05-上司に愚痴られ蹴りだされる天使(前編)

女性の怒声で周囲の注目を集めてしまった一堂はさすがに居心地が悪く場所を移動した。
つまり、イットーの泊まっている部屋に向かい、総勢4名が顔を突き合わしている状態になったのである。
口火を切ったのは司祭服の女性だった。
彼女はミヒャエルを睨むと言った。
「酒!今すぐ買ってきなさい」
「いきなりお前は何言ってんの?」
呆気にとられミヒャエル。
不機嫌そうに彼女は続ける。
「納得できない。わたしは忙しい中走り回ってるのに、なんでアンタが酒飲んでるの?」
「いやいや、んなこといきなり言われても…」
「んなこと!?」
さらに彼女は柳眉を吊り上げたたみかける。
「もしかして、忘れてるのかな? わたし、今までアンタの仕事で動いてたんですけどー。しかも、アンタの指示で!」
「あ!?」
一瞬しまったという顔のミヒャエル。
彼女はそれを見逃さない。
「ウソ、信じられない! あんなムチャ振りしといて、本気で忘れてたの?」
「いや、忘れてた訳じゃ無いのだ。お前が動いてくれてたのも、うん」
適当な相槌を打つミヒャエル。
それが完全に彼女に火をつけた。
ダンダンと苛立たしげに床を蹴りつけ、言う。
「もう頭キタ!断固として買ってきなさい今すぐに!」
「いや、それとこれとは別じゃね?」
「別じゃねーわよ!大体、何でわたしがアンタの指示で動き回ってんのよ。オカシくない?わたし、アンタの上司よね。管理職なのよ。なんでアンタに顎でこき使われてるの?」
まくしたてるように言う彼女。
ミヒャエルは観念したように俯き、黙り込んだ。
「さっさと買ってきなさい」
「へいへい…」
「急げっての。ハリーアップ!」
ダラダラと買いに行こうとするミヒャエルの背中を蹴りつけ、彼女。
その様子を呆然と見ながら今ひとつ置いてけぼりなマッシグは訪ねた。
「あの…失礼ですがあなたは?」
「あら、そう言えばこちらさんとは初対面ですよね?やだー、おほほほ」
そこで彼女は初めてマッシグの怪訝な表情に気付き、照れ笑いをした。
オバちゃんみたいに手をひらひらする。
「わたし、ミヒャエルの上司で慈愛神付天使管理局統括長をしておりますユキエル・アマミールと言います。よろしく」
にっこりと笑いユキエル。
マッシグは対象的に眉間に皺を造り、渋い顔で黙り込んだ。
「どうかされました?」
「いえ、少々戸惑っております」
「戸惑っている?」
「ええ。私は今まで天使と言う存在は我々とは全く異なる存在だと思っていました。ですが、ミヒャエルにせよ、あなたにせよ、この表現が正しいのかどうかは分かりませんがととても人間臭いと言いますか…」
「平たく言うとイメージと違って驚いたと」
「ええ、まあ…」
言い難そうに頷くマッシグ。
それを見るとユキエルは愉快そうに笑った。
「確かにねー。そりゃ、天使のイメージじゃないかもね」
そして、実にあっけらかんととんでもないことを言う。
彼女の発言にマッシグは固まってしまった。
そんな彼を見てユキエルは続ける。
「でも、それでいいと思う」
「え?」
「そりゃぁ、天使って言うとなんか神秘的と言うか超越した何かみたいなイメージかもしれませんけど、人と同じような感情があって、泣いたり笑ったり怒ったりする。だからこそ人の傷みが分かるんじゃありません?」
にっこりと笑顔でユキエル。
その柔らかな微笑みを目にした瞬間、マッシグの体に電流が走った。
心臓が高鳴り、血圧が上がる。
「そ、そうかも知れませんなぁ」
顔を真っ赤にして、マッシグは慌てて目を伏せた。
何だか目を合わせるのが恥ずかしくなってしまった。
マッシグは戸惑っていた。
俺は一体どうなってしまったんだ?
マッシグは混乱した頭の中で考えた。
「どうかしました?」
きょとんとした顔でユキエルが訊ねる。
マッシグは死ぬほど不自然なくらいに上ずった声で答えた。
「い、いえ、何も…大丈夫です」
彼女に声をかけられると心臓が早鐘のようになった。
もしかして、もしかして、これは。
マッシグは自分のみに起きたことに思い当たり動揺した。
マッシグ・ユーティ 、38歳にして初めての恋の予感であった。

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最終更新:2011年06月23日 10:57
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