75話 THE VERGE OF DESPAIR
市街地へとやってきた野原ひろしとラト。
車も人も通らない無人の町並みが二人を出迎える。
(みさえ……どこに居るんだ)
この殺し合いにおいて開催式の時より離れ離れとなっている愛妻の姿を求めるひろし。
「死角も多いですから、気を付けて下さい野原さん」
「ああ、分かってる」
ひろしとラトは周囲に気を配りつつ、市街地の中を歩いて行く。
ダァン……ダァン……。
「「!」」
突如どこからか銃声が響き二人は足を止める。
詳しい方向は掴めなかったが、そんなに遠くでは無いように聞こえた。
遠く離れていない場所で、銃撃戦が起きているのだろうか、少なくともひろしとラトから視認出来る場所では無いようであったが。
しばらくして銃声は止んだ。
「止んだか? ……誰か、殺されちまったのか……?」
「分かりませんが……銃声は三種類有りました。最悪の場合、三人が」
「……」
拳を握り締め、ひろしは憤りを隠せない声色で言う。
「馬鹿げてるぜ……どいつもこいつも、何だってこんな殺し合いなんかに乗っちまうんだよ」
ひろしとラトは、建設現場の銀鏖院水晶以外に殺し合いをやる気になっている参加者とは遭遇していなかったが、
至る所で見てきた死体や、
第一放送で呼ばれた名前の多さから、水晶以外にも多数のやる気になった参加者が居る事は想像に難くない。
ひろしにはそれが納得出来なかった。
突然拉致してきて、一方的に殺し合いを迫り、家族の目の前で赤子を惨殺する。
そんな非道極まり無い連中の言いなりになるような奴らが許せなかった。
無論、首輪をはめられ命を握られているから、死にたくないからと、やむを得ない理由でルールに則っている者も居るだろうが、それを差し引いても、だ。
対し、イベントホールで会ったMUR達のような、自分達以外に殺し合いに抗おうとする参加者は、どれだけ居るのだろう、とも思う。
「……」
ひろしの様子を見て、ラトはある事を彼に尋ねたくなる。
しかしそれはひろしの逆鱗に触れかねない内容で、少し迷ったが――――結局、訊く事にした。
「野原さん、一つ訊いても良いですか」
「あ? ああ、何だ? 急に改まって」
「……こんな事を言うと、気を悪くされるかもしれませんが……」
言いにくそうにしながらも、ラトは質問を述べた。
「もし、奥さんが殺し合いに乗っていたら……どうしますか?」
「……な、何?」
突然の事にしばし呆気に取られるひろしだったが、やがて憤然とした様子でラトに抗弁した。
「何言ってんだ! あいつが、あいつがどうして殺し合いに乗るんだよ! そんな訳無ぇだろ!!」
「……目の前で自分の子供を殺されて、そして殺し合いの中でもう一人の子供も飼い犬も失って、
それに、まひろが言っていた『優勝者の特権』覚えています、よね」
「……っ」
この殺し合いの司会進行役の一人であるまひろの言った「優勝者に与えられる、何でも一つだけ願いを叶えられる」と言う褒賞。
それはひろしも良く覚えていた。そしてラトの言わんとする事も理解した。
わなわなと震えながら、ひろしは述べる。
「すると何か? お前は、みさえがひまわりやしんのすけを生き返らせるために殺し合いに乗っていると、そう言いたいのか?」
「いや……あくまで、可能性の話を――――」
ラトが言い終わらぬ内に、ひろしがラトの胸倉を掴みその身体を持ち上げる。
大抵の事には動じないラトも、流石にこれには怯んだ表情を見せた。
「ふざけんな!!」
「の、野原さん」
「それ以上馬鹿な事言うと許さねぇぞ!! 許さねぇぞ!!!」
「……」
凄まじい剣幕でラトに怒鳴るひろし。
その形相は怒りと悲しみが綯交ぜになっているようだった。
子供を二人、飼い犬を喪い、一度は自殺を図るまで追い詰められ、最後に残った自分の家族である妻、みさえを探すひろしに対し、
酷い事を言ってしまったと、ラトは自分の迂闊さを恥じる。
やがてひろしはラトを解放した。
「……すまねぇ、つい、興奮しちまって……」
感情的になってしまった事を、俯きながら詫びるひろし。
「いえ、こちらこそ、すみませんでした……」
ラトもまた謝罪の言葉を述べた。
二人はお互いに謝ったものの、気まずい空気が流れる。
その空気を変えたのは、ひろしでもラトでも無い、近くの路地から現れた少女であった。
「ラト?」
「……え?」
ラトは少女の方を向く。ひろしもまた然り。
視線の先に居た少女を、ラトは知っていた。
クラスメイトの一人、北沢樹里に間違い無かった。
◆◆◆
不意に聞こえた男性の怒号。
気になって、裏路地に居た北沢樹里は様子を見に声の方向へと向かう。
そして見付けたのは、人間の男と見覚えの有る黒猫獣人の少年。
(ラト……?)
黒猫獣人少年は、彼女のクラスメイトであり、以前の殺し合いでは若狭吉雄によって首輪を爆破され殺されたラトであった。
様子を見にきただけであったが、ラトなら殺し合いに乗っている可能性は低いと樹里は考える。
思い切って声を掛けた。
「ラト?」
「……え?」
ラトも、もう一人の男性の方も樹里へ視線を向ける。
「北沢さん?」
「そうだよ。北沢だよ」
「ラト、お前のクラスメイトか」
「はい」
「ええと、私は殺し合いには乗っていないよ。そっちも、乗ってない、よね?」
今更だとは思ったが、念の為に樹里は戦意の有無をラトと男性に尋ねる。
幸い返ってきた返事は否定であった。
「乗ってない」
「乗ってないよ。安心して」
「良かった……えーと」
「ああ、俺は野原ひろしって言うんだ」
「え?」
樹里の顔色が変わる。
野原ひろし――――つまりこの男性がしんのすけの父親。
そう言えば、しんのすけから聞かされていた特徴が一致していると樹里は思う。
「って事は、しんのすけ、君のお父さん」
「!? しんのすけを、知っているのか?」
樹里の言葉に大きく反応するひろし。樹里は少したじろいだ。
「は、はい。北の森の中で会って……」
「……あいつが死ぬまで、一緒に居たのかい?」
「……はい」
「そうか……良ければ、詳しく話を聞かせてくれないか」
「分かりました」
しんのすけの死の遠因が自分に有ると思っていた樹里は一瞬、ひろしの申し出に気が引けてしまったが、
断る事など出来る筈も無いと、今までの経緯を話す事にした。
外では危険だったので、すぐ近くの不動産屋の建物へと三人は入って行った。
◆◆◆
不動産会社の応接スペースにて、
ひろし、及びラトは、樹里から彼女の、しんのすけと行動していた時の出来事を大まかに説明される。
ラト同様、以前の別の殺し合いで落命した身である事。
今回のゲームスタート時は会場北の森で始まり、そこでしんのすけと遭遇し、一緒に行動する事になった事。
妹の死を悲しみ、しかしそれを乗り越えて、しんのすけはこの殺し合いを潰すと決意していた事。
しかし、廃村にて、以前の殺し合いで自分を殺した倉沢ほのかと出会ってしまい、危機的状況に陥るも、
しんのすけが機転を利かせてほのかの注意を引いてくれた為、脱出する事が出来た事。
だが、その時ほのかが撃った銃弾がしんのすけに当たり、致命傷となり、死んだ事。
最期の言葉も、樹里はひろしに伝えた。
「……そうか」
「……」
樹里から全てを聞かされた後、ひろしはしばらく黙っていた。
やがて、乾いた笑みを浮かべながら口を開く。
「廃村でしんのすけがやった奴な、『ケツだけ星人』って言うんだ。
あいつの特技の一つでさ、良くやってたよ」
「そうなんですか……」
「全く、あいつらしいや。ははは……」
呆れたような、納得したような、そんな笑いを少しの間した後、
急に静かになり、そして、俯きながら震えた声で、再びひろしは口を開く。
「……お前が謝る必要なんて、どこに有るんだよ……お前は何も悪くねぇよっ……!
このゲームが、非道過ぎるんだよ……クソッタレなんだよ……! ……うっ……うっ……」
顔を覆って、ひろしは嗚咽を漏らした。
樹里も、ラトも、沈痛な面持ちでひろしを見守る事しか出来なかった。
特に樹里は、ひろしに対し、自分が居ながらしんのすけを死なせてしまった事、また、自分の以前の殺し合いでの悪行が、
しんのすけが死ぬ遠因になってしまった事に、強い罪悪感を抱く。
但し、「以前の殺し合いで自分がした事」は、ひろしにもラトにも詳しい事は話していない。
どうしても話す勇気が出なかった。
「樹里ちゃん」
「は、はい」
不意にひろしに声を掛けられドキッとなる樹里。
ひろしは涙を拭い、目を真っ赤にしつつも、優しく告げた。
「ありがとう。しんのすけと一緒に居てくれて……あいつを、看取ってくれて」
「……」
その言葉に、樹里は黙って頷く事しか出来なかった。
胸が苦しかった。
自分は礼を言われるに値する人間なのだろうかと自問自答した。答えは分からなかったけれど。
「……しんのすけ君を看取った後、ここに来るまでは、どうしてたんだい?」
ラトが樹里に尋ねる。
ひろしを配慮しつつ、と言った様子であった。
樹里は説明を再開する。
しんおすけを看取った後、南下し、工場にて虐待おじさんこと葛城蓮、シルヴィア、ガルルモンと遭遇し、仲間に加わった事。
図書館にて、襲撃を受け、シルヴィアとガルルモンを殺されてしまった事。
市街地にて、蓮のクラスメイトであるひでを発見するが、そのひでが触手の怪物と化し、蓮は殺されてしまった事。
一人ぼっちになり、彷徨っていた時に、ひろしとラトの二人を発見した事。
「……以上です」
「君も、大変だったな……ありがとう、話してくれて」
「いえ……」
「シルヴィアさんも死んだのか……」
経緯を詳しく話してくれた樹里に礼を言うひろしと、クラスメイトのシルヴィアの死を知り憂い顔を浮かべるラト。
「……なあ、樹里ちゃん。図書館で襲ってきた奴ってどんな感じだったんだ?」
「え……」
ひろしにそう訊かれ、樹里は逡巡する。
図書館で襲撃してきた女性は、しんのすけから聞かされていた彼の母親の特徴と一致する所が有った。
つまり、あの女性こそがしんのすけの母親であり、ひろしの妻である野原みさえであるかもしれなかった。
「その女の人なんですけど、その……」
迷いはしたが、結局はありのまま話す事にした。
「しんのすけ君から、お母さん……つまり野原さんの奥さんの特徴を聞いていたんですけど……似ていたんです」
「な、何だって?」
ひろしが大きく身を乗り出し、驚く樹里。
すぐにひろしは座り直したものの、思い詰めた表情を浮かべる。
「い、いやあの、特徴が似ているなって思っただけで、本当にみさえさんかどうかは……!」
「あ、ああ」
慌ててそう弁解する樹里であったが、ひろしは上の空といった様子で返事するのみであった。
◆◆◆
自分の妻が、みさえが、殺し合いに乗っている。
そのような事はひろしには考えられなかった、いや、考えたくなかった。
それ故ラトにその可能性を示唆された時、彼は憤然とそれを否定したのだ。
家族共々バトルロワイアルと言うふざけた殺し合いゲームに参加させられ、理不尽な理由で自分の娘を目の前で惨殺された。
それなのに、殺し合いに乗るなど有り得るのか。
まひろは確かに、優勝者は一つだけ何でも願いを叶えられると言っていた。
死者を蘇らせる事も可能だと。それはラトや樹里と言う例が有るので、方法は知る由も無いが、事実であろう。
ラトや樹里が嘘を言っていなければの話だが、彼らがそのような嘘を吐く理由も考えられない。
死者の蘇生を目的として、つまり、ひまわりを生き返らせようとして、みさえが殺し合いに乗っている?
先程正にラトが示唆していた可能性である。
(みさえ……本当にお前なのか? お前は、殺し合いに乗っちまってるのか?)
ラトに激高した時も、心のどこかでは、みさえが殺し合いに乗っている可能性を肯定していたのかもしれない。
樹里の話を聞いて、ひろしの心の中では、その可能性が少しずつ現実味を帯びてきていた。
それ故に、ラトの時のようには取り乱さなかったのだろう。
もし、もしみさえがひまわりを生き返らせる為に殺し合いに乗り、優勝を目指していると仮定して。
運営連中が、口約束を履行してくれる保証はどこにも無い。
それ以前に、自分や、もう死んでしまったが、しんのすけやシロはどうする気なのか。
いや、ひまわりと一緒に生き返らせれば良いと考えている?
もしそうなら余りに短絡的過ぎる、余りに愚かだ。
そのような犠牲の上で、ひまわりを生き返らせる事が、ひまわり本人が喜ぶと思うのか。
(落ち着けよ、俺、まだみさえが本当に乗っちまってるかどうかなんて、分からないだろ?)
一度思考を切り上げて自分の心を落ち着かせるひろし。
完全にみさえが殺し合いに乗った物として考えてしまっていたが、ラトや樹里も言っているようにまだ可能性の話。
樹里が襲われた女性も、樹里自身が言っているようにみさえと特徴が似ているだけの別人かもしれない。
まだ望みを捨てるような時間じゃない、ひろしは自分にそう言い聞かせた。
必死に希望を持とうとしていた。
【昼/D-4市街地氷崎不動産】
【野原ひろし@アニメ/クレヨンしんちゃん】
[状態]精神的ショック(大)
[装備]コンバットナイフ
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]基本:みさえを探し、殺し合いを潰して生きて帰る。
1:ラトと行動する。
2:みさえ……。
[備考]※銀鏖院水晶を危険人物と認定しました。
※ラトのクラスメイトの情報を彼より得ています。
※表面上は平静ですが、精神的にはやや危うい状態です。
※首輪からの盗聴の可能性に気付きました。
※北沢樹里の話を聞いて、野原みさえが殺し合いに乗っているのではと思い始めています。
【ラト@パロロワ/自作キャラでバトルロワイアル】
[状態]健康
[装備]ワルサーPPK/S(6/7)@現実
[所持品]基本支給品一式、ワルサーPPK/Sの弾倉(3)
[思考・行動]基本:殺し合いを潰す。
1:野原さんと行動。
2:残りのクラスメイトが気になる。
[備考]※本編死亡後からの参戦です。
※銀鏖院水晶を危険人物と認定しました。
※能力の制限については今の所不明です。
※首輪からの盗聴の可能性に気付きました。
※北沢樹里の話を聞いてクラスメイトのシルヴィアの死を知りました。
【北沢樹里@パロロワ/自作キャラでバトルロワイアル】
[状態]疲労(精神的、肉体的共に大)
[装備]S&Wスコフィールド・リボルバー(4/6)@オリキャラ/エクストリーム俺オリロワ2ndリピーター
[所持品]基本支給品一式、出刃包丁@現実、.45スコフィールド弾(12)
[思考・行動]基本:殺し合いには乗らない。
2:野原さん……。
[備考]※本編死亡後からの参戦です。
※野原一家の詳しい特徴をしんのすけから聞いています。
※ひでが危険人物であると判断しました。
最終更新:2015年02月16日 23:16