54話 VOICELESS SCREAMING
商店街を歩く
肥後正則と
荒津文護。
無人の商店街は風の通り抜ける音しか聴こえず、自分達の足音が良く響くような気がした。
幾つもの店が軒を連ねているが営業している店は一つも無い。
「人の居ない商店街って結構不気味なんだな」
辺りを見回しながら正則が言う。
隣を歩く文護も同じような事を思っていた。
「確かに……集落なら参加者が多いと思ったけど誰とも遭遇しないな。
まさか俺達以外生き残っていないって事は……」
「それは無いと思うがな……さっき、俺らがやってきた方角、丁度田園地帯の方か?
そこから爆発音聞こえたし……爆発が起きたって事は誰かが何かをしたって事だからな」
「確かにそうだけど……」
「そう言えば、この近くに島役場が有った筈だ。そこなら誰か居るんじゃないか?
行ってみないか荒津」
「そうだな……行ってみようか……」
二人は南部集落に存在する筈の島役場に向かってみる事にした。
◆◆◆
商店街の一角に有る金物屋を、
油谷眞人は漁っていた。
歴史の有りそうな古い佇まいのその店には工具や補修材、建築資材の類が一通り揃っていた。
武器として使えそうな物も多い。工具は勿論、スコップや苅込鋏と言った園芸用品、パイプや丸棒と言った建築資材もそう。
眞人は手持ちの武器、大型自動拳銃デザートイーグル.50A.Eの他にいざと言う時の為の予備武器も欲しいと考えていた。
デザートイーグルは非常に威力が高く当てればほぼ一発で相手を仕留められるが、
朝方にサキュバスの少女に対して使ってみた時に、眞人は強烈な反動を感じた。
反動が強ければ連射は利かない。それに眞人は元々銃に関しては素人。
連射云々の以前に反動の抑え方も全く慣れていない。狙っても至近距離以外では外す恐れが大いに有った。
そして外した隙を突かれ返り討ちにされる危険も。
弾の数にも限りが有る。弾が無ければ幾ら強力な拳銃もただの鉄の塊なのである。
そう言った事を考慮すると、緊急用の武器は必要であった。
「こんなんで良いか……」
そして眞人が選んだ物は鉄製の丸棒。
長さ80センチ、直径は2.5センチ程、パイプでは無く中は空洞では無いので重量が有る。
それを自分のデイパックに突っ込む眞人。
「他は……良いか。あんま欲張ってもアレだしな」
他にも武器になりそうな物は当然沢山有るが、欲張って持ち過ぎても邪魔になるだけだと眞人は判断する。
そして予備の武器を手に入れた眞人は金物屋を出ようとした。
「ん?」
だが、ガラス戸の向こうに二人の人影を見かけ眞人の足が止まる。
正確には、一人と一匹――――作業着姿の犬系獣人の男と、灰色の大きな犬。
二人は眞人には気付いていないようだった。
「早速こいつを試してみるか」
眞人は装備を丸棒に切り替え、そっと入口戸を開き、足音を立てないように外に出る。
自分に気付かず歩く二人の背中を認めた。
「やってやら……」
丸棒を握り締め、眞人は二人に向かって駆け出す。
◆◆◆
背後から足音が聞こえ、正則と文護は後ろを振り向く。
その時にはもう、パイプと思しき物を振りかぶった黒い学ラン姿の少年がすぐそこまで迫っていた。
「!!」
正則は咄嗟に身を伏せる。
直後、数瞬前まで正則の頭部が有った場所をパイプが風切り音を鳴らしながら通り抜けた。
「このっ!!」
「ッ!」
文護が少年に向かって体当たりを仕掛けた。
かなりの勢いで突き飛ばされ、少年はアスファルトの上に転がる、が、すぐに体勢を立て直し、
文護目掛けてパイプを薙ぎ払った。
バキッ!!
「ガァア!!」
鈍い音と共に短い悲鳴を上げて文護が弾き飛ばされた。
「あぐうぅううあああああ」
右頬を押さえながら悶える文護。
上顎の右の牙が折れ、口が血塗れになり、残った左目から涙が滲んでいた。
「荒津!!」
苦しむ文護を見て正則が駆け寄ろうとする。
だが少年がそれを許さない。再び正則に標的を変更し襲い掛かる。
「このガキ!!」
怒声を発し、正則は持っていたアンカライトナイフで少年に反撃を試みる。
既に一人を(不覚とは言え)殺害している正則に今更殺人への抵抗は無かった。
少年に向かってアンカライトナイフを振り回す。
だが。
ガン!
「ぐうぉあ!!」
正則の右手にパイプがヒットし、その衝撃でナイフは宙を舞い、五メートル程離れた路面に金属音を立てて落ちた。
右手の激痛に悶絶する正則。もしかしたら骨が折れたかもしれない。そう思う程の激痛。
そしてそれが正則に少年が付け入る隙を作らせてしまった。
少年は正則の脳天目掛けてパイプを渾身の力を込め振り下ろした。
「――――――!!!」
視界が大きく揺らぎ意識が一瞬で遠くなる。
路面に叩き付けられ、正則の視界一杯に広がるのは灰色のアスファルト。
いや、赤い雫が飛び散っている。自分の頭から流れ落ちているようだ。
音が遠い。頭痛が酷い。思考が定まらない。
ニ回目の衝撃。
三回目。
四回目。
どこが天で、どこが地なのかも分からない。分かる事はただ一つ。
自分はもう、死ぬ。
死ぬのだ。
死ぬのなら。
死ぬのなら――――会えるだろうか。
先だった妻子に。
それなら、むしろ、こうなった方が幸せでは無いだろうか。
身体中の感覚が消失してゆき、音ももう聞こえなくなり、視界はただ、赤い。
でも、正則にははっきりと見えた。
かつて自分が精一杯の愛情を注いだ妻と息子の笑顔が。
ああそうだ。
仕事が終わって家に帰ってきたのだからちゃんと言わないと。
「ただいま」
ぐしゃっ。
四度目の衝撃。
肥後正則の脳天は完全に破壊され、彼の意識も永遠に消失した。
【肥後正則 死亡】
【残り16人】
◆◆◆
はぁはぁと肩を上下させながら、眞人はたった今鉄丸棒で撲殺した犬系獣人の男の死体を見下ろす。
何度も殴打した頭部は見るも無残に弾け、アスファルトには血溜りが出来ている。
「エグいな結構……」
自分で作り出した惨状の感想を呟く眞人。
そして、眞人は残っている灰色巨犬の方を向く。
「う……う」
口元を血塗れにした犬はブルブルと震え怯え切った目で眞人を見ていた。
その姿からは戦意は微塵も感じられない。
眞人が血塗れの丸棒を片手に、犬にゆっくり近付く。
「やだ、やだ、やだ、やだやだ、こっ、殺さないで、殺さないで」
「……」
「あああああ!! 殺さないで下さい!! 殺さないで下さい!! 助けて!! やだああああ……殺さないでよぉお!!」
小便を漏らし涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら犬は必死に眞人に命乞いをする。
それを見ている内、眞人は段々と呆れにも似た感情を抱くようになり、犬に対する殺意も薄れていった。
余りの情けない犬の姿に、殺す気も失せてしまったのである。
「そんなに死にたくねぇのか。んじゃ、助けてやる」
「え……?」
きょとんとした表情を浮かべる犬。
「殺す気も失せた。どうせお前じゃ長生き出来ねぇだろうし。じゃあな」
嘲るように言うと、眞人は犬を放って歩き始めた。
途中、犬獣人の男が持っていたナイフを拾い、その時、犬の方を振り向く。
犬はブルブル震えているだけで、自分を追ってくる様子は無い。
どうやら本当に戦意を喪失しているようだと眞人は判断し、その場を後にした。
【昼/E-5/南部集落商店街】
【油谷眞人】
[状態]疲労(中)
[装備]鉄製丸棒(調達品、血塗れ)
[持物]基本支給品一式、デザートイーグル(6/7)、デザートイーグルの弾倉(1)、アンカライトナイフ
[思考]1:生き残るために殺し合いに乗る。
2:次はどこに行こうか……。
[備考]※D-4・E-4境界線付近の松林家の爆発を確認しました。
※四人組(
東員祐華、
伊神嘉晴、
レオノーレ、
白峰守矢)の容姿のみ記憶、また、四人は死んだと思っています。
※荒津文護の容姿のみ記憶しました。
◆◆◆
「肥後、さん」
少年が立ち去った後、文護はアスファルトに血溜りを作る同行者の元へ近寄る。
頭蓋骨が砕け中身が飛び散った正則は、生きていない事は瞬時に判断出来た。
「……」
しばらく無言で立ち尽くす文護。
「……ふふっ」
しかし唐突に笑い出す。
「あはっ、ハハハハハハハ、ハハハハハハハハ」
涙を流し涎を垂らし、血走った目で笑う文護。
突然殺し合いに巻き込まれ、右目を失い同行者を立て続けに失い牙も一本失い、
彼の精神は最早、限界であった。
笑いながら、ふらふらと、小便と垂らしながら、文護はすぐ近くの肉屋へと入る。
しかし目的は肉などでは無い。陳列された肉を通り過ぎ奥の住居スペースに進入する文護。
居間を乱雑に漁り、見付けた延長コードを手に取ると、
店舗部分に戻り、同じく見付けてきた椅子に上って天井の梁にコードを括りつける。
そして自分の首にコードを巻き付け外れないように結ぶ。
彼はついさっき、死にたくないがために命乞いをした事すら忘れていた。
「もういいや。もうどうでもいいや」
壊れた笑いを浮かべた犬は。
「これで、おーしまい」
椅子を勢い良く蹴飛ばした。
文護の身体が天井の梁からコードによってぶら下がった。
首に巻かれたコードは容赦無く文護の呼吸と血流を遮断する。
濁った呻き声を発し、泡を吹き、涙と鼻水を垂らして、文護は前足後ろ足をばたつかせる。
ぎりぎりと、梁が軋むが、文護を絞首する延長コードはびくともしなかった。
そして終わりの時が訪れる。
無意識の内に首のコードに両前足を引っ掛け、その体勢のまま文護は動かなくなった。
残った左目は開いたままで、涙を溢れさせ、虚空を見詰め、瞳孔が大きく開いていく。
だらりと開いた口から舌と共に大量の唾液と血反吐が垂れ落ちる。
肉屋の店先に、大きな灰色の犬の肉体が、ゆらりゆらりとぶら下がっていた。
【荒津文護 死亡】
【残り15人】
最終更新:2014年06月08日 04:06