※ 少しだけコラボ。組織名とかお借りしています。
会話の一部始終を聞いていた「おともだち」──フクロウの口をちょっとだけ借りる。
『──悪口ならせめて、ミステルの「おともだち」に聞こえないところで言って欲しいのよ。家の中とかならミステルだって目くじら立てないのよ』
すごく呆れた、いじわるな声でそう言ってやったのよ。
どの子がミステルの「おともだち」かは、ぱっと見ても区別がつかないことが多いから、いきなりフクロウが口を利くと、二人はぎょっとしたみたいだ。魔物の癖にほんとにうっかりなのよ。
「……っ、"慟哭"の!」
「貴様、盗み聞きとは趣味が悪いぞ。これだから人間交じりの魔女は……!」
『そうよ。"慟哭"のミステルなのよ。盗み聞きも何も、ミステルの力は『特区』の誰にも隠してないのよ。内緒話がしたければ、ミステルに聞こえないトコですればいいのよ。魔女より趣味が悪いのはそっちのほうよ! 陰口なんて腐ってやがるのよ!』
「おともだち」にお願いして、根性曲がりの二人組みが、手の届かない位置をくるくる飛んでもらった。ミステルがこの場にいたらあっかんべしてやったけど、できないからその代わりなのよ。
ひとしきりからかうみたいに飛び回った後、近くの高い木の枝に止まってもらって、ミステルは言葉を続けた。
『でも、聞いたのがミステルでよかったのよ? これがキュルクィリィだったら首が飛んでたかもしれないし、ディシティリオだったら生きたまま石にされてたのよ!』
この台詞はちょっと卑怯だけど、ミステルだけが怒るよりずっと脅しになるのよ。二人の勇名は『特区』内に轟いてるので、想像もしやすいだろうし。
心の中で、若さまを特に慕ってる"殺人兎(ヴォーパル・バニー)"と"百毒の王(バジリスク)"のふたりに名前借りてごめんなさいしながら、「おともだち」のフクロウの目を借りて睨みつけてやると押し黙った。
こういう奴らに若さまのいいところ説明したって逆効果なのよ。こういうやり方もよくないけど、だいすきな友だちの、悪口が耳にはいってくるよりはマシだったのよ。
『さあ、さっさとどっか、ミステルの「おともだち」がいない所に行くのよ! そんで、もう陰口叩くのなんかやめるのよ。言うこと聞いてくれたら、ミステルも聞いたこと忘れたげるのよ。さもなきゃ、いってたことぜーんぶ、若さまだけじゃなくて、王さまやリリアさまに告げ口するのよ!』
王さまたちのことを口にしたのはトドメになったようだ。後ろめたいっていう気持ちは一応あったのね。
この借りは覚えておくぞ! なーんて解かりやすい捨て台詞を吐いて、逃げるみたいに陰口二人組はその場から逃げていったのよ。
ミステルもだから約束は守るのよ。腹立たしいけど秘密にする。悪口の話なんて、若さまも王さまたちも聞きたくないだろうし。
それに慌てて逃げてった姿とか捨て台詞が笑えたからもう無視なのよ、無視! ああいう口ばっかのをザコって言うのよ。
「ふーんだ、ざまーみろ! なのよ」
ミステルと一緒にちょっとすっきりしてメヘヘと鳴いたドリィのおなかをもふもふしながら、一安心の息を吐いていたら、
「──ミステル、あまり汚い言葉遣いをしてはいけませんよ?」
急に近くに大きな気配が現れてビックリした。それにこの柔らかい声は聞き覚えが、ある。
振り返らなくても解かったけど、慌てて振り返った。
怒っているというよりは、しょうがないなあって感じのやわらかい微笑を浮かべた、きらきら虹色の髪の男のひと。
テレポートでもしてきたのか、ふんわりと僅かに風を辺りに舞わせて、ミステルたちの王さまがそこにいた。
肌がぴりぴりするような強い気配は、ミステルがいるのに気づいたからかすぐ柔らかに抑えられる。
「はわっ! 王さま! うう、気をつけるのよ」
恥ずかしいところを見られてしまった。ミステルはちょっとしょんぼりする。
すごいタイミングで王さまが現れたからドキドキだ。悪口に対して怒ってるときじゃなくてほんとによかったのよ。あんなの王さまたちの耳が汚れるだけだもの。
「まあ、人前でなければそんなに気にしなくていいんですが。ゆっくりしているところにお邪魔してしまいましたね。何かありましたか?」
「な、何にもないのよ。若さまいないから暇だっただけなのよ。……王さまもおでかけしてたの?」
覗き込まれてびっくりした。王さまの眼は近くで見ると、慣れててもすこーし心臓に悪いのよ。
ドキッとしたのはそれだけが理由じゃなくて、隠し事をしているっていうのもあったけど。ミステルはあんまり嘘を吐くのがうまくじゃないから、慌しく話題を変えてみた。
「"議会(うえ)"のお使いを済ませてきただけですよ。おかげでなかなか面白いひとたちに出会えました」
王さまはお使いって笑って簡単に言うけれど、地上のおえらいさんが王さまに頼むってことはそれだけ重大な事件だったはずなのよ。
でも、ミステルたちを怖がらせないようにおくびにも出さないの。やっぱり王さまと若さまは親子なのよ。血はつながってないけど、たまに似てるところがあるのよ。
「王さまが面白いっていうなら、ミステルもちょっと会ってみたいのよ。なんにしろ無事でよかったのよ! おかえりなさい、王さま」
王さまが何にも言わないから、ミステルはへたに心配はしないことにした。代わりにちゃんと帰ってこられてよかったって、お迎えの言葉を言うのよ。
「ただいま、ミステル。こうやって出迎えてもらえるのは嬉しいものですね」
ミステルの言葉、王さまは喜んでくれたみたい。少しはにかんだみたいに瞳を細めてから、ミステルの頭を優しくなでてくれたのよ。
嬉しかったから、ミステルもふにゃって笑った。
「ミステルでよかったら幾らでもお迎えするのよ。でも王さまが一番出迎えして欲しいのは若さまでしょ?」
「……ふふ、でも吾子は今街のほうにいますからね」
ほんのすこし目を伏せた王さまは少しだけ寂しそうだった。王さまと若さまがすごく仲がいいのはみんな知ってることだ。
働きづめの若さまにお休みをあげて、地上に送り出したのは王さまとリリアさまだけど、若さまがいないとちょっとさびしいのは、王さまたちもミステルと一緒だと思うのよ。
「王さま、ほんとは若さまと一緒に行きたかったの?」
「欲を言えば少しだけ。でも、私が不用意に地上に上がらないというのは暗黙の了解ですからね。お仕事もありますし、今みたいに上から"お使い"を求められることもありますし」
「んんん、あのね、王さま。ミステルひとつ不思議なのよ。解からないことがあるのよ? 王さまならほんとは人間なんて怖くないと思うのよ。どうして王さまは、上の人たちのご機嫌を取るの?」
「ルール破りはいけないことなんですよ、ミステル。不用意に脅かしたり怖がらせたりしない。お付き合いしていくなら当たり前のルール、礼儀です。私たちはただでさえ能力や見目のために勘違いされやすいのですから、その分気をつけなくてはいけません。人と共に、人に寄り添い在る為に。あるいは人と互いを侵さぬ為に。私は、出来る限り争いも不和も望みません。……だから、我が侭は心の中に秘めておくもの、なんですよ。曲りなりにも長の私が、率先してルールを破ったり、やりたい放題にしては示しがつきません」
前々から気になっていたこと、知りたかったことを尋ねると、王さまは高い背を少しかがめてミステルと目をあわせながら答えてくれたのよ。
碧と虹色の、若さまとお揃いの目には静かな理知のひかり。声音は言い聞かせるやわらかさ。ミステルは自然と王さまの言葉に頷いていた。
「わかったのよ。ルールはひとと一緒に生きていく為の決まりごとなのよ? だから王さまはルールを守って、上の人間とも仲良くするのね」
「飲み込みが早くて助かりますね。そう、ルールは、法は、存在同士が互いに譲り合って、ぶつからない為の決まりごとです。それを個々人が己の赴くままに故意にゆがめたり破ったりしては──社会が立ち行きませんから」
「譲り合いは大事なのよ! みんながみんな、自分が自分がって言うとすぐめちゃくちゃになっちゃうものね。ミステルもできるだけルール守るのよ」
難しい言葉も含まれてるけど、ゆっくり噛み砕くみたいに王さまが言ってくれたから、ミステルにもちゃんとわかったのよ。
それを王さまに伝えたくてミステルなりに考えて答えを返したら、王さまは満足そうに頷いてくれた。
「ミステルにはおおきな花丸をあげましょう。他の子にもこうやってすぐ理解してもらえたら、色々と話は早いのですが」
「あんまり急ぐと歪むのよ? リリアさまが言ってたのよ。王さまは長生きだからゆっくりのんびり行くのよ」
「……おや、今度は私がミステルに教えられてしまいました、──……」
言葉が中途で途切れる。もう一度頷いてくれて、ミステルと向かい合って笑ってくれてた王さまが不意に眉根を寄せて、天井を仰いだ。
険しい横顔にミステルは心配になる。何か、あったのかしら。
王さまはあんまりみんなを怖がらせたり、不安にさせないように表情や言葉には気を使ってるのよ。それができないくらいの何かがあったのかもしれない。
「おうさま?」
「……フィー……」
「フィ? お、王さま、もしかして若さまに何かあったの!?」
王さまが小さく呼んだ名前と焦燥と不安の混じった表情が結びついて、ミステルにはピンときちゃったのよ。
王さまは若さまが絡むと色々と解かりやすくなっちゃうし、王さまの碧い目は、若さまと交換した目は、ミステルと「おともだち」みたいに通して若さまの様子を王さまに伝えてくれるのよ。
だから何か大変なものが見えちゃったのかもしれない。
「フィロが地上で倒れてしまったよう……です。竜蝕、ですね」
王さまは天井からミステルの方に視線を戻してくけたけど。今にも飛び出して行きたそうな、でもそれを必死に抑えているような様子だった。
"竜蝕"という単語が出てミステルは息を呑んだ。
王さまの眼は若さまにとって祝福と力だけを上げるような便利なものじゃないのよ。人間と竜の力は鬩ぎあって、時に若さまの身体を侵すんだって、リリアさまが前に言ってたのよ。
目を遣り取りする時、王さまと若さまはよく話し合ってから交換した。だから互いに理解してのことだけど、死にたくなるくらい痛いらしい。
蝕が起きると若さまは王さまかリリアさまの館で「ぜったいあんせい」するのが常だ。地上ではちゃんとゆっくり休めるんだろうか?
ミステルも心配になった。
「わ、若さま今どこにいるのよ? 悪い人にさらわれたりしない?」
「それは大丈夫……蜜月の顔役が保護してくれたようです。ただ、彼や地上の医者では対処が遅れるでしょうね。あれは、地上にはそうそうない症例でしょうから」
「そうだ、王さま、若さまの所にいってあげるのよ。王さまが傍にいたら、若さま楽になる、でしょ……、あ」
一生懸命気持ちを落ち着けようとしてる王さまも、今きっと地上で痛い思いをしてる若さまも心配でミステルは足りない頭を必死に絞ったのよ。
それで浮かんだのはすごくいいアイディアだと思ったのよ。王さまは竜の力の源だから、王さまが傍で若さまのなかの荒ぶってる分の力を制御してあげるのが一番楽になる方法なのよ。
けど、途中で気づいちゃったのよ。王さまは言ってた。不用意に地上に上がらない、って。
「ありがとう、ミステル。それが良いのは、私も解かります。でも、言い訳がききません、から」
王さまはどうにか笑っていたけど、ミステルには血を吐いているようにもみえた。
……王さまはミステルよりもずっと自分の立場とかわかってるのよ。
若さまの竜蝕は、死ぬほど苦しいけど死ぬわけじゃない。万が一の可能性がないとはいわないけど命の危機じゃない。
だから王さまはどんなに心配でも若さまのところに駆けつけられない。傍で手を、握ってあげることもできないのよ。
それってきっとすごくもどかしいことなのよ。いっそ命の危機なら王さまは思い切って若さまのところに駆けつけられるのに。
王さまが、もっと自由だったら、今すぐにだって……
自由だったら。
その時、ミステルの頭に閃くものがあった。
「──王さま! なら、なら……ミステルがいくのよ。王さまのかわり、お薬届けるのよ!」
気づいたらミステルは王さまにそう口にしてたのよ。ミステルの言葉に王さまは驚いたように目を見開いていた。
お薬って言うのは、王さまの一部のことなのよ。血とか鱗とかそういうものが薬になるの。
若さまもリリアさまが精製したのを持ってるはずだけど、足りなくなるかもしれない。どっちにしろお薬はいるのよ。
「ですが、ミステル、あなたはひとりで地上に上がるのは辛いでしょう? 無理はしないで下さい。せめて誰かを呼びますから……!」
「だいじょうぶ! ミステルだってひとりでお使いくらいできるのよ? 誰か呼んでる時間も惜しいのよ!」
言ってから少し震えが来たけど、王さまや若さまのためならなんてことないのよ。
ミステルだって、命の危機じゃないのよ。ミステルの気持ちの問題なら、なんとかなる。なんとかするのよ!
「譲り合いが大事なのよ。王さまは『特区』のみんなと地上との約束の為に自分の気持ちをゆずったのよ? なら、今度はミステルが王さまたちのためにゆずるのよ!」
一生懸命ミステルが口にした言葉を聴いて、王さまはぎゅうってミステルのことを抱き締めてくれた。
「ありがとう。ありがとう、ミステル。……では、これを。あの子のところに持って行ってくれますか?」
今でも未だ悩んでるような、申し訳ないような、そんな声だ。でもいいのよ、王さま。そんな風にありがとうっていってくれるなら、ミステルは大丈夫。がんばれるのよ。
直ぐに腕を解いて、王さまは自分の右眼に掌を一度近づけてから、ミステルの方に差し出した。
親指の爪くらいの大きさの、虹色の結晶。水晶に真珠をといたような輝き。まあるいきらきらした宝石に見えるそれは、"竜涙玉"。王さまの涙、若さまのことを思う気持ちの結晶なのよ。
竜の涙は、血と並ぶくらいに稀少な霊材なのよ。若さまにとってもすごくいいお薬になるの。
ミステルは両手でそれを受け取って大事に握り締めたのよ。絶対に落とさない。ちゃんと届けるのよ。
メヘヘってドリィが鳴いて、ミステルの足元に寄り添ってくれた。ドリィも一緒に来てくれるのよ。きっと大丈夫。
「任されたのよ! 王さまはお屋敷で安心して待ってて欲しいのよ。あと、できたらミステルの代わりに見張りをして欲しいのよ。王さまの千里眼ならミステルよりずっと安心なのよ」
「心得ました。あなたが戻るまで、私があなたの分もちゃんと見張りますから」
ひとつ気懸かりがあったのでお願いすると王さまは引き受けてくれた。ミステルはこれで「こうこのうれい」はなくなった。
持ちつ持たれつ。助け合いが大事なのよ。
見張りの代わりを受けてくれただけじゃなくて、王さまはもう少し言葉を続けた。ミステルを心配する声だったのよ。
「──ミステル。それと私はあなたのことも心配していますよ。だから、地上で一番、すぐ力になってくれそうなひとたちがいる建物の傍に送ります。市庁舎の別棟、地域安全課に行きなさい。そこで必ず、"
泉の守り手(ラグナ・ガーディアン)"の職員さんに道案内をお願いするんですよ?」
「ラグナ・ガーディアン……あ、知ってるのよ。誘拐された子たちを助けてくれたひとたちなのよ」
「ええ、その方たちです。なかでも一番黒くて大きいひとを頼るんですよ」
王さまがミステルを気遣って何度も言ってくれる言葉を、ミステルはちゃんと全部聴いて頷いて返したの。
身体はちょっと震えたけど、手の中の宝石が温かかったから、頑張れる気がしたのよ。
ドリィもすりすりってミステルのこと、慰めるみたいにくっついてくれたし。
「では、ミステル。いってらっしゃい」
「いってきます、なのよ。王さま──!」
手を振ったら玉を落としそうだから言葉だけで精一杯王さまに挨拶して。次の瞬間には、ミステルとドリィの身体は虹色の光に包まれて『特区』から──地上へ。
竜蝕で苦しんでる若さまに、お薬を届けに。
こうしてミステルのはじめてのお使いがはじまったのよ。
王さまに転移で飛ばしてもらった先、「地域安全課」に駆け込んで。
王さまに言われた"一番大きくて黒いひと"──デュールを見つけて、ものすごくびっくりして、ミステルが思わず悲鳴上げてひっくり返っちゃいそうになったのは、このあと直ぐのお話なのよ。
最終更新:2011年07月06日 23:07