七虹都市
アルコ・イリス。その自由の街に七本ある大通りのひとつ、天空の名を冠する通りの裏、やや奥に、その店はあった。
恒陽が沈みきり、名残惜しそうに地平に光が消えていく、蒼い"虹蛇の導き(ユルング・ライン)"も差さんとする時刻。これからが本番と言わんばかりに明かりが灯り、人々が吸い込まれ始める酒場。
しかし扉を開けると、色々な意味でそこはすでに「出来上がっていた」。
「てめぇ、」
ダン!
「やったなコラァ」
ガタン!
「なめんじゃねーぞォ!」
ガチャン!!ドタッ、バキッ、ガン!バシッ、ドン!
『踊る荒獅子亭』。ある意味その店の名に相応しい光景だった。日の沈む前から飲んでいたのだろう、顔を赤くした冒険者風の男が二人、殴り合いの喧嘩をしている。
無論それを良しとするような店ではないのだが、如何せん、それを好む者が集うような店ではあった。
「やれやれェ」
「さあ、はったはった!」
「そこだっ!やっちまえ!」
ワイワイ、ザワザワとヤジを飛ばしたり、賭けをしたりする冒険者たちの声が店の外まで響く。
天空(スカイブルー)通りの表にある、いわゆる「正統派」な旅籠とは違い、少し枠から外れた荒くれどもがよく集う場所。『踊る荒獅子亭』はそんな酒場だった。
バァン!!
喧嘩が最高潮に達する中、突然、フロアから店の従業員室へと繋がる扉がけたたましい音を立てて開いた。
フロアの者達が静かになるが、喧嘩をしている当人達はそんなことお構い無しに殴り合いを続けている。ガシャンバタンと椅子や机を巻き込み倒しつつもみ合う屈強な酔っ払い二人。当然、フロアはしっちゃかめっちゃかだ。
だが、フロアの野次馬たちの視線は完全に扉の方を向いていた。
「おいィ……俺の留守中によぉ、何仕事増やしてくれちゃってるわけ?」
扉の奥からの涼やかな男声は、しかしはちきれんばかりの怒りを湛えていた。
コツリ、と靴を鳴らして声の主、細身の青年が現れる。年の頃は20と少し程度だろうか。
現れた青年は、一言で言うと、白かった。
抜けるような白い髪と白い肌、細身の白い服に白いコート。ほぼ全てが白で纏められた中で、赤く輝く双眸と、携えた、これもまた紅い双剣が異彩を放つ。凛と鳴るような空気が青年の周りにあった。繊細に整ったかんばせは、滲み出るような不機嫌さで歪む。長く尖った耳が、人ならぬ存在であることを主張していた。
店の常連である野次馬たちは、「あーあ、祭は終わりか」と残念そうな表情を浮かべつつ、もみ合う二人に近づく姿を眺める。
青年はすたすたと無遠慮に、激しく殴りあう冒険者達との距離を詰めた。
「よぉ」
ぽん、と胸ぐらをつかみ合う冒険者達の片方の肩に手を置き、気の抜けたような声をかける。肩を叩かれた男は無論、無視してそのまま振り上げた拳を目の前の喧嘩相手に叩きつけようと突き出した。
ばりっ
実際にはそんな音はしなかったが、はたから見ていた者たちにとって、「それ」を表現するにこれほどぴったりな音もないだろう。
そしてもう一人から引き剥がした男を、引き剥がした勢いのままに後ろへ打ち捨てる。
ドサッ
「あ……ッ?グッ……、うッ!?」
引き倒された男は、自分の状況をいまいち把握できていなかった。
自分を引き倒した「らしき」位置にいる青年の体格は、到底―酔っ払った頭で考えても分かるほどに―自分を引き倒せるようなものではない。
重量など自分の半分もないのではないか―そう思った。床に打ちつけられた背の痛みに呻きながら、体を起こそうともたもたと後ろ手をつく。
バキッ
小気味良い音がした。もう一人の酔っ払いの顔面に、小振りな紅い剣が―鞘ごと―叩きつけられ、相手は「ギャッ」と声を上げそのまま昏倒する。
紅い剣を握ったままの白い青年が、くるりと振り返る。ひらりとコートが翻った。その動きは軽く、先ほど殴るように―彼の拳を何発食らおうと応戦してきた―喧嘩相手を一発で叩き伏せた者とはとても思えない。
男に近づき、しゃがみ込んだ青年が、ガラス細工のような手で紅い剣を繰り、ピタピタと男の頬に当てる。男はすっかりこの青年に圧倒されてしまっていた。
「お前らここは初めてかぁ?」
「そ、それがどうしたよ、兄ちゃんよォ……」
「俺はサーク。サークリフだ。ここの使いっぱと警備をやっててねェ」
この酒場には似つかわしい、しかしその容姿には全くそぐわぬ口調で青年……サークは言った。
「お前らみたいのは困んだよねェ。この店が無法地帯かなんかだと勘違いされっちまう。そんなん警備やってるもんとしちゃ、不名誉この上ねーだろ?」
ガシリ
細く白い手が男の肩を掴み、整った顔がにへら、と崩れ笑う。
「代金払ってとっとと消えな」
ベキョ
あ。逝った。肩がイった。
「イッ……うぐああァア!!!あああああ!!!」
わからない分からない。なんだあれはあれは何だ?あの中身と外見のかみ合わないモノはなんだ!?
男は酔い以上に頭をグルグルさせるものを抱えて、酒場を飛び出していく。
「オイっ、代金っ!!肩外したぐらいで逃げやがって見掛け倒しがっ!……しゃーない、こっちから貰お」
伸びているもう一人の喧嘩騒動主犯の懐を探り始めるサークの後ろに、大きな影がぬうっと現れた。
気づかぬまま懐をごそごそやるサークの背後で、影がさっと拳を振り上げる。
ごいん!
「っっっっってェ!!!……なにすんだよおやっさん!!」
振り返って頭を抑えながら怒鳴るサークの涙目の先には、サークよりも二回り以上大きな壮年の男性が立っていた。
いかにも冒険者上がりといった風体で、野生の熊を連想させるその人物は、腰に『踊る荒獅子亭』と書かれたエプロンを着けている。
「店がこんなになるまでなにやってんだ、サークよう。ちゃんと警備せんかい」
「買出し行けっつったのおやっさんだろがよォ!?その上暗くなる前から飲んでるバカがいるなんて思わねーし普通」
「言い訳すんない」
ごいん!!
「ぎゅッ」
サークの頭に第二打が降り注いだ。
「――――ッッッ!!!っいってーな!この荒熊っ!店の改名を要求する!」
「おお、もう一発か。物好きな奴だ」
「うおおおおすいませんすいません」
先刻のサークの活躍というか、雰囲気というか、纏っていた何かがすっかり形無しだ。
ひとしきり雇い主に土下座してから、喧嘩主犯の片割れの財布を取り出しつつサークは喧嘩の野次馬を決め込んでいた常連達に声をかけた。
「おいお前ら!とっとと机やら戻すの手伝え!」
「おぅい客に対する態度がなってねえぜサーク」
「うっせーよ!店荒れるの黙って見てる常連なんざ客じゃねえっ、金ヅルだ金ヅル」
「まったくひでー従業員だぜ」
笑い声と軽口を飛ばし笑いあう姿は客と店員というよりは「悪友」という言葉を連想させた。
今日も天空(スカイブルー)の裏通りに、荒獅子は踊る。
おおっ、なんか長くなってしまったような。
もうちょっと自己紹介というか、PC紹介が続きまする。
今回店が中心だったので、次はちょっと違うことをー
最終更新:2011年06月13日 15:18