崩れ落ちる。

 遠距離からの氷雪では仕留めきれぬと、猛禽は翼を羽ばたかせて急降下。鎌の如く歪曲した透ける鉤爪が、皇子を狙うがそれは下策だ。──主の必殺の圏内に自ずから飛び込んでくるとは。
 我の鍔でもって主は鳥の爪を捌き、次の瞬間には"六道薙"の刃が幾度も閃いた。猛禽の核は身体ごと無数に切り刻まれ、雪原に散らばる。

 ──それで終いとなった。

 周囲には我が主のほかには動くものは最早ない。こんもりと雪山が幾つも積み上がり、砕けた氷塊が幾つも散見するほかは、初めと変わらぬ静謐が戻っていた。

「……援軍は、もう無いな?」

 皇子は周辺の気配をぐるりと探り、最終確認のように我らへと尋ねてきた。魔剣たる我らは、通常の五感に加えて権能に見合う特殊な知覚を有している。そんな我が目にも引っ掛かるものは無い。"六道薙"にとっても同様であったようだ。皇子を安心させるよう、"六道薙"が先に答えを告げた。

《少なくとも某らの目が届く範囲にゃ、気配はありやせんぜ。お疲れさまでさぁ》

《ええ、皇子。お見事にございます──しかし、玉体に、傷が……》

 我も続いて返しつつ、心配を声に上らせる。戦闘中は余計な気づかない等無用であろうと黙っていたが、最後の一羽が頭上から吐いた吐息は、我らの主の皮膚にざっくりと裂傷を刻んでいた。我が身が多少は猛威を殺いだとはいえ、吹き付けた雪暴風は消し切れてはいなかった。腕や脚、主にその側面から赤色が滴り、白原には動いた分だけ点々と小さな血染みが残る。
 苦痛の声の一つも無く、何事も無かったかのように皇子が戦闘を続行していた為に、"六道薙"は主の傷がごく軽いものであろうと認識していたようだが、場所によっては皮膚の下、肉が覗いている箇所もある。

《ちょ、坊! 怪我して痛いときゃ痛いっていってくだせえよ! 手当てしねえと!》

 我がかけた声で皇子の傷の具合が無視出来るものでないと漸く気づいた"六道薙"が、主を気遣う声をかけた。

「流石に無傷とは行かぬ。だが、別に騒ぐほどのことではなかろう?」

 主は仄かに苦笑し、我らを鞘へと静かに収める。それから漸く懐から手巾を取り出すと一番傷のひどい左腿にだけきつく結びつけた。
 それ以外は寒さもあって直に出血が収まると見たのだろう。あとは構わずにまた、結界の中心、核をめざして駆け出し始める。

「どのみちここではろくな手当てもできん。それよりヴェイが心配だ」

 案ずる我らを宥めるように、口にされた言葉は正論であった。

《皇子……》

 この方は何時もそうだ。我らの主は、昔から何も変わらない。何一つ。こうなればもう、不安の種が除かれるまで皇子は止まらぬと我は知っている。この方との付き合いはそれ位に長い。
 我は悔やみ、無いはずの歯を噛み締めたくなる思いであった。差し出がましさも効率の悪さも気にせず、主に向かう攻撃のすべて、捻じ曲げてやればよかった。その分大きく損耗するだろうが、構わなかった。我らの皇子が血を流すところなど好んで見たいものではなかった。この方の血は我を落ち着かなくさせる。
 しかし、そんな浅薄な考えは主に見透かされていたようだ。

「……"黒帳"。あの時権能を使うべきだったと悔やんでいるのか? だが、この後こそ、何があるかわからぬ。無駄に力を使って消耗する訳にはいかぬとお前も考えていたのだろう? 私としてもそうしてもらった方がありがたい。"黒帳"も"六道薙"も十全を尽くした。この怪我はふたりの担い手である私の、自己責任だ」

 良いのだと、責めることはないと。
 雪原を走る風の如く疾駆しながら、皇子は我へと声をかけてくれる。駆ければ傷が痛まない筈が無いだろうに、痛苦を覗かせぬ柔らかい声だった。
 この"黒帳"、まだまだ修行が足りぬ。寧ろ我らこそこの方を気遣うべきであるのに、逆に慰められてしまった。気に病めば余計に主の負担となる。だから、我は静かに──人であれば頷くような、そんな声を返した。 

《──御意、我が主。その代わり、ことが済みましたらきちんと手当てをさせてください》

《これ以上はとやかく言いやせんよ。ああ、でも一個だけ。坊は治癒術は苦手なんですから、後々専門家のところに行きやしょうね》

「……ぅ。解かっている!」

 治癒術が致命的に不得手だというのは、我らの皇子が抱える欠点のひとつだ。そのことを主は多少なりと気にしているので、"六道薙"の言葉の後には僅か拗ねたような返事。そういうところは歳相応に見える。本当はもっと、この方はこういう所を出しても許されるはずなのだけれど。そういう意味では"六道薙"の軽口も、たまには悪くない。

 そうして会話をしている間も、皇子は足を休めることはしなかった為、直に目的地にたどり着く。

 一見、その場には何もない。周囲と変わらぬ、茫漠たる純白が広がるばかりだ。だが、魔力を知覚する主の目や──力の流れを読み解く我が知覚は誤魔化されない。
 スノウゴーレムや氷造の鳥が持っていたものとは比べ物にならぬ、強い力の塊がここにある。
 察するに目標がある場所はひどく深い。厚く雪が降り積もるその下にあるようだった。掘り起こすという作業を挟むとすれば難儀しそうだが、今日の幸運は完全に我が主を向いている。

 抜く手も見せず、主は"六道薙"を抜刀、一閃。納刀を済ませたときにはもう片がついていた。

 射程内の狙ったものだけを斬る──"六道薙"の最大の長所だ。
 積もった雪は障害にならない。強い魔力を持った核の位置は、主の眼には確かに視えているのだから。

 核が皇子の手によって断たれた直後、景色が揺らぎ始める。作られた空間は、繋ぎとめる楔を失い瓦解していく。
 この空間に飲まれたときを逆回しにするよう、空間は歪み、捩れ──あるべき形を取り戻していった。

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最終更新:2011年07月06日 23:05
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