アルコ・イリス クロニクル 報3

『アルコイリス クロニクル』 虹陰暦999年/6の月/第3巡り/紫の日
“幻霧の”マックスが魔術学院の客員教授に復帰!!
7の月の第1巡り赤の日よりマクシミリアン・ベッテンドルフ氏が魔術学院の教壇に立つこととなった。
月に数回ほど幻術科目の特別講義を担当することになった氏は「久しぶりに魔術に真摯に向き合う時間を生徒たちと共に作りたい」と語っている。
ベッテンドルフ氏は幻術の使い手として魔術学院の教授を務めていたが、近年は各国を巡り見聞を広める旅に出ていた。
“幻霧”の魔術号を戴くベッテンドルフ氏の教授復帰は魔術学院の生徒にとっても非常に有益なものとなることは間違いないだろう。


金縁の装飾を施した濃緑色のローブと紫水晶が嵌ったローブ留めを身につけ“蜜月(ハニームーン)“の大通りを颯爽と歩く男が一人。
大通りでも“虹蛇の導き(ユルング・ライン)”が消えて暫くすると、多くの遊び場は店じまいを始め、客引きも干潮のように姿を見せない。
そんな場所を朝早くから颯爽と歩く者は、そう多くはいなかった。
時折、すれ違う商店主達から声をかけられる男は「マクシミリアン」だとか「先生」だとか「マックス」と親しげに呼ばれていた。
「先生はやめてくれよ。少なくともおっちゃんの“先生”じゃないんだからよ…。」
苦笑しながらも気さくに声を掛け合う姿は魔術師の堅苦しさは微塵も感じさせないほどだった。

アルコ・イリス中央塔“虹星の叡智(アルマゲスト)”に近付くと、魔術学院の生徒らしき制服姿の少年少女が仲良く談笑しているのが見えた。
「やぁ、おはよう!早く行かないと遅刻だぞ。」
「……あ、お、おはよう、ございます!?」
怪訝な表情を浮かべた生徒は一応の挨拶はした。
当然である、未だ生徒にしてみればローブ姿の男は教授という認識はされていないのだから……せいぜい、魔術師らしき男。
「今日は朝集会があるから遅刻は厳禁だぞ。いや、もちろん毎日遅刻はしてはいけないけども…とにかく急げよ!」
と、自ら少し小走りになってみた。

朝集会の後、講義準備室では幾度となく同僚と挨拶を交わし、同じような世辞に頭痛がするほどであった。
しかし、部屋にいても興味を示さない者もいた。その中でも体格の良い初老の男性の威容を誇る姿には何かを感じずにはいられなかった。
自分の席を離れ、男性に近付き声をかけてみた。
「クラウディオ=ブルンホルンベルグ・アードラー師?」
「ん?なんだ。名乗った覚えはないが、その通りだ。」
と、教官は横目で確かめるようにゆっくりと顔を向けた。
「いえ、あなたの勲功は何処の街に行っても聞いていて、魔術学院の教官になったとも聞いていたので、“もしや”と。」
「フムン。マクシミリアン教授も魔術師としての功名は確かで、近年は隠遁していたと聞いたが、その割には随分若く見えるな。」
「あ、童顔なんで、これでも今年で40歳に。あと、敬語とか苦手ですみません……呼び方はマックスでお願い、します。」
「そうか、失礼した……俺を呼ぶなら“ミスター”と呼んでくれ。」
「では、“ミスター”。幻術と戦術、論ずるに共通するところがあると思っているんで…時間があれば話でもしません?」
「共通するところか、面白い。魔術師であるのに戦術が分かっているようなことを言う。」
「そういうわけでは…ただ、“どんなときにでも通用する術が存在しない”というのは違いますかね?」
「フムン。」
“ミスター”の瞳が初めてマックスの瞳の奥を捉えた。
「ところで、マックスはカーロウ・ラザロという魔術師を存じているか。」と、少し声を潜めた。
「カーロウ・ラザロ?ああ、導師の…いや、今は元・導師だったか。知ってるも何も同期くらいだったかな。いや、違ったかも。」
そんなマックスのふざけた返答であっても“ミスター”は話を続けた。
「少し会ってみたい人物でな。何か知らないか?」
「追放された導師に会いたいと?まぁ、別に理由は聞かないですけど、ラザロってのは偉そうな態度で好かれていた人間ではないけど禁呪に手を出すような感じではなかった。まぁ、それも数年前の話で、会うどころか最近のことは…ただ、根拠はないけども塔を追放されただけでアルコ・イリスまで出て行くような人間ではないよ。」
記憶というよりは情報として頭の片隅に詰め込まれたものを引っ張り出した。
「つまり、この街のどこかにいると?」
“ミスター”の鋭い眼光を受けながらマックスは
「いや、本当に根拠はないけども。」
と、付け足した。

授業開始を告げるベルが部屋に鳴り響く。
「あー……そういや、次は講義でした。すみません、語り合うのは是非とも今度に。」
「ああ、また会おう。」
と、話をしながらも準備を手早く済ませていた“ミスター”は言葉と同時に講義準備室の扉に移動していた。
周囲を見渡すマックスは完全に取り残されていた。
自分の話し好きと、高名な魔術師の話や思いもよらない出会いを楽しんでしまっていた。

“虹星の叡智(アルマゲスト)”の大階段と呼ばれる場所を右手に進み、そのまま奥に進むと第13講義室がある。
そこがマックスの講義を行なう部屋であり、既に講義室には多くの生徒達が着席していたが、騒がしかった。
木製の扉を閉めると「―――コンッコンッ!」とノックをして注意を促すと教壇に向かった。
「えー、どうも、朝集会でも紹介があったが、今日から幻術の特別講義を受け持つことになった。俺はマクシミリアン・ベッテンドルフ、40歳、独身、恋人募集中…なぁんてね。」
と、おどけて見せるが生徒達は唖然としたまま特にリアクションはなかった。
「おお、思った以上に反応悪いなぁ……では、講義を始めますか。幻術についてだが、一番大事なものは何だと思う?」

そのあまりにも唐突な問いかけに最も早く反応したのは、赤毛のおさげ髪と雀斑(そばかす)が印象的な少女だった。
「はい!先生。」
「ん、では、君…名前は?」
「ソフィア=ランズウィックです。幻術に一番大事なことはどうやって相手を騙すか、偽るかです。」
「うん、じゃあ、ソフィアは嘘をつくのが得意かい?」
「いいえ、苦手なほうだと思います。」
「じゃあ、幻術師には向いていない?」
「それは…わかりません。」
「んー、ソフィアの答えでは不十分なんだよ。その答えでは50点てとこだ。」
というと、マックスは教壇の下で指を動かした。

「――コンッコンッ!――ギィ、バタン!」と扉の方で音が鳴り、生徒達の視線が講義室の後ろに注がれる。
しかし、部屋の扉は開いた形跡もなければ、誰かが入ってきたということもなかった。

「つまり、幻術と言うのは相手を騙すために用いる術ではあるが、一番大事なのは【真実】を知るということ。」
「【真実】?」
ソフィアは首をかしげた。
「簡単にいうと、その場に相応しいものを選ぶために本物を知らなければいけないってことだよ。部屋の扉を叩く音、扉を開ける音を知らなければ全員が振り向くような“幻音(ゴースト・サウンド)”はできない。幻術はよっぽど魔術に疎くない限りは誰でも使うことができるが、【真実】を知っているものが使う幻術は幻ではなくなる。巧く幻術を使いたいなら、好奇心を持ち、物事を多角的に見る眼を養うことだ。」
生徒達はマックスの講義に耳を傾け、真剣な眼差しを向け始めた。

「では、もう1つだけ質問をしよう。では、続けてソフィア、物事を多角的に見る時にはどうする?」
「多角的に……ですか?私なら五感を全て使い、あらゆる知識を用います。」
と、ソフィアは自信のある答えだと胸を張って答えた。
「これまた、惜しい答えだね…80点。五感を全て使うには必要な能力がある、それは【想像力】だ。」
ソフィアは悔しそうな眼でマックスに訴えようとしたが、マックスは気にも留めずに続けた。
「【想像力】がなければ、五感で確かめた事象を上手く整理して捉えることができない。水は冷たい、お湯は熱いだけでは幻術を構成するには不十分であり、今までの経験から【想像力】と共に引き出してこそ、即座に用いることができるんだ。それが、【真実】に少し近付いたということなんだよ。」
「【想像力】で補って、【真実】に近付く?矛盾しているような気がします。」
「まぁ、幻術って矛盾しているもんさ。とりあえず、基本的には色々なことを見て、学んで、吸収してもらえれば、いつの間にか巧く幻術が使えるもんだ。」
「先生の講義日数は少ないのに気楽なんですね。」
「ソフィアは勉強が好きみたいだけど、俺は嫌いなんだよね。」
と、マックスが冗談っぽくいうと講義室の中にいた生徒がクスクスと笑ったところで、授業終了のベルが鳴った。
これが今日の講義で一番の盛り上がりと言っても過言ではなく、ソフィアは顔を真っ赤にしながら肩で風を切りながら講義室を後にしていった。

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最終更新:2011年06月23日 10:00
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