講義・戦術理論〈戦術とは何か〉

(壮年の教官、壇上に立つ)

あー、おはよう。
(前半分の生徒から「おはようございますっ!!」という大声。後ろ半分の生徒が驚く)

フムン。
実践派の諸君、声を出すのは良いことだ。だが、後ろの諸君をビックリさせてはならんぞ。
あー……後ろの、主に修学派の諸君は、初めて会う顔が多いだろうから、
改めて自己紹介しておこう。
俺が、クラウディオ=ブルンホルンベルグ・アードラーだ。
今月から、こうして教壇に立って、諸君に色々と話をさせてもらうことになった。
俺を呼ぶ時は、先生とか、教官とかでも良いが、「ミスター」と呼ばれるのが俺の好みだ。
出来れば、そうしてほしい。

さて、えぇ……と。この講義では、戦術理論を諸君らに教える、ということになっている。
なっているのだが、実は戦術というものには、
魔術や科学に比べて、確立した理論というものが存在しない。
高度に確立されすぎた理論…えぇ、原則“ドクトリン”と言ったりもするが、
そういう理論には、必ず対抗策が打ち出されるものだ。

特に修学派の諸君、よく聞いておいてほしいのだが、
どんなときにでも通用する術、というものは、戦術には存在しない。
「そんなものは理論じゃない」と思ったか?……フフン、その通りだ。
よってこの時間には、理論以前の、非常に基本的な話を主にすることになる。
それ以上の事については、残念ながら実習やその他の場面で、
身体で覚えてもらうしか無いな。
……まぁ、これでも一応、修学派の諸君には、済まないと思っているんだぞ?
お詫びと言っては何だが、俺の実体験を話すことで、
具体的理論の紹介に代えるつもりなので、楽しみにしていてほしい。


さて、それでは………戦術とは、果たしてなんだろうか?
おい、そこのお前。戦術って何だと思う?

(指された最前列の赤髪の男、「はい!敵を倒す方法です!」と答える)

フムン。
バカめ、と言っておいてやろう。
こないだの格闘訓練が足らんかったようだな、えぇ?
次の戦技の時間を楽しみにしているがいい。お前の身体にみっちり戦術を叩き込んでやる。
まぁ、とは言ったものの、半分ぐらいは当たりだ。
人によっては、これを戦術だという場合もある。
だが俺の考える戦術とは、まぁ簡単に言えば、生き残るための技術、ってとこだ。
いくら相手を痛めつけたところで、自分がそれ以上に痛めつけられたら、
その戦いは負けたことになる。
自分の持つ戦力を、如何に効率良く使い、目的の達成に近付くか。
それが戦術の理論、戦いの極意というやつだな。

ひとつ、具体的な話をしよう。
昔のことだが、非常によく訓練された重装歩兵の部隊がいた。
野戦や市街戦では無類の強さを誇り、まさに連戦連勝というやつだ。
常勝と言われた軍だった。
ある時、敵の軍勢を大いに追い散らした彼らは、
大将首が逃げ込んだ城塞を包囲し、攻城戦へと移った。
勢いに乗る部隊は、手に手に梯子や破城槌を持ち、城壁、城門へと殺到したわけだ。
さてその時、敵軍はどうしたか。……じゃあ、お前がその敵軍の司令官なら、どうする?

(指された若者、少し考えた後、
 「弓を射掛けたり、石を落としたり、城壁の上から敵を叩きます」と答える)

うん、まぁ半分ぐらいは合ってるな。
次は……そうだな、後ろの、その青い帽子の君、どうだ?

(眼鏡の少女、指された事に驚き、周りをキョロキョロ見ながら
 「えぇっと、鋭網陣“ブレード・ネット”とか、龍星群“ドラゴン・メテオ”とか、
 広範囲に影響のある魔術が有効だと思います」と答える)

ありがとう、残り半分の正解だ。
つまりだな……敵将は地の利を活かして戦った、という風に言える。
実際には、城壁の高所から攻撃できる優位性をもって時間を稼ぎ、
その間に儀式魔術を執行して、敵に打撃を与えたわけだな。
それに対して、重装歩兵たちはどうだったか。
梯子や破城槌を使うために、彼らは大盾を手放した状態で、城壁に向かったんだ。
胸甲を外した者までいたとも聞く。無敵の重装歩兵が、聞いて呆れるだろう?
彼らは自らの戦術的利点、戦術的優位性を手放し、相手に足止めされやすい状態に陥った。
その結果、儀式魔術の餌食となってしまった、ということだ。


この話から得るべき教訓は、自分の長所を活かし、相手の長所を挫くべし、ということだ。
つまり、自分の得意な分野で相手を圧倒して、
相手に好き勝手をさせずに、如何に自分のわがままを通すか。
そのための様々な手段のことを、俺は戦術と呼んでいる。
ちなみに余談だが、自分の長所を伸ばし、得意な分野を作り出すことを、戦略という。
このへんの話は、ハインリッヒ・ボルネフェルト師の「政戦略論」で主に扱ってるから、
興味のある者は聴講に行ってくれ。


さて……えぇ、あとどれくらいだ?
10分程余ったな。講義が戦術的でなかった、ということか?フムン。
そうだな……。
諸君、何か質問はあるか?講義に関することでも、俺のことでも構わないぞ。
えぇと、それじゃあ君。

(指された色白の男、「ミスター・アードラーの左手についてなんですが…」と言いかける)

ん?これか?
これはなぁ……昔、天から舞い降りた一人の美しい戦乙女がだな、
俺の勇猛さに惚れ込んぢまったわけだ。な?
で、一緒に天界で暮らそうって誘われたんだが、
あいにく傭兵の身の悲しさよ、契約期間が残ってたのさ。
君のところには行けないよ、と丁重に断ったんだが、相手はどうにも俺を諦めきれなかった。
そこで俺の代わりに、俺のたくましい左のコブシを切り取って、
天に持って帰ったって、こういう話よ。
どうだい………不満か?

……まぁ、嘘ついたってしょうがねェからな。まぁ…アレだ。実際は面白くもない話だよ。
敵にとっつかまって、拷問されて、その時にブッ千切られたんだよ。
俺の居た傭兵団は、本隊の意図を隠すための陽動行動中で、
作戦スケジュールやその時々の位置は、重要度の高い情報だったわけだな。
そいつを俺から聞き出すために、散々痛めつけられたのさ。
で、結局俺は何もかも喋っちまった。
本隊の編成や行軍予定、陽動部隊の戦略目的とか、色々とな。
そりゃあそうだろうよ。コブシ引っこ抜かれて前後不覚になってみろ、
思考探知“マインド・ダイブ”なんか絶対に抵抗“レジスト”出来んからな。
だが実際、俺が捕虜になった時点でウチの団長は、
俺から情報が漏れることは承知してたんだ。
そしてそれを逆手にとって、本隊を陽動役にして、
ブルンホルンベルグ傭兵団が敵軍の本営を奇襲した。
俺の喋った話と全然違うことをやった、ってわけだ。

相手に主導権を取ったと錯覚させ、逆に自分が戦場を支配するという、
非常に戦術的な………んん?もう時間か。
というわけだ。講義の続きは、来週のこの時間に。
次回は我が虹剣兵団の編成を例にとって、具体的な戦術について話す。
それから、戦技のクラスを取ってる生徒は、
完全装備でのランニングを日に3セット、欠かさず行うこと。
あと、ダンジョン探索演習の参加希望者は、研究室まで申請に来てくれ。
定員10名で、希望者が多ければ抽選となる。

それでは諸君、また会おう。

(教官、壇上から退場)

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最終更新:2011年06月13日 14:42
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