06「痛みの枷」

"虹星の叡知(アルマゲスト)"の地下には、いくつもの儀式空間がある。
強大な魔術を行使するためには、(例外もあるが)広い空間が必要だ。そのような魔術を使う時に貸し出される場所の一つに、サークとヴァレリオはいた。

「なんだこのだだっ広い場所は……てか、これだけ広いとダンジョンに引っかかったりしねーのか?地下だろ、ここ」
「ああ、そんなの空間をいじってあるに決まってるじゃないか」
「そらそーか」

30人クラスの教室がすっぽり4つは入りそうな広さの空間は薄暗く、ぽつぽつと浮かぶ蝋燭が青白い光を放っては揺れている。
サークが目を凝らすと、足元に何やら描いてあるのが見えた。のたのたぐねぐねと意味不明の図形とも文字ともつかぬものが床いっぱいに広がっている。
巨大な魔方陣だった。何重にも円と文字が重なり、空間いっぱいの床にみっしりと書き込まれている。
サークはへえ、と感心したような声を上げる。

「仕事はえーなあ。前やったときは魔術師が1月かけて描いてたぜ」
「何、30人いれば1日で終わる事だよ」
「…………」

お前、30人も部下がいんのか?とサークが目で問うと、ヴァレリオはいたずらっぽく笑ってみせる。
サークはほんの少しどこかの30人に同情した。

「はい、脱いで脱いでー」

入り口の横に籠が置いてあった。ヴァレリオはそこからこまごました呪具をいくつか取り出し、サークを促す。
サークははいはいと気乗りしない表情で(何しろこれからどうなるか知っている)、上半身の衣服を脱いでその籠へぽいと放った。

あらわになったサークの背中には、魔方陣が描かれていた。否、刻まれていた。線の部分は窪み、肉に刻まれつけられた痕だと分かる。
紫の線から成るその精巧な傷痕はチカチカと濃淡を繰り返し明滅していた。

「あーあー、もうボロボロだなぁ。使い減りしたりはしないから、単純にキャパの問題だね」
「だから頼みに来たんだって」

はいはい、じゃあ寝て、と示された床の魔方陣の中心に寝そべった。

「床が冷たい」
「それはしょうがないよー。布とか敷いちゃダメだしねぇ」

ぶちぶちと不満を呟きながら魔方陣の中央にうつ伏せに横たわるサークの背中を、ゆらりと蝋燭の火が照らす。
蝋燭以外に光源のない儀式空間では、サークの抜けるように白い肌はぼんやりと光を放っているようにも見える。

「じゃあ始めるから」
「おう」

サークの背中にひたり、とヴァレリオの手が触れる。床より冷たいんじゃないかこの手、とサークが身をよじると、上から低い声が降ってきた。

「枷・搦め捕る檻・溢れざる器・行使を開始する」

意味がわかったのは最初のこれぐらいで、後はよく分からない言語がもにゃもにゃと続いている。
低く通る声は耳に気持ちよく、意味が分からないことも相まって意識がぼんやりとしていく。

ヴァレリオの手が背中の魔方陣をなぞると、なぞった端から消えていくのが分かった。
ずっと押し付けられていた枷から解き放たれる感覚。指先がビリビリする。胸の中心から湧き上がる力がものすごい速さで体を巡っていく。

サークの背中の魔方陣が綺麗に消えた頃には、周りの魔方陣が煌々と白い光を放ち始めていた。

「分かってると思うけど、この床の魔方陣は君の力を留める枷だ。この中でならそのチート根源力をいくら使っても丁度良く抑制してくれる」
「チートって言うな」
「これからこの魔方陣を圧縮して君に刻むからねぇ。覚悟はいいかい?」
「おう」
「すごくすごくすごくすっっごく痛いからね。そしてそれは仕様だから、私に文句を言わないでね」
「わーってるっつーの!はやくやれ」

しつこく念押ししたヴァレリオは、こまごました呪具の中からひとつを手にとった。透明な万年筆。
古の龍の鱗を原料とする虹色の液体が、中でちゃぷちゃぷと音を立てている。

「いくよ」

言うやそれをサークの背に当て、新たな魔方陣を肉の上に描き始めた。
一筆入るごとに、部屋の端から魔方陣が消えて行く。

「ガッ……!!く、うぅっ」

柔い泥に小枝で線を引くような滑らかさで描かれていく図形と文字は、しかし焼けた傷口を刺で抉られ続ける様な痛みをもたらす。
生理的な涙が目の端に滲む。こういう姿を見せなきゃならねーから魔術師は苦手なんだよ、しかも大体の奴は気にもとめねーと来た。

「ぎッ…ィ……グ、ァぁっ」
「うん、痛いけど動いちゃダメだよー。その痛みも枷の材料だから我慢我慢」
「分カッ……てっ、ック、……よ、二度、目だっァア゛!!」
「つらいなら喋らなきゃいいのに」

喋ってねーと狂っちまう。そう言いかけたサークの意識は痛みに覆われ、言葉は呻きに塗りつぶされる。
意識を失うことはない。痛みと術式と血と龍の破片は混じり合い消えず残る枷となる。

どれほど時間が経っただろうか。おそらく数刻と経っていないのだろうが、サークには1日にも2日にも感じられた。
痛みを与える無慈悲な手に憎しみを向けそうになるたび、これは自分で望んだことだと引き戻され、また痛みの渦に落ちる。
それを幾度と無く繰り返し繰り返し繰り返し繰り返しあれと自分を繋げたのは繰り返し繰り返し繰り返し術師、だけれど繋ぎ続けているのは繰り返し繰り返し繰り返しきょうだいたちで繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し憎むことすら出来ないのは繰り返し繰り返し繰り返しきょうだいたちが繰り返し繰り返し繰り返し繰り返しどんなに自分を想っていたか繰り返し繰り返し知っているから繰り返し繰り返し繰り返し自分も彼らを愛して繰り返し繰り返し繰り返しいるから繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返して、ぷつりと意識が途切れた。




「……痛々しいねぇ……術式が終わるまで意識を飛ばすことも許されないのは」

すっかり魔方陣が消えた床に座り込んでいたヴァレリオは魔法具を片すと立ち上がり、サークをよいしょと抱き上げた。

転移した私室のベッドに蔓延る本の山を手を翳して退かしサークを寝かせる。
ヴァレリオはその涙の跡を指で拭うと、呟いた。

「過去に囚われているのか、過去を繋ぎ止めているのか……変な人だ」



短い!気がする!多分気のせいじゃない!
他にやることいっぱいあるのは分かってるけど気がついたらなぜかこれを書いていた!

リョナって……いいよね……(ほんわり)(ダメダーッ)。
ああ分かってたの書いててただ私が悶えるだけの話だったじゃんやっぱり……
でも省くのもアレだし、やっぱ書かないとなと思ってえええ
ごめんよサーク、痛かったかい^^(いろんな意味で)

やっぱり文体はハリーポッターの影響うけてんなあと感じずにはいられない。
一人称と三人称が混じり合うところが……。あまりいいものではないけど書きやすいんだよなっ。

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最終更新:2011年06月13日 15:21
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