※ フィロは直接的には出てきません。時系列的には「ハニームーン/クレイジーエンカウンター後編」~「andante 中編2」と同じくらい。
深い広いダンジョンの中にある、魔物や魔女の仲間たちが暮らしてる『特区』のはしっこ。
『1番詰め所』よりも更に入り口に近いあたりでミステルはごろごろ。
ひとりは何かあったとき危ないって若さまたちが言うから、夢ひつじのドリィもいっしょなのよ。ふかふかの毛皮でミステルの枕がわりもしてくれてるの。
この辺は水晶花が咲き乱れてて、きらきら綺麗。きっと地上ではもうユルング・ラインが光ってる。
『特区』の住民的には起き出した子が元気に活動を始めるころ。夜なのよ。
ミステルは魔女だからいつ起きて寝てもいいんだけど、どっちかって言えば夜の方が元気だ。
けど、今日はあんまり積極的に何かする気にならない。
真夜中過ぎにはお薬を作り始めたり、頼まれてるお洋服の仕上げもしちゃわなきゃって思うけど。
今はうすぼんやり、星みたいに輝くヒカリゴケの下、天井を見上げて、その向こうに広がる、アルコ・イリスの街を思う。
今、きっとその街を歩いてる、ミステルたちの若さまのことを、想像する。
いきなりホームシックにかかっていたりしないか、すごくすごく心配なのよ。若さまはこの場所が──『特区』のことが好きだから。
そんな若さまのいない『特区』は少しだけ雰囲気が変わる。なんだかちょっと物足りないような感じがする。
多分、すこーしだけサビシイのよ。ミステル以外にもそういう子がいるからなのよ。若さまにお世話になってるひとは案外多いもの。
(あ、ひとって言ってるけど、ひと以外──ドラゴンだったり魔物をさしてることも多いのよ? その辺りは「りんきおーへん」でお願いするのよ?)
特に若い衆のなかには若さまに助けられたり、拾われたりして『特区』入りした子も少なくない。そういう子たちは若さまのことが大好きだ。
あんまり言うのは照れくさいけど、ミステルだって、あの、なんでも一人で背負い込みたがるちいさな王子さまのことは心配だし、大好きなのよ。
ミステルは若さまに拾われたわけじゃないけど、助けてもらったことがあるのよ。それを差し引いても仲良しなの。
キュルクィリィやディリティリオにも負けないのよ。
王さま──『特区』のほんとの長のエラバガルスさまは、ものすごい力の持ち主でものすごく強いし、いっぱい色んなことを知ってるけど、その分自分がなんでもしてしまわないように気をつけてる。
王さまはやさしくてりっぱで面倒見がいいけど、少しだけ遠い。すごいひとにもすごいひとなりの悩みがあるのよ。
若さまはそんな王さまよりもう少しミステルたちに近い。
若さまはちょっとした事でも親身になってミステルたちの相談に乗って、一緒に考えてくれるのよ。
弱い子たちやちっちゃい子がいつでも安心して出歩けるように、外の人間たちのまねっこをして自警団を作ったのも若さまだ。
王さまやリリアさまをはじめとする長老さまたちの言うことは聞く、『特区』の住民同士は仲間っていう意識はあっても、みんなで集まって何かするって言う発想は中々なかったことなのよ。
強いひとたちは自分だけで何とか出来ちゃうし、弱いひとたちは難しいことは割とすぐ諦めちゃってたのね。
どうしてもかなえたい難しいことや悩みは、王さまや長老さまたちにお願いして解決だったのよ。
個人的なおともだちや同じ種族同士のつながりを頼ったり協力するってことはあっても、地上のひとたちみたいにはいかなかった。
王さまは『特区』を維持しながら全部を見てくれてるけど、何かがあったとき、間が悪いと気づくのが遅れちゃうこと、他の用事で間に合わないこともあった。
長老さまたちはいつでも弱い子の面倒見てくれるわけじゃない。気まぐれだったり、どっちでもいいって思ってるひとも多い。
『特区』はあぶないところって言われてるから、普段はそんなに侵入者もないけど、悪さしようって奴らがたまに押しかけることがある。
六年くらい前の話。王さまとリリアさまがそれぞれ別の用事で、そろって『特区』を留守にしたときがあった。
なんだったかは、ミステルはそのころ『特区』にやっと慣れたころでまだ噂に明るくなかったからくわしくは知らない。けど、どうしても外せない用事だったらしいのよ。
リリアさまと王さまはえらいひとたちのなかでも特に、ちっちゃい子とかよわい子を気にかけてくれてる。
若さまが王様の代わりに頑張りはじめる前は、弱い子たちが頼る先って言ったら、それぞれの種族の長老以外だとそのふたりのどっちかだった。
特に頼る長老がいないような、弱い少ない種族の子は、王さまたちがいないとだめだめだったのよ。
悪いことって重なるものなのよ。魔物を売り買いするよな悪いやつらが、珍しい魔物の巣だって『特区』に目をつけた。
しかも、最悪なことに優秀で強かったのよ。止めようとして怪我したりひどい目にあう子が出て、強いひとたちが駆けつけたときにはもう手遅れになって連れてかれちゃった子もいたのよ。
ミステルも危うく連れてかれそうになったのよ。若さまや強いみんなが助けてくれなかったら、ミステルも誘拐犯の餌食になってたのよ。
すごく、すごくこわかった。助かった後もわんわんいっぱい泣いたのを覚えてる。
呼ばれて戻ってきた王さまが慌てて地上の議会と交渉して、捜索してもらったり、上にいったりしたらしいのよ。
怖いけど頼もしい"ラグナ・ガーディアン"ってひとたちががんばってくれたって。
ミステルは難しいことはわからないことも多いから、詳しくないけど。
事件は一応解決したのよ。
……でも、帰ってこられた子は、ぜんいんじゃ、なかった。行方がわからなくなっちゃった子や、しんじゃった子も、いたのよ。
そのあとは『特区』中がもめにもめた。
長い『特区』の歴史の中でもこんなにひどいことになったのははじめてだったのよ。
同時に、王さまとリリアさまがいなかったら、自分の一族が関わらなかったら長老たちは腰が重いってわかっちゃったのよ。
またおんなじことが起きたらどうしようって、みんな心配になった。
結界を人間が入れないくらい厚くするべき、とか、外との交流はもう断つべきじゃないかとか、そんな意見もいっぱい出た。
『特区』に住んでるのは、実は人間と仲良くしたい、穏健って魔物ばかりじゃないのよ。
人間とそもそも関わりたくない、近づかれたくない、そういう魔物もいるのよ。
傷つけられて逃げ込んで、ようやく平和に暮らせるようになった子も少なくないのよ。
恨んでる子、怖がってる子がいないとはいわないけど、同時にそういう子ばっかりじゃないのも確かなのよ。人間や外にあこがれてる子もいっぱいいるのよ。
『特区』を完全に閉ざされた隠れ里にしちゃうのは、王さまもリリアさまも良く思ってなかった。ふたりは人間も好きな魔物だから。
でも、こんなことを二度と繰り返させちゃいけないのもみんなわかってた。
王さまたちが出かけなければいいっていう単純な問題じゃない。『特区』のなかを、少し変えないと駄目だったのよ。
そんな中で頑張ったのは若さまだった。
若さまはその頃王さまのお手伝いを始めたばっかり。でも、王さまが留守で大変なことになった時、一番はじめに駆けつけて追っ払ってくれたのは若さまだったの。
若さまはそれでも歯痒く思ってたみたいで、王さまや長老さまたちだけに頑張ってもらうんじゃなくて、みんなで協力して『特区』を守ろう、おんなじこと繰り返さないようにしようって。
力は足りなくても守りたい気持ちがある子はいっぱいいたのよ。でもみんなやり方がわからなかったのよ。
ちっちゃい若さまはそういう子たちを集めて、話し合って、訓練したりもして。
「てきざいてきしょ」で、自警団をつくることにした。
ミステルも、ミステルみたいに怖い目にあう子がでないようにしたかったから、若さまに協力することにしたの。
ミステルの力はすごく頼もしいって若さまもみんなも喜んでくれたから、ミステルすごーく嬉しかったのよ。
だけど、そう簡単にはいかなかった。『特区』にずっとなかったものをいきなり作るのは大変だったのよ。
賛成してくれる長老さまたちももちろんいたけど、一方で我関せず、無関心、自分たちのところだけ守れたらいいから無理はしない、みたいな長老さまも少なくなかったし。
人間のまねなんて片腹痛い、とか、子供がしゃしゃりでるな、それぞれのことはそれぞれで何とかするべき、下手なことをした被害が増えるかもってかんじで良く思わない長老さまもいたのよ。
その頃の若さまは王さまとリリアさまに可愛がられてるちいさな子供って思われてて、長老会に自分から意見したりって殆どしたことなかったのもあったのよ。
したいようにすればいいって感じでスルーの長老さまがたはともかく、反対派の長老さまに認めてもらうために、若さま結構大変だったみたい。
力を尊ぶ長老さまに意思を通すために決闘したり、何日もかけて頭の硬い長老さまを説き伏せたり、無茶振りこなしたり、いろいろあったのよ。
はじめはほんとに忙しかったのよ。
若さまは仲の良い何人かと賛成してくれた子たちで当番を作って、見回りするかたわら、『特区』の長老さまたちをいっしょけんめい説得してた。
時間はかかったけどその内少しずつ長老さまたちも若さまや自警団のこと、認めるようになったのよ。
またやってきた悪い魔物攫いを、自警団のみんなでやっつけたっていうのもおおきかった。魔物は成果出せたら認めるのも速いのよ。
もちろん、その後もごねた子は出たし、よく思ってない子もいるけど……長老さま方は概ね、このころには何も言わなくなってたの。
自警団がはじめて活躍したあとに、王さまが、若さまに片目を上げたから。あの虹色の、ドラゴンの眼を。
正確には若さまと眼を交換したらしい。だから、王さまと若さまの眼はきれいな碧と虹色でおそろいなのよ。
王さまの一部を貰うっていうのは、『特区』のなかでは特別なことなの。
なんだかんだで、『特区』の住民は、世界に七匹しかいないドラゴンである王さまのことを、畏れて慕ってるのよ。この空間も、王さまが保ってくれているものだし。
王さまと喧嘩しようっていう人間も魔物もなかなかいないから、王さまがここにいるだけで守られてるのも本当なのよ。
そんな王さまに、じきじきに血を貰ったとか、鱗を貰ったとか、それだけでも名誉になるのよ。王さまが認めたお客さま、あるいはそれだけ大事な相手ってことなのよ。
ふたつっきりの眼の片方をあげた若さまを、自分の代理を勤められる子だって王さまが宣言したら、それを表立って無碍に出来るような恩知らずや恐れ知らずは『特区』にはいなかったのよ。
最近では長老さまたちのおぼえもすっかりめでたくなって、若さまを気に入ってくれてる長老さまも増えてるのよ。
協力してくれる、『特区』をみんなで守ろうって子も増えたから、自警団はいつの間にか、七班もある大所帯。
たいちょーさんたちはたのもしいひとが揃ってるから、若さまも安心してお仕事を分けられるようになったの。
それでも『特区』のなかは結構広いから、たまに手が足りなくなったりもするんだけど。
そういう時若さまは自分だけで解決しちゃおうとするから困るのよ。 ……ついこの間みたいに。
ミステルだっていいたいこと解かるのよ? 出ても怪我するだけのときは無理しない方がいいって。無茶して怪我したら悲しいってわかるのよ。
でも、だからって若さまも怪我するかもしれないのに。頑張りすぎると眼が痛くなったりするのに。そうなったらいやなのに。
ミステルはキュルクィリィたちみたいに若さまの背中を守って戦えるほど強くない。くやしい。
若さまは、ミステルの動物たちやお薬に助けられてるよって笑ってくれるけど。
そもそも、若さまは魔剣たち以外はあんまり頼ってくれないのだ。気持ちの上でもそう。
みんなのことは一緒に考えてくれるのに、若さまが若さまの悩みを他のひとに言うのってあんまりないのよ。
友だちなのに、若さまは水臭いのよ!
その内とりかえしのつかないことになっちゃうんじゃないかって、ミステルはしんぱいなのよ。
若さま、地上でちゃんと息抜き出来てる? 休めてるの? こわい人間に苛められたりしてないかしら。
地上にもミステルと契約した「おともだち」はいるから、やろうと思ったら、若さまを捜せるけど。
それをやるとそっちに集中しちゃうから、下の警備がおろそかになっちゃうのよ。
ミステルは若さまに留守を任されたひとりだから、用もないのにそういうことしたら、めっなのよ。
「おともつければよかったのよ……」
今更言っても仕方ないことをぶつぶつ言いながら、ミステルは気分転換にドリィのおなかにもふもふ顔をうずめた。
寝てても、本当に大変な時は「おともだち」が教えてくれる。だから、もう無駄に心配するのはやめて寝ちゃおうかな。
──そんな風に思ってたときだったのよ。
「……で、いいな」
「静かなのはあの魔剣憑きがいないからだろう。シンパどもが大人しくなるからな」
「違いない。だが、これが本来あるべきだ。人間が偉そうに、長や長老方に並ぶような顔をする。上の人間の真似事をして騒ぐ。張りぼての拾われ子が」
ミステルの耳に、聞き捨てならない会話が届いてきた。
近くで交わされている会話じゃない。『特区』のあちこちにいる「おともだち」を通してミステルの耳に届いてきているのよ。
基本的になんでもないおはなしとか、恋人同士のないしょ話とか、そういうことは聞かないようにするのがマナーで、普段はそうしてる。でも、こういうのは聞き過ごせない。
魔剣憑きって若さまのことなのよ。こいつら若さまの悪口をいってるのよ! 張りぼてとかひどいのよ!
若さまが『特区』にいないからって陰口とか卑怯なのよ。いいたいことがあるなら「せいせいどうどう」というのよ!
顔を見てやろうと、「おともだち」を通した視界には、『特区』の東、"啜り泣きの岩場"の奥、影でこっそりこそこそ、ろくでもない会話をしてる、若い黒小人と吸血妖花の二人組。
……『特区』のなかには残念ながらこういう子もいるのよ。
若さまと仲良しが多い子供とか若い衆と、王さまやリリアさまに忠実だったり懇意にしてる古い方々との中間にたまに混ざってるのよ。
純粋に人間が苦手とか、怖いとか憎いとかそういう理由で若さまを遠ざけたがる子の気持ちはミステルもわからなくもないのよ?
だけど、こういう奴らはだめなのよ! 基本的には力を振るわずに済ませる上の方々を嘗めてるとか、逆に心酔してるから可愛がられてる若さまが面白くないからブツクサいってるの。
ようするに嫉妬してるだけなのよ。見苦しいのよ。差別なのよ!
若さまは多分、事実だとかいって、ちょっと困ったように笑って、いつか認めてもらえるようにもっと頑張るとかそんなこというんだろうけど。ミステルはいやなのよ。
ミステルがお腹がむかむかして仕方なくなってる間にも、悪口は続いてたのよ。
「長も何故あのような子供を手中の玉のように扱うのか、理解に苦しむな。長たちが甘やかすから魔剣憑きは増長するのだ」
「生き物は何でも小さいうちは可愛いからな。長も今は可愛がっているが、そのうち飽いて手放されよう。もしかするとその時期が近いのかもしれんぞ。あの魔剣憑きの長い留守はその準備かもしれん」
「であれば胸が空くな。アレは元々地上の人間。成人した時点で何故上にやらぬのか? 一時期流行った、魔剣憑きが長の寵童だという噂は本当なのか?」
「それは幾らなんでも、長に失礼と言うものだ。唯単に、人間の子供が手元で成長すると言うのが珍しいだけであろう。長にそのような趣味はあるまい」
嫌な感じの笑い声が響いた。何いってるのか所々ミステルには意味わからないけど、若さまがものすごく馬鹿にされてることだけは解かったのよ。
("ちょうどう"ってミステルには意味が解からない言葉だけど、悪口だって言うのは知ってる。だって、前その言葉が出たとき、若さまがものすごく怒ったから)
若さまは別に王さまたちに可愛がられてるだけじゃないのよ。いつもがんばってるのよ。おべんきょも、訓練も、お仕事の合間をぬってやってるのよ。長いお休みだって滅多にないのよ。
こいつら全然わかってないのよ。わかろうともしないのよ。外からきたから、人間だからって。
それなら、ミステルだって外から来たのよ。人間とあんまり変わらない、不思議な力があるだけの子とか、混血の子だって『特区』にはいっぱいいるのよ。
ミステルはもう頭にきた。ちょっと注意してやることにするのよ!
最終更新:2011年07月06日 23:06