アルコ・イリスの中央に聳える塔“虹星の叡知(アルマゲニスト)”は夜になると、塔から通りに沿って、空中に7色の光が差し込む。
その光は“虹蛇の導き(ユルング・ライン)”と呼ばれているが、これがどういう意味を持っているのかはアルコ・イリスの数多くの謎のひとつなのだ。
赤い光が延びる“柘榴石(ガーネット)通り”―――『アルコ・イリス クロニクル』―――
大きな石造りの建物、白を基調とした部屋は雑然としている。テーブルの上は紙の束に埋もれ、零れたインク、折れた万年筆の筆先が散らばっている。
「
ティム、次は学院に入ってきた新入生の取材を入れておいた。今の仕事が終われば、ゆっくり学生時代に戻れるかもしれないぞ。」
と、小太りで冴えない中年男性は顎の下を弛ませながら笑った。
「そうですね、今日は急な事件もないようですし、“虹蛇の導き(ユルング・ライン)”が消えるころには帰れますよ。」
さりげなく編集長である中年男性に嫌味を投げかけてやっても、気にする様子はない。
昼も夜もない仕事なのは理解しているが、先日のような遺跡に潜る冒険者の同行取材よりはティムにとっては顔役たちが揃う極秘サミットに潜入取材を敢行するほうが幾らか安心できる。勿論、そんなことができる記者はこのアルコ・イリス広しといえども唯一だ。
「さてと、そろそろ頃合ですかね。仕事に行ってきます。今日は現れてくれると良いのですけどね。」
と言いながらティムは据え付けられたクローゼットから大きな鞄を引っ張り出した。
“柘榴石(ガーネット)通り”の路地裏は“虹蛇の導き(ユルング・ライン)”の光も届かず、住宅からの明かり程度で暗闇と呼べるものだった。
石畳の上を、ハイヒールで歩く女性が一人、身体に張り付くようなピッタリとした深紅のドレス。酔っているのか、石畳ではハイヒールが歩きにくいのかフラフラと蛇行し、大き目の耳飾を揺らしている。
「!!」
女性の背後から歩幅を合わせ、近づくフード姿の男性の影が、その手には暗闇であろうとも見間違うことはない……刃物の光。
急いで走ろうとする女性だが、上手く走れずに、ハイヒールを脱ぎ捨て、裸足で路地を駆け出した。周囲には暗闇が広がり、混乱する頭の中で必死に街の地図を描いたが、迫る暴漢に圧されるように行き止まりに辿りついた。
「た、助けて……。」
か細い声で問いかけてもフードを被った男の表情は判らず、ジリジリと無言で距離を詰めてくる。
もう逃げ場はない、簡単に殺されてしまう、あと数歩という所で暴漢は一直線に女性に突進してくる!
その刹那、深紅のドレスが空中にヒラリと舞い、路地の反対側に降り立ち、男のフードを剥ぎ取っていた。
「…!!くそぅ…近寄るな。」
驚きの表情と焦りが拭いきれない男は腰が引けている。
「あなたをずっと『“柘榴石(ガーネット)通り”婦女連続殺人事件』の容疑者として調べさせてもらいました。“柘榴石(ガーネット)通り”の酒場のウェイター、バート・オズボーン。
私は警備隊ではありませんが、直に警備隊にもお世話になるはずです。明日の『アルコ・イリス クロニクル』の1面記事を飾ってもらいますよ。」
女性は諭すように言うと男の横っ腹に重い蹴りを食らわせて悶え苦しみ這いずり回る男に、「言って判らない相手には容赦ないですよ。どうします?」
と柔和な笑みのまま言った。
『アルコ・イリス クロニクル』 虹陰暦999年/4の月/第3巡り/橙の日
“柘榴石(ガーネット)通り”婦女連続殺人事件の犯人捕まる!!
バート・オズボーン(28)は昨晩、“柘榴石(ガーネット)通り”の路地裏にて現行犯で取り押さえられた。
その後、警備隊の聴取に素直に応じ、連続殺人事件の犯人であると自供した。
聴取によると動機は多額の借金を抱えていたため、かねてから一部で噂される『闇色の王』と名乗る者から指示され、金を手にする予定だった。
今のところ『闇色の王』については証言が取れていないため、聴取は今後も継続される。また、当社でも独自の調査を充分し、更なる事実解明に迫る。
最終更新:2011年06月23日 09:53