アルコ・イリスが存在する世界の鉱物図鑑。
幕間は石に纏わるかけあいだったり、小噺だったり。
1:『水蜜石』──蜜浸けの白桃果肉を思わせる色合いをした、半透明の石。まるで外皮のような硬い岩に包まれて発見されることが多い。割ると内側から妙なる甘露が染み出す。口に含んでも仄甘く、旅人や冒険者に飴玉代わりに携帯されもする。
2:『凍珊瑚』──実体化した氷精の骸が体積したのだと伝えられる。外見は樹氷に似るが、より透明度は高く硝子細工を思わせる。寒冷域の霊山、幽谷等、気候寒く龍脈の影響が濃い場に結晶する。冷気を帯び氷霧を発生させる為採取は危険を伴う。
3:『竜涙玉』その1──力ある竜は流す涙すら稀少な霊材である。莫大な力を秘め、主に最高品質の魔法具の核とされるが、無加工でも魔力増幅、代償軽減の効用を持つ。源となった竜の性質や感情に合わせ、色、輝き、透明度等々、形質が異なる。
4:『竜涙玉』その2──鉱脈は存在しないが、長く竜の涙が染みた地では岩盤そのものが結晶化することが確認されている。これを『竜涙鉱』と呼ぶ。現存が確認されているのは、洞窟全体が緋の『竜涙鉱』化した西方の『紅竜鍾洞』等極小数のみ。
5:『竜涙玉』その3──基本的にそう市場に並ばない石だが、虹の都アルコ・イリスでは、数年に1、2度、最上質の『竜涙玉』が流通する。このため、七虹都市近郊に大規模な『竜涙鉱』が存在しているのではと噂されるが、現状未確認である。
幕間1:「吾子、お願いがあるのですが」「何ですか、父様」「一寸私に大嫌いだと言ってくれませんか。罵って下さい。全力で」「!?」「特区の為です」「ッ、父様なんか、だ、大嫌いです」「……」「顔も見たくな──っ、泣かないで父様!嘘ですからっ」「いえ、これでいいんですよ」
幕間2:「綺麗な虹色の『竜涙玉』だね、先生。この石を生み出した竜はよっぽど哀しいことがあったのかなあ」「……」「先生?」「……いや」「竜が泣くってどんなことがあったのか気になるよね?」「……ああ(子供に悪口言わせて泣く所が視えたとは言えんな……)」
6:『木霊石』──こだまいしと読む。字面は似ているが、精霊を封じ込めた火霊石等とは異なる。渦巻く模様の他は地味な不透明の色石だが、一定のリズムで刺激を与えると音を吸ったり吐き出したりする性質を持ち、主に伝言に用いられる。
7:『自奏石』──年経た『木霊石』が変化したもの。無数の音を吸い、吐くことを繰り返すに随って『木霊石』は次第に透明度を増し、完全に透き通ると自ら歌うようになる。それ以上音を吸わなくなる代わり、一定の刺激で美しき唯一の歌を歌う。
8:『宝珠人』その1──容貌美しく人に酷似。人族との差は体に核たる宝石がある点。不老。核石が朽ちるまで永い時を生きるが、核を失えば弱り、最後は儚く砕ける定め。石の霊力か術への適正が高い。鉱物由来の頑丈性を生かし戦士になる者も。
9:『宝珠人』その2──核石は神の祝福とも言うべき力を秘め、願いを叶える。核石の等級により力の及ぶ範囲に限りはあるが、それでも常人には夢の力に他ならず、その奇跡を求め、かつて『宝珠人』狩りが横行。彼らは今や稀少種となっている。
幕間3:「先生、宝珠人はどうして抵抗する時に核石の奇跡を使わなかったの?」「……」「石の力を使えば狙ってくる悪い人も倒せたんじゃないのかな」「……傷つけたく、なかった」「優しいね。……でも、かなしいね。かなしい話だね」「……仕方、ない。……今はもう、昔の話、だ」
10:『浄眼晶』──南の碧海の如く澄んだ蛍光青の発色を示す石。特殊な研磨法で玉にすると目を思わせる模様が浮き上がる事から名がついた。翡翠を凌ぐ粘り強さを持ち割れ難い。近付く不浄を退け、病毒に抗する力があり、持ち主を守るという。
11:『紫焔鉱』──東の果てに産する黒色鉱物。硝石に似た性質を持ち、熱や火を発する。上がる炎色が鮮やかな紫となる事が命名由来。粉末を薬草類と混ぜ、適切な術処理を施せば、大変美味な煙草になる。煙管を使い刻み煙草のようにして楽しむ。
12:『月の雫』──大陸各地に幾つか在る『月光溜まり(ムーンプール)』と呼ばれ、濃密に月明かり注ぐ場にて稀に産する月光の結晶。透明度は差が激しい。色は銀白が主で、偶に朱や蒼、黄色を淡く帯びる。真珠色を示す標本も確認されている。
幕間4:「月の光が明るいね、佳い月だ」「盲いているのに解るのも不思議な話よな?」「見えなくても肌で感じるよ。明るい月夜は大気の霊素が濃いから、気持ち良く感じるんだ」「嗚呼、そうだったな」「ねえ、グリム。月晶採りに行こう。今夜はきっと綺麗な『月の雫』が採れる筈だよ」
幕間5:「あれ。君も来ていたのかい、月の狼」「月光溜まりの月の雫は、良い素材になるからな。人狼にとって月は特別なものであることだし」「月の魔力の濃さに当てられねば良いがな」「……満月でなければ問題ないとも。さ、無駄口を叩いてると釣り逃す。早く糸を垂れるといい」
幕間6:「月光溜まりに魔力染めの銀糸を垂らし、運が良ければ『雫』が繋かるか。悠長な遊びだな」「優雅といって欲しいね」「赤い死神は風流に疎いと見える。魚釣りと同じさ。繋かるまで待つ時間こそ月晶採りの醍醐味。釣果を夢見て月光浴も良いものだぞ」「ようは暇潰しではないか」
幕間7:「白」「白」「…朱だ」「死神は本当に赤が好きだな。髪目服だけじゃ飽き足らないのかね?」「煩い。釣り上げる『雫』の色まで関与できるか」「良いじゃない。折角だからそれで何か作ろう。朱い『月の雫』ならグリムに似合うよ」「……煩い。用事が済んだならさっさと帰るぞ」
13:『玉蛹』その1──蝶の蛹を思わせる、玉髄に似た外観の鉱物。最も身近な知的生物の精神波長と同調、感情の動きから力を蓄え、中身が羽化する。人族が肌身離さず所持して大体半年〜一年程で孵える。所持者が感情豊かなら時期は尚早まる。
14:『玉蛹』その2──『玉蛹』から産まれる生物は一様ではなく、石所持者の心を映した姿、内面になる。鉱物質の身体を持ち、元の石に比例した大きさとなる点、羽化させた者に懐く点は共通している。糧とした感情が強い程力ある成体が孵える。
15:『群を成す青』──自動鉱物の一種。かつて水中であった土地に見られる。一つ一つは海水を凝ったような青い小さな薄片で、風もないのに浮き上がり集まって、群状結晶を作り上げる性質を持つ。確認されている最大の標本は三メートルに及ぶ。
16:『翠滴玉』──胡桃程度大きさをした翠の結晶。緑なす枝葉に木漏れ日を透かしたような美しい色合いと光沢を示す。形状は採掘段階から真円。眼病、視力への治癒効果を持ち、清水に漬け込むことで良質な薬酒、目薬等の原料になる。
17:『蜜月の夜』──『月の雫』に於いて、真珠色の標本以上に珍重されるのが、この『蜜月の夜』である。十数年に一度、滴るような淡い金色月が美しい晩にだけ採取できる。蜜にも似た結晶の美しさは千金に値い、幸運の守りとして特に尊ばれる。
18:『月影紫』──月明かりが落とす影が集った石とされ、色は黒に近いが澄んだ紫。『蜜月の夜』に寄り添う形でのみ産する稀なる奇石。中には異種結晶でありながら双晶に似た現象を示す物も。降り掛かる災禍と『月の雫』の曇りを祓うとされる。
19:『灰石果』──一見、武骨な泥の塊にしか見えない鉱物だが、果実の柘榴に似た構造で、衝撃を与える事で外部は容易に砕くことができ、種に似た形状をした多色の結晶粒が採れる。南部では粒の色で採取者の運勢を占う風習が存在している。
20:『水鳥石』──魚石の変種。内部に水を取り込んだ珍しい石で、金魚に似た色彩の美しい小鳥が住まう。割らぬよう注意して極薄くまで磨き上げれば、石中を朱い小鳥が泳ぐ様を楽しめる。長寿を齎すとされる縁起物。赤以外の鳥が住む物は殊更貴重。
幕間8:「……水の、音?」「えへへ、先生!これ、あの『水鳥石』なんだって。いっぱい磨いて中の鳥が見えるようになったら先生に上げるね」「……ああ」「先生って自分のことに頓着しなくって危なっかしいもん。こういうの持って貰えたらちょっと安心できそう」「……」「早く鳥、見えるようにならないかなあ」「……。……ありがとう」
21;『舌禍片』──西の一部に見られる『蝿声病』の患者から採れる、玉砂利大の光沢を帯びた黒石。病に罹った者が嘘を吐く度に口から零れる。皮肉にも悪意と巧拙に満ちた嘘程玄妙な黒になる。隔離され石を採る為だけに生かされる者もいるという。
22:『瞳水晶』──生物、それも魔眼邪視凶眼と呼ばわる特異な目を持つ者の眼球内にあるという結晶。視線に篭る魔力の源泉、本来なら目を通して薄まる筈の力の塊。何の覆いもなく存在すればそれだけで毒。砕けば漏れ広がる力が辺りを灼き穢す。
23:『湯石』──温泉郷の近くで取れる無色半透明な魔石の一種。触れるとほんのり温かく、水を湯へと変え、浸かるのに調度良い案配で保温する作用を持つ。別名『携帯風呂』。薬効成分を吸い色が変わると『薬湯石』と呼ばれ、沸く湯も薬効を持つ。
24:『焔王の羽』──西大陸にて、数百年に渡って消えずに燃え続ける火炎地帯『緋色の炎壁』。その燃え盛る業火の中から稀に飛んでくる真紅の美晶。触れれば乍ち炎の洗礼を受けるが、蠱惑を秘めた見事な赤に惹かれ、焼死を遂げる者が少なくない。
25:『綺石の姫君』その1──上古、さる宝石狂いの王が悪しき魔物と契約を交わした。結果王女は父の望みを叶える、生きた呪剣となった。姫はどんな物でも輝く宝石と化す力を与えられていた。狂王は娘を用い次々と望む綺石を手に入れたという。
26:『綺石の姫君』その2──城を、国を、民を美しくも呪われた宝石の山と変え、狂える王は幸福であった。一方姫は己の為した悪業を嘆いた。父王を止めるべく輝く石と変え、その後も救われず嘆き続けた。泪もまた光る石へと変わり河に流れた。
27:『綺石の姫君』その3──姫君はやがて、己の心も、思い出も宝石と変えてしまった。そうでなければ全てに耐えられなかった。かくて宝石を生む魔剣と冷たく輝く石の王国だけが残ったが、全ては持ち去られ今や欠片も残らぬ。
28:『綺石の姫君』その4──かつて生きていた石たちは散逸の後、生の結晶したような妖しい美しさから「狂王の秘蔵」「姫君の泪」と呼ばわるようになった。今でも美しすぎる石をそう揶揄る事がある。或いは今も本当に混じっているのかもしれない。
29:『綺石の姫君』その5──さて、すべてを泪と共に流してしまった、綺石を生む姫君は、生きた剣はいずこに渡ったか。その行方は誰も知らぬことである。御伽噺か真実かさえ定かではない。すべては遠い昔の話である。
幕間9:「先生、これ図鑑と関係なくない?」「……昔聞いた話、思い出した、から、忘備代わり、に」「まあ石に纏わる話ではあるけど。……それにしてもお姫様、可哀相。救いのない話だね」「……でも。結末、定かでは、ない。なら……」「今はどこかで幸せだといい、ね?」「……ああ」
30:『虹の足跡』──七虹都市と周辺は他にない魔法鉱物が細々産し、密かに愛好家垂涎の地である。虹の足跡も特産石の一つ。一見何の変哲もない石だが暗闇で淡く輝き、加工で灯となる。色は七種。"虹蛇の導き"下でのみ拾える為、影響を受けた魔晶の一種とされる。
最終更新:2011年07月27日 09:08