"虹星の叡知(アルマゲスト)"。この街の中枢はそう呼ばれている。
いわゆるお役所であり、魔術学院でもあったりするそこは、サークとあまり縁のないところであった。
時々の学生の実験台アルバイトなんかに訪れるが、基本的には寄り付かない。
サークが普段は基本魔法うんぬんのものには深く関わらないというスタンスなので、当然といえばそうなのだが。
しかしこのたびそうも言ってられないことになりつつあるっぽいのを思い出し、丁度出会った街妖精に頼って魔術に詳しい者に連絡を取ってもらった。
指定された場所は塔の中、魔術学院の敷地内であり、指定された時間も学院の放課後であったから、おそらくその人物は教師か何かなのだろう。
それにしても黒っぽいマントに制服の学院生たちがあふれる学院のエリアでは、サークの白い姿はよく目立つ。
さっきから何人かがキャッキャとはしゃぎながら後ろをついてきているような……。
パシャッとかいう聞きなれぬ音も聞こえるような……。
全てを気のせいということにして、やや早足で目的地へ向かう。
「つーか、どこだよ部屋は……」
このフロアにあるとしか言われてねーぞ、とサークが頭をかく。
仕方が無いのでそのへんを歩く学生に聞いてみた。
「ヴァレリオ・レアルディーニって奴の部屋知ってっか?」
「ヴァレ……?ああ、ヌッさまのことか!えーと部屋は次の角を右に行って突き当たったとこー」
二人組の少女に声をかけると、薄桃色の髪をした活発そうな少女がサークを見て「おおっ美人!」とか言いながらもさらっと教えてくれた。
ありがとよ、と礼を告げ教わった方へ歩き出す。
「なんぞーあのエルフ。部外者っぽいけどなんつう美貌!ギリギリとハンカチを噛む気も起こらないっつーか思えば美形なんていっぱいいるよね俺の周りに」
「ヌッさまとはなんですの、アエマ」
「おっとソルっち知らなかった?ヌッさまはみんなにヌシさまって呼ばれてるー……、……変な人。
うーん、それ以外に言うことはない。私のボキャブラリーが敗北するとは!くっ、さすがヌッさま……!」
「ちっとも分かりませんわ」
「あの人結構色々授業出てるからそのうち嫌でも会うと思うぜー」
「授業に出ている……?授業をしている、ではなくて?」
去り際に後ろからこんな会話が聞こえたが、進行方向が逆だったためサークの耳には半分ぐらいまでしか入らなかった。
自分が会いにきた人物はやっぱり教師なのだな、と、目的地の扉を見て思った。
「偉い人の部屋!」と言わんばかりの豪奢な作りの大きな扉で、位置取りも良好。
学院的にかなりの重要人物なんじゃね……?と街妖精のコネクションにちょっとビビる。
「入りたまえよ」
扉の向こうから声が響いた。柔らかな印象の男の声。ノックもしてないのに何故、とかは魔術師相手には愚問だと分かっている。
魔術の知識も何もないが、魔術師の知識は無駄にある。
サーク的分類では訪ねて来た来客に興味を持つやつと持たないやつの二種類がいて、付き合いやすいのは意外に後者の方なのだがここの奴は前者らしい。
ちょっと先行き不安だと怯みつつ、分厚い部屋の扉を開いた。
サークがその部屋に足を踏み入れると、視界は本で埋まっていた。
本棚に遮られて全貌が見渡せないが、おそらく『踊る荒獅子亭』のフロアの二倍ほどもあろうかという広い部屋。その、八割以上が本だ。
ひしめく本棚の間の細い通路を奥へ進むと、部屋の最奥であろう場所が見えた。
「とりあえず狭苦しくない」と言える程度の本棚のないスペースに絨毯が敷かれている。
その向こうには本棚が据え付けられたセミダブルサイズのベッド、本が山と積まれた机。怪しげなアイテムぎっしりの棚。
そしてそれだけがこの部屋において「ゆったり」と表現し得る―ベッドには本が山と積まれているため―大きなアームチェアがあった。
チェアがくるりとサークの方を向く。座っていた男性は、思っていたより若かった。
「やあやあ、君がサークリフだね?
アルゥから聞いているよ。なにか頼みがあるそうじゃないか」
「頼みっつーか、まあ、えーと。あんたがヴァレリオ?」
「いかにも、私がヴァレリオ・レアルディーニだよ?」
若かったというか、年自体は二十いくらかだろうが、問題はその姿だった。
長いエメラルドグリーンの髪がかかるマントの中から、"七芒星(ヘプタグラム)"をあしらった魔術学院の学生服が覗いている。
「せ……生、徒……?」
「そうその通り、私はこの最高学府"虹星の叡知(アルマゲスト)"の学徒だねぇ」
にっこり!と力強く微笑むヴァレリオ。サークはとたんにガックリと肩を落とした。
「生徒じゃムリだろ街妖精ちゃんよ……」
「アルゥの名誉のために言っておくけれど、私はこれでも『大達人』(アデプタス・メジャー)にして"虹星の叡知(アルマゲスト)"議会の魔術顧問だよ?」
さらりと言い放たれた言葉に、サークは今度はぽっかんと口を開けて固まることになった。
「は……?」
「おやぁ、整った顔が台無しだ」
「議会って……生徒の議会とかじゃなくモノホンのアレか?……つーことはガチで偉いんじゃねーか!?」
「いやぁ、それほどでもあるねぇ」
なんで議会の魔術顧問が学院で生徒やってるかという疑問はあったが、聞いてもどうせまともな答えは返ってこないだろうということは出会って今までの短い間に十分感じ取れたのでスルーしよう。……スルーったらスルー!生徒のくせにこんなとこにこんな部屋持ってることもスルー!!
「とりあえず座りなよ」
そう言ってヴァレリオが本棚の根元の本の山に指先を向けたかと思うと、ボコリと山の下から本を崩しながらスツールが現れ、フワフワ寄ってきた。
絨毯の上に着地したそれに腰掛けながらサークがやっと本題を口にする。
「…………で、用件だけど」
「私の暇つぶしぐらいにはなってくれるんだろうねぇ?」
「お前みてーのにつまんねーと言われたことはねぇよ」
七段階まで検視(サーチ)しろ、と言うと瞬時にやってのける。ヴァレリオの金茶の瞳がうす青く光った。
無詠唱でその段階まで見えるのは割とすごいことなのだが、サークは魔術に疎いので、それが出来るということが用件を頼める前提だという程度の認識しかない。
とたんにヴァレリオの顔が嬉色を帯びたのを見て、サークはちょっとげんなりした。
一般に「変わり者」と呼ばれるようなやつは亜人やなんかに多いが、本当にヤバイのはトチ狂った人間(ヒューマン)である、というのがサークの(経験からの)考えだ。そして目の前の人物は明らかにトチ狂った部類だと感覚が告げている。
だが"そういうの"は大抵が自分の必要とする技術に精通していて、求めればやってくるのは必ずと言ってよいほど"そういうの"なのだ。であるから、サークはそれに慣れていた。否、慣れざるを得なかった。
はぁ、とため息をついて、解剖でもしたそうに(実際に)目を輝かせて自分を見る魔術師に聞いた。
「感想はどうよ」
「塔(わたしたち)でさえ強大に過ぎてあまり手を出せぬものに繋がれているなんてねぇ。間抜けと笑うには些か犠牲が多過ぎる」
しかしそう言ったヴァレリオの喉の奥からは「面白いものを見つけた」嬉しさに笑いが漏れている。
その笑いを隠そうともせず青い光を通して見るサークの胸あたりを指さした。
「しかし斬新だねぇ。こうすれば根源を―少なくとも大まかな位置を―コントロールできる、か」
「まあ今は逆に引っ張られてるけどな」
「くっくく……全く残酷で、贅沢な術式だ。半永と言われるエルフの魂がにぃしぃ……六つもあれば、それはそれは強く結び付いていようなぁ」
「……イカレてるんだよ。頭腐ってたんじゃねぇか、あのジジイどもは」
過去の悲劇を思うと締め付けられるように胸が痛んだが、いつかのように暴れたりはしない。
歳月は昔の記憶と感情を蝕み風化させていく。半世紀ほども前の出来事は、復讐の炎に育つでもなく、ただの傷になりはてていた。
「律する者の森(レギュラス・フォレスト)だね?この間クーデターが起こったとか」
「まあそりゃ荒れてんだろ、俺が根源連れて……って、何でんな事知ってんだ?こっから馬で百年はかかるぞ」
「魔術は進化しているんだよ?あの森も既にお伽話のものではない。それでもたどり着くのに多少かかるだろうがねぇ」
世界は進歩しているのだなあと感心した後、だからあのアクロスとかいうやつがこの街にいたのかと納得する。
「しかしもったいない。君は魔術を習う気はないのかい?今からでも学院に入れば……」
「俺がちっとでも『魔法使いたい』と思ってればとっくのとうに使ってるし、そしたらこの世はメッタメタだぜ。破滅的で今更過ぎる提案をどうもだな」
「共鳴力も高いようだしその通りだねぇ。結構本気なのになあ……。見てみたいものだねぇ、無限に溢れいずる根源の力を操る大魔術師」
「大魔王の間違いだろ」
本当に残念そうにしているヴァレリオに呆れる。森を飛び出してからはじめに面倒を見てくれた魔術師がこんなんじゃなく人道的な奴でよかった、と、もう何十年も前のことを思い出し、自分のことながら安堵した。
経緯が経緯だけに、あのとき何か邪悪な思想を吹き込まれていれば今の自分は魔王と呼ばれるような存在になっていたのかも、と改めて思う。
「ところで頼みたいのはそっちじゃなくてこっちだ」
肩の後ろをトントン、と指差して後ろ向きに腰掛け直す。
サークの胸のあたりを眩しそうに見ていたヴァレリオが背中、左右の肩甲骨の中心あたりに目を凝らした。
「『無限依りし舵(インフィニットステアリング)』だねぇ。中々の技量だ……しかしやや足りないな」
「ここのとくっつく前につけてもらった奴だからな」
「思い切ったことを……相当の苦痛を伴う術式だろう?」
「今からそれを付け足してもらおうってんのに挫けそうなこと言うな!思い出させんな!」
嫌でも思い出すことになるのに、と嫌な笑いを浮かべながらヴァレリオは検視(サーチ)を解いて立ち上がり、怪しげなアイテムの棚を漁り始めた。
「おっと、ドラゴンの鱗が足りないなぁ。この前使ってしまったんだっけ。術式の要だからそのへんの下位種のじゃ話にならないし……どうしようかなぁ」
良いの見つかるまで闇市で粘ってもいいけど、とブツブツ言うヴァレリオを、サークがすこし不安そうに見ていると。
魔術師はそうだ!と手を叩いて棚からこちらへ振り返り、含みのある笑みを浮かべて言った。
「君、自分で貰ってきなよ」
*
変なとこで切れてますがつづく!このくらいの長さじゃないと集中が続かないらしいです。
くっくっく……特区フラグと言ってみる。予定は未定……。
変なNPCを作ってしまった。そしてまた男。いやちょっとは女にしようかとも思いましたけど、その、変人女より変人男のほうがしっくり、というか、萌えるというかうぐう……
実はハルトマンさんを借りようかとも思ったんですがNPC登録所に書かれていなかったので自分で作りました変人魔術師。
そしてそのかわりというか、学院だし出さなきゃというかでソルト嬢とアエマさんをお借りしました。銀狐さんも書かれてますがアエマさんの書きやすさ異常。
最終更新:2012年03月29日 23:51