第2話 不肖の弟子2

 「二、三質問を良いかな」
 壁にもたれて、紫の派手なローブを着た導師は興味なさそうに窓の外の夜空など眺めながら、椅子に座った学生に話を促す。印象に残らない顔立ちの若い男がこれ見よがしに導師の襟飾りを輝かせている。
 「はい」
 硬い表情で眼鏡の学生がうなずく。その緊張した面持ちを柔らかに手で押さえる導師。
 「かしこまらないで。別にどう答えたってなにもしやしないから」
 ふんわりと笑う導師。だがその姿を見て緊張しない塔の住人が居るはずはない。レオも胃が重い。
 「君は塔は長いよね。幼年部からだよね」
 「はい。九歳で入学しました」
 「九三年幼年部総代か。優秀だ。導師付きも資格的には十分だね。誰の弟子を希望しても拒まれないだろう」
 立ったまま関心なさげに客をほめそやす。謙遜するでもなくレオはうなずいた。下手な謙遜さえ厳罰を受けそうな威圧感を受ける。
 「君はラザロさんに師事していたね。私とはずいぶん、方向みたいなものが違うと思うけど。魔術性の違いっていうか」
 導師は薄く笑う。
 「私の魔術じゃ家はたたないし街も豊かにならないよ。新たに師を得たいならハルトマンさん当たりの方がいいんじゃないかな」
 ここで初めて導師はレオを向いた。たくさん作られる陶器じみた一度目を放すと忘れてしまうような印象。塔の中でも戦闘術、それも同志であるはずの魔術士殺しを主に研究する第二開発課の管理者。“土地殺し”のクォールは静かに他の導師を勧める。
 「いえ」
 この人が腹を立てたら僕なんか消し炭だな、とレオは思う。それでもレオは頼みこむ。あなたの弟子にしてほしいと。目の前のクォール導師が自分を焼く未来は見えないことを唯一の頼りにして。
 レオは間違っている。“土地殺し”は『腹を立てて』人を焼くようなことはない。
 「何故?私について何を学びたい?」
 花屋に水仙の値段でも尋ねるように当たり前に聞く。
 「魔術士を倒す方法を」
 「誰か倒さなければいけない人がいる?」
 「はい」
 「倒さなければいけない理由がある」
 「はい」
 「それは正しいことだと思う」
 「……僕にとっては」
 深くうなずくクォール。
 「君は正義の味方というわけだ。他に方法はない?」
 初めてレオは考える。
 「わかりません。それでも、必要なら出来るようになっておきたいです」
 「目標があって、必要な力が足りない。私なら教えられる。こういう構造でいいんだね」
 「はい」
 「ふーん」
 沈黙。しばらく壁にもたれていたクォールは、思い出したように部屋を歩く。うろうろと当てもなくうろつき、終いには棚から本を取り出してぱらぱらめくり始める。一挙手一投足に過剰に注目しているレオに突然気がついたように本をぱたしと閉じる。
 「いや、もう質問は終わりだよ。君から私に質問とかなければ戻っていいけど」
 「はい……えっ。あの」
 「ああ。私付きの弟子なら僕から話を通しておく。明日から研究室に来ると良い。拒む理由はないしね」
 パンをちぎるように簡単に言って、もう行っていいと手をひらひらさせる。はじかれたようにレオはたちあがる。
 「ありがとうございます先生!」
 「うん。感謝を忘れたらいけないよ。別に私に限らずね。ところでこれは師匠としての私の最初の指示なんだけど」
 「はい」
 「ラザロさんに、挨拶をしてきなさい。師に新たに付くなら礼儀だよ。私からの手紙を書くから持って置いで」
 蛇にかまれたよう。そう形容するのが妥当なほどレオの反応。
 「あの、」
 「さ、わかったら行って。明日朝手紙を取りに来て」
 「………………はい」
 幾多の思いを飲み込んで、レオは新たな師に頭を下げる。扉に向かうレオ。クォールは肩越しに弟子になったレオに声をかける。
 「じゃあお休み。良い夢を……そういえば君、最初に見たのはどんな夢?」
 「僕は夢をみたことは一度もありません」
 「そうなんだ。それでも良い夢を」


 目覚めが悪い。全てを失い何も手に入らない、ザナは寝起きはいつもそういう感覚に背を焼かれる。
 かろうじて毛布と言えなくもないボロ布を身にまとってザナはしばらく震えていた。いつものことだ。
 大丈夫だ、と震えながらザナは自分に言い聞かせる。私は私じゃなくなれる。
 今は、私は魔術士見習いだ。私を魔術士にしてくれる人がいる、と。
 ザナは外で金属を叩くような音を聞いているのに気がついた。
 「ラザロ先生……?」
 師を求めてザナはベッドから滑り落ちる。

 ゴミ捨て場から拾ってきたらしい金属のガラクタが小さな山を作っている。甲板の上に積み上げられた細かい金属片が、ラザロの手によって一つの魔術具の形に組み上げられつつあった。
 鷲の翼によく似ていた。鋭角な外観の金属の羽根が鋭く朝日を切り裂いている。
 「先生。それは」
 「起こしたか」
 手を止めることもなくラザロは言う。
 「いえ。この時間にはいつも起きてましたから。なんですかそれは」
 「何に見える」
 「翼、ですか」
 朝の陽光を映す鉄のきらめきに目を細めつつ答えるザナ。
 「そうだ。空でも飛ぼうと思ってな」
 「そらを?それで?」
 「ああ。いずれお前に魔化してもらうだろうが。もうすぐ出来るだろう」
 ザナは不格好な鉄のオブジェを眺めても、それが空を飛ぶとは思えなかった。
 「鉄が、空を飛ぶのですか」
 「モノは何故地に落ちると思う」
 工具も買えないので手先だけで羽根を翼に刺して行く。細かい傷がラザロの手に幾つも血の球を浮かべていた。
 「……さあ。空にあればモノは落ちる。当たり前のことではないですか」
 「鳥は落ちるか」
 「いえ」
 言う頭上を鳥の群れが飛んでいく。今まで鳥を見上げてもそれが何故飛ぶか、などとザナは考えたこともない。
「幾多の魔術士が空を飛び、そして少なからず地に落ちて死んだ。原因は色々あるが結局は“何か”が魔術士を地に落とす。それを上回る力を魔力で得られるならば飛び続けられる、それを失えば大地が魔術士を殺す。地にひかれ、それに逆らって飛ぶと言うのは飛んだことがある魔術士なら誰しも体感したことがある感覚だ。
 経験的に何かがモノを地に引いている。
 鳥も同じだ。鳥の翼の羽ばたきが落ちようとする力を上回るならば鳥は飛び続ける。魔術を使ってこれを模倣することが出来るならば、鉄の翼で人は空を飛べる。鉄の翼を背負って魔術士以外もな。
 魔術は実学だ。……少なくとも俺はそう学んだしそう教えてきた。昨日出来なかったことを明日出来るように今日使う、それが魔術だ。人のためにとかそういう空々しいことを言う気はないが、周りに人がいる事だけは忘れるな」
 血の浮かぶ手で汗をぬぐって鉄の羽根を組み上げていく。
「これは、お前は特に覚えておけ。……覚えておいてくれ」

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最終更新:2011年06月13日 18:16
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