03「虹のかけらたち」

『踊る荒獅子亭』の昼は、夜の喧騒からは想像がつかない程静かだ。
酒をくらって騒ぎ立てる荒くれたちの姿はなく、老人や若い女性の姿なんかが見られる。
サークが店内の定位置である端の席でウトウトとしていると、小さな音が聞こえた。

とんとん。
柔らかな日差しの差し込む窓の方から、聞きなれない音がする。小鳥が嘴でガラスをつつくというよりは、小さな手がノックをしているような……
と目を向けると、まさにその通り、小さな妖精が店の窓を叩いていた。
虹色の髪をふんわりと揺らし、ちいさな羽をはためかせるたびに光の粒子がこぼれ落ちる。妖精に気づいたサークを認めると、ぺこり、とお辞儀をした。

空気を通すためにほんの少し開けられていた窓をがらりと全開にする。
ふよふよと店に入りながら妖精はサークの方を見て嬉しそうに小さな口を開いた。

「このあたりはあんまり飛んだことがなかったから、きてみました。あまいものが、おいしいともききました」
「なんだ、甘味目当てか?割に食えるんだよな、あーの熊みてーなおやっさんが作ってるにしちゃ」
「みんなに、裏通りはこわいところだから、あんまりいかないほうがいいよ、っていわれましたけど」
「そりゃ、違ぇねェよ。フワフワ飛んでっと捕まって売られっちまうぞ」

からかうように笑うサークに、妖精はほほえんで首を振った。

「ここのひともみんな、いいひとたちです」
「ま、表で言われてるよりゃ案外マシって感じだぁな」

ちょっと脅しつけてやろうかと悪戯心を出したものの、きれいに受け流されてしまったと頭をかきながらサークは自分の定位置に腰掛ける。
肘をついたテーブルの端に腰掛けた妖精を珍しげに眺めた。

「わたしは、アルゥ。このまちの、こころです」
「街妖精ってやつかぁ。俺の知ってるやつとは随分違うな。俺はサークリフってんだ」
「あなたは……、なぁに?」
「何って……見りゃわかんだろ妖精の嬢ちゃんよ。エルフなんてそのへんうろうろしてんぞ、この街じゃ」
「あなたのなかに、まぶしいものがあります」

虹色の髪持つ街妖精は、白いエルフを案ずるように睫毛を震わせた。

「そんなにおおきなちからを宿していて、へいきなんですか?」
「まあ、変な奴らに追っかけられたりはすっけど慣れたからな」
「そうではなくて、その……からだが」
「ああ、そりゃ平気だよ。しーっかり、繋がれちまってるけどな」

サークはなにかを思い出したかのように悲しげに目を伏せ、そして苦笑する。

『世界の根源』。それはこの世に幾つか存在する、強大な力の塊。大きな都市に、或いは遺跡に、密度ある場所にその身を寄せる、意思ある力。
その"力"が滞在場所を変える事は数十世紀に一度あるか、という非常に大きな話だが、半永劫とも言える寿命を持つエルフたちにとっては、"その時"は無関係と言えるほど遠いものではなかった。
恩恵が去ることを恐れ、とある森の者たちがとった、無情な策。その地に住まう者の体に、力の断片を繋ぎ留める呪術。
個体に繋ぎ留められた力は、力そのものが発する引力をもって源を繋ぎ留める。

大いなる力を個に繋ぎ留めることは―多大な犠牲の上で―成功した。
しかし……大いなる力を繋ぎ留められた者を森に繋ぎ留めるには、エルフの呪術では足りなかった。

その力を利用できぬように魔法の知識も技術も持たされずに育った"贄"だったが、その意味はほぼなかったと言って良い。森の長たちが忌避した出来事は、起こってしまったのだから。
知識など、技術など必要なかった。だだ、自分の中で渦巻く力をすこし外に向けてやればいいだけだった。
己を森へ囲う呪術など払えば舞う塵に等しく、気づけば幼い頃の願望のままに、森を遠く離れていた。時を翔けたと言っていいかもしれない。あっと思った次の瞬間には、身一つで、森から馬で一年はかかる街にいた。

それから冒険者として生活しつつ故郷の追手を撒いたりだとか、ほいほいと翔けては困るので力を制御する枷をつけたりだとか、自分の問題を片付けたり片付けなかったりでいろいろだ。
もはや故郷は遥か彼方、普通に旅をすれば百年かそこらはかかるだろう。
それにしてもあのアクロスとか言うやつ、なんだったんだ。口ぶりからして『根源』が目的だろうが、どうも森の追手ではないような雰囲気だった。そこまで考えておいて、まあ考えても仕方ないか、という答えに行き着くあたり思慮に欠けると言わざるを得ない。

アルコ・イリスへたどり着き、此処に落ち着こうと決めたのはいつの頃だったか。自分が故郷から引っ張ってきたかたちになる『世界の根源』も、ここに元々あった『根源』とすっかり同化してしまったようだ。……落ち着くと言っても、力を繋ぎ留める術だけは―過程が過程だけに―ちっとも衰えてはくれず、向こうがさらにおおきくなった分、今度は自分が引っ張られる側となってしまった、というだけではあるのだが。

おかげで後からつけた力を制御する『枷』も、最近効きが弱いような気がする。ほいほいと気を抜いて怪力でいろんなものを壊していてはあの拳で頭蓋骨の形が変わってしまう。
と、思い出したように顔を上げ、出してやったハニーレモンパイを食べる妖精に聞いた。

「嬢ちゃんよ、街妖精ってんだから顔は広いんだろ?」
「?」

つやつやのパイから顔を上げ、頬にパイのかけらをつけたまま首を傾げるアルゥにほんわかした気持ちになりつつサークは続ける。

「塔に知り合いいねーか?あ、魔術師なら別に塔じゃなくてもいいんだけどよ」
「とうのひと、ですか?」
「おう。魔法関係でちっと頼みたいことがあんだよ」

おやっさんなら誰か知ってんだろうが、心配かけてもあれだしな……と胸の中だけで付け足す。


サークは教えられた名前をコースターにメモして、ポケットに押し込んだ。
アルゥがパイを食べ終えてからも、結構な時間話し込んでしまった。こういう和やかな時間を過ごしていると、サークは自分が穏やかで落ち着いた人間であるのかもしれないと感じてしまうけれど、それは多分希望的観測に過ぎない。精々が、小さいもの相手に横暴やるようなクズではないということだけは確か、という程度だ。

「それじゃあ、表通りにもどります。きょうはありがとうございました。あのひとには、はなしを聞いてくれるようたのんでおきますから」
「こっちこそ、繋ぎつけてもらってありがとよ。じゃあ、またな」

アルゥが飛び去った後、かなり前に空になっていた皿を片しながら
半分に切ったとはいえ妖精の体積の半分以上あったレモンパイはどこへ行ったのだろう、と少し頭の悪いことを思った。



アルゥさんお借りしました!妖精かわいいよハァハァ。
あとサークの中にあるものを(いいかげん謎だと辛いので)詳しく設定してみた。
サークの中には上記の通り、でっかい力の端っこがあります。みょーんと伸ばしてくっつけてる感じなので、地下にあるっぽいでっかい力と繋がってます。
サークの怪力はこの力のせい(おかげ?)です。もっと魔法に詳しい人なら大魔術師とかかるーくなれそうなほどの力ですが、残念なことにサークには知識も技術も魔法使おうという意思もほぼないので、ただの身体能力にしかそれを生かせません。宝の持ち腐れってやつですね!

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最終更新:2011年06月13日 15:19
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