02「朝と夜の狭間」

"虹蛇の導き(ユルング・ライン)"が薄く消えゆこうかという、まだ暁とも言えぬ時刻。小鳥の囀りが聞こえ始める前に、『踊る荒獅子亭』の朝は始まる。
荒獅子亭の裏、従業員用の勝手口の隣に見える階段。外から上がる荒獅子亭の二階には四部屋の居室があり、三階には主人の家があった。
二階の一番奥以外の居室は、宿泊用として客に貸し出している。夜は階下が騒がしいため宿向きとは言えないが、宿泊するのは「すぐ下が酒場なんて最高じゃないか」とでも言いたげな酒好きだったり、酔いつぶれたまま運び込まれたりする者なので、わりと好評である。
その、四枚ほど並ぶ二階の扉の一番奥がキィ、と開く。出てきたのはさらさらした白い髪を起き抜けのままに、燃えるようなと言うよりは柘榴石のような赤い目を擦るエルフの青年。美貌と評するに相応しい造形だが、本人にそれを保とうなどという姿勢は全く見られず、おおきく欠伸をしながらがしがしと頭をかく始末だ。

サークの日々の仕事は、こんな時間から始まる。
階段を降り勝手口を開けると、既に店の主人のグランツは仕込みを始めていた。

「おう、遅いぞサーク。とっとと朝の買出しに行ってこんかい」
「わーってるって!」

厨房の大窓に返事を返した後、店用の買出し袋と経費袋をひっかけ踵を返す。
裏通りから天空(スカイブルー)通りとは逆側へ歩く。翡翠(ネフライト)通りの朝市へ行くには、向こうの路地をぬければ近道になっている。
日も出ていない時間であるため、昼間もあまり照らされぬ細い路地は薄暗いどころではないが、サークが数年慣れ親しんだ裏道を歩くには消えかける"虹蛇の導き(ユルング・ライン)"さえ必要としなかった。

しかし暗い路地の中空に、平たく丸い何かが光って浮いていた。思わず立ち止まりぽかん、と口を開けてしげしげと眺める。
それは薄紫の光を放つ、魔法円だった。均一の太さで描かれた円の中で、サークにはミミズののたくったようにしか見えない呪文か何かがフワフワと踊っている。
サークの頭二つ分ほど高い位置に浮いたそれは、道幅いっぱいに広がっていて、向こうへ行くにはその下を通るしかない。

「下通って大丈夫かこれ……?」

道を塞がれている訳でもないのに遠回りするのも馬鹿らしく、サークはゆっくり近づきつつ独りごちる。
あと一歩で魔法円の真下に入る、という所まで来ても、魔法円に変化はない。
チュン、とどこかで鳥の声が聞こえ、はっとする。こんな所で時間を無駄にしている場合ではない。

はやく行かないと、と足を踏み出した瞬間だった。
いきなり魔法円が激しく発光し、降下する。そしてサークの胸辺りで止まると、一瞬で収縮した。

「!!? っんだよ、これは!」

胸の辺りを腕ごとがっちりと固定する魔法円にもがく。なんだか足も重いようだ。

「迂闊ですねえ、得体の知れない物に安々と近づいてはいけませんよ」
「誰だッ!?」

路地の奥からすぅ、と人影が現れた。人影はゆったりと動けぬサークに近づき、慇懃に礼をした。

「お初にお目にかかります。麗しきエリンディの贄(サクリファイス)よ……。私はアクロス、しがない魔術師にございます」
「!!」

声から男だと分かる。僅かに背が高いだけで、サークとさほど変わらぬ体格……しかし、それ以上の事は分からない。
すっぽりと体を覆うマントのフードが、その顔の鼻から上を影に隠している。すっきりとした顎に、薄い唇が口角を歪め笑っていた。

サークの本名は、サークリフ・アルストロメリア・エリンディ。普段自分からは「サークリフ」としか名乗らないため、その名を正確に知っている者はこの街に数人しかおらず、ましてやその名の意味を知っている者など皆無である……はずだ。

「……名乗った覚えはねーけど?」

言いながら、サークは相手……アクロスと名乗った男を睨めつける。
目深に被ったフードの端が、見知った形に盛り上がるのを見つけ、ああ、と合点がいった。

「同郷かよ……」
「貴方の中に在る"それ"は、あの方の元でこそ管理されるべき力……憐れな贄(サクリファイス)、私がその宿命から解き放って差し上げましょう」

エルフというとそれなりにありふれた種族でありエルフ中心の集落や国も多いが、自分の―わりと特殊な―素性を知っているエルフとなると、確実にサークの故郷"律する者の森(レギュラス・フォレスト)"にゆかりあるものだろう。こんなやつに覚えはないと思っても、自分の故郷でそれなりの地位にいた者ならばたとえ面識がなくとも自分を知る者は少なくない。
アクロスは、ゆっくりとサークの方へ手を伸ばす。

「チッ……ったく、めんどくせーな」

締め付けられる魔法円の内側で、サークは舌打ちした。ぎりぎりと腕をずらし腰の双剣を握る。その鞘が、音も無く消え失せた。
サークの持つ真紅の双剣は、一般に魔剣と呼ばれる類のものだ。ただ、魔剣と言っても古より存在し意思を持つ魔的な剣とは違う。ただの双剣に、魔術技師が魔法能力を付随した、人工の魔法剣である。
付随された能力は、たったの二つ。一つは、自在に消失・出現させられる鞘。そして、もう一つは――

サークが剣を握った片手を力任せに、勢いよく振り上げた。斬り付けられた魔法円は、実体のない魔法力で造られた枷は、きれいに……真っ二つに割れた。

「なに……!?」
「魔法斬られたのは初めてかぁ?まあこれは俺の能力(ちから)じゃねーけど」

魔法を"斬った"?
魔力に対し剣など無力だと……実体剣の刃では斬り裂くことはおろか触れる事すら不可能であると、アクロスの数多の経験が示す。
だが現実はこうだ。斬り裂かれ、定められた形を崩され、魔力は力無く霧散していく。

ただの霧と化していく魔力の切れ端を払い落としながら、もう片方の剣を抜いたサークは動揺を隠しきれない相手を面白がるように喉で笑うと、握った剣の片方にキスをして、煌めく双刃を構えた。

「失せろよ。もう関わんねえなら許してやる」

相対する相手にこれで最後、という言葉をかけるとき、サークはいつもこの顔をする。見る者をやや弛緩させる笑顔……笑顔というと少し枠が広い。「へらへらした顔」と形容するのが正しいだろう。
紅の双剣は、その刃を―常は「人」に向けるときは鞘に納めたままとする刃を―納めぬままに相対者に向けられた。

「くっ…………」
「……」

アクロスがそのまま諦めてくれれば楽だと思いながら、サークはじり、と一歩踏み出した。しかし相手の反応は、サークのそんな期待をあっさりと裏切る。

「くっくっ……ククク……」
「…………?」

笑っている。肩を震わせ、面白くて仕方ないという声でアクロスは続けた。

「ククククッ……成る程?少し準備不足だったというわけですね」
「おい」
「全くそんな玩具(オモチャ)、何処で手に入れたのやら」
「おーい」
「今日はこれで失礼させていただきますが……近いうちに頂きに参ります」
「おおーいィ!?聞いてんのかこの電波が!?」

「あの方の闇色と相反する……その力を」

アクロスが、言いたい事は全部言ったとばかりにくるりと背を向けた。ちょ、また来るってちょっと待て、と片方の剣をしまい肩を掴もうと伸ばしたサークの腕は、空を切る。ぐんにゃりとアクロスの姿は歪み、そのまま掻き消えてしまったからだ。

「き、きえた」

魔法円を見つけたときよりも大きく口をあけて、ぽかーんとアクロスが消えた場所を見る。
太陽がその顔を出しきり、野良猫がスルリと足の間をすり抜けていくまで、サークはそこから動けなかった。

その後なんだか変な気分のままぼんやりと買出しを済ませ店に戻ると、サークは「遅い!」とグランツの鉄拳を頭蓋に喰らうことに、なるのだった。



アクロスさんはちゅうに生命体。息をするように中二。まだ怪しげな人としか決めていないので(いきあたりばったり!)NPC登録はせず……むしろNPCというか敵っぽい。
サークは生まれからしてちゅうに生命体。どうあがいても中二。自分の好み半分ぐらい詰め込んだからしかたない。
おやっさんに名前がついたよ!

やった!サークのPC紹介的なものが終わったぞ。(全然紹介できてない気がしないでもないが)
ようやくみなさんの小説の感想とかがかけるー

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最終更新:2011年06月13日 15:18
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