アルコ・イリス クロニクル 過去編:後

家畜小屋は燃えている。
荒くれた男の声が響き渡る。
「うおぉぉ、探せぇ!まだ子供だぁ、どっかの隙間に隠れてるかもしれねぇ!」
「ちぃ、金になるガキだ。村を焼いてでも探し出せ!」
村人は逃げ回り、賊になす術もないといった様子を、村の入り口でローブ姿の小男が佇み、静観していた。

「ハリソン、ここは一緒に逃げてくれ。あの子は畑だろ?まだ助かる。」
「いや、妻の…フローリカが家にいるんだ。バーバリー、ティムに逃げろと伝えて欲しい。」
「わかった、すぐにお前も迎えにくる。とにかく早くしろ!」
「すまない……。」

畑のトマトよりも赤い炎が少年の白い目に映った。
「ティム!」
「叔父さん!何があったの?父さんと母さんは?」
「大丈夫だ。すぐに叔父さんが迎えに行くからな。お前はこの丘を東に向かってアルコ・イリスに行くんだ。みんなそこに向かう。」
「やだ、僕も…。」
「ティム、分かってくれ。叔父さんはな、ハリソンに……父さんに頼まれたんだよ。俺の親友と必ず一緒に行くって約束する。」
下を向いたまま少年は肯き、走り出した。
丘の上に上がると、村はより赤く燃え、少年の目には涙が零れ、肩を震わせた。
父親の言いつけ通り、姿を変えて、それからは、ただひたすら、必死に東へ走った。
―――もう少しでアルコ・イリスの外縁部“虹影(ラソンブラ)区域”


気が付くと白いシーツの上、香ばしい良い匂いが少年の鼻腔をくすぐった。
「おぉい、気づいたかぁ。少年よ、飯でも食うか?」
「え?えっと……誰?」
「ああ、俺の名前?マクシミリアン=ベッテンドルフ。幻術師をやってる。」
「げんじゅつし?」
「そうだ。こう見えても“虹星の叡知(アルマゲスト)”の魔術学院の客員教授として、教えることもある。」
「あるまげすと?」
「んあーぁ、何にも知らないのかよ。チェンジリングは…。」
「え、あ、う。」
気絶している間は変身能力は失われる……当然のように正体は隠しようがない。
「とりあえず、食べろ。そんな細い体じゃ何にもできねぇ、学院の生徒でももう少しマシだ。」
というと、大きな皿に半熟の目玉焼きとフルーツ入りのヨーグルト、それに少年の手首ほどの太さのソーセージが置かれた。
「あー、そうだ。お前、ずっと此処にいろ。俺が魔法を教えてやる。チェンジリングの生徒は初めてだが、“幻霧の”マックスと呼ばれる幻術師が見込んだんだ。
俺以上の幻術師になれる。お前には他人を欺く才能がある!」
「欺く才能って嘘つきってこと?」
「欺くって言葉は知ってんのな?でもな、他人を欺くのに一番必要なのは何だと思う?それはな……。」
―――こうして師匠に巡りあい、10年以上の修行が始まり、少年が青年になり仕事を持つようになると、この男は“幻霧”のように行方知れずになった。

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最終更新:2011年06月23日 09:58
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